魔族少女のエロタナティブ   作:アナリザンド

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捨て子花

 

 

 

 ゼンゼはゼーリエの付き人のようなことをしている。

 傍らに佇み、師の言葉を静かに待っている。

 

 いまゼーリエは謁見の間の玉座に座り、シコシコと大陸魔法協会のホームページの奥地、秘境、そのまた先の、謎めくゼーリエルームを改装していた。

 

 階層的にはいちおう大陸魔法協会のページの中にあるものの、それはもはや別種のページである。トーシロがよく知らないうちに足を踏み入れてしまうと、ヤバいと思って、すぐさま帰りたくなるようなそんな混沌とした場所だった。

 

 が、ダメ。戻ろうとするとページが自動で遷移して逃げられない。

 試しに×ボタンを押しても、赤い切れ端のような画面がポップアップする。

 そこには、

 

【あなたは好きですか】

 

 と書かれてある。

 

 消す。また出る。消す。また出る。

 すると、【あなたは/好きですか】と隙間が開いてくる。

 

 もはやポップアップは自動で遷移していき、少しずつ隙間が開いてきている。

 

 そして、何回か遷移を繰り返すと、【あなたはゼーリエの部屋が好きですか】と書かれてあるのを認識する。気づくと、ページが切り替わり、いつのまにやらゼーリエのページに戻っている。そんな次第だ。

 

 タスクキルしなければ逃れることはかなわない。

 ギトギトしい原色の暴力が炸裂する。もはや呪いの領域である。

 

「パステルカラーなどまるで女の子みたいな可愛いページだ。そうは思わないか。ゼンゼ」

 

 ブログのことを言っているのだろう。

 アナリザンドが用意したブログの形式は基本的に目に優しい仕様である。

 背景も花をあしらったものなど、少女を連想させる色合いが多い。

 

 第一の弟子レルネンもあの年で鏡蓮華をあしらったページを採用し、わが師に捧ぐというタイトルで始まるのだから、もう、いろいろと乙女なのである。

 

「……」

 

 ゼンゼは自らの生存戦略を実行した。

 

「またそれか。こいつをどう思う? 沈黙は許さん」

 

 ゼーリエは自分に与えられたスペースをゼンゼに見せた。

 赤。黒。白。緑。黄。不規則な文字列。スパークする言葉。

 言いようによっては性欲魔人に与えられた監獄みたいな場所だった。

 弟子たちが泣いて懇願して押しこめたスペース。

 そのツナギの部分を無理やりこじ開けて、現世に顕現させる。

 ぶっちゃけ地獄である。

 

「すごく目に悪そうです……」と、ゼンゼはできる限り緩和して言った。

 気持ち悪いと言わないだけ温情である。

 

「老眼には少し早いぞ」

 

 舌打ちしてページを消すゼーリエ。

 と、そこで、謁見の間に通じる大きな扉が少しだけ開き、そこからチラ見しているアナリザンドの姿が見えた。

 顔の半分だけが見えている。

 大きな目を見開いて、じっとこちらを観察している。

 隠れ鬼でもしているのだろうか。

 

「なんだ。そんなところでどうした?」

 

「じー」

 

「誘っているのか。言葉くらいしゃべったらどうだ?」

 

 扉をそっとしめて、アナリザンドが近づいてくる。

 ぺたぺた。ぺたぺた。

 その珍妙な姿にゼーリエが気づく。

 上半身はいつもの黒いドレス姿。頭には黒いフード。スカートも履いている。

 しかし、黒ニーソと靴を脱いでいる。裸足だ。あんよがまるだしになっている。

 ブルグがみたら狂喜しそうな姿だが、ゼーリエにそんな趣味はない。

 

「なんだその姿は?」

 

「せんせーと同じかっこうをしたかったの」

 

 どうやら甘えたいフェーズらしい。

 ゼンゼは空気になる。ゼーリエはニヤリと笑った。

 

「おまえはそもそも裸足だろう。靴とは社会的制約の象徴――裸足とは野生だ。魔族の靴は人間を真似て犬猫に服を着せる程度の意味しかない」

 

「うん。そうだけど。ゼーリエ先生のお家では靴を履かなきゃダメだった?」

 

「ダメとは言っていない。魔族の本性に従い好きにすればいい」

 

 ぺたぺた。アナリザンドがゼーリエに近づく。

 ゼンゼのほうもチラ見している。

 

「礼儀知らずでごめんなさい。せんせーといっしょにお散歩いきたかったの」

 

「散歩? 人間の街に私と共に繰り出すつもりか? おもしろい」

 

 ゼーリエは試すように言った。

 べつにそうでもよいと思っているようだ。

 いま、アナリザンドはゼーリエに調伏されているという建前だ。

 しかし、大衆にとってアナリザンドは虚構の存在にすぎず、実際に生身をさらしたことはない。

 ゼーリエに首輪を繋がられて散歩したとして、それがどのような反応を生むかは想像の埒外である。狂乱を生むだろうか。それとも安心を?

 

 ゼンゼはひそかに緊張した。が、どういう結果になろうとゼーリエのせいなので、結局は沈黙を選択した。ゼンゼが観測する限り、アナリザンドは守勢の性格をしている。危機管理能力と主観の総合によってそれなりのバランス感覚があるアナリザンドの回答は混乱を好まない。

 

 ただ、どうしても魔族という劇物が人間社会になじむには膨大な努力と時間を要する。

 いまはそのときではなかった。

 アナリザンドは笑って拒否した。

 

「ううん。こっそり先生とふたりきりで散歩したいの」

 

 ゼーリエの椅子に近づいてひざまずき、そこから見上げるようにするアナリザンド。

 正直あざとい。魔族の平均レベルを軽く凌駕している可愛いの構え。

 ゼンゼは、軽く首を振った。

 なぜ自分から獲物にかかりにいくのか。

 これがわからない。だが、おそらくそうする理由があるのだろう。

 

「わたしと戦闘でもしたいのか? いつでも相手になってやるぞ」

 

「ちがうよ。わたし、先生のこと大好きだから戦わないよ」

 

「おまえはゼンゼのことが大好きだったんじゃないか?」

 

「ゼーリエ先生のことも大好きだよ」

 

「節操無しだな。まあいい。時間はいくらでもある」

 

 ゼーリエが立ち上がる。ゼンゼが王者のローブをかけようとして――、ゼーリエはそれを止めた。

 本当に軽く散策をしてくるだけのようだ。ついてこなくてもいいという意思表示も兼ねているのだろう。文脈を読めるのが人間である。ゼンゼは自ら辞した。

 

「温室のほうなら人もいないだろう。花は好きか?」

 

「うん」

 

「まるで女の子だな」

 

「女の子だよ」

 

 アナリザンドは両の手をゼーリエに突き出した。

 なにかを欲しがるようなポーズだ。

 

「なんだ?」

 

「先生、お手」

 

 恐れ知らずなアナリザンド。

 

「私は犬か」ゼーリエはかすかに笑っている。

 

「でも先生、人間も仲良くなりたいときお手をするよ」

 

「握手というんだ、それは」

 

 なんだろうこれ。

 新手のイチャイチャか。

 ゼンゼはもはや沈黙を貫くしかない。

 

 ゼーリエが手を差し出すと、アナリザンドは両の手で捕獲した。

 それから、ふたりは手をつないで歩き出す。

 完全におばあちゃんと孫だった。

 残されたゼンゼはひとりごちる。

 

「私も年かな……」

 

 このごろ出現したNTRというジャンルが思い浮かんだ。

 果たしてNTRの対象はどちらなのか。魔族か師匠か。

 そんな想念を振り切るように、ゼンゼは髪の毛でシャドーボクシングを開始した。

 シュッ! シュッ!

 この場にレルネンがいなくてよかったと思う。

 

「ああ、なるほど……」

 

 こちらを見ていた理由は、それか!

 

 

 

 

 

 ゼーリエとアナリザンドは連れ立って歩いている。

 わずかにアナリザンドが先行し、引っ張っていこうとしているようだ。

 まるで子どものように。フランメがほんのちいさな小娘だったときのように。

 ただ、そのときとの違いは、管理された綺麗な温室ではなく野性味あふれる自然だったことか。

 ガラス張りのここは、区分けされた場所に、様々な花が咲いている。

 ゼーリエはあいているほうの手で、花にそっと触れた。

 

「昔を思い出す」

 

「昔って?」

 

「ほんの千年ほど前のことだ。私には人間の弟子がいたんだ」

 

「大魔法使いフランメのことだよね。先生のページの一番上にリンクしてある」

 

「あの子がちょうどおまえと同じくらいの背丈だったとき、私の手を引っ張って、こうしていっしょに散歩をしていた。アナリザンド、おまえは魔法が好きか?」

 

「嫌いじゃないよ」

 

「いちばん好きな魔法はなんだ?」

 

「生きるという魔法かな」

 

「そうか。おまえにとっては生とは魔法、奇跡のように思えるのか」

 

「うん。意識があるということが異常(アノマリー)で、意識がないほうが自然なように思えるよ」

 

「私をここに呼び出した理由はなんだ?」

 

「あ」アナリザンドは行って駆けだす。「蒼月草。ここにもあったんだ」

 

 この温室は、区分けされた空間ごと管理されていた。

 それで、いくつも季節ごとに異なる花が乱立することを許されていた。

 

「時間だけはあった。戯れに花を蒐集する程度には、私には永遠に等しい時があったんだ」

 

「先生がいちばん好きなお花はどれ?」

 

 しゃがみこみながら、振り返りアナリザンドが問う。

 

「どれだと思う?」

 

「んー。どれもかな。先生にとってはどれも大切な花だよね」

 

「そうだな……」

 

 どれも大切な弟子だった。

 戯れにとった弟子たちのことを、なぜかゼーリエはひとりひとり鮮明に覚えている。

 無に等しい風景を、愛おしんでいる。

 

 まるで女の子みたいだ。ゼーリエは思った。

 

「先生、わたしも草はやしていい?」

 

「雑草でも生やすつもりか?」

 

「そうするって言ったら、先生は許してくれない?」

 

「いや。許すだろう」

 

 永久に等しい時を生きてきたゼーリエにとっては、風景は移り変わって当然のものだ。自然の摂理なのである。孫や子に等しい弟子たちが、ゼーリエの大切にしてきたものを、あるいは弟子をすら破壊してきたのを見て、へらへらと笑っている。諦念に近い境地。所詮、花は花に過ぎない。

 

「なんで推定するの。自分のことなのに」

 

「私の花畑を荒らす宣言をするやつは、そうはいないからな」

 

「先生、雑草も生きているんだよ。雑草と花をわけているのは人間の都合でしょう」

 

「それはそうだろう。だが、雑草は生命力が強い。他の花々を駆逐してしまう」

 

「そうなんだよね……」アナリザンドはようやく立ち上がった。「先生わたし、人間側の和睦の使者に選ばれちゃった。どうしたらいいと思う?」

 

「……和睦? どこでだ」

 

「グラナト伯爵領」

 

「七崩賢、断頭台のアウラか。そんなところにまで足を伸ばしているとはな。その小さなあんよでハイハイしていくには、ずいぶんと遠い距離じゃないか」

 

「伯爵さまに呼ばれたの」

 

「は。グラナトの坊やもずいぶんと甘いことだな。あそこはネットを表向きは禁止していたはずだ。よりにもよって、どうしておまえを人間側の使者として選ぶ?」

 

「伯爵さまは、魔族を人間のように捉えているから。つまり、情に厚いから。わたし、人間と魔族は違うって言ったのに。ぜんぜん信じてくれないの」

 

「それでおまえ自身はどうしたいと思っているんだ? その力があれば、アウラを滅することくらいたやすいだろう。アウラの魔法は魔力量の多寡によって相手を服従させる。無限の魔力といってもいいおまえなら、適当に騙して終わりだ。人間を騙すより遥かにたやすい」

 

「殺したくないの」

 

「魔族と人間の平和を望んでいるのか。もはや妄想を越えて夢見る赤ん坊だな」

 

「先生、わたしはべつに魔族と人間の戦いをやめさせようとか、そんなだいそれたことは思っていないよ。ただ、わたしが好きになった人には嫌われたくないだけなの」

 

「都合がいい話だ。おまえという存在が――ネットという存在自体が、人間にとっては益にもなれば害にもなるだろう。事実、グラナトの坊やにとっては、ネットは実害でしかなかったのだろう。坊やが折れたのは、人間にしては長い時間戦い続けて疲れたからだ」

 

「疲れマラだったよね。やっぱり」

 

 エルフ顔を真似るアナリザンド。

 グラナト伯爵は無理やり復讐心という言葉で戦意を奮い立たせていたのだ。

 そこを、アナリザンドが、復讐とか言う前に民を抑えつけていたよねと看破してしまった。

 それはネットという、いわば自分のスペースを侵されたことへの小さな意趣返し。

 けれど、それはグラナト伯爵にとっては、戦いの意義を失わせる呪いの言葉でもあった。

 

「魔族が罪悪感を覚えているのか」

 

「まあ……うん。自分の迷いのせいで、グラナト伯爵に悪いこと言っちゃった」

 

「それで今度は、私に命じさせようというのか。ずいぶんな責任転嫁だな。そこらの雑草でさえ自分の生き方くらいは自分で決めている」

 

「うう。先生は人間寄りだから」

 

「魔族を殺せとでも言うと思ったのか。甘えるなよアナリザンド。おまえは人間に恋焦がれているだけのただの一匹の魔族だ。人間になれるわけではない」

 

「せんせー助けて。わたしを好きにしてもいいから。なんでもいうこと聞くから」

 

 フェルンモード発動。びーえるの時の論法である。

 ゼーリエは舌打ちする。

 

「おまえは魔族に襲われたことがあるだろう。セキュリティクリアランスはどうなっているんだ? まさか、おまえという事例があるから、話が通じる魔族がいるとでも思っているのか」

 

「自分がそうだから相手もそうだとは思ってないよ。そんなに綺麗な鏡じゃないし」

 

「近親種だから、話が通じるとでも?」

 

「うん。それはそうかも」

 

「魔族と人間の区別がないというのは私もそうなのだから何も言わない。だが、八方美人は女神と呼ばれてるヤツの流儀だ。私は()()だ。虫唾が走る」

 

「むうううん」

 

 フェルンモード2。膨れるほっぺ。

 

「どうする。私か女神か。どちらか選べ」

 

「そんなの言っちゃダメなのに」

 

「だったら、女神のほうか。選ばないという選択は女神のものだからな」

 

 ゼーリエは突き放すように言った。

 アナリザンドは頭を抱え、うんうん唸る。

 究極の選択である。いままで曖昧で万能な世界を過ごしてきた赤ん坊が、ついに母親と父親を選ぶ時がきたのだ。この場合、どちらがどちらなのかは置いておいて。

 

「……せんせーのが、好き」

 

 ちいさく聞こえないくらいの声で呟く。

 ゼーリエは狂気に染まったような顔になる。

 恐怖を感じるアナリザンド。

 

「そうだ。()()()()くらいは覚えなければな。もうおまえも与えられるばかりの赤ん坊ではないのだから」

 

「でも、先生だってお花のうちどれが一番好きか言わなかったよ」

 

「それは大人の流儀というやつだ」

 

「じゃあ、選択を強要するのは大人の流儀じゃないよ!」

 

「なあ、ゼンゼと私、どっちが好きだ?」

 

「やめて聞きたくなーい!」

 

 アナリザンドは聞かざる状態になった。

 まったくもって子どもじみている。

 でも、そんなゼーリエのことが、わたしは女神様より好きなのである。

 

 

 

 

 

 結局のところ。

 わたしは選びつづけるしかないだろう。

 魔族と人間。誰かと誰か。

 好きと嫌いを切り分けて、誰かを生かし誰かを殺し。

 このエラーを、続けるほかないのだ。

 

「あ、先生。この区画空いてるけど、なにか植える予定あるの?」

 

 温室の端にはまだ何も植えられていない虚空のスペースがあった。

 土だけがただそこに在る。

 

「そこはまだ何も予定をたてていない」

 

「じゃあ、わたしの好きな花を植えていい?」

 

「今度は花なんだな。好きにしろ」

 

「うん」

 

 アナリザンドは『花畑を出す魔法』を唱える。

 識っている花を無から生じさせる、まさしく創世の萌芽。

 

 現れたのは、赤い花。細長い花弁が触手のように空に向かって散っている。

 ゼーリエの記憶にない花だ。

 

「どこに生えている?」

 

「彼岸に」

 

「名は?」

 

「捨て子花」

 

「まるでおまえのようだな。覚えていよう」

 

 ゼーリエはその花をさらりと撫でた。

 

 捨て子花は別名、彼岸花とも呼ばれる。

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