魔族少女のエロタナティブ   作:アナリザンド

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ご褒美

 

 

 

「褒美をやろう」

 

 一級魔法使いとの筆舌に尽くしがたい苛烈を極めた戦闘のあと。

 ゼーリエは勝利を祝う戦女神のように宣言した。

 

 弟子たちは戦慄する。

 ゼーリエの言う褒美とは、ほとんどもう決まっているようなものだからだ。

 

――魔法の譲渡。

 

 通常は一級魔法使いになった際に特権として付与される権利。

 ゼーリエが新たな弟子の誕生を祝い、その褒美として好きな魔法をひとつだけ授けるのである。

 ちなみにであるが、この特権は魔法図書館で売っている木っ端の魔法とは比べ物にならないラインナップである。ゼーリエも野放図に魔法をばらまくような真似はしておらず、魔法のバリューにそれなりの序列はつけている。

 

 ゼーリエは()()()()が好みである。つまり優秀な人材が好きである。しかしながら、優秀な人材を集めるためには、ロングテールが必要なことも理解している。裾野が長くなければ山も高くならない。そういう論理だ。

 

 ちなみになぜエリートが好きなのかというと、エリートが元々『神に選ばれた者』を意味するからだろう。ゼーリエは地母神的な存在であり、自らに近づく者に対して寵愛を振り向けるということだ。

 

 女神はあまねく存在を平等に博愛する。しかし、ゼーリエは()()する。

 

 ともかく、そういったわけで、魔法譲渡は山頂到達祝いのようなものである。ゼーリエからすれば、三合目に到達したくらいだろうが。それでも、譲渡されうる魔法は神話の時代の伝説的な魔法すら射程に入る。

 

 当たり前だが魔法使いにとっては垂涎の的。

 たとえ100兆AP積んでも手に入れたいものであった。

 

 魔法譲渡は秘め事が私的空間でおこなわれるがごとく、一対一の場合が多い。

 ここ謁見の間で、他の誰も入らず、ゼーリエとふたりきりで儀式的におこなわれる。

 ぶっちゃけ、ここはセックスルームである。

 今回もそれにならい、ゼーリエはほとんどの弟子をおいやるように、手を払った。

 

――出ていけ。

 

 の合図。

 

 弟子たちは騒然となりながらも、ゼーリエの命令に反することはない。

 渋々ながらも、謁見の間を出ていく。

 

『ゼーリエ様は本当に魔族に魔法を譲渡されるつもりか』

『人間の叡智が魔族の手に渡る、これは恐ろしいことだぞ』

『オレもアナちゃんのおててでパンチしてもらいたかった』

『いやしかし、そもそも魔法図書館の魔法は譲渡しているものなのでは』

『レベルの低い魔法はそうだが、しかし、一級魔法使いのそれは制限がない』

『おい、ブルグお兄ちゃん。早く行こうぜ』

『やめろ』

『よかったな。シスコンじゃなくて。……ロリコンだけど』

『やめて……』

 

 ぞろぞろと出ていく。

 彼の名誉を賭けた戦いはまだ始まったばかりだ。

 

「レルネンとゼンゼは残れ」

 

 ゼーリエはふたりだけ残した。先に述べたとおり、魔法譲渡の場においては極めて異例であるが、もともと魔族に魔法を譲渡するということが異例なのである。

 

 異例には異例をということなのだろうか。

 

 おそらく、ゼーリエはアナリザンドのこころのカタチを多少は理解していた。だからこそ、わずかながらも執着のあるゼンゼを置き、そしてレルネンは自らの枷としたのだろう。自重するためのスタビライザーである。ふたりがいなかったらニュルニュルザンドになっていたに違いない。

 

 それくらいは、アナリザンドにもわかる。

 だから、転移を使って勝手に帰ったりはしなかった。

 少し浮き足だってはいたが。

 

「ご褒美ってなんの?」

 

 雑音が消えた広間で、アナリザンドはあらためて聞いた。

 

「一級魔法使い『不動の外套』ブルグを打ち負かした褒美だ」

 

「じゃあ――」アナリザンドは懇願する。「借金を半分にしてください!」

 

 光の速さで頭を下げ、ゼーリエに希う。

 

 ゼーリエは魔法の譲渡を企図していたので、アナリザンドの言葉は想定外だった。

 憤慨したご様子で吐き捨てる。

 

「いいだろう。ではまず、おまえを解放する身代金として100兆APを請求する。既存の借金とあわせて200兆APとなったな。これを慈悲深い私が100兆APチャラにしてやる。よかったな。半分だぞ」

 

「変わってないじゃん!」アナリザンドはジタバタした。

 

「バカなことを言ってないで、しっかり考えろ。この私が魔法を譲渡してやると言っているんだ。それくらいわかっているだろう?」

 

「ゼーリエ先生の魔法って、子種みたいなものだよね?」

 

「あん?」ゼーリエが不機嫌そうに眉を寄せる。

 

「だって、先生は気に入ったお弟子さんたちに魔法を与えているわけでしょ。そして、お弟子さんはそれを自分のなかで孕ませる。魔法を覚えるわけじゃん」

 

「アナリザンド様……お言葉があまりにも」

 

 レルネンが制止する。

 しかし、わずかに頬が紅潮しているのをアナリザンドは見逃さない。

 ゼーリエの子種を受けとるという概念に、レルネンはメスの顔になって興奮していた。

 高弟の姿か、これが……。

 

「まあ、和姦だからどうでもいいか」

 

「貴様の言うように、魔法は子種のようなものだ。魂に付着した記憶なのだからな」ゼーリエはレルネンに視線を向ける。「こいつの言ってることは、換喩的表現としてはほとんど正解だぞ」

 

「そうなのですか?」レルネンがただただ驚く。

 

「ゼンゼは驚いていないようだな」

 

「アナリザンド様に聞いておりましたから」

 

「……フン、様づけか。おまえらしい危機回避ルーチンだな。まあいい。魔法はいわば私の魂の一部だ。魂はコピー&ペーストできない。だから、魔法は()()()()することになる」

 

「それは……お身体に影響はないのでしょうか」

 

「忘れるというのが影響だ」

 

「魂を……お命を削ってらっしゃるのでしょう?」

 

 レルネンは焦っている。

 彼にとっての永遠が『減る』ということが許せなかったからだ。

 ゼーリエはふてぶてしく笑った。

 

「問題はない。魂は――(カルマ)は無限に分裂し増殖する。そうでなければ地に人間が溢れる道理がないだろう」ゼーリエは突然やさしげな声になった。「心配するな。臆病者め」

 

「はい……不肖の身でありますれば、ゼーリエ様をわずらわせてしまい……」

 

 それ以上は言葉にならなかった。

 

「あの……ゼーリエ様」

 

「なんだ、ゼンゼ」

 

「ひとつ巨大な疑問が思い浮かんだのですが、この場で申しあげてもよろしかったでしょうか」

 

「言ってみろ」

 

「魔法がコピー&ペーストできないというのでしたら、転移魔法は魂をカット&ペーストしているということになるのでしょうか」

 

「そんなこともわからずにあの魔法を開発したのか。アナリザンドは何も教えなかったのか?」

 

「いえ……」

 

 ゼンゼは術式は教えてもらっていた。

 原理の詳しいところまでは伝えられていない。

 そうであっても、オブジェクト指向により、魔法を使うことは可能だからだ。

 

「あー、うん。そうだよ。転移魔法は魂をカット&ペーストしているの。だから、あの魔法は正確には転移魔法じゃなくて……局所的な()()()()といったほうが正しいかな」

 

「女神の領域じゃないか」ゼンゼが思わず素になってしまう。

 

「わたしも原理をすべてわかってるわけじゃないよ。ただ、そうしたらそうなるっていうのがわかってるってだけ。月に至るにはそれぐらいの勇気が必要ってこと。ゼンゼ先生ならわかるよね」

 

「まあそれはそうだが……、安全ロープがますます必要になるな。下手をするとこの世から永遠におさらばということもありうる」

 

「理論上はね。でもそれは、わたしたちが今この瞬間に床の量子をすり抜けて落下する確率より低いよ。ゼロではないけど、それをいったら何もできない」

 

「転生を繰り返すならば、永遠の命も可能なのか?」

 

「カイロスとクロノスをごっちゃにしてるよ。あなたの主観時間は前に進み続けるものでしょう」

 

「しかし、前もって魂の全情報を記録しておけば……」

 

 ゼンゼは思考を推し進める。

 もし、線分の時間を記録できるなら、人間は永遠を手にできるのでは?

 魂の眠る地など探す必要すらない。この世界が既にそうである可能性も……。

 しかし、魔族の声はゼンゼの声を遮った。

 

「先生と逢えなかったわたしが再生しても、わたし寂しい」

 

「君の知ってることをもう少し教えてくれないか」

 

「いいよ。その代わり、ゼンゼ先生が使ってるトリートメントを教えてね」

 

 トリートメントはしているのだ。でなければ、こんなにツヤツヤでモフモフで、包みこまれたら思わず眠くなってしまうほど心地よい感触を出せるはずもない。

 

「いちゃつくのはそれくらいにしろ」ゼーリエが不機嫌そうに言った。「いい加減に腹をくくれ。おまえが最も欲しい魔法を言え」

 

 やはりここはセックスをしないと出られない部屋だったらしい。

 アナリザンドは腕を組んで考える。

 

「うーん……あ、じゃあ、あるのかわからないけど、もしあったらください」

 

「なんだ言ってみろ。私は人類史に残るほぼ全ての魔法を覚えている。おまえがネットで蒐集できない固有の経験に基づく魔法もな。欲の少ないお前なら『花畑を出す魔法』とか言い出しそうだが、まあそれでもいい。お前の好きにしろ」

 

「うん。じゃあ言うね」

 

 アナリザンドは微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()をください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういうことだ?」

 

「文字通り、何もしない魔法が欲しいの。せんせー、わたしに()をちょうだい」

 

「ふざけてるのか。なんの面白みもないどころか、なんの意味もないものをなぜ欲しがる」

 

「ふざけてないよ」

 

「おまえは私を受け入れるのが嫌で逃げ口上をかまえている。違うか?」

 

「いいえ」久しぶりにアナリザンドは否定した。「ちゃんと言ったよ。先生の魔法をちょうだいって。わたしちゃんと欲しがれたよ。ないの?」

 

 アナリザンドは寂しげに瞳を揺らした。

 

 対するゼーリエの答えはぶっきらぼうに「ある」だった。

 

 無があるとはいったい――。

 

 しかし、あるのだからあるのだ。

 

魔法を譲渡する魔法(フィーアヴェリア)

 

 ゼーリエは片手をあげて、魔法の本を顕現させる。

 

 ふわりと空中を伝い、アナリザンドは両腕でそれを受け止めた。

 わりと大きくて、胸のところでようやく収まるほど。

 重量もそこそこあったせいで、アナリザンドはぐらついた。

 

 ゼンゼが髪の毛で支えてくれたので倒れずに済んだ。

 

「これで魔法の譲渡は終わりだ。だが最後に応えろ。なんに使うつもりだ?」

 

「……答えはゼンゼ式」すなわち沈黙。

 

「いい度胸をしているな。それの中身は文字通り無……白紙だぞ」

 

「うん。だからちょうどいいかなって」

 

 アナリザンドは虚無の本を抱きしめながら言った。

 

「先生、わたし日記を書くよ。今日は先生に日記をもらえたって。100兆の借金が増えそうになったけど、100兆チャラになったってちゃんと書くよ。うれしかったって、哀しかったって、ちゃんと書くよ」

 

「おまえは無限の日記帳を持ってるだろう?」

 

「ううん。これは先生の魔法だもん。わたしのスペースじゃない」

 

 わたしのスペースではないから、わたしは夢を見ることができる。

 現実と妄想が同値であるわたしが、妄想の部分を切り離して外部化できる装置。

 

 先生、あなたはわたしに夢をくれたんだよ。

 気づいてないだろうけど、わたしはこの魔法が本当に欲しかったの。

 

――おやすみなさい。

 

 その日、アナリザンドは日記を書いて眠りにつき、その日初めて夢を見た。

 

 卵が星を泳ぐ夢。

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