魔族少女のエロタナティブ   作:アナリザンド

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コスチューム・プレイ

 

 

 

 街には冒険者の買い出しとして出かけることになった。

 

 戦々恐々とはこのことを言うのだろう。

 

 わたしはシュタルク君がフェルンちゃんとデートしたときみたいに、かちんこちんに固まりながら、レンゲちゃんの横を歩いている。

 

 街の人々に、バレやしないか心配だったのである。

 銅像というカラーのない姿であるが、今のわたしたちは、そっくりさん。

 どちらも故人とはいえ、この世界で一番有名な勇者なのだ。

 

「緊張してるのかい? 君ほどの男が」

 

 ヒンメルの姿をしたレンゲちゃんが、わたしを覗きこんでいた。

 その瞳には、勇者の慈愛というよりは、獲物を観察するびーえるの執念がぎらついている。

 

 獣です。獣がここにいますよ!

 

「ただの立ち眩みです。昨晩の雨のせいか。今朝は太陽が少し眩しすぎましたから」

 

 すると、わたしの腰のあたりを支えてくるヒンメルbyレンゲちゃん。

 

「昨日は、ちょっと張り切りすぎたかもしれないね。君を傷つけるつもりはなかったんだ」

 

 何を、()()()()()という設定なのでしょうか。

 

「いえ、傷ついてなどいませんよ。女神様もたまには羽目をはずしたくなるでしょうから。私たちの戯れも、きっとお目こぼしくださるでしょう」

 

「肩を貸そうか? 君に触れたいんだ」

 

「傷つけあったのは、お互い様です。そんなに欲張りだと女神様に叱られてしまいますよ」

 

「僕をあまり嫉妬させないでくれ。君の心は女神様にあるんだろうが、天国に行くまでは、僕は君の一番になりたいんだ。ハイター」

 

「私も同じ気持ちですよ。ヒンメル。ですが申しあげたとおり、愛は秘めるものです」

 

 わたしは何を言っているのでしょうか。

 最後までもってくれよ……、わたしの精神。

 

 ここは都市の中心地。活気あふれる市場。

 周囲の視線が痛い。いや、痛いと感じているのは、わたしだけ。

 おそらく尊大な魔族的自尊心のせいだろう。

 

 思ったよりも人はわたし達を気にしていなかった。

 行き交う人々の姿は多く、人は人を背景として処理している。

 物語の中の英雄が、まさかこんなところで、びーえるプレイしているなんて思いもしない。

 

 それに物語は物語なのだ。物語はリンゴじゃない。

 

「リンゴをひとつ、もらえないかな」

 

 ヒンメルの姿をしたレンゲちゃんが、店のお手伝いをしている女の子からリンゴを購入していたけれども、女の子はポォっと顔を赤らめていたけれども。その子は「美少年がふたり。腐神者先生の世界が目の前に……」と呟いていたけれども、次の瞬間には「お兄さん。いい男だね。そっちのお兄さんもどうかな」と言っていた。商魂たくましい。

 

 物語は読み終わったら、ページを閉じたら、読者はある種の興が醒めた状態になる。

 なので、目の前の少女がいかに物語に熱中していたとしても、現実と物語を混同することはないのだ。わたし達がヒンメルの姿をしていたとしても、まさか勇者であるとは考えもしない。

 

 現実的に言えば、()()()()()()()であると理解される。

 この世界で、初めてのコスチュームプレイだ。

 

「ハイター。君もひとつどうだい」

 

 名前を呼ばれる。女の子が「ハイター? ハイター様なの?」と不思議な顔に。

 攻めるね、レンゲちゃん。

 

「ああ、私はいいですよ。ヒンメル。瑞々しいあなたの他に、さらにリンゴも食べるとあっては、些か食べすぎになります」

 

「君とひとつのリンゴを分け合うのも、面白そうだな」

 

「あなたがそう望むのであれば」

 

「きゃぁ」と小さく少女。

 

 想像たくましい女の子のようだったけれど、それだけだ。

 何が起こるというわけではない。フォーラムでは素材として今日の出来事が報告されるかもしれないけれど、それだけ。

 

 それからも勇者ヒンメルの快進撃は続いた。

 一発でバレないとわかったからには、攻めて攻めて攻めまくることを選択したのだろう。

 

 レンゲちゃんの扮する勇者ヒンメルは何度もキャラメイクを繰り返した、まさに歩く芸術品だ。繊細そうな線の細い身体は、第二次性徴を迎えたばかりの少年特有の光り輝くイケメンで、優しげなまなざしは、世の奥方様を狂わす。微笑を浮かべれば華が咲く。男ですら、現実離れした容姿に、ちらちらと視線を寄こすほどだった。

 

 徐々に視線が集まりだした。

 

 レンゲちゃんの設定において、ヒンメルは()()である。

 つまり、びーえるの文脈においては女である。このときの作者さんの気持ちを答えなさいと言われてもわかりようもないが、禁じられた愛をハイターは心に抱いているという設定なのだ。

 

 ハイターは敬虔な女神教徒でもあるので、ライバルは女神様ということになる(なんて冒涜的な設定!)。真の愛は、女神様からですら簒奪するものと考えているのかもしれない。

 

 翻ってヒンメルは、そんな信仰心の篤いハイターすら狂わすほどの傾国の美少年ということになるわけだ。こうして理論的に、理想の美少年をレンゲ神様は創り出すことに成功したのである。

 

 わたしはその斜め後ろで、聖職者としての慈愛を顔面に張りつけながら、友のように歩いた。実際にハイターはヒンメルの親友でもあったのだから、それ自体はおかしなことではない。

 

 ただしここで不可思議なことが起こっている。攻めと受けが逆転しているように見えるからだ。

 しかし、実際に逆転しているわけではない。

 

 ハイターはびーえる小説においては攻め役を担う。

 攻め役は字義に従えば、欲望を向ける側になりそうなものだが、実のところ、そう単純な話でもない。

 

 攻めとは、欲望を押しつける存在ではなく。

 むしろ欲望が成立する場を整える側なのだ。

 

 レンゲちゃんの設定におけるヒンメルは、完璧な受けを体現している。

 すなわち、欲望を向けられるための存在。

 美しく、清らかで、触れてはならないもの。

 ゆえに、ヒンメルに欲望を向けるハイターは、単に欲深い存在では務まらない。

 

 ヒンメル(レンゲちゃん)を壊さず。

 ヒンメル(レンゲちゃん)を穢さず。

 それでいて、(レンゲちゃんを)確かに欲望していると感じさせる。

 

 つまり、触れようとしながら、決して触れない距離を維持すること。

 

 それが、攻め役のわたしに課せられた使命なのである。

 

――なにそれ。

 

 難易度が高すぎるんですが、それは……。

 

 気分は、ドナドナされていく牛か、見世物小屋の珍生物。

 わたしもまた美少年ハイターだった。

 

 欲望の対象であるレンゲちゃんは攻めという名の従者を引きつれ悠々と歩く。

 誰の視線を感じても逃げも隠れもしない。

 

 全力フォローするのは、わたしの役割……。

 

「おや、困っているようだね」

 

 ヒンメル(レンゲちゃん)がふと足を止めた。

 

 そこには、昨晩の雨でできたぬかるみに車輪を取られ、立ち往生している商人の荷車があった。大の男が数人がかりで押しても微動だにしない重量級だ。

 

「いやぁ、油断したっべさ」

 

 田舎あがりの商人さんなのだろう。

 道を行き交う屈強な男たちが手助けをしているが、積みすぎた荷物のせいか。車輪が空回りしている。

 

「僕も手伝おう。君も来てくれ。ハイター」

 

「私は僧侶ですよ。力仕事はあんまり……」

 

「男だろう。それに僕の肩を抱くときの力は、僕なんかよりずっと強いじゃないか」

 

「ハハっ……」

 

 セリフのひとつひとつが腐ってやがる。

 なお、変身魔法は容姿を変えるだけなので、勇者パワーを出せるわけではない。

 わたしは溜息をひとつこらえて、レンゲちゃんの横に並んだ。

 やってることはただの手助けなので何も言えなかった。

 

「ちょっと、どいてくれないか」

 

 荷台の後ろ、荷車を押していた男に向けてヒンメルが言った。

 

「そんな細い身体で大丈夫なのか?」ゴマ塩頭もタンクトップを着た男の人が聞いた。

 

「ああ、問題ないよ。彼といっしょならね」

 

「仕方ありませんね」

 

 呼ばれたわたしが配置につく。

 美少年ハイター姿の自分が、勇者ヒンメルと肩を並べて荷車を押す光景。

 完全にコスプレカップルだった。

 

「ここ、力が入ってるね。腰を痛めないように気をつけないと」

 

 レンゲちゃんがわたしの腰に軽く手を添えてきた。

 

「おうふっ……!?」

 

 小さな声が出てしまった。

 レンゲちゃんの指先が、聖職者衣装の上からでもはっきりわかるほど、わたしの腰のくぼみに食いこんでいる。べつにエッチな場所ではなかったが、不適切接触はレギュレーション違反じゃないですかね。

 

 いや――、既にレンゲちゃんはリバという概念をインストールしている。

 あるいは、攻め役が容易に触れられないことを理解して、もてあそんでいる受け側的な何かなのかもしれない。びーえるのことはよくわかりません!

 

 得体の知れないさわさわとした感触を逃がすように、わたしは必死に荷車を押した。

 

「もっと力を……そう、そのくらい。いい子だ、ハイター」

 

 耳元で囁かれる低めの声。

 ヒンメルの柔らかい息が、首筋にかかる。

 周囲の視線が一瞬、こちらに集まった気がしたけれど、すぐに「仲いいっぺなぁ」という商人さんの気の抜けた声にかきけされた。

 

 まずい。早く抜け出さないと状況がますます悪化してしまう。

 

 わたしは、操作魔法を微細にコントロールして、荷車を押し上げる。

 

 グッ……。グッ……。グッ……。

 さわ。さわ。さわ。

 

 客観的に見れば――、ヒンメルはわたしの腰に手をやりながら、涼しい顔して片手だけで荷車を押し、わたしはセクハラされながら必死こいて荷車を押すという奇妙な光景。

 

「おお、動いた!」「すげぇ……」「なんだ。あの少年。片手だけで……」「なんかえっちだわ」

 

 車輪がぬかるみから抜ける瞬間、レンゲちゃんがさらに密着してきて胸板が背中に触れる。

 少年の体温が、布越しにじんわり伝わってくる。

 最後はヒンメルの手がハイターのお尻にソフトなタッチ。偶然を装った故意。

 セクハラどころの話じゃない。

 衛兵さん。この人、痴漢です!

 

 脱出!

 

「いやぁ。助かったべさ。なんでも好きなもん持ってってええど」

 

 商人さんが豪気なことを言ってくる。

 ヒンメルなレンゲちゃんは爽やかな笑顔を向けた。

 

「そうかい。じゃあ、リンゴをひとつもらおうかな」

 

「そんなもんでええべか? それにそいつはちょっと悪くなってるだよ。自分で食べようと思って選り分けておいただ」

 

「ああ、これ以上はもらいすぎになるからね。役得ってやつだよ」

 

 勇者の役得。腐りかけのリンゴをゲットする。

 レンゲちゃんは、わたしを犠牲にすることで、その腐った欲望を満足させるのだった。

 絶対、内心では、むふー顔してるよね。

 

 

 

 

 

 勇者とのデートは続く。

 

 先ほどの腐りかけ――というほどには悪くなってはいなかったが、鮮度の落ちたリンゴは、わたしの魔法によって、瑞々しい赤色を取り戻していた。分子構造すら変える奇跡の民間魔法。青リンゴを赤リンゴに変える魔法だ。

 

 しゃくり――。リンゴを咀嚼すると瑞々しい果汁が口中に広がる。

 

「僕にも一口くれないかい」

 

「欲張りさんですね。かまいませんよ」

 

 わざわざ口をつけたところを食むヒンメル。

 わたしとの間接キッスなんですけど、あまり気にしていない模様。

 ちょっとだけ恥ずかしい。

 しかも、ヒンメルはわたしが恥ずかしいのを見抜いて、からかってくる。

 

「照れているのかい」

 

「ええ、照れてますとも。あなたに食べられている気分ですから」

 

「いつも君に食べられているからね。お返しさ」

 

――どうやら毒リンゴだった模様。

 

 気を紛らわすように、道端に咲く花々を眺めるわたし。

 

 正直なところを言えば、レンゲちゃんのヒンメルエミュは、かなりの違和感があるところではあった。わたしは人間ヒンメルと相対し、いっしょに暮らした経験もある。

 

 そのときのヒンメルは、いまのヒンメルのように美少年ではなく、イケオジ風のおじさんだったわけだが、勇者は死ぬまで劣化するところなく勇者だった。

 

 ヒンメルを一言で評すれば、ナルシシズムの皮を被った童貞、もとい究極の利他主義者である。

 確かに、自分の容姿にはこだわっていたけれど、それは勇者という偶像を維持することで、民衆に安心という名を魔法をかけるための優しさだった。

 

 エルフに恋心を秘めたまま天国に逝ったのも同じ理由。

 わたしの中のヒンメルは、ヒンメルそのものではないけれど――。

 レンゲちゃんの中のヒンメルとのズレを強く感じてしまう。

 

 ヒンメルはもっと嘘つきなのである。

 自分の欲望すら殺して他者を救おうとする救いようのない馬鹿なのである。

 

――それが少し寂しかった。

 

 レンゲちゃんは、勇者の皮を被ってはいるものの、やっぱり根は魔法使いなのだ。

 自分のイメージで世界を覆うことを第一とするのが魔法使い。

 他者の視線を救済のためではなく、背徳的な関係というスパイスのために利用している。

 

 そう――利用。利己的な関係。

 

 レンゲちゃんもヒンメルに騙された被害者のひとりなのだろう。

 

 ただまあ――悪い気はしない。本当だよ。

 

 その動機がなんにしろ、人助けという行為そのものは褒められるべきものだろうから。

 人間は、キレイな英雄神話も、キタナイゴシップも等しく呑みこむ貪欲な生き物なのだから。

 

 そうして物語は生まれていくものだから。

 

「どうしたんだい。急にだまりこんで? 女神様に僕の不埒さを密告でもしてるのかな」

 

「いえ、ただ、あなたの美しさに目を奪われていただけですよ」

 

「そうかい。次は目だけでなく君の心まで奪ってみせるよ」

 

「それでは勇者様のお手並みを拝見といきましょう」

 

 その言葉が空気に溶けた直後、うっすらと遠くから甲高い悲鳴が響いた。

 市場の喧噪がこちら側に溶けるように悲鳴に変わっていく。

 人々の顔つきが恐怖にひきつる。

 恐怖が伝播する。

 叫喚。

 

「きゃあああああっ!」「止まれーッ。止まれェッ」「誰か止めてくれぇ!」

 

 続いて、地面を叩き割るような蹄の音。

 

 街道の向こうから、制御を失った軍馬が猛烈な勢いで市場を駆けている。

 そのほんの後ろからは、青白い顔をした衛兵さんの顔が見えたが、当然、馬の速度に追いつけるはずもない。

 

 HUDによる観測。

 あの子は、いま痛みで暴走している。

 昨晩の雨によってぬかるんだ地面は、鋭利な凶器を隠してしまった。

 

 尖った小石。それが蹄鉄の中に食いこみ、お馬さんは痛みから逃げようと必死だ。

 しかし、暴走すればするほど、痛みが加速する。

 それで、ますます暴走するという悪循環が生まれた。

 

 血走った瞳。泡を吹く口。狂騒するお馬さん。

 

「ハイター。僕が行くよ」

 

 一瞬の迷いもなくヒンメルが言った。

 さすが勇者様――の真似をしているレンゲちゃん。

 と思ったものの、その選択は無謀だ。

 

「危ないですよ。ヒンメル。私にお任せいただければ……」

 

 魔法でなんとでもできる。

 

「いいや、ハイター。勇者はいつだって、一番前で剣を振るうものだよ。例えそれが、ただの格好つけだとしてもね」

 

――ヒンメルならそうするから。

 

 不敵な笑みを浮かべて、レンゲちゃんが地を蹴った。

 

 勇者のマントを翻し、暴走する軍馬の正面へと躍り出る。

 その姿は、まるで本物の勇者のよう。

 レンゲちゃんは恐怖を感じていないわけじゃない。恐怖を勇気で超克している。

 そうしなければ、彼女の物語の中のヒンメルは死んでしまうからだ。

 

 勇者は死なない。それがレンゲちゃんの思想。

 そして、その思想に裏打ちされて、レンゲちゃんは疾駆する。

 勇者ならそうするという確信に満ちた美しさを帯びながら。

 

 けれど、現実は無情だ。

 変身魔法は容姿を書き換えても、力なき少女に勇者の膂力までは与えてくれない。

 このままでは、勇者はただの肉塊として圧倒的現実を前に踏み潰されるだけだ。

 あいかわらず、レンゲちゃんには躊躇いというものがない。

 

「無鉄砲な子ですね」

 

 それともわたしのことを信じてくれてるの?

 

「あ……ああ、たすけ……」

 

 事態は待ってはくれない。

 恐怖に顔をひきつらせた男の子が、運悪く馬の進行方向にへたりこんでいる。

 傍には、玩具の木剣が転がっている。

 十歳くらいのその子にしてみれば、迫る黒い塊は、魔物か何かのように見えたのだろう。

 恐怖で身体の芯が凍り、よたよたと這いずることすらできない。

 そのすぐ後ろまで、暴走する軍馬の巨大な質量が迫る。

 数秒後の最悪な光景を前に、皆が視線をそらした。

 

 ヒンメルだけが目をそらさない。

 勇者の剣を抜き放つことすらなく、ただ手を伸ばした。

 

「ソルガニール!」レンゲちゃんが叫ぶ。

 

 指示。わたしへの要請だ!

 

――見た者を拘束する魔法(ソルガニール)

 

 無詠唱で唱える。

 

 拘束するだけだと倒れこんでしまう。

 ヒンメルの手に重ねるように操作魔法を唱える。薄皮一枚の魔力の壁で勢いを殺す。

 卵を数メートルの高さから落としても割れないほどの、超絶的なコントロール。

 わたしの魔力操作は、一瞬で、膨大な計算量へと達した。

 

 軍馬の巨体が、見えない壁に押しつけられるように、ゆっくりと静止した。

 いななき。蹄が宙を掻く。しかし、前には進めない。

 蹄が着地し、土煙が立ちのぼった。チャンスはここだけ!

 

「――楽園へと導く魔法(アンシレーシエラ)

 

 で、演劇の舞台のように、土煙が盛大に拡大。

 

「――女神様の回復魔法・大」

 

 で、お馬さんを痛みから解放。

 

「――化膿を防ぐ魔法」

 

 アフターケアもばっちり。

 

 魔法かけまくりである。

 みんなの見えないところで、お馬さんは回復した。

 土煙が晴れたあとには、鼻先に手を添えて、微笑む勇者の姿があった。

 剣すら抜かず、暴れ馬にすら慈悲をかける尊さ。強さ。勇敢さ。

 

――ニコリ。

 

 と微笑めば、絵にも描けない美しさ。

 

 周囲が、静まり返っている。

 それから、誰かが息を吐いた。悪夢のような光景が訪れなかったことに安心したのだ。

 それが合図のように、どっと声が溢れ出した。

 

「暴れ馬がひと撫でされただけで急に大人しく……」

「かっけぇな、兄ちゃん」

「涼しげな目元が素敵よー」

「美少年でしかとれない栄養素ある!」

「あの子、大丈夫か」

「ヒンメル様?」

「え、ヒンメル様?」

「ヒンメル様そっくりだわ。あの子……」

 

 ざわざわ。ざわざわ。

 

 衛兵さんが慌てて駆けつけてくる。ヒンメルは彼にそっと手綱を渡した。痛みの原因を取り除いたので、軍馬は大人しい。暴走を止めてくれたヒンメルに鼻先を近づけて、そっとヒンメルの頬を撫でた。

 

「すみません。馬が突然暴れ出して……大変なことになるところでした」

 

「この子に罪はないんだ。叱らないでやってほしい」

 

「ええ、叱られるのは私です。私の馬ですから。ところで、名を聞かせてもらっても?」

 

「ああ、もちろん。僕は勇者ヒ――」

 

 わあああああああッ。

 わたしは突撃して、ヒンメルの口を背後から塞いだ。

 こんなところで、いきなりネタバレをかますやつがあるか。

 みんな見てるのに。

 

「勇者ヒ?」

 

「勇者ヒヒンメル。ヒヒンメルですよ!」

 

 わたしは誤魔化すように言った。

 顔だけをこちらに向けて、抗議してくる勇者。

 

「勇者様?」男の子は腰が抜けているのか。まだ立ち上がらない。「兄ちゃん、勇者なのか?」

 

「ああ、そうだよ。僕は勇者ヒヒンメルだ」

 

 どうやらレンゲちゃんは妥協してくれたらしい。

 男の子の目が、みるみる輝いていく。

 周囲から、じわじわと拍手が広がった。

 称賛が、全部そこに降り注いでいた。

 ヒンメルの姿をしたレンゲちゃんに。

 

「ハハイター。行こうか」

 

 意趣返し。まあ、それくらいは仕方ない。

 わたしたちは騒ぎが大きくなる前に、市場の喧噪から抜け出した。

 

 

 

 

 

 事件というほど事件ではないけれども。

 ほんの小さな出来事は、そのあとすぐに起こった。

 

 人々の視線から逃れるように、わたしたちは街の外縁を歩いていた。

 そろそろ、デートも終わりにさしかかろうとしていたそんな矢先。

 

 路地裏に入る直前の、街角で、ひとりの女の子が泣いていた。

 その子は、五歳くらいで、おさげがかわいらしい幼女だった。

 

「猫ちゃんがいなくなっちゃったのぉ。わぁぁん」

 

 傍らには困った顔をした母親もいる。

 

「どうかしましたか」とヒンメルなレンゲちゃんが聞いた。

 

 極上の勇者スマイルは奥様方にも有効らしい。

 

「あらま、いい男」と言いつつ。「いえねぇ。とくに飼っていたわけじゃないんですが、ここ数週間、エサをやっていた野良猫が急に来なくなってしまいまして。それで娘が泣いているんです」

 

「なるほどね」レンゲちゃんは腰をかがめ、その子の視線にあわせた。「君は猫さんが来なくて寂しいのかな」

 

「うん……」女の子はメソメソと泣いている。

 

「猫さんはね」レンゲちゃんが、ヒンメルの声で言った。「きっとどこかで冒険しているんだよ。でも、君のことが好きだから必ず帰ってくる」

 

「ほんとう?」

 

「本当さ。でも、冒険者というのはね。なにか大切な用事があるから旅に出るものなんだよ。思ったよりも長旅になるかもしれない。君は、猫さんが無事に帰るのを待っていられるかな」

 

「ルナ……」ぽつりと。

 

「ルナ?」

 

「ルナちゃんっていうの。真っ黒で、背中だけがお月様みたいに真っ白なの。いつもこの角で待っててくれたのに……」

 

 女の子はしゃくりあげるように、必死に言葉をつむいだ。

 どうやら名づけていたらしい。

 

「というわけなんです。勝手な言い分なのですが、もしあの猫が見つかったら、今度こそ家族として迎え入れようと決めていた矢先でして」

 

 母親が申し訳なさそうに付け加えた。

 そっと懐から、小さな首輪を差し出す。それを娘さんにやった。

 ヒンメルの顔が、微笑を浮かべた。

 

「家族か……。わかった。僕が探してあげよう。勇者の名にかけて」

 

「よろしいのですか。報酬はあまり……」

 

 母親が困惑しているようだ。

 冒険者への依頼はそれ相応の対価が要求される。

 猫探しのような依頼は、最低ランクのもので、10にもならない駆け出しの冒険者見習いが受けるようなクエストだった。わたしたちの恰好は、伝説の勇者のそれであり、身なりのしっかりした、それなりの冒険者以上に見える。

 だから、母親は躊躇したのである。

 

「報酬は、この子からもらうよ。いいかい?」

 

「ええ……」母親は右手で頬に手をあてながら了承した。

 

「ん。なんでもあげるから。ルナを見つけて」涙をたたえた女の子が言う。

 

「じゃあ、君のリボンをもらおうかな」

 

「そんなもので本当によろしいのですか。私が編んだ出来損ないですが」母親が聞いた。

 

「十分だよ」

 

「はいあげる。ゆうしゃさま。ルナちゃんをぜったい見つけてね」

 

 女の子はおさげのリボンをほどいて、レンゲちゃんに渡した。

 

「ああ、任されたよ」

 

 レンゲちゃんは――。わたしの勝手な推測であるが、家族に恵まれていなかった。

 

 父親は厳しく、母親は不在。少なくとも、自己申告であるが、びーえる小説は彼女の父親にキタナイものであると棄却された。

 

 レンゲちゃんがびーえるを書いた動機は、ほとんどそれである。

 特に虐待を受けたわけでもないだろうが、彼女自身の魂が肯定されなかった。娘という記号で愛され、レンゲという象徴で愛されなかった。

 

 それが理由。

 

 そんなレンゲちゃんが、勇者を気取るのは自分が失敗作であるという認識があるからだろう。

 なんの失敗作か。世間にとっての失敗作。世間体にとっての失敗作。

 世間なんてどこにもない。

 そんな価値観はノーマルではない。おかしいという父親の一言こそが核心だった。

 レンゲちゃんが物語を書くのも、勇者行為を今まさにおこなっているのも、そのおかしいという言葉に抗するためなのである。

 

 女の子は手を振り、涙を浮かべながらも笑って見送ってくれた。

 片方だけだと不格好だからか、お母さんがもう片方のリボンも解いて髪をおろしていた。

 おさげは幼さの象徴ともいえるけれど、髪をおろすともっと幼く感じる。

 

 フリーレンも時折、フェルンちゃんに髪を整えられる前に、髪をおろすんだけど、同じくギャップ萌えが成立するんだよね。実を言うと、わたしは髪をおろしたフリーレンのほうが好きだったりする。わたしとおそろいだねと言ったら、ものすごく毛嫌いされたけど。おまえといっしょになるくらいなら、頭の毛を全部剃って出家するとか言われたけど。剃り剃りのフリーレンである。当然、フェルンちゃんに止められていたのでそうはならなかった。

 

「がんばって、ゆうしゃさまー」

 

 かわいいなと思いつつ、その場をあとにした。

 

 勇者と僧侶が隣だって歩く。

 人通りの少ない路地裏の道。

 もうすぐ太陽が落ちる時間。

 

「ハイター。君ならすぐに探せるはずだ。子猫が宿なしで眠る夜がないようにしないとね」

 

 ヒンメルなレンゲちゃんが口を開いた。

 幼女のリボンをわたしに渡しながら、すでに確信している。

 わたしにはそれができる、と。

 

 まるで便利な道具扱いだったが、レンゲちゃんには大きな恩義がある。

 リーニエちゃんという初めての例外を生んだ奇跡の立役者だからだ。

 わたしが、レンゲちゃんには何も要求しないのもそれが理由だったりする。

 

「もちろんですよ。それがあなたの望みなら、私はいつだって手助けをします」

 

 言いつつ、わたしはHUDを広域展開した。

 

 HUDは、魔力の痕跡をつぶさに見て取れる。

 生きとし生ける者は、すべて魔力を持っている。

 どんなに小さな生物でも、光というソースを浴びて生きているからである。

 猫と触れ合った女の子。その女の子がつけていたリボン。すべて繋がっている。

 

 猫を探すのに時間はかからなかった。

 

 しかし、これは……。

 街の反対側、陽当たりのいい窓辺に、小さな黒白の塊がいた。

 黒くて綺麗な毛並みの子猫。背中にはまんまるのお月様が浮かんでいる。

 街には他に同じ特徴の猫はいない。おそらく間違いない。

 

「いましたよ」ハイターの声は地に沈んだように昏かった。

 

 ハイターってこんな声も出せるんだ……。

 所詮は偽物というフレーズが脳裏をよぎる。

 

「どこにだい?」フサァと髪をかきあげるヒンメル。

 

 自信に満ち溢れた勇者の姿。

 勇者の物語のなかでも広く一般的に共有されているヒンメルのイメージ。

 レンゲちゃんのトレースは完成度が高い。

 

 でも、簡単に言えば。

 簡潔に言えば、物語は既に完結していた。

 レンゲちゃんが望む勇者の物語は、既に破綻していた。

 猫がこのまま見つからないよりもずっと残酷な形で。

 

 言うべきか一瞬だけ迷ったが、わたしができると言ってしまった以上、結果報告を逃れることはできない。それに……。それに、レンゲちゃんならこれから後にどういう物語を紡ぐか、わずかばかり興味があったのも確かだ。

 

「街の反対側です。窓辺で丸くなっています。どうやら、新しい家族ができたみたいですね。彼女は今、新しい名前を与えられて、小さなご主人様にエサをもらっています。どうしますか?」

 

「そうか……」レンゲちゃんが唇を噛んだ。「間違いないんだね?」

 

「ええ、間違いありません。見に行きますか?」

 

「もう、新しい名前があるんだね……」

 

「はい。彼女は―――」

 

「ハイター! ……それ以上は言わないでくれ、頼む」

 

 ヒンメルの姿をしたレンゲちゃんの声が、わずかに震えた。

 

 勇者の余裕が剥落し、そこにあるのは、自分の居場所がどこにもないことを突きつけられた、ひとりの迷子の少女の質感だった。

 

――物語が必要とされない現実。

 

 勇者ヒンメルの凛とした輪郭が、夕闇に溶けるように曖昧になっていく。

 レンゲちゃんの手の中で、女の子から託された小さなリボンが、行き場を失った遺物のように力なく揺れていた。

 

 レンゲちゃんにとって、あの小さな女の子の祈りは、自分という異分子を世界に繋ぎ止めるための、唯一の鎖だったはずだ。

 

 なのに救うべき対象は、彼女が手を差し伸べる前に、別の誰かの腕の中で生きている。

 

 幸福に。

 

 書き換える余地なく。

 

 誰にとっても客観的に。

 

 死よりも冷たい拒絶が待っていた。

 

 辺りは湿った空気が漂っている。昏い日陰の人通りの途絶えた袋小路で。

 

 レンゲちゃんが、ふいに立ち止まり、激しい勢いでわたしに向かう。

 

――ドンッ!

 

 背後のレンガ壁に、鋭い衝撃が走った。

 気づけば、私はレンゲちゃんの腕の中に閉じこめられていた。

 

 これって……。

 これって、伝説の壁ドン!?

 

 シリアスな場面だけど、人生初の壁ドンに、わたしは微妙に焦りを感じる。

 吐息が当たるくらいの近い距離に、美少年の顔が迫っている。

 

「ハイター。世界は、僕が思うよりずっと勝手に進んでいくんだね」

 

 至近距離。レンゲちゃんの瞳には、勇者の慈愛ではなく、禁断のページをめくる直前のあの狂喜じみたものでもなく、勇者の模倣では隠しきれないほどの寂寥感がにじんでいた。

 

 逃げ場がないのはレンゲちゃんの方だった。

 

「世界は――物語は僕が何かする前に終わっていたんだ。あの子がいなくても、ルナは他の誰かに大事にされてる。あの子は僕がルナを取り戻すのを望んでいたはずなのに。僕にはそうすることができない。誰かの幸せを奪って他の誰かを幸せにするなんてまちがっているからだ」

 

――勇者ヒンメルはそうしない。

 

「でも、それじゃあ、僕の居場所はどこにあるというのだろう。このリボンを返して、君の猫はもう別の誰かのものだよなんて、そんな残酷な真実を、あの小さな依頼者に突きつけろと言うのかい? それとも、あの猫をふたりでシェアするように働きかけるべきなのかい? 愛はひとつであるべきなのに……君は永遠に僕だけのものにはならないんだ」

 

 キスされちゃいそうな距離。切ない吐息がかかる。

 

「君の女神様はなんて薄情なんだろう」

 

 ヒンメルはそんなこと言わない。

 が――、そうだね。レンゲちゃんならそう言うだろう。

 

「レンゲちゃん……」

 

「やめてくれ。その名で呼ばないでくれ!」

 

「じゃあ、ヒンメル。あなたはどうしたいんですか? わたしの魔法なら、猫さんに変身することもできる。その身を割いて、五十年くらいの間、ルナとして生きることもできます」

 

 コストは相当なものだが、レンゲちゃんのためならそうしてあげてもいい。

 あなたには、リーニエ反証万能説を創り出した偉大な功績があるのだ。

 誰もそのことは知らないけれど、わたしは知っている。

 

「五十年は長すぎる。そんなに猫は長生きしない」

 

 レンゲちゃん、素になっちゃった。

 

「でも、ありがとう……。アナリザンド」

 

 ふっと、腕の拘束を解くレンゲちゃん。涼やかな微笑。

 レンゲちゃんは、しばらく黙っている。それから何かを決めたように顔を上げた。

 魂の輝きは今日一番。わたしにはそれが視える。

 光の中でこそ闇が目立つように、闇の中でこそ光はより一層輝く。

 彼女は、物語を紡ぎ、人の世の蒙昧を照らす神作家なのだ。

 

「アナリザンド。猫さんになって」

 

「五十年ですか? それとも十年ほどで足りますか?」

 

「ううん。五十年もいらない。十年でも長すぎる。五分でいい」

 

「わかりました」

 

 わたしは、レンゲちゃんのディスクリプタとして起動する。

 レンゲちゃんの演出、レンゲちゃんの物語、レンゲちゃんのセリフを形にする。

 猫は駆けた。女の子のもとに。

 

 

 

 

 

 その女の子は、窓辺で勇者の帰還をまちわびていた。

 

 窓辺からは隣家の屋根が見える。そこに黒と白のコントラストが夕暮れに溶かされて、曖昧な色になっていた。それでも、すぐにわかった。ルナだった。

 

「ルナちゃん! お母さん! ルナが――」

 

「しぃー。静かに」

 

 猫がしゃべった。

 その驚きも五歳くらいの年頃であれば、曖昧で、あやふやで。

 成長すれば、夢の中の出来事みたいに思われるかもしれない。

 依頼者である女の子は素直に従った。

 

「ルナちゃん……? そんなところ危ないよ」

 

 女の子は窓から身を乗り出すようにして、屋根の上の猫を見た。

 猫は動かなかった。ただ、夕暮れの中に座っていた。

 首には、小さなリボンが巻かれていた。

 母親から持たされた片方だけのリボンと同じ。

 

「ぼくね」と猫が言った。「勇者になったんだ」

 

 女の子は瞬きをした。ぱちくりぱちくり。

 

「ゆうしゃ?」

 

「うん。だから、長い旅に出なきゃいけない。悪い魔王をやっつける旅に」

 

 女の子はしばらく黙っていた。

 五歳くらいの沈黙は、大人のそれよりずっと重い。

 

「かえってくる?」

 

「魔王を倒したらね」

 

「ほんとう?」

 

「ほんとうだよ」

 

 猫は立ち上がった。

 

 夕暮れの光の中で、黒と白のコントラストが、もう一度だけくっきりと浮かび上がった。

 

「だから、またね」ひらり、ふわり。「ありがとう。ぼくの家族になってくれて」

 

「まってる。ずっとまってるから!」

 

 シンシンと降り積もる雪のように女の子は泣いた。

 

 

 

 

 

 路地裏に戻ると、レンゲちゃんが壁にもたれて待っていた。

 もうヒンメルの姿ではなかった。いつものレンゲちゃんだ。

 勇者の時間は終わり。少女の時間が始まる。

 

「どうだった?」とわたしは聞いた。演技指導の時間は短かったけれど。

 

「完璧」とレンゲちゃんは言った。ダブルグッジョブ。

 

「あの女の子もこれで少しは救われたかな?」わたしは確かめるように言った。

 

 そう思えることが大事なのである。

 レンゲちゃんの魂にも関わることなので。

 

 むふー、と息を吐くレンゲちゃん。

 

「十年後に、猫は美少年になって帰ってくる。幼女なんていなかった。あの子は勇者の帰りを待つ男の子で、成長したふたりはイチャイチャする。完璧なストーリーライン」

 

「そ、そうですか……」

 

 もはや何も言うまい。

 とりあえず元気になってよかった。

 

 レンゲちゃんはポケットから小さな黒い手帳を取り出して、何かを書きつけている。

 脳内妄想が爆裂し、ものすごい勢いでアイディアを排出している。

 きっと、今頃あのかわいい幼女は、無垢なショタへと脳内変換されているのだろう。

 ケモナーショタとか業が深すぎるんだが、レンゲちゃんが満足しているのならそれでいい。

 

「帰ろっか」とわたしは言った。

 

「うん、この道をまっすぐ。連れて行って」

 

 ふたりで歩き出す。

 レンゲちゃんは書きながら、うつむいたまま歩いている。

 

「危ないよ」

 

「ん-」

 

 気のない返事。

 わたしはレンゲちゃんの腰を押す。

 夕暮れの路地裏を並んで歩く。足取りは軽くもなく重くもなく。

 それすらも面倒くさくなったので、わたしは持っていたリボンを、レンゲちゃんの手帳を持ってるほうの手首に巻きつけた。手綱にするには心もとなかったけれど。

 

「首輪のほうが好み」

 

「さすがに人間サイズだと、ちょっと足りないかなぁ」

 

「次は、首輪プレイの話を書く」

 

「書きますか……。女神様に怒られないようにね」

 

「懺悔」

 

「一言で終わらせないで」

 

 レンゲちゃんが転ばないように気をつけながら、わたしは笑った。

 

 わたしは予感がしていた。

 それは他愛もない妄想だった。精緻の欠片もない幻想の風景。

 

 いつか、この街の片隅にある本屋の棚に、あるいは誰かの秘密の書架に。

 今日という日が形を変えて並ぶ。

 

 それは、いつもよりちょっとだけ妄想を抑えた絵本の形をしている。

 神様がとびきり優しい嘘を書きたかったから。

 

 成長した少女は、なにげなくその本を手にとって。

 まんまるのお月様を背中に浮かべた猫の勇者様と再会する。

 

「おかえり」って言って、「ただいま」って言って。

 

 そうして誰かの胸の中で秘められた物語が、再び愛を以て動き出すのだ。

 

 

 

 

 




壁ドン入れてみました(解釈違い)。
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