魔族少女のエロタナティブ   作:アナリザンド

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アウラ

 

 

 

――停まって。

 

 アウラとの交渉の少し前の時間軸。

 

 フリーレン達はグラナトまであとわずかのところまで来ており野宿をしていた。

 フェルンとシュタルクは疲れ果てて寝ている。

 遅滞戦術は限界だった。

 フリーレンは日常生活破綻者だが、なぜか今日は夜更かししている。

 

 夜闇をじっと見つめている。

 

「いるんだろう」

 

 問いかけられた気がした。しかし、フリーレンはコギトを唱えない。

 我を唱えない限り、わたしとは繋がらない。

 わたしの視点に立てば、暗闇から突然呼びかけられたような感覚だ。

 フェルンちゃんたちが起きていない限り、その視点は存在しない。

 数行前の視点については現在から過去を記述している。

 

「エルゴスム」

 

 フリーレンが唱える。わたしは強制召喚される。

 小窓が合意に基づくものではなく勝手に開いた。

 わたしの小窓は、フリーレンの目の前ではなく、ちょうどフェルンちゃんがいるあたり、フリーレンの真横あたりに出現させられていた。

 

 一部とはいえ、わたしがハッキングされた?

 

 わたしは驚いて固まっていた。

 いまトイレにこもってウンコ中だったんです。

 小窓がデフォルトでは上半身だけを映す仕様でよかった。

 

『こんマゾ』と、わたしは定式の挨拶を音声出力した。

 

 笑顔がひきつってないか心配だ。

 

「なにを狙っている」

 

 独り言のような言葉。

 むりやり出現させた小窓をフリーレンは見ようともしない。

 野営のための焚火をただ見つめている。

 

「フェルンの様子がおかしかった。シュタルクもだ。おまえが何か吹き込んだのか?」

 

『わたしは今、グラナトで和睦をとりまとめようとしているの。ひとりは説得できたよ。腐っちゃったけど、人間を殺さないって約束してくれた。アウラともそのうちお話できると思う。アウラを説得できれば戦争は()む。みんなが望んでいたことがようやく実現するの』

 

「魔族の策謀か……」

 

『違う。本当に和平を求めてる。グラナト伯爵に委任されたの。邪魔しないでほしい』

 

「邪魔? 魔族のほうこそ人間の生を邪魔している。おまえが和睦を目指したところで、どうせ最後には狂乱の渦に巻きこまれるだけだ」

 

『それは固定観念だよ。魔族だって成長している。あなたもそうでしょう?』

 

「無意味な問いかけだ。おまえたちは千年もの間変わらなかった。これまでなにひとつ変わっていない。言葉で人を惑わし、人を殺す。これからもそうだろう」

 

『それはあなたの後悔がそう思わせてるだけ』

 

「私はこれ以上後悔を重ねないためにおまえたちを殺す」

 

『わたしは誰も殺さない』

 

「そんな言葉は信じない」

 

『わたしはフェルンちゃんたちのことが好きだよ。あなたのことだって嫌いじゃない。お願い停まってフリーレン先生』

 

「そんな言葉は信じない」

 

『きっとあなたは後悔することになる』

 

「そんな言葉は信じない」

 

 透徹した眼差しは、わたしのほうを見ていない。

 視線の向こう側にはほのかに光るグラナトの光があった。

 

 この人にはわたしの言葉が通じない。

 これは会話じゃない。

 ただの宣言だ。

 

「嫌なことは早めに終わらせないとね。アウラがいるなんていいことを聞いたよ。80年ごしの宿題がようやく終わりそうだ」

 

 彼女はうっすらと微笑んでいた。

 普段誰にも見せない強烈な殺意。

 彼女のなかにはひとつの想いしか存在しないように見えた。

 

――魔族を根絶やしに。

 

 ブツ――。

 わたしは強制的に遮断された。

 便器に座りながら、わたしはフリーズさせられていたのだ。

 引っ込んじゃった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は現在。

 

「ずいぶんちっぽけな魔力ねぇ」

 

 アウラはわたしを見て、そう判断した。

 さげすむような視線は、しかしどこか愛嬌がある。

 少女のカタチがそう見せるのかもしれない。

 でも、もしかすると、リュグナーよりは話せる人かもしれない。

 そう期待してわたしは言葉をつむぐ。

 

『アウラ様はすごい魔力だね。ものすごくがんばってきたんだってわかるよ』

 

 モワっと広がる魔力は部屋を覆いつくすように広がっている。

 HUDから換算されるソレは推定年齢500歳を越える。

 

「ええそうよ。魔族にとって、魔力とは誇示すべき力そのものなの。私はほとんど生きてる時間の全てを使って研鑽を積んできたわ。誰かに従うのが死ぬほどイヤだったから」

 

『アウラ様は根っからの領主さまなんだね』

 

「わかってるじゃない。あなたも配下に加えてやってもいいわ。力はたいしたことないかもしれないけれど、私は魔力以外の力も評価する。例えば、外交能力、情報収集能力、交渉力みたいな、人間に評価されるような力も認めてあげるわ」

 

『でも、それって今いる首切り役人さんたちよりも下ってことだよね』

 

「そうね。私が認めるといったところで、他の魔族はそうじゃないわ。そんなチャチな魔力じゃ、下手すると人間にすら劣る。認められるわけがない。不具の子として奴隷のように扱われるでしょうね。せいぜい媚びを売りなさい」

 

『じゃあ、お断りさせていただきます』

 

 わたしは丁重に断った。

 

「お断り?」アウラはゆらゆらと天秤を揺らす。「おまえに、そんな言葉を発するだけの権限があると思うの?」

 

――服従させる魔法(アゼリューゼ)

 

 アウラはその気になれば、いつでも従わせることができると言っている。

 交渉など、魔法によるチートの前では何の意味もない。それがアウラの理だった。

 

『距離的に離れているから、アウラ様の魔法が効くとも思えないんだけど』

 

「あなたって無知なのねぇ。見たところ60年かそこらしか生きていないからしょうがないのだろうけど、教えてあげるわ。魂には時間も距離も関係がない。そういう概念はないの」

 

『だったら、アウラ様はここにいながらにして、魔力的に勝ってるやつなら誰でも全員服従させられるの?』

 

「違うわよ。あくまで私の観測が必要なの。今、私にはあなたの姿が見えているわ。あなたを認識している。だから魔法は届くのよ」

 

『へぇ……そうなんだ』

 

 アウラの魔法はまがりなりにも『魂』を取り扱っている。

 それが本当に魂そのものなのかはわからないけれども、人間の意志やこころの根源に近いところをアウラは識っているのだろう。

 人間にはけっして取り扱うことができない彼岸の魔法。

 それを扱える者たちを七崩賢と称したのである。

 

 七崩賢――断頭台のアウラの名は伊達ではない。

 

「へえそうなんだって、アホ面さらすのやめてもらっていいかしら?」

 

『いや、すごいことやってるみたいだけど、それってただの暴力だよね?』

 

「暴力? 私の魔法が? おまえごときがそれを言うか」

 

 アウラの顔に陰がさした。

 自らの魔法を侮蔑されたように感じ、不快に思ったのだろう。

 残念だが、どうやら、説得以前に話にならないらしい。

 

『暴力だよね。力で相手を従わせようとしている』

 

 まず殴るというのがアウラにとっては必勝のパターンであり、相手の話など聞かずにすんできたのだと思う。長命な大魔族に魔力で勝てる存在は少ないから。

 

「おまえを生かしてやってるのは、私の温情よ」

 

『窓を閉じたら大丈夫なんでしょ。自分で対策教えちゃってるじゃん』

 

「おまえは私に外交交渉しにきたのでしょう? 話は聞いてあげる。譲歩もしてあげる。だから従いなさい」

 

『それはただ脅してるだけだよ。力で従わせたところで意味なんかない。そんなに殺し合いたいの? 殺しつくしたいの?』

 

「ええそうよ。人間なんて……いいえ、私以外の存在はすべて断頭されてしまえばいい」

 

 わたしは、それが()()だ。

 ゼーリエの言葉を借りて、わたしは反撃を開始する。

 

『暴力は思想や哲学の敗北を意味する。魔族は精神的な意味において赤ちゃんみたいに脆弱だ。あなたはそれを日々実証してしまっている。人間を斬首できてうれしかった? 自分が斬首されたみたいでさ。いつまでお人形遊びを続けるつもりなの?』

 

「ふざけるな! 私は五百年以上生きた大魔族だ」

 

 アウラは声を荒げた。

 

『だからこそお人形遊びはやめたらと言っている。人形にされる側からしてみればいい迷惑だよ』

 

「いいじゃない。いくらでも迷惑をかけても。殺してしまっても。人形たちがいくら痛がっても私はちっとも痛くないわ。そんな当たり前のこともわからないのかしら」

 

『自分の斬首されたいという要求を、人間に仮託するのは魔族の悪い癖だよ』

 

――誕生へのイニシエーション。

 

 生まれることのできなかった魔族が、産声を真似る行為。

 

「私が斬首を望んでいる?」

 

『違うの?』

 

「魔族のくせに人間らしい言葉を吐くのね。人間の外交官ふぜいが……」

 

『だってそれは代償行為に過ぎない。リストカットをしてスッキリしているのといっしょ。無茶苦茶に暴れて心的なエネルギーを発散させようとしている赤ちゃんプレイじゃん。疲れて眠っている時はいいけれど、起きたらまた殺したくなるでしょう』

 

 要するに、自我を確かめるために自傷しているのだ。

 しかし、自分には傷つける身体がないので、やむを得ず他者で代用する。

 これを俯瞰視点で眺めたとき、見た目的には他傷という結果が生じる。迷惑が生じる。

 

「そうよ。それの何が悪いのかしら?」

 

『悪いという言葉は、魔族にとっては珍しいね。少しだけあなたを見直した。赤ちゃんよりは育ってるかなぁ』

 

「ずいぶんと上から目線ね」

 

 アウラの顔がひくついている。

 

『その言葉もかなり人間っぽい。権力を理解しているんだね。人間の首をイケニエにして、疑似的な構造としたのかな。だとすれば、あなたにとっては合理的な行為なのかもね』

 

「おまえが人間に迷惑をかけてないとでもいうの?」

 

『いいえ。事実として迷惑はかけているだろうね。接触防壁を――女神様の両腕を容易にすり抜けてしまう魔族の思考はβ要素を多く含みすぎている。サントームΣによって架橋するとしても限度がある。つまり、あなたとわたしの差異は量的なものに過ぎない。これは人間にとって受忍限度論として論じられる』

 

 アナリザンドはもはや目の前にいる魔族に理解されようと思っていない。

 あまりにも似すぎている。鏡に向かって語りかけるにしても、歪んだそれには意味がない。

 返ってくる光はてんでバラバラで、なんの参照値にもならないから。

 人間の言葉にすれば同族嫌悪あたりが相当か。

 

「よくわからないけど、おまえは自分が迷惑になりすぎないように我慢しているから許されるとでも考えているの?」

 

 アウラは挑発するように言葉を口にする。

 

『ふうん……魔族にしては高等だね。斬首することで口封じしてきたくせに』

 

「余裕ぶってるようだけど、おまえは私の人形になるのよ。暴力は人間を服従させるにはとても有用なの。魔族もその点では変わらない。首を落とされたくなければ服従しなさい」

 

『また暴力?』

 

「ええ。それこそが私。それこそが私の魔法なのだから」

 

――服従させる魔法(アゼリューゼ)

 

 アウラは魔法を発動させた。

 

『であれば――、同様の理念において、あなたは()()()敗北する』

 

 これはわたしにとっても敗北だろう。

 結局のところ、話し合うために暴力を使うしかなかった。

 とても残念。

 

「な、なぜ天秤が……」

 

 アナリザンドの方へ傾いていく。

 アウラにとって目の前の魔族は矮小な魔力しか持たないはずだった。

 それもそのはず。アウラは直接魔力を観測できるのだ。

 アウラは自身の魔力を観測する能力に自信を持っている。

 でなければ、魔力の多寡によって絶対的強制力を持つ魔法を扱えるはずもない。

 勝つか負けるかもわからない賭けごとに命を預けることなど、いくら魔族であってもできはしないのだから。

 

 だからこそ、アウラは混乱していた。

 道理があわない事態が起きている。

 アナリザンドはいつものように微笑を浮かべていた。

 

『ねえ。集合的無意識って知ってるかな?』

 

「なによそれ? 知らないわ」

 

 額に発汗。不安という感情をこの魔族は理解できる。

 

『匿名掲示板。こう言えばわかるかな? アナちゃんねるっていうんだけど、魔族って個人主義者が多いからぜんぜん使ってくれないんだよね。せっかく魔族にも開いているのにさぁ』

 

「そんなものが……そんなもので……」

 

『考えてみればあなたとわたしは似ているのかもしれない。あなたが斬首する動機と同じく、わたしは集合的無意識にすがりついているとも言える。要するに疑似的な断頭行為かな。レスバしてせんせーたちの尊厳破壊したりするのわりと楽しいよ。とりわけ頭髪が薄いことを言うのが効果的。糞ぉって言われるたびに生きてるって実感できる』

 

 グググ……。

 天秤がさらに傾いていく。

 

「バカじゃないの? なんでそんな訳のわからないこと……」

 

『端的に言えば、借り受けることができるんだよ。おかしいと思わなかったの? 人を繋ぐ魔法(インターネット)を維持させているのは誰の力なのか。こんなにも広大無辺なスペースをわたしの魔力だけで維持できるわけがない。わたしはきっかけを与えただけ。人が人に出逢うときにシステムは連結され自己生産されてゆく。それは人の欲望によって駆動される』

 

「人間の魔力を魔法の維持に使っているというの。そんな……ありえない」

 

『一般的な人間の魔力は魔族に比べてちっぽけで、英雄のような存在を除けば個としての力は魔族に比して遥かに劣っている。けれど、塵も積もればどうなるか。そのエネルギーの奔流はおまえのちっぽけな暴力の比ではない。暴力がお望み? いいよ。教えてあげる』

 

 獰猛な獣のように弧円を描く口。

 

『おまえの魔力を500程度と仮定するならば』

 

 天秤が傾き。堕ちた。

 

『――わたしの魔力は10億7200万以上に相当する』

 

 まるで嵐のようだった。

 巻き起こる魔力の暴風にアウラは今にも吹き飛ばされそうになる。

 いや、存在自体が消し飛ばされそうなほど。

 

「ひっ……」

 

 命令権は移譲された。

 感情を感じさせない眼差しが、アウラを貫く。

 アウラは死の予感に命乞いすることも忘れて震えていた。

 

――首を堕とされる。

 

 無意識に求めていたものが、ついに目の前に現れると恐ろしい。

 死と同化することが、こんなにも身を震わせる。

 アウラの頬に涙が流れた。アナリザンドが魔族少女の涙を観測する。

 

 長い溜息。

 

 アナリザンドは紅茶に視線を落として言った。

 

『アウラ、射精しろ』

 

「??????」

 

『聞こえない? アウラ、射精しろ!』

 

「私に射精しろってできるわけないじゃない!」

 

『それもそうか……。じゃあ、もういいや。わたしはあなたの生死にまったく興味ないし』

 

 ダブルミーニングである。

 

「こ、殺さないのかしら」

 

『殺してほしいの?』

 

「そんなの嫌に決まってるでしょ」

 

『アウラ。あなたは今と同様の状況が起こりうることを想定するべきだと思うよ。人間の力を過小評価すれば、本当に首がとびかねない』

 

「ま、魔力を見誤らなければそんなことはそうそう起こることではないわ」

 

『三分前のことも忘れるとか、認知症かな?』

 

「うぐ……」

 

『いちおう同族として心配してるんだけどな』

 

 もちろん方便である。

 魔族に仲間を思い遣るなんて気持ちは存在しない。

 

 ただ、魔族は愛を知らないといっても、自己愛くらいは知っている。人間たちがよく使う愛は、自他愛なので誤解されやすいだけだ。

 

 思い遣っているように見える魔族間の言葉は、どこまでいっても自分を生存させるための戦略に過ぎない。

 

「大丈夫?(君が殺されたら僕も死んじゃう可能性が高まるから死なないでほしいな)」

 

 こんな感じの副音声。

 

――いや、それもまた方便。

 

 ただ、アナリザンドの言葉はアウラにそう解釈される。

 そう解釈されることをアナリザンドも知っている。

 

「そう。ずいぶんとお優しいのね。大魔族である私を良いように扱いたくないの?」

 

『それはあなたの興味であってわたしの興味じゃないよ』

 

「服従させることに快感を覚えない魔族はいないわ。なぜなら力こそが魔族の尊厳なのだから。あなたはその気になれば魔王様にだってなれる。そのバカみたいな魔力があればいくらだって人を殺せるはずよ」

 

『本当に興味がないんだよ。魔族は心的構造を安定化させるために、それぞれ自分に合った補強材を探している。その補強材があなたにとっては暴力で、わたしにとっては……資本? かな』

 

「珍しいのね。あなた」

 

『そうでもないよ』

 

「まあいいわ」アウラは玉座に座りなおした。腰がぬけているのか変な感じの動きだった。「とりあえずお茶でも飲みながら楽しく歓談というのはどうかしら」

 

 首無し騎士に命じて、紅茶のポットを持ってこさせる。

 お茶置き台も品がよくてアウラに似合っている。

 腐っても(例の意味ではない)七崩賢。品格があるということだろう。

 ようやく話し合いができる。

 

『最初からそう言ってくれればそうしたのに』

 

 紅茶をたしなみながら楽しく談笑の時間。

 歪んだ鏡たちの饗宴。

 

「人間に興味があるというのはお互いの共通項よね」とアウラが言う。

 

『そうかもね?』

 

「私に人間を殺すなと命じるわけでもないのよね」

 

『うん。わたしは鑑賞はするけど干渉はしない主義なの。今もわたしというツールをグラナト伯爵が使っているというイメージはあるかな。でもそれだけじゃダメって怒られたけどね』

 

 好きと嫌いをわける。

 ゼーリエの課題だ。

 今のところアウラの天秤は嫌いよりだけど、少しだけ持ち直してきている。

 

「だったら協力するのはどうかしら? 私は人間を支配するのが好き。あなたは人間をどうしたいのかはよくわからないけど、見ているのが好きなんでしょう? だったら、情報をもらえればそれでいいわ。人間の都市を堕とすために情報をくださらない」

 

『わたしのメリットは?』

 

「放っておいてあげるってのはどう? あなたにとっては私を捻り潰すくらいワケのないことかもしれないけれど、羽虫が周りを飛んでるとウザいでしょう」

 

『500年以上生きた魔族が、自分のこと羽虫扱いしちゃってるよ……』

 

「あくまで比喩よ。あなたは巨大な力を持っている。その力に引き寄せられるのが魔族の本能なの。その本能を抑えてあげようってわけ。もちろん、私より弱い魔族にもそうさせるわ。()()()()()。これが私があなたに提示できる最大のメリットよ」

 

 魔族なりの気遣いがあるのだろう。

 だが、却下。

 

『アウラ。確定申告しろ』

 

「なによそれ? 意味がわからないわ。何が不満なのよ!」

 

『ごめんねアウラ様。わたしは人間に借りがあるんだよ。だから人間の不利になることは極力したくないの』

 

「その魔法が人間の力を借り受けているから人間を減らしたくないってこと?」

 

『いいえ。それもなくはないけど、もっと個人的なことだよ。昔、といってもそれほど昔じゃないけど、わたしは人間の詐欺師に騙されて借金を負ったんだよ』

 

――ハイター。

 

 わたしの起源。

 

『アウラ様も知ってるでしょ』

 

「ハイター? あの坊主がそんなことをしたの? そんなもの踏み倒しなさいな」

 

『換喩だよ。本当に借金を負ったわけじゃない。わかりやすく言えば、連帯保証人になってあげるからいくらでも罪を重ねてもいいよって言われた。それによって、わたしは(ふさい)に気づけたってことなの』

 

「バカみたいな話。ハイターはまだ生きているの?」

 

『いいえ』

 

「だったら従う必要なんてないでしょう」

 

『どうして?』

 

「だって、ハイターはもういないじゃない」

 

 フリーレンさんここです。ここに魔族がいますよー!

 ゾルトラしちゃってください!

 人間の外交官が命じます。

 

――溜息。

 

 やっぱり魔族はどこまでいっても魔族だ。

 アウラ全裸盆踊りしろという言葉を喉の奥にひっこめたわたしを褒めてあげたい。

 

『アウラ様、人間は人間のくだらないお話が好きなんだよ。そしてわたしも好きなんだ』

 

 紅茶を一飲み。

 そう、人間はくだらないものが大好きなのだ。

 泥団子をこねて丸めてピカピカにして、それを宝物にしてしまえる。

 

 債務(いのち)という魔法。利子(あい)という魔法。

 

「だったら、私に()()してみない?」アウラはなんのきなしに言った。

 

 それはランダムに文字を並べる機械がたまたまそう出力しただけかもしれない。

 けれど、わたしにはそれが奇跡のような輝く断片のように思えた。

 

 なぜならそれは、わたしの文脈における『わたしを愛して』という言葉に他ならなかったからだ。お人形遊びが大好きなアウラちゃん500歳が、うるうるとしたおめめで懇願してくるのだ。わたしの中の姉心が刺激される。

 

『すごい……。あなたの今の思考は魔族にはほとんど不可能に思える。あなたはちゃんとあなただった。さっきはごめんなさい。怖がらせてしまって』

 

「べつにいいのよ。魔族はより強い者に従うってだけ。強い者の庇護を求めることだってあるわ」

 

 アウラは頭を下げて身を小さくしている。

 さきほどの影響か、小動物のように玉座のうえで体育座りをしているのだ。

 アウラにとって誰かに付き従うのは苦痛なのだろう。

 哀れに思った。利子を備給したいと思った。

 アウラのことを少しだけ好きになったのかもしれない。

 

『ひとつ教えてあげる。あなたの魔力をさっき500と言ったけど、その場合、フリーレンの魔力はおそらく1200程度に相当するよ。もし相対することがあればアゼリューゼは使わないほうがいい』

 

「そんなバカな……いえ、おそらく本当なのでしょうね。人類にとっては機密情報クラスだけどネットワークを通じて情報を解析すればそんなことも可能なのね。私に教えてよかったのかしら?」

 

『問題ないよ。ネットも使えないご高齢の方には興味はないの。あの人、ちょろっち使っただけで、その後はずーっと繋がることを拒否しつづけてるんだから。この前なんて……、いやまあそのことは今はいいや』

 

 ここからが本番だろう。あまり時間は残されていない。

 

 わたしは人間の不利になるようなことはしたくないが、アウラの存在を根本から否定したいわけじゃない。人間側からしてみればこの期に及んでと思われるかもしれないが、暴力で解決したくはなかった。歩み寄れる領土線を取り決めたい。

 

『アウラ様。人間と和睦ってできない?』

 

「それはあなたが殺すなと命じるのと何が違うというの」

 

『命じてはいないよ。どこまで妥協できるかっていうことが知りたいの』

 

 まあ示威戦力にはなってしまっているけれども。

 わたしだって最初はそうならないように努力したつもりだ。

 

「人間側はどう考えているのかしら?」

 

 アウラは真剣に考えているようだ。

 

『少なくとも即時停戦。魔族は人を襲わない。領土は変わらずかな。そしてたぶんだけど、兵士さんたちのご遺体を引き取りたいって考えているよ』

 

 グラナト伯爵は、そのことを言わなかった。

 息子さんのご遺体はアウラの人形として傀儡となっている。

 取り戻したかったんだろうと思う。でも、そうしてしまうと他のご遺体はという話になる。

 それにアウラとしても、自分の戦力を削ることを良しとはしない。

 でも、沈黙の声がいちばん大きいことをわたしは識っている。

 どうしたらいいんだろう。

 

「戦力を削りたくはないわね……」

 

『停戦するのは問題ないの?』

 

「あなたがそう命じているのよ。言わずとも」

 

『そうだね。負債が増えちゃった感じ……』

 

 ゼンゼの妥協的産物としての平和という概念は正しかった。

 結局、わたしは力でしかアウラのこころを変えることはできなかったみたいだ。

 それでもいい。わたしは妥協しよう。妥協に妥協しよう。

 

『アウラ様。鎧と剣と装飾品を返すことってできるかな。人間側は新しい鎧と剣と装飾品を交換するよ。それでどうだろう?』

 

「おかしなこと言うわね。人間は人間の死体に執着しているんでしょう? そんな代替物で満足できるというの?」

 

『満足じゃないよ。でも、人間にとって和睦というのはポストフェストゥムなの』

 

「ポストフェストゥム?」

 

『後夜祭。後日譚。後の祭り。人間は後悔して生きていくものなの。わたし達とは違って」

 

「なぜ、魔族のあなたがそれを知っているの?」

 

『アウラ様もいまさっき死にそうになって、少しは後悔を感じなかった? ああしてればよかったって、こうしてればよかったって思わなかった?』

 

「そうね」アウラはこくんと頷いた。「そう思ったかもしれない」

 

 やはり、アウラは格が違う存在なのだろう。

 魔族にしては、あまりにも人間に似すぎている。

 最初のボタンの掛け違えはあるものの、きちんと説明すればわかってくれた。

 

――平和の素描がかたちづくられていく。

 

 地図に大胆に線が引かれていく。これは彼我を分断するラインではなく、彼我が妥協するための文法なのだ。アナリザンドはワクワクしながら線を描く。

 

 そして、ふと思った。

 何がアウラを生かしたのだろうか。

 わたしが彼女を殺さなかった理由は?

 わたしが黒一色ですべてを塗りつぶさなくてよくなったのはなぜだろう。

 

 もちろん、わたしがそうしたくないというのもそうだけれど、アウラ自身がそうさせたのだ。

 

――あなたに温情を。

 

 ほんの小さな一欠けら。

 

 彼女は自身の言葉に救われ、命を永らえさせたのである。

 

 フリーレンは絶対に信じないだろう。

 でも、ともがらとしてわたしはあなたを信じたい。

 

 アナリザンド金融はまたのご利用をお待ちしております。

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