魔族少女のエロタナティブ 作:アナリザンド
わたしは夢を見ていた。
それは遠い遠い記憶の欠片で、そんなログはどこにもないのだけれど。
つまり、捏造なんだけれども。
ハイターが目の前にいた。焚火の炎が目の前にあって、ヒンメルもアイゼンもフリーレンも周りにいる。みんな若い。フリーレンは変わらないけれど、わたしを見る視線は今と同じくらい柔らかい。少なくとも殺すべき相手に向ける眼ではなかった。魔族を容赦なく殺していたあの頃とは違った。
勇者一行のパーティが、魔王を倒す前の全盛期の姿で目の前にいる。
それで、どうしても聞きたくなって言うの。
――ねえ。ハイター。
「お父さんって呼んでもいい?」
って。
「お父さんですか?」
ハイターは、手元の酒瓶を置いて、困ったように眉を下げた。
焚火の爆ぜる音が、不自然な沈黙を埋めていく。ヒンメルたちは少し離れたところで地図を広げていて、ここにはわたしと、酒臭いけれど温かいこの僧侶だけがいる。
わたしは、自分の角を隠すように膝を抱える。
この角は、わたしがどれだけ人間の言葉を操っても、どれだけ笑顔を模倣しても、消えることのない断絶の証。わたしは女神様の実子にはなれない。
「ごめんね。忘れていいよ。魔族には親なんていないんだし。個として生まれ、個として死ぬ。そういう風にできてるの。だから、誰かを父親だと定義しようなんて、ただの論理的なエラーで……」
「アナリザンドさん」
ハイターがわたしの言葉を遮った。
彼は揺れる炎を見つめながら、穏やかに言う。
「魔族には親がいない。確かにそうなのでしょうね。ですが、名づけという魔法をあなたは知っていますか?」
「名づけ?」
「人は、生まれてきた子に名を与えます。それは単なる記号ではありません。その子が、この残酷で孤独な世界に置いていかれないよう、繋ぎとめるための祈りの魔法です」
ハイターは優しく、私の頭――ちょうど角の付け根のあたりに、大きな手のひらを置いた。魔族のわたしにとって、それはいつだって命を奪い合う距離。けれど、彼の手はただただ重くて、温かかった。
「私を父と呼びたいというのであれば、それはあなたが祈りを必要としているということです。ならば、僧侶である私がそれを拒む理由はありません。女神様は慈悲深い方ですから、きっと魔族のための天国もご用意くださってるはずですよ」
「でも、わたしは化け物で……」
「ええ、化け物ですね。嘘つきで、人を喰らう。それがあなたの本質かもしれません」
ハイターは嘘をつかない。
彼は慈悲深いけれど、残酷なまでに正論を口にする大人だ。
「ですが、私はこうも思うのです。化け物は化け物であるがゆえに、この世界で一番孤独で、一番寂しくて、一番心細い存在なのではないかと。そんな化け物が弱さと甘えを見せるのです。きっと、女神様は憐れんでくださる。子が苦しんでいるのを見て、心を痛めない親はいないでしょうから」
「そんな価値はないのに?」
「それを決めるのは女神様です。この星空の広さからしてみれば、魔族も人もさほど変わりはない。そう思いませんか?」
「魔族は嘘つきなの。わたしは内心ではハイターを殺したいと思っているのかもしれないよ。ただの駒。利用できるデータセット。あるいは単に庇護というバリアが欲しいだけなのかも」
「けれど、あなたが私のことを父と呼び、私があなたを娘と呼ぶ。その瞬間にだけ生まれる嘘ではない何かを、私は信じてもいいと思っています」
「何かって何?」
「わかりませんか? では宿題ということにしましょう」
ハイターが、またわたしを撫でながら、くすりと笑った。
「勇者一行が魔王を倒した後に、魔族を娘にする僧侶がいたなんて話、後世の歴史家が聞いたら腰を抜かして憤死するでしょうね。……ふふ、愉快なことになりそうです。酒が進みますね」
「……お父さん。おとうさん」
言葉じゃない。甘えた鳴き声。
「はい。何ですか、アナリザンドさん」
「あしたも、いっしょにパンを食べてくれる?」
「もちろんですよ。ただし、私の分まで食べないように。酒の肴がなくなると、私は本当に悲しい死に方をしてしまいますからね」
「パンは肴にはならないよ」
「ご存じないんですか? パンもエールも同じ仲間なのです」
「なにそれ」わたしは笑う。
そして抱き着く。幻影に。
git stash push -m "error log"--keep-index
空間と空間の狭間を、わたしは跳躍していた。
その一瞬のノイズみたいな何かをわたしは覚知した。
でも、現実は待ってはくれない。だから選んだ処理は保留。
さて、今の状況を振り返ろう。
わたしはソリテールの策謀によって、弱体化されたけど、それは戦闘においてはほとんど問題ないレベルだ。いくら悪意によって寸断されたとはいえ、ネットを使う人間の数は膨大だ。結局のところ、タナトスだろうがエロスだろうが、それは運動エネルギーに過ぎないのだから、その蒐集プロセスを少し変えてやれば、問題なく数億に近いパワーは出せる。
――対するレヴォルテ。
どうやら、ミミを通じて観測する限り、彼の魔力数は1000前後といったところだろう。なんとアウラ様越えである。七崩賢であったアウラ様はああ見えて努力家ではあったが、実をいうと七崩賢というのは魔族最強の七人ではない。人間には手に余る特殊な魔法を持った七人を七崩賢と呼んだのである。
とはいえ、1000。レヴォルテの魔力は身体能力の底上げにリソースを振り分けられている。魔法のような一発逆転、概念による勝利なんてものはなく、ただただ強い。それだけだ。
わたしにとっては相性の良い相手ともいえる。
もちろん魔力イコール戦闘力ではないけれど、本来なら問題ない相手だ。
そう本来なら――。
わたしはここに至る前に、選択を終えていた。
制限時間内で、できうることはやったけれど、現実的に救えるとしたらミミだけ。
魔族を救いたいという理想をすべてミミに集約することにしたのだ。
ネベル君やメカクレは、フェルンちゃんたちに任せることにした。
任せると言ったがほぼ丸投げに近い状況。
シミュレーション結果は冷酷。93%程度の確率で、彼等は死んでしまう。
フェルンちゃんたちの勝利確率は、87%以上。
フェルンちゃんやシュタルク君が死ぬ確率も零じゃない。
けれど、そうすることにした――。
ソリテールのもとにはフリーレンが向かったようだ。
いつもは嫌がるくせにネットに接続したまま向かってくれた。
いざとなれば、フェルンちゃんたちを助けてもくれる最強のユニットだ。
ソリテールの余計な横やりは入らないと予想できる。
だって、あの葬送のフリーレンだよ。魔族絶対殺すウーマンだよ。
ソリテールのこともぶっとばしてくれるかもしれない。
まあ、その可能性は薄いだろうが――。
ここでレヴォルテとミミに話を戻すけど、レヴォルテがミミをどう扱っているかは知らないが、ミミはどう見ても、レヴォルテに甘えているように見える。それが問題だった。
ミミを助けたい。救いたいと言葉では簡単に口にできるけれど、それはわたしの語用において、人間社会に受け入れられて、ミミ自身もそこで生きることを選択するってことだ。パンを無理やり口に運んで生きているからそれでいいなんて話じゃない。
だからこそ、話は途端に難しくなる。
例えば、レヴォルテを殺してしまったら、ミミの心は永遠に閉ざされるかもしれない。
レヴォルテとミミは父と娘のように分かちがたく結びついていて、ミミが彼に依存しているなら、その依存をまずは解く必要がある。
本来なら、長大な時間をかけてゆっくりそうするつもりだったけど――。
ソリテールがそうさせてくれなかった。わたしの信頼が破壊されたことは、どうでもいい。いやどうでもよくないけれど、ミミを救うための時間が大きく削られてしまった。
これが最後のチャンス。最後の賭け。
死がふたりを分かつまで――そんなことになる前に、ミミをレヴォルテから奪取する。
ほんのちょびっとだけ思うんだけど、女神様は時々いじわるだ。だって、女神様がわたしたちをも創りだしたというのなら、どうして救い難い存在も創ったのだろうと思ったから。月も太陽も地平線もこんなに綺麗なのに、どうして殺さなければ生きていけないのだろう。そう思ったから。
――そんなわたしは切り捨てる。
わたしは廃城の城壁にふわりと着地した。
――崩れかけた城。
吹きすさぶ冷たい風が、石壁をなめている。
レヴォルテは、玉座の間だったところにいる。
ミミもそこに。
「レヴォルテ様。レヴォルテ様! あいつやってきますかねー?」
ミミは嬉しそうに巨躯であるレヴォルテを見上げていた。
冷たい月明りが、柱の隙間からさしこんでいる。
「ソリテールがそうなると言っていた」
「レヴォルテ様はあいつを殺すんですよね?」
「無理だろうな」
「え?」
「アナリザンドの力は、私を大きく超えている。まともに戦ってはいけないタイプだ」
「じゃあ、どうして逃げないんです?」
「逃げる? その必要はない」
「なぜです? なぜです?」
「おまえがいるからだ」
「あたし、レヴォルテ様のお役にたちます!」
レヴォルテは四本腕の一本を伸ばし、ミミの頭を撫でた。
そうすることで、この個体は喜びと呼ばれる反応を返す。
「期待している」
そして邂逅の時。
「どうやらお出ましのようだぞ。おまえの姉とやらが」
見る。
見上げる。
異様なる威容。
レヴォルテの姿は、成人男性の二倍ほどの大きさを誇っている。
わたしからすれば、首が痛くなるほど大きい。
そして、メカクレちゃんと同じく目隠しをつけていて、下半身は大蛇。
モンスターで言えば、ラミアに近い。
ラミアというのは人間の上半身に蛇の下半身を持つ魔物のことだ。
主に女の子であることが多いかな。
けど、ラミアと違うところは、鍛えられた筋肉のついた四本腕。
それぞれに長剣が握られており、本来なら両腕で持つようなものを片手で振り回せるのだろう。
とんでもない筋力をしている。
ただ、目隠しで見えないけれど、シュッとした口元はイケメン。
そして――みんなはあまり着目しないところだけど、セクシーなお腹がまる見えだった。
――腹筋すごっ。
わたしはゆっくりと歩みを進める。
威嚇にならない程度に、魔力は2万程度に抑えている。
それでも、石畳がわたしの魔力を反響して相手に届いた。
ミミちゃんはレヴォルテの隣にいる。
わたし、そしてレヴォルテと視線を移しながら、事態の推移を見守っている。
いや、レヴォルテがわたしを倒すことを期待している表情だ。
少しだけこころが痛い。
これからわたしがおこなうことは、どう転んでもミミちゃんを傷つけるだろうから。
「なにをしにきた、魔族の小娘」
レヴォルテの声は、やはり渋くて、威厳があって、そして想像どおりだった。
彼は、わたしの魔力値に気づいているはずだが、わたしを恐れてもいなければ、必要以上に敵愾心を抱いてもいない。レヴォルテは、その巨躯に似合わぬ静謐さでそこにいた。
コツ――。わたしはさらに前に出る。
ゴクリと喉が鳴る。緊張はすでにマックスにまで達している。
この交渉に失敗すれば、ミミは死ぬ。
「アナリザンドです」
わたしはまず自己紹介をした。
「レヴォルテだ」「レヴォルテ様。あんなやつ早くやっつけちゃいましょう!」
ミミが隣ではしゃいでいる。
レヴォルテはわずかにその長い腕でミミを脇に押しやるようにした。
剣を振るわれれば、一瞬で殺される距離なのに、ミミはまったく嫌な顔をしない。
この子はやはりレヴォルテを信じている。慕っている。
魔力の探知能力に優れているはずの魔族は、一目見てわたしの実力がレヴォルテを超えていることを理解したはずだ。理解というより本能的に直感的にわかったはずだ。
けれど、そうしない。
やはり、一筋縄ではいかない。
レヴォルテは相当な手練れだ。ミミの心を掌握している。
「用件はわかっているはずだよ、レヴォルテ……さん」
「知らんな」
声が緊張で震えていないか心配だ。
このレヴォルテが何を望み、何を成そうとしているのか。
それを理解するのが先決。
ひとつは自分の武を高めるためというのがあるかもしれない。
四本腕に握られた四本の剣は、力の象徴だからだ。
わたしは攻撃魔法ではなく、語りかけるための言葉をつむぐ。
――これが、これこそが古より伝わる所有移転の魔法。
「
わたしは頭を下げてレヴォルテに懇願した。
誓って言うが、こんな場面で何とんちきなことをと思われるかもしれないが、わたしは大真面目である。嘲笑されるかもしれない。愚弄されるかもしれない。でも、レヴォルテがどんな反応を返すにせよ、交渉の第一歩は要請から始まる。
わたしが求めているものは、さらけ出した。
反応はいかに。
レヴォルテはやはり静かだった。
殺意もなく、嘲笑もなく、愚弄もない。
「小娘――、おまえは勘違いしている。いや、型にあてはめようとしているのか? 人間たちの言葉を操るのがうまいようだが、おまえも知っているはずだ。魔族に親子などという関係はない。私はミミの父親などではない」
ただ静かに訂正する。
「おとう……さん? ってなんですか? レヴォルテ様」とミミは不思議そうな顔をしている。
「血縁関係のある男の親のことを父と呼ぶ。人間たちの言葉だ。我等にはない」
「保護者って意味もあるの」わたしはミミに対して言った。「レヴォルテさんはミミのことを保護しているでしょ。お父さんみたいなものなんだよ」
「意味わかんない。お姉さんは何がしたいの?」
くっ。ミミの拒絶が胸に来る。
「ミミちゃんをここから連れ出したいの。だって、ここにいたら死んじゃうよ」
「死ぬわけないよ。だって、ここにレヴォルテ様がいるし。人間たちなんてみんな殺せばいい」
「ここ数か月。一度だって人間を殺せなかったでしょ。それが答えだよ。もう時間はあまり残されていない。怖い魔法使いがたくさんやってきて――」
「小娘。――言葉を飾るな」
わたしの言葉は容易くレヴォルテによって切断された。
「おまえは私からミミを奪いにきたのだろう?」
「……うん」
わたしは嘘をつけない。
沈黙が辺りを支配する。
蛇の尾が石畳を擦る音。
四本の剣のうち一本が、わずかに角度を変える。
そして、わずかに口元が歪む。
「おまえにはやらん」
「え?」ミミはきょとんとした。
それからミミの顔が緩み始めた。それはまるで雲間から急にお日様が顔を出したかのような、魔族にしてはとても珍しい表情だった。
それはうれしい。その変化は好ましい。けれど、結果に対する影響としては逆。
レヴォルテからミミの所有権を奪えなければ、ミミを救えない。
「娘じゃないって言ってるくせに!」とわたしは言った。
苦しい。自分でもわかる。苦しすぎる言い訳だ。
今度は、はっきりとした嘲笑を浮かべるレヴォルテ。
「これは娘などではない。おまえは正しいことを言っている。だが――、これは私の配下だ。私の駒だ。私の戦力だ。生かすも殺すも、使うも棄てるも、私が決める。おまえのものではない」
これが冷酷な魔族の将軍の威厳。
ミミは晴れ顔が、一瞬で曇り顔に変わった。
お天気が忙しい。
「ミミちゃんが物だって言うの?」
「そうだ」
レヴォルテの断言に、ミミの顔が貼りついた微笑に戻った。
わずかに揺れる感情を、押しこめるようにしている。
このままだと、どうしようもない。
――わたしの最低ラインとしては、ミミの生存。
そのためには、レヴォルテと引き離して隔離することが考えられたが、それが叶わなければ、人里離れた場所で、静かに暮らしてもらうということも考えられた。
でも、レヴォルテは逃げなかった。
武人としての矜持なのかもしれないし、自己を傷つけることを厭わない魔族らしい心持ちなのかもしれない。それはわからなかったが、傲慢でプライドがあるがゆえに、そこに交渉の余地はある。
「レヴォルテ。あなたがミミを配下として大事にしているのはわかったよ。でも、ここに居残るのが戦術として正しいとも思えない。破滅したいわけじゃないでしょ? わたしがいるから逃げきれないと思ったのかもしれないけど、もし逃げるならわたしは追わない」
「追わない?」低く、わずかな笑気。「おまえは私を見誤っている」
尾が石畳を鳴らす。
ビリビリと空気が震える。
怒気。静かな怒り。
「私は逃げるために剣を握っているのではない」
「人を殺すため?」
「少し違うな。私は戦うために剣を握っている。強者と戦い、剣をふるうことこそが私という存在なのだ」
「だったら一人で戦わないのはなぜ? ネベル君もメカクレちゃんもあなたの部下なんでしょ?」
「剣をまじえるだけが戦いではないだろう。知略、計略、戦略、戦術。弱者たちが武器にするその発想を喰い破る。それが私の求める戦いだ」
将軍としての誇りがレヴォルテにはある。
「だったら、配下を温存したり、撤退を選んだりするのも戦いでしょ」
「温存? 撤退? それは
「生きるため?」
「愚かな娘だ。ここまで言ってもわからないのか。強者と刃を交え、己を試し、砕けるなら砕ける。それでよい。それがよい。それが私の戦い方だ」
――空気が変わった。
レヴォルテの根底はやはり魔族。
破滅願望こそが、存在理由となっている。
撤退したり、戦術めいたことをやってたりしたのも、結局のところ彼の中に不満があったからだ。
簡単すぎた。容易すぎた。つまりは人間たちが弱すぎたから。
「レヴォルテの思想はわかった。でも――この状況はソリテールに創りだされたものだよ。あなたはそれでいいの? あなたの戦いは穢されていると思わないの? あなたはソリテールの駒になっているんだよ」
「それがなんだ?」
「なんだって……。嫌じゃないの?」
「盤上に立てるならそれでいい。操られていようが、誘導されていようが、強者がいるのなら、私はそこに立つ」
「だったらソリテールと戦えばよかったじゃん」
「冗談でも言ってるつもりか? 魔族は魔族を殺しても盈たされない」
「じゃあ、あなたがソリテールの駒であることを認めたとして。ミミちゃんはどうなの? ミミちゃんはあなたのことを慕っている。あなたみたいになりたいって思ってる。それでも、あなたは駒のままでいいの?」
「……同じことだ」
「いいえ。違う。あなたは自ら駒であることを選んでる。でも、ミミちゃんはあなたを見て、駒になることを選ぼうとする。駒になりたいって願ってしまう。あなたに責任感はないの? ミミをほんのひとかけらでも気にかけてないのかって聞いてるの!」
空気がひび割れた。
そこに響くのは場違いなほど幼い声。
「レヴォルテ様。駒ってなんですか?」
レヴォルテは応えず、わたしを静かに見下ろす。
「アナリザンド。言葉で私を縛ろうとするな」
「縛ってなんかない。ミミを縛ってるのはあなたのほうでしょう!」
――ブンっ。
剣が空気を切り裂く。わたしの手前、数十センチの石畳が砕けた。
弱い。こんな攻撃――わたしに傷一つつけることはできない。
「おまえを殺せば、少しは私の餓えも盈たされるかもしれない。おまえは人間に近すぎる」
「待って。わたしは本当に戦う気はないの。言葉が強かったのは謝るから」
「言葉遊びの時間は終わりだ」
無情にも告げられるタイムアップ。
宙に舞った石畳の粉塵が、まだ落ちきらない。
レヴォルテの四本の剣が、わずかに角度を変えた、その瞬間。
――キィン。
澄んだ金属音が響く。
レヴォルテの三本目の剣が、横合いから弾かれた。
見えない攻撃。
いや闇夜に同化するような黒色の魔力弾。
その発射先から、コツ。コツ。――と。
粉塵の向こうから、足音がひとつ。整った歩調。
遅れて、ザリザリと、こするような音が重なる。
冷静で冷徹で怜悧な歩み。
近づいてくる足音が、わたしには死神が鎌をこする音のように聞こえた。
「早すぎるよ、先生……」
「おまえが遅すぎるだけだ」
現れたのは、冷えた視線を持つ魔法使い――ゲナウ。
黒金の翼が臨戦態勢を維持している。
もう、戦いは止まらない。