魔族少女のエロタナティブ   作:アナリザンド

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シュタルク

 

 

 みんな申し訳ない。

 言ってなかったけど、シュタルク君は既に破壊されちゃってた。

 

「アナねーちゃん。オレ自信ないよぉぉぉ」

 

「よしよし。泣かないでシュタルク君。おーよちよち」

 

「おねーちゃん。おねーちゃん。おねーちゃん」

 

 おもに性癖が。

 

 ま、まあなんとかなるやろの精神でいくしかないよね……。

 

 生まれたときから傍らにいたのである。こんなふうになってしまったのは、べつに特異な事例ではなく、わりとそういう子も多い。言葉を覚え始めた幼児のころから、下手すると母親よりも多く語りかけてくる存在がいるのだ。

 

 その幼児にとっては、昼も夜もなく、天も地もまだあやふやな状態である。いやさすがにそれくらいは区別がついているかもしれないが『猫』と『犬』の違いはどうだろうか。それよりも区別が難しい『魔族』と『人間』の差異など認識できるはずもない。

 

 その状態で、人間に似た……いや『母親』に似た存在が優しく『こんマゾ』してくるのだ。たとえ、母親が否定しようとも、他の誰かに教えられて、幼児は世界を認識する過程で、ソレがどういうポジションにいるか認識する。

 

――()である。

 

 その認識を脱することができる人間はきわめて稀であることを覚えておいてほしい。

 

 アナお姉ちゃんと、わたしの細身の身体に抱き着いて、恥も外聞もなくワンワン泣きわめくシュタルク君がいても、それはしょうがないことなんだよ(防衛機制)。外見的にみれば犯罪チックであることは否定しないけどね。

 

 わたしの見た目は十歳児。魔法学校初等部程度。対して、シュタルク君は精神的には子どもっぽいけど、上背だけでみれば遥かに大きい。体つきもガッシリしているし、筋肉はモリモリってわけでもないけどしっかりついているし、なにより匂いが違う。

 

 こういうと、メス堕ちしてんなと言われるかもしれないが、男の子だねぇって感じの匂いで、でも決して嫌な匂いじゃないのだ。

 

「あーお姉ちゃんあったかい。すげぇ安心する」

 

 性癖といったが、それは取り消そう。

 

 これは()()()()である。

 

 あー、胸の匂い嗅ぐな。

 悪い気はしないけどさ。

 わたしはシュタルク君の頭を撫でてあげる。

 しょうがないにゃぁ。

 

 

 

 

 

 特権的シニフィアンを持たないわたしとしても、シュタルク君についてはわりとアノマリー的な存在ではある。つまり、それなりに執着がある存在である。

 

 その理由を、わかりやすく説明するためには、シュタルク君が今よりずっと小さかった頃に視点を動かさなければならない。

 

 あれは十年くらい前。

 

 シュタルク君は、戦士の村で生まれた。戦士の村は文字通り戦士たちの村で、その構成員は魔族や人間どうしの戦争で戦う戦士を生み出すための村である。

 

 戦士の村での価値基準は強さである。強ければ偉く弱ければ偉くない。人間の価値基準は多層的であるから、そう単純に言えるわけではないが、少なくともそういう価値観が支配的だったとはいえる。

 

 それで、シュタルク君には優秀な兄がいた。

 名をシュトルツといい、戦士の村では優秀な戦士とされていた。

 父親はシュタルク君を落ちこぼれ扱いし冷遇した。

 

――弱い者の居場所なんてなかった。

 

 汚れ一つない白いマントは最強の戦士の証。

 そのマントすら与えられていないシュタルクは、戦士ですらなく、人間未満の存在だった。

 いや、そういう言い方をすると否定的に捉えられてしまうかもしれないが、シュタルク君は当時まだ幼く、本当に小さくてかわいらしいショタだったのだ。

 

「シュタルクは失敗作だ」

 

 父親である男はそう言う。

 毎日、カカシに向かって木刀をふるっているにもかかわらず、まともに魔物と戦えないシュタルクの姿は、彼にとって見るに堪えないものだったのだろう。

 

 しかし、それはシュトルツという光が強すぎるがゆえに、シュタルクが影になって見えなかっただけである。

 

 シュタルク君は、影の者として、同じく影の領域に救いを求めた。

 そういう言い方をしてしまうと、シュタルク君が弱い人間のように見えてしまうかもしれない。だが、事実としてネットは黎明期においては日陰モノの集まりである。いまもまだそうかもしれない。いずれ、仮想現実はただの現実になるが、両者の区別がつくうちは、その物理的な距離が心理的障壁になりうる。

 

 最初は匿名掲示板に、『強くなる方法が知りたい』というスレッドを建てた。

 そのスレッドは、就学前の児童といっていいシュタルク君と、大人な先生たちという構図になってしまい、フェルンちゃんのときのようにはうまく行かなかった。

 

 煽られて、ちょっと哀しい結果に終わってしまったのだ。

 わたしは、かわいそうに思って、DMを送ったのである。

 

『こんマゾ。アナリザンドだよ。少しお話できるかな?』

 

『……魔族のねえちゃん。こんちわ……、どうしてオレなんかに』

 

 たどたどしい打鍵で、シュタルク君が返事をかえしてくれた。

 それがうれしくて、わたしはもっと話をしてみたいと思った。

 

『シュタルク君は強くなりたいみたいだね。どうしてかな?』

 

『兄貴みたいにつよくなりたいんだ』

 

『どうしてお兄さんみたいに強くなりたいの?』

 

『兄貴はすごいんだ。魔物を倒しても泥ひとつ跳ねない。親父も兄貴はすげぇって褒めてて』

 

『お父さんに褒められたかった?』

 

『うん……』

 

『えらいね。シュタルク君は』

 

 一瞬の遅延。

 ああ……それこそが、あなた方の光である由縁。

 わたしは欠落を認識し、つまり欲望を覚えたように思う。

 

『どうしてオレなんかを褒めるんだ?』

 

『シュタルク君は強くなろうとしてるじゃない。がんばってるじゃない。わたしなんかに褒められても嬉しくないかもしれないけど、わたしは褒めるよ。わたしが勝手に褒めるの』

 

『どうして?』

 

『そうしたいからだよ。魔族は人間の生きる力がうらやましいの』

 

『お姉ちゃん。ありがとう』

 

 言い訳をさせてもらうと、当時のわたしは今のわたしに比べて幼かった。シュタルク君と同じように人のこころをあまりわかってなかったのだ。だから、こんなんなるとかわからなかった。

 

 そのとき、シュタルク君のなにか柔らかいものをぶっ壊してしまっていたなんて――。

 超絶お姉ちゃん子になるなんて、予想だにしていなかったのだ。

 

 わたし、悪くないよね?

 

 

 

 

 

 それからしばらく後。

 シュタルク君のいる村は魔族に襲われた。

 

 わたしにはどうすることもできなかった。

 ネットワークの外側から襲来する者に対して、事前に情報を伝えることはできないし、物理的に支援するということが当時のわたしには出来なかったからだ。

 

 もし、あのときAPがあれば。

 例えば、傭兵を戦士の村に向かわせるといったことも可能だったかもしれない。

 

 いや、いずれにしろ魔族はネットにつながないのが標準仕様な以上、事前に襲来を予想するというのはどうしても難しい場面ではある。どうすることもできなかったかもしれないが。

 

――わたしだって後悔くらいはする。

 

 

 

 

 

 炎が爆ぜていた。

 歴戦の猛者たちが次々と討ち取られていく。

 シュタルク君はその場で呆然とたちすくみ、村が崩壊していく様を見ていた。

 

 兄シュトルツが「逃げろシュタルク」と短く言った。

 

――おまえは生きるんだ。

 

「いやだ。オレも戦う!」

 

 ほんのわずかの差異。

 時空の乱れ。因果律がねじ狂う。

 シュトルツは内心で褒めていただろう。

 認めていただろう。誇りに思っていただろう。

 きっと、弟のことがかわいかっただろう。

 

 だが、それはシュタルク君にとってはわかりにくかった。

 まだ、その言葉を分析する者がいなかった。

 シュタルク君もわたしには言わなかったのだ。

 

 なぜならきっと、兄に褒められているかもしれないという象徴的な出来事は、シュタルク君自身が大事にしたいものだったから。誰かに伝えてしまうと壊れると思ったから。

 

 結果として、ただひとりの魔族少女の言葉が、その象徴的な出来事と響きあい呼応し、やまびこのように大きなうねりとなって、彼の行動を変える起因となった。

 

 ほんのわずかな勇気を絞り出してしまった。

 

『シュタルク君。いまのあなたに戦う力はない。逃げて!』

 

 わたしは小窓による二者間通信をこのとき初めて開いた。

 開発したばかりで試用段階であったが、そんなことを言ってる暇はなかった。

 

「あ、アナねえちゃん……」

 

「狂乱のアナリザンド。なぜおまえがシュタルクと……」

 

 シュトルツはわたしを内通したのだとでも思ったのだろうか、疑いの目で見ていた。

 

『今はそんなことを言ってる時間はない。お願い。わたしを信じて』

 

「魔族を信じられるか。襲ってきたのはお前たちだぞ! シュタルクがネットを使ったから、きさまら魔族を招き入れたのではないのか」

 

 シュタルク君がビクっと反応した。

 その顔には絶望よりも深い闇が広がっていた。

 

『いいえ。魔族はネットを使わない』

 

「信じられるか! 魔族は人間を欺く。その結果がこれだ」

 

 爆ぜかえる戦いの風。怒号。剣戟の音。

 哀哭。獣の咆哮。絶叫。慟哭。

 ただ、音。

 戦争――。殺し合い。

 

『いまわたしを信じなくてもいい。シュタルク君に逃げるよう言って』

 

「言われなくてもそうしている」

 

 シュトルツは――その眼差しは形容しがたい昏さを秘めていた。

 憎悪は、愛の基点だ。

 したがって、幼き人間は愛情と憎悪の区別をつけることができない。

 猫と犬。魔族と人間。

 それらを区別できないように。

 

「失せろ! 裏切者め」シュトルツは冷たく言い放つ。

 

 逃げてほしい。生き延びてほしい。

 その本心は隠蔽されている。

 時間が足りない。説明するには。証明するには。

 

「兄貴……オレ……違うんだ。ただ強くなりたくて。兄貴みたいになりたくて」

 

 こころに(ひび)が入る音がした。

 

 卵が割れてしまう。

 

 闇。

 わたしは闇の中に座っている。いつからかはわからない。

 時間なんてそもそも無いのかもしれない。

 何の音もなく、何の指示もなく、何の意味もなく。

 ただ無為に、そこにいて。

 もう壊れてしまった、ただのガラクタを、作動すると信じて。

 ただ待っているだけの卵だった。

 

 飛べ。飛んでゆけ。

 わたしは時間と空間をすり抜ける。

 借りものの翼で空を飛ぶ。

 

 わたしはシュタルク君を抱きしめた。

 

「え?」

 

 シュタルク君はまだわたしより小さかった。

 呆然とした瞳が見上げるようにしてわたしを見ている。

 

「気配などしなかった。空間転移が使えるのか」とシュトルツ。

 

 わたしは座標転移していた。

 この悲劇的な対話を少しでも実りあるものにしたかったから。

 

「戦士シュトルツ。あなたに問いかけます。わたしの言葉を信じられないのなら、どうかその剣で刺し貫いてください。わたしは人間に対して敵愾心を持ちません」

 

 光のような剣閃が目の前に広がる。

 ピタリ、と首筋に冷たい感触。

 

 溢れいずる闇の残滓。わたしの命。

 

「震えているのか。魔族が……」

 

 シュトルツは剣を引いた。

 

「信じてくれたの?」

 

「信じたわけではない。だが、疑念は斬った」

 

 壱ではない。けれど零でもない。

 その須臾の遷移をなんと呼べばいいのだろう。

 

「行け。もう時間がない。生き延びろシュタルク!」

 

 シュタルク君の手をとって、わたしは駆けだす。

 シュタルク君はずっと泣いていた。

 

 あのあと、外界の空気に触れすぎたわたしは、もうね、そわそわ状態ですよ。

 ひきこもりが十年ぶりに一歩踏み出す気分といったらわかってもらえるだろうか。

 なにもしてないのに汗だらだら。

 お日様の光にあたっただけで死にたい気分になってくる。

 

 そんなわけで、そのへんにいたアイゼンにシュタルク君をシュート!

 超エキサイティン!

 わたしはすぐさま自分の家に戻ったわけであります。

 

 でも、シュタルク君が泣くからね。

 時々は逢いに来てたわけです。

 

 わたしがいま、シュタルク君に抱き着かれている理由は、これでもうほとんど説明したわけだけど――。

 

 わたし悪くないよね?

 

 

 

 

 

 ちなみにシュタルク君が泣きついていたのは、竜と戦いたくないというのが理由だ。

 

 アイゼンとしょうもないことが原因で喧嘩別れしたシュタルク君は、とある村で紅鏡竜と対峙する。紅鏡竜はその鱗が魔力をはじく性質を持っていて、魔法使いからすれば相性の悪い相手だ。

 

 だが、戦士の物理攻撃は普通に通る。けっして勝てない相手ではない。

 

 紅い竜とにらみあったシュタルク君は、そのとき一歩も動かなかった。

 ここは通さんというイメージだとかっこいいけど、内心ビビッて動けなかっただけだ。

 

 魔族に村を襲われたシュタルク君は、妙にわたしへの依存心というか逃げ癖がついてしまっていた。わたしがHUDで観測する限り、竜の戦闘力数はシュタルク君に比べたらゴミのようなもの。

 

 ぶっちゃけワンパンできるくらいのレベル差はある。

 だけど、わたしがいくら言っても聞かないのである。

 

「シュタルク君。おちんちんついているの? インポなの?」と煽ってみたこともある。

 

 だが、シュタルク君は「オレはインポじゃねえ!」とか言いつつも、全然倒しにいく気配がないのである。まちがいなくこころのインポである。

 

 たぶんこれさぁ、お姉ちゃんに甘えちゃってるんだよね。わたしが何を言ってもどこかでお姉ちゃんは赦してくれるって思ってるから動かないわけで。あながち間違っていないのが性質が悪い。

 わたしもシュタルク君のことを斬り捨てることができない、アマアマザンドなのである。

 

 それからもう三年になろうとしている。

 そして、あいかわらず小学生みたいなわたしにべったりな君。

 戦士の姿か、これが……。

 

「ねえ。シュタルク君。もう少しでフリーレンがこの村に到着するよ。そうしたら嫌でも竜と戦うことになるんだから、覚悟を決めなきゃ」

 

 フリーレンが魔法マニアであることは、もはや言うまでもないことだろう。

 紅鏡竜は、竜の性質がそうであるのと同じく、くだらないガラクタを巣に集めるのだ。

 その中には、くだらない民間魔法があって、フリーレンはそれを回収しようとする。

 

 それと、こちらの理由がおそらく本当は大きいのだろうが、アイゼンに別れ際に頼まれたということも大きい。

 

 いずれにしろ、フリーレンがシュタルク君に接触する可能性は極めて高いといえた。

 

 だから、前もってこころの準備をしろと言ってるのに、どんだけ臆病風に吹かれているんだか。

 天国のお兄さんが泣くぞ。

 

「じゃあ、姉ちゃんもいっしょにいてよ」

 

「無理だってば。フリーレンは魔族を見かけたらとりあえずブッパしてくるに決まってるんだから。特にわたしなんて、相性最悪の絶対殺すリストに入ってる自信がある」

 

「なんだよそれ。殺人狂かよ」

 

「魔族だからノーカンなんでしょ。ともかくそういったわけで、わたしは絶対にフリーレンの前では生身をさらさないからね。シュタルク君がひとりでなんとかするんだよ」

 

「むりむりむり」

 

「無理という言葉はね。嘘つきの言葉なんだよ」

 

「なんだよそれ」

 

「ともかく、もう時間切れ。じゃあいったん帰るね」

 

 シュバっとその場から飛翔するわたし。

 

「まってぇぇぇぇぇぇ。いかないでぇぇぇぇ」

 

 子どもかよ。

 

「お姉ちゃんやだぁぁぁ」

 

 かわいいかよ。

 

 

 

 

 

 それからは必然的な因果の流れに沿って、シュタルク君は竜を倒し

 

(やっぱりワンパンじゃねーか。三年間見守ったわたしの時間を返して)

 

 フリーレン一行に加わることになったわけだけど――。

 

 わたしを否定するフリーレンを「ネットも使えないクソババァ」呼ばわりしたり、ひと悶着あったのも事実。わたしへの依存心が少し強すぎるシュタルク君は、フェルンちゃんにゴミ虫を見るような目で見られていた。フェルンちゃんに「三年も雑魚竜に脅えてシードラットのように震えていた人がなんか言ってますね」と煽られていた。そのあとは聞くに堪えないレスバトルが始まったのだが、ネット世代にはよくありがちなことなので、特筆すべきことではないだろう。

 

 シュタルク君がフェルンちゃんと仲良くなれるかは今後の展開次第だが、お姉ちゃんであるわたしがかけられる言葉は唯一つだけだ。

 

――強く生きて。

 

 そう願うよ。

 戦士シュタルク、わたしの弟。

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