魔族少女のエロタナティブ   作:アナリザンド

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レルネン

 

 

 

「アナリザンド様」

 

 今日も今日とて、ゼーリエ先生のもとに向かうわたしだったが、その途中で呼び止められた。

 

 そこは回廊のような長い廊下である。右側には掃き出しの大きな窓があり中庭が見えている。

 光の妖精たちがチンダル現象に舞っている。

 

 わたしも光の子らしく歩んでいた。要はスキップしてたのだ。

 

「ん?」

 

 わたしは今はもう比較的自由に、大陸魔法協会の支部の中を闊歩している。黒い外套をはおり、それなりに隠匿した状態であるものの、ゼーリエと配信までしちゃったのだ。もういまさらなのである。時折は声をかけられて最初は恐る恐る慣れてきたら飴ちゃんをもらったりもするのだ。

 

――振り返ると、レルネンがいた。

 

 あいかわらず飄々としていて、年齢にしては若い雰囲気がある。

 魔法使いらしく、手に持っている杖も、杖本来の用途としては使っていない。

 あ、あれ、なんで杖が妖しく光ってるの? 魔力充填されているんだけど。

 

「れ、レルネンおじいちゃん。なぁに?」震え声。

 

「ひとつ手合わせを願えますかな?」

 

「え……いやですけど」

 

「いいですけど、ですか。ありがとうございます」

 

「嫌なんだけどおおおおおお!」

 

 既に杖からは黒いビームみたいなゾルトラークが発射されている。

 わたしはとっさに自身の魔力をひきあげて、そのままそれを受け止める。

 

「ふにゃああああああ!」

 

 そのまま、廊下の端っこまで吹っ飛ばされ、わたしはコロコロと転がった。

 ダメージはない。けれど意味がわからず困惑していた。

 

 建物が損壊することも厭わず、魔法をブッパしてくるレルネンが怖い。

 誰か、このキレ散らかした爺さんを止めて!

 

「さすが零級魔法使いは格が違いますな。通常のゾルトラークの三倍の貫通性能を誇るわが魔法に対し、防御魔法すら必要ないのですか。しかも、魔力を制限していたとは。制限特有の揺らぎもなかった」

 

 レルネンはそんな事実を淡々と述べながらも、(わら)っているのだ。

 少しニチャっとするような哂い方だ。

 

 わたしはよれよれに成りながらも立ちあがる。

 予測軌道は肩口をえぐるようにかすっていた。

 わたしはちょっとだけジャンプして、わざとすべてをうけとめたのだ。

 そうしないと建物損壊の責めを負うことになっちゃうからね。

 もうこれ以上借金を増やしたくない。

 

「ふふ……。レルネンおじいちゃん。わたしの魔力数は53万です」

 

 できるだけ尊大に見えるようにわたしは言い放つ。

 逆らっても無駄だ。抵抗は無意味だ。そう思わせるために。

 

「……どうやらそのようですな」

 

 HUDで計測しているのだろう。HUDはわたしの魔法インターネットを使った解析魔法。

 魔力制限をしても、ほんの少しの揺らぎがあれば、波動関数からその本質的な魔力数を計測できる。しかし、わたしにとってはあまり関係がない。借り受ける前は素の状態なのである。

 

――わたしの魔力数はたったの60だぞ!

 

 なんて言えるはずもなく。

 

「しかも、あと二回変身を残している。この意味わかるよね」

 

 わたしはピースみたいに二本指を突き出した。

 ぴすぴす。

 

 お願いとまってー!

 

「では撃ち放題ということですな」

 

 なんでや。おかしいやろ!

 

 この爺ちゃん武闘派すぎる。黒ゾルトラークを容赦なく連射してきた。

 連射。連射。連射。連射。連射。

 何十本も黒い線が廊下を走り、わたしのもとに届く。

 

 そのすべてをわたしは受け止める。

 踏ん張って、なんとか吹き飛ばされないように耐えた。

 

「なぜ反撃しないのですかな」

 

「わたし嫌だって言ったよ。手合わせしないって言ったよ。ちゃんと聴いて!」

 

「ゼーリエ様はあなた様と殺し合うようおっしゃられましたが」

 

 ゼーリエの言葉はレルネンを焚きつけるようなものだったのだと思う。

 このおじいちゃん、心の中はゼーリエに対して萌えに萌えている!

 ゼーリエに対するクソデカ感情が、今回の襲撃の理由だった。

 

――いや、知ってたけどね。

 

 レルネンはゼーリエの一番弟子なのだ。

 なにごともゼーリエファーストな人物なのである。

 そして、最近のわたしはゼーリエ先生のお気に入りの飼い猫状態。

 

 嫉妬されたんだろうなぁ……と、どこか冷静に考えてしまうわたしがいる。

 

「ゼーリエ先生は、お弟子さんたちのことをきちんとひとりひとり想ってくれているよ」

 

「……わかっておりますとも。弟子たちのブログの中で、ゼーリエ様はひとりひとりに丁寧にコメントしてくださる。尊大なように見えてとても繊細なお方なのです。口では伝えきれなかった言葉も、文字でなら伝えられる」

 

「なら、こんなことする必要ないよね?」

 

「いいえ、私はゼーリエ様の特別でありたいのです」

 

 乙女やんけ。

 

「みんなが特別なんだよ。ゼーリエ先生にとって世界にひとつだけの花なんだ」

 

 甘ったるい女の子みたいな理想論だなと思いながらも、存外その考えはゼーリエ先生の胸中を正確に言い表している。温室のなかの花に対する想いは、まぎれもなく本当だった。

 

「ゼーリエ様の弟子として名前が遺っているのは、おとぎ話になった大魔法使いフランメだけでした。あなた様が現れる前は……」

 

 陰気な声だった。

 闇の力感じちゃう。

 レルネンは続ける。

 

「いまや、あなたの力を借りて、ゼンゼやブルグが輝かしい功績をあげている」

 

 あー、なるほど。

 

 ゼンゼ先生やブルグお兄ちゃんは、わたしがアドバイスしたら人類史に刻まれるような功績をあげてしまった。

 

 ゼンゼ先生の空間座標転移。視界内とはいえ、限定的にファストトラベルを可能にする。いまは質量的にあまり大きなものをいっしょに移動させることはできないし、魔力が異なる人間をいっしょに移動させることもできない。まあ、それはわたしもできないことであるが、ともかく、すごいことなのは確かだ。いつか月にすら辿り着けるかもしれない。そんなロマンティックな魔法なのだから。

 

 ブルグお兄ちゃんのほうは、ゼーリエ先生評ではなんか気持ち悪いというものだったが、それはべつにお兄ちゃんがロリコンだからではなくて、魔法使いにとって自らの魔力を隠匿するというのは本来気持ち悪くてしょうがないことなのだ。まあ、ゼーリエ先生はバトルジャンキーなので、魔力だろうが性欲だろうが勝つために制限するタイプではあるけどね。ともかく、ステルス機能というのは魔法戦闘において画期的技術。今後、戦争とかでも使われるんだろうなぁと思わないでもない最高クラスの叡智なのは間違いない。

 

 そんなわけで、一番弟子であるレルネンは焦ったのだろう。

 

「功績をあげたとかあげてないとか関係ないよ。レルネン先生の業績はどちらかと言えば基礎的なものでしょう。地味だけどすごく大事な仕事なの。ゼーリエ先生もちゃんとわかっているよ」

 

「このような老いぼれです。私が死ねば――、誰の記憶にも遺らないでしょう」

 

 わたしは首を振ったが、否定はできなかった。

 いつか死んでしまうことを考えることは怖かった。信仰が欠けていることはわかっていた。

 輪廻転生でも天国でもホログラフィック宇宙論でも、なんでもいい。

 人類が信じたいのは死を信じたくないからだ。

 

――わたしという存在が死んで無に還るという事実を認めたくないからだ。

 

 アナリザンドというIDタグをつけた自己は闇に還り、わたしというコギトは、ノエシスは存在しなくなり、それでも世界は続いていくのだ。

 

 現実とは、器官なき身体でしか到達しえない。ゆえに、幻想を生きる“わたし”もまた幻想の存在にすぎない。光の白でも闇の黒でもない灰色の細胞によって構築された、ただのネットワーク機構に過ぎないのだから。

 

「先生は永遠を信じたいの?」

 

「……そうです。ゼーリエ様によって()()()()()アナリザンドという魔族を討ちはたすことができれば、私の悪名は永遠に遺ることでしょう」

 

「ゼーリエ先生は確かにエリート主義だけど、殺し合いっていうのは魔法を研鑽しあってねって意味だよ。本当に殺し合う馬鹿がいるかって言われちゃうよ」

 

――まあ、それすらも、ゼーリエはわらって赦すだろうが。

 

 そのときゼーリエは哀しそうにわらうのだろうか。失笑するようにわらうのだろうか。

 それとも、なにもかも諦めたかのように、うっすらと微笑を浮かべるのだろうか。

 

「愚かなのは承知の上です。ゼーリエ様の弟子になった時、私は20代半ばのひねくれた子どもでした。ゼーリエ様にとっては、私は不出来な子どものままなのでしょう。そのころから何も変わってはおりません。アナリザンド様、あらためて手合わせをお願いいたします」

 

 すでに応答を聴くつもりはなかったのだろう。

 

 いくつもの黒ゾルトラークが、わたしに伸びる。もはやわたしという対象に当てることすら意図せず、前方へただひたすらにグミ撃ちしている。

 

 わたしは記述する。

 

――魔法を殺す魔法(デセマンティ)

 

 軽くかかげた右手から、不可視の触手が伸びる。

 魔法の因子はことごとく無化され、意味をなさなくなる。

 黒ゾルトラークは闇に溶かされるように消え、そこにはなんの現象もなかった。

 

「これはディスペル……いや魔法ですらない……」

 

 レルネンの頬に冷たい汗がつたった。

 

 解呪の魔法のように、反作用魔法をあてているわけではない。

 記述そのものの脱意味化。

 このままレルネンを無力化するのは、さほど難しいことではない。

 けれど、わたしは共感した。死を恐れ不死を願うその気持ちに。

 誰かに覚えておいてほしいという願いに、心を寄せることができたのだ。

 

「ねえ先生、わたしを見て」

 

「……魔力数60? どういうつもりですかな」

 

「先生がいま撃てば、わたしを殺せるよ。でも――本当に欲しいのは、わたしを殺して得る悪名じゃないよね?」

 

「なにを……」

 

「ゼーリエ先生に褒められたかったんだよね。だったら、わたし手伝えるかもしれない」

 

「ゼンゼやブルグにそうしたように、ですか」

 

「うん。わたしは命乞いをしているの。とても魔族らしいでしょ」

 

「あなたはそんなことをする必要はなかった」

 

「いいえ、わたしはそうする必要があると思うよ。わたしの信仰を証明するために」

 

 すたすたと、無邪気に、光の子らのように進み、いよいよレルネンの間合いに近づく。

 トン、と胸のあたりに杖の感触があった。

 

「先生、わたしの手をとって。手伝いたいの」

 

「今、私は……魔族の真の恐ろしさを痛感しております。魔法を無力化されたことよりも、わたしの魔法で貫けなかったことよりも、ずっと恐ろしい……」

 

「どうする?」

 

「いいでしょう。ゼーリエ様はおっしゃっておりました。あなた様の智慧を拝借しろと。師の教えにならうことにします」

 

 杖はおろされ、わたしはレルネンと握手した。

 

 そんなわけで人類史に遺るような功績を共同開発することになったのだ。

 いまだ、それがなんなのかは、このときはまだわからなかったけれど。

 

 

 

 

 

 レルネンおじいちゃんも、たぶんだけどいいとこのお坊ちゃんって感じだね。

 研究室兼私室は、品の良い調度品で囲まれていて、いちいち主張しすぎないところがいい。

 華美になりすぎず、豪奢でもなく、卑しくもない。

 貴族のいいところの出だったんだろうなぁと、ぼんやり思うわたしです。

 それがなんの因果か、魔法狂いたちの溜まり場。

 反社の疑いもある大陸魔法協会の手先になるとは……(個人の感想です)。

 因果なものである。世渡り下手だったのかなぁ。

 まあ、人が普通に往来する建物の中でブッパしてくるとか、フリーレンを超えている狂犬っぷりだからね。わたしの評価も、そんなにはずれてはいないだろう。

 

 けれど、ちゃんと握手できたよ。

 

 椅子に座り、身長が足りなくて足をプラプラさせながら、わたしはレルネンが紅茶をいれてくれるのを待った。アールグレイのいい香りがする。

 

 使ってる茶器も乙女の肌みたいに真っ白くなめらかな曲線を描いている。

 

「どうぞ」

 

「ありがとう先生」

 

「おじいちゃんという呼び方はやめたのですかな?」

 

「うん。なんかやっぱり先生は先生な感じがするし……、いやかなって思ったの」

 

「いやではないさ……」

 

 レルネンの口調がほんの少しだけぞんざいさを見せる。

 わたしに少しだけ歩み寄ってくれた気がした。

 

「レルネン先生。魔法は好き?」お茶を愉しみながら、わたしは聞いた。

 

「好きだとも。そうでなきゃ一級魔法使いにはなっていない」

 

「じゃあ、どんな魔法が好き?」

 

「ゴーレムですかな。人の意志ではなく自律するゴーレムを創るのが夢です」

 

「いまはできていないの?」

 

「数多くの、状況にあわせた行動を出力しているだけです。操り糸で人間が操っているのと本質的には変わりありません」

 

「ふうん……」

 

 ゴーレムの中には無数の小さなゴーレムがいるらしい。

 その小さなゴーレムにはEMETH、真実という言葉が刻まれていて、Eを削除するとMETH、つまり死という意味になる。ゴーレムの中には、小さなゴーレムが階層的に配置され、それぞれが異なるタスクを処理することで全体の動きを制御している。

 

 この構造は、現代のコンピュータシステムのモジュール化や並列処理に似ているかもしれない。

 

 いや、すごくね?

 

 ほぼロボットだし。オートマトンかチューリングマシンかは微妙なところだけど、この人スタンドアロンタイプだけど、コンピュータ作ってるのと同じなのでは?

 

 チョムスキー臨界――チョムスキー階層における言語習得の臨界期――を超えているか、つまり言語の習得を彼の創るゴーレムができているかは微妙であるものの、もしも、それが可能であるならば、わたしの魔法インターネットに内在する魔法コンピュータに匹敵するものがいずれ創造可能かもしれない。ゴーレムが人間の言語を習得し、自律的に学習する能力を持つならば、これは、まさに自律する機械――新たな知性の創造だ。

 

 魔法コンピュータは人間の叡智が結集したものであるが、人間の想像力がまた――異なるソレを創りあげるとするならば、それはわたしにとって――。

 

「わたしの()ができるかもしれない。先生、これはすごいことだよ」

 

「そうでしょうか。あなたの創る小窓の機能に比べればいかにも貧弱ですが……」

 

「いまはわたしというネットワークからはずれて生きるのは難しいかもしれないね。でも、わたしの領土を分けてあげることはできるよ。前にゼーリエ先生の小窓に、ホームページビルダーを植えつけたじゃない。あれも、わたしのプレゼントではあったけれど、レルネン先生は自由にいろいろなプログラムを創ることができるんだよ」

 

「……自由にですか」

 

「うん。悪意のあるスクリプトも創れるかもしれないけどね」

 

「それはあなたを殺すウイルスのようなものも創れてしまうということでは?」

 

「そうだよ」

 

「それをあなたは赦すのですか。身の内にあなた由来ではないプログラムが侵入することを」

 

「妹だもん。お家においでって言うに決まっている」

 

 それに、まだまだわたしのネットワークを破壊するには足りないだろう。

 

 それは、人間が人間を絶滅させるに等しい。

 

 

 

 

 

 

――数か月後。

 

 

 

 

 

 レルネン先生とわたしはひとつのプログラムを創りあげた。

 

 それは古典的なインベーダーゲームをベースにしたものである。画面上部から降ってくるアナちゃん(8bitのドット絵でできている。かわいい))を、画面下部に配置されたゼーリエ(同じくドット絵。かわいい)を操作してゾルトラークで撃ち落とすというシンプルな構造だ。

 

 ゲームの操作方法は非常に直感的で、ゼーリエの砲台は左右に移動し、タイミングよく弾を発射してアナちゃんを撃ち落とす。アナちゃんたちは規則正しく降りてきて、プレイヤーがミスショットをするとそのまま地面に到達してしまう。アナちゃんが地面に到達すると、プレイヤーのライフが減少し、ライフがゼロになるとゲームオーバーとなる。

 

 ゲームの難易度は徐々に上がっていき、アナちゃんの降下速度が速くなり、同時に降ってくる数も増えていく。プレイヤーは迅速な反応と正確なエイミングが求められる。また、特定のアナちゃんを撃ち落とすと、追加のボーナスポイントが得られるなどの要素も含まれている。

 

 全体的に、ゲームはレトロなアーケードスタイルのデザインで、シンプルながらも楽しめる内容となっている。プレイヤーは自己ベストスコアを更新するために、何度もプレイすることができる。

 

 そしてクリアすると表示されるのだ。

 

――ゼーリエ様、ありがとう――。

 

 飛ぶように売れたよ。いやマジで飛ぶように。

 

 けれど、ゲームは本質ではなかった。プログラムを人間が独自に創れるということこそが本当のすごいことなのである。

 

「褒美をやろう。何がいい? 新たな魔法か?」

 

 ゼーリエはその偉業にきちんと気づいていた。

 列席する弟子たちも綺麗に整列し、レルネンの言葉を待っている。

 

 そう、みんなの前だった。

 二十代の半ばに弟子入りした彼は、ずっとそうしてほしかったのに言えなかったのだ。

 大の大人が恥ずかしいと思ったのかもしれないし、世捨て人な彼は不器用な生き方しかできなかったからかもしれない。

 けれど、いま誇るべき業績は彼の手の中にある。

 人類史に永遠に記されるべき、上出来なラブレターが。

 

 彼は言った。

 

「ゼーリエ様に撫でていただきたく」

 

「臆病な坊やが勇気を出したものだ」

 

 ゼーリエはわらって手を伸ばし、レルネンの白くなった頭髪を撫でた。




作中で一番乙女力高いまである
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