魔族少女のエロタナティブ 作:アナリザンド
すっかり手癖のようになっている。
わたしがゼーリエ先生の座っている椅子の下――地面にちょこんと体育座りをすると、ゼーリエ先生がいつものようにわたしの髪の毛をあみあみのポニーテイルにしていく。
その手つきは手慣れたもので、何回も何十回も何百回も何千回も同じ手順を繰り返したかのように思える。いやさすがに何千回は言い過ぎかもしれないけれどね。ただ、髪の毛をあみこまれているだけなのに、その手つきからは何とも言えない情動を感じる。
わたしは撫で撫でされただけで篭絡されるクソ雑魚魔族ではないが、なんだか頭のあたりを間接的にさわさわされているみたいで気持ちいい。思わず目を閉じて、心地よさに身を委ねるわたしである。先生もわたしを触って愉しんでくれているかな?
チラリと後ろを見ると、ゼーリエ先生はいつものように少し気だるげで、しかしながら口元が緩んでいた。どうやら先生も愉しんでいたらしい。なによりだ。
「勝手に後ろを振り向くな。私の
「ふぁい!」
いつも思うのだけど、エルフの情動は人間よりもずっと濃密だ。
つまり、想いが重い。それは人間と比較して長大な時間が堆積しているから、そのように見えるだけかもしれないが、それにしたって、ゼーリエ先生の場合はツンデレと称されるだけあってまわりくどいのである。
おそらく――なのだが、エルフって種族的に感情表現が絶望的に下手なのではないだろうか。情動は在る。人間よりもむしろ豊かといえる。けれど、それをうまく出力できない。
魔族もそうなのだが、エルフには物語を創る能力――ポスト・フェストゥム――が欠けているんじゃないかと思う。ポストフェストゥムとは、わかりやすく言えば後悔する能力であり、トラウマを反芻する能力である。幼い頃に経験した裂傷を繰り返し
要するに人間とは、この過去の焼き直しをする――プリント機能が優れており、そのため自分を語ることができるのである。
対して、アンテ・フェストゥムたる魔族は、
人間たちとは権力者である。彼等こそが歴史を記すものである。魔族は記されるものであるから、自らを語ることはできない。
最後にこれらを超越した現在という一瞬にこだわるのが、イントラ・フェストゥム。
エルフなのかもしれない。
まとめると以下のようになる。
ポストフェストゥム=過去にこだわる=人間。
アンテフェストゥム=未来にこだわる=魔族。
イントラフェストゥム=現在にこだわる=エルフ。
字面として整形するために現在にこだわると書いたが、これは一瞬一瞬を生きているようなもので、これは何物にもこだわらないということと同義だ。こだわらないということにすらこだわらない。自然と合一化して生きている。
まあ、程度問題だと思うけどね。
スペクトラムを採用するわけではないけれど、エルフだって後悔はするし、自らを語ろうとはするだろう。魔族だって同じだ。
ただまあ……、あのドギツイ原色のホームページはそんな属性とは無関係にひどい出来だとは思う。単純にセンスがないというか、人間たちとの年齢差を考えれば、ロリショタたちに対する性暴力なんだよな。
おばあちゃんおめめが痛い痛いよーって感じ。
「ぐえ」なんか髪の毛引っ張られた。「なにするの、先生」
わたしは涙目になりながら抗議する。
女の子にあるまじきアヒルみたいな声がでてしまった。
「なんか虫唾が走った」
「さようですか……」
精神感応魔法は使われていないはずだ。たとえ、テレパシーを使ったとしても、魔族の精神構造は無茶苦茶に狂っている。そう簡単に解析されるようなものではない。ひとつの言葉にまとめあげられている構造ではないのだ。他方でエルフの精神構造がどうであるかは知らないけど、人間と比べれば、フェイルセーフが働いていないのは確かだろう。
ゼーリエ先生はほとんど直感的に、わたしの情動を嗅ぎ取ったのだと思う。
「ねえ先生」わたしは静かに問いかける。「この髪型ってフランメがそうだったの?」
「なぜそう思う?」
「先生って基本不器用だから。でも、この髪型はすごく手慣れてる」
「……正解だ」
「やっぱり」
もっふりしている髪の毛を手に持って、わたしは誇らしげに微笑する。
フランメの代替物にされたことは、わたしにとってうれしいことだった。
ゼーリエ先生は、いまいるお弟子さんたちを――人間総体をフランメの代わりにしている。
だから、人間総体が成長するのがうれしい。
人間がエルフを越えるのがうれしいのだろう。
そのひとりに、わたしも加わることができた気がして、わたしもうれしかった。
わたしは先生の手に頬をすりよせる。角カバーもついているから痛くないよ。
ゼーリエは感情を感じさせないまなざしで、わたしを撫でつける。
「おまえは私が
エルフの存在様式から言えば、答えは『はい』でも『いいえ』でもないのはわかるだろう。
だから、わたしは不正解を選択する。
「うん。先生はフランメがいなくなって寂しいから、そうしてるんじゃないかな」
「不正解だ。気まぐれにとった弟子だったが、私は不思議といままで弟子をとって後悔したということはない。人間が私より早く死にゆくのはわかっていた。わかっていて哀しむなんておこがましいにもほどがあるだろう」
「先生ならそう言うと思っていたよ」
「生意気なやつめ」
ゼーリエ先生は過去を慈しんでいる。
花を愛でるように死者を愛おしんでいる。
哀しみや寂しさがないわけではない。
けれど、それらは心の奥底に格納されて、郷愁の念へと変換されている。
「ねえ先生。フランメってどんな人だったの?」
わたしはなんとなくを装って訊いてみた。
「気になるのか?」
「うん。だってフランメってフリーレンの師匠だったんでしょう?」
つまり、フリーレンはゼーリエの孫弟子とも言える。
過去に囚われないエルフという特性を鑑みても、フリーレンにとってフランメが大きな存在だったことは間違いない。ゼーリエにとってもそうだろう。おそらく初めての人間の弟子だったのだから。
「フリーレンの師匠だからなんだ?」
「だって、わたしフリーレンと喧嘩中だし……」
「喧嘩中か。おまえらしい表現だな。言っておくが、
「わたしがフリーレンを痛い痛いしちゃうかも」
「おまえは、私に叱られるかと思って心配なのか?」
「うん……まあ……」
これだけ情に厚いのだ。
フリーレンのことを想っていないわけがない。
孫弟子が傷つけられると知れば、ゼーリエも黙っていないだろう。
「その程度で私は怒ったりはしない。これまで千年以上、人間と関わってきたわけだが、気まぐれにとった弟子のうち、弟子同士が殺し合ったり――反目しあったり――おまえが言うように喧嘩したりなんかは日常茶飯事だった。それにおまえはそうなることを望んではいないのだろう?」
「うん」
「ならいい。好きにしろ」
「うん。ありがとう先生」
「フン……」拗ねたように頬杖をつき、空中を見つめるゼーリエ。「
「わたしみたいに?」
「おまえみたいにひねくれた子どもはいない」
「わたし、素直ないい子なのに」
「自己申告するやつがあるか」
ゼーリエのデコピンを喰らう。
わたしは喰らったあとで、両手でデコを覆った。
エルフは肉体的にはたいしたことないのか、ダメージはゼロだった。
でも、これ以上やらせないよという意思表示だった。
ゼーリエがかすかに笑う。
「あの子の声は今でも覚えている。凛とした力強い声だったよ。言葉に力があった。魔法使いとしては類まれなる才能だ。あの子は私にとっては無に等しい限られた時間の中で、人間たちに魔法の開祖と呼ばれるまでになったんだ」
フランメの生きていた時代は、魔族と人間が大戦争を始めた時代でもある。
だから、フランメが生み出した人類の魔法体系とは魔族に抗する手段だった。
「フランメの魔法って魔族を殺すための魔法だったの?」
「人間たちにとってはそうだろうな。千年前――、統一帝国の皇帝が認可するまでは、魔法は魔族の技術とされ、研究を禁じられていたんだ。それを政治的に働きかけて、ほどいたのがフランメということになる」
ゼーリエ先生の言い方は妙なカタチをしていた。
まるで、フランメの想いが別のところにあるような。
「フランメは魔族を怨んでいたの?」
「あの子の村は魔族に滅ぼされた。ひとり呆然と座りこんでいるあの子を私が弟子にとった。怨んでいないというわけではないだろう。あの子は、魔法使いとしては卑怯で卑劣で野蛮な戦法を生み出し、奇襲や詭弁や欺瞞によって、多くの魔族を狩り殺した」
「それをフリーレンが引き継いだ……」
わたしはフリーレンとの間に横たわる断絶を感じる。
フランメの怨みは、魔族に殺された人間たちの怨みだろう。
フリーレンも族滅されたらしいが、その怨みに人間たちの怨みがシンクロした。
だから、フリーレンは魔族を絶対に殺すし赦すことができない。
「そう思うか?」
ゼーリエ先生がうっすらと笑っている。
「違うの?」
「あの子は、正直なところ
「先生は隣に立つ人が欲しかったんだね」
わたしの言葉を聞いて、ゼーリエ先生がムスっとする。
少しかわいい。
「焼き直しになるからそれについてはもういい。あの子とは最後まで考えがあわなかった。大陸魔法協会を創立してほしいというのは、フリーレンを使者として遺言状という形で、私の手元に来たんだ。あの子らしい奸計だ。そう思わないかアナリザンド」
「でも、先生は大陸魔法協会を創立しているよね」
「それも気まぐれだ。私はフランメの遺言を千年近く放っておいたんだぞ」
「でも、フランメの想いを受け取った」
「……そうだな」
フリーレンがフランメから引き継いだものは、魔族に対する怨みだけではなかったのだろう。
彼女がくだらない魔法を蒐集する意味がわかった気がした。
「もしフランメが生きていたら、先生はわたしの命乞いが成功していたと思う?」
「どうだろうな。死者の声は聴こえない。フランメがおまえに出逢っていたらなんて、仮定することすら無意味な問いかけだ。おまえもわかっているだろう」
「でも逢いたかったよ先生。きっと好きになれたと思う。ううん、今も好きだよ」
わたしにはフランメの声が聴こえる。
それは想像に過ぎないけれど――。彼女の凛とした力強い声が木霊する。
わたしは彼女を説得したかった。
魔族を赦してほしかった。
彼女の声を聴きたかった。
「むずがる子どもといっしょだな。……案外、花畑を創りだす魔法を使えば、あの子もおまえに騙されたかもしれない。戦闘には何の役にも立たない、そんなくだらない魔法が、あの子の一番好きな魔法だったんだ」
「先生は、わたしとフリーレンが握手できるように助けてくれる?」
「無理だな。私はフリーレンの
「自分はフランメの弟子だから、ゼーリエ先生の弟子にはならない?」
「正解だ……。あいつは千年前から頑固すぎるんだ」
「でも先生、フリーレンのこと好きだよね」
わたしやフランメに対するものとも違った執着があるような気がする。
やはり同族ということで、何か通じるものがあるのかもしれない。
ちょっぴり羨ましいなぁ。わたしのお耳長くならないかな。
なんて思ったりもする。
「いいか。アナリザンドよく聴け。師匠は弟子に対する責任がある。だが、孫弟子に対する責任などない。その責任は本来フランメがとるべきものだ。わたしは勝手に
「やっぱり大好きなんじゃん」
「あの子がどうしても弟子になりたいと言ってくれば、そうしてやらんでもないがな」
お手本のようなツンデレ具合だった。
そう言ったら、ゼーリエ先生に髪の毛をグチャグチャにされた。
そういうところがツンデレっぽいのである。
雪原。
そういっても差し支えないほど辺りは一面雪に覆われている。
わたしは小屋の裏手でこっそりフェルンと逢瀬を重ねる。
ネットで連絡をとりあいながらなら、フリーレンとバッタリ出逢ってしまうこともない。
「はい。フェルンちゃん。グラナト産のドーナツあげる」
よくあるケーキの紙箱をフェルンちゃんに渡した。
中には十個ぐらいドーナツが入っている。
これぐらい質量が小さければ、いっしょに座標転移することも可能だ。
なにしろ、それができなければ裸で邂逅することになっちゃうからね。
「ありがとうございます。アナリザンド様」
「うん。カロリー控えめのやつだよ。生菓子だけど冬だししばらくは持つんじゃないかな。ゆっくり食べてね。ところでフリーレンは?」
「フリーレン様は、エルフの男性の方とごいっしょしてます」
「フェルンちゃんが居残るなんて珍しいね」
「アナリザンド様のお顔が見たくて、そうさせていただきました」
なんてかわいらしいんだろう。
わたしの妹がとてもかわいい。
ギュっと抱き着いてハグをする。
「アナリザンド様。なんだか抱きつき慣れていませんか?」
「そうかなぁ? わたしもだいぶん経験値がたまってきたのかも」
なにしろ抱き着かれ慣れているからね。
メトーデに抱っこされているとき、こちらもまた抱っこしているのだ。
しかし、逢瀬のときには他の女のことは喋らないのがルールである。
「ところで、このドーナツなんですが、フリーレン様にもお渡ししてよろしいのでしょうか」
「受け取るかなぁ……」
「わかりません」
「でも受け取ってほしくはあるよ」
「必ず召し上がっていただきます」
そんなふうに決意を固めるフェルンちゃん。
永久凍土を溶かすようなものだから、かなりの難易度だろう。
一級魔法使いになるよりも難しいかもしれない。
無理しないでいいからね、と伝える。
「もうひとつだけ、フリーレンに贈り物を用意したんだ。こっちは特に何もする必要ないからね」
「何をプレゼントなされるのでしょうか?」
――花畑を出す魔法。
冷たい雪の下に花畑を創り出す。
寒さに強い花をイメージした。
けれど、そのままだと枯れちゃうだろう。
HUDで観測したフランメの結界を薄く薄く展開する。
これでヨシ。
「春になったらわかるよ」
春になって雪が融ければ、綺麗なお花畑が顔を出す。
フリーレンはフランメのことを思い出すだろうか。
魔族ごときに思い出を穢されたなんて思うかもしれない。
けれど、わたしは伝えたかったんだ。
あなたの師匠は素敵な人だったんだねって。
わたしもそう思うよって。
フランメの魔法が伝えてくれるのを願った。
――春の到来は近い。
どうかそれまで、やすらかに。