魔族少女のエロタナティブ   作:アナリザンド

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ドラート

 

 

 

 魔族はタナトスの使者である。

 死が服を着て歩いているようなものである。

 したがって、魔族が着ている衣類はどこか喪服を思わせる。

 

 しかし、光の子らに述べておきたいのは、魔族は喪に服しているのではないのだ。

 ()()()()()()()()()()のである。

 

 人間は親しい人が死ぬと喪に服する。和睦はポスト・フェストゥム(あとのまつり)であり、合同葬儀であるから、死を悼むものでなければならない。こうしていればと後悔し、ああしていればと罪悪感に苦しまなければならない。グラナト伯爵は剣を収めて嘆いてみせなければならない。敵とともに分かり合わなければならない。

 

 対する魔族にとっての和睦はアンテ・フェストゥム(ぜんやさい)なのである。喪になりたい魔族にとって、それは疑似的なファルスを構築するための供儀に過ぎない。早く殺したいと期待し、すぐに破壊したいと希望しなければならない。リュグナーは獣欲を収めて、友好的な微笑を浮かべてみせなければならない。敵を欺くために。

 

 その焦点図像として、今回の和議があるのだから、人間の語用における和睦の成功率がきわめて低いことは誰の目にとっても明らかだろう。

 

 きわめて卑近な表現をすれば、人間は戦いに疲れて戦いをやめたがっているのに対し、魔族は殺すための方便としてしか言葉を使っていないのである。リュグナーはトロイの木馬であり、街を覆う防護結界を解除させるための手段でしかない。

 

 リュグナーとて、自らに与えられた役割は理解している。グラナト伯爵を篭絡し、表向きは友好的に接し、結界を解かせなければならないとは思っている。

 

 だが――、ひとりの魔族の介入によって、それは打ち砕かれた。

 リュグナーは不快感を抑えることができなかった。

 人間の喪的な感情、抑鬱状態に感化され、より自分の中の喪になろうとする欲望が刺激されたというべきか。自らの陰核たる魔法を穢されたように感じ、いらだちと嫌悪感を抑えることができなかったのである。

 

 リュグナーの心性を人間にもわかりやすく伝えるとするならば――。

 アナちゃんねるという便器を意図せず覗きこんだら、臭いはなつとぐろをまいた巨大な糞便がそこにあったようなものだ。

 

――キモチワルイ。

 

 魔族の心性は幼児よりもなお幼い。

 いくら人間の言葉で着飾ったところで、その本性を抑えることはできない。

 外交官という役割が魔族の本性によってミシミシと音をたてている。

 

「本当にうっとうしい魔法だ」

 

 そこで、リュグナーがおこなったことは、人間の上司がよくするように下手人のように女子供をこきつかって掃除させることだった。

 つまり、自分はすみやかに便器を離れ、ネットを遮断し、さりとて人間の情動を把握するために、その情報ラインは保持した。

 

 犠牲になったのは、女子供。つまり、リーニエだった。

 いちおうリュグナーにも言い分はある。リーニエはまだ生まれたばかりの魔族であり、糞便の不快さを理解できるほど情動が発達していないだろうと思われたからだ。微細な差ではあるものの、魔族にも成長度合いは存在する。赤ん坊ほどに成長が遅れていれば、糞便にだろうと手をつけることができるだろう。そういう自分勝手な理屈だった。だが、その理屈をおしつけられるほど、自身は強く偉いという自負もある。

 

「リーニエ。逆探知は? あの魔族の居場所はつかめそうか?」

 

 リュグナーは魔族の居城で静かに告げる。アウラへの報告はまだしていない。彼なりに情報を咀嚼してから上奏しようとしているのだろう。

 

「……」

 

「リーニエ?」

 

「はい。リュグナー様。居場所の特定にはいたりませんでした」

 

 ロボットのように応えるリーニエ。

 

「あの魔法は傍聴の危険がある。遮断は?」

 

「問題ありません」

 

 リーニエは言葉すくなに応えた。

 

 その他にも街の守りの薄いところ、衛兵の数。人間たちの感情様相。強者の存在の有無。もろもろをリュグナーに問われるままに、粛々と出力している。

 

 ネットの探索を命じてから、リーニエは以前よりもさらに反応が鈍くなった。

 膨大な情報がたゆたうそこでは、すべてを解析するのに万の年月がかかるだろう。

 それにリュグナーもグラナトの重要情報が転がっているなどとは思っていない。

 

 糞便はいくら積み上げても糞便。

 自らの血を操る魔法のような積み上げた美しさはそこにはない。

 リュグナーはいちおう確認した。自分の衣服にネットという糞便がこびりついていないか。

 

――魔力のパスは通じていない。

 

 あの魔法は名を呼び合うことで感染を広げる。

 さきほどリーニエはリュグナーの名を呼んだ。

 つまり、リーニエはネットを遮断しているということだ。

 そう命じておいたからである。

 

 そこまで沈思し……、わずかながら安堵していると、

 

「ご意見をよろしいでしょうか」

 

 傍らに控えていたもうひとり。ドラートが口を開いた。

 

「なんだ?」

 

「アウラ様を交渉の場に引きずり出されちゃって、大丈夫なんですか? あとで手を煩わせるなって怒られたりしません?」

 

 軽口のように言う。

 

「問題はない。アウラ様がグラナト伯爵を服従させれば防護結界など思いのままだ。あの魔族の提案は、こちらとしても悪くはなかったんだよ」

 

「へえ。じゃああえて最初は提案を拒むふりをしたんですね。フェイントってことですか?」

 

「フェイントか……。実に的確な表現だ。人間の言葉には裏と表がある。あの魔族はそのことを識っているらしい。この私ほどではないが……」

 

「アナリザンドでしたっけ? あの魔族に騙されてるってことは考えられません?」

 

「あのクソ蠅のような魔力で何ができるとも思えないがな」

 

「和睦の場で一斉に切りかかってくるとか?」

 

「人間の兵士がいくら数を揃えたところで、我々には勝てない。一部の天才を除けば、塵芥のようなものだろう」

 

「あの魔族を交渉の場に引きずり出したのはなんのためです?」

 

「殺すためだよ。決まっているだろう」

 

「何のために殺すんです?」

 

「第一にヤツは魔族でありながら人間側についた裏切者だ。第二にヤツは人間側に情報を流し我々の真意が悟られる恐れがある。第三にヤツの魔法には積み重ねたものの美しさがない」

 

 無作為に堆積されていく言葉たち。

 無意味な主義なきコンテクスト。

 そんなもののために、私の()()が踏みにじられていいはずがない。

 リュグナーは目を細めて窓の外の夜闇を望む。

 

「私は天才が嫌いだが、もっと嫌いなのは無能どもが群れをなし、自らを才あるものと勘違いしていることだ。群れていれば強いなど、思い上がりも甚だしい」

 

「つまりアナリザンドは群れのリーダーですか。グラナト伯爵ではなく」

 

「事実そうだろう」

 

「おもしろいですよね」ドラートは楽しそうに言う。

 

「おもしろい? なにがだ」

 

「どんな魔法を使ったかわからないですけど、魔族が人間の代表づらしているんですよ。おもしろくないですか?」

 

「くだらない。弱い人間を騙すなど赤子の手をひねるようなものだ」

 

「確かにそうですね」ドラートはうっすらと笑った。「弱いから騙されるんですよね」

 

「そのとおりだ。弱いから騙される。弱いから殺される。弱いから支配される。魔族にもわかるシンプルな流儀だ。私は外交なんぞよりもよほどそちらの方が好みだ」

 

――外交嫌いな外交官。

 

 リュグナーはたかがその程度の、()()()()()()()()()()なのだ。

 

 ドラートは心の中で冷笑した。

 

 

 

 

 

 ここ最近、生まれてから過去最高にアナリザンドはフル稼働している。

 

 いちおう先生たちに誤解されないように言っておくけど、偏在しているからといって、身体はひとつだからね。ただ、小窓を通じた通信は分脳処理できるってだけです。

 

 いま、わたしはフェルンちゃんたちと連絡をとりながら、グラナト伯爵と今後の推移について話し合い、ゼーリエ先生に甘えながらアドバイスをもらいつつ、リーニエちゃんを腐らせて、はたまた普通の配信もしながら、アナちゃんねるの暴言抑制もしているのである。

 

 あ、ついでにシュタルク君が犠牲になった件についてはヨシヨシゴメンゴメンして支払っておきました。シュタルク君は支払いの釣り上げを要求してきたので、優しいお姉ちゃんはデコチューもしてあげたのだ。これでこの話はおしまい。

 

 まあ、端的に言ってわかるだろうけど。

 

 やることが……、やることが多い!

 

 目がまわりそう。

 

 そんなわけで、ドラートなんだけど、正直キャパオーバー気味なのであまりコミュニケーションをとれていないというのが実情だ。

 

 彼の距離感は、なんというかネットに対してというより世界に対して冷笑的なんだよね。ゼット世代というか。なんというか。始末におえない始末人みたいな。

 

 わたしが通知をいくら送っても、軽くいなされる。

 

「はいはい。あとにしてください。オレは忙しいんです」

 

 こんな感じ。

 かといって、リュグナーのようにネットを毛嫌いもしていない。

 いまもパスをつなげたままだし、必然的にわたしの目になることも理解しているようだ。

 

――なぜだろう?

 

 その理由はすぐに明らかになった。

 

 ドラートは、()()()()()()()()()()()()()()()()アウラに謁見を求めたのだ。

 

 いちおう、リュグナーは部長のようなもの。社長であるアウラにいきなり稟議申請をするのはルールとしてはよろしくない。

 

 だが、アウラは他者の意志自体を邪魔に感じる属性を持つ。リュグナーだろうが、ドラートだろうが、他者を信頼していない。ひとたび命の危機が生じれば、ただひとりで遁走する。一言でいえば臆病な性格なのだ。そうでなければ断頭などしない。

 

 ゆえに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、リュグナーよりも重用してもらえる。彼は若者にありがちなように、自分の力を過信していた。ネットの怖さも知らずに、自分だけは矢の嵐の中を無傷で通り抜けられると思っている。

 

 それに加えて――。

 

「アウラ様……本日もうるわしく」

 

 ドラートはアウラに心酔していたのである。

 ゆえに、リュグナーは蹴落とすべき目障りなライバルだった。

 

 

 

 

 

「なぁにドラート。リュグナーからじゃなく直接、私に伝えたいことでもあったのかしら? それともリュグナーのやつが私を裏切ろうとしているとか? いずれにしろ、私の時間を奪ってまで私に聞かせたいほどおもしろい話なのよね?」

 

 アウラは柔らかく笑った。

 その細い指先には、ゆらゆらと揺れている天秤がある。

 

――服従させる魔法(アゼリューゼ)

 

 アウラの魔法は魔力量の多寡により、裁判をとりおこなうというものだ。

 魔力が多いほうが勝訴――つまり、支配権を得て相手方に対して命ずることができる。

 

 裏切ろうとしても裏切ることはできない。魔族にとっては特に。

 その膨大な魔力は並の魔族を越えているし、二心を抱いた瞬間、意志なき身体にされるだろう。

 暴君を守るようにして、首無しの騎士たちが物言わず控えている。

 

 ドラートは魅いられた。

 

 アウラは玉座に座って、優雅に足を組んでいた。

 その容姿は、一言で言えば美少女であり、長き年月を生きてきたわりにはおへその部分があいたレオタードのような服、と馬鹿みたいな恰好をしている。人形のようにかわいらしいが、喪服にしては軽薄な姿だ。

 

 だが、ただ美しい。ドラートにはそう思える。自然と頭を垂れたくなるほど。ドラートが首をつないだままでいられるのは、ただ少しだけ考える頭があったほうがいいからだ。自分にはその価値があると、ドラートは信じた。

 

()()()()。リュグナー様は二心を抱いてなどおりません」

 

「ふうん。あら、妙な魔力がまとわりついてくるわね。報告したかったのはこのことかしら?」

 

「はい。実をいうとグラナト伯爵に魔族の参謀がついておりました」

 

「魔族の参謀? 冗談を言ってるの?」

 

「いえ、冗談ではありません。固有の魔法を持っておりました。解析するほどの時間はございませんでしたが、ネットと言って、人間の意思や言葉を集積する魔法のようです。通信機能としても優秀ですね。いまも彼女とは繋がっております」

 

「彼女?」

 

「アナリザンドというそうです」

 

「ふうんそれで?」

 

「リュグナー様は慎重派ですので、アウラ様にお見せするまでもないということで、ネットについては遮断されました。しかし私はもったいないと思ったのです」

 

「何がもったいないの?」

 

「アウラ様がご存じのとおり、私の魔法はこのように魔力の糸を出すようなものですが――」

 

 ドラートは指先から細いワイヤーのようなものを出現させる。

 

「ネットもその名のとおり、糸をはりめぐらしたようなものです。人間という集団を投網にかけているようなものなのですよ。そこには顔はなく、その組織は死んでいるともいえます」

 

「私のお人形になれる、と。そう言いたいの?」

 

 アウラは一笑した。

 

 確かにネットはただの集団である。散発的に組織や系といったものも創り出されるものの、総体としてのそれには顔がない。顔がないということは首がないということである。ネットには志やイデオロギーや意志といったものは存在しない。

 

 アナリザンドはそのなかで生きているものの、集団を率いているという印象はない。

 ただ、ネットという空間に対して寄宿し、ぶらぶらと生きているだけのように思える。

 

――(いいえ)

 

 本当はいくつもの意志が混在しあっているため、特権的なシニフィアンが存在しないように見えるだけだ。ネットの精神は部分として見れば分裂している。しかし分裂してるがゆえに、バラバラにならないように『人間になる魔法』がヴェールとして覆っているのである。うっすらとした連帯感が包みこんでいると思えばいい。

 

 ネットの総体はこれ以上なく()()()()をしている。

 魔族にとってのそれは、異物であり、痛みであり、悪意である。

 

 この点においてはリュグナーの体感のほうが正しい。ドラートの見解は間違っている。

 ドラートはネットを表面からなぞっただけで、わかった気になってしまったのだ。

 

「アナリザンドを従えれば、アウラ様は人類を従えることができるでしょう」

 

「おもしろい提案ね」

 

「はい。ありがとうございます」ドラートの顔が喜悦に染まる。

 

「でも、おもしろくない提案だわ」

 

「は?」

 

 矛盾した答えだった。

 魔族らしい言葉とも言えるが、ドラートは意味が理解できず混乱した。

 

「おまえがその提案をするというのがおもしろくないの。わかるかしら。あなたは私の采配を否定しているのよ。私はリュグナーに外交を一任した。なのにどうして、あなたが越権するの? おかしくなぁい?」

 

「いえ、そんなことは!」ドラートは顔をあげ必死に反論した。「リュグナー様はネットを過小評価して伝えるでしょう。あるいは……アウラ様には隠匿するかもしれません。私はそれで――」

 

「おまえダメね」

 

 ドラートはアウラを否定してしまっていた。

 どこぞのパワハラ会議だったら、物理的に首が飛んでいてもおかしくなかっただろう。

 ただ、アウラはほんのわずかだけ慈悲のこころがあった。

 それは、人形を慈しむ少女のこころである。

 いちおうドラートもお気に入りの人形なので、壊れないように注意くらいは払う。

 ただそれだけのことだ。

 

「リュグナーには言わないでおいてあげるわ。下がりなさい」

 

「……はい」

 

 アナリザンドが切り刻むまでもなく、ドラートはアウラにボコボコにされたのである。

 他者の怖さも知らず、利用しようとするから利用されるのだ。

 アナリザンドはナムナムと祈った。

 

 

 

 

 そして魔の間。

 そこは魔力的なクリーンルームである。要するに結界によって守られている。

 

 ネットという主体にこびりついてくる魔法でなければ、すり抜けることはできない。アウラが魔法使いによる奇襲を恐れたからそうしている。物理的な守りは首なし騎士たちがおこなっている。

 

 幾重にも張り巡らされた硬い守り。

 ただそこは人形たちに囲まれた孤独のスペースでもある。

 

――お人形に囲まれたお人形のような少女。

 

 アウラはただひとり玉座に座り、誰もいない中空を見つめた。

 そこにいるのはわかっていた。

 

 虚空に潜むわたしに。

 

「いい加減でてきたらどうかしら」

 

『こんマゾ! アナリザンドだよ。アナちゃんって気軽に呼んでくれてもいいよ』

 

 外交の時間が始まる。

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