魔族少女のエロタナティブ 作:アナリザンド
試される大地。
北の最果てに向かいつつあるヴィアベル君パーティ。
その紅一点であるエーレちゃんから通信が入った。
『アナリザンド。少し、時間あるかしら?』
声のトーンがいつもより半音低い。
表情に翳りがある。髪の毛がわずかだが整えられていない。
わたしはすぐにわかった。
この子は今、何かを抱えている。
いや、乙女はいつでも何かを抱えているものだ。
それは乙女という概念がフラジャイル――壊れモノだからである。想いが重いのだ。
だが、それをすぐに問うのはご法度。
わたしの問いかけ自体が乙女心を破壊してしまう可能性がある。
友達のエーレちゃんを傷つけるような真似はしたくない。
「時間ならいくらでもあるよ」と声の調子を変えずにわたしは応答した。
『生身のあなたと話したいのだけどいいかしら。もちろん報酬は払うわ』
「おお、さすがは一級魔法使い。ブルジョワだ!」
金払いのいいお友達は嫌いじゃないよ。
友達料をせびってるわけじゃなくてね。
『そんなんじゃないわよ。あなたとお話するのが、私にとってそれだけ価値があることなの』
嬉しいことを言ってくれる。
「報酬は後払いでいいよ。エーレちゃんは信頼がおける上客だからね」
『まあ、今の私は確かに乗客だわ』
見えている背景は、おそらく船内。視界がわずかに揺れている。しかしながら、エーレちゃんに与えられた私室は、華美ではないものの、容量を切り詰めなければいけない船内にしては豪華である。これがブルジョワでなくてなんなのだろう。
「じゃあ、今からお邪魔するね。いい?」
『うん。早く来て』
くそカワエーレちゃんである。
そんな表情でそんなセリフを言われたら、もうね……。
ヴィアベル君じゃなくても堕ちるだろう。
そんなわけでジャンプ。
到着するまで数秒といった次第だった。
ちなみに密航にならないように、ちゃんと事前に船長さんには伝えていたらしい。
用意周到なところは、さすがエーレちゃんって感じだ。
さて、紅茶がセッティングされた船室である。
――揺れる想い。体中感じて。
いや、物理的にだけど、船というものはとかく揺れているものだ。
いつもふわふわしているわたしも、椅子に座っている以上、接着したお尻のあたりから揺れを感じる。つまり外部的に見れば、わたしも揺れているのだろう。相対性理論ってやつかもしれない。
「船旅、けっこう長いの?」
まずは軽い世間話から。
「そうね。時々は陸が恋しくなるわ」
「港に寄ったりはしないの?」
「するけど、本当に補給する時だけね。三日くらいで再び出航するの。ちょっとおもしろいのは陸についたらかえって酔うのよね。この調子で帝都の港町までだいたい数か月ってところかしら」
「帝都についたら、エーレちゃんはどうするの?」
「どうって? どうもしないわよ。お家に帰るんじゃないかしら」
ふーむ。疑問形?
一応、ジャブくらいは撃っておくか。
「ヴィアベル君についていかないの?」
「あいつについていったら、戦いに巻きこまれるわ」
「てっきり、エーレちゃんはヴィアベル君についていくものだとばかり……」
「どうしてよ」
エーレちゃんはわたしをじっと見た。その目には、答えがちゃんと入っている。
でも、言葉にするのがめんどうなのか、あるいは、あえて遅延させているのか。
「だって、エーレちゃんはヴィアベル君のことが好きでしょ」
「否定はしないわ。戦って誰かを守る英雄としてね」
否定してるじゃん。わかりやすく言えば逃げ。
エーレちゃんはカップを両手で包んで、視線を窓の外に逃がした。
船窓の向こうには、灰色の海が広がっている。
さすが一級魔法使いと思ったのは、紅茶を入れたカップの水面がまったく揺れていないということだ。たぶん、魔法でなんとかしている。ちなみにわたしも操作魔法で水面を抑えつけて無理やりこぼれないようにしているが、理論的に同じ魔法なのかはわからない。
「人間としてはどうなの?」とわたしは欲望を引き出すために聞いた。
「好きよ。たぶん。おそらく。かなりの確率で」
前もって準備していたのだろう。回答に揺らぎはない。いや内実としてはあるのだが、淀みがなさすぎるという意味での揺らぎだ。
「確率で語るんだぁ。ふぅん」ねっとりザンド。
「魔法使いだもの。数値化したほうが落ち着くの」
新世代の魔法使いはすぐに数値化するからなぁ。
HUDに慣れすぎた弊害かもしれない。
「で、その確率は何パーセントくらい?」ニチャア。
コイバナはわたしにとってはデザートみたいなものだ。
特に他者のコイバナは、あまあまのサタニックドーナツに匹敵する。
「……93」
零れ落ちるように表される数値。エーレちゃんの顔が少し赤い。
「けっこう高いね」
「残りの7パーセントは現実ってやつよ」
「現実?」
エーレちゃんは静かに言った。船がゆっくりと揺れる。
シリアスの空気を感じる。
「あいつは北に行くわ。帰ってこないかもしれない。帰ってきても、また次の戦場に行く。それがあいつなの。止められないし、止めるべきでもない。あいつが北の果てで戦ってくれているから、南の安全な帝都で乙女ゲームができる。その順序は絶対に正しいわ」
「うん。そうだね。勇者ヒンメルもそうだったわけだし」
ヴィアベル君はおじさんになった今でもヒンメルに憧れているのである。
どこか夢見がちな少年の要素を多く残しているのが、男という生物なのかもしれない。
「だから、私はついていかない。私の戦場はここじゃないもの」
エーレちゃんの声は、ちっとも揺れていなかった。
いや、揺れないように気をつけていたというべきか。
93パーセントの感情を、7パーセントの現実できっちり封をしている。
――この子は、理解しすぎてしまっているのだ。
この世界は、優秀な人にとっては難しすぎる。愚鈍な人にとっては簡単すぎる。
繊細な人には残酷で、鈍感な人には優しい。
思考の袋小路に陥りやすいのは、彼女の個性とも言えるかもしれない。
「エーレちゃん」
「なに?」
「好きなら、ついていけばいいんじゃないの」
エーレちゃんはわたしを見た。
呆れたような、でもどこか羨ましそうな不思議な顔。
宇宙の真理を突然告げられた猫みたいな表情だった。
「あなたって、時々すごく魔族よね」
「それって褒めてるの?」
「褒めてるわよ。でも、私にはできないの。ついていったとして、何ができる? 邪魔になるだけよ。戦場で足手まといになって、かえって迷惑をかけて、あいつに守られることになる」
「守られるのは好きなんじゃなかったの?」
――大切な人に大切にされるわたし。
というのが、エーレちゃんの記念すべき第一作。
乙女ゲームのコンセプトだったのだから。
「あいつに守られるってことは、たぶんあいつが私の代わりに誰かを殺すってこと。殺さなきゃ殺されるのが戦場なのよね? 私は誰かを殺したくはないわ。それだけの覚悟が私にはまだないの」
「誰かって人間のこと?」
「魔族も……。あなたみたいなのがいるかもしれないって思ったら撃てそうにないわ」
「殺すこと自体が嫌いなの?」
「そうよ。あなたと同じ」
「そっか。それはそうだね。わかるよ」
「でも、あなたみたいな勇気が私には足りないの」
エーレちゃんにはそう見えるのか。
では、わたしなりのエーレちゃん像を返そう。
「エーレちゃんは勇気がある女の子だよ。ヴィアベル君が提示した現実に対して、あれだけ理想を語っていたじゃない。乙女ゲームで世界を変えるんだって。それが私の魔法だって」
「あいつは……」言葉を呑みこむ。
紅茶が再び揺れ出す。魔法が決壊しようとしている。
その揺らぎに気づいて、エーレちゃんは必死に魔法をかけなおした。
「あいつは、
「いっしょに帰ろうって言ってくれたんじゃないの?」
「帝都近郊までね。私のお家がそこにあるから。北の果てに向かうには帝都を経由するのが一般的な経路なの。要するに、道すがら、もののついでってやつよ」
「もののついでねぇ……」
正直、じれったい。でも、それを他人がどうこう言うのは違う気がした。
たとえ友達でも踏みこんではいけない領域はあるのだ。
代わりに、わたしはカップをくるりと回す。
水面は波たたせず、香りを愉しむ。
お金の匂いはあまりしないけど、船上での一杯はまた違った風情がある。
視点を変えれば、人物像もまた異なる。
「ヴィアベル君はそんな子じゃないと思うけどな。エーレちゃんは大切にされてるよ」
「そんなこと、あいつが思ってるはずがないわ」
「そうかな?」
「だって、あいつはそういう男だもの。北に行くって決めたら何が何でもそうするし、誰かを殺すって決めたらもう迷わない。迷う時間が終わった後は、一直線にそうするの。私は違う。私は今も迷ってる。あっちにふらふら、こっちにふらふら。結果として、もし殺すべき敵が目の前に現れたとしても、私は何もできないかもしれない」
ついに紅茶がこぼれてしまった。
紅茶はエーレちゃんの指先にこびりつき、彼女は不快そうに顔をしかめた。
わたしは服の袖でそれをぬぐった。ごしごし。
「汚れるわよ」
「服も魔法だもん。汚れないよ」
「世間話はここまでにしましょう。……依頼の話をしていいかしら」
エーレちゃんは話を切り替えることにしたようだ。
それは現実逃避というには、あまりにも儚い乙女の祈りなのだろう。
「もちろんいいよ。わたしはそのために来たんだからね」
「スランプなの」
「スランプ?」
「二作目のコンセプトが思いつかない感じ。あなたに習ったコンセプトマップの中央が埋まらないの。どうすればいいと思う?」
――コンセプトマップ。
乙女ゲームの一作目を創る際に、概念の中心核を定めるために用いた構造図である。
その中心に添えられるのは、いわば乙女ゲームの魂ともいえるものである。つまりは、因果の発端。創作動機とも呼べるものだから、そこをないがしろにしてはゲームの構造が脆くなってしまう。
しかし、これはかなりの難題だ。
要するに、光あれと唱えるのが神様だとして、光あれと唱える気が起きないのをどうすればいいと聞かれているようなものだからだ。
――なんかやる気でないなぁ。世界創るの面倒くさぁい。
と、女神様が言ったところで、他者にどうこうできる問題ではない。
たとえ、欲望が他者の欲望だとしても、それを『言葉』あるいは『世界』として形にするのは、他ならぬクリエイターの仕事だからだ。
「何も思い浮かばなくなっちゃったの」と、エーレちゃんは沈んでいた。
「なにかきっかけとかあった?」
エーレちゃんは、しばらく黙っていた。
紅茶の染みを指先でこすりながら、そっと溜息をこぼす。
「お爺ちゃんのことかな」
「レルネン先生?」
「うん」短く頷く。「この前、通信がきたの。
「黄金郷に? マハトに逢いにいったってこと?」
「そうよ。あの七崩賢最強と言われるマハトのところに行ったの」
エーレちゃんは淡々と言った。でも表情は険しい。
「なんのために?」
「友達のためらしいわ。あなたも知ってるでしょ。宮廷魔法使いのデンケン様」
「知ってる。デンケンお爺ちゃんは、黄金郷にある奥さんのお墓参りがしたくて、一級の資格をとったらしいよ。でも、直接的にマハトと関わる必要はあまりないと思うんだけど。デンケンお爺ちゃんはひとりで全部やるつもりだったみたいだよ」
「友達のために何かしたかったんでしょ。男の友情ってよくわからないけど、そういうところがあるのよ。くだらないことで命を賭けたり、ふざけあったりしてわかりあえる。時々羨ましくなるくらい」
「男の友情かぁ……」
レンゲちゃんが好きそうな言葉。
だが、おそらく友情のためだけというわけではないだろう。93パーセントくらいはそうかもしれないが、人間にとっては七崩賢を降すというのは、魔王の恐怖から完全に脱却することを意味する。できるなら排除したい、そう思っているはずだ。
つまり、人間的な異類に対する恐怖心というか。
種族間闘争の戦略的な意味合いも含んでいる。
マハトの魔法、
たとえ、マハトを殺しても黄金化が解かれる保証はない。つまり街は人質になっている。
だから、マハトの魔法を解くカギを、レルネン先生は求めたのだろう。
それがなせれば、最悪マハトを殺せるから。
それは人類の悲願でもある。ついに魔王の最側近たる七崩賢が全滅するのだから。
多くの一級魔法使いがマハトを討ち果たすために動いているのは、そういった理由からだった。
「友情のために死ににいくなんて馬鹿みたい」
エーレちゃんは怒ってるみたいだった。
「本当にそう思ってるの?」
エーレちゃんは一瞬だけわたしを見る。
カップに視線を落とす。空になったカップを見つめる。
「わかってるわよ。本当は友情だけのためじゃないってことくらい。ゼーリエ様の一番弟子として、人類最強の魔法使いとして、戦った証を残すため、お爺ちゃんはそうしたかったんだと思う。でもなんにせよ。お爺ちゃんは行ってしまった。戦場に行くことを選んだ」
――私は選ばれなかった。
そんな副音声が聞こえたわけではなかったけれど。
カリっと、カップに爪をたてる音が聞こえる。
「お爺ちゃんは、出立する前に私にこう言ったわ。――私はこれから死地に赴く。もし私が黄金に沈んだ時には、エーレ、おまえが私の研究成果のすべてを引き継ぎなさい、って」
弾性限界。罅割れる。
「おまえは、私を超える逸材だって。だから、きっと多くの人間を感動させる物語を創れるだろうって。ゼーリエ様のことをよろしく頼むって。デンケン様にはあの時の借りを返したと伝えてくれって……」
パリン。ついにカップが割れた。
女神様の魔法で即回復。でも心の傷は癒えない。
そんな機能は女神様の魔法には存在しない。
「ねえ、アナリザンド。教えてほしいんだけど……」乙女の微笑。とても破滅的。
「なにを教えてほしいの?」
「現実って残酷で、明日には、私の大切なあなたは消えちゃうかもしれない。攻略対象が死んじゃうの。そんな世界で、どうやって甘ったるい乙女ゲームなんてものが創れるの?」
エーレちゃんは最悪の表情をしていた。
ふわりとした乙女に似つかわしくないほど諦念的というか。
一作目を創った時のきらめきみたいなものがくすんでしまっている。
無理もない。エーレちゃんの中には喪失への恐れがある。
それは確かな実感を伴って、毒のように彼女の魂を食い散らかしている。
「エーレちゃん……。教えてあげるね」
こくんと頷くエーレちゃん。
「人は絶対に死ぬんだよ。勇者ヒンメルも死んだ。ハイターも死んだ。数多くの名もなき英雄もみんな死んじゃってる」
「知ってるわよ。そんなこと」
「いいえ。エーレちゃんは知っていても見ていないんだよ。見たくないから目をそむけてる」
怪訝そうな表情をするエーレちゃん。
「エーレちゃんはヒンメルたちを攻略対象にした乙女ゲームを創ったよね。ヒンメルが死んでいることを知っていながら」
「それは……そうだけど」
「レルネン先生もいつか死ぬよ。ヴィアベル君も。エーレちゃんも。わたしも、たぶん」
淡々と言った。
魔族にとって死は遠くない。魔族は死そのものと言えるから。
人間にとって死は遠くない。人間は死への距離感が近いから。
それは事実であって、慰めでも脅しでもない。
わたしは魔族だから、そう言える。
「そんなこと、わかってるわ」
「じゃあ、逆に聞くけど――」
わたしはエーレちゃんをまっすぐ見た。
「みんな死ぬのに、どうしてヒンメルの乙女ゲームは売れたと思う?」
エーレちゃんは黙った。
「みんな知ってるんだよ。ヒンメルが死んでいることを。それでも買った。プレイした。泣いたり笑ったりした。どうして?」
「……死んでいても、私の物語の中では生きているから。
「そうだよ。創作はエーレちゃんが見た生きたヒンメルたちを、みんなの瞼の裏に再生する魔法なの。あなたはすごいことをしてるんだよ」
エーレちゃんはしばらく黙っていた。
入れなおした紅茶のカップを壊れないようにそっと握り締めている。
紅茶の揺れは、そのままで、揺れるがままに任せていた。
そのままでいいと思ったのかもしれない。
「そうね。あなたの言うとおりかもしれない」
――勇者のことが大好きだから。
エーレちゃんは、ぽつりと言った。
声がさっきより半音高い。
完全に戻ったわけじゃない。
でも、くすんでいた輝きが、ほんの少しだけ戻ってきた感じがした。
魔法使いの魂ってのは丈夫にできてるんだなと思う。
折れそうになっても、簡単には折れない。
それが一級魔法使いの強さ。乙女心の魂の輝き。
わたしはカップをテーブルに置いて、脚をぶらぶらさせた。
もう大丈夫かな? と思いながら、じっとエーレちゃんを観察する。
「どう? 答えになったかな?」
「ええ、少しだけ」
「全部じゃないんだ」
「だいたい97パーセントくらいかしら」
「なら少しじゃないよね?」
「かもしれないわ」
そして、今回のコンセプトマップの中心に書かれた言葉は。
――たとえ、あなたの一番じゃなくても。
これは激戦を思わせる乙女の戦いだ。
船旅は長い。一息には終わらない。
クリエイターとしての時間も長くとれるので、必然、わたしとエーレちゃんの密談は何日にも渡って続けられた。
とはいえ、一番難しい部分というか――。
重い話は終わったので、残すは軽い枝葉の部分。肉付けの話である。
クリエイターというのは不思議なもので、核さえ定まれば、あとは芋づる式にいろいろ出てくるものらしい。言葉というものが連想ゲームによって成り立っているからだろう。意味はシニフィアンの連鎖で……。いや難しい話はやめておこうか。168ちゃんみたいにはなりたくない。
ともあれ、事実として描写すると、エーレちゃんはすでに大きな小窓にあれこれ書き始めていた。攻略対象の設定。分岐ルートの構造。エンディングの種類。さすが一級魔法使いというか、エーレちゃんというべきか。頭の回転がとにかく速い。コンセプトマップの大部分は埋まり、細かい調整に入っている。構造図としては完成に近い。
わたしはお茶のおかわりをいれながら、その様子を眺めていた。
うん。おいしい。
現実にうちのめされていたスランプウーマンの顔はもはやない。
これがエーレちゃんの本来の顔だ。魂が輝いているときの乙女の横顔。
汗が垂れているのもぬぐわず、掲示タイプの大型小窓に向かうエーレちゃん。
しかし、そうなると――わたしって要らない子になっちゃうんだよね。
魔族の創作能力は、客観的に見て零級に等しいので。
クリエイション能力はクソ雑魚魔族なので。
そろそろ分身のわたしでもいいかなぁなんて思い始めた時だった。
エーレちゃんがふと顔をこちらに向けた。
「ねえ。アナリザンド」突然のクライアントからのお声がけである。
「はいはい! お客様。なんでございましょう」
「あなた、今ぼーってしてたでしょ」
「いやはや……、そんなことあるわけないじゃないですか」
「それにしては気の抜けた顔をしていたけれど」
ズモっと迫るエーレちゃん。フェルンちゃんに似た圧力を感じる。
「これは余裕の表情ってやつですよ。だってオンスケですよ。オンスケ」
オンスケジュール。すなわち計画通りというやつだ。
わたしの必死の微笑が効いたのか、エーレちゃんが顔を引いた。
「少し考えたいことがあるんだけど、アドバイスいいかしら」
「うん、いいよ。どんなこと?」
「今回の攻略対象は、北側諸国の三大騎士にしたわ。既に二家には了承もいただいている。ただね。ヴァールハイトだけは、独り身だったみたいなの」
「ふむふむ」
「記録もほとんど残っていないの。80年ほど前に当時の皇帝陛下の命で、マハト討伐に向かったらしいんだけど……その後の消息が途絶えているのよね。もしかしたらどこかの家で守護像として残ってるのかもしれないけど」
「つまり、わりと自由に設定できるってこと?」
「そういうこと」エーレちゃんは小窓をくるくると操作した。「他のふたりは家族もいるし、史実に沿った形で丁寧に設定しないといけない。キャラ設定が崩れすぎるとクレームが入っちゃうから。でもヴァールハイトだけは、ほとんど白紙なの。文献には矢が得意だった武人としか書かれてないから、人間ヴァールハイトについては闇の中なのよ」
――つまり、フリー素材って寸法。
「じゃあ、エーレちゃんの好きにできるね。どんなキャラにするつもり?」
わたしはワクワクしながら尋ねた。
きっと渋くてカッコいいキャラになるのだろう。
エーレちゃんは少し間を置いた。
その間が、なんとなく怪しい。なんだか知らないけどドキドキする。
「ねえ。アナリザンド」
「なに」
「少女偏愛者って、攻略対象としてありだと思う?」
三秒の沈黙。
話のなかでは短くて、沈黙のなかでは長い時間。
「少女偏愛者?」わたしは確認するように繰り返した。
「そう。あなたみたいな十歳くらいに見える幼い女の子が好きな連中のこと」
「いわゆるロリコンってこと?」
「そう。それは20年ほど前に、あなたがもたらした言葉なのよね?」
つまり、エーレちゃんはこう言っている。
わたしは冷や汗をたらりと流した。
「さすがに高潔な騎士様をロリコン扱いするのは後で問題がでるんじゃないかなぁ。誰が言わないにしろ、例えば帝国の騎士だったわけでしょ? 帝国側から抗議があるんじゃ」
「私は権威なんかに屈しない! 表現の自由よ。表現の自由!」
どうしよう。エーレちゃんが表現の自由戦士になってしまった。
「あのね。前にも言ったけど、ヴィアベル君はロリコンじゃないよ」
「ヴィアベルは関係ないでしょ。ヴァールハイトはヴィアベルじゃないんだから」
「まあ、それはそうだけど……」
結局、おしきられる形で、ヴァールハイトは少女偏愛の騎士ということにさせられてしまったのである。クライアントの意向には逆らえない。たとえ白でもクライアントが黒といえば黒なのが、コンサルタントのつらいところさんなのである。
でも、もしどこかで黄金になってるヴァールハイトの呪いが解けたら、世界中からロリコン扱いされるってひどくね? と思うわたしである。
恋は魔法よりも強し。
けれど、物語は恋よりも自由なのである。