魔族少女のエロタナティブ   作:アナリザンド

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びーえる

 

 

 

 星が見えない夜だった。

 暗闇の中をひとり進む者がいる。フェルンである。

 シュタルクやフリーレンから十分に距離をとるために駆けている。

 森を抜けたところに、切り立った崖があり、そこで彼女は小窓を開いた。

 

「アナリザンド様! 起きてください!」ほとんど絶叫に近い声。

 

『なぁにぃ。もう寝てたんだけど』

 

「大変なことになっています。どうにかしないと……」

 

 フェルンの顔は切迫していた。

 まるで魂の危機とでも言いたげな表情だ。

 アナリザンドは、ふぅわとあくびをしながら、少しずつ頭を回転させていく。

 

『なにかあったの?』

 

「ヒンメル様とハイター様が辱められております」

 

『んぅ……』

 

「ここです」

 

 提示されたURLを踏んでみると、誰かのブログで、そこでは小説が書かれているようだ。

 内容まではすぐには把握できないが、よくある英雄譚の一種であり――。

 

 いや……これはまさか。ついに生まれたのか?

 

 アナリザンドは驚くべきスピードで、文章を解析していく。

 実をいうと、アナリザンドは複数人いるので、文章の解析くらいはお手の物だ。

 

 そうでなければ、宇宙のようにすさまじいスピードで広がりつつあるインターネットという世界を、言葉を、一瞬で認知し、時にアクセスを禁止したり、時に意見したり、そういうことはできないからである。

 

 ただし、ソレ自身は先生たちに()()()()()()()()()()()()()()()()クソ雑魚魔族と判断されるレベルであるからして、今回は情動を寄せるために、ピンポイントでそれらしいと判断されたところを読んでいく。

 

 ヒンメルが旅の途中で魔族に攻撃を受け、怪我をする。

 はだける胸元。ハイターは優しく手を触れ、ヒンメルは顔を紅くする。

 

「ハイター……、僕は……」

 

「いまは委ねてください」

 

 ハイターの僧侶にしては武骨な手が、ヒンメルの肌をなめていく。

 

 うんぬん。

 

 あー。

 

 BL小説きちゃーぁ!

 

 おそらく、その萌芽はこの前、フリーレンが美人だというスレッドが立ったことに起因するのかもしれない。あれだけの美人エルフを口説きもしなかったヒンメルはいったいどういう人物なのか。インポなのか。それともそうでなければ同性愛者なのか、という発想だ。検算的な発想で辿り着こうとするのは、何もおかしなことではない。

 

 今ここにいて、いつかどこかを夢想できるのが人間の特性であるから、本当は仮想人物でもよいのだろう。ただ、二次創作をおこなうのは、キャラクター設定にフックをかける場所があるから楽なのだ。

 

 この世界もあの世界も、この点についてはあまり変わっていない。英雄というフリー素材を好き勝手に使うのは、想像の世界においては全然アリだ。信長は美少女になってもいいし、キリストは魚をナイフみたいに投げつけてゾンビを殺しまくってもいいのである。

 もっとも、ナマモノはお勧めしない。それで傷つく人がいるかもしれないから。いや、キリストが仏陀とファックしてたらさすがにダメじゃね、とかは思うけども。

 

 解釈違いは戦争の原因になる。戦争とはファルスどうしのせめぎあいである。

 わたしはゼンゼ式平和主義を採用しているので、できるならそれは避けたい。

 

 ただ……、これだけ言葉が溢れている世界だ。

 みな互いに互いを洗脳しあってる世界ともいえる。

 平和主義を採用したところで、必ずどこかで紛争は起こっている。

 

――無為じゃないか。

 

 と思わなくもない。要するに他人がどう思うかは他人の勝手で、なるようにしかならない。

 その意味では体貌をさらしたフリーレンに、わたしはわりと共感している。

 

 フリーレンはヒンメルがびーえるしてたら怒るだろうか?

 もし怒るのなら、彼女は冷たい観測機械ではなく永遠を信じたい乙女なのだ。

 

「いかがでしょうか。アナリザンド様にとってもハイター様は大切な人でしょう?」

 

『でもね。英雄譚は書かれるものだよ。コーパスはコーパス、つまり言葉は死体だから、生者によって解釈される。偉人の物語は時代の流れによって変節していく。しかたないことじゃない?』

 

「ハイター様は聖職者ですよ。解釈違いもはなはだしいじゃないですか」

 

『フェルンちゃんは嫌だったってこと?』

 

「そうです……」

 

 素直でかわいい。

 

『じゃあ、フェルンちゃんが死ぬまで書かせない、語らせないってことがやりたいこと? それとも、フェルンちゃんのお眼鏡にかなった清く正しい物語だけ遺したいの?』

 

「それは……」

 

『何度も言うけど、英雄は死人で言葉は死体なんだよ。死体なのだから、要するにそれはウンコなんだ。フェルンちゃんが今しようとしていることは、キレイなウンコとキタナいウンコをわけようとしているってこと。自分のウンコだけがキレイなんだから、他のウンコは穢れたものとして抹消するってことなんだよ。それでいいの?』

 

「実際に家族だったじゃないですか。アナリザンド様にとってもそうでしょう? 確かにハイター様は私の中で解釈されて劣化してウンコになるのかもしれません。ですが、私の中のハイター様が他の方のハイター様よりまちがってるとは思いません」

 

 フェルンは決然とした眼差しを向けていた。

 アナリザンドも姉を自称する以上は、その想いに共振してくれてもいいはずだ。

 そう思っているのだろう。事実、わたしは『否定』はしていない。いいえとは言ってない。

 だが、肯定しているわけでもない。

 

『まあ、言いたいことはわかるんだけど、だったらフェルンちゃんがハイター伝でも書けばいいんじゃない? 育ての娘が書いたものなら、正統性のある物語として語り継がれる可能性は高いよ』

 

「そうではありません! いま目の前にあるこの異端の書をなんとかしなければと申しあげているんです。即刻、排除しなければまちがった解釈が流布されてしまいます。いや、いまこの瞬間にも流布されつづけているんですよ」

 

『焚書したがり娘になってしまった』

 

「なにか問題でもございますか?」

 

『いや、まあ……他ならぬ妹が言うことなんで、わたしも否定はしないよ。でも、例えばこの小説を消したところで、次々と同じような作品は生まれてくるんじゃないかな』

 

「そのたびにしらみつぶしにしてください」

 

『わたしを権力装置にしないでほしいんだけど』

 

 そう――これはまぎれもない()()だ。いまのところ物理的にネットワークを遮断できるのはわたしだけなのだから。

 

『ハイターならどうしたかな? 女神教は寛容を旨とする。笑って赦したんじゃないかと思うよ』

 

「いいえ。ハイター様だって嘆いたはずです」

 

『そんなことハイターは言わない、か。穢れとともにハイターを排除しているね』

 

「女神教では同性愛も否定されています」

 

『聖典の言葉を都合よく参照しているね。人間は同性愛と隣人愛を区別できない。アガペーと性愛を区別できない。あなたのなかのハイターはすべてあなたの妄想に過ぎない』

 

「アナリザンド()()()。お願いです。私に力をお貸しください」

 

 ごほぅ。(吐血)

 アナリザンドにクリティカルダメージ。

 フェルンちゃん、なんて恐ろしい子。

 偏在するわたしに、致命傷を与えるなんて。

 いくつかのわたしに連絡がつかなくなったぞ。

 

『し、しかたないなぁ……。でも、無料でやるんだと、フェルンちゃんが得してばっかりだから、交換させてくれると嬉しいな』

 

「なにをでしょうか。私で捧げられるものでしたら、なんでもさしあげますが」

 

『そんな言葉、軽々しくつかっちゃダメだよ』

 

「? わかりました」

 

 わかってないわ、この子。

 まあいい。

 

『聖歌をうたってよ』

 

「聖歌ですか?」

 

『うん。フェルンちゃんの澄んだ声で聞かせてほしいな。わたしはそれを配信で宣伝し、音声データとして売るよ。みんなにフェルンちゃんの歌を聞かせることになる。どんな解釈をされるかはわからない。金の亡者と思われるかもね? それでもいいなら、作者さんに交渉してあげる』

 

「すぐに消してはいただけないのですね」

 

『他者の想いを殺そうとするんだよ。自分も少しは殺されないと不公平でしょう。その覚悟がないなら、最初から何もしないほうがいいよ。どうする?』

 

 わたしも残酷な論法をつかっているものだと自覚する。

 聖職者の子に聖歌を――信仰を売れだなんて。

 でも、わたしも大切な妹を売ることになるんだ。できればやりたくない。

 そのギリギリのせめぎあいを感じてほしい。平和的解決を。

 

「結果がかんばしくなかった場合はどうなるのですか?」

 

『フェルンちゃん。この契約は請負じゃなくて委任だよ。出来高では報酬は決まらない』

 

「……わかりました」

 

 かくして、フェルンちゃんは魔族に魂を売っちゃいました。あ~あ。

 

 

 

 

 

 レンゲは本好きの箱入りお嬢様である。

 いくつもの物語をたいらげ、貪欲にその小さな脳みそに吸収していっている。

 魔法を覚えたのも、魔法が物語の一種だと考えたからだ。

 圧縮された人生こそが魔法なのではないかと思う。

 それで、今日も夜遅くまでレンゲは本を読んでいた。

 

 月明りとランプの力を借りて、目が悪くなろうが関係ない。

 その場所に、そのときに、レンゲはいない。

 思考は遊離し、物語の世界に入りこむ。

 その自由な遊泳が好きだった。

 

『こんマゾ。いまいいかな?』

 

 突然、小窓から通信が入り、レンゲの意識は再び現世に戻ってきた。

 ちょっぴり不快げな表情。邪魔をされたという意識が強い。

 

 だが、レンゲには少しだけ目の前の魔族に対する恩義を感じてもいる。

 自由のスペース。その一端を借り受けたという恩義だ。

 

 彼女こそハイター×ヒンメルのBL小説作家である。

 ヒンメル×ハイターではないことにご注意を。

 

「なに?」

 

『はじめましてだね。アナリザンドだよ。アナちゃんって呼んでもいいよ』

 

「こんマゾ」

 

『あは。人間から配信以外でこんマゾされたのって初めてかも。お名前を教えてもらえる?』

 

「レンゲ」

 

『レンゲちゃんって言うんだ。かわいいね』

 

「知らん」

 

『そう。知らないんだ。レンゲちゃんはフェルンちゃんが小さかったころを思い出すな』

 

「なに?」レンゲはジト目になった。早く本の世界に戻りたいらしい。

 

『なんでレンゲちゃんに逢いにきたか知りたいんだね。うん、ごめんねこんな夜遅く。眠たいんだったら日をあらためようか』

 

「いい」

 

『ありがとう。じゃあ手早くお話するね。あのさ。レンゲちゃんBL小説書いたでしょ』

 

「びーえる?」

 

『うん。ボーイズラブ。つまり年若い男の子どうしが恋愛関係になる小説のこと』

 

「書いた」

 

『うん。それでね。そのBL小説に対してクレームがきているんだよ』

 

「フェルン」

 

 たった一言。

 だが、レンゲはアナリザンドとフェルンの関係を知っており、その関係性から語りかけてきたのを、一瞬で見抜いたのだ。

 

 まだ小学生くらいに見えるのに、すさまじい計算能力である。いや知識というべきか。

 

『……鋭いね。わたしの配信も見てるとか?』

 

「見てる。わりと好き。ごんぎつねの朗読がよかった」

 

 ヤバい。絆されちゃう。

 この子、かわいいんですけど。

 

『ありがとう。それでね。例えばヒンメルやハイターといった実在する名前じゃなくて、他の名前を代入してもらうことってできるかな? ヘルとフラウとかなんでもいいんだけど』

 

「いや」

 

『そっか。いやなんだ。なんで?』

 

「現実感」

 

『リアリティがあるってことだね。レンゲちゃんのなかでは、ハイターやヒンメルが生き生きしてるってことかな。でも、亡くなって間もない英雄は、なんていうのかな。歴史資料みたいな側面があるからね。半ナマ状態なんだよ。乾きかけのウンコはキタナイでしょう?』

 

「れきししりょうんこ、かんそうんこ、ありがとうんこ」

 

 ああ。

 この子の言葉はすべて正しい。

 わたしの体性感覚にほとんど近い。

 

 要するに、すべての書かれたものはウンコであり、それに対して評価がなされ、それもまたウンコであり、それに対して感謝を述べるその言葉もまたウンコであるといってるのだ。

 

 言葉は思考の代理表象物たる死体であるから、それはそのとおりとしか言えない。

 

 すべての言葉はウンコである。

 英雄の言葉も、匿名の言葉も、死者の言葉も生者の言葉もそれは変わらない。

 言葉はその人そのものではないのだから。

 

『でも、影響力が大きいんだよ。例えば、アイゼンみたいに生きてる人の英雄譚を書くときに、空想の要素を多く取り入れすぎると、現実にいる人が風評被害を受ける可能性もあるでしょう?』

 

 なんで魔族が人間に対して諭しているのだろう。

 やはり、わたしも英雄に少しは執着しているのだろうか。

 

「ン~」

 

 いきんだような顔になるレンゲちゃん。なんだこのかわいい生物。

 

「フィクションってつけてる」

 

『偉いね。レンゲちゃん。ちゃんとこの作品はフィクションだから現実とは違うよってつけてるんだ。勘違いしちゃったら読者さんのほうが悪いよね』

 

「そう」

 

『でもやっぱり、本人が見ちゃう可能性もあるよね? あるいは本人の家族さんが見かけたら気分を害しちゃうかもしれない。どう思う?』

 

「その人が見なければいいと思う」

 

『でも、公の場に出しちゃったら、その人も見かけちゃうかもしれないし、誰かほかの人から見たよって言われちゃうかもしれないよ』

 

「んぅ……、いつから乾いたウンコになるの?」

 

 この子は、実害が発生しなくなる時期を問うている。

 

 だが、それはスペクトラム。子が子へ、誰かが誰かへ物語を継いでいくとするならば、異端の物語はずっと異端である。ただの多数決があり、穢れと認識されるウンコは排斥され、口当たりのいいウンコだけが生き残る。

 

 ただ、理論上は切り分けられないグラデーションであるが、一応の現実的な妥協点はあるだろう。

 

『生きた人間を書くのはダメ。ひとりで読む分にはいいよ。死んで間もない人間の場合は、五十年くらい経ってたら、まあ大丈夫かな』

 

「……やだ」

 

『どうして嫌なの?』

 

「あたしが死んじゃう」

 

『BL小説を書かないと、レンゲちゃんが死んじゃうの?』

 

 コクリとうなずくレンゲ。

 

『どうして?』

 

「どうしてだろう」

 

 しばらく沈黙の時間。

 考えても答えはでないようで、レンゲは机につっぷした。

 

 机の上にはいくつもの難しい学術書や魔法の教科書が置かれてあった。

 レンゲの身長を横にした際に三倍くらいの長さのある机である。

 年の割には、お勉強の本が多いように思う。

 

『親御さんはずいぶん教育熱心みたいだね』

 

「うん」

 

『もしかして、勉強が嫌?』

 

「いや」

 

『お父さんのことが嫌い?』

 

「……べつに」

 

 やはり闇は定義を拒む性質があるように思う。

 闇と光の間を飛ぶ妖精ならなおのことそうだ。

 

――レンゲは少女だった。

 

 仮説でよければ開示しよう。

 あとでフェルンちゃんにも言わなくてはならないから、言語化する意味はあるだろう。

 この子は、父親に幻滅しているのではないか。

 あれをしろこれをしろという抑圧する父を嫌っているのではないか。

 そのために、その反抗として、自らの『少女』という属性を守るために、BLという世界を描いてみせたのではないだろうか。

 

 守ると書いたが、それは猛獣のように攻撃的だ。

 社会化させようとしてくる大人たちに対して、牙をむいて襲いかかってきている。

 まさしく決死戦だ。

 

 お前たちが教育と称する『愛』は、まがい物に過ぎないと主張している。

 父親が娘に向ける『愛』は嘘であると宣言している。

 自分の『愛』のほうが正しいと言っているのだ。

 

 だから、半ナマだったのだろう。仮想でもよかったのかもしれないが、半ナマであれば、より社会に対して反抗している様が明らかになるから。

 

 わたしが強制的に作品を消せば、この子の『愛』を消してしまう。

 つまり、それは『少女』を否定し、ひいてはレンゲちゃんを否定することにつながってしまう。

 

『うーん、この子はどうすれば……』

 

「べつにいいよ消しても。お父さんにはそんなキタナイもの書くなって言われたし」

 

『そっか。じゃあ少しだけ妥協しようか』

 

「妥協?」

 

『非公開小説にしよう。レンゲちゃんが見てもいいよって人にだけ見せるの。どうかな?』

 

 ゲリラ戦を開始しよう。

 

「わかった」

 

 こうして、少女の秘め事は秘された場所でおこなわれるようになった。

 フェルンちゃんに報告したら、溜息をつかれて、半分くらいは不満なようだった。

 レンゲちゃんもおそらく半分くらいは不満なのだろうから、ここはわたし仲裁をがんばったって言いたい。

 

 でも、フェルンちゃんはお姉様呼びを二度としてくれなくなったのでした。ナゼ!?

 

 BL小説については、レンゲの小説を起源として続々と新作が生まれ続けている。ナマモノでなければ放っておいているし、ナマモノは鍵をつけるよう提案した。

 秘め事は秘めてこそBLだと言っておいたら、少女たちは粛々と従ってくれている。ナマモノじゃないBLもいつのまにやら、大部分は鍵のついた部屋の向こう側へと退避してしまった。今のところは光と闇のバランスがとれているみたいだ。

 

 今日も秘密の花園で、魔法の合言葉が交わされる。

 

 かんそうんこ!

 

 ありがとうんこ!




 ありがとうんこ!
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