魔族少女のエロタナティブ   作:アナリザンド

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関所

 

 

 

 峡谷には城塞都市があり、フリーレン一行は足止めを喰らうことになった。

 

 そこは、大陸の中央エリアと北側エリアとを隔てる関所の役割を果たしており、いま北側諸国は魔族を含めた広い意味での魔物の動きが活発だから封鎖されているのである。

 

 人間が完全に掌握しているのは中央と南側の国であり、北に行くにしたがって、魔王城の影響が強くなるということなのだろう。魔王軍の残党が多くいるのだ。

 

――魔物も人も一匹たりとて通していない。

 

 街の衛兵隊長からそのように告げられ、フリーレンは喜んだ。旅をいったん休止する言い訳ができたことに。

 

「というわけで、この街は安全そうだし、しばらくここで待つとしよう」

 

 その『しばらく』の意味が、エルフと人間では異なる。

 

 街のスレでは、二年間は開かないのではないかと言われているが、エルフにとっての二年は一瞬でも人間にとっては十分に長い。フェルンとて、こうなることは予想できたので、どうにかできないかネットの世界を探索しながら旅を続けていたのだが、結局、現地につくまで有効な手だては見つからなかった。

 

「久々にゆっくり魔法の研究ができるぞ。宿に荷物置いたら魔法店に行こうっと」

 

 とても楽しそう。

 

 プクっとフグのように膨らむフェルンほっぺ。ジト目つき。なぜか財布にお金が貯まる。

 

「なんだよ。関所が開いてないんだから、しょうがないじゃん……」

 

 確かに外的な要因なのでしかたないのであるが、フリーレンがその理由にのっかっているのが、なんとも言えない気持ちになるのだ。

 

 フリーレンが宿をとってくると言って、解散を宣言した。

 

 残されたフェルンとシュタルクは、間延びした時間のなかを立ち尽くす。

 

「……飯でも食いに行く?」シュタルクが言った。

 

「……」

 

 視線だけでその言葉は殺された。

 フリーレン譲りの絶対零度の視線だ。

 

「うん。ひとりで行くね……」とぼとぼと歩きはじめるシュタルク。

 

「お待ちください」

 

「ん? やっぱふたりで行くか?」パァっと子犬のような顔になるシュタルク。

 

「……」道端の汚物を見てしまったような顔になるフェルン。

 

「なんだよぉ」

 

「私、ずっと気になっていたんです。シュタルク様はアナリザンド様と()()()()()()()()()()んですよね? その――ネットではなくて、生身の体で」

 

「それがどうかしたか?」

 

「いいえ」フェルンは少し顔を伏せた。「私はお逢いしておりませんので」

 

「こ、こわ……」

 

「なぜなんでしょうか。話を聞く限りでは、私とシュタルク様はほぼ同時期にアナリザンド様に接触しております。それなのに、シュタルク様だけズルいです」

 

「そんなこと言われてもよ……」

 

「コツとかおありですか? アナリザンド様を誘因するなにか特殊なフェロモンを出してるとか」

 

 フェルンがくんくんと匂いを嗅ぐ。

 シュタルクが猿のようにとびのいた。

 

「知らねえよ」

 

 サメのような勢いで食いついてくるフェルンに、シュタルクはたじろいだ。

 そもそも、フリーレンがいっしょにいるときには、フェルンはアナリザンドの話題をほとんど出さない。宿屋でも同じ部屋にいることが多いし、アナリザンドと話すときはこっそり繋いでいる。

 

 他方で、シュタルクは頓着しない。フリーレンが隣にいようが寂しくなったらお構いなしに、アナリザンドに繋ぐし、すぐに甘えるし、「お姉ちゃ~ん」を連発する。それで、アナリザンドもまんざらではなさそうに「はいはい」と応えるのだ。

 

 不公平ではないか。

 フェルンはそう言いたい。

 不満が知らず知らずのうちに溜まっていたのだ。

 病名をつけるなら、アナリザンド欠乏症である。

 

「あのさ。前にも言ったけどよ。オレはねーちゃんに命を助けられてるんだぜ」

 

「だから?」

 

「いやだから怖いって……。あのさ。命の恩人なんだよ。ねーちゃんは文字通り命を懸けてオレを守ってくれたんだ。切っても切れねえ縁があるって言えるんじゃないか」

 

「そんなの私だってそうです。直接命を助けられたわけではないですが、魂を救われました」

 

 不毛な戦いである。

 救われ度数を競ってなんになるのだろうか。

 しばらく、アナリザンドの言葉にどんなに救われたか、その人格の素晴らしさをレスバするふたり。周りの人間がなんだなんだとチラ見しているが、おかまいなしだった。

 

 しばらくしてレスバに疲れたのか、ふたりの声は()んだ。

 にらみ合いが続き、そしてシュタルクが先に目を逸らす。

 

「オレは臆病で怖がりだけどよ……。本当に守りたいものくらいは知ってるつもりだぜ」

 

「なにがおっしゃりたいのですか?」

 

 フェルンがにらむ。

 シュタルクはフェルンをまっすぐ見た。

 

「オレは、姉ちゃんかフリーレンかどちらか選べと言われたら、迷わず姉ちゃんを選ぶ」

 

 フェルンの息が一瞬止まった。

 ハイターから姉の言葉を聞いて良い子でいるように言われたことを思い出す。

 そして、自分が姉とはどちらなのかを聞いたことを。

 

――どちらも。

 

 ハイターはそう言った。

 常に選択が目の前にあった。だから、決定までに時間を要する。

 対するシュタルクは想い貫くような光の槍。

 ただ純粋にたった一つの答えを追い求めつづければいい。

 言ってみれば、男は単純で女はそうではないということでもあるのだが、しかし、その単純さが今は羨ましく思えた。

 

「なあ、フェルン。おまえはどうなんだ?」

 

「私は……」

 

()()迷っただろ。だから、姉ちゃんも逢いにこないんだ。逢いにきたら、フェルンが選ばなきゃいけなくなるから。姉ちゃん優しいから、そうならないようにしてやってんだよ!」

 

「私が理由だったんですね……」

 

 今度とぼとぼと歩いていくのはフェルンの番だった。

 かける言葉が見つからず、シュタルクは呆然と見送った。

 

「言い過ぎちまったかな……」

 

 

 

――ピ。

 

 

 

 とつぜん、シュタルクに通信が入る。

 アナリザンドからのものだ。姿は見えず文字だけが表示されている。

 

『MISSION フェルンちゃんと仲直りせよ。できなかったら三か月間、私とお話し禁止』

 

「だぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 シュタルクは駆けだして、フェルンの後を追った。

 

 

 

 

 

「フェルン!」

 

 ただ無為に歩いていたフェルンを、シュタルクは呼び止めた。

 フェルンは一瞬振り返り、また前を向いて力なく歩き出す。

 よっぽど先ほどの言葉が効いたのだろう。

 

「あのさ……さっきは悪かった」

 

「なにが悪いのでしょうか。シュタルク様は何か悪い言葉をおっしゃいましたか?」

 

「いや、その言い過ぎたっつーか」

 

「悪かったのは私です。私が悪い子だったんです。それに気づかせていただきましてありがとうございました。それでは失礼いたします」

 

 丁寧に一礼し、すたすたと去っていくフェルン。

 

「お、おい待ってくれって。なあ、そういやこの街に二年もいることになりそうだって話だよな」

 

「それがどうかしましたか?」

 

「作戦会議しようぜ。あっちにうまいパフェ食える店があるんだ」

 

 じとー。

 

「なんだよ……」

 

「わかりました。確かに私もそのことはどうにかしなければならないと思っておりました」

 

 軟化したフェルンに、ほっとするシュタルク。

 向かう店は、アイゼンに小さい頃連れて行ってもらった場所。

 うら寂れた隠れ家といったふぜいの酒場だった。

 もう十年くらいは行っていない。

 シュタルクは、期待を胸に足を向ける。

 きっと懐かしい味が待っている。

 

 

 

 

 

 だが、その期待は裏切られることになる。

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませー!」

 

 メイドさんだった。寂れてなんかいなかった。むしろ大盛況である。人の列が長蛇をつくり、外のほうまで続いている。メイドさんのひとりが看板を掲げ、最後尾はここだと主張している。

 

「なんじゃこりゃぁぁ!」シュタルクは絶叫した。

 

「ママー。うんこぱふぇたのしみー」「そ、そうね。ホットチョコレートパフェたのしみね」

 

 五歳くらいの幼女と母親がそんな会話をしていた。

 

 フェルンはすぐさまネットに繋ぎ検索する。最近できたXとかいうアナリザンドがなんの気まぐれか、幸せの青い鳥を殺してできた短文の呟きを発信するSNSで、それは見つかった。

 

「バズってます……」

 

 写真機能を使って、いまホットなパフェが食べられると謡っている。

 どうやら新たなメニューが開発されたらしい。

 

『あつあつw』

『もわっとしているのが、もうほんとクソ……いや失礼、草』

『とぐろを巻いてて、とてもボリューミーだよ』

『アナ様が気になるーとか呟いてて、オレも気になっちまったよ』

『アナ様うんこ大好きだからね。しかたないね』

『こんなん犯罪クラスの形状』

『味は? 味をみせてちょうだい!』

『うん、この味は、おいしい』

『悪意ある文章を載せるな』

『味は普通においしいよ』

『うしなわれた肛門期を思い出す味』

 

 

 

「シュタルク様。まさか私にコレを食べさせようと……」

 

 フェルンがジトっと疑いの目で見た。

 

「ち、ちげーって。こんなパフェ昔はなかったんだよ」

 

「確かにバズってるのは最近のようでございますね」

 

「うん……しかし、これだと中に入るまでに時間かかりそうだな」

 

 最後尾看板を持ったメイドのひとりが、こちらに気づいて近づいてくる。

 

「あ、カップルですかー。斧をかついだ赤髪の少年と紫髪の美少女……もしかして、シュタルクさんですか? 戦士アイゼンのお弟子さんだという」

 

「え? ああ、そうだけど」

 

「やっぱり! 本当に来たんだ。店長のところにご案内してー!」

 

「あいよー」

 

 そんな感じでちっこいメイドさんに連れられて、中に入れることになった。

 列を飛ばす間にみんなからガン見されてて、少しいたたまれない。

 

「おい。どういうことなんだ?」

 

「お席予約されてますよー」

 

 ちっこいメイドさんに言われて、ますます疑問顔になった。

 ありうるとすれば、アイゼンと知り合いの店主が気を利かせてくれたことだが、しかし、シュタルクたちがこちらに着くことは言ってない。

 

 店の中も外と同じく人でごったがえしており満席だ。パフェがメイン商品なので、いまは女の子が多いようだが、カップルもちらほらといる。わりと遠方から来たのか、狩猟民族の恰好をした女の子や、ローブ姿の小さな女の子や、冒険者の恰好をした少女のグループなどが視界に入った。

 

『うんこ味のパフェと、パフェ味のうんこだったらどっちを選ぶ?』

『哲学的な問いを言わないでくれ』

『うんこのパフェおいしー。はるばる来たかいがあったよ』

『うひゃ。超ウケるんだけどー』

『モワッてるw モワってるw』

『あ、きたきた』

『この発想はなかったわ』

 

 案内されたのは、バーのカウンター。店主の目の前だった。おとなしく飲むにはいい席だと言えるが、これだけ混雑している状況だと落ち着かない。

 

 シュタルクは店主に声をかけた。

 

「マスター、宗旨替えかぁ? メチャメチャ流行ってるじゃん」

 

「坊主、世の中な。金なんだ」

 

「趣味で酒場やってたようなヤツがよく言うぜ」

 

「ちっこかった坊主が、ガールフレンドを連れてくるとはな。オレも年をとるわけだ。いつものヤツでいいか」

 

「ああ、頼むぜ」

 

 フェルンは少し身構える。大バズりしまくっている一度食べたら忘れられそうにない、夢にでてきそうなパフェの類似品が出てくるではないかと思ったからである。

 

 だが、出されたのはイチゴの乗ったかわいらしい普通のパフェだった。

 

「懐かしいなぁ。ジャンボベリースペシャル。でもこんな小さかったっけな?」

 

「そいつぁ、坊主が大人になっちまったからだぜ」

 

「どう見てもシュリンクだよな……」

 

「勘のいいガキは嫌いだよ」

 

「これで料金同じなんだろ。詐欺だぜ」

 

「いいから黙って食え。今回は支払い済みだ」

 

 マスターはコップを拭きながら冷静な態度を崩さない。

 

「マスター」フェルンは同じくスプーンを手に取り言った。「このパフェはアナリザンド様が」

 

「おっと、そいつは言わない約束だ。嬢ちゃん」

 

「そうなんですか」

 

 スプーンでパフェの横面をつっつく。

 なめらかなアイスは光を浴びてキラキラと光っているようだ。

 

「スポンサーのご意向だからな。オレも逆らえんのよ。すまんな」

 

「いえ。ありがとうございます」

 

 パフェをひとすくいして口の中にいれる。

 この()()の意図はなんだろうか。

 お疲れさま? がんばってるね?

 それとも、うぬぼれでなければ、逢いに行けずにごめんね?

 あるいは単純に、大好き?

 パフェは切り崩す側面で味が異なる。

 複雑で複層的で、どの味が本体なのかわからない。

 いや、どの味も本体なのだ。

 

 ただ、このパフェはシュタルクが好きな味でもある。

 仲良くしろということなのだろうか。

 

 それとも――、シュタルクの()()()に過ぎないのだろうか。

 ブルーベリーを食べてみると、思ったよりすっぱくて、フェルンは顔をしかめた。

 

 横にいるシュタルクを見てみると、なにも考えずにすごい勢いで食べているように見える。すっぱかったブルーベリーも、甘すぎたイチゴも、アイスもかまいなく。姉を慕い、姉に感謝しながら、子犬のように尻尾をふりながら、パフェにがっついている。

 

 やっぱり、男の子って単純なのだろうか。

 フリーレンの薫陶をうけているフェルンは、物事を認識する際に観測と懐疑を間に挟む。

 それが悪いことではないのは知っている。

 アナリザンドも、脳という器官を経由する以上は、すべては妄想と言っていたのだし。

 ふたりの姉の言葉はその点においては珍しく一致しているのだ。

 

――私は、本当にこのパフェをおいしいと感じているのだろうか。

 

 確かに身体は喜んでいる。舌は嬉しがっている。脳は快であると回答している。

 けれど、こころは? 魂は? 私は?

 

「うめえな。フェルン」

 

「馬鹿なんですか。シュタルク様は」

 

「なんでだよおおぉぉ」

 

 やっぱり男って単純だ。

 自分の妄想を疑わない。

 むうん! フェルンは悪鬼のごとき勢いで、パフェを削った。

 

「これ食べたら、商業ギルドに行ってみようぜ。もしかしたら商人の護衛にまぎれながら北上できるかもしれないし。同行させてもらえるかもしれない」

 

 あらかた食べ終わったところで、シュタルクが提案した。

 確かにできることはそれくらいだろう。

 

「そうですね。ただネットで調べた限りだと、商人の往来も完全にシャットアウトされているようです。直接話してみれば違うかもしれませんが、おそらく無駄でしょう」

 

「じゃあ、闇市や盗賊ギルドに当たってみるのはどうだ?」

 

「そのほうが可能性はあるかもしれません。けれどさすがに危なくないですか」

 

「俺ってけっこう強そうに見えるし、ハッタリもうまいんだぜ」

 

「……」

 

「なんだよ」

 

「いえ、シュタルク様がとても協力的だと思いまして」

 

「オレだって焦ってるんだ。師匠に思い出話を持って帰らなきゃならねーからな」

 

「アナリザンド様にそう言われたからとかじゃありませんよね」

 

「んなわけねーよ……」

 

 フェルンと仲直りしろと言われたのは本当であるが。

 

「姉ちゃんはすげえ優しいし、オレと師匠が喧嘩したとき、オレには謝るように言ったんだ。でも、師匠はオレに出ていけと言って――、それでオレは出ていった。そのときは怖くて悔しくて、ただがむしゃらに外に飛び出しただけなんだけど、よく考えたら……、あのとき、オレは姉ちゃんの言葉に初めて逆らったんだよな」

 

「シュタルク様も迷ってらっしゃったんですね」

 

 養育者の方針違いはよくあることらしい。

 

「そういうなよ。言っとくが姉ちゃんと師匠は仲いいんだぜ」

 

「知っております」

 

「そのときは師匠に殺されるとか思ってたけど、今になってあのときは師匠がケツを叩いてくれたんだって思うようになった。だから師匠に恩返しがしたいんだ」

 

「恩返しですか」

 

 フェルンは思い出す。

 魔法を学びはじめた初めの動機を。

 一人前になって、ハイターに恩返ししたい。

 同じだった。

 

「師匠はもう旅ができるような身体じゃない。だからオレが通信機器(アンテナ)になって、オレもくだらなくて楽しい旅ができたぜって教えてやりたいんだよ」

 

「では、早く出発しなければなりませんね」

 

「ああ……」

 

 会計は既に済んでいるので、ふたりは同時に立ち上がった。

 店の中の喧噪はあいかわらずで、ふたりはノイズの間をすりぬける。

 

「アイゼンの旦那にはよろしく伝えておいてくれ」

 

 マスターが会計をしながら言った。

 ちょうど、ローブ姿の小さな女の子が、電子決済をしている。

 シュタルクは頷き、フェルンは一礼した。

 再び前を向き、歩き出す。外へ。

 

 

 

 

 

――あれ?

 

 

 

 

 

 と、フェルンは思った。

 黒いローブをまぶかにかぶった姿は、体貌を覆い隠している。

 でも、どこかで見たような。

 

 ふたりは外を歩んでいる。

 酒場は後方に過ぎ去り、ローブ姿の女の子が出てくるところを捉えた。

 黒いローブをまぶかに被り、体つきはおろか顔さえ見えない。

 

 それどころか、魔力そのものが見えない。どんな人間でも魔力というものは存在する。隠匿をしたとしてもまったく無いということはない。

 

 あれだけ大人数であれば、まぎれてわからなかったが、ひとりだけなら逆に違和を生じさせる。

 

 それになにより――。

 

 なんで、女の子だって思ったんだろう。

 

 フェルンは気づくと駆けだしていた。

 

「お、おい。急にどうしたんだよ」

 

「もしかして」

 

 いやそれは確信に近かった。

 アナリザンドが逢いにきてくれたのではないか。

 どうにかして、魔力を完全に欺瞞する方法を覚え、フリーレンに見つかっても殺されないように近くで見守ってくれたのではないか。

 都合のいい妄想だとわかっている。けれど、そう思わずにはいられない。

 

 ローブ姿の彼女は角を曲がる。

 すると――、ちょうど、そこで見知った姿が見えた。

 魔法の本で顔を隠すようにして、こそこそと物陰を移動している白い姿。

 

――フリーレンだ。

 

 誰かから逃げているのだろうか。

 フリーレンと、ローブ姿の彼女は、あっさりとすれ違う。

 フリーレンが気づかなかったのは、焦っていたというのもあるし、彼女自身の膨大な魔力が、とるにたらないほど微細な魔力の違いに気づかなかったということも大きいだろう。フリーレンにとって、多くの人間は風景に過ぎない。

 

 そうしてふたりは邂逅することなくすれちがい、フリーレンはこちらに、彼女は向こう側に行ってしまう。フェルンは一瞬、立ち止まった。また、選択の時が訪れた。

 

「あ、フェルン――」

 

 フリーレンの声が近くに聞こえる。向こう側ではアナリザンドが呼んでいる。

 フェルンは迷いを振り切るように前に進んだ。

 

「申し訳ございません。フリーレン様。シュタルク様とお話ししておいてください」

 

「え? え??」

 

 フリーレンが困惑しているが、いまは前へ。

 

 逢わなければ、その一心で進んだ。

 

 

 

 

 

 彼女は待っていた。

 行き止まりの場所で、昏い物陰に潜むようにして。

 黒いローブが背景と同化し、ほとんど見えない。

 けれど、待っていたのだ。

 

「……アナリザンド様ですよね」

 

「見つかっちゃった」

 

 フードを脱ぐと見知った顔。そしてリアルでは初めての顔。

 ウインドウを通したときよりもずっと小さく。

 そして――、見下ろせるくらいの背丈。

 

「アナリザンド様!」

 

 フェルンはアナリザンドに光の速さで飛びついた。

 

「ゾルトラークよりずっと早い!」

 

 ギュっと抱きしめる。

 彼女の存在を全身で感じる。

 

「ちょっとだけ、あばらの骨折れそうなんだけど。弱めて弱めて……」

 

「お逢いしたかったです!」

 

 ずっとずっとそうしたかったのだ。

 

 フェルンはアナリザンドの顔がよく見えるように、頬に手をそえて――。

 ふにっとしたそのほっぺたを伸ばしてみた。

 よく伸びるお餅のようなほっぺただ。

 

「ふ、ふにーん。どうしたのフェルンちゃん」

 

「初めにお逢いしたときから、ずっと柔らかそうだと思ってたんです」

 

「そう、確かめた結果はどうだった?」

 

「想像以上でした」

 

「よかったね」

 

「はい、よかったです」

 

 フェルンは満面の笑みを浮かべた。それから、アナリザンドの身体をぺたぺたと触り、後頭部あたりに鼻をおしつけ匂いをかぐ。アナ吸いした。

 

「フェルンちゃん抑えて抑えて……」

 

「アナリザンド様が、お逢いしにきてくれてうれしいのです」

 

「うんうん。わかったから。ちょっと落ち着こう」

 

「わかりました……」

 

 フェルンは一度離れた。

 でも手は離さない。土に汚れるのも厭わず、膝をつき魔族の少女にすがりついている。

 

「ええと――」

 

 いろいろと聞きたいことはあった。

 しかし、いざ目の前にいるとなると、言葉が出てこない。

 

「なぜ?」とフェルン。

 

「ん?」

 

「なぜ、お逢いしにきてくださったのでしょうか」

 

「ああ……、いろいろと理由はあるんだけどね。この外套――よくできてるでしょう。自慢したくてきちゃったの」

 

「魔力でできているのですね。常時防御魔法を張っているようなものですから、消費も激しいのではないですか?」

 

「それがそうでもないんだよね。この隠蔽魔法は自分の魔力のカタチを対象から無害に見えるように加工しているだけだからね」

 

「魔力のカタチを変える、ですか」

 

「うん。もう少ししたら発表されるよ」

 

「どこからでしょう?」

 

「大陸魔法協会のページ。一級魔法使いの誰かさんから」

 

「所属していらっしゃるのですか?」

 

「いいえ」

 

 アナリザンドは言った。顧問なので所属しているわけではないのだ。

 ただ、アドバイスを言ったら勝手に創ってくれただけなのだ。

 

「私にこの場で覚えろということでしょうか?」

 

「そう。フェルンちゃんは隠蔽が得意だからね。すぐに覚えられるよ」

 

「確かに昔から私は魔力隠蔽が得意だと言われてきました」

 

「フリーレンにね。ほら、真実を隠蔽しようとした。うまいねフェルンちゃん」

 

「んーぅぅぅ」

 

「かわいいね。フェルンちゃん。フグみたい。ってほっぺた伸ばさないで!」

 

 

 

 

 

 三十分ほどのレクチャーで、フェルンは隠蔽魔法の一端を学んだ。

 べつに外套のカタチでなくてもよいのだ。

 魔力そのものをできるだけ欺瞞し散らす構造にすればいいらしい。

 

「あ、でもね。フードだけは創って」

 

「なぜでしょう」

 

「もう少ししたら、フリーレンが関所の扉を開くよ。そのとき、英雄の門出に人が集まるから衆目にさらされちゃう。女の子なんだからね。きちんと自分の身は守らないとダメだよ」

 

 そう、フリーレンはまぎれもない英雄のひとり、勇者一行の構成員なのだ。

 この町の偉い人がそのことを覚えていれば、北側へ向かう旅の扉は開かれる。

 そして、大勢の人に祝福されながら、次の旅路へと向かうことになる。

 

 この世界は、ネットの世界と重なりつつある。

 みんなのまなざしをフェルンはうけることになる。

 

 それが嫌だった。

 わたしは、フェルンちゃんを隠蔽したかったのだ。

 

 それが理由。それが犯行動機です。

 

「シュタルク様はよろしいのですか?」

 

「男の子はべつにいいよ。それくらい。みんなからなんか言われても、わたしがヨチヨチすればすぐに元気になるんだからね」

 

 さりげに雑だった。

 

 

 

 

 

 フェルンがフリーレンたちと合流すると、衛兵隊長がひざまずき謝罪をしているところだった。英雄のひとりを侮辱したことを謝罪し、アナリザンドが言った通り、大勢の人間に見守られながら旅立つことになった。

 

『あれがフリーレンか。エルフって美人だよな』

『じゃあ、隣のフードをかぶった女の子がフェルンちゃん?』

『魔族少女に寵愛される少女。神秘のヴェールに包まれてる』

『隣をとぼとぼ歩いている男の子かわいい』

『ハーレムなんだけど、ありゃ絶対、尻にしかれてるぜ』

 

 パシャ。パシャ。

 と無遠慮に、マズルフラッシュのように撮影される。

 

 フェルンはフードをまぶかに被りながら、ほんの数時間前のことを思い出す。

 フリーレンにもその技術を伝えてみたのだ。そして、パレードの際に使ってみてはどうかと提案してはみた。結果はダメだった。

 

 フリーレンは永遠を信じない。

 というより、事実、彼女の千年はそうだったのだろう。

 

「フェルン、人の記憶なんて百年もすれば変わるよ。ネットだって千年もすれば跡形も残っていないだろう。だから、そんな魔族の魔法でわざわざ取り繕う必要なんてないんだ」

 

 後日、超美人エルフフリーレンのスレが立ち上がり、その中で勇者ヒンメルはあれだけ美人なエルフを口説きもしないインポ野郎呼ばわりされていた。

 

 いくつかの過激なコメントは削除されたが、それでもすべてを封殺することはできない。

 

 アナリザンドは特に干渉はしていない。英雄や伝説を卑俗的なものに引きずり下ろしたいというのは大衆にとっては、ごくあたりまえの欲望なのである。彼等は権力者なのだから。

 

 フェルンは事実を隠蔽した。

 フリーレンには伝えなかった。

 

 魔族の和議に守られながら、彼女は雑踏にまぎれてゆく。

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