魔族少女のエロタナティブ   作:アナリザンド

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模倣の流儀

 

 

 

 街のちいさな教会。

 わたしはいったん、女神様のお家にお邪魔させてもらっていた。

 魔族は無条件に弾かれるかと思ったけど、どうやら選択的透過性があるらしい。

 教会の神父様に入っていいよと言われると、わたしも入れた。

 不思議な感覚だった。女神様は魔族にも扉をあけてくれている。それに気づかないのは、魔族が捨て子で、母親である女神様に対して拗ねているからだ。

 

 まあ、もう少し現実的に言うと、気絶しかけていたグラナト伯爵が、わたしも入るように言ったためであり、神父様としては、本当は魔族なんてエンガチョだったかもしれない。

 

 そんなことを言うと、神父様の信仰心を傷つけることになるので言わないけど。

 

 神父様が女神様の魔法――回復魔法を唱えて、グラナト伯爵は命の危機を脱した。

 いま伯爵は、ベッドに腰かけ、なにやらわたしを見ている。

 

「どうしたの?」

 

「アナリザンド殿……少し近づいてきてくれ」

 

「ん~?」

 

 言われるままに、わたしは近づいた。床に膝をついてグラナト伯爵を見上げる。

 蜜事だろうか。わたし顧問だし、参謀だし、人間の使者だし。

 グラナト伯爵が使者にだけ伝える内密な話なのかもしれない!

 ここにはフェルンちゃんやシュタルク君もいるし――。

 

 そして不意に感じる。頭への刺激。

 わたし、撫でられちゃってる!

 

「にゃ、伯爵さま。女の子にそういうふうに触っちゃダメだよ」

 

「あのときは幻想かと思ったのでな、本当におまえがいるのか、確かめてみたかった」

 

「わたしはいるよ。()()()()()よ」

 

「そうだな。確かにいた。ネット越しのあやふやな存在ではなかった」

 

 本来的にネットもリアルも差異はないはずだ。いずれも網膜を通じて自己の脳内で処理した図像を『現実』であると認識している。

 けれど、わたしも少しはその『現実』というやつに、コネクトしたくなったのだった。

 それは、ネットによる()()()()に限界を感じたからである。人間はセクハラをすることで、相手の実存を信じることができる。ネットでもセクシャリティがキャラの実存性を高めているという説が有力だったはずだ。わたしはグラナト伯爵にお触りされることで、ようやく幽鬼ではなく実存的な存在として認められたということなのかもしれない。

 

 ただし――。ただしである。肉体を動かしながらだと、分脳処理がおろそかになる。リアルでの情報処理は、ネットの情報より遥かに濃密だからだ。そこにはメリットもありデメリットもあるということ。リーニエからの緊急連絡に気づかないというようなことも起こりえる。言い訳になってしまうが、わたしの処理能力の限界だった。

 

 そして肉の身体は不意打ちにも弱い。

 

「アナリザンド様。男の方に対して無防備すぎます」

 

 フェルンちゃんがムスっとしていた。

 

 そのまま抱きかかえるようにして、距離を離される。

 さっきファースト抱っこをあげたせいか。触るのに躊躇がない。

 そのままプラーンと吊り下げられる。

 ジタバタすると、物欲しそうな目になりながらも、ようやく離してくれた。

 

「姉ちゃんわりぃ。フリーレンを止められなかった」シュタルク君がシュンとしていた。

 

「しかたないよ。フリーレンが一枚上手だったってことだから」

 

「わたしが悪いんです」フェルンが視線を落とした。「フリーレン様を説得できませんでした」

 

「フェルンちゃんも悪くないよ。グラナト伯爵を助けにきてくれたじゃない」

 

 わたしの救援要請にしたがって、気絶から回復したフェルンちゃんたちはフリーレンを追うのをいったんやめて、グラナト邸に応援に来てくれたのだ。

 

 もちろん、フリーレンを抑えるというのも重要なことだったが、グラナト伯爵が殺されてしまっては意味がない。わたしは、拷問されている伯爵の姿に耐えきれなくなった。かろうじて出ていくのを我慢できたのは、わたしが出張ったところで、たぶんやられちゃうという自己認識と、リュグナーが殺さないと言っていた言葉を信じたからだ。

 

「フリーレンの連れだったな」グラナト伯爵が言った。「お前達のおかげで助かった。感謝する」

 

「伯爵様。フリーレン様は魔族に襲われたのです。ですからやむなく……」

 

 フェルンは虚偽を述べた。だが、ある意味では正しいことを言っている。

 ドラートやリュグナーが襲ってきたことは真実だからだ。

 ただ、フェルンのこころが、自分は嘘をついていると認識していた。

 

「そうだな。フリーレンは儂の爺さんの代に、この街が魔族の軍勢に襲われたとき、撃退してもらったんだ。そのときの相手も七崩賢、断頭台のアウラだ」

 

「アウラは、今回、人間との和睦を望んでおります」

 

「ふむ……。おまえは、アナリザンド殿とも仲が良いのか? 名は?」

 

「フェルンです。フリーレン様の一番弟子。アナリザンド様の妹」

 

 きちゃ!

 

「魔族の妹か。数奇なものだ。姉どうしが反目しあってるとつらいだろう」

 

「いえ……それは」

 

「フリーレンのことは不問にふそう。だがリュグナーはどうする?」

 

「私が殺します」フェルンが決然と言った。

 

「待って。わたしがやるよ。外交に失敗した責任をとらせて!」

 

「魔族にとっての魔族殺しは、人にとっての人殺しのようなものでしょう。アナリザンド様は、人ですら殺せない優しいお方です。リュグナーを殺せるとも思えません」

 

「確かに、わたしは殺意が薄いけど、和睦の障害は排除しなくちゃって思ってる」

 

「なぁ、そりゃいいんだけどよ。アウラとの和睦の前に、フリーレンがアウラと出逢っちまったら、そっちはどうするんだ? アウラが倒されちまったら元も子もねーぜ。まあ敵がいなくなっちまうから、戦争も終わるけどよ……」

 

「シュタルク様の馬鹿!」フェルンが大喝した。

 

「な、なんだよぉ」

 

「敵を滅ぼして成り立った平和と、敵を赦して成り立った平和が同じだと思いますか」

 

「でも、お前、さっき思いっきり赦さないって言ってたじゃねーか」

 

「あれはリュグナーという個人に向けた言葉です。魔族と和睦という歴史を刻むことの意義をお考えください。力でねじ伏せたのではなく、お互いの感情が喪に服され、そこに至ったということが重要なのです」

 

 戦争を生存競争と解すれば、戦争は生存というゲームに乗っかる限り終わらない。

 そうではなく――、感情の合意が必要だった。

 

「わかったよ……で、どうする?」とシュタルク。

 

 アウラとの和睦を成立させるためには、結局のところリュグナーを排除するほかない。

 話し合いが通じる相手ではないし、アウラの言葉も本当に聞くのかわからない。

 もはや、リュグナーは外交官という殻を脱ぎ捨てて、血鬼として自己の存在意義のために行動しているとも思えるからだ。

 アウラが「殺すな」と命じても、アウラの真意は「殺せ」と言っていると、都合よく言葉を解釈するかもしれない。

 

「リュグナーは排除せざるをえんだろう。リーニエはどうなんだ?」とグラナト伯爵。

 

「リーニエちゃんは絶賛、腐ってるから大丈夫だと思う……たぶん」

 

 わたしは結論をまろやかに伝える。

 

「腐ってる? ふむ……、和睦がうまくいかず、ふてくされているというわけか」

 

「まあそんな感じかな……えへ」

 

 わたしは笑ってごまかした。

 

「じゃあ、実質、リュグナーを倒して、フリーレンを止めれば終わりだな。二手にわかれたほうがいいか。筋力で止めるっていうんだったら、オレの方が有利だろ」

 

「シュタルク様が、また考えてらっしゃる……」

 

「だから、フェルンにとってのオレってなんなんだよ!」

 

「短小のインポテント……?」

 

「姉ちゃん。フェルンがひどいよぉぉぉ」

 

 シュタルク君がわたしに抱き着いてくる。

 むぎゅう。

 

「おいクソガキ。アナリザンド殿に軽々しく抱き着くな。痴漢罪で牢にぶちこむぞ」

 

「姉ちゃんだからいいんだよ」

 

「儂にそんな口を利いたな。不敬罪でぶちこんでやる!」

 

「姉ちゃん。貴族のおっさんが怖いよぉ」

 

 わたしの角。シュタルク君にしゃぶられちゃってる!

 

「シュタルク君。角しゃぶりは卒業するって言ったよね!」

 

「アナリザンド様。こいつダメです……去勢しましょう。物理的に」

 

「フェルンちゃん落ち着いて!」

 

 ワチャワチャの会議が続いていく。

 

 と、そこで、ひとつの通知音がわたしの元に届く。

 わたしはシュタルク君に抱き着かれながら、小窓を開いてみた。

 

――未読通知19件。アウラ様。

 

 あ……。

 

『言いつけどおりかつてない勢いで進軍してるわ』

『お腹痛くなってきたわ』

『もうおトイレはどこにもないじゃない。我慢するしかないじゃない』

『あたりが昏くなってきたわ』

『お腹が冷えてきたから帰ってもいいかしら』

『そうだ。鎧にかつがせればいいのよ。って俵担ぎ!』

『疲れた。帰って寝たいわ』

『ねえ。聞いてるの? 未読スルーなんてあんまりじゃない』

『はぁ。ようやく街の明かりが見えてきたわ』

『やっとついたわぁ』

『防護結界は張られてるみたいだし、このあたりでいいわよね?』

『ねえ。聞いてるの。このあとどうすればいいの?』

『待機しとくわよ。いいわね』

『あ』

『ああ』

『あああああああ!』

『フリーレンよ。フリーレンがきちゃったんだけど!』

『どうしたらいいの? 和睦するのよね?』

『ワレ、フリーレント、コウセンス』

 

 血の気が引いた。

 

 

 

 

 

 わたしたちは教会を飛び出した。

 作戦通り二手にわかれることにする。

 つまり、わたしとフェルンちゃんはリュグナーを抑え、シュタルク君にはフリーレンを抑えに行ってもらう。アウラと協力すれば、膠着状態くらいは作れるはずだ。それほど戦士という存在は魔法使いキラーなのである。

 

 アウラのことが緊急だったので、城壁のあたりまでシュタルク君を見送ることにする。

 リュグナーに追われたら厄介だからだ。

 

 果たして城壁のあたりまで近づいた。正確には内側にある防壁で、外にはさらに領都を囲う森と、外壁があるが、街の領域はここまでだった。あたりは真っ暗で、静まり返っている。

 

 人の気配は家のなかにあるものの、グラナト伯爵の部下が、隠遁するように街に広めたのかもしれない。避難アラートは出されていないから、ひっそりと息を潜めているのだろう。

 

――和睦の推移を、結末を見守っている。

 

 あとは速やかにリュグナーを倒すだけだ。

 チラリと、ほのぐらい感情が湧いた。

 

 殺したくはない。本当に。

 でも、そうしなくちゃ戦いは終わらない。

 

 フェルンちゃんは殺すと言ってくれたが、それはわたしが殺さないためだ。

 確かに、旅を続けるなかで、フェルンちゃんは魔族を殺したこともある。確か……えっと、なんだっけ。クパァ~みたいな感じの名前だったはず。

 

 だからといって、今回、和睦をわたしとともに望んでくれたのに、つまり魔族と一定程度会話しうると認めてくれたのに、殺さなくてはいけない状況にいたってしまった。

 

 フェルンちゃんは、魔族の魔族殺しと人の人殺しというふうに分けて言ったが、もはや魔族殺しも人殺しと同等だろう。痛みがあるだろう。

 

 フェルンちゃんはどう思っているのか、それはわたしにはわからない。

 

「HUDの反応が消えています……」

 

 ピピピ……。

 魔族にも魔力を隠匿する能力がある。

 むしろ、人間よりも遥かにうまく自らを隠す術を持つ。

 だから、この状況は――狩りに来ている。

 

 フェルンちゃんが何かに気づいたのか、ハッとした。

 

「アナリザンド様の服……黒くて気づきませんでしたが、これは血です」

 

「血? 姉ちゃん傷ついてたのか?」シュタルク君が焦ってくれた。

 

「わたしの血じゃないよ。あのとき血の魔法で攻撃されたからね」

 

「この血……、魔力を感じます。脱いでください!」

 

「ええ!? いきなり街中で全裸露出しろって? シュタルク君もいるのに」

 

「姉ちゃんの裸を見るくらい、なんの問題もねーぜ」

 

「変態!」わたしとフェルンちゃんの声が重なる。

 

 そして。

 

――ドス。

 

 巨大な血の手が、わたしとフェルンちゃんの両方を刺し貫いていた。

 正確には、わたしは貫かれることなく、吹っ飛ばされ、フェルンちゃんは肩口あたりを貫かれ、城壁に張りつけにされている。

 

 誤算――。

 

 いや、本当の誤算はもうひとつ。

 

 リーニエが、シュタルクに斧をふりかぶり、内壁の外、下に広がる森林の中まで吹き飛ばしたことだ。シュタルク君はとっさに斧でガードしたようだけど、驚愕に目を見開いている。

 

 仲間とはいえずとも、和睦に協力的だと思っていた存在から攻撃を受けたのだから当然だ。

 

 リーニエも人の話を聞かない、立派な魔族だったのである。

 

 

 

 

 

 

 衝撃で木々がなぎ倒され、シュタルクが踏みしめた大地が、えぐられ跡を引いている。

 視点を上にあげれば、内壁がそびえたっている。

 あそこまで登るのは骨が折れそうだが、戦士の体力なら問題はない。

 

 ただし邪魔されなければ――だが。

 

 シュタルクは油断なく身構えた。

 

「信じられねぇぜ。オレは夢でも見てんのか。そいつは師匠の技だ」

 

「フリをするのは得意なんだよ」

 

「フリ?」

 

「模倣。それがわたしの魔法」

 

「おまえは和睦に協力的だったんじゃないのか?」

 

「声を抑えて……。わりとカッコいい声してるな、おまえ」

 

「は? 意味わかんねーんだけど」

 

「リュグナー様がいるからね。殺さなければ殺される」

 

 リーニエは和睦に協力的だったが、自分が殺されなければという前提だ。

 それはおそらく人間であっても、首肯しうる条件だろう。

 誰だって死にたくはない。

 いわば、正当防衛的に、彼女は斧を振り上げたのである。

 

「戦うフリしろってか! おい、オレはフリーレンを止めなきゃいけないんだぜ。そんなことしてる時間はねぇよ」

 

「だったら、私を倒すフリをしてみろ」リーニエは低く斧をかまえた。「でも、本気でいくよ。リュグナー様が素材にならなければ、私が怒られてしまうからね。寸止めしてあげるから安心して」

 

――シュタルク寸止めプレイを、リーニエは既に模倣している。

 

 保険をかけた思考。

 魔族らしい欺き方。

 リーニエは魔族も人間も欺き通す。

 リーニエにとっては、和睦のことなどどうでもいいのだ。

 

 斧と斧が交差する。ペニスフェンシングという概念を、リーニエは既に識っている。

 神々の智慧は既に非生物にまで至っている!

 リーニエの表情筋は魔族にありがちなことに硬く無表情だったが、リーニエの脳内はイケナイ物質がバシャバシャと出まくっていたのである。

 

――願わくば背景になりたかった。

 

 アイゼンを模倣し、自分を影と化す。

 

 シュタルクは防戦一方になった。

 最強の戦士――アイゼンの技が少女の身体から繰り出される。

 しかも、魔族の膂力と魔法を上乗せして。偽りなく最強の技を。

 

 ピピピピピ……。

 

 そして、リーニエは魔族である以上、先天的な魔法使いでもある。

 いわば、魔法戦士。そのため、HUDも使いこなせる。魔力探知の精密さが増し、相手の筋肉がどこに力を入れているか、逐次報告される。

 

 攻撃のタイミング。隙。そして呼吸。いずれも最適化され数値として表示される。

 

――こんな便利なもの。

 

 使わない手はない。

 

 いまのリーニエであれば、万が一にも相手を殺してしまうことはない。

 相手の生命力を判断しながら、削り倒すことが可能だ。

 

 リーニエの斧が、シュタルクを袈裟斬りにした。

 

「ヤバ……。おまえ防御力ありすぎだろ」

 

「戦士ならこれくらい当然だぜ」

 

「でも、おまえは防戦一方だ」

 

 カスダメでも、蓄積すればダメージはダメージ。

 いずれ、身体の動きが鈍っていく。

 

『シュタルク。その程度では戦士はつとまらんぞ』

 

 アイゼンが、ズンと斧を突き入れるイメージ。

 

『うああああッ!』

 

 シュタルクが苦悶の声をあげる。

 ソレはあまりにも巨大すぎた。

 

「ふひ」

 

 無表情だったが放屁のように声が漏れた。

 しかたないのだ。これもまた"愛"なのだから。

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