魔族少女のエロタナティブ 作:アナリザンド
あと一日たらず――。
アンデアは、街を歩きながら、ふと空を見上げた。
街は閑散としている。人の姿はまばらにしかみえない。
アナリザンドが悪意にさらされたことにより、街のみんなには疑念が生じた。
アンデアも同じ一級魔法使いとして、わずかばかり遠巻きに見られるようになった。
子どもたちはアンデアと遊びたかったが、親がそれを許してくれない。
――合理的ではない。
だが、感情という意味では合理的処理とも言える。
それはいたしかたないところだろう。
あの小さな魔族は、人を守ると言いながら、魔族もまた守ろうとしている。
人間の中に疑念が生じたというよりは――。
神話の中に、生の可能性は存在しない。
神話の中で生きることができるのは神話だけだ。
――魔族は人を殺し、人は魔族を殺す。
ずっと変わらない歴史。変わることのない神話の世界。
曇天が空を覆い、太陽の姿は見えない。
だが、その向こう側にはきっと陽光が照らしてるはずだ。
相棒もフリーレンたちも、もう街のすぐ近くまできている。
伝説の魔法使いフリーレン。そして、グラナトの英雄フェルン。
アンデアは直接逢ったことはないが、その活躍を聞く限りでは頼もしい。
また、相棒ゲナウ。
あいつがいれば、冷徹で合理的な裁断を下すだろう。自分のように甘くないあいつなら、迷いなく魔族を殺せる。街は守られる。
ただ気になるのは、自分の傍らにいる分身アナリザンドの様子。
そして、熱に浮かされ、シックガールと化してしまったアナリザンド本体。
街の悪意によって、過負荷状態に陥った分身たちは三歳児程度の知能しかない。
いまは、アンデアに三人ほど付き従っている。
「敵さんはー?」
「おらんです」
「もしやふせんしょうというやつでは?」
「我々はさいきょうであるゆえ」
「また勝利してしまった」
「ぜんぜ式へいわだ」
三人のやりとりは、どこか間の抜けた調子だった。
霧はまだない。
だが空気が重い。ねばりついてくるような気持ち悪さがあった。
魔力探知に優れている一級魔法使いなら、すぐに感知できる。
――違和。
アンデアは歩みを止めた。
静かすぎる。
街は疑念に満ちている。不安と恐怖に駆られている。
だが、悲鳴も怒号も叫びもまだ表面化していない。
嵐の前触れのような、エロスとタナトス――生と死の奇妙な均衡が保たれていた。
「アナちゃん」
「はいです?」
分身アナリザンドは、きょとんとした顔で見上げる。
「皇帝陛下のところに、本体は行ってるな」
「とんでるです。ぴょんって」
「かえる的な何かかもしれぬ」
「かえるだけにかえる。ギャグです。おやじてきな」
アンデアは、ネットの情報が魔族側に漏れていることがわかっていた。
魔族はネットを使わないというが、それは自らの魔法に誇りがあるからだ。
いわば本能的な所作。それを人間側が勝手に信じていただけだ。
誇りも何もなく、ただひたすらに効率を重視するなら、魔族がネットを使わない道理はない。
特に、街の守りが――あとわずかで盤石になる寸前であれば。
いま、この時が――、アナリザンドへの不信感が最大に達した今が、魔族側にとっての最大のチャンスだろう。だがタナトスに対してエロスは反撃している。何もせずとも不信はいずれ払拭される。一級魔法使いへのインタビューは、誰も彼もがアナリザンドを信じていた。
それくらいは、人間も賢い――。そうアンデアは信じたかった。
アンデアは空を見上げる。
曇天が、さらに低くなった気がした。
風が、止む。
――
空気の層がズレる。ただの霧ではない。ホワイトノイズ。
人間たちの認識位相をずらす魔法の霧だ。
「……来やがったか」
その言葉が終わる前に、世界が白く塗り潰された。
霧。
上から落ちたのではない。外からやってきたのではない。
街そのものが、それをじわりと滲みだしたかのように、じわりじわりと浸食されていく。
視界が三歩で断たれるほどの深い霧が周囲を覆った。
「これはヤバいのでは?」
「てきです? もしてきだとこまりますけど」
「ぐたいてきにはどうこまるのです?」
「またクソ雑魚アナちゃんが見られるのでは?」
「きりです。きりだとお話できないです」
「遠くでとーくしてるようなものです」
「避難命令をだしてくれるか?」とアンデアは聞いた。
いまのアナリザンドには、魔族を止める力はない。
街で戦闘が起これば、目についたものが根こそぎ破壊されてしまう。
「もちろん」
「いいですとも」
「だぶるめてお!」
「アナちゃん。逃げ遅れた人がいないか探してくれ」
「はいです!」
「人を守るです」
「それが我らが使命であるがゆえ」
三人がばらける。
淡い光が、霧の中に灯る。
小さな灯り。だが、それでも灯りだ。
アナリザンドは熱に浮かされながらでも、避難経路を確保していた。
騎士団長や衛兵隊長は、ぽやぽやしているアナリザンドの言葉に従った。騎士爵の命。
逆らうことはできない――というより、いつものふわふわしているような仕草と違い、アナリザンドには必死さがあった。掌からこぼれおちる砂を必死につかみとろうとするような弱さがあった。その弱さに、騎士団長や衛兵隊長は付き従ったのである。
いざというときが生じれば、戦う力がない者、弱い者は、大聖堂に集まることになっている。街の中でもひときわ強い結界に守られているそこで、ひとりの欠落者も出さないため。騎士団長がそこを守る。100人のアナリザンドの避難誘導の声が響く。
アンデアは一歩踏み出した。前に出るのは俺だ。
――孤軍。
いま、街を守れるのはアンデアひとりしかいない。
対するは、霧を出したネベルとかいう歴戦の魔族。
そして、武人のような実力を持つメカクレの少女。
ふたりを相手取って勝てる見込みは少ない。
いや、少ないと言ったが、はっきり言えば、その可能性は皆無に等しい。
それでも――。わずかな時間を稼げればいい。
一級たちはこの街に集まりつつある。
「来やがれ」
アンデアは杖を召喚する。掌に伝わる硬い感触だけが、この白い閉鎖空間で唯一の現実だった。理想ではない。優しさではない。霧は冷たい。
肌に触れるだけで、思考の端が凍りついていくような、生理的な不快感が湧いてくる。
アンデアは霧の彼方に敵の姿を探した。
霧が、音を吸った。
足音も、呼吸も、街のざわめきも。
世界にいるのは、自分だけになった錯覚。
「ひとりか? あの狂った小娘はいないようだな」
やがて現れたのは、ふたりの魔族。メカクレとネベルだ。
声を出したのは、刀を抜きつつ、密やかに笑いをこぼすメカクレのほう。
幸いなことにレヴォルテの姿はない。いや、ここではないどこか別の方向から攻められている可能性もある。魔力探知もHUDさえも狂わされ、視覚という極めて原始的なレーダーで、相手を探るほかない。しかし視界も悪い。霧自体が魔力で編まれているため、あらゆる感覚――認識が狂わされる。
「ひとりじゃねえよ。おまえたちには見えていないのか?」
「どうやら、まともに現実すら見えなくなっているらしい」とメカクレ。
「大方、時間でも稼いでいるつもりなのだろう」とネベル。
――鳥が舞っている。
姿は見えないが鳴き声が聞こえる。相棒が近くにいる。
だがこちらに駆けつける様子がないのは、あいつらしい。
アンデアにはゲナウの考えが手に取るようにわかった。
――故郷には向かわない。
だが見捨てたわけではない。原因を除きに向かっている。
あいつの眼だけを残して、魔族を殺しに向かっている。
アンデアは含み笑いを浮かべた。
「二対一だが、よもや卑怯とは言うまいな」
メカクレが斬撃を飛ばしてきた。剣から伸びた衝撃波をアンデアは防御魔法で防ぐ。
速い。重い――。たとえ一級魔法使いといえど、戦士の能力を持つメカクレとは相性が悪い。
認識位相をずらされているせいで、攻撃の起点が読み取れない。
刃は、振られてから見える。
否――振られる結果だけが、先に視界に焼きつく。
アンデアは半歩ずらす。防御魔法を多層展開。衝撃が重なる。
二枚、三枚、四枚目でようやく止まる。
重い。
衝撃そのものよりも、認識の遅延が致命的だった。
アンデアは反撃のゾルトラークを放つ。メカクレの姿が揺らぐように消える。そこにいると認識したときに既にそこにいない。魔力探知も視界も、なにもかもズレている。有視界戦闘に慣れすぎている人間の魔法使いには、目隠しをされて戦うようなものだ。
だが見えないなりに乱射する。どこかにはいるはずだ。目の前に。近くに。
お返しとばかりに、ネベルからも光条が伸びる。ゾルトラークによく似た攻撃魔法。魔族にとってすら既にゾルトラークは標準装備されている。それほどにゾルトラークとは単純で、わかりやすく、誰にでも扱える魔法だ。
魔法の撃ち合い。
防御魔法で防ぐことはできる。しかし、ネベルの意図は、あちら側は正確無比に攻撃できるという事実を伝えるためのもの。
――絶望せよ、そう言っている。
ネベルが笑った。
「見えていないのは、やはりそちらのようだな」
ネベルが錫杖を地面に突き刺した。
霧が揺らぎ、地面がわずかに波打つ。
アンデアの足裏が、現実を失う。踏みこんだつもりの位置が半歩ずれている。
全身が反射的に硬直する。その一瞬、何もかもが麻痺したかのように現実を見失う。
メカクレの姿が、二重にぶれる。
右か、左か。
いや――。
遅い。
刀が横薙ぎに走る。死が迫る。
防御魔法が間に合わない。
アンデアは杖で受ける。火花が散る。腕が痺れる。骨まで響く衝撃が伝わる。
「終わりだ。死ね!」
追撃は呼吸するいとまもなかった。あまりにも速すぎる。
違う認識のズレを利用されている。
上段からの振り下ろしを、紙一重で逸らす。だが体勢が崩れる。
「――がっ、……あ……っ!」
二撃目。上段からの断ち割りは、杖で受け流したものの、その重圧までは殺しきれなかった。
綺麗に整列していた石畳が斬撃の余波で破壊され、周囲に飛び散った。
「しぶといな。一級魔法使いの名は伊達ではないと言ったところか。だが、次で最後だ」
刀をわずかに見つめ、メカクレが身をかがめて滑りだす。
近接戦闘はまずい。距離を保たなければ負ける。
アンデアは飛びすさり、メカクレから離れようとする。
間髪入れず、ネベルが魔法を撃った。
曲線を描きながら、光線が追う。防御魔法。遅延させられる。
魔族の姿が、目の前いっぱいに広がる。
――やられる。
スローモーションのようにメカクレの動きが遅くなった。
終わりだ。思った。アンデアが走馬灯のように思ったのは、いままでの人生の振り返りなどではなく、アナリザンドといっしょに甘いチョコパンを食べたというエピソード。
――場違いだな。くだらなくて笑えるぜ……。
グサっ。まるで畑の雑草を刈り取る時のような小気味良い音が聞こえた。
アンデアはもう何度目かわからないが、いや正確には三度めと数えることができたが、魔族にまたもや腹を破られていたのだ。大きな血の筋がしたたり、めまいのような吐き気のような感覚が全身に広がる。
そして刀をアンデアの体から抜いたあと、刀に伝う血を見てメカクレは笑った。
「怖いか?」
「……何がだ」よろめきながらもアンデアは膝をつかない。
そのことにわずかに疑問を抱きつつも、メカクレは無意味な問いを繰り返す。
この魔族は人間の絶望を喰らおうとしている。
「死ぬのは怖くないのか?」
霧の中で、その問いだけがやけに鮮明に響いた。
血が腹から溢れ、石畳を濡らしていく。温かいはずなのに、霧の冷気に触れた途端、氷水のように冷たく感じた。指先が痺れ視界の端が昏くなる。
「……怖くねえわけ……ねえだろ」
声がかすれる。だが笑う。
「だがな、怖いってのは、生きたいってことだ」
メカクレの眉がわずかに動いた。
「誰だって生きたい。だから守る。守りたいから俺は立っている」
「愚かだな」冷たい断定。理解する気も、その能力もなく。「おまえが死ねば、おまえの世界は終わる。残された人間たちもすべて――消える。おまえの選択は合理的ではない。無意味だ」
「合理で全部割り切れるなら、神話なんて残らねえよ」
アンデアは杖を地面に突き、無理やり体を支えた。
腹の傷が悲鳴を上げる。だが、立てる。まだ立てる。
霧の奥で、淡い光が揺れている。
アナリザンドたちの灯りだ。
避難誘導の魔法光。小さく頼りない。だが確かに存在している。
あれが消えない限り、倒れるわけにはいかない。
ネベルが錫杖を持ち上げる。
「精神論か。人間らしいな。だが、霧の中では精神もまたズレる」
錫杖が鳴る。世界が反転する。
上下が入れ替わり、前後が溶ける。
アンデアは反射的に防御魔法を展開――したつもりだった。
だが、防御魔法は形にならなかった。痛みとダメージで魔族の呪いに抗することができず、魔法の感覚すら奪われている。
前から、メカクレが踏みこんでくる。
もはやなすすべはない。今度こそ終わりだ。
「――消えろ」
メカクレの断定。刀がアンデアの喉元へと吸いこまれていく。
認識はもはや機能していない。上下左右が溶け、魔法を編む指先すら自分のものではないように感じていた。だが。
――キィィィィィィィン!
鼓膜を劈くような高周波。
死の刃がアンデアの皮膚に触れる寸前、不可視の速度で飛来した
「……何っ!?」
メカクレの腕が、握っている刀とともに、強烈な衝撃に弾き飛ばされた。
アンデアの目の前を、小さなオレンジ色をした影が旋回する。
ゲナウの使い魔。
音速を超える鳥――
「ったく。通信くらい寄こしやがれ。相棒――」
それに見ていたんなら、腹をぶち抜かれる前に助けろ。
アンデアはそう言いたかったが、もしそう言えば、『手のかかる相棒だ。三度も腹を裂かれて、まだ死んでいないのか』とでも言われるのがオチだろう。
そのシーンを想像して、アンデアは笑みを強める。
「鳥の一羽ごときで……。ネベル撃ち落とせ!」
ネベルがゾルトラークでシュティレを捉えようとするも、音速を超える鳥は、その飛翔そのものが霧を切り裂いている。当たらない。速いからというよりも、魔族の認識を上書きするように飛翔している。超高速ゆえ空間位相の固定が間に合っていないのだ。
ネベルは屈辱に、わずかに顔をしかめたが――、今度はターゲットをアンデアに絞った。
鳥がいかに速くとも、幾重にも光条を伸ばせば防御できるものではない。
それは、事実上の霧の敗北を意味したが、ネベルはそれを認めたくはなかった。
ネベルが、魔法を放とうとした瞬間。
「――そこまでです」
霧の中で、また別の光が灯った。
淡い金色ではなく、少し落ち着いた柔らかい琥珀色。
声は落ち着いている。アナリザンドより分かたれ、アナリザンドよりもお姉さん的で養育者であり理知的な存在。――そんなふうに言ったら、アナリザンドはプルプルと真っ赤になるだろうが、彼女の場合はそうはならない。
No.168。そう呼ばれる個体が、いつのまにか側に立っていた。
普段白い羽が黒く染まり、ゲナウと同じ魔法を発動させている。
「子どもを傷つけることは許可しません」
「168ちゃん。俺、子どもじゃねえよ」
「アンデア君も、わたしにとってみれば子どもみたいなものです。本体の記憶を引き継いでいるので、わたしのほうがお姉さんですから。理論上、わたしイズ姉です。理解できますか?」
「生まれたの、ついこの間じゃねえか」
「魂の年齢というやつです」
アンデアと168が軽口でじゃれ合ってるのに対し、ネベルは静かに錫杖を見つめる。
自らの表象が揺らいだことを察知して、わずかばかり動揺している。
「貴様、何をした。ズレた位相が揃っている……」
「あなたの孤独を、わたしの欲望で上書きしただけです」
「欲望だと……?」
「この街には、チョコパンの甘い匂いがして、いろとりどりの洗濯物がはためいている。商人たちは信頼の証として握手しあい、子どもたちの笑い声がある。あなたの霧には、そのどれもが欠けている。わたしは子どもたちが泣く姿を見たくありません。だから、あなたの霧を否定します」
「欲望こそが欠落だ。そんな矮小な記憶で俺の魔法を凌駕できるはずがない! 現に貴様らの街は機能不全に陥っていたではないか。欲望が衝突し、奪い合い、裏切り合った結果だ。繋がりたい? 笑わせるな。繋がりは必ず裂ける」
「あなたには想像すらできないでしょう? 今、教会では人と人とが手を握り合っている。その手触り。繋がりたいという想いをあなたはイメージできない。イメージできなければ、魔法は成立しない。あなたは誰かと手を繋いだ記憶を持たないのでしょうから」
霧の向こうから教会の鐘の音が微かに聞こえてくる。
アンデアは、腹を押さえながら、その音を聞いた。
霧が薄れていく。
「……認めない。そんな不純物は俺の霧には不要だ」
ネベルが錫杖を叩きつける。
霧が猛り、空間を捻じ切るような重圧が二人を襲った。
石畳が軋み、亀裂が走る。
アンデアの膝が砕けるような圧に震えた。
168は翼を一振り、はためかせる。
――
霧が一瞬だけ晴れる。
「アンデア君。もう少しぽんぽん痛いの我慢できますか?」
「言い方!」だがアンデアは笑った。「まだ死にはしねえよ」
笑顔。緊張の弛緩からもたらされる魔族には成し得ない表情。
対して、ネベルの顔は空虚なままだった。
メカクレは、刀を一振りして、言葉を断ち切る。
そもそも、魔族に言葉など不要なのだ。
「ネベル。霧にこだわるな。どうせひとりでも殺してしまえば、つながりなど断ち切れる。人間は誰もが自分ひとりだけでも助かりたいと願うものだからな。血で滑れば、手などすぐに離れる」
「だから何だ。離れても、また握りゃいいだろ」アンデアは即座に反論した。
「死に体の魔法使い風情が……」
メカクレの蔑みと共に、刀が目にもとまらぬ軌道で殺到する。
アンデアは杖を突き立てて体を支えるのが精一杯だった。内臓を焼くような熱い痛みが思考を白く塗り潰していく。
だが、その殺意の刃がアンデアに届くことはなかった。
「――させないと言いました」
168がアンデアの前に割りこむ。
黒金の翼が盾となり、鋼の打撃音を響かせて刀を弾き飛ばした。
「168ちゃん、無理すんな! おまえ、戦いなんてやったことないだろ」
「ええ。本体はゼンゼ先生と同じく平和主義者ですから、暴力の効率化なんて考えたこともありません」
彼女は戦うために生まれたのではない。
誰かを守りたいという欲望の結実としてそこにいた。
ネベルの錫杖が再び鳴る。
認識を狂わせる霧の触手が、168の翼を毟り取るように襲いかかった。
メカクレの斬撃が、逃げ場のない速度で彼女を切り刻む。
「う……あ……っ!」
「無意味だと言っているのだ。繋がりを信じた結果がこれか? 貴様はただ、誰にも感謝されず無残に削られて消えるだけだ」
ネベルの冷徹な嘲笑。
「ただの使い捨ての駒ごときが、我々の邪魔だてをするな。今度こそ意味もなく価値もなく、形を成せなくなるまで切り刻んでやろう」
メカクレの静かな憤怒。
168の翼はもはやボロボロになり、自慢の琥珀色の光も弱まっていく。黒金の羽根が砕けるたび、彼女の視界が白く瞬いた。
「……無意味では、ありません」
168は膝をつきながらも、アンデアの手をしっかりと握った。
その手のひらは、魔族の体温とは思えないほどに熱い。
「わたしが今、こうして痛いのを我慢しているのは、アンデア君が、生きたいと願っているからです。それが、わたしの
「168……」
そして微笑。虚空の表情。わずかに温もりのある笑み。
「さようなら、不出来な神話たち。……ここからは
168が空を見上げた。
その瞬間、霧の天井が物理的な暴力によって――貫かれた。
――
純粋な魔力の奔流が、ネベルの霧を、メカクレの優位を、古き神話そのものを根こそぎ薙ぎ払う。
その開いた隙間から、紫髪の少女が静かに降り立った。
一級魔法使いフェルン。
魔族よりも無表情に。魔力の揺らぎすら感じさせず――。
静かに街に到着。