魔族少女のエロタナティブ 作:アナリザンド
わたし、アナリザンドはグラナト伯爵の屋敷内を徘徊している。
屋敷内は――というか、伯爵領であれば、わたしはちょっとした有名人扱いである。正確にはご当地アイドルみたいな感じ? 親しみがある有名人って感じで、ネットの配信者としてではなく、触れられる存在として接してくれる。みんな顔パスで通してくれる。ついでに言えば、よく撫でられる。
ち、雑魚魔力の人間風情が~とか言うと、ニチャと笑いながら、飴ちゃんをくれるのだ。
「アナ様怖いな~怖いな~。飴玉あげるからいたずらしないでね」みたいな感じ。
ふ、ちょろいやつらめ。
厨房のシェフのおじさんも同じような感じだ。
こちらが扉の隙間から、食事の準備をする様をじーっと見つめていると、それだけでやれやれといった表情になりながらも「お腹がすいているのですかな」と、太鼓腹を見せつけながら言ってくるのである。
「ひもじいの」と伝えると、「まかない程度ならすぐにお出しできますが」などと言って、フルコースとは言わないまでも、さすがは伯爵邸で出される食事、いつもの貧食とは比べ物にならない料理が出てくる。わたしは舌鼓を打ち、これ以上なく脳がおいしいと感じる。
味が、ではない。いやもちろん味もおいしいよ。そうではなく、無料で提供される食事という概念に無上のおいしさを感じるのである。わたしという存在に対して、無料で提供される――つまり贈与なので――つまり愛なので。
いや、卑近に言えば、単純にしてよく言われる言葉。
ただよりうまい飯はないということなのである。
本丸の領主であるグラナト伯爵も同じような反応だ。
和睦の件については、伯爵にとってもさんざんな結果だったはずなのに、わたしに感謝してくれているらしい。
なぜかはよくわからない。いないはずの娘をかわいがるような感じ? あるいは亡くなった息子さんの代替物? グラナト伯爵も堕ちたものだななどと酷薄な魔族らしく思い、わたしは用事もないのにちょくちょく逢いにいく。
それで、わたしが「疲れてな~い? 伯爵さま」とかなんとか言って、肩たたきをしてあげると、なんと、お小遣いを1万APもいただいてしまった。労働の対価にしては過分な報酬。ふひひ。思わず笑みがこぼれてしまう。守銭奴アナリザンドはお金を食べる魔族なのである。
「儂はまだまだ現役だ。ジジイ扱いするなよ」
「うん、わかった。伯爵パパって呼んだらいい?」
「……魔族とはこれほどに恐ろしい存在だったか」
「パパ、わたし賠償したせいで、お金なくなっちゃったの。もっと頂戴」
「く……、無駄遣いするなよ」
さらに、2万APゲット!
くくく。ちょろいちょろい。
まあくだらない話はこれくらいにして――。
べつにお金をせびる徘徊魔族ってわけじゃなくて、事後処理というのはそう簡単に終わるものではないという話。人間たちへの魔族側の賠償という問題は、まだ片づいていない。結局のところ、和平は戦力の均衡によってもたらされる面も大きいのであり、今回は魔族側が人間とともに黒幕を処理したという形にはしたものの、魔族側の戦力は大きくそがれてしまっている。
魔族側の敗戦処理は、賠償責任という形で抑えたものの、リーニエは一介の客将程度の扱いしかされない。このままでは、リーニエは人間に飼われるのがせいぜいで、魔族と人間の和睦は後から覆されないかなと、わたしは心配だったのだ。
だから、魔族怖くないよアピールだったのである。もちろん、外部からやってくる魔族は、そうではないだろう。だが、アウラが一帯を治めていたため、このあたりには魔族の気配はない。魔族にも縄張りという概念がある。いまのところは、人間の側にいるのは、リーニエただひとり。
つまり、わたしが心配だったのは、リーニエのその後だ。
「あ、いたいた」
「ん……? アナリザンドか」
リーニエは、りんごをしゃくりながら、縁側の日がよくあたる場所で、人形のように静かに椅子に座って、またネットを見ていた。冬の到来は近い。お日様の光がちょうどいい具合に辺りをあたため、読書には最適な場所なのだろう。
いつも無表情だから、何を読んでいたかまではわからないけど、おそらく、びーえるではないような気がする。彼女がびーえるを読むときは、腐のオーラが出るからなんとなくわかるのだ。
「なに読んでたの?」
「人間たちの雑談」
「内容は?」
「この和睦について」
「なんて書いてあった?」
「よくわからない。人間たちの言葉は前提となる知識の共有を必要としている。私がいくら模倣しようとしても、それは言葉の輪郭だけで、言葉にくるまれた人の想いまではわからない」
「リュグナーよりすごいじゃない!」
わたしは驚いていた。リーニエの成長っぷりに。
この子は、おそらくすぐに七崩賢のレベルに達し、いずれは完全に人間を模倣できるようになるかもしれない。年齢はわたしより上であるが、魔族の精神性は人間よりも幼い。その意味では、わたしのほうが若干有利。人間たちの無意識を借り受けて、サントームを形成し、ついでにファリックマザーを導入することで固定化し、人間の精神を真似ているから。
つまり、わたしの姉心がうずく……。
リーニエちゃんを妹にしたい。
「リュグナー様は、ある程度は人間の心を理解していたように思うけど」
と、リーニエは興味なさそうに呟いた。自分のことにすら興味がないのが魔族である。自分の魔法にしか――、つまり仮設されたファルスもどきにしか興味がない。
「わからないことをわからないって言えることがすごいんだよ。リュグナーは最初からわからないことはわからないまま諦めていた。インスタンスではなくオブジェクトに向けて志向していた。要するに人間という装置の中身がどうなっているかはわからずとも、どのボタンを押せばどう反応するかを習熟していたに過ぎないんだよ」
「おまえさ……、その難しい言葉やめろよ」
リーニエがぼそっと呟く。
わたしは衝撃を受けていた! そんなこと言われたことなかったのに!
先生たちにも言われたことなかったのに!(頭スカスカとか煽ってるせいかもしれないけど!)
「う、うぐ。わたしが自分自身の解析結果を表出したくてですね。――つまり、愛というものをですね。分析できるのは、この学問だけなの。だってもう、それはなくなっちゃってるから」
「そんなの知るかよ。それはおまえの都合だろう。神ですら叱責されることはある。伝わりにくい表現は、信徒によって怒られるんだよ。そんなことも知らないのか?」
無垢なる腐った者の正論パンチがわたしを襲う。
確かに――ね。確かにそのとおり。
発信者のほうが乱反射する電波を発していたら、受信者は怒りを覚えて当然だろう。
わかりにくい表現をするおまえが悪い、みたいな感じに。
「でもね。ほら――、なんというかさ。勃起する責任は男の人のほうにあるじゃない」
「ふうん?」
勃起という言葉にフックがかかったのか、リーニエは興味深そうに身を乗り出した。
わたしは持論を述べる。
「勃起責任者は常に男のほうにあるんだよ。女の人が裸をさらしたからって、その女の人に責任があるわけじゃないよね?」
「神の書では受けが誘っていると表現されている。受けの側の責任もあるだろ。おまえが悪いんだぞ、オレを誘うから。やめろオレは誘ってなんか……もほほ」
あ、いかん。よくない方向に誘導してしまった。
「いやそれは襲うほうがどう考えても悪いでしょ!」
「それは襲われるほうの言い分に過ぎないと言っている」
「強姦するのはどんな場合でもよくないと思います」
「いいんだよ。どうせ、みんな和姦になる」
なんだよそれ……。リーニエちゃんの理解がわたしを越えていく。
大丈夫なんでしょうか。神さまこれ。
「えっと、とりあえずわたしの話は置いておいてね。今日はリーニエちゃんの今後についてお話ししたかったの」
わたしは話を元に戻すことにする。
少々強引であるが、もともと魔族に文脈は必要ない。
話があちらこちらに、とっちらかってるのが魔族である。
「なんだ? 早く言えよ。私はこう見えて忙しいんだ」
どう見てもニート生活だったんですが、それは……。
まあいい。どうやらリーニエちゃんはわたしの言葉を聞いてくれるらしい。
もしかすると、膨大な魔力を見せたせいで、魔族の本能的に『命令』に従っているだけかもしれないが、話を聞く態勢になってくれるのは幸いなことだ。
「あのね。リーニエちゃんが今後、百年、二百年って生きる長い魔族の生のなかで、人間といっしょに仲良く暮らしていくためには、人間たちに施しを受けるばかりじゃダメなの。今はいいけどね。和睦の権威として、リーニエちゃんは立っているわけだから」
「私はいま人間たちを殺さないでおいてあげている。食べないでおいてあげている。それは施しじゃないのか? これでも私は我慢している」
「うーん。そうだね。それは魔族にとっては施しなんだけど――、人間にとっては前提というか、共存するための最低条件なんだよ。施しとは言い難いかな」
「なんだよそれ。めんどくさいな。なにをすればいいんだ?」
「要するに仕事をする必要があるってこと」
「仕事? グラナト伯爵の敵を殺すとかか?」
「そうじゃないよ。そういう仕事もあるだろうけれど、平和な時代にはあんまりないと思う。教官として兵士たちに戦いを教えるとかはあるかもしれないけどね」
「ほかにはどんな仕事がある?」
「例えば、物を売ったり、サービスを売ったり、あるいは労働を対価にして、誰かの代わりに何かをするとかかな。それか、リーニエちゃんの好きなびーえる小説を書くなんて、想像力を働かせる仕事もあるよ」
「びーえるは無理だ。私には荷が勝ちすぎる……。神の領分を侵す気はない。逆におまえは何の仕事をしているんだ」
「わたしは人間たちに
「配信とかいうやつか。あまり興味はないが……」
「うまく媚びが売れたら、先生たちからお金をもらえるよ」
「お金、か……。よくわからないんだよね。人間がそれを使って物を交換しているってのは知ってる。でも、魔族だったら、何か欲しいものがあれば奪ってしまえばいい」
「いずれ、びーえる小説も売りにだされると思う。それが十年後か、百年後かはわからないけれど、そのときお金を持ってないと、リーニエちゃんは読みたい本を読めなくなる」
「それは困る」
「それにマンガもアニメも……」
「?」
「創作の世界はまだ始まったばっかりだってこと、リーニエちゃんの想像もつかない創造が始まるんだよ。人間たちの時代が始まるんだ。楽しみだよね」
「……そうなのか。小説だけじゃないんだな。人間の想像力は恐ろしい。果てがない」
「人間の欲望に果てがないようにね」
「わかった。おまえのいうとおり仕事をしよう。お金を得るために働こう」
どうやらわかってくれたらしい。わたしは、ほっとする。
戦争のときは、ことごとく会話に失敗してばかりだったから。
「ところで――」
「はにゃ?」
「私に100万APくれるって約束だったよな。あれはどうなったんだ?」
「え、えへへ……そんな話したっけ?」
「おい。詐欺師。こっちを見ろ」
「いま、お金がないんです。賠償したせいで……素寒貧に」
泣きそうな震える声。憐憫を誘う動作。
しかし、魔族には効果なし。
「媚び売ってるんだろ。そういえばグラナト伯爵が言っていた。アナリザンドだけに小遣いを渡すのも、なんだか不公平感があるから、私にも小遣いをくれるってさ。3万APもらったよ」
「へえ。そうなんだ。グラナト伯爵優しいね」
焦るわたし。無意識に後退する。
「つまり、お前はいま最低でも3万APもってるってことだ」
ひええ。この子。取り立ての才能があるよ。誰か助けて!
なけなしのお金がむしり取られちゃう。
「ゆるして。ゆるして……」
手をあわせて命乞いをするわたし。
魔族相手にどこまで通じるかはわからない。
魔族でないゼーリエすら取り立ては厳しいのだから、絶望的な抵抗かもしれない。
けれど、わたしは自分の命を守るために、必死に抵抗した。
果たして祈りは通じた。
「……じゃあ、私も配信者にしろ」
「え?」
「人間たちに媚びを売ればいいんだろ。私は魔族が人間の仕事をするということがよくわからないからな。おまえを模倣するしかない。私に人間の仕事をレクチャーして」
「わ、わかりました。謹んでお受けいたします」
3万APを守るために致し方なかったのだ。
「こんマゾ~。先生たち元気してた~」
わたしはいつものように配信を開始する。というか、まあ戦時中も分脳を使って配信はしていたわけだけども、久しぶりに配信に集中できるといった感じか。
『こんマゾ~』
『和睦お疲れ~。アナ様はやっぱり天使やったな』
『天使のような魔族の笑顔、この街に溢れているよ』
『アウラ様のことは残念だったね。優男卿があんなやつだったとは』
『フェルンちゃんが最終的に倒したんだろ? すげぇぜ』
『英雄フェルンちゃん、和睦の場にもあらわれないとか奥ゆかしすぎる』
『ともかく平和になってよかった』
『あれ? ここの背景。いつもの家じゃなくない?』
『グラナト邸だ。アナ様徘徊してるらしいけど、逢いにいっていいかな?』
『おいやめろ。貴族邸への侵入は容赦なく牢屋行きだぞ』
「和睦大変だったよ~。いろいろがんばったんだけど、いろいろ不本意だったね。でも、友達もできたよ。魔族の友達。紹介するね。リーニエちゃんって言うの」
手のひらをひらひら。
わたしは画面外から、リーニエちゃんに入ってもらう。
要するに、トコトコと歩いてわたしの隣に座った感じだ。
今回の配信については、いわゆる職場体験みたいなものといえるだろう。
魔族であるリーニエに、どこまで人間らしい配信ができるかというか――なんというか問題行動を起こさないかが心配だったのである。
まがりなりにも、魔族側の領主だったアウラの名代。
リーニエが問題発言をしてしまったら、今回の和睦も台なしである。
わたしは内心ガクブルするくらい緊張していたが、リーニエちゃんには緊張はまったく見られない。そういう動作姿勢を選択しているだけなのかもしれないが。そもそも魔法戦士だから、戦士としての在り方も識っていて、豪胆なところがあるのかもしれない。魔族からしてみれば、人間のテリトリー、いわば敵地にいるわけだし。
「こんマゾ。リーニエだ。おまえたちが先生か……文字だけだとわかりにくいな」
あいかわらず無表情、不作法。やや毒舌気味。
ただし、リーニエちゃんはめちゃくちゃかわいい。人間を騙すために愛くるしさを標準装備している魔族は、体貌だけなら、超絶美少女である。ダウナー系無表情ロリとして人気がでる素地は十分ある。
『こんマゾ!!!!!!』
『リーニエちゃん!!!!!!!!! かわいい!!!!!!!』
『あ~無表情ロリっこに踏みつけにされたいんじゃぁ~!』
『アナ様のライバルあらわれちゃった?』
『ああああ、ふたりが肩を寄せ合ってるの尊い』
『フェルンちゃんからしてみれば、浮気なのでは?』
『あとで問い詰められるアナ様』
「今日はわたしの配信を体験してみたいんだって。リーニエちゃんがお話しするのを行儀よく真面目によく聞いてね。それと失敗しちゃっても笑って赦してね。まだあまり人間と話したことないんだってさ」
『わかりました』
『御意』
『人間のこと知らないの。ぐへへ、オレが教えてやろうね』
『アナ様こいつです!』
『はぁ……かわええ。アナ様よりちょっと育ってるのがいい』
『リーニエちゃん様。わたしはあなたをお慕い申し上げております』
「なんだこれ?」
リーニエがあきれた表情で、アナリザンドを見た。
網膜に映し出される文字は、肯定的であるが、ハッキリ言うと、リーニエは人を殺したこともあるし、食べたことだってある。なのに、なにがカワイイだろう。
こんなに愚かしい言葉はないだろう。
だが、そう言った言葉は飲みこむようにアナリザンドからレクチャーを受けていた。
「確か……、媚びを売るんだったな。ウンコみたいに媚びてこびりつけばいいんだろう?」
「リーニエちゃん言い方、もうちょっとマイルドに!」
ワチャワチャと手を羽のように動かすアナリザンド。
『言い方www』
『やはり魔族。アナ様と同じくウンコ大好きウーマンか』
『アナ様媚び売ってたんだね。知ってたけど』
『なんだよ。人間のことが大好きかよ。かわいいね』
『いちおう和睦を結んだんだし、それなりに人間に対して共感してるんだろうか』
『リーニエちゃんの膨らみかけおっぱい好き。50000AP』
『おい。処女配信で変態コメントするな』
『しかも、赤スパかよ』
「あ、私、いまうまく媚びを売れたのか? よくわからなかったけど」
「えっと……まあ、そうかな」
煌々と紅く染まったコメントをじっと見つめるリーニエ。
少しだけ無表情が崩れて不思議そうな顔をしている。
「おっぱい? 人間は魔族のおっぱいが好きなのか? うーん、そういえばそうだったような気もする。いやいや女の胸に価値なんてないでしょ。あんまり膨らんでないからよかったの?」
「そうかな~?」もうどうにでもなぁれ。
『無垢シチュ!』
『自分の価値がわかっていない女の子。こうなんというか……すごくイイ』
『この子かわええわ』
『平和の天使な魔族だもんね。リーニエちゃんも天使だよね』
『膨らみかけがいいんじゃないか。30000AP』
『リーニエちゃんの中でオレらがどんどん変態になっていくよぉ』
「いや人間が変態なのは識っている。そうか、媚びを売るとはそういうことだったか」
リーニエは得心がいったというように頷いた。
なにかイヤな予感がする。
言葉の通じなかった経験は、わたしをほんの少しだけ成長させていた。
リーニエの身体から黒いモヤのようなものが出る。
魔力変換! 魔族の着ている衣服は、当事者の魔力を形にしたものだ。
つまり、魔族とは裸族なわけだが、その着脱は自由である。
「わあああああああああッ!」
わたしはほとんど絶叫し、隣にいるリーニエちゃんに抱き着いた。
魔族少女の裸体が――ギリギリ晒されることはなく、わたしは両の手をブラジャー代わりに隠すことができたのだ。ナイス。ナイス! わたし超ファインプレーだった。
しかし、先生たちからはブーイングの嵐。
『うあああああ。何故止める』
『一瞬、桜色のポチが見えたような』
『はぁ。手ぶらとか、いきなり最高かよ』
『やはり魔族は裸族だった?』
『身体を観たいわ! その子の裸をみせてちょうだい!! 40000AP』
『まっしろいねぇ。お肌……ふぅ』
「なんだよ。これ正解だろ。どんどんお金が貯まっていってるぞ」
「そうだけど、そうじゃないんだよ。乙女の肌はそんなに簡単に売っちゃダメ」
「うるさいやつだな。私が身体を使って媚びを売るのも自由だろ」
「ダメだって。人間のルール的にダメなの。風紀が乱れるから叱られちゃうんだって」
「先生たちは、むしろ推奨しているように見える。文字からにじみ出ている魔力がそう教えてくれている。私は先生たちの魔力のかたちを模倣しているだけ」
魔力とはリビドーのことである。
スパチャとは射精のことである。
そして、欲望とは他者の欲望である。
リーニエちゃんが言ってることは何も間違っていない。
先生たちがそう欲望すると思って、そうなるよう振舞っているだけなのだ。
いわば、赤ん坊が母親に気に入られようとして媚びを売るのと同じ構図である。
でも、去勢された大人の世界では、赦されざる行為だ。
「人間には建前っていうのがあるの!」
「人間ってほんと面倒くさい」
わたしの言葉を聞いて、リーニエちゃんは再び魔族の衣装を身にまとった。
はぁ~~~~。リーニエちゃんには早すぎたのかもしれない。
魔族が淫魔になっちゃうところだった。
『非常に遺憾である』
『でも見えそうで見えない方が興奮する』
『アナ様。もうちょびっとだけサービスシーンをですね。10000AP』
『そうだよ。アナ様。戦争が終わったんだから、もう少し祝福をですね。10000AP』
『裸心で語ってくれる魔族リーニエ様を抑圧するのヨクナイ!』
『はぁ。リーニエ様の真っ白な雪のようなお肌が網膜に焼きついて離れません』
『膨らみかけ。膨らみかけ。膨らみかけ。50000AP』
わたしにもお金が降ってくる。20万。30万。ふひ。
ほんのちょびっとだけ、乙女の柔肌を解禁しちゃってもいいかなとか思っちゃったのは内緒だ。
――ダメです。
フェルンちゃんの怒りの顔が思い浮かんだ。
いけない。そう、人間のことを何も知らない知り始めたばかりのリーニエちゃんを利用するなんて、姉として失格どころの話じゃない。人間としての経験値がそれなりにあるはずのわたしには、人間失格という烙印がふさわしくなっちゃう。
「だめ! 先生たち怒るよ。リーニエちゃんもわかった!?」
「わかったよ。人間たちの模倣は本当に難しいな。わけがわからないよ」
『本当にねー。アナ様はわからずやだよね』
『リーニエ様がちょっと不機嫌な感じでしか摂れない栄養素ある』
『アナ様が比較的明るい感じだからなぁ。ちょっと昏い感じいいね』
『牙を失った魔族はお猫様と同じ説あるわ。10000AP』
『猫と和解せよ! もうしちゃってる!』
『リーニエ様には是非とも魔族と人間との架け橋になってもらいたい』
そんな感じで、その日の配信は三十分ほどの短いものだったが大盛況のうちに終わった。
驚くべきことに、わたしの一か月のしのぎに値する、スパチャ。
そして、リーニエちゃんにいたっては、わたしの三倍ほどは稼いだのである。
具体的には、わたしは100万AP。そしてリーニエちゃんは300万APである。
「これは人間たちにとってはどれくらいの稼ぎにあたるんだ?」
「えっと……、一年分くらいかな?」
「んー。わりと面倒くさいな」
リーニエ様はどうやらお気に召さなかったらしい。
魔族にとって、媚びを売るというのは、本性に基づくものではあるけれども、その本性を人間のルールに従って、抑圧しなければならないというのがネックだ。
「伯爵さまにいって、兵隊たちを鍛えるほうが私にとってはマシだな。たまにおまえと配信をするくらいにとどめたほうがいいか……」
どうやら彼女のなかでそういうことになったらしい。
「お疲れ様。がんばったね。リーニエちゃん」
「ああ、頑張った。それと――おまえ、100万AP稼いだよな」
あの配信のなかで、精確にわたしのスパチャをカウントしていただと!?
リーニエ、恐ろしい子。
この子、誰にも知られていなかったけれど、計算能力が高い。
精密模倣ができるだけに、身体の動き、筋肉の力の入れ方、魔力の流れ、それらを数値化して、自分の身体に置換できるのだ。
わたしは気づくべきだった。
そんな、ほんのちょっと前までお金という概念すら知らなかった子が。
まさか。そんなまさか――。
「おまえとの約束だったよな」リーニエはただ右手を差し出す。
あの時の契約を今こそ履行してもらおう。その手がそう言っている。
確かにそうだけど。確かにそう言ったけど。あのときは和睦のために必死だったのだ。
リーニエちゃんもスルーしてたのにぃ! どうでもよさそうだったのにぃ!
後悔しても、もう遅い。リーニエちゃんを育てたのはわたし、だ。
――和睦の沙汰も金次第。