魔族少女のエロタナティブ   作:アナリザンド

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プリコラージュ・プレイ

 

 

 

 レンゲ神は、また迷っておられるようだった。

 手旗信号で、わたしに通信して言うには――(本当に旗を持っているわけじゃないが)。

 

――ソ・ザ・イ・ヲ・ク・レ。

 

 パタパタしてるレンゲちゃんはかわいい。

 かわいいが意味がわからない。

 

 今、レンゲちゃんは故郷のお家に帰り、自室の本だらけのお部屋で、静かに執筆作業にいそしんでいる。彼女が素材と呼んでるのは、びーえる小説の登場キャラのことである。

 

 それはわかるのだが……。

 

「えっと、確かレンゲちゃんって大陸魔法協会の公式伝記を任されたんじゃなかったっけ」

 

『任された』

 

「だったら、素材はたっぷりなんじゃないの?」

 

『書いていい? って聞いたら、みんな断られた』

 

「そっか」

 

 まあ、そうなるな……。

 

 あくまでゼーリエ先生は公式伝記を書く権利を与えたのであり、個別の人権に対する配慮は、個人ごとに求めなければならない。いくら一級魔法使いがゼーリエ先生の弟子であっても、無茶な要求を断る権利くらいはあるのだ。

 

 そもそもの話。

 伝記という形態をとる以上、解釈の幅は相当狭い。

 特に半ナマどころじゃないナマモノを扱う場合は、かなり気を遣わなければならない。

 レンゲちゃんの自由すぎる発想は、伝記という形式に合わなかったのだろう。

 

『アナリザンド。こっち来て』

 

「うん。どうしたの?」

 

『いいから。こっち来て。すごくおいしい紅茶がある。あなた好み。間違いない』

 

「わかったよ」

 

 なにがなんだかわからなかったが、折角レンゲちゃんが誘ってくれたのだ。

 わたしはすぐに空間跳躍して、リアルで相対する。

 

 レンゲちゃんは既に紅茶を用意して待っていた。

 注がれたカップには、甘酸っぱく爽やかな紅茶の香りが広がった。

 

 口をつけるわずか前に、匂いを嗅ぐ。

 うん。これはリンゴの匂い。アップルティーだ。

 

 リンゴと言えば、リーニエちゃんが好きな食べ物。

 もしかして、同じ魔族のわたしも好きだと思ったのだろうか。

 あるいは、リーニエちゃんと旅をするなかで、ふるまったことがあるとか?

 レンゲちゃんは、びーえる作家だけど、わりと百合百合してるよね。

 

「それで、わたしを呼んだのはどうしてかな?」

 

 カップを置いて、わたしは尋ねた。

 レンゲちゃんは、じぃっとわたしを見つめている。

 なんでしょうか。その獲物を狙う目は……。

 まさか、わたしを素材に?

 

 って、そんなわけない。

 

 なにしろ、わたしは少女なのである。

 レンゲちゃんの素材になりえないのは、最初からわかりきってる。

 

「ねえ、アナリザンド」

 

「ん?」

 

「私が書いてたのって歴史小説?」

 

「そういう側面もあるかもしれないね」

 

 なにしろ、レンゲちゃんが書いてるのはヒンメルという勇者の物語。

 それがハイターとあんなふうになっちゃうのは驚きではあるけれども、絶対にそんなことがなかったのかと言われれば、それは歴史の闇のなかだ。歴史小説とは、ログという出来事と出来事の狭間を想像で埋める物語と言ってもいい。

 

「歴史って何?」

 

「これはまた本質的な質問をするね。前にも言ったと思うけど、歴史は言葉の死体が堆積したものだよ。言葉は死体で、生者がそれを解釈している」

 

「コーパスがコーパス」

 

「そう。だけど、おもしろいのは歴史というのは英雄の死によって始まるってことかな。レンゲちゃんがしてることは、死体を甦らせるってこと。歴史の中で英雄は生きているの。生きている者しか死ねないように、死んでなければ生き返れない」

 

「生きてる英雄は素材になりにくいってこと?」

 

「論理的必然としてね。歴史をそういうものだと定義すればそうなるよ」

 

「どうして?」

 

「歴史の中の英雄は死体でしょ」

 

「うん」

 

「死体は動かないし、物言わないし、成長しない。心の中で生きているとは言っても、物理的な現象としては静的な情報鎖なの。魔族と同じで」

 

 紅茶を一呑み。

 

「対して生きてる人間は、毎日更新されている。首尾一貫性がないことも多い。今まで敬虔な毎日を過ごしていた人間が明くる日に、突然、堕落的な生活を送ったりもする。それもまた複雑性として切り取ることはできるかもしれないけどね」

 

「でも、魔族もウンコする!」レンゲちゃんは今日も元気だ。

 

「まあね」

 

 レンゲちゃんが言いたいのは、魔族もまた更新される存在であるということだ。

 その見解は間違ってはいない。なにしろ反例が既にふたりもいるんだから。

 たったふたり。されどふたり。

 

「でも、死体はウンコしない」と、わたしは言った。

 

 紅茶を呑む場でふさわしくない話題だった。

 でも、レンゲちゃんの文脈にあわせるとそうなる。

 レンゲちゃんはなんとも言えない表情をしている。

 概念を咀嚼しているのだろう。

 

「それで聞きたいのは終わりかな?」わたしは重ねて聞いた。

 

「伝記があまり面白くないのはわかった。縛りプレイすぎる」

 

「でもまあ、過去の出来事は、部分的に死体になってるとも言えるから、多少の解釈とか演出は許されるかもしれないけどね。ヴィアベル君が、シュタルク君の肩に手をかけるときとか、名前を呼ぶときとか、ねちょついた発音があったと書くのは、ギリギリ許されるかもしれない」

 

「でもそれだと、えっちできない」

 

「ま、まあね。それはさすがに良くないんじゃないかなって思うよ」

 

 一瞬、想像してしまった。

 

「最初は」レンゲちゃんがやっぱり、じっと見てくる。「あなたに頼めばなんとかなるって思ってた。あなたはすごい魔法使い。みんな、あなたに一目置いてる」

 

「ありがとね。でもさすがに、ネゴシエーターなわたしにも限界があるよ」

 

「でも、シュタルクという素材をあなたはくれた。シュタルクは生きてる」

 

 神の舌鋒は鋭い。

 幾重にも物語を重ねるうちに、そうなったのだろう。

 最初に逢った時より、ずっとレンゲちゃんは成長している。

 

「そ、そうだね。まあ、シュタルク君は弟だし、ちゃんと承諾はとったよ」

 

 あのとき、シュタルク君は、びーえる小説が何かなんてわかっていなかったけど。

 

 勇者ヒンメルみたいにシュタルク君のことを書きたい子がいるんだけど、どうかなって言ったら、「マジかよ。あの伝説の勇者みたいに俺を書きたいやつがいるのか。すげえ」って目を輝かせてた。

 

 対する、わたしの瞳は濁りきっていたが、あのときはやむをえなかったのだ。

 

 ちなみに完成品は見せなかった。

 少女だけの会員制クラブみたいなものだからと断った。

 お姉ちゃんは弟君の心を守ったのである。

 守ったのである……。

 

「承諾があればいいの?」

 

 レンゲちゃんが再びわたしを見ていた。

 なにかな。そんなにお姉ちゃんのことが気になるの?

 なんとなく冷やりとしたものを感じる視線である。

 

「もちろん。相手の承諾があればいいだろうね」

 

「じゃあ、承諾して」

 

「え? わたし?」

 

 わたしを素材にする?

 そんな概念がレンゲちゃんに――。

 いや、なんとなくレンゲちゃんの狙いがわかってきた。

 

「ま、まさかなんだけど……。わたしを変身させようとしてる?」

 

 コクンと、レンゲちゃんが頷いた。

 さながら断頭台のギロチンが下ろされるがごとく。

 

「変身魔法には無限の可能性がある。男の子になってアナリザンド。そのほうが絶対お得」

 

「いやいやいやいや……、それはちょっと難しいかな」

 

「どうして? 変身魔法は性別も変えられるって書いてた」

 

「イメージできないからだよ」

 

「アナリザンドはおちんちんを知らない?」

 

「知ってます。知ってますが……」

 

「だったらできるはず。がんばれ」

 

「いや、がんばるとかそういう問題じゃなくてね。先生たちも、妹ちゃんたちもだけど、男の子になったわたしを望んでいない気がするんだけど。みんなが望んでないことはわたしもやりたくないかな。ごめんね」

 

 わたしにもイメージ戦略というものがあるのだ。

 

「むぅ」

 

 ムッスゥ顔をしても無駄だ。こればかりは譲れない。

 

「アナリザンドは、女の子のことが好きな女の子なの?」

 

「小さくてかわいい女の子は妹みたいに感じるから好きだよ。レンゲちゃんもね。でも、べつに妹だけじゃなくて、先生たちのことだって好きだし、弟君だって好きだから、性別や年齢はあんまり関係ないかな」

 

「でも――、助けた魔族は()()()()()()だった。男の魔族はみんな素材になった」

 

 なんてこと言うんだ。この子は。

 恐ろしい。カップを持つ手が震える。

 

「それは結果的にそうなっただけで、べつに選別したわけじゃないよ(震え声)」

 

 実のところ、ミミについて言えば、選別したと言えるかもしれないけれど。

 さすがにそこまで事情は知らないはずだ。

 

「ハイターやヒンメルの姿に変身するのもダメなの?」

 

「それはべつにいいよ。でも、それって素材が増えるわけじゃないよね?」

 

 どちらかと言えば、びーえるとは関係の小説なのであるからして。

 さんざんねぶりつくされたハイヒンでは、あまり素材にはならないのではないか。

 そんなふうに思ったのである。

 

「イメージの補強にはなる」

 

「まあ確かにね」

 

「承諾した?」小首を傾げるレンゲちゃん。

 

「承諾……というか、まあその方向性なら承諾できそうかなって段階。具体的に何をどうしたいのかなって。一番は、新たな素材の獲得でしょ」

 

「変身魔法にくわえて、分身魔法も使う。これでいろいろとはかどる!」

 

 ゾォっとした。

 

 何が哀しくて、わたしのお父さん的なハイターと、恩人的なヒンメルの絡みを見なきゃいけないのか。しかも、演者はどっちもわたし。罰ゲームが過ぎる。

 

「あのね。レンゲちゃんは誤解しているかもしれないけど、レンゲちゃんは実際に生きている人間の男の子を書いてるんじゃなくて、幻想の、いわば理想化された少年像を書いてるわけだよね。イメージが崩れちゃうよ」

 

「あなたがやればイメージも崩れない。あなたは幻想そのものだから。私の欲望を精確に読み取って、理想のヒンメルを映しだせるはず」

 

「うーん、この子……」

 

 指摘自体は、とても鋭い。

 わたしには、わたし自身の欲望がほとんどない。

 正確には、ひとつの形に留まらない。差延によってぐにょぐにょした形で静寂している。

 魔族が、静的な情報鎖といわれる所以である。

 だから、他者の欲望がそのまま通ってしまう。

 歪めることも、削ることもなく、ただ透過してしまう。ゆえに――。

 

 汗ひとつ掻かない。幻想の穴を完備する理想の男の子に変身することも理論上は可能だろう。

 キラキラしたエフェクトをまき散らしながら、なにひとつ間違ったことを言わない。完全無欠の勇者キャラなんてものも創り出せる。

 

 ただ、それは大きな間違いでもある。

 

 人間味がないとかそういう意味ではなく。

 

「欲望は直視できないんだよ。わたしがレンゲちゃんの思い描くパーフェクトなヒンメルたちに変身できるとしても、目にした瞬間、その姿は消えちゃう」

 

「消えない。だって、あなたは目の前にいる」

 

「なるほど。じゃあ、別の喩え話をしようか」

 

 紅茶をすすりながら考える。

 現実の捉え方は大まかに分ければ、次の二通り。

 

 カントによれば――。

 現実とは、秩序だった認識形式によって構成されるものだ。

 つまり、法則が現実を成立させている。

 

 ライプニッツによれば――。

 現実とはそうであると認識できれば、現実にほかならない。

 つまり、意識が現実に先行している。

 

 おそらく、レンゲちゃんは後者寄りの考え方なのだろう。

 

「レンゲちゃんが、どんな姿も映す魔法の鏡を持っていたとする。レンゲちゃんは鏡よ鏡。理想の男性を映し出してと唱える。結果はどうなると思う?」

 

「わからん」

 

 この子、ほんま思い切りがいいな。ためらいがないというか。

 

「鏡は何も映し出さないと思うよ。鏡はレンゲちゃんの欲望を、精確に反射して映し出そうとするのだけれども、その時の処理としては、無限にプロセスが引き伸ばされてしまうの」

 

「プロセスって?」

 

「つまり、レンゲちゃんが理想の男性を視たいっていう欲望。()()()()()()()()()()()()()()()()()が、観測結果にズレを生んでしまうから。鏡は純粋なレンゲちゃんの欲望に辿りつくことはないんだよ。これが欲望を直視できない理由」

 

 少し難しすぎたかな。

 

 レンゲちゃんはいきむように、何事かを考えている。

 

「私の書いた物語の中のヒンメルが死んじゃうってこと?」

 

「うん。そのとおり」

 

「そんなことヒンメルは言わないってなっちゃう?」

 

「よくわかってるじゃない。そうだよ」

 

 さすがレンゲちゃんは賢いな。神だけのことはある。

 

「じゃあ――」

 

 まだあるのか。

 

「間接的に欲望を目にすればいいってことでしょ。私をヒンメルにして」

 

「え?」

 

「私に変身魔法をかけて」

 

「それは少し論理が飛躍してないかな」

 

 まさに思考が跳躍するのが、人間のクリエイターの特徴ではあるけれども。

 

「レンゲちゃんが何がしたいのかよくわからなくなってきたなぁ。教えてよ」

 

「デートしたい」物怖じすることなくレンゲちゃんは言った。

 

「で、デートですか」

 

 正直に言えば、レンゲちゃんとのデートは素敵な体験になると思う。

 見た目は幼くかわいいし、守ってあげたくなる庇護欲をそそる姿をしている。

 でも、レンゲちゃん、ヒンメルになるんだよね……。

 

「あなたはハイター」ズビシと指さすレンゲちゃん。

 

「それって……つまり?」

 

「わたしはヒンメル。あなたはハイター。ふたりは街でデートする」

 

「マジかよ……」

 

 マジかよ……。

 

 そんなわけで、街に伝説の勇者パーティ(偽)が繰り出すことになったのだった。

 

 

 

 

 

 ハイターの姿になったわたし。

 大きな鏡台の前で、自分自身の姿を見ると、少し不思議な気分になってくる。

 銅像とかで見て取ったハイターの若い頃の姿だ。

 わたしがハイターに逢ったのは晩年の頃だから、当然、この姿は想像上のハイターに過ぎない。

 もちろん、レンゲちゃんによる厳しいリテイクが何度も入った。

 もう少し細マッチョで、もうちょっと若く。もう少し凛々しく。

 わたしのイメージとはちょっとズレた感じもするけど、それがレンゲちゃんにとっての理想なのだろう。

 

 本当のところは、わたしにだって欲望はある。

 ちっぽけで視えないくらい小さいけれど。

 

――ハイターに逢いたいなぁ。

 

 って思っちゃう。

 

「アナリザンドさん。また逢えましたね」

 

 鏡に手を合わせて言ってみたり……。

 けれど残念なことに、わたしの姿はどこにもなかった。

 

「準備できたかい? ハイター」

 

 突然、後ろから若い男の声がした。

 ヒンメルに変身したレンゲちゃんだった。

 口調までなんだかヒンメルっぽいのは、さすが想像力豊かなびーえる作家だけのことはある。

 こちらも、レンゲちゃんの執念のリテイクにより、何度も何度も理想のヒンメルが創り出された。

 結局、わたしの理論は正しく、ある種の妥協によって、この姿になったのだが、今のヒンメルには幻想の穴が開いている――とかいないとか。

 

 まあそれは読者さんのご想像にお任せするとして。

 

「ええ、昨日は久しぶりに断酒しましたからね。身体は羽のように軽いですよ」

 

 本当は、いつもより身体は重いけどね。

 演技指導にかかった時間は、8時間以上。

 実をいうと、昨日から丸一日経過しているのである。

 

「それじゃあ行こうか」

 

「本当によろしいのですか?」

 

「何がだい?」

 

「その……私たちの関係が街の人たちに知られるのがですよ」

 

「君も、僕たちの関係が穢れていると思うのかい?」

 

 レンゲちゃんがヒンメルの姿で迫ってくる。

 ヒンメルはハイターよりも背が低かったので、見上げるような形になる。

 目は爛々と輝き、餓えた野獣のような視線を感じる。

 伝記の縛りプレイでびーえる渇望症を患っていたのだろう。

 

 この子を人間の街に解き放って本当に大丈夫なんでしょうか。

 逡巡するも、結局、ここまでつきあったのだ。

 意を決して、わたしは口を開く。

 

「女神様も、きっと見て見ぬふりをしてくださいますよ。だってこれは祈りですから」

 

「君らしいな。つまり、君はこう言ってるわけだ。最高の祈りとは右手が祈っていることを左手に知られないようにしなければならない、と。なら女神様に捧げよう。秘めることで、君への愛を」

 

 レンゲちゃんがインストールされたヒンメルって、なんだか文学的だなぁ。

 

 困ったことに、言ってること自体は間違ってはいないんだよね。

 最高の祈りとは、誰にも見せてはならないと聖典にも書かれてある。

 その言葉はハイターからフェルンちゃんも伝えられ、そしてわたしにも伝わっている。

 

 レンゲちゃんの欲望が街中で解き放たれないことを祈るばかりだ。

 

 

 

 

 




言葉は死体である。
書かれたものは死体の堆積である。
英雄は精箔である。
それを生かすのは読者である。
という話かな。
感謝です。
次回は、勇者のコスプレ回。
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