魔族少女のエロタナティブ   作:アナリザンド

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フリーレン襲来す

 

 

 

 告白すると――。わたしは()()()のことを後悔している。

 

 アウラとのプレ的な和解が成ったと判断したわたしは浮かれきっていた。

 

 だから、リュグナーがアウラに報告をする際に、わたしはアウラとリュグナーをおもんばかり、その場にいることをやめたのだった。

 

 アウラは領主である。もちろん権力がある。リュグナーに命じることもできるだろう。けれど、その命令がわたしに懐柔されたものだと思われたら、アウラの立つ瀬がない。主君としての格を疑われてしまう。権威に瑕がついてしまう。

 

 昔、何かの本で読んだことがあるのだけれど、戦争では勝ちすぎてしまったらいけないらしい。勝ちすぎてしまうと大量の怨みをまくことになる。怨みが次の戦争へとつながってしまう。わたしはそのことを覚えていて、その流儀にしたがったのだ。

 

 それに、リュグナーにとっても、使者である自分を通り越して、直接アウラと話をしたなんて知れば良い気はしないと考えた。できることならリュグナーとも話をつけておきたい。それは今回の和睦では時間が足りないかもしれないが、わたしが彼の矜持を傷つけてしまったら、二度目はないだろうと考えた。

 

 つまり、()()()()()()を出してしまった。

 外交の完全勝利を目指してしまった。

 みんなと仲良くなれればいいななんて、頭お花畑状態だったんだ。

 

 それがわたしの後悔。

 

 もちろん、小窓はなくても眼差しは残しておける。

 どうやら魔族はネットの魔力が小さすぎて自分にまとわりつくもの以外については感知できないようだし、小窓を透明化しておけば人知れず見聞きすることは可能だ。

 

 アウラに許可をとってわたしはそうすることにした。

 

 

 

 

 

 リュグナーは膝を折り頭を垂れていた。

 

「以上がご報告となります。アウラ様には御足労願うことになりますが、是非ご一考を」

 

「リュグナー。いい報告だったわ」

 

 アウラはいつものように傲岸不遜に玉座に座り、リュグナーたち首切り役人を睥睨している。

 その手元には、アウラの権力を示す天秤が存在し、ゆらゆらと揺れていた。

 ただちょっとだけ、ぼんぼりみたいな髪の毛が乱れているのが気になったが。

 

「私ね。人間たちと和睦することにしたわ」

 

「……かしこまりました」うやうやしく礼をするリュグナー。

 

「本当によ?」

 

「ええ。わかっております。我等にとっての悲願ですからね。今回は少々時間をかけすぎたきらいはあります。ひとつの都市を堕とすのに80年もかけてしまいました」

 

「えっと……本当なのよ? これからは人間と手をとりあうの」

 

「ええ何も言わずともわかっております」

 

「本当の本当よ」

 

「はい」

 

 あ……。

 と、思った。

 

 もしかするとだけど、アウラ様500歳はいままでほとんど会話をしなくてもよかったキャラで、だからコミュニケーション能力にちょっぴり不具合があるんじゃないか。

 

 ついでに言えばだけど、魔族は基本的に陰キャだし、絶望的なまでにコミュ障である。

 

 わたしは事態の推移を見守るしかなかった。

 アウラ様がんばえー。

 

「仲良くするのよ?」

 

「人間と仲良く……。ええ、本当に楽しみです」

 

 ニチャアと笑うリュグナー。

 

 この人、絶対脳内で人間と仲良く(意味深)しちゃってる!

 

「ええと、お酒をいっしょに呑んだりして、ワッショーイみたいなぁ?」

 

 アウラ様は少し涙目になっているようだった。

 

「血の盃で乾杯ですか。さすがアウラ様。詩的な表現がお美しい」

 

「違うのよ……リュグナー、そうじゃないのよ」

 

 アウラは困惑した表情で首を振った。さすがに違和感を覚えたのか、リュグナーは目を細め、一瞬だけ考えこんだ。

 

「ああ、そういうことですか。つまり、アゼリューゼは最後の最後にする、と。そういうわけですね。和睦の名の下に人間を欺き、その油断を突いて……人間たちの絶望する顔が思い浮かぶようです。実に楽しみです」

 

「違う、違うの!」アウラ様はもう一度強調するように言った。「本当に、文字通りに人間と仲良くするのよ。戦いをやめて、平和に暮らすの。もう、無駄な戦いは終わりにしたいのよ」

 

「なるほど、和睦の期間を利用して敵の戦力を分析し、内部から崩壊させる作戦ですね。見事です、アウラ様。しかし少々迂遠とも思えますが……。絶望は熟成されるほど旨味を増すということでしょうか。ワインのように――ああ、なるほど、だからこそ酒という表現なわけですね」

 

「違う! 本当に和睦なの!」アウラは深い溜息をつきながら、額に手を当てた。「リュグナー、どうしてわかってくれないの? そうじゃないと、あの大魔王に……」

 

 最後のほうは小さくなってよく聞こえない。

 

 リュグナーはしばらく沈黙した後、ゆっくりと頷いた。

 

「アウラ様のご意志、理解しました。いましばらく我慢せよということですね。少しばかり残念ではありますが、いたしかたありません」

 

「違う……」アウラ様はもう一度言ったが、今度は諦めたような口調だった。「もういいわ。リュグナー、私は本気で平和を望んでいるの。保身だろうが私にとっては切実なことなのよ。だから、あなたもそのつもりで動いて」

 

「もちろんです、アウラ様。ご命令とあらば、全力でお応えします」

 

「……よきにはからって」

 

 よきにはからっちゃダメぇぇ。

 あきらめちゃダメぇぇぇぇぇ。

 

 しかし哀しいかな。ここでは誰も会話を修正してくれる人などいないのだった。

 わたしが出ていっても余計混乱するだろうし、実はわたしも立派なコミュ障なのだ。

 

 それに、なんとかなるんじゃないかとも思った。

 結局、最後にはアウラが出張ってくる。そして、和平条約に調印する。

 そのあとは、事実として休戦状態に移行するのだから、じっくり時間をかけてリュグナーを説得すればいい。アウラが手伝ってくれるなら、なんとかなる。そう遠くないうちに誤解は解けるだろう。わかりあえるだろう。

 

 だろう。だろう。だろう。

 推定がサーキュレートする。

 

 人間らしいわかりあえるという幻想に、きっと相手もそうだろうという魔法に。

 

――人知れず、わたしも罹患していた。

 

 だから、そんな甘い期待を抱いたのだった。

 

 

 

 

 

 太陽が街をすみずみまで照らしている。

 調和の光が人の列にあたり、長い影をつくりだしていた。

 

――影のかたちは魔族も人間も変わらない。

 

 魔族と人間が街中を練り歩いている。

 衛兵たちの鎧がガチャガチャと重い音をたててそれに続く。

 先頭を行くのはもちろん、リュグナーとグラナト伯爵である。

 リーニエとドラートはそのすぐ後ろを静かに随行している。

 民たちはその様子を恐る恐る覗いていた。

 

「ええ、ですから魔族のトイレも人間と変わりませんよ」

 

 リュグナーは歓談していた。まるで人間がそうするように雑談に花を咲かせる。

 グラナト伯爵もそれに応じる。

 

――和議は順調だった。

 

 少なくとも形の上では。

 

 リュグナーは、アウラの使者として二度目の訪問をし、グラナト伯爵は快くそれを迎え入れた。あとは、調印の日時を決めればよい。そのまえのデモンストレーションとして街を共に歩くという行為が必要だった。

 

 フリーレンのことが気になるが、人間の所作として必要だと言われれば、わたしにそれを拒むことはできない。

 

 ただ、わたしもフリーレンが人間であるということに対しては絶対の信頼を置いている。いくら魔族絶対殺すウーマンだとしても、人間の法に表立って逆らいはしないだろう。人をむやみに殺しはしないだろう。

 

 そう判断した。

 

 その判断は一部正しく、一部まちがっていた。

 

 

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              フリーレン襲来

 

WARNING ⚠ WARNING ⚠ WARNING ⚠ WARNING

 

 

 

 ほい。魔法チャージ。

 なんの躊躇もなく、街中で魔法ブッパ態勢である。

 魔法の杖が静かにうなりをあげ、リュグナーに向けて発射のかまえ。

 だが、一瞬。フリーレンは停止した。

 いまこの場で魔法を放てば、随行している衛兵たちにも当たってしまう。

 なんの罪もない民草をまきこんでしまうかもしれない。

 建物に被害が出てしまうかもしれない。

 人間という魔法が、彼女の行動を抑制する。

 

「フリーレン様。街中ですよ!」

 

 フェルンが後ろから羽交い締めにする。もう全力で止めにかかっていた。シュタルクは自分が怪力だと知っているからか、それとも女性の身体に触るのもよくないと思ってか(紳士に育ってお姉ちゃんうれしい)、躊躇しているようだ(お姉ちゃんが襲われたときは躊躇しないでね)。

 

「ちょ、ちょっとフェルン。魔族。魔族だってば」

 

 じたばたと暴れるフリーレン。

 膂力ではもしかするとフェルンのほうが強いかもしれない。

 もう上背ではフリーレンを追い越している。

 

「貴様、何をやっている!」

 

 側にいた衛兵がフェルンと入れ替わるようにして、フリーレンを後ろから押し倒す。

 重い鎧の重力によって、フリーレンはつぶされた。

 乙女に対しては雑な扱いだが、街の衛兵にとってはテロリストと同じである。

 その拘束は多少手荒ではあったものの、至極真っ当なもの。

 フリーレンは自らが捕まることには頓着していない。抵抗せずに身体の力を抜いている。

 ただ、視線だけは射貫くようにリュグナーに対して向けていた。

 

 リュグナーはフリーレンに気づいた。

 そして、獲物を見定めるように、じっと見つめながら一歩一歩近づく。

 フリーレンを見下ろした。そしてグラナト伯爵に微笑をもって振り返る。

 

「グラナト伯爵。あなたの指金ですか」

 

「儂はこの和睦に期待を寄せておる。それを自ら台無しにするほど馬鹿ではないわ!」

 

 吐き捨てるようにグラナト伯爵は言った。

 

 グラナト伯爵の脳裏には、息子の鎧とペンダントがよぎったのかもしれない。

 アナリザンドはドヤ顔で自らの外交成果を伝えていた。

 

――わたし超すごい。天才! アウラ様と仲良くなっちゃった。

 

 不思議なおどりを踊るアナリザンド。

 グラナト伯爵は少々呆れ気味だったが、それも含めて媚びなのである。

 グラナト伯爵はリュグナーとアナリザンドが外交合戦をしあうところを見ている。ネット配信で和平についての想いを小学生みたいな作文で披露している姿も見た。

 

――平和はとても大事だとおもいます。なぜならとても平和だからです。

 

 まるで児童のように拙いが、そこには一定の信頼がある。だから言った。

 

「大方、()()()()()()()冒険者といったところだろう」

 

「あなたがた人間はソレが大好きなのでは?」

 

「例外的なやつもなかにはいるさ。事実、儂も息子が死んでからは遠ざけておった」

 

「そういうことにしておきましょう」リュグナーがひざをつく。「冷静で殺意のこもった冷たい目だ。私達を憎んでいるこの街の住人でさえ、私を見るときは怯えながらも"人を見る目"をしている。だが、君のその目はまるで猛獣でも見ているかのような目だ」

 

 リュグナーはそのまなざしに気づく。

 ネットに侵されていない。同化を拒むような冷たさを。

 あの気持ちの悪い糞便のカタマリを避けようとする心持ち。

 

 このエルフの少女は、潔癖症なのだ。

 

 穢れを許さない。

 リュグナーと同じく自分の想い以外を赦さない。

 まるで獣のような気高さ。

 その共通項を確認し、リュグナーの微笑は深くなる。

 

「実際にそうでしょ。お前達魔族は、言葉の通じない猛獣だ」

 

「あなたはネットが嫌いですか」

 

 戯れにリュグナーは問いかけてみた。

 

「……嫌いだよ」

 

「私もです」

 

 皮肉なことに、リュグナーとフリーレンは意図せず誰よりもわかりあい、意思疎通をしあっていた。ふたりはどうしようもなく会話をしていた。

 

「屋敷の地下牢につれていけ」

 

 グラナト伯爵が命じ、フリーレンは猫のように脇に抱かれて運ばれていく。

 

 

 

 

 

 フェルンたちが面会に訪れると、フリーレンは寝台を椅子がわりにしてぼーっとしていた。

 

「暇だなぁ」

 

 本もなく、やるべきこともない。

 魔族も殺せないし、と思っているのかもしれない。

 と、そこに足音が近づいてくる。

 フェルンたちだった。

 

「フリーレン様」フェルンが鉄格子に詰め寄る。「も~う、私、申しあげましたよね」

 

 ぷっくりと風船のように膨らむフェルンほっぺ。

 最近ちょっとだけ丸く……、いや女性らしく成長をとげてきたフェルンである。

 

 フェルンはしっかりと伝えていた。

 しつけのなっていない猫に根気強く教えるように、街中では絶対に魔法を使わないようにと言い含めていたのだ。しかし、魔族まっしぐらなフリーレンは聞きもしなかったのである。

 

「二、三年間は、反省しろってさ」シュタルクが言った。

 

 テロ未遂にしては軽い刑罰。

 フリーレンは薄い反応だ。まるで自分の生なんてどうでもいいように。

 薄くひきのばされた時間の価値は、人間に比べたらどうしても低い。

 体感的には、二年など二日間くらいの意味合いでしかないのだろう。

 

「思っていたより短いね。あとで魔導書の差し入れ持ってきて」

 

「フリーレン様は時間を無駄にするのが本当にお好きですね」

 

 フェルンは抗議するように言った。人間の時間においては二年も十分に長い、そのことを知ってもらおうと必死だ。

 

「フェルンも人のこと言えないんじゃないかな」

 

「え? どういうことです」

 

「和睦の件、断頭台のアウラのこと、私に黙っていたでしょ」

 

「どうしてそれを知って……、ハッ、まさか。フリーレン様もついにネットを使うことを覚えたのですか!? ど、ど、どうしましょう。シュタルク様。褒めてあげないと……プリンを、プリンを購入してきてください!」

 

 驚愕と喜悦の入り混じった複雑な表情を浮かべるフェルン。

 

「お、落ち着けよ。フェルン」

 

「落ち着いていられますかシュタルク様。天地がひっくりかえるような出来事ですよ」

 

 しかし、続くフリーレンの言葉にフリーズする。

 

「アナリザンド」

 

 フリーレンの視線が鋭くなった。

 

「え……はい?」

 

「やつと少し話を……いや、話じゃない。()()()()()()()()()()()()()()()()確かめてみた」

 

「お話をしてみたのですね。どうでしたでしょうか」

 

「フェルン、ひとつ教えてあげる。魔族との対話なんて無駄な行為なんだよ」

 

 フェルンは絶句する。

 生まれてから十数年。そのすべてを否定された気がして。

 手に視線をやる。お餅のような感触をフェルンは覚えている。

 しかし、うまい説得が思い浮かばず、フェルンは沈黙した。

 

「無駄ってことはねぇだろ。オレやフェルンに限らず、どれだけの人間が姉ちゃんの言葉に救われたか知らねーだろ。フリーレンは」

 

「いいや無駄だ。あいつらが人類と同じ言葉を話す理由を考えたことある?」

 

 

 

 

 

 フリーレンは自己の体験を説明する。フェルンたちに教え諭すように。

 それは、自分の主張の正統性を示す述懐でもあったのかもしれない。

 

 

 

 ヒンメルとの旅の途中。魔族の少女を追い詰めた。

 彼女は、人喰いで村の少女をひとり喰い殺した。

 

「痛いよ……お母さん……」

 

 ヒンメルは殺すのを躊躇し、そこで村長が待ったの声をかける。

 

「償う機会を与えてやってもいいだろう」

 

「ふざけないで」娘を喰い殺された母親が絶叫する。

 

 村長は傲慢だった。しかし、善良でもあった。

 彼は自ら魔族少女を引き取り、娘とともに育てることを約束したのだ。

 ヒンメルたちは村に留まり、その行く末を見守ることにした。

 

 けれど、破綻はすぐに訪れた。

 

 村長は殺され、家は放火され、気絶した村長の娘を抱きながら、魔族少女は感情を感じさせない茫洋とした眼差しで、たたずんでいる。

 

 ヒンメルが低い声で問う。

 

「何故、村長を殺した」

 

 父親のように接した。愛情をかけていた。気にかけていた。償う機会をやっていた。

 村長の娘も妹のように、あるいは姉のように接していた。

 その姿をヒンメルたちは村の中で過ごすうちに見ていた。

 それをすべてうち壊したのは、目の前にいる魔族だったのである。

 

「やっぱりあのとき殺しておくべきだったんだわ」娘を殺された母親が言う。

 

 後の祭り。人間は魔族の周りに群がり祭りの後を呆然と見ている。

 あのときこうしていればよかったと、ああしていればよかったと後悔している。

 

 ヒンメルも後悔していただろう。

 自分が躊躇したばかりに、こういう事態を招いてしまった。

 フリーレンはそうなるだろうことは薄々予感していた。けれど、自己の正統性をこれ以上なくわかりやすく証明するには、()()()()()()()()()()()()面もあったのだ。

 

――罪悪感。

 

 そのとき、フリーレンは特別意識したわけではない。

 だが、人間が罪悪感を抱かないということはできない。

 裂傷は必ず後になってうずくのである。だからこそ後の祭り。だからこそ後悔するのだ。

 今になって、80年ほどたって、ようやくフリーレンはその裂傷に追いついた。

 

 魔族少女は主張する。

 

「あなたから毎日のように殺意を感じていました。私は平穏に過ごしたい」

 

 殺された娘の母親に近づく魔族少女。

 

「ですから用意しました。私が食べてしまったあなたの娘の代わり(オルタナティブ)を」

 

 イケニエをささげるように。

 

「その子は村長の娘だ」ヒンメルが魔族少女をにらみつける。

 

 そして、魔族少女は言葉を発する。

 

「村長はもういませんよ」

 

 人の死を、彼女はちゃんと理解していた。

 殺されてしまえば、死んでしまえば、そこにその人の魂はない。

 

 けれど、なぜ、村長の娘を殺された娘の代わりにできると思ったのだろうか。

 人間が差異を無視してしまえるからである。同一化しようとするからである。

 光が束になる性質をその魔族は理解していた。

 

 ただ問題なのは、人間には同一化を拒む性質もあることを知らなかった。

 光のなかに闇が潜んでいることに気づかなかった。

 魔族にとって人間はまぶしすぎる。目がくらんでしまう。

 だから、人間の心の闇に気づけない。気づきがたい。

 

 母親にとって殺された娘が特別な、

 

――代替不可能な存在

 

 であることを理解できなかったのである。

 

 魔族少女はまちがえた。だから死んだ。殺された。

 

 

 

 

 

「そういうわけなんだよ。フェルンたちがあの魔族と長く過ごしているのはわかってるよ。だから騙されちゃうんだろうね。私はあのときのヒンメルみたいに傷ついてほしくないんだ」

 

「でもオレだって魔族に村を襲われたんだぜ? 魔族がこえーのくらいわかってるよ」

 

「シュタルクは、積極的に駆除しようとしているわけじゃないでしょ。襲われたときにしょうがなくイヤイヤ立ち向かってるだけだ。立ち向かう"敵"が人間だろうと魔族だろうと関係ないんじゃない? だって殺さなければ殺されるんだからね」

 

「まあ、そりゃそうかもしれねーけど……」

 

「私はフェルンが心配なんだ。フェルンは魔族に襲われたわけじゃないからね。魔族を知らない。魔族が人を喰う、人を欺く化け物だってことを心の底からわかっているわけじゃない」

 

「それは……」

 

 フェルンはうなだれた。

 確かにフェルンのなかには迷いがある。

 魔族という種族をアナリザンドを通して見ている部分がどうしてもある。

 もしかすると、ほんのわずかながらわかりあえる可能性があるのでは、と考えてしまう。

 アナリザンドが騙されるなと、何度も何度も教えたのに、そう思ってしまうのだ。

 それこそが人間病である。そうであることも教えてもらった。

 

「ハイターに任されたんだ。私が教えてあげないと……私はまた後悔する気がしたんだ」

 

「ありがとうございます。フリーレン様。大丈夫です。私もそうしなければと思ったら、必ず魔族を殺します」

 

「それがアナリザンドでも、フェルンはそうできる?」

 

 フェルンは鉄格子から手を離し、少しだけあとずさった。

 

「フリーレン様は、アナリザンド様のことをご存じないのです」

 

「そうだよ。私はアナリザンドなんて知らない。魔族が人を殺す化け物だってことしか知らないんだ。その祖先は人をおびきよせるために物陰から助けてと言葉を発した魔物だよ」

 

「確かに起源はそうなのかもしれません……」フェルンはうつむいたまま言う。「けれど、それは魔族が洗礼をうけて、人として生きていくことができるという可能性を否定しません」

 

「女神教の教義に反しちゃいそうだけど、いいの?」

 

「最高の教義とは良心です」

 

「いい子に育ったね。フェルンは……」

 

 鉄格子ごしに手を伸ばし、フリーレンはフェルンを撫でた。

 

「まあいいさ……、どうせ後の祭りだ」

 

 人間は既に魔族を招き入れてしまっている。

 和睦の成立まで――あと、わずか。

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