魔族少女のエロタナティブ 作:アナリザンド
ん。天使の翼。ディガドヒンメル!
わたしはお家の中で人知れずこっそりと魔法を唱える。
ギュっと目をつむり、ニュっと出すようなイメージだ。
結局、ゼーリエ先生が女神様っぽいという理由で怒るので、配信とかでは出せずお蔵入りになってしまった青い翼であるが、わりといろいろな用途があるのだ。
「ふぇ……あったか♡」
そう、今は寒いのである。
雪がしんしんと降り積もる、そんな冬の寒い日だった。
人間より遥かに強靭な肉体を持つ魔族でも寒いものは寒い。
わたしがいるところは魔法都市オイサーストの近く。
鬱蒼と茂る森の中。雪のせいで音が消えて、とても静かな空間だ。
北方のエリアに位置するので、冬は厳しい寒さが続く。
フェルンちゃんも今ごろ、この最強と呼ばれる冬将軍に足止めされているだろう。
ところで、先生たちは北に向かうことをなぜ『敗北』と呼ぶか考えたことがあるだろうか。この世界の先生たちにはわからないことだと思う。
だって漢字ないもんね。この大陸で公用語として使われている文字はバッチリ異世界言語である。さすがに六十年も生きていれば覚えたけれど、漢字のように表意文字ではないのは見て取れる。
けれど、文字というのは面白いもので、例えばふたつという数を表すものがⅡという文字と似ていたり、紅茶のカップを表す文字が『U』に似た文字を使っていたりもするんだ。そのやわらかな曲線はどう見ても、カップのような形状をしている。
つまり表音文字にも表意的な要素というのはあるわけで、前世と今世も収斂進化によって、変わらない要素は多いんだよ。
そのほかにも十進法とかね。人間の指は十本なので、数を数えるときは十進法がオーソドックスになるというわけだ。
つまるところ、人という種族――その肉体が変わらないかぎり――その文化的な遺伝子もさほど変わることなく機能するということなのだろう。おもしろいよね。世界が変わっても人間という存在は変わらないってことなんだから。
そうそう――、『敗北』についてであるが、あれは『北』という文字が背中をあらわしていて、敵に背を向けるということから敗北という意味が定義されたらしい。
では。
――人間が必ず敗北する敵とはなんだろうか。
これも答えはカンタンだね。死である。死なない人間なんて歴史上存在しない以上、今のところは帰納法的に、人間は必ず死に敗北するといっていい。
だから、連想ゲームみたいに考えると、
北国に住む人たちのことを馬鹿にしているわけではないよ。象徴的な話をしている。この世界は魔法が土台にすえられたイメージがメインの世界だ。だから方角にも魔法的影響があるのかな、なんて考えている。
「んー。雪かきしないとダメかなぁ」
雪がだいぶん降り積もっている気がする。
窓のところまでは来てないけれど、白色が辺り一面を染めている。
なお『白』という文字は頭蓋骨を変形させて作ったとされる。
ゆえに白色も存外に不吉の象徴だ。
この家はゼンゼ先生が髪の毛の魔法で丁寧に造ってくれたから大丈夫だと思うけど、雪下ろしくらいはしないといけないかもしれない。倒壊しちゃったらまた借金増えちゃうもんね。
幸いにして、いま雪はやんでいる。
面倒くさいけど、こういう小さいタスクをそのままにしておくと雪だるま式に大きくなるんだよね。よっしゃ! と気合をいれて、わたしは小屋のドアを開けた。
「あ♡」
「あ?」
そこに人が立っていた。
なんか不吉な予感がしてたんだよね……。
それはわたしが世界で一番『ヤベー女』と邂逅した瞬間であった。
ソリテールじゃなくてまだよかったというべきだろうか。
「かわいい♡」
あの、三十秒ごとにかわいいって言ってくるのやめてくれませんか。
出逢った人の名はメトーデお姉さんといった。
長身のすらりとしたモデル体型をしていて、顔立ちはややきつめの印象を抱かせるが、それ以上にやわらかな胸のふくらみがすごかった。そう巨乳である。アニメみたいに爆乳というわけではないが、細身の体形とあいまって相対的に盛り上がりがすごい。
全体的に見れば、すごくやわらかな、
たおやかで優美で、すごく華がある。
これではゼンゼ先生やゼーリエ先生がちんちくりんに見えてしまう!
なお、わたしは完全に幼女なので、まあサイズ感的に小さいのはしかたない。
メトーデは……まあなんというか……ちっちゃくてかわいいのが趣味のようだった。
いまは冷えた体を暖炉であたためながら、あったかい紅茶を飲んでもらっている。
毛布もかけてあげたよ。なんかその毛布の匂いをスンスンされたけど。
恍惚の人――がそこにいた。わたし今すごく文学的表現している気がする。
「はぁ……手も足も頭もちっちゃい。ギュって抱っこしたいです。それにその翼、まるで天使ちゃんみたいですね。とてもかわいいです♡」
あ、いや、もういいや。絶対ロリコンだよ、この人。
わたしは危機感を覚えている。捕食される側としての本能的な危機感だ。
「あのね。メトーデ先生。行き倒れじゃないならさっさと出発されるのはいかがでしょうか。幸いに雪もやんでることですし、いまがチャンスですよ」
わたしは相手を刺激しないように、ゆるやかに提案する。
「メトーデと呼んでください」
「え、なんで?」
「なんと表現すればいいんでしょうか」上方を見つめながらメトーデが言う。「姉のことが好きで好きで好きすぎて、でも素直になれないそんな妹っているじゃないですか」
どこにだよ……。脳内にかよ。
わたしのことを非実在性妄想妹にしないでいただいてもよろしいでしょうか。
けれど、わたしが無言を貫いたせいか、メトーデはさらに妄想を加速させた。
「そんな子が、ぞんざいにぶっきらぼうに言うんです。メトーデお姉ちゃんではなくてメトーデって。涙目になりながらメトーデ抱っこしてくれなきゃヤダって言うんですよ。ふふふふふ」
頬に手をあてて、うっとりねっとりわたしを見つめてくる視線。
ぞわぞわっとする。
こいつ、
「ところで、アナリザンドさん」
「う、うん」
アナリザンドさん呼びは珍しいので反応が遅れてしまった。
「配信いつも見てますよ」
「え、ありがと♡」
配信者としての役割が急に点灯した。
ファンだといわれると、やっぱりすごくうれしい。
なにしろ三十年近く続けているから、わたしの魂の職業みたいなものだ。
「ああ、そのちょろいところもすごくかわいい♡」
「この人間風情がぁぁぁぁ!」
ちょっと甘い顔をするとすぐこれだ。
先生たちのなかでロリコンも数多くいたけれど、この人は自分が女性だからという理由で、ロリコンであることを隠そうともしない。同性だから傷つけないとでも思っているのか。
わたしだって魔族である。侮られることは、なんかヤなのだ。
「むっすー顔もかわいい♡」
どうしたらいいんだろう。
わたしは頭を抱えた。
「つまりアナリザンドさんは私に抱っこされたくないと、そう主張されるのですね」
なんだろう。キリっとした顔でものすごく変態なことを言ってくるよこの人。
「メトーデ先生。こんな人里離れたところに来るなんてなにか理由があるんだよね?」
わたしは応えず聞いた。
まさかとは思うが、わたしの居場所を特定するためとかじゃないよね。
そんなことを言外に言いつつ、わたしは尋ねてみたのであるが――。
メトーデの反応はわたしの想像を超えていた。
「ええと、
……ゾ。
だ、誰か助けて。いやダメだ。ここにはロリコンとロリしかいない。
いっそ、この家を放棄して逃げるべきなのでは!?
ゼンゼ先生もわたしの英断をほめるだろう。家なんて後からいくらでも建てられる。
「そんなに脅えなくても大丈夫ですよ。私はいやがる女の子に無理やり抱きついたりする痴女ではありませんから」
自分を危なくない人アピールするメトーデ。
でも、そんな人がいちばん危険なんだよ!
わたしは静かに首を振った。
「メトーデ先生。考えてもみてほしい」
「? 何をでしょうか」
「筋肉ムキムキマッチョマンの変態が、わたしみたいな小さな女の子に抱きつきたいと言ってくる。こんなケースの場合、その言葉自体がもはや変態的発言なのではないでしょうか。メトーデさんがいくら女の人だからといって、大人の大きな女性が、わたしみたいな小さな女の子に抱きつきたいと言われて怖くないとお思いですか?」
「……!」
驚きにかたまるメトーデ。
これは導いたか?
「知的なアナリザンドさんも素敵でかわいらしいです♡」
変態に死角なし!
このお姉さん、いままでにかよわい幼女に無体を働いたりしていないだろうか。
「でもわかりました。アナリザンドさんは交渉をお望みなのですね?」
笑顔がまぶしかった。
「違うんだけど、そっちのほうがまだマシかもしれない」
少しだけ大人になったわたしは、交渉事が妥協の産物だということを理解しているのである。
メトーデは居住まいを正して言った。
「実をいうと、私は一級魔法使いの試験を受けに北部高原を抜けてきたんです」
――北部高原。
オイサーストから北に向かった危険地帯であり、魔物や魔族が跳梁跋扈している土地らしい。
現在のところ、魔族との戦いが激化し、一般人が踏破するにはあまりにも危険だということで、一級魔法使いの同行が義務づけられている。一級魔法使いの資格保有者は大陸中でたった50人にもみたない。事実上、北からオイサーストに向かうには、非常に少ないチャンスをものにするか、大金を支払って海路を行くしかないのである。
「緩衝地帯なのかなぁ」
わたしは背もたれに重力を預け、頭の後ろで手を組み、天井を見つめる。
北部高原を境に北に広がっているのは帝国で、南にあるのが魔法都市。
両者は戦争状態にあるわけではないが、仲がいいわけでもない。
そもそも独立不遜なゼーリエが、皇帝陛下に頭を下げるなんてイメージできない。
つまり、北部高原は緩衝地帯として働き、両者の摩擦を和らげているのではないだろうか。
「確かに鑑賞痴態です。アナ様の脇様が見えちゃっておりますよ♡」
「ひえ」
油断していたらしい。私の標準的な装備は、黒いゴシックドレスみたいだけど、現代日本風にカスタマイズされていて、わりと露出が多いんだよね。もちろん長年の経験から培われた先生たちの望む姿を顕現しているというのが本質なのであるが、実際に目の前に危険人物がいるのに油断するとは、まことに高慢で油断しやすい魔族の特性だった。
「もう油断しない!」
「ああ、そうやって、胸のあたりで腕を交差して自分を守ろうとする仕草も、とてもかわいい♡」
「話を続けて!」
わたしは無理やり話題を変えた。
これ以上、変態性欲者を刺激してはいけない。
「一級魔法使いの試験は三年に一度という数少ないチャンスです。北部高原をいつ抜けられるかわからない以上、こちらに抜けて待機しておくのがよいと判断したんです」
「えっと、じゃあメトーデ先生は帝国出身なの?」
「いえ、私は北部高原出身です」
危険地帯に住んでいるのかよ。
ヤベー女のヤバさがどんどん浮彫になっていく。
でも、いちおうは同行してもらったってことなのかな?
そうすると、まあ常識的な人ってことになるけど。
「私はこう見えて常識的人物だと思いますよ」
「常識的な人が女の子の脇様とか言ったりしない!」
「あら、鋭いですね」艶美な笑いを見せるメトーデ。
少女のわたしの目から見ても、メトーデは女の魅力というのを体現しているように思う。
そういえば、お姉さんらしいお姉さんって、出逢った人のなかでいただろうか。
ゼンゼ先生はけっこういい線いってるけど、容姿がかわいい系だからなぁ。
「ともかく、こちらで時間を潰す必要があったということです」
「先生は武者修行か何かのために、こんなところにまで足を延ばしたっていうこと?」
「メトーデです。そうですよ。そしたらなにかこう……とてもかわいい波動を感じたんです。私のセンサーがもうビンビンに反応しちゃって、いてもたってもいられず、そしてアナリザンドさんがいたというわけですね」
かわいいセンサーでもついているのだろうか。
絶対に魔力探知じゃないのは確かだ。この家にはステルスの魔法をかけている。
「いきさつはわかったけど、だったら他のところに行ったほうがいいよ。ここのあたりは静かだし、魔物もあんまりいないみたいだよ」
「魔物の代わりにかわいい魔族を狩るのも悪くないかなと思いまして」
ヤダ、この人わたしをロックオンしちゃってる!
「根本的なところを聞くんだけど、わたし魔族だよ? かわいいの対象になるの?」
「そうですね。私には、小っちゃくてかわいいとそれ以外の区別しか存在しないんです」
本当にこの人、大丈夫なんだろうか。
ちっちゃいロリ魔族に襲われたらやられちゃったりしない?
魔法に人生を捧げている人たちなので、なんらかの突き抜けたところはあるのが当然だと思うんだけど、それにしたって、ぶっとんだ価値観だ。
「まあそれは冗談です。私も数多くの魔族を見てきましたが、アナリザンドさんは特別だと思います。本当にかわいらしい、天使みたいな魔族だと思っておりますよ」
「そう言われるとうれしいけど」
「少しはにかんだ顔が、とてつもなくかわいいです♡」
どうしよう。もう一年分くらいかわいいと言われているような気がする。
「じゃあ、メトーデはここに住みたいの?」
「できれば冬の間くらいは」
なるほどね。いいこと思いついた。
「わかりました。では、このお家は冬の間、お貸ししましょう! 賃料は一か月3万APでいいよ。なんと備品も使い放題。ちょっとメトーデには小さすぎるかもしれないけど。格安でしょ」
「その場合、アナリザンドさんはどちらへ?」
「わたしは大金持ちだからね! お家くらいいくらでも持ってるの」
大陸魔法協会のお部屋を冬の間くらいは貸してもらえるだろう。
「あ、ドヤ顔してます♡」
もはや何も言うまい。
実際のところはゼーリエ先生のお部屋……は危なそうなのでゼンゼ先生にお願いするのがいいだろうか。メトーデは宿屋に泊まるよりは宿代がかなり浮くし、わたしは賃料を得られる。ウィンウィンの関係だ。
「で、どうするの?」
「アナリザンドつきハウスじゃないと、私にとっては意味がありません。ちっちゃなアナ様の頭を撫でて、ギュって抱きしめて、時々はいっしょにお風呂に入ったり、いっしょのお布団で寝たりするのが夢なんです」
備品かよ、わたし……。
「それはわたしに旨味がないよね」
というか、むしろ損害を一方的に受ける側というか。
春になった頃にはキレイなアナちゃんはどこにもいなさそう。
わたしはゼーリエ先生に自分を安売りしないと誓ったのだ。
「本当にそうでしょうか」
意外な言葉を呟くメトーデお姉さん。
「え、なにが?」
わたしに何の旨味があるというのだろう。
「アナリザンドさんは配信の時に、フェルンさんのおっぱいが大きくなったと称賛なされてましたよね。違いますか?」
え、この人まさか。
「それはフェルンちゃんの成長が感じられてうれしかっただけだよ」
「柔らかかった。いい匂いがした。気持ちよかった。そんなこともおっしゃられておりましたよね。明らかにフェルンさんではなく、フェルンさんの部分に向けた高評価のように思えるのですが、違いますか?」
――この人まちがいなく――。
「いいえ。それは……。フェルンちゃんの体重が増ぇるんちゃんになりそうだったから。もしかしたらおっぱいに栄養が吸われてるのかなって思ったの」
「かわいらしい嘘ですね」
――確信している――。
「嘘じゃないよ!」
――わたしの属性を――。
そして回答が示されてしまう。
「アナリザンドさん。あなたは
「お、おっぱいなんか好きじゃないよ!」と、わたしは顔を真っ赤にして否定した。けれど、メトーデの目はキラリと輝いている。
「べつにおかしなことではないですよ。幼子が母親のおっぱいを求めるのは、安心したいからです。ほらここに、なぜだかわかりませんが、おおきめの
メトーデは立ち上がり、毛布がファサっと床に落ちた。
両の手は食虫植物――ちょうどそうハエトリグサとかそんなあたり――のように広げられており、わたしはフラフラと誘因されているのを感じた。
目の前で広げられた両手と、その『安心』を象徴するかのようなおおきめの存在に目を奪われてしまう。
ゼーリエ先生やゼンゼ先生には悪いが、この安心は確かにいままで経験したことのないものだった。なんならハイターがいちばん安心したまである。そんなことを言ったら怒られてしまうので言わないが……。
もともと乳房に興味が向くのは、人間的成長を遂げてきたアナリザンドにとってやむをえないところだったのである。対象аの代表的なものは『まなざし』『声』『乳房』『糞便』の四つ組とされているのだから、おっぱいも立派な欲望の原因なのである。
「な、なんでそんなことを言うの?」と、わたしは戸惑いを隠せずに最後の抵抗を試みた。
メトーデの笑顔は崩れない。
「寒い冬を越えるためには、心も体も暖かく包まれる場所が必要ですからね。どうでしょうアナリザンドさん。私のこれはあなたにとって報酬になりませんか?」
くそ……。
こんなところで、このわたしが……このわたしがぁぁぁぁ!
とことこ。ぽすん。ぎゅー。
「アナリザンドさん。雪下ろしはこれくらいでいいでしょうか」
メトーデが雪下ろしを手伝ってくれている。
彼女の実力はわたしが出逢ってきた一級魔法使いと比べても遜色がないように思う。
なんというかオールラウンダーという感じで、言い方が悪いかもしれないが、とても便利な存在なのだ。この人を取り入れれば、大陸魔法協会にとっていい影響を生むかもしれない。
北方の冬が終わるまで、あと三か月くらい。
メトーデとの契約内容は、その日のうちに取り決めた。
なでなでは毎日十分。抱っこも同じ。お風呂はいっしょに入らない。ベッドも別々。
配信のときは邪魔しないなどなど。
料理当番はかわるがわるだけど、わたしがわりと頻繁にでかけるので、アドリブで暇なほうがやることに決めた。
わたしはちょっぴりうれしかった。
お姉さんという存在が珍しかったのもあるし、人間とルームシェアをするという経験が来るべきフェルンちゃんとの生活の経験値になると思ったからだ。
ただ、ゼーリエ先生には『他の女の匂いがする』と言われ、誤魔化すのに苦労したのはつけ加えておこう。
♡多めでお送りしております。