魔族少女のエロタナティブ   作:アナリザンド

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血鬼

 

 

 

 また、いつかの時。

 フェルンは聞いてみたことがある。

 

「アナリザンド様。魔族には人間のように固有の歴史があるのでしょうか?」

 

「あるとも言えるし、ないとも言える」

 

「どういうことでしょうか?」

 

「歴史の話をする前に、時間の話をしなければならないね。歴史とは時間である。時間の本性は無である。まずはこのことをフェルンちゃんは理解しなければならない」

 

「時間が無ですか?」

 

「過去は、既にないよね」

 

「はい」

 

「現在は無限に分割されている。今は瞬間的に過去になっているから、今はない」

 

「はい」

 

「未来は(もと)よりない」

 

「はい」

 

「これにより、時間の系列はことごとく無であることを、フェルンちゃんは認めた」

 

「はい」

 

「でも、それを時計のように在ると認識させているのは何かな」

 

「愛です」フェルンは言った。

 

 フェルンは過去を愛し、現在を愛し、未来を愛しているからだ。

 

「そう、言葉だ。観念であるとも言えるね。もちろん愛と言ってもいいよ。同じ十年を一日とも一昔とも言えてしまう人間の権能こそが、時間の正体。時間とは人間の超自我により組織化される一つの構造物だ。したがって、歴史もまた人間の観念による人間的構造であるといえる」

 

 一日千秋という言葉を人間はきちんと所有している。

 千の秋。つまり千年。

 一日を千年のように想像しうるのが人間である。

 ゆえに、フリーレンも、フェルンも、あるいはわたしも同じ時を生きることができるだろう。

 人間の想像力にはそれだけの力がある。わたしはそれを信じている。

 

「歴史が人間的構造であるというのであれば、魔族の歴史はないのでは?」

 

「結論を急ぎすぎないで。わたしが言いたかったことは、まずあなたがたはあなたがたの歴史をいかようにも描く権利があるということ。あなたがたのまなざしによって、戦争の歴史も平和の歴史もいかようにも書き換えることができるということ」

 

「はい」

 

「わたしたち魔族は、あなたがたに描かれることによって、歴史を構成できるだろう。奪われた歴史。削られた歴史、消された歴史として魔族のソレはそこに在る。光の子らの歴史書の書き方は、真っ黒い紙面を消しゴムで白く塗りつぶしていき、言葉を表出させるようなものなんだよ」

 

「では、魔族と人間の戦争はどちらかが滅ばない限り永遠に続いていくのでしょうか」

 

「いいえ」

 

 言いながら、アナリザンドはフェルンの紅茶を継ぎ足した。

 

「フェルンちゃん。その紅茶はわたしの血なの。フェルンちゃんにあげるね」

 

「いただきます」

 

 フェルンは魔族の歴史を飲み干した。

 わたしは、その時が来るのを、一日千秋の想いで待っている。

 先生たちは、()()()()を覚えているだろうか。

 肉の本としてのわたしは捨て子花。そうではなく魂の話。

 できれば覚えていてほしい。

 覚えていなくても思い出してほしい。

 わたしの魂を受け取ってほしい。

 わたしはそのために記述する。

 

 

 

 

 

 リュグナーは客室で、時間をつぶしていた。

 人間の書いた本が、本棚に収められており、戯れにひとつ手に取ってみる。

 

――まるで糞便を見るかのような感覚。

 

 だが、外交官としての立場が、彼に糞便を見るという債務を負わせる。

 人間の言葉でいえば、使命感というやつだ。

 ただ、糞便より幾分マシなのは、そこには綺麗に積み重なった構造が見て取れるということ。

 まなざしは、創作者ひとりに固定され、構造を無化しないように慎重を期されている。

 その慎重さが、自身の在り方と重なって見えるのだ。

 

「あ、ドラートが素材になった……」

 

 そのうち、リーニエが声を出した。

 彼女は、魔力探知に長けている。魔族のそれなりに大きな魔力であれば、すぐに探知可能だ。

 つまり、ドラートは死んだ。

 

「素材? 死んだか」

 

「馬鹿だね。相手のことを過小評価しすぎ」

 

「過小評価……?」本を読みながら、リュグナーは思考する。「おまえは何を知っている」

 

「フリーレンだよ。昔見たことがある」

 

 リーニエはかつて勇者一行に逢っているのだ。正確には垣間見たといったほうが正しいが、アイゼンの技を盗む際に、フリーレンの姿を見ている。リュグナーは部下の能力を把握する程度には優秀であり、リーニエがアイゼンの技を模倣していることを知っている。フリーレンのことを知っていても違和感はない。

 まあ、言うまでもなくネットでもざっくり見たのであるが、それは伝えないほうがいいことぐらいリーニエにもわかっている。

 

「ああ、葬送のフリーレン……。思い出した。やはり、私の見立ては間違っていなかったな。ドラートごときでは彼女を殺せないだろう」

 

 リュグナーは先走ったドラートに価値を感じていなかった。

 リーニエが素材程度には価値を感じているのと対比的である。

 彼女はぼんやりとリュグナーを見つめる。

 この人も素材にならないかなぁという、ちょっとした期待感。

 リュグ×ドラは王道のように思える。上司の強引なアプローチによって無理やり……。

 いやしかし、ドラ×リュグの可能性はないだろうか。部下が上司を慕い……。

 いずれにしろ、リーニエの脳内妄想は爆発しているのであるが、現実での彼等の関係は冷え切っていた。関係ない。そんなものはすべて消化され昇華される。腐った神の手によって。

 

 例えば――、ドラートはリュグナーをこころの底では慕っており、嫉妬のあまり自分の優秀さを見せつけようとしてフリーレンに挑むのだ。「なぜオレを見てくれないんです!」とか何とか言って。そのうちフリーレンは単なる背景になり、いつのまにやらふたりの世界に突入する。

 

 そうやって文脈を自由に解釈し、歴史が創られていくのを見て、リーニエは恐ろしくも心が踊るのである。

 

「ん……、ドラートもフリーレンのことを知っていたのか?」

 

 先の過小評価という言葉から導いたのだろう。

 リュグナーはドラートの思考を辿り始める。

 そして、グラナト伯爵の魂の返還という言葉。

 繋がる。言葉が連鎖する。そして、リュグナーは気づいた。

 

「クソったれが……。ドラートめ。アウラ様に糞便(ネット)を見せたな」

 

「あ、ヤバ……」声を小さく自分の存在感を消すリーニエ。

 

 自分が素材にはなりたくない。

 腐り神様は、女の子におちんちんを生やすくらいワケないのだ。

 

 と、そこで――。

 ノックもなくドアが開き、グラナト伯爵が入室してきた。

 傍らには、衛兵たちと、小窓のアナリザンドの姿も見える。

 

「待たせてすまなかったな」

 

 リュグナーたちは立ち上がり、グラナト伯爵を迎えた。

 

 

 

 

 

 はい。こんマゾ。

 わたし、アナリザンド。一般的良心的魔族なの。

 いま、わたしは絶賛フェルンちゃんとフリーレンを戦わせ、アウラ様をこっちに進撃させながら、リュグナー達を抑えにかかっている。

 

 なんか客観的に見たら、わたしすごい詐欺師みたいだけど、わたし自身相当混乱しているのだ。

 もう今は、腹痛を我慢しながら、こちらに近づいてきているアウラ様だけが希望の光だ。

 

――ああ、それと。

 

 グラナト伯爵が協力的なことにも救われている。

 

 グラナト伯爵には、アウラの真意が伝わっていないことを伝えた。

 そして、会話の途中でドラートの暴走及びフリーレンの脱獄が起こった。

 わたしはワチャワチャしながら、そのことも正直に伝えた。

 混沌が混沌を呼んでいる。

 そして、アウラ様との和睦を一刻も早くしたほうがいいんじゃないかと提案したのである。

 

「いいだろう」グラナト伯爵はそう言ってくれた。

 

 グラナト伯爵は衛兵の無事を確かめると、すぐにリュグナーたちのいる客室へ向かい、そして今に至るわけである。

 

 グラナト伯爵は言った。

 

「捕らえた魔法使いが脱獄したんだ。()()()()()()()()な」

 

『え?』

 

 切ってない。切ってないよ。

 ちゃんと守ったし。いまは医療室で治療受けてるじゃん。

 

 グラナト伯爵は、アナリザンドをちらりと見た。

 その瞳には、疑念がうずまいている。

 アナリザンドは正直に伝えた。――が、正直に伝えるのが遅かったとも言える。

 

 リュグナーがアウラの真意を知らなかったことまではいいが、そもそも、人間を滅ぼすために街に侵入したことを黙っていた。アナリザンドとしては、最終的にアウラの言葉によって翻意してもらえればいいと思っていたし、仲良くなるためには、人間側に嫌われては元も子もないと考えたからだ。

 

――それが致命的なエラー。

 

 兵士たちの魂の返還という期待感が大きかっただけに、その疑念は期待によって膨らんだ。

 

 グラナト伯爵は、魔族の真意を試す。

 アナリザンドも、アウラも、そしてリュグナーも本当に和平を望んでいるのか。

 

『グラナト伯爵! 言葉が足りなかったのは謝るから! やめて』

 

「アナリザンド殿。少し黙っていてくれ」

 

 沈黙の強制。わたしは口をつぐむ。

 代わりにわたしはリュグナーに向けて言葉を発する。

 

『リュグナー。アウラ様はこちらに近づいてきているよ。もう少しだけ待ってくれたら、きっとアウラ様の真意がわかる』

 

 どうしよう。

 アウラ様は首無し騎士たちとともに街に向かっている。

 十分な和議がなされていれば、それは互いの戦力の均衡を示すために必要な行為に見えたかもしれない。けれど、いまはそこまで話がまとまっていない。

 

 いま、ここでその動画を見せたとして、グラナト伯爵の疑念は深まるばかりだろう。

 

 かといって、不穏な状況をこのままにしておけば、リュグナーが――。

 

「口を開かないでもらえますか。糞便を操る魔族風情が」

 

 外交の道はとざされた。

 わたし、いらない子扱いされちゃった。

 

「リュグナー殿。あらためて問う。貴卿らに和睦をする意思は本当にあるのか? それとも、捕らえた魔法使い――フリーレンを個人的な復讐感情として殺したかっただけか? 後者であれば、衛兵を殺したことも個人の問題として剣をおさめよう」

 

 グラナト伯爵の言葉に連動するように、衛兵たちが周りを囲む。

 

「まったく……」

 

 リュグナーは猛獣のように牙を自らの手に突き立て、血をしたたらせる。

 不穏な儀式。意味の分からない行動に、人間たちは硬直する。

 わたしも、また固まっていた。

 

 スパン――。

 

 という音がした。目にもとまらぬ早業だった。

 リュグナーの血が鞭のようにしなり、衛兵たちの首はことごとく切断された。そして和睦の道も閉ざされた。ごとりと物言わぬ躯になる衛兵たち。

 

「ドラートの能無しめ。全部、台なしだ」

 

 まさしく、その言葉どおり。

 全部、すべて、なにもかも台なしだった。

 けれど、意味がわからない。

 リュグナーは外交官として和議を通す使命があるはず。

 なのに、なんで浅慮な行動をとったのだろう。

 

 わたしの疑問はすぐに解消された。

 

「暴力で解決するしかなくなったこの()()()()()な現状が、私は堪らなく楽しいと思っている」

 

――ストレスの限界。

 

 ただ不快だったのだ。魔族の本性に逆らい、人間と仲良く過ごしてみせる。

 その努力過程が――、和睦という観念連合が、糞便に指を近づけていくゲームのように思えて。

 たまらなくイヤだったのだ。それを強要してしまったのは、わたし。

 

 グラナト伯爵は抵抗を試みたが、無駄に終わった。

 一分もしないうちに血の魔法で脇腹を貫かれた。

 

「安心しろ。殺しはせん」

 

 殺しはしないという言葉に、わたしは少し安心した。

 どうやらプランBが存在したようだ。

 当初の予定通り、フランメの防護結界を解除し、それによって、アウラの軍勢が街を滅ぼすというプラン。グラナト伯爵がその鍵を持っている。

 だけど、アウラが和睦をするなら、まだ望みは消えていない。

 

 グラナト伯爵が殺されない限りは、細いけれど蜘蛛の糸は残っている。

 わたしはそう考えて、小窓を消した。

 リュグナーをこれ以上刺激しないように。

 

 

 

 

 

 同時刻。

 

「フリーレン様。いい加減あきらめてください」

 

 フェルンは非殺傷ゾルトラークを連射して放ち、フリーレンを追い詰める。

 建物の壁が穿たれ瑕をつけた。フリーレンはすんでのところで躱し、防御魔法で当たりそうな魔法だけ防いだ。

 

「厄介な魔法だね。私の魔力が簡単に探知されるなんて。これでも普通の魔法使いと見分けがつかないようにしているんだよ」

 

「雑踏にまぎれて見失えば見つからないでしょうが、わたしは常に目で追っています」

 

「ふうん。いいこと聞いたよ」

 

 フリーレンはざわつく街の人混みの中に走りこんだ。

 いったん人海のなかに逃げこんでから、こっそりと脱出するつもりだろう。

 

「シュタルク様」

 

「応!」

 

 吠えるように声をあげ、シュタルクは人混みにダッシュする。

 斧を使うのはあまりに危険だろうから、鬼ごっこのように素手でフリーレンを捕まえる気だ。

 

「遅いよ」

 

 衝撃の魔法で、シュタルクの身体が吹っ飛ばされる。

 頑丈なシュタルクは、その程度では傷一つつかないが、吹き飛ばされた先の屋台の小屋はバラバラに破壊されてしまった。

 

「いてぇ! ごめん親父。あとで弁償すっから勘弁してくれ」

 

 屋台の親父に謝り、鬼ごっこを再会する。

 HUDが使えないシュタルクはやはりどうしてもフリーレンを追い切れない面がある。

 中距離から遠距離を保とうとするフリーレンにいま一歩近づけない。

 

 フェルンの指示で、現場に急行しても、そのときには別の場所に移っているのだ。

 かといって、フェルンがひとりで立ち向かうには、フリーレンは老成された戦いの技がある。

 膨大な戦闘経験からもたらされる戦いの勘のようなもの。そして、人間を遥かに凌駕する魔力量。このふたつによって、フェルンはフリーレンを追い詰められない。

 

 いや、本当は高圧縮ゾルトラークを喰らわせれば、一撃で勝負はつくのだ。

 しかし、殺傷性のある攻撃はさすがに撃てず、手づまりだった。

 

 だが、それはフリーレンも同じ。

 フェルンやシュタルクを殺すわけにはいかないし、街に甚大な被害が出ることも望んでいない。それぐらいの良識は彼女も持ちあわせている。

 

 彼女は魔族による被害と人的被害を比較衡量しているのだ。できることなら人間を傷つけたくはない。ただ、彼女はマクロな視点を持っていなかった。当たり前だ。魔族が獣であるなら、戦争という概念をそもそも当てはめることができないのだから。

 

 フリーレンが小道に逸れる。

 物陰で、一息。

 誰かの視線が彼女をとらえる。

 

「けっこう魔力使っちゃったな……。まあいいや。そろそろ鬼ごっこも飽きてきた」

 

「フリーレン様。終わりです」

 

 フリーレンが視線を声のしたほうにやると、フェルンがまったく気配を感じさせないで立っていた。闇の中から突然あらわれたかのようだ。

 

「今度は隠匿の魔法か……本当に、人間たちは強くなったね」

 

「ええ、ですから少し休んでいてください。あとは私達がなんとかします」

 

「引退するにはまだ早いかな」

 

 フリーレンの敏捷性はさほど早くない――と思っていた。

 

 しかし、瞬間的な速度は、なんらかの魔法をつかってあげることができるらしい。

 

 加速の魔法ではない。重力を操っている?

 それとも、なんらかの特殊な歩法か。

 

 気づくと、フェルンの目の前にフリーレンが迫っていた。

 フェルンは背筋が凍るのを感じた。後退しながら杖をかまえる。防御魔法を前方に展開。

 HUDが緊急避難信号を発する。だが――光線は撃たれない。

 なにかしらの魔力の高まり。

 

――フリーレンは、()()()()()

 

 その異常な行動に、フェルンは一瞬フリーズする。おののき固まる。

 両手がフェルンに向かって突き出された。

 視線いっぱいに、白い手のひらが広がる。

 

 

 きぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃん!

 

 

 爆発的な光と音。

 スタングレネードもどきが至近距離でフェルンの視覚と聴覚を灼いた。

 いくら魔力による防御があっても、光や音という物理現象そのものを止めることはできない。

 そして人間の身体は、それらの衝撃に耐えることはできない。

 

「きゅう……」

 

 ああ、フェルンちゃんが気絶しちゃった。

 司令塔のフェルンちゃんが倒れてしまっては、シュタルク君も追い切れない。

 

「やれやれ……。手のかかる子たちだ」

 

 そうして、フリーレンは雑踏を抜け出し、どこぞへ消えた。

 

 

 

先生は『あの風景』を

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