魔族少女のエロタナティブ 作:アナリザンド
この世界にロリコンが生まれたのは、わずか二十年ほど前のことである。
それはひとりの魔族の少女によってもたらされた『言葉』である。
魔族少女は言った。
ロリを嗜好するもの、これすなわちロリコンなり。
そういった次第で、ロリコンがこの世に生まれ堕ちてしまったのである。
罪深きこと、小悪魔の所業なり。
たいしたことではない。神が「光あれ」と言われ、「すると光があった」という論法と同じく、それがそうであるように定義された瞬間、概念が生まれたというだけの話。もちろん、前駆的な言葉は存在した。小さな女の子が好きという衝動は原始の時代から存在したし、『おまえ子ども好きだよな』というような比較的曖昧模糊とした概念は存在したからだ。
しかし、文明人というものは言葉に対するフェティッシュを持っている。すなわち言葉フェチである。ピンポイントに貫かれた言葉の重力に張りつけにされるのが現代人である。
意味がわからないなら、想像してみてほしい。
ロリコンが『小学生』という字面だけで興奮できるという事実を。
体貌という視覚刺激に対する反応だけでなく、その概念そのものに興奮する志向性があるのだ。体貌がロリでなくてもいいというわけではない。体貌と概念は相補的であり互いに互いを強化する関係にある。
しかし、そのどちらが支配的かは個体のもつ内在性に根拠を置く。極めれば、至ってしまえば、たとえ見た目ロリでも『小学生』でなければ萎えるということもありえるのだ。信じられないかもしれないが本当のことだ。
これがロリコンのロリコンたる由縁である。
ちなみに私見であるが、ロリコンが衝動をより強く覚える部分対象は『脚』であると考える。
なぜなら、『胸』や『尻』といった通常の女性に見られるような発達箇所は、少女という言葉を否定するからである。いや、もちろん、ロリでも巨乳OKだったり、ケツデカロリもイケるなんて人も中にはいるかもしれない。倒錯はすべてを許容する。それらが赦されないわけではない。
だが、生粋のロリコンは少女を表象する未発達な脚に惹かれるのではないか。
魔族少女が玉座に座り、ほっそりとした脚を見せつける。
紅い瞳が我を見おろし問いかける。
――汝ロリコンなりや。
賢者エーヴィヒ(★コテハン) 『論考:ロリ神の白き暗夜』より。
ブルグは自室で動画のアーカイブを見ていた。一級魔法使いはゼーリエの弟子であり魔法使いのエリートである。すべての弟子たちには自室兼研究室が与えられ、そこをプライベートな空間としている。これも特権のひとつであろう。その部屋は防音もしっかりしていて、物音が隣室に響くというようなこともない。魔力による結界が張られている。インターネットという呪いについては人間に寄生している関係で、すり抜けてしまうのだが、いまはそんなことはどうでもいいだろう。
夜。静かな部屋で、ブルグはアナリザンドの過去動画を見ていた。
それは、まさにロリコンという概念が生まれた瞬間であった。
アナリザンドは精神外装であるいつものゴシックなドレスを脱いで、真っ白いインナーシャツに濃い紺色をしたワンピースを着ている。胸元には赤いリボンがかわいらしく着飾られており、なんの意味があるのかはわからないが、赤い牛革あたりでできた背嚢をかついでいる。
そして、軽妙なステップで踊り歌うのだ。
『ロリロリ神降臨』。
意味がわからなかった先生たちは、アナリザンドに聞いた。
ロリとはいったいなんですか、と。
そして賜ったのである。先述した言葉を。
その時、ロリ神は現世に降臨したのだ。
しかしながら、ここで仮説を立ててみる。
ロリが小さくてかわいいというだけなら、なるほどアナリザンドは確かにロリであろう。ただし、ロリという言葉には、年齢による区分けも厳然として存在するのである。諸説あるらしいが、一般的には九歳程度から十五歳程度までがロリと言われている。
さて、ここでアナリザンドについて考えてみるに、彼女は少なくとも30年くらいの時を生きている。この時点で、先ほど述べたロリの定義からははずれる。
いやそれどころかアナリザンドは人間の幼女ではないのだ。厳密な意味では女の子とはいえない。その容姿がたまたま人間の女の子と似通っているだけの別種の生命体である。
「やはり……、アナリザンドはロリではない」
ブルグは自身の仮説に自信を深める。
アナリザンドはロリではない。
ステップを踏むときの、白くてすっきりした足になぜか視線が誘導されてしまうが、それは子猫がかわいいと思うのと同義だろう。
そう、オレはロリコンじゃない。
――ああ、哀しいかな。
この世界にはまだ人外ロリ好きという概念は存在しなかった。
彼は自らの都合のよい回答に飛びつき、真実から目を背けてしまったのである。
その証明の試みは、夜闇に届いた通知によって遮られた。
『ブルグお兄ちゃんいるー?』
アナリザンドの言葉だ。
ブルグはあたふたしながら動画を消し、そして取り繕う。
『なにか用か?』
『うん。ちょっとお願いしたいことがあって、そっち行っていい?』
『ここにか? どうやってだ』
『んー? いいかわるいかだけ言って』
『かまわんが』
打鍵した瞬間、風を感じる。
そして、目の前にはアナリザンドがいた。
「ゼンゼと同じ……いや、あれは視界の先にしか転移できないはず。おまえは本当の空間転移ができるのか」
「うん。まあ……ゼンゼ先生のは、わたしの魔法の劣化コピー版だし」
あいもかわらず、アナリザンドはふにふにした動きで、無防備にブルグのそばに近づいてくる。
いまはいつものドレスなので、白くてまぶしい足は見えないが、全身のフォルムと、その動きがかわいさのカタマリだった。いや、まあそれも子猫がかわいいのと同じレベルだ。
少しだけ開いた口から、真っ白い歯が覗く。
人肉がベーコンよろしくこんにちわしてたりはしない。
むしろ綺麗すぎる。小さな貝殻が行儀よく敷き詰められているようで、口の中が海洋で充たされているような連想をし、その口を何かで塞いでしまいたい衝動にかられた。
「お兄ちゃん。わたしの
アナリザンドはニヤァと笑っている。
「するわけがない」
「ふうん。まあいいけど」
そのままよくわからない理由で、座っているブルグの腕のあたりに顎をのせてくる。
本当に謎の行動だ。
「なにをしにきた」
「うん。ちょっとお願いしたいことがあって」
「なんだ?」
「あのね。お兄ちゃんの外套なんだけど……」
「今は着ていないぞ」
もちろん簡単な軽装である。夜着というほど着崩れてはおらず、外に行って買い物をしてもギリギリおかしくないくらいの服装だ。ズボンも履いている。
「うん。お兄ちゃんはいま裸みたいなものだね」
「服は着ているだろう!」
「魔力防御のことを言ってるんだけどな」
と、そこでアナリザンドは視線をドアの方へやった。
ブルグがつられてドアへ視線を向ける。
――コンコン。
心臓が跳ねた。
その音がブルグには死神の鎌を首筋にあてられているように思えた。
ドアをノックするという形式的な所作が、防音結界を一部解放する条件式となっている。
いま、こちら側の音は聞こえてしまう。
もちろん、ドアが開け放たれれば光も聞こえる。
ドアには物理的な鍵はかかっていない。そうしている者もいるが、ブルグは自身の守護魔法に絶対の自信を持っていた。その魔法の鍵は応答である。
が、そんなことも忘れて、ブルグは焦っていた。
夜。大人の自分と魔法学校初等部みたいな女の子。ふたりきり。
少女は座っているブルグに対して、両腕を添えるようにしており、彼我の距離は親しい間柄以上のものを感じさせる。
――死。
それは死である。社会的生命としての。人間としての。
死がきた。死がきた。死がきちゃった!
心臓がそのまま不全になりそうなくらい早鐘をうち、ブルグは不整脈に呼吸が乱れた。
「ブルグ。いないのか?」
同僚の声だった。一級魔法使いのゲナウのものである。
深夜というほどではないが、夜といってもいい時間だ。
居留守を使うのも無理があった。
ブルグは――――ほとんど何も考えず、外套をまとった。
そのまま、立ち上がりアナリザンドを覆う。
「わきゃ」
アナリザンドインブルグの完成だった。
控え目に言って犯罪だった。
見る人が見れば、二年間ほど冷たい塀のなかで過ごすことになるほどに妖しい光景である。
「ど、どうした?」ブルグが声の震えを抑えるように低く言った。
「なんだ。いるのか。入っていいか?」
「明日ではダメなのか?」
「……確かに夜遅くなってすまんな。だが、二級試験の結果について問い合わせがきていてな。試験官のお前に聞かなくてはならないことがある」
「わかった」(震え声)
ブルグの承諾によって、部屋の鍵は開け放たれた。
ゲナウが入ってくる。そして必然的に気づく。その違和感に。
「……部屋のなかで外套を着ているのか?」
当然の疑問であった。
「魔法の研鑽をしていてな」
「部屋の中でまで修行とは精が出るな」
「一級魔法使いなら当然のことだ」
「なにか、外套が盛り上がってるようにも思えるんだが、それに魔力がいつもと違うような……」
「すこし……その、改装をしようと思っていてな」
もぞ。もぞ。もぞ。
「そうか……」ゲナウは夜遅いこともあって会話を切り上げた。「二級試験の結果についてだが、ブルグ、おまえが外套を開いた瞬間に殴って後退させたやつがいるな」
「ああ……、その子のことなら覚えている。確かユーベルだったな」
三白眼、妹キャラ。脇とか脚とかまあいろいろ露出度の高い女の子だった。
ただ、アナリザンドに比べれば少々育ちすぎている感もあるが。
「魔法でもなんでもない物理攻撃だからな。魔法の試験としてどうなのかという疑義がでているんだ。おまえが合格にさせたのはなにかの間違いではないかとな」
「間違いではない。あの子は、魔法的な意味でも非常に高いレベルにある。二級魔法使いとして問題ないとオレが判断した」
「ふむ……妹だからではないよな? 履歴書には家族構成も書かれてあったが」
「そんなわけないだろう。オレは妹という概念で興奮する変態じゃない」
もぞもぞもぞ。
外套の中で闇が蠢いている。
わさわさと外套が動く。
「おい。どうした?」
「く……」ブルグは外套を両の腕を使って抑えこんだ。「静まれ……静まるんだ。闇の力よ」
じたばたじたばた。
暴れまくる闇を、必死になって制御下におこうとするブルグ。
改装を試み、魔法を根本から変えようとすると、稀によくある暴走一歩手前の状態である。
「大変そうだな。制御ができていないのか?」
「問題ない。すまないが……はやく出ていってくれないか」
ブルグは常の冷静さも忘れて、大粒の汗をながしていた。
ゲナウは、こんな状態になってまでなお魔法の高みを目指すブルグの姿に感心した。
すぐに廊下に出て、顎をひと撫でする。
「出世欲もなく、守勢の人間とばかり思っていたがなかなかどうして――」
一級魔法使いはこうでなくてはな、と思いながら、ゲナウはすがすがしい気持ちで修行の邪魔にならないように速やかに退出した。
「プハァ」
アナリザンドはようやく息苦しさから解放された。
外套の中は空気も薄く、ブルグが抑えつけるせいで呼吸がしにくかったのだ。
「お兄ちゃん。わたしを無理やり抑えつけてひどいよ」
うるうると涙目になりながら、アナリザンドが抗議する。
「すまなかった。気が動転して」
「そんなにわたしを抱きしめたかったの?」
「ち、違う!」
「ふぅん……」
ジト目で、アナリザンドが見上げてくる。
ブルグはたじたじとなりながら、椅子に座った。
大きくため息。精神的に疲れた。
「それで、オレの外套になんの用だ」
「あ、うん。実はね。お兄ちゃんの外套だけど、魔力を抑圧して固めて外套のカタチにしているんだよね。防御力という意味ではそれで十分なんだけど、なんだかもったいないなって思ったの」
「もったいない? なにがだ」
「抑圧は隠蔽なんだよ。つまり、お兄ちゃんは外套を纏うことで魔力を隠蔽する効果も発揮している。けれど、完全に隠すには至ってないからもったいないなって」
「そもそもの発想が、敵と相対したときに痛いのは嫌なので防御力に極振りしたい、だからな。隠そうという意図はあまりなかったんだ」
「じゃあ、隠蔽モードとかも創ったらどうかなって」
「なぜ、そんなアドバイスを?」
「うーん」アナリザンドは頬のあたりに指をそえた。「あの演習のときに、お兄ちゃんの社会的名誉をきずつけちゃったから?」
「補填しようとしたのか。ずいぶん人間らしい発想だな。オレはもう死んでるくさいが」
「大丈夫だよ。バレてないって。ネタで笑ってるだけだよ。いまさっきは本気でバレそうになったけどね。わたしもドキドキしちゃった」
「う……」
「また同じような状況になったとき、魔力を完全に隠匿するモードだったら、もっと安全に過ごせたかもしれないよ」
「しかし――、そうはいってもな」
ブルグは渋った。ここまで完成した魔法を弄るのは、いろいろとバランスが悪くなってしまう。それに抑圧し圧縮するというのはわかるにしろ、隠蔽というのはどうすればよいかわからない。漏れ出でる魔力を少なくするというのは並大抵のことではない。
「ふぅ」アナリザンドが熱を帯びた声を出す。「なんだか熱くなってきちゃったな」
そして、なぜか精神外装である黒ニーソと黒ブーツを魔力に戻した。
お行儀の悪いことに机に座っている。真っ白い曲線がブルグの視界に入る。
月明りに照らされて陶器のようになめらかな肌がちらりちらりと横切っていく。
――見たら、死ぬ。
そう思って必死に視界をそらそうとするが、しかし、その重力に逆らうことができない。
おお、賢者エーヴィヒよ、あなたの仮説は正しかった。
倒錯とは、パラノイアに至る前に一種の防衛機制として働くらしい。目や鼻や口、手、脚といった部分対象から全体化され統一化された衝動が、統一化されすぎないようにせき止められる。
つまり、パラノイアに至るまえの停止信号であり、去勢された人間が一瞬立ち止まり、その静止した空間で戯れる所作のことを倒錯というのである。よって、倒錯とは、
ブルグは健康な男子なのである。
プラプラ揺らしていた。
机の上で、アナリザンドが細い未発達な脚を泳がせている。
吸い寄せられるよう見てしまった。
そして、ふと視界をあげると、アナリザンドと目があった。
アナリザンドはニマァと憎らしいくらいにかわいらしい微笑を浮かべている。
紅い瞳が我を見おろし問いかける。
「お兄ちゃんならできるよね?」
「はい」
ブルグはロリ神様にこうべを垂れた。
後日、謁見の間にて。
「魔力探知レーダーに対する反射面積RCSを局限化し――」
「そのため凹凸の少ないボディが最も美しいといえ――」
「対象から不審の目を向けられたときに欺瞞する――」
「魔力吸収体は、未成熟な者ほど吸収が早いことから、子どものほうが習得に有利――」
「以上のことから、かかる技術をステルスと――」
ブルグの説明を、ゼーリエは不機嫌そうに黙って聞いていた。
ここで珍しいことにブルグを支持したのは、ゲナウであった。
「ブルグは部屋の中でもひとり、孤独のうちに自己研鑽を重ね、鍛錬を続けたのである。誠に素晴らしい一級魔法使いにふさわしい姿だと思わないか」
確かにそのとおりであった。ブルグの姿は一級魔法使いの理想の姿ですらあったのだ。
もたらされた研究成果もすばらしい。魔力を隠蔽する技術は確かに古くから存在するが、その効率性は、いままでより世代をいくつも飛ばしている。
同僚たちは称賛し、最後に会場は万雷の拍手に包まれた。
ゼーリエだけは沈黙。
やがて口を開くと、
『確かに人類史に残る偉業だし、魔法戦闘における革命をもたらす技術だが、なんか気持ち悪い』
というようなことを言われたのである。
ゼーリエの直感はいつも正しいのであった。