魔族少女のエロタナティブ   作:アナリザンド

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ラオフェン

 

 

 

『おはようんこ』

 

 珍しいことだった。

 リーニエちゃんからの通信である。

 言ってることはキタナイと思われるかもしれないが、魔族としてはとてつもなくすごいことをしている。人を欺くためではなく、誰かと会話するための惹句として挨拶しているのだ。

 

 挨拶は心の魔法とは、よく言ったものだ。

 その言葉自体が、思い遣りを含んでいる。

 わずかだが、自己愛をはみ出している部分がある。

 

『おはようんこ。どうしたの?』

 

 わたしはすぐに返信した。

 

『なんか戦いを挑まれているんだけど、どうすればいい?』

 

 状況がよくわからなかった。

 不穏というより困惑の色合いが強い。

 あまりにも緊張感のない文章だ。

 

 そもそも、緊急コールではなく、文章で送ってくるところからみて、状況的に余裕がある。どこかに隠れていて、音をたてたら殺されるみたいな状況でない限りだが、そもそも彼女はグラナト伯爵に保護されているようなものだ。好き勝手に殺されるような状況ではないし立場でもない。もしも他の貴族から暗殺者を差し向けられるとしたら、グラナトとの軋轢を生むだろう。

 

 それに人類全体としてみても、魔族との和睦というのが半信半疑ではあるかもしれないが、いちおう女神様の前で誓った契約なのである。建前に過ぎないとしても堂々と破るというのは醜聞にすぎる。魔族という存在が、人間によって棄却されうるものであるとはいえ、約束というものは破ってはいけないということにもなっているのだ。もしも、そんなことをおこなう輩がいたら、ネットの大衆によってバッシングを受けるに決まっている。

 

『どういうこと?』

 

 わたしは素直に聞くことにした。

 わからないことは聞くに限る。

 

『なんか文章だと面倒くさい。来れるなら来てほしい』

 

 リーニエちゃんの言葉に、わたしの姉としてのポジションが点灯した。

 わたし、頼られてる!

 妹(仮)であるリーニエちゃんの言葉に、わたしが拒絶なんてするはずもない。

 

『いいよ。じゃあ行くね』

 

 いざ、座標転移だ。

 

 他の人を驚かさないために、わたしはグラナト邸のトイレの中に転移する。

 そっとトイレのドアを開けて左右を確認するも誰もいない。

 戦いといえば、修練場かな。

 衛兵さんたちが修行をする場所として、裏庭にはそんな場所があった気がする。

 そちらのほうに向かうと、グラナト伯爵とリーニエ、そして見知らぬ女の子が庭でお茶するみたいに小さめのラウンドテーブルを囲っていた。衛兵さんたちは無論、周りで修練をおこなっている者もいれば、警護についている者もいるが、彼女のことが気になっているようだ。

 

 女の子――まだ、十代半ばから二十代初めくらいだろうか。

 

 チャイナ服に似たスリットの入ったワンピースのようなものを着ていて、大きめのお団子頭が特徴的だった。そして彼女は、モグモグとドーナツをパクついていた。無償で提供されたであろうドーナツ。さぞかしおいしいだろう。ものすごい勢いで食べている。フェルンちゃんとドーナツ仲間になれそうな勢いだ。

 

 リーニエちゃんは、あいもかわらずリンゴを片手に、あまり興味がなさそうな感じ。

 マイペースにリンゴをかじっている。

 

 そして、グラナト伯爵がわたしに気づいた。

 

「おお、アナリザンド殿。久しぶりだな」

 

「うん、パパ。久しぶり。久しぶりだからお小遣いもお久しぶりしたいな」

 

 わたしがにこやかな笑顔で言うと、伯爵さまはタジタジとなった。

 

「アナリザンド殿はゲームとやらでずいぶん儲けたのではないか?」

 

「それが……そのあと飛行罪の咎で相殺されてしまいました……」

 

 レルネン先生との共同開発した例のインベーダーゲームは、爆発的人気を博したものの、そのあとにゼーリエ先生に女神様の似姿をかたどってしまった罪で、差し引きゼロになってしまったのである。

 

 ゼーリエ先生は絶対にサディストだ。

 わたしが借金でのたうちまわるのを見て、愉悦の表情を浮かべている。

 

 いつもの配信で、がんばってがんばってわずかばかり蓄えはできたものの、それすらも借金の利子で消えていって、わたしの手元にはほとんど残らない。

 

 ちなみにマンガについては、ラント君のほとんど単独での手柄なので、わたしは分け前を請求したりはしていない。わたしは概念を伝えただけで、アイディアに著作権は存在しないのである。

 

「パパ~、おねがーい」と、手を組んで訴えてみる。

 

 魔族の恐ろしさに畏れおののくがいい。

 

 グラナト伯爵は情に厚いお方である。

 破産の危機に瀕しているわたしに手を差し伸べてくれるはずだ。

 そう思っていたんだけど――。

 

「アナリザンド殿。貴君とは盟友であると思っているが、リーニエ殿のほうがよほど領のために働いてくれているぞ。何もしていないのにお小遣いを渡すというのはいささか不公平ではないか?」

 

「え、そうなの?」

 

 複雑な気持ち。リーニエちゃんがちゃんと人間社会に適応しているのは嬉しい。

 でも、お小遣いを貰えないのは哀しい。

 心の貯金がゼロになっちゃったのかもしれない。わたしはグラナト領のためにいろいろ働いてはきたものの、最近は特になにもしてないからね。

 

 おそらくリーニエちゃんはわたしが見てない間も兵士たちの訓練を手伝って、グラナト領のために働いてくれていたのだと思う。魔族が人間のために働く。このことのすごさを先生たちはわかってくれているはずだ。猛獣が人のために働いているようなものなのだから。

 

 なるほど、では()()()

 今の状況を冷静に分析して、リーニエちゃんが正解を導けるように手助けするのだ。

 ひいては、伯爵さまにとってもいいことのはずだ。

 

「えっと、リーニエちゃん」

 

「なんだ?」

 

「紹介してくれる? この子がリーニエちゃんと戦おうとしているんだよね?」

 

 人間たちの所作として、誰かからの紹介というのは、ボーナスが乗るものだと思う。

 初回の印象に、知り合いからの紹介が保証となるから。

 リーニエちゃんは面倒くさそうにしながらも教えてくれた。

 

「名前はラオフェンとかいうらしい。他はこいつに直接聞けばいいんじゃないか。素材にもならないから、私はあまり興味ないけど」

 

 リーニエちゃんはかしこい。

 さすがわが妹(仮)というべきか。

 自分にとっての価値あるものと、そうでないものを切り分けることができる。

 

 ただ、言わせてもらうなら、ひとつの基準で価値というものを測れると考えるのは、知性体としては未熟な側面とも言えるだろう。

 

 そのあたりは、今後の成長として期待したいかな。

 

 わたしは、ドーナツをパクついている最後のひとりに向きなおった。

 

「じゃあ、聞いてもいいかな。こんマゾ。わたしはアナリザンドって言うの。ラオフェンちゃん、あなたのことを教えて」

 

「もぐもぐ……私はラオフェン。もぐもぐ……南側諸国の山岳民族出身……もぐもぐ……、今は一級魔法使いの試験に向けて、武者修行がてら……もぐもぐ……北を目指している」

 

 ひもじいのかな? モノを食べながらだとお行儀悪いよ。

 でも、かわいいからセーフ。

 わたしはラオフェンちゃんから、詳しい事情を聞くことにした。

 

 

 

 

 

 マンガやアニメやラノベ的世界観ではよく棄却されてしまうところであるが、それはつまるところ日本におけるマンガやアニメやラノベは、日本人の視点、日本の文化によって都合よく解釈されているということである。

 

 この世界の住民も、あるいはこの世界のどこか一地方の住民も、そこに存在する文化を引き継いで生きている。その文化を見えないものとして扱い、理解しやすいような形で加工して伝達する。

 

 わかりやすく言えば、()()()()()()()()()()()()()()()は描写すらされないということだ。

 

 だからこそ、あえて描写しようと思う。

 

――価値観は多様性からもたらされる。

 

 そんな多様性と相対性の原理は、きっと、誰もが言葉のうえではわかっているし、その位相において否定することは、なかなかに難しい。

 

 誰もが多様性は素晴らしいものだという。

 誰もが差別はいけないことだという。

 正義は相対的なもので、価値観も相対的なものだ。

 ネットの多数派の意識を言語化すると、こういう次第である。

 

 その言葉自体を否定することは人間には難しい。鏡像原理によって、『わたし』と『あなた』はイコールでなければならないから。

 

 しかし、そうすると、本当の意味での多様性や相対性というのではなく、自身の中の文脈に置き換えて、他者は自分が望むように振舞うべきだと無意識に考えていることになるわけだ。

 

 他者は自分の鏡だから、ちゃんと綺麗に映せよというわけである。

 わたしと同一化しなさいよというわけである。

 

 それこそが人間病における欺瞞のひとつである。

 

 個人の有する価値観とは、本来は連綿と続いてきた()()()()()の継承であり、他と差異化されるものである。ゆえに、異なる価値観とは歴史を識らない他者から見れば、不可解で奇妙でおぞましく見えて当然なのである。

 

 繰り返しになるが、マンガやアニメやラノベでは、それらはケガレとして棄却される。

 ネットには人間を『人間』という言葉で総体化する機能がある。

 

――()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 血の池地獄でパシャパシャと水たまりで遊ぶ子どものように、ラオフェンは靴を洗っていた。

 

 ね? 意味がわからないでしょう。

 

 マンガやアニメやラノベはケガレを除去し、口当たりのいい文脈に加工しているのである。それゆえに、よく噛まなくても味わえる一方で、言葉を象徴ではなく記号と化してしまう。言葉の先にある『意味』を衰弱させてしまっている。

 

 ある日、ラオフェンは里の長老に呼ばれた。

 

「ラオフェン。おまえもそろそろ外の世界を見てきなさい。村の外にはおまえの想像もつかない世界が広がっておる。おまえが自分の成長を実感できる時まで、この村に帰ってきてはいけない」

 

「わかったよ。爺さん」

 

「爺さんと呼ぶでない」

 

「楽しみだなー。里の外にはいっぱいおいしいものがあるんだって」

 

 ネットで履修済みなのか、ラオフェンはブログにあげられた甘いものシリーズに、いまから胸を踊らせていた。里の中はろくに甘いものがない。ウリ科の多年草である羅漢果と呼ばれるものや、ヤギの乳くらいだ。

 

 対して、ネットには魔法のようにいくつものスイーツがアップロードされている。

 ピンク色をした丸くてかわいい形のドーナツ。

 まるでお城のように綺麗に重ねられたケーキ。

 石を積み重ねるようにしたホットケーキ。

 ネットには味を伝える機能はない。けれど、写真で色鮮やかに彩られ、言葉によって伝えられて、無意識に涎がでてくる。食べてみたくてたまらなくなる。多数派の洗練されたグローバルな文化にラオフェンは憧れを抱いていたのだ。

 

「ネットの弊害じゃな……。若者の好奇心を刺激してしまいよる」

 

「外に出る人が多くなったのはネットのおかげじゃない? 限界集落みたいになってたしさ」

 

「一長一短といったところじゃな」

 

「ネットに短所なんてあるの?」

 

「そりゃあるじゃろ。ネットはどれもこれも文化を同一化させてしまいよる」

 

「えー、スレッドごとに文化は違うよ。()()()()()ではンゴってつけてるし」

 

「闇の深い世界に片足つっこんどるのう。孫の行く末が心配なのじゃが……」

 

「べつにおかしなこと言ってるわけじゃないよ。お菓子について、うんこパフェはどうだったとかさ。くだらない話をしてるだけだし。闇なんて深くないでしょ」

 

「……まあよい。出立は明日じゃ。準備をしておけ」

 

「わかったンゴ」

 

「おやめなさい」

 

 そんなわけで、旅立つことになったのである。

 

 次の日、里の人間がラオフェンの旅立ちを見守ってくれていた。

 そして、長老の飼っていた猟犬の首が堕とされた。

 用意されていた土のくぼみに血だまりを創り、ラオフェンはそこに踏み入る。

 

 くるぶしほどというほどの量はない。

 せいぜいが靴底を血で染める程度である。

 パチャパチャとラオフェンは血の池で戯れる。

 その猟犬とは、幼い頃にいっしょに遊んだこともある。

 それなりに哀しい。

 けれど、哀しんではいけない。

 ラオフェンは喜ばなくてはならない。

 感謝しなければならない。

 なぜなら――。

 

「よく訓練された猟犬の血は()()()()()。おまえの旅の無事を祈っておるぞ」

 

「サンガツ(ありがとうの意)。爺さん。行ってくるね」

 

 おそらく説明されなければ、理解されないであろう固有の文化をひっさげて、けれどもだいぶネットに毒されて、ラオフェンは出立したのであった。

 

 

 

 

 

 どうやら、ラオフェンちゃんは素直な良い子らしい。

 

 魔族を討滅しようという意思はなく、単に武者修行をしたくて、たまたまグラナトでは有名な人間と和睦した魔族がいて、腕試しに訪れたという次第だ。

 

 なにしろ魔族の基本スペックは人間よりも高い。

 個としての力は一級魔法使いと同程度はあるのである。

 リーニエちゃんは七崩賢の懐刀だったことから、相当なつわものなのだ。

 ただの腐った女の子ではない。

 

 聞くところによると、ラオフェンちゃんは三級魔法使いなので、旅立ちのときのフェルンちゃんと同じクラスだね。

 

 実力的にはやや不足といった感じか。

 リーニエちゃんのふくらみかけの胸を借りることになるだろう。

 

 実力が拮抗していなければ、たぶんそんなに危険もないはずだ。

 いざとなれば、わたしが無効化しちゃえばいいしね。魔族にとっては劇毒だけど、人間の魔力は食べても死ぬわけじゃない。

 

「どうやら戦っても問題ないみたいだよ。伯爵さま」

 

「うむ。そうか……儂は魔法はフランメの結界以外はよくわからんからな。魔法使いどうし腕を競い合うというのはよくあることらしいが、怪我でもしないか心配なのだ」

 

 なんだろう。リーニエちゃんを見る目がまるで孫を見るかのようなのだが、少し羨ましいぞ。

 他方で、ラオフェンちゃんもなんだか孫成分多めな印象がある。

 

「怪我の心配はないかな。リーニエちゃんも力の加減はうまいほうだと思うし」

 

「ふうむ。そうか……」伯爵さまはすっかり目元が緩くなっている。

 

「なんだ。結局戦うのか。殺さないように戦うのは面倒くさいな」とリーニエちゃん。

 

「あとで、びーえるのマンガ見せてあげるから」

 

 わたしは耳元で悪魔のささやきを告げた。

 

 ラント君の描いた没案がわりと多くあるのだ。

 それ向けに書かれたわけではないけれど、仮面騎士ブラックは旧友である陰月を名乗る戦士と戦うのである。彼らはかつては親友であり兄弟同然の存在だったが、運命によって敵同士となってしまう。敵の組織に改造され、戦いあう運命である。かつての兄弟愛が裏切られ、それでも陰月を止めなければならない。

 そのかつての兄弟愛のシーンが、冗長だということで作者に切って捨てられてしまったのだ。

 おそらくモホォたちに見せたら、すぐさま咀嚼されるような、そんな妖しい関係なのである。

 

 効果はてきめんだった。

 リーニエはニチャっと笑い、ピョンと椅子から立ち上がった。

 

「さっさとやろう。瞬殺してやるよ」

 

「お手合わせ感謝する」

 

 なお動画撮影は禁止です。

 魔法使いにとって手の内をさらけだされるのは弱点になっちゃうからね。

 

 

 

 

 

 風が滞留している。うずまくようなエネルギーを身の内に秘めながら、ガップリと組み合ったように動きがない。

 

 ここグラナトは雪がふりつもるほどには寒くならないが、それでも冷たい空気が修練場を覆っている。ふたりに動きはないが、得体の知れない緊張感でピリピリしている。

 

――達人の間合いっていうんですかねぇ(上級者目線)。

 

 いや、達人でもなんでもないわたしからすると、そんな感じの雰囲気だなって思うわけです。

 

 おそらく読み合いとかなにかしてるんだろうけど、ぜんぜん状況がわからん。

 

 リーニエちゃんとラオフェンちゃんはちょうど十メートルくらいの距離をおいて対峙していた。どちらかと言えば、リーニエちゃんのほうが有利な距離なのではないだろうか。

 

 この距離をリーニエちゃんは一瞬で潰すことができる。魔法戦士である彼女は魔族の身体能力を生かし、最強の戦士であるアイゼンを模倣しているから、この程度の距離はあってないようなものだ。

 

 一方で、ラオフェンちゃんのほうは細身の杖らしきものを握っているが、オーソドックスな魔法使いというよりは、なんとなく筋肉のつきかたから、肉弾戦も強いような気がする。なんというか、中国拳法にあるような棒術の構えみたいだ。

 

 HUDの数値からすれば、リーニエちゃんのほうが魔力数的にはかなり強いが、ラオフェンちゃんの魔法次第では、戦況がくつがえることもありえるだろう。

 

 魔法戦とは、複雑なじゃんけんみたいなもので相性というものが存在する。

 

 ――と、匿名掲示板の先生たちが言ってました。

 

 はい。どっちが勝つか全然わかりません。

 

 わかるわけないよぉ。

 

 いざとなったら止めようと思っていたんだけど、わたし、本当に止められるんだろうか。

 一向に動きがなく、気合だけで戦うふたりを見て、わたしはどうしたらよいかわからなくなる。

 

 ああもう知らん。

 

 勝手に戦え!(無責任ガール)

 

 

 

 

 

 ラオフェンは鋭い目でリーニエを見据えていた。

 

 彼女の体は戦いに備えて緊張し、全身に力がみなぎっている。南の山岳地帯で培った鋭い感覚が、周囲の空気の変化を捉えていた。

 

 動いたらやられる。そんな予感がする。

 

 リーニエはラオフェンの気迫に対して微笑を浮かべ余裕を見せている。しかし、その微笑みの奥には、冷たい鋭さが隠されていた。魔族らしい感情の薄い酷薄な笑み。

 

 いつでも狩れる。リーニエの表情はそう語っている。

 

「その杖の構え……独特だね。私が模倣したことのない型だ。それが山岳の民の流派か?」

 

 リーニエが問いかける。

 

「そうだよ」

 

「ふうん。ずいぶんとマイナーな民族出身なんだね。見なくてもわかるよ。()()()()()

 

 ラオフェンの魔力が揺らいだ。

 自身の成り立ちを否定されるのは魔族であろうと人間であろうと、精神的な動揺を誘う。

 リーニエは既に、人間の精神を幾分か理解している。大魔族には及ばずとも80年――人間の一生に値するほど武に捧げ、最近ではびーえるに浮気しつつも、その強さは将軍クラスに手をかけようとしている。

 

 他方で、ラオフェンはいまだ出立したばかりのヒヨッコに過ぎない。

 経験の差が違いすぎる。

 

「揺らいだね。おまえは戦士じゃなくて魔法使いなんだ。だったら、圧倒的な戦士の力の前にはなすすべはない。私の魔法は最強の戦士を模倣している」

 

 ラオフェンの目には、最強の戦士と名高いアイゼンの影が重なって見えた。

 

――強い。

 

 攻撃を交わすまでもなく、理解できる。

 だが、ラオフェンには誇りがあった。

 山岳の民は自然の力を戦いの中に取りいれる。

 個として戦うのではなく、山々の力、大地の力、太陽の力を借りて戦う。

 だから、その力は模倣なんてできるはずもない。

 

「やってみなくちゃわからない」

 

「そう……、じゃあもういいや」

 

 リーニエは一瞬、呼吸を止めた。その目がラオフェンの動きを見極めるように鋭く光る。そして、次の瞬間、リーニエは風と共に消えたかのように素早く動き、ラオフェンに向かって疾走した。

 

 リーニエが巨大な斧をふりかぶるのを脳が認識する。

 

 凄まじいスピードだ。大地を蹴り上げ、まばたく間に距離がゼロになる。

 

 ラオフェンは杖――というよりも棒であるそれを掲げて、耐えようとするが――、巨大な質量をもったそれを受ければ杖が折れると考え、受け流しを選択した。

 

 斧の側面を押し出すように横へと流す。それでも重い。

 暴風といってもいい衝撃波に吹き飛ばされそうになる。

 たった一撃で大地が震え、飛び散った土塊が空中で爆散するように砕け散る。直撃すればもちろん命はない。

 ヒヤリと冷たい汗が背筋を伝った。もちろん頬にも。ラオフェンはゆっくりと汗を手で払う。

 

 一級魔法使いの試験では、死者も多数出ている。

 この程度のことでくじけていたら魔法使い失格だ。

 

 それに、ラオフェンにはひとつだけ切り札がある。

 

――高速で移動する魔法(ジルヴェーア)

 

 文字通り、身体能力を極限までひきあげて、ごく短時間ではあるが瞬間移動のような速さで身体を動かすことができる。

 

 いわゆる初見殺し。ただ、リーニエは模倣の魔法を使うと言った。

 それはヒントだったのだろう。相手の身体に流れる魔力の動きを見て模倣する。

 つまり一度目はいいとしても二度目はないかもしれない。

 使うタイミングが重要だ。

 

 しかし、本当に使う間があるのか。

 

「これじゃ勝負にすらならないな。おまえの得意な武器で勝負してやるよ」

 

 リーニエは斧を空中で魔力に分解し、ただの棒を出現させた。

 ラオフェンの持つ杖とそっくりな棒。

 相手の土俵にたったとしても、自分の勝利を微塵も疑っていない。

 

「言っておくが……、アイゼンは棒術でも最強だ」

 

 今度は斧のような質量はない。ラオフェンはギリギリで受け止める。

 ガツンと、巨大な岩にぶつかったような衝撃を受けた。

 たった一合しただけで、手が痺れている。

 

――魔族の膂力は人間の肉など素手で刺し貫けるほどに強い。

 

 ラオフェンは杖を握りなおし、リーニエの目をじっと見据えた。相手の挑発に乗るつもりはないが、戦いの緊張感が体中に張り詰めている。リーニエは先ほどの斧と比べれば軽い棒を持っているが、彼女の力を軽んじることなどできようはずもない。

 

 リーニエが無表情ながら棒を軽く振る。風がビュンと音を立てる。

 

「どうした? 来ないなら、こちらから行くよ」

 

 リーニエが動いた。棒の先端が目にも留まらぬ速さでラオフェンに向かって繰り出される。ラオフェンはそれを横に流し、リーニエの攻撃を逸らす。しかし、リーニエの攻撃は連続的だ。左、右、そして突き――休む間もなく、次々と技が繰り出される。

 

 まるで暴力の風。

 

 ラオフェンは必死に防御するが、そのたびに彼女の手に重みがのしかかる。リーニエの棒術はまるで生き物のようにしなやかで、攻撃が途切れることはない。ラオフェンは徐々に後退を余儀なくされるが、冷静さを失わないよう必死に意識を保つ。

 

 下がるとやられる。

 ラオフェンは杖の先から魔法の鞭をしならせ、リーニエの棒をからめとった。

 ただの棒ではない。当たり前だ。杖だったのだ。

 リーニエは一瞬驚いて、動きを止めた。

 その隙に飛びのいて、距離をとる。中距離戦なら――。

 

 そう思って、舞踏のように空中を舞って、光の鞭で攻撃しようとするが、これは簡単にかわされてしまった。幼い頃からずっと使って骨の髄まで染みついている棒術に比べ、鞭をあやつる魔法は練度が低い。

 

「曲芸が得意なの? ならこちらもつきあってあげる」

 

 高速で飛来する投げナイフ二本。

 空中にいるラオフェンは逃げ場がない。光の鞭を霧散させ、杖を使ってなんとか叩き落とす。

 息があがっていた。

 魔族に比べて、人間は耐久力という面でも大きく劣っている。

 これから体力を削られれば、何もできずに終わってしまう。

 

「防戦一方だね。おまえにはシュタルクみたいな防御力もない。終わりだよ」

 

 リーニエが()()()()()棒を大きく振りかぶり、ラオフェンに最後の一撃を放とうとする。その瞬間、ラオフェンは決断した。

 

――今だ。

 

高速で移動する魔法(ジルヴェーア)

 

 ラオフェンの体が一瞬にして高速で移動し、リーニエの攻撃をかわして背後に回り込む。リーニエが驚きの表情を見せる間もなく、ラオフェンは杖を構えて強烈な打撃を繰り出す。

 

 すべてを賭けた一撃だった。

 

 時間の止まったような流れのなかで、ラオフェンは知覚する。

 リーニエが――あいもかわらず無表情のなかで――目が、目だけが笑っていた。

 勢いのついた身体はラオフェン自身でも持てあます。

 もはやその勢いを殺すことはできない。

 

 ()()()

 

 ラオフェンの動きそっくりに、リーニエの身体が動きを合わせる。

 

「カウンター!?」

 

 魔法とは個の顕現だった。

 自然から離れて、我を唱えてしまう。

 その瞬間の力動をリーニエは捉えて模倣したのだ。

 びーえるを学習しているリーニエは()()()()も履修済みだ。

 

 しかし、それはあくまで模倣。

 ラオフェンの動きをそっくりコピーしたものであるから、攻めと受けは交差する。

 それ自身は致命的な一打にはならない。違いは膂力の差。

 何合も魔族の剛力を受けて、ラオフェンの手は限界だった。

 

 杖が空中に高く飛ばされてしまう。

 二撃目で終わる。

 

 リーニエは今度はハッキリと哂っていた。

 振りかぶる棒は命を奪いまではしないが、鎖骨にめりこみ、そのまま破壊し、致命に近い一撃となるだろう。

 だが、魔族らしいプライドの高さが、リーニエの大きな隙となっていた。

 

――終わりたくない。

 

 迫りくる棒をしっかりと見つめ、ラオフェンはありったけの魔力をこめて最後の魔法を解き放つ。

 

 それは厳密には魔法ですらない。

 ただの山岳民族に伝わる古い伝承だ。

 

 ()()()()()()()()()()()()が、リーニエのみぞおちをえぐるように穿った。

 

 もちろん、ダメージなんてほとんどない。

 蹴りはただの蹴りであり、伝承はただの伝承だ。

 分厚い魔力でおおわれたリーニエの防御を突破することはできるはずもない。

 

 かまわず、棒は振り下ろされる。

 絶対に目は瞑らない。

 ラオフェンは最後まで結果を見届けた。

 

――ピタリ。

 

 と、棒は肩に触れる寸前で止まった。

 

「まいった」

 

 ふたりは互いに模倣するように同じ言葉を口にした。

 

 

 

 

 

 どうでしょうか解説のアナリザンドさん。

 

 いやー、すごい試合でしたねぇ。

 

 最後にリーニエ選手が「まいった」と口にしたのはどういう意図なんでしょう。

 

 んー、おそらくはラオフェン選手の最後に放った蹴りには、リーニエ選手にも模倣できなかった魔法がこめられていたんだと思いますよ。その魔法に敬意を払ったのでしょう。

 

 他方でリーニエ選手は棒を直前で止めました。魔族はラフプレーばかりかと思っておりましたが、いやはや素晴らしい腐女子の精神でしたね。

 

 まったくです。これからもリーニエ選手の活躍に期待しましょう。

 

 ……そんな感じで脳内解説をしてしまうほど、すごすぎた。

 

 で、気づいたんだけど、わたし何もしてなくね?

 当然、グラナト伯爵からは1APももらえないんじゃないかとしょんぼりザンドしていたら――。

 伯爵さまの粋な計らいで、リーニエちゃんのついでだけど3万APもらえたよ!

 

 魔族が敗北を認めたという事実が、この国の明るい未来を感じさせたのかもしれない。

 いつのまにやら夜になり、いつかのときと同じくまんまるのお月様が空にかかっている。

 けれど、いつかの時とは違って、月は優しく辺りを照らしている。

 

 月の静寂の中で、魔族の鳴き声がかすかに聴こえた気がした。

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