魔族少女のエロタナティブ   作:アナリザンド

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明けない喪

 

 

 

 アウラ、進撃しろ!

 

 実際には、『アウラ様。お尻ちゃんと拭いた? うんこもう大丈夫? なら、すぐに準備して、街のほうに来て』という言葉だったけど、神速で和睦の調印しに来てほしかったのは事実だ。

 

 アウラがトイレからようやく出てきたあと、わたしは猛烈に焦っていた。

 なにか得体の知れない事態に進みつつある。

 このまま事態が推移すると、ろくなことにならないのはわかりきっている。

 

「なによぉ。お腹痛いんだからちょっとくらい待ってくれてもいいじゃない」

 

『そんなおへそまるだしの恰好してるから、お腹冷えて痛くなるんだよ』

 

「魔族がそんな脆弱なわけないじゃない。私は五百年も生きた大魔族よ」

 

 年齢マウントしてる場合か。更年期障害じゃないよね。

 

『トイレにこもる時間が長すぎるんだってば。アウラ様もしかして便秘なの?』

 

「どちらかと言えば柔らかめかしら……」

 

『そう……』

 

 軟便のせいでひとり部下の人、死んじゃったんだけど。

 

「それにしてもあなたって、排便の時間も監視しているの? あなたにすべてを支配された暁には、魔族も人間もみんなトイレタイムを監視されることになるのね」

 

 アウラは憂鬱そうな目で見ていた。

 

『そんなことしてないって。アウラ様。早く早く! 和睦が、和睦が逃げちゃう!』

 

「逃げはしないわよ。そんなの」

 

『本当だってば!』

 

 遊園地をせがむ子どものような面持ちでわたしは言った。

 

「ああもうわかったわよ。行けばいいんでしょ。行けば」

 

 そんなわけで、こっちは街に近づけて――。

 

 別の視点では、フリーレンを見つけた。

 

 

 

 

 

 フェルンたちは街のオープンカフェで食事をしていた。

 最近、ふくよかになってきたフェルンは、むさぼるように巨大なハンバーガーのようなものを口にしている。対するシュタルクは、少女のようにちっちゃな量だ。

 

 フェルンが先に食べ終わった。

 とんでもない早漏っぷりである。食べるスピードも半端ない。

 フェルンが立ち上がり、見下ろすようにシュタルクを見ている。

 

「シュタルク様……」

 

 獲物を狙うような視線を感じた。

 かきこむようにして、皿のうえの食べ物を口の中に流しこむシュタルク。

 

「あげねーぞ」

 

「そうじゃないです……。フリーレン様のことですが、いかがいたしましょうか」

 

「姉ちゃんがなんとかしてくれるだろ」

 

「甘えすぎです。シュタルク様」

 

「どうしようもねえだろ。街中で魔法をぶっぱなそうとしたんだぜ。自業自得だ」

 

「それはそうですが……なにかイヤな予感がするんです」

 

「確かにな」

 

 シュタルクはリュグナーとの邂逅を思い出していた。

 

 魔族の瞳は薄く濁っているが、リュグナーのそれは混沌とした闇が広がっているようでいて、本能的に恐怖が湧いた。

 その視線が、フリーレンにだけ向いていることに、シュタルクは知れず安堵してしまっていた。

 

――戦士なのに。

 

 恐れていた。

 シュタルクは相手の実力を過大評価するクセがある。というより、むしろシュタルク自身を過小評価するといったほうが正しいか。その理由は、安全マージンを多くとりたいという臆病な性格から生じたものだが、臆病な戦士ほど生き残る。自ら死に急ぐようなどこかの魔族とは違う。

 

「アナリザンド様はアウラとの和解が成ったとはおっしゃっておりましたが、その配下の方についてはあまり述べられておりませんでした」

 

 リーニエについては本人の名誉にかかわるので、あまり盛大には暴露できなかったのだ。

 なにしろ、びーえる愛好者は影を好む性質がある。光にあたると死んでしまう。

 リュグナーやドラートについては言わずもがな。単純に仲良くなれなかった。

 

「まあな。でも、トップどうしが和睦するって言ったんなら、それでいいだろ」

 

「シュタルク様は単純すぎです。そんな簡単な話ではないでしょう」

 

「簡単な話さ。割り切ることが重要なんだぜ。戦いなんてクソったれな現状を終わらせるんだ。怨みとか憎しみとか、全部飲みこまなきゃしょうがねぇだろ」

 

「シュタルク様って、もしかして考える頭を持っていらっしゃったのですね……」

 

「おまえにとってのオレってどんなだよ」

 

「シスコン」絶対零度の視線。

 

「……否定はしねえけどよ。それを言うならお前もだろ」

 

「否定はしません」

 

 要するに、ふたりはアナ兄弟なのである。

 

「話を戻しますが、でしたらシュタルク様は事態を静観なさるということですか」

 

「ああ、それが一番現実的だろ。姉ちゃんを信じろ。きっと和睦を成立させてくれるさ」

 

「私達はただ眺めているだけでよろしいのでしょうか」

 

「いいだろそれで。姉ちゃんはオレたちに何も言ってきてないわけだし」

 

 と、そこで噂をすれば影。

 

 アナリザンドから通知が入った。

 

 フェルンがタップする。

 

「アナリザンド様。フリーレン様がつかまってしまいました!」

 

 アナリザンドの前に言葉を発したのはフェルンだ。

 アナリザンドは軽く頷く。

 

『うん。わかってるよ。絶賛脱獄中だけど――』

 

「脱獄ですか!? また刑期を伸ばして、あの方はどうする気なんでしょう」

 

 雑踏にまぎれているフリーレンを見つけ出すのは、さほど困難ではなかった。

 視線の先にいるはずの人がいないのだ。その違和感はすぐにわかる。

 本当はルール違反だけど、いまは緊急事態だ。赦してほしい。

 プライベートな空間ではなく公的空間を防犯するためのカメラなら、人間は社会契約として受け入れている。そういう言い訳を自身にして、わたしは罪を重ねる。

 

『フェルンちゃんたちにお願いがあるんだけど、いいかな?』

 

「なんでございましょうか」

 

『フリーレンを捕まえて。ふたりがかりならなんとかなるでしょう』

 

 わたしは時間稼ぎがしたかった。

 

 フリーレンが正当防衛を理由に、残りふたりの首切り役人を暗殺しに向かう。あるいはアウラを狙うかもしれない。

 

――ありえそうな話。

 

 そうなってしまうと、もはや和睦どころの話ではない。

 アウラを街に近づかせさせるのは危険ではあったが、無理やりでも話をまとめて、さっさと調印させないとまずい。

 

 フリーレンは並の人間には止められない。衛兵たちにがんばってもらうというのも考えられたが、合理的に考えたら、魔族がここを滅ぼすのを止めたということを理由に恩赦をもらおうとするのが、フリーレンとしては手っ取り早い。衛兵たちを吹っ飛ばすくらいはコラテラルダメージとして許されると考えそうだ。

 

「姉ちゃんそりゃ無茶だぜ」シュタルクが唾を飛ばすように言った。

 

「フリーレン様はお強いです。私よりも遥かに」フェルンも続く。

 

『でも、大切な弟子でもある。ハイターから託されたかわいい女の子。そして、シュタルク君。君は戦士アイゼンの弟子。フリーレンだって傷つけないように慎重に戦うと思う。それにここは街中だから大規模魔法は使えない。だからつけこむ隙がある。けっして勝てない戦いじゃないよ』

 

「どうしてそんなことになってるんです?」

 

『魔族のひとりが独断専行して――』

 

 わたしは事態の推移をかいつまんで説明した。

 フリーレンは脱獄したこと以外は、正当防衛をしたといえるだろう。

 その場面を見ていたわけではないけど、あの様子ならわたしが証言してもいい。

 

「そんなことがあったんですね」

 

『うん。ごめんね。わたし、まちがえちゃった……』

 

 しょんぼり、エルフ顔になるアナリザンド。

 ゼーリエに教えてもらった秘儀のひとつ。

 そこはかとなく虚無を感じさせる顔である。

 

「しかたねぇよそりゃ。話を聞かないフリーレンや、そいつが悪ぃわ」

 

 シュタルクがアナリザンドを擁護した。けれど、伝え損ねたアナリザンドも悪いのだ。そんな小さなエラー、誤解の積み重ねが今回のような混乱を生んでいる。

 そのエラーが深刻なものになれば、すべてが破綻してしまう。あの魔族少女が村長を殺したように。家を燃やしたように。村長の娘を捧げようとしたように。

 

『わたしは戦争を終わらせたいの。わたしを助けてくれる?』

 

「わかったぜ姉ちゃん」シュタルクはすぐに頷いてくれた。

 

『フェルンちゃん?』

 

 少しの間、フェルンは考えているようだった。

 

「わかりました。けれど最初は話し合いからですよ」

 

『もちろん。わたしたちには言葉があるんだからね』

 

 魔族の言葉は空転する。

 

 

 

 

 

 フリーレンは黒い外套のようなものを着ていた。ブルグが創った不視の外套――魔力を隠匿する機能はない。そもそもフリーレンは魔力を抑えているので、通常の状態では、標準的な魔法使いと同じ程度である。

 

 フェルンはHUD――ヘッドアップディスプレイを機動する。

 視覚にフリーレンをロックした。

 

「フリーレン様」そして呼び止める。「こちらへ」

 

 大通りから脇道のほうに導いて、もしもの場合に被害が大きくならないようにする。

 フリーレンも弟子の言葉を無視するほど薄情ではない。

 

「フリーレン様。脱獄したのですか?」とフェルンは聞いた。いちおうの事実確認だ。

 

「しかたなかったんだよ。牢屋にいたらドラートとかいう魔族が襲ってきてさ。一応倒したんだけど、魔族って死んだら魔力の粒子になって消えちゃうじゃん」

 

「正当防衛だったんですね。それはわかりますが……」

 

「そいつ牢番の衛兵を殺していたんだよね。犯人はすでに塵と消えてしまっている。残されたのは死体と私。この状況どう思う?」

 

 フリーレンは衛兵殺しの疑いをかけられるだろうと主張した。

 密室殺人事件で、密室の中に残っているのがひとりだけ。犯人は誰の目に見ても明らかだろうと言いたいのである。

 

「……聞いた話と違いますね」フェルンが言った。

 

 アナリザンドは衛兵は生きていると伝えている。ただドラートに気絶させられていただけだ。あの衛兵は悪運が強かった。即座にアナリザンドの言葉を信じることを選んだ。だから細い蜘蛛の糸を掴むことができたのである。他者の言葉を信じることができなかったドラートは闇の底に沈んだ。悪因が悪果を招いた。

 

「聞いた話? 誰に? ――アナリザンドか」フリーレンの視線が鋭くなった。

 

「衛兵はどんなふうに倒れていたんです?」フェルンは続けて聞いた。

 

「ああ、壁にもたれるようにして、くず折れていたよ。ピクリとも動かなかった。確かに死亡確認まではしていないけれど、魔族に襲われたんだよ。死んでるに決まってるよ」

 

 全身鎧の衛兵は確かに動かなければ人形のようなものかもしれない。

 生命を感じさせない。そして、魔力も――魔法使いではない一般兵は、フリーレンにとってかそけきものだろう。死体に残るあたたかさに似ている。

 

「死んではおりません」

 

「アナリザンドの言葉だろう。信じられないな」

 

「フリーレン様! 牢にお戻りください。正当防衛であることは認められるでしょう。先の街中で魔法を撃とうとしたことも一定の正当性は認められるかもしれません」

 

「だめだよフェルン。魔族に街が蹂躙されてしまう。あいつらが襲ってきたのは事実なんだよ」

 

「それはそうでしょう。ですが、人間の法では逃亡も罪です」

 

「私は逃げているんじゃない。害獣を駆除しようとしているだけだ」

 

「罪を贖ってからにしてください」

 

「そんなことを言っていたらみんな殺されてしまう。七崩賢が――アウラがどれだけの人間を殺してきたか、フェルンは知らないだろう」

 

「アウラが人を殺してきたのも事実でしょう。ですが――、アウラは罪を償おうとしています。人間と和睦しようとしているんです」

 

「和睦なんて仮に成立しても、アウラが牢に入るわけじゃないだろう」

 

「いいえ。魔族としての贖いです。彼らは殺された兵士たちの鎧や剣や装飾品を――、魂を返してくれると約束してくれました」

 

「ふうん。魔族にして珍しい考え方だね。アウラにはたぶん無理だろう。アナリザンドの入れ知恵かな。でもそれは人を欺くための嘘だ」

 

「どうしてフリーレン様には嘘だとわかるんです?」

 

「経験だよ」

 

「経験。つまり主観じゃないですか。そんなもの検証ではありません」

 

「千年もの経験が積み重なればそれはもう事実と同じだ。太陽が明日も昇ることを疑う人間はいないだろう。何万年も同じ事象が生じてきたんだから、それはもう前提になっている」

 

「明日、太陽は昇らないかもしれない」

 

「そうして、闇の世界に沈んでいく。魔族が支配する世界が訪れてもいいの? 英雄たちが――勇者が築き上げてきた世界を、フェルンは否定するの?」

 

「勇者様だって、本当は平和を願っていたかもしれないじゃないですか。ヒンメル様は魔族の少女を殺すことを躊躇されたのでしょう? 魔族と手をとりあう可能性を、未来を信じたからじゃないのですか」

 

「そんな未来はなかったんだよ」

 

 族滅させられたフリーレンは静かにフェルンの言葉を否定した。

 

「フリーレン様は過去に囚われているだけです」

 

「今だよ」フリーレンはフェルンを冷徹なまなざしで睨んだ。「戦争は今、この場所で起こってるんだ。過去じゃない。それをフェルンたちはわかっていないだけだ」

 

「人間にとって、この戦争は長すぎたんです。もう喪が明けてもいいころでしょう」

 

「アナリザンドがあらわれてから、()()()()()()だ。たったそれだけの時間で、もう死んだ人間のことを忘れていけるというの。千年以上殺し殺され続けてきた歴史を否定しようとするの。人間は薄情だ。私には理解できない」

 

「忘れるわけじゃありません。平和な時代でも人の死を悼むことはできます。ただ、折り合いをつけて生きていくためには、死者を弔う必要があるんです。その機会をフリーレン様はうち壊そうとなされています」

 

「そうやって街は滅ぼされていくんだよ。人間たちはあの魔族の魔法に――、言葉という呪いに罹患している。いまこうやって、私というアウラをひとりで殺せる戦力が抑えこまれている。それがその証拠だ」

 

「いいえ。人間の願いです。アナリザンド様は人の想いを束ねてくださってるだけです」

 

 今と未来を生きる人間たちに仮託して、フェルンは主張する。

 

「殺された人間の無念は、そこでは取りこぼされている」

 

 過去に生きる人間たちに仮託し、フリーレンは主張する。

 

 

 

 とどのつまり――。

 

 

 

「「私は魔族を」」

 

 

 

 ふたりの主張は。

 

 

 

「赦します/赦さない」

 

 

 

――どこまでいっても平行線。

 

 言葉が交わることはない。

 

「なぁ。もういいだろ」シュタルクが声をかけた。「フリーレン、実力で止めるぜ。胸を借りるつもりでいくから覚悟しろよ」

 

「女性の胸を借りるだなんて、シュタルクはえっちだね」

 

「えっちじゃねえよ!」

 

 彼我の距離は五メートルほど。

 脇道で両側は建物に挟まれている。

 フリーレンは、冷静に状況を分析していた。

 

 フェルンはいまだ外交的成果が得られず、苦悶の表情をしている。

 

――脅威はシュタルクだけ。

 

 実をいうと、シュタルクが本気を出せば、フリーレンを接近戦で倒すのは十分に可能である。

 戦士という前衛職は、鍛え抜かれた鋼の肉体による耐久力と、防御魔法をある程度無視する攻撃力をそなえているからだ。

 

 だから、フリーレンは交渉が途切れた瞬間に、風の魔法を使って、一気に後方に飛びのいた。

 そのまま大通りのほうへ、全力で()()()

 

「おい、追いかけねーのか?」シュタルクが振り返った。

 

「……」

 

 魂魄が抜け落ちたかのような表情だった。

 あれだけ同じ時を過ごしてきたのに、一言も交わらない。

 

 だが、止めねばとも思った。

 明けない喪は苦しいだろう。

 だって、どちらかが絶滅するまで殺し合いを続けなければならなくなってしまう。

 殺しつくさねば永遠に戦い続けなければならなくなる。

 フリーレンはたったひとりでそれを続けてきたのだ。

 

 フェルンは無言のまま、シュタルクとともに駆けだす。

 ステルスの魔法を唱え、フードをかぶった。

 

「行きましょう」

 




リーニエ「あ、ドラートが素材になった……」
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