魔族少女のエロタナティブ   作:アナリザンド

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リーニエ

 

 

 

「ねえ、ドラート。正直に答えてほしいんだけど」

 

 従者に与えられた居室の前で、ドラートは呼び止められた。

 一回目の和議が終わり、帰城してすぐのことである。

 

「なんだい。リーニエ」

 

「聞きたいことがあるの」

 

「聞きたいこと? べつにいいけど。外交交渉についてだったらリュグナー様のほうが詳しいんじゃないか」

 

「いいえ。事実確認がしたくて。リュグナー様に聞くほどのことじゃない」

 

「ふうん。オレには聞くレベルなんだね」

 

「リュグナー様は教えてくれなさそうだから。ドラートなら正直に答えてくれると思って」

 

「知ってることなら答えるさ」

 

 くだらない会話を、魔族もすることがある。

 ドラートとリーニエは、いずれもリュグナーの影にいた。

 首切り役人筆頭のリュグナーが不快の視線をよこせば、対象を殺した。

 共に殺す。共殺関係。

 殺意という情動を交換するわけではないが、同じ場所にベットする関係ではある。

 

――従者としてのつながり。

 

 疑似的ながらわずかだが家族の情のようなものは存在する。

 ドラートが快く応じたのもそれが理由だ。

 リーニエはいぶかしむように股間のあたりに視線をやって、それから言葉を発した。

 

「男の人って、お尻の穴以外にもうひとつ穴があったりする?」

 

「は?」脳が理解するのに時間がかかった。「どういう意味かな?」

 

「どういう意味も何も、言葉どおりの意味なんだけど」

 

「ますます意味がわからないな……」

 

「魔族は人間の身体を模している。つまり器官の外形は人間も魔族もそれほど変わらない」

 

「そりゃそうだね。魔族にもいろいろいるから、人間離れしてるやつもいるけどさ」

 

「要するに、魔族の器官がわかれば、人間の器官もだいたいはわかる」

 

「まあ……そうとも言えるだろうね」

 

「だから聞いたんだよ」

 

「?」

 

「男の人にはどうやら女の膣や尻でもない第三の穴がついているらしい……」

 

 深刻そうな顔をしてリーニエは言った。

 同僚の頭がおかしくなったのかと思い、より深刻な顔になったのはドラートのほうだ。

 

「何を勘違いしているか知らないけど、男の身体には第三の穴なんてものはついてないよ」

 

「ついてないのか……。言わば、幻想の穴……なんて天才的発想だ。恐ろしい。あああああ!」

 

 リーニエはなにかよくわからないが衝撃を受けたようだった。

 全身をかき抱くようにして震えている。

 

「もしかして、ネットで得た知識かな?」

 

「知識じゃない」

 

「え、そうなの?」

 

「これは啓示」

 

「啓示……、リーニエ、君はいったい何を学んだのかな」

 

「腐り堕ちた智慧(りんご)

 

 どうやら彼女は腐ってしまったらしい。

 リーニエがりんご好きなことをドラートは思い出した。

 

 リーニエは答えを得て安心したのか、すたすたと自分の部屋へと歩いていく。

 それから振り向き、一言。

 

「ありがとうんこ」

 

 だめだこいつ、はやくなんとかしないと……。

 

 

 

 

 

 ところ変わってリーニエの部屋。

 彼女は靴を脱ぎ、ベッドに横たわった。

 すっと視線をドアのほうにやり、鍵をかけているのを確認する。

 

「コギト……」

 

 呪いをかけて小窓を開く。

 魔力探知に優れた彼女は、いわば原初のハッカーである。

 リュグナーに命じられ、どこかに重要な情報が転がっていないかを探索していたリーニエは、暗号化され鍵をかけられたページがあることに気づいた。

 そして、鍵をあけて中に入る。

 

 びーえると称された小説がそこにはあった。

 

 符丁のように交わされる言葉。

 

 そうぞうんこ!(ハイ×ヒン書いたよー)

 かんそうんこ!(ハイター様が眼鏡はずすのがエッッッ!)

 ありがとうんこ!(そなたもようやくそこへ至ったか)

 

 そうしてイニシャライズされた後に余剰として残るのは、普段の人間観察では得られない純粋な情動だった。性別や生物学的な現実すら越えて、純粋に愛の言葉が交わされている。リーニエはその情動を模倣しようとする。模倣こそが彼女の魔法である。

 

 ただ、その魔法はあくまで外形的な行動に限られるため、人間のこころがわかったということにはならない。人間の行動を模倣したところで、人間になれるわけではない。リーニエがびーえる小説を描いたところで接触防壁を突き破ってしまうだろう。

 

 魔族という生物には人間が乳幼児のときにかけられる『人間になる魔法』が存在しない。母親から笑いかけられるのを見て、その情動を『模倣』するという経験に欠けているからだ。よしんば母親のような存在に養育されていたとしても、模倣する能力に欠けているのが魔族なのである。その代わりに自らが追い求める唯一の魔法を研鑽する。

 

 それは『人間になる魔法』を模倣するため。

 人間になる工夫の一環として、己が魔法を研ぎすましていくのである。

 よって、魔族は長ずるにしたがって、人間に近づいていくだろう。

 限りなく人間に漸近していくだろう。

 だが、けして交わることはない。

 

 そう考えると、リーニエは人間が人間になる魔法をかけられる際の原初の様式を真似ているということになる。人間の論理に従うならば、リーニエは人間になれる才を多く有している稀有な魔族ということになるのだ。

 

 かくして、アナリザンドは説得を試みることにした。

 

<通知でーす>

 

「なんだこれ。うざい」

 

<アナリザンドだよ>

 

「だまれ。邪魔するな」

 

<ちょっとだけ、ちょっとだけだから>

 

「ち」

 

 リーニエは面倒くさそうな顔になって、通知をタップ。

 アナリザンドと繋がった。

 

「なにか用?」

 

『こんマゾ。アナリザンドだよ。あなたのお名前を教えて』

 

「リーニエ」

 

 つっぱねたところで、こびりついてくるだろうと思い、リーニエはすぐさま回答した。

 

『リーニエちゃんって言うんだ。わたし女の子の魔族って初めて逢ったんだよ。かわいいね』

 

「うるさい。おまえは私より年下だろう」

 

『そうだけど、魔族ってある程度育ったら容姿は固定されるよね?』

 

「魔力でわかるでしょ」

 

『ああ……、魔族って本当に魔力しか見てないんだね』

 

「当たりまえでしょ。そんなこともわからないの?」

 

『うん。教えてくれてありがとうんこ』

 

「……なんだ? なにがいいたい」

 

 突然、あの符丁が投げつけられて、リーニエは不快な表情を隠さない。そういう心持ちのときにそういう表情をすることをリーニエは学習している。

 

『リーニエちゃんってびーえるに興味があるんだよね?』

 

 ねっとりとねばりつくような言葉だった。

 

「私は模倣の魔法を研鑽している。人間の情動を学習するのはおかしいことじゃない」

 

『ふうん……模倣かぁ。ネタ探しのスレッドとか見てみた?』

 

「見たけど悪い? それも学習のためだ」

 

『あ、いやぜんぜん悪いことじゃないよ。ただ、見たなら知ってるよね。そこでは、いろいろなネタを発掘しようとする四足歩行の少女という生物を見たんじゃないかなと思って』

 

 それはまさしく収斂進化と呼べるものだった。

 まったく異なる歴史を辿る前世と現世が、なぜか似通ったカタチに至る。

 ホモとは同性のことであり、びーえるのメタファーとして機能する。

 ただ、ひとつ前世と異なるのは隠匿の所作として、ほんの少しだけ修正が加えられたこと。

 ホモを裏返して、彼女たちはモホォと鳴くのだ。

 

「それがどうした?」

 

『リーニエちゃんもモホォになっちゃった?』

 

「もほーはびーえるのことじゃない!」

 

 リーニエは断固として宣言した。

 

『それはそうだよね。モホォはびーえる好きな少女たちのことであって、びーえるそのものじゃないから。言いなおそうか。リーニエちゃんはびーえる好き?』

 

「……それを知ってどうするつもりだ?」

 

『外交交渉したいの。わたしっていま人間側の外交官みたいなものでしょ』

 

「私にはなんの権限もない。私を堕としたところでなんの意味もない」

 

『意味はあるよ。魔族は縦割りの組織だけど、本質的にはバラバラだからね。説得は本来、ゲリラ戦のように個対個でしか意味はないよ。例えば、魔王とかが生きてて、魔王と和睦を結んだところで、たぶん末端の魔族は好き勝手に人間を殺してしまう。まあ――人間を殺した魔族は殺すとかいうルールを作ったら、すこぉしだけ制約にはなるだろうけれども』

 

「理由になっていない」

 

『リーニエちゃんがかわいかったから。だから説得したかったの』

 

「おまえアホだろう」

 

『失礼な。わたしは人間の外交官であらせられるぞ!』

 

 アナリザンドはくすくすと笑いながら言った。

 どうやら本気で――、この魔族は私を懐柔しようとしているらしい。

 リーニエは目を瞑った。

 そしてありありと想起する。今もこの身に刻まれている模倣の技を。

 

「私は昔……、最強の戦士を見た。そして模倣のモデルとした」

 

――戦士アイゼン。

 

 リーニエが模倣したのは彼の技だった。

 

「あこがれた。理想だった。最強で完璧で究極で無敵の偶像(アイドル)。けれど、それは単なるガワだけだった。そのことに気づいてしまった。腐った智慧の実をかじって、私は私が知らないことを知ったんだ」

 

 びーえるに触れて、人間の情動を知り、リーニエはアイゼンという偶像が単なる妄想であることを完膚なきまでに理解してしまった。まさにただの模倣であることを知ってしまったのだ。

 

 彼女は次のフェーズとして、アイゼンを知りたいと願った。

 探した。探した。探した。モホォたちにまぎれて。モホォたちを模倣して。

 

「けど、なかったんだ……! なかったんだよ!」

 

『アイゼンモノってないもんね……。まあ、まだ彼生きてるし』

 

 ナマモノは御法度なのである。半ナマでさえ慎重に扱わなければならないので当然だ。

 

「そうなんだよ……頭身低いとかかんけーねーよ。知るか馬鹿」

 

 モホォスレッドでのアイゼンの評価はさんざんである。曰く、頭身が低くて脳内想像でからませにくい。なんか男くさくて美少年って感じしない。お父さんじゃん。びーえるにふさわしくないなど。

 

『アイゼンかっこいいのにね』

 

「そう思う?」

 

『うん。そう思うよ』

 

「おまえ、もしかしていいやつ?」

 

『うん。わたし、いいやつだよ』

 

 アナリザンドは天使のような微笑を浮かべる。

 ちなみに詐欺師も似たような笑いを浮かべるので注意しよう。

 

「だったら、アイゼンを殺してきて。そうしたらおまえの言うことを聞いてやってもいい」

 

『なんでアイゼンを殺す必要があるの?』

 

 アナリザンドは微笑でその言葉を受け止めた。

 接触防壁が働いていない魔族にとっては、邪魔者は物理的に消すという想像に短絡しがちだ。

 これは想像力が足りないということではなく、人間のように想像力を統御できていないということを意味する。

 

「人間の作法で、ナマモノは御法度なんでしょ」

 

『リーニエちゃんは生のアイゼンには逢いたくないの?』

 

「殺されるに決まっている」

 

『まあ、理解はできるよ。要するに、リーニエちゃんはやっぱり偶像を追い求めているわけで、びーえる小説のキャラクターとしてのアイゼンが好きなんだよね』

 

 要するに、模倣の精度を上げたかったというだけの話。

 模倣は模倣のままでもいいのだ。リーニエは人間に逢いたいわけではない。

 ただ、知りたいという動機は、人間に逢いたいという動機に転じる可能性はある。

 

「よくわからない」

 

『じゃあ、自分で書いてみたりはした?』

 

「無理だった。私には人間のこころはわからない。Aという事象パターンが生じたらA´という反応を返すのが人間的な正解だということはわかる。でも、人間が自然に持っている情動のリミッターが、私にはないらしい。いつも、最後は喰い殺すという結果に終わってしまう。これはたぶん人間的にはまちがいだ……」

 

『だったら見せてあげようか?』

 

「アイゼンモノを? どうやって無いものを創る。おまえが創るのか?」

 

『わたしにも無理です。でもネタを投下することはできるからね。あとは勝手に創られるよ』

 

「おまえは私に何を求めている?」

 

『人間を殺さないでほしいの』

 

「そんなの無理に決まっている。リュグナー様に叱られてしまう」

 

『戦争状態だったら確かにそれはしかたないのかもしれない。でも、そうじゃないなら、積極的に人間を殺したり食べたり傷つけたりしないように努力してみて』

 

「……不可能だよ。そんなの。おまえも魔族ならわかるでしょ。湧き上がってくる魔族の情動を抑えるなんて、人間という総体が誰ひとりびーえるを書かないようなものだ。匿名掲示板に誰一人一言も書かないようなものだ。そんなことできるわけがない」

 

『我慢できそうにない?』

 

「排便を我慢できるやつがいるの?」

 

 わずかずつであるが、リーニエはアナリザンドを模倣しようとしていた。

 やはり彼女は人間の才がある。殺意を統御しうる可能性がある。

 

『なにかを代替物(オルタナティブ)にするんだよ。自己愛の代替物として魔法を定立したように。自他愛の代替物として、何かを定立するの』

 

「何かとはなに?」

 

『リーニエちゃんにとってはびーえるなんじゃないかなと思っている。人間を殺したら――びーえる作家先生を殺したら、びーえるを読めなくなっちゃうでしょう? 人間を殺さないことで、リーニエちゃんはびーえるが読めるようになる。どうする?』

 

「くだらない……本当にくだらない」

 

 そんなことのために。

 アイゼンモノのびーえるを読むために。

 この魔族の本性を抑圧する。つまり自身の在り方を殺すなんて。

 こんな自殺めいたことを、人間は幼児の頃からおこなっているのか!

 

 そして、ふと気づく――。

 アイゼンも、やっている?

 

 自分で自分にキズをつけて、裂傷を創り出して。

 山もなく、オチもなく、意味もなく。虚空を創り出している。

 それが人間である魔法の核。陽核と名づけられるソレ。

 

 だったら、魔族の魔法たる陰核もそれを模倣しなければならない。今宵の月のように。

 

『契約しよう。いまならなんとお得なことに100万APもついてくるよ』

 

 アナリザンドは最後の一押しをする。和平がなれば1億APくらいは戻ってくる予定だ。

 

「わかった。そうする」リーニエは降った。「いまからモホォを始める。投影開始(トレースオン)

 

 こうして腐ったリンゴを喰らい、ひとりの腐女子が生まれた。

 人間といえるかは微妙であるが……、少なくとも人間を物理的に喰らうことはないだろう。

 だが、彼女はアナリザンドに負けたわけではなく、腐り神様を信仰しはじめたのだ。

 

 

 

 なお、契約の証として、アナリザンドはシュタルクを売った。

 まあ、売ったというか売り払ったというか、ネタを投下したというのが実情であるが。

 

 モホォスレッドに、シュタルク君のプロフィールと、アイゼンの弟子であるという素材を提供しただけだ。久方ぶりの新鮮なエサにモホォたちが群がり押し寄せてくる。

 

――グチャグチャと咀嚼されるシュタルク君という概念。

 

 そのうち、レンゲ先生が書いてくれた。

 ショタルク君十歳が、アイゼンパパに丸洗いされる話を。

 

 人間の業の深さにリーニエはおののき、魔族よりも恐ろしいと呟くのだった。

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