魔族少女のエロタナティブ   作:アナリザンド

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里長ちゃん(10)

 

 

 

 これは、フリーレンたちがそこに到着するほんのちょっと前の出来事だ。

 

『さすがの私も激おこぷんぷん丸ですよ~~~』

 

 と、ちっちゃな身体を乗り出して、小窓の中で精一杯のお怒りを表明しているのは、剣の里の里長ちゃん(推定10才)だった。わたしと同じくらいの背丈に、かわいらしい声をしている。もちろん顔もかわいい。指先もぷにぷにしててかわいい。

 

 わたしの周りには合法ロリ――もとい詐欺ロリも多いが、彼女の場合は違法ロリ。要するにただのロリである。

 

 もう先生たちもわかっていると思うけど、わたしはメトーデほどではないにしろ、小さな人間のことがわりと好きだったりする。

 

――かわいいは正義。

 

 とか、そういう感性的な側面もあるが、それ以上にその心のカタチがわたしと似ているからだ。幼女ってわけではなく、未去勢な部分が多くあるって話。

 

 ただ彼女の場合は、剣を守るお役目があり、里長という立場もある。普通の子どもに比べれば精神が成熟している側面もあるかもしれない。背伸びしているだけかもしれないけどね。

 

 剣の里には、その名のとおり、ヒンメルが引き抜いた勇者の剣が()()()とされる。勇者の剣とは神話の時代に女神様が授けたとされる聖剣である。魔族を始めとした邪悪な存在を打ち滅ぼす人類の最終兵器。

 

 もちろん、わたしも魔族であるから、いままでコンタクトなんてなかった。勇者の剣の場所が魔族に知られれば、なんらかの破壊工作がおこなわれるかもしれないし、里ごと滅ぼされるかもしれないからだ。

 

 だが、そうも言っていられない事情が生じた。

 

『ヒンメルって実は、勇者の剣を抜けなかったんだぜw』

 

 単芝野郎の登場である。

 

 約一年前。関所の街で、フリーレンの姿が大々的に取沙汰され、SNSで拡散された結果、勇者ヒンメルは超美少女エルフに告白もしなかったインポ野郎という厳しい評価もみられるようになった。誹謗中傷といってもいいレベルはわたしの独断で削除したが、人の口を塞ぐという行為はあまりしたくないし、死人に口無しなので、これはある意味正当なる人間の権限に属する問題であって、歴史の評価に過ぎないのである。

 

――客観的な事実を言えば。

 

 ヒンメルは晩年まで独り身だったし、浮名を流すようなこともなかった。女の影すらなかったのだ。魔王を(たお)すという偉業を成した英雄だ。さぞかしモテただろうに、そうしなかった。フリーレンのことを想っていたのではないかというのは、妥当な想像力の範囲だろう。

 

 もちろん、実際のヒンメルが何を想い、何を為してきたなんて誰も知らない。いっしょに旅をしてきたフリーレンさえ知らないのだ。第三者にわかるわけもない。

 

 だが、英雄の物語とはえてしてそういうもの。

 多くの場合、その物語は読み手の都合のいいように、おもしろおかしく脚色されてしまう。

 

 そんな人間たちが創りだした変節――英雄物語の二次的な創作のなかで、勇者の剣についても言及されたといってもいいだろう。

 

 言うまでもないが、剣とはおちんちんのメタファーである。物語をコントロールしたいという権力者たちの欲望が、下世話な情報として漏れでてしまう。

 

 そこに書かれた一文は精液である。勇者や英雄になりたいと思う一般人が、同一化を願って象徴を穢すのだ。魔族にとっても同じような感覚はある。魔族の場合は、より羨望……いや妬みに近いか。簡単に言うと、すげームカつくって感覚が湧く。だから魔族に見つかれば、勇者の剣は破壊されてしまうだろう。

 

『剣の里の長として、削除申請いたします』

 

 里長ちゃんがプンスカ怒りながら言った。

 

「えっとね。里長ちゃんに言っておきたいことがあるんだけど」

 

『なんですか? マジおこなんですよ。私は』

 

「わたしの経験から言わせてもらうと、こういう文章は()()()()()()()

 

『しらみつぶしにしてくださいよ』

 

 まるで、フェルンちゃんのようなことを言う里長ちゃんだった。

 

「隠したらそこに真実があるかもって思っちゃうのが人間なんだよ」

 

『それはそうかもしれませんが……』

 

「そもそもの話、里長ちゃんは何がしたいのか、わたしよくわからないんだけど」

 

『だから削除してくださいと、言ってるじゃないですか』

 

「うーん……例えばなんだけど」わたしは三本指を立てる。「ひとつ、ただ勇者ヒンメルの名誉を守りたい。里長ちゃんがわたしにコンタクトをとってまでコメントを消したいってことは、ヒンメルが剣を抜けなかったのは真実なのかな?」

 

『ううーそれは……個人情報保護の観点から教えられません』

 

 言い淀む里長ちゃん。

 その態度だけでありありとわかってしまう。

 

 まあ、ヒンメルの持ってた剣って、ただの()()()だからね。

 わたしは()()()()()()から、実はわかっていた。

 

 銅の剣でないだけマシだけど、持って生まれた破邪性能なんてあるわけもない。

 そんなの魔族だったら一目見ただけでわかる。

 ヒンメルは、純粋な技量で魔族を打ち倒してきたのだろう。

 そして、ついには魔王すら弑した。

 そちらの事実のほうがすさまじい。伝説と呼ばれるにふさわしい。

 

 あるいは、レプリカであるその剣が、魔族を斬りまくって刺しまくってぶっ殺しまくったことによって、概念的に魔族殺しという属性を纏ったということはありえるが、オリハルコンやミスリルのような希少金属でないのは確かだ。

 

 あくまで、ただの鋼の剣。冒険の序盤で手に入るような、ありふれた組成物だった。

 けれど、人間たちはその事実を知らないのだ。

 

 わたしは二本目の指を折った。

 

「ふたつ、里の場所を知られたくない。今後の推移次第だけど、そのコメント主が勇者の剣の場所を告げてしまえば、剣の里の場所が多くの人に知られてしまう。やがて魔族にも居場所を知られてしまうかもしれない。それを避けたかった」

 

 煽り煽られは匿名掲示板の華だ。

 本当かよ。本当だよ。じゃあどこにあるんだよソース出せよ。ほらよ。

 こんな感じで、雑に剣の里が知られてしまう。

 その可能性はわりと高い。知らないことが気になるんだろうね。人間は『真実』を知りたがる生き物だから。

 

 そうなれば、魔族によって剣の里が壊滅させられる可能性があり、剣はおろか勇者の伝説も消し飛ぶかもしれない。もっと言えば、女神様という信仰が死に絶える可能性も。

 

『それはあるかもしれません』

 

「魔族のわたしに知られてもよかったの? わたしにコンタクトをとってきた時点で、わたしは里長ちゃんがどこにいるのかわかるんだよ」

 

『見ず知らずの誰かよりは、あなたのほうがマシです。少なくとも三十年近く人類を裏切ってないわけですし……』

 

「寿命差を使ったトリックだったりして。三十年かけて人類を騙してやったぜ。ぐへへ」

 

 わたしは下品な笑みを浮かべた。

 

『わ、私はなんてことをー!』

 

 頭を抱えてあたふたする里長ちゃん。

 コントかな?

 

「嘘だけどね」

 

『嘘ついたんですか。温厚な私でもさすがにブチギレですよ』

 

 リアクション芸人になれそうな、いちいちかわいらしい里長ちゃんだった。

 

『みっつめはなんなんです?』

 

 ほっぺたを膨らませながら、里長ちゃんが聞いてきた。

 

「みっつめ、里の秘密、剣の居場所を漏らすような不届き野郎をぶっとばしたかった」

 

『当然です。もし里の人間が情報を漏らしたなら、私はムカ着火ファイヤーです』

 

「まあ、やろうと思えばできるけどね。でも、わたしは誰かを特定するような情報を他者に渡すことはしないよ」

 

『なぜですか。あなたが魔族だからですか?』

 

()()()()()()の観点から教えられないってだけだよ」

 

 里に本当の危険が迫った場合は別だけど、今はただヒンメルのことを話しているだけだからね。彼はもう亡くなっているし、遺族もいない。ただの危険の可能性で、言葉を殺すというのは、事前抑制となり、人間たちが言葉を話すのを躊躇させてしまう。抑圧の力が強まるのだ。

 

『むう。ならしかたないですね』

 

「そしてよっつめ」

 

『さっそく、嘘をついてるじゃないですか』

 

「まあこれはおまけみたいなものだけど、先の三つ全部が理由だったり、その中のどれかを組み合わせたのが理由だってことだね。私が推測したのは以上なんだけど、他に何か追加することはある?」

 

『うーん、特にないですね……。しいて言えば、勇者ヒンメルの秘密を隠したのは私たちではありません。時の権力者がヒンメルを英雄にしたかっただけのことです』

 

「里に圧力をかけられたんだね。里長ちゃんの意見としては、剣が抜けなかったヘタレ勇者として、ヒンメルがおとしめられてもいいって思ってるの?」

 

『そういうわけではないです。ヒンメルは私たち人類の誇りですし、その功績は今でも輝いています。でも……』

 

 里長ちゃんは少し言葉をつまらせた。

 

『もしヒンメルが普通の人間だったとしたら、人類は魔族と人間が戦争をしていたあの時代を生き延びることができたでしょうか? 彼は英雄であるべきだった。そうでなければ、多くの人々が失った希望を繋ぎとめることができなかったんです』

 

 魔王を斃した勇者を。

 

――復興の象徴にした。

 

 というのは、ありえる話だろう。

 

 もしくは、権力者たちは、魔族という害獣が除かれた後の空白地に想いを馳せていたに違いない。戦争が終わったあとに、少しでも自軍が有利になるために、勇者という存在を利用した側面はあるだろう。

 

「つまり、嘘でもいいから英雄であってほしかったんだ?」

 

『嘘ではありません。ただ、真実が時に人々を傷つけることもあるんです。ヒンメルの存在は、希望の象徴として必要だった。それが嘘でも真実でも関係ありませんでした』

 

「要するに――、剣の里の人たちは、権力者たちの意見に同調したってこと? 勇者の剣を抜けなかったカッコ悪い勇者は要らない?」

 

『そうですね。否定はできないです。でも完全に肯定もできません。正直に言えば、里の意見としては()()()()()()()()()んです。勇者の剣は大いなる災いが現れたときに自然と抜けるとされています。魔王は大いなる災いではなかった。でもヒンメルが勇者であるのは間違いありません。私たちは剣が抜かれるその時まで守り続けるのみです』

 

 里長ちゃんはゾイの構えをとりながら、決意をこめて言った。

 

「なるほど、剣を守ることが最も大事な価値観だってことだね」

 

『そうです。それが私のお役目ですし、剣の里が存在する理由でもあります』

 

「そして里長ちゃんは、そのことに誇りを持っているんだ」

 

『その通りです』

 

「事情はだいたいわかったよ。里長ちゃんにひとつ提案があるんだけどいいかな」

 

 わたしは不敵な笑いを選択した。

 不穏の空気を感じてか、里長ちゃんの表情筋に緊張が走っている。

 

『なんでしょうか?』

 

「わたし、そっちに行っていい?」

 

『へぁ?』

 

「里長ちゃんとオフラインで逢いたいなぁって。ダメかな?」

 

『そりゃかまいませんが……、ここ人里離れた山奥ですよ。アナリザンドさんがどこにいるのかはわかりませんが、超ダルイって言われちゃいます』

 

 ニチャア。

 

 言質はとった。

 わたしはすぐさま、里長ちゃんの目の前に転移する。

 里長ちゃんは大きな瞳をさらにかっぴらいて、わたしを見ていた。

 

「こんマゾ~~~~~」

 

 手のひらふりふり。最大限の親愛アピールだ。

 

「ああ……なんてことを。里の中に魔族を招き入れてしまった。おばあ様がご存命なら、きっとものすごく叱られちゃってます」

 

 おめめぐるぐるで、その場で謎ステップを踏む里長ちゃん。

 ぐへへ。かわいい里長ちゃんの姿態をゲットだぜ。

 

 

 

 

 

「ところでアナリザンドさん。私が慌てふためくのを見るためだけに、ここにいらっしゃったわけではないですよね」

 

「うん。まあ9割くらいはそれが理由だけどね」

 

 温められた紅茶を飲むわたし。

 どうやらわたしは里長ちゃんに一定程度は受け入れられたらしい。

 

「マジおこですよ! 私が焦る姿を見て喜ぶなんて。陰湿です!」

 

「まあ、隠された者が力を持ったのが魔族ですし、わたしの特性だと思ってくれたらうれしいな」

 

 正確には鬼というのだが、わたしはたぶんそれに近い。

 魔族を妖怪の一種として捉えればの話だが。

 

「まったくもう。魔族さんの話はよくわかりません」

 

「簡単なことなんだけどさ。報酬の話をしたかったの」

 

 里長ちゃんの願いは、里を隠すことだ。

 里の位置情報を表現するようなコメントが出てきたら即座に削除するし、その場合はさすがに警告をするということで、いちおうの合意をみた。

 

 あとは報酬の話だ。

 無料で働くほどわたしはお人よしではないのである。魔族ですから!

 

「報酬ですか。こんな人里離れた場所にお金なんてないですよ」

 

「うん。それはそうだろうね」

 

 お金とは、人の集まる場所に集まるものだ。里のように人との交流がほとんどない場所では、お金の存在意義は薄いだろう。

 

「じゃあ、何が欲しいんです?」

 

「挑戦権」

 

「ん?」

 

「勇者の挑戦」

 

「はて……」

 

 こてんと小首をかしげる里長ちゃん。

 

「要するに、剣を抜かせてほしいなーって」

 

 わたしも立派な魔族として、剣を無茶苦茶にしたい欲望があるわけです。

 女神様はわたしの一番の推しなのだ。

 推しのアイテムを欲しいと願うのはそんなにおかしなことではないと思う。

 

「む、無理です。ダメです。そんなの赦されるわけないじゃないですか。考えてモノを言ってください。アナリザンドさんは魔族なんですよ」

 

 里長ちゃんは驚いたように、少し声を強めて返してきた。

 

「いや、だからこそ面白いんじゃないかな。勇者ヒンメルすら抜けなかった――誰も抜けなかった剣なんだよね。わたしだったらどうなるか、ちょっとは興味があるでしょ?」

 

「でも……それは……里の掟にそむくような」

 

「里の掟に魔族は抜いちゃダメとかあるの?」

 

「それはないですけど」

 

「だったらいいんじゃないかな。逆説的にだけど、わたしが剣を抜けるのなら、わたしは女神様に認められた勇者だってことになるんだよね? 里長ちゃんはそれを否定できないでしょ」

 

「まあ……それはそうですけど。剣を破壊したりしませんよね」

 

「それは絶対にしないよ」

 

「だいたい、剣は聖域に守られています。あなたはそこに辿りつくことさえ困難でしょう」

 

「わたしは飛べるんだよ。里長ちゃんに逢いにきたのと同様に、聖域っていうのが結界みたいなものだったらすり抜けることは可能だよ」

 

「この魔族、マジヤベーです」

 

 里長ちゃんはドン引きしていた。

 

「もし、わたしが剣を抜けたら、里長ちゃんにとってもいいことなんじゃないかな。無事お役目を果たせたってことで女神様に褒められるよ」

 

「……本当に、剣を破壊しないと約束できますか?」

 

「もちろんだよ。わたしは女神様に認められたいだけ。チャンスがあったら掴みたいの」

 

 わたしの言葉に、里長ちゃんは小さくため息をついた。

 

「わかりました。魔族に剣を抜かせるなんて、前例がありませんが、あなたが剣を抜けるのなら、それは女神様があなたを認めた証ということになります。里の掟にも違反しないでしょう。それにあなたは、私に許可をとろうとしてくださいました。マジ感謝です」

 

 里長ちゃんはスッと頭を下げた。

 

 

 

 

 

「見定めさせてもらいます」

 

 そう告げると、里長ちゃんはわたしとともに剣の場所へ向かうことになった。わたしのHUDで観測する限り、剣がある場所には非常に強力な結界が張られているのがすぐにわかった。正直なところ、ひとりでそこまで行って帰ってくることは可能だったが、里長ちゃんにとっては、任務が終わるかどうかが大事だったのだろう。

 

 だが、問題がひとつあった。勇者の剣から放たれる波動は、魔物を引き寄せる。剣が眠る洞窟の周りには、狼に似た魔物が多数徘徊しているようだ。

 

 魔物を慎重に避けながら、雪原を進んでいく。

 

「里長ちゃん、護衛とかつけなくてよかったの?」

 

「それは確かに、そうなんですが……。でも、里長が魔族に勇者の剣への挑戦権を与えたなんて、マジスキャンダルにもほどがあります。他のみんなに知られるわけにはいきません」

 

 里長ちゃんの声には緊張が混じっていた。彼女も、この状況がどれほど異常であるかを理解しているようだ。それでもわたしの願望を聞いてくれるあたり、里長ちゃんは優しい。

 

「まあ、わたしって、あんまり魔物を殺したくはないタイプなんだよね。里長ちゃんが襲われたら、守れるかどうかちょっと自信ないなあ」

 

 わたしは冗談めかして言ったが、里長ちゃんは真剣に受け止めたようで、少し顔をしかめた。

 

「それは困りますね。でも、ここまで来てしまった以上、引き返すわけにもいきません。アナリザンドさん、もし魔物が襲ってきたら、あなたの力でなんとかしてもらいます。勇者なら弱き者を守るはずですから」

 

「できれば戦闘を避けたいよね。魔物もわたしにとってはご先祖様らしいし」

 

「戦闘は避けられないでしょう。洞窟の周りに集まってるはずです。最近では(ぬし)と呼ばれるボスモンスターもあらわれたんですよ!」

 

 道すがら聞いた話によると、いつもは半世紀周期くらいで、フリーレンが魔物を間引きしてくれていたらしい。前回から80年。いまだフリーレンは現れる様子はないとか。

 

 たぶんもう少しで到着するんだろうけど、それはわたしとは関係がない話だ。

 

「だったら散らそうかな」

 

「散らす?」

 

「脅して追い払う」

 

 魔族も魔物も強い者に従うというのが本性だ。

 

 わたしのハリボテのパワーでも、力は力。魔族よりもよっぽど本能で生きている魔物なら、戦闘は避けられるだろう。

 

「どちらかと言えば駆除していただきたいんですが」

 

「それは別報酬になります。1億APくらいいただかないと……」

 

 ビジネスマンの顔になるわたし。

 

「た、高すぎます。そんなの払えるわけありません。マジ守銭奴です」

 

「でも、里長ちゃんも魔物を駆除するのはフリーレンの仕事って考えているんだよね。わたしがその仕事を奪っちゃダメなんじゃないかな」

 

「それはそうですね……」

 

 要するに、フリーレンも人間側の都合に合わせたと言えるだろうか。

 フリーレンはおそらくヒンメルが剣を抜けなくても何も思わなかっただろう。

 カッコ悪いなんて思わなかったはずだ。

 

 けれど、現実的にはヒンメルの真実の姿を隠すことに協力してしまっている。

 フリーレンにとってはどっちでもよかったのだろう。

 彼女が何をしても何もしなくても、英雄の物語は語り継がれるなかで変節し、原形すら残さない。そのことをフリーレンは識っていた。

 

 だから、フリーレンが里の魔物を減らすのは、

 

――ヒンメルならそうしたから。

 

 勇者ならそうするから。ヒンメルが勇者であることを証明しつづけているといえるだろう。

 まあ、単純に里長ちゃん一族がかわいらしいというのも大きいかもしれない。

 庇護欲を掻き立てるタイプなんだよね。

 

「つきましたよ」

 

 なんとか魔物とも出逢わず、わたしたちは洞窟を見下ろせる崖の上まで来ていた。

 眼下にはやはり狼型の魔物が多数おり、洞窟の前で低くうなっている。

 

「結構な数だね。これだけいたら、さすがに何かしらの戦闘は避けられないかもしれないな」

 

「がんばってください。私はここで見守っていますから」

 

「うん。わかった。じゃあちょっと待っててね」

 

 ふわり。ふわり。

 魔族の特性で飛行魔法は呼吸するかのようにおこなえる。

 わたしはそのままゆっくりと崖下に降りて、狼たちを見定めた。

 

 彼らは警戒心を露わにしながら、低く唸り声をあげている。風が吹き抜けると、彼らの毛並みがざわつき、鋭い眼差しがこちらを捉えた。

 

――敵。

 

 として認識しているようだ。魔族だからと無条件に仲間認定はされないらしい。

 

 わたしは魔力をどんどんひきあげていく。

 おおざっぱに100万くらいあれば十分だろう。

 

 わたしは魔物たちに向けて強烈な魔力をのせた威圧を放った。まるで視界全体が暗く沈むような感覚が広がり、魔物たちはその場で身を縮めるように怯んだ。彼らは一瞬で自分たちが相手にしている存在の圧倒的な力を悟ったのだ。まあハリボテなんですけどね。

 

 わたしの放つ威圧感で、ほとんどの魔物は退散していった。しかし、すべてが去ったわけではなかった。わずかな残党が洞窟の周囲をうろつき、さらに上空から巨大な影が迫ってくる。

 

「主です。気をつけてください」

 

 こちらを押しつぶす気だ。

 

 主の巨躯が上空から迫り、その影がわたしを覆い尽くす。わたしは威嚇の笑みを浮かべながら、主の巨体を受け止めるつもりだったが――。

 

「へぷっ」

 

 次の瞬間、主の重圧に押しつぶされ、まさにペシャンコになってしまった。いや、本当に潰された。わりと予想してたことだけどね。

 

 魔力の波動を感じ取れないほどにニブチンだったのだろうか。

 それとも魔力差による恐怖のあまり、主はわたしを力でもって抑えつけようとしているのか。

 

 主の巨体がわたしの上にのしかかり、動けない状態になっている間に、後方から複数の魔物が里長ちゃんを狙って襲いかかっているのが見えた。

 

「里長ちゃん! 危ない!」

 

 ゾルトラークの魔法陣を空中に出現させ乱射する。

 角度的な問題で見えにくいが、何匹かは葬ることができた。

 

 里長ちゃんが振り返る。

 まだ生き残りがいる。再びゾルトラークを発射しようと試みるが、わずかに時間が足りない。

 この魔法には溜めが必要だ。

 

「里長ちゃん!」

 

 わたしの呼び声に彼女は素早く反応し、背後から襲いかかる雑魚モンスターたちに対応した。

 

 きらりと煌めく白銀の剣。

 

 彼女がまとっているケープのなかには細身の剣が隠されていた。

 

 そして、彼女はまだ幼いが、立派な剣の里の長なのである。

 

 くるくるくると、里長ちゃんが空中で回転する。

 

 里長ちゃんの剣が一閃。抜群のタイミングで繰り出されたその一撃は、襲いかかってきた魔物たちを瞬時に斬り伏せた。血飛沫のような魔力の残滓が飛び散り、魔物たちはその場に崩れ落ちる。

 

「さすが、里長ちゃん……」

 

 かわいいだけじゃなかったんだ。

 

 そういえば、雪で足がとられるこの地を、スイスイと彼女はついてきていた。わたしがこっそり一ミリほど空中を浮いて、ズルしていたのに、彼女は疲れを見せなかった。

 

 そして、崖下から洞窟に至るということは、崖を飛び降りられるほどの技量を持っているということになる。

 

「まったくもー。護衛対象を守れてないじゃないですか。減点ですよ」

 

 わたしは潰されながらも、彼女の戦いぶりに感心していた。しかし、こんなところでやられているわけにはいかない。わたしも何とかこの状況から抜け出さないと。

 

 体中の魔力を振り絞り、主の巨躯から抜け出そうと試みる。ハリボテの力ではあるが、それでも魔力は魔力。身体強化に使えば、戦士のように力を増す。そもそも魔族の膂力は人間を遥かに凌駕しているし、基本スペックは魔物よりも高い。

 

「ふんぬっ!」

 

 思い切り力をこめると、わずかに体が動いた。わたしは必死になってさらに力を入れ、ようやく主の下から這い出すことができた。

 

「はあ……何とか抜け出せた」

 

 息を整えながら、主に向き直る。潰されることで一瞬危機に陥ったが、これで終わりではない。

 

 わたしは再び立ち上がり、主との対決に臨む決意を固めた。

 

「これ以上、調子に乗らないでよね……」

 

 再び、魔力を高める。100万で足りないなら1000万だ。

 

 先ほどは単なる威嚇だったが、今度はもっと強烈な威圧を放つつもりだ。わたしの体中に溢れる魔力が一気に増大し、空気が震えるような感覚が広がる。視界はさらに暗くなり、空間全体がわたしの意志に従い始めたようだ。

 

「おとなしく引き下がりなさい」

 

 わたしはアウラ様を想起する。

 生まれながらに魔族の領主だったアウラ様。

 あの力強く、誰もが従いたくなるような声を真似る。

 

 今度は、主だけに狙いを定めた。わたしの放つ威圧感が、主の動きを一瞬で止めた。先ほどの潰された時に感じた屈辱感が、より一層わたしの力を引き出していたのかもしれない。

 

 主の巨体はその場で硬直し、その瞳に一瞬の恐怖が宿った。魔物としての本能が、わたしの力を理解したのだ。たとえ偽物の力だとしても、わたしが放つ圧力に逆らうことはできない。

 

 主はわずかに後退し、低く唸り声を上げたが、それ以上の行動には移せない。全身の毛が逆立つような緊張感の中で、わたしはさらなる威圧を放ち続けた。

 

「今すぐ立ち去って。さもなければ――」

 

 わたしの声が、冷徹に響く。その瞬間、主はついに耐えきれず、後退を始めた。

 

――勝った。

 

 わずかに緩む緊張感。魔族の心性に宿る油断と高慢がわたしの中にも存在する。

 その一瞬を主は見逃さず、わたしにまた腕を伸ばしてきた。

 ギュっと拳を握り、空中に向けて、魔力を形にする。

 

服従させる魔法(アゼリューゼ)もどき!」

 

 ビタっと、主の動きが止まった。

 アウラ様の魔法を模倣したものだけど、オリジナルよりはだいぶ効力は落ちる。

 魂自体をベットしているわけではないからね。

 それでも、甚大な魔力で相手方の行動を操るという効果はあったようだ。

 主はいまペットの犬のようにおすわりしていた。

 

「どっか行け」

 

 最終的に、主は尻尾をまいて逃げて、残された静寂が周囲を包んだ。わたしは息を整えながら、そいつの後ろ姿を見送り、わずかな勝利感を味わった。

 

「これでヨシ、と」

 

 わたしは背後の里長ちゃんの方を振り返った。彼女もまた、この状況を理解し、安心したように微笑んでいた。いつのまにやら身長の七倍ほどはありそうな崖を飛び降りて、わたしの目の前まで来ている。

 

「アナリザンドさん、主を撃退するなんてさすがです。勇者ポイント加点ですよ」

 

 まだまだ勇者の試練は続いているらしい。

 とはいえ――、あとはメインイベントを残すのみだ。

 

 

 

 

 

 結界をすり抜けて洞窟の中に侵入すると、シンプルな台座に勇者の剣が突き刺さっていた。

 目を焼かれるほどの光のエネルギーを感じる。

 内在する聖力とも呼べるパワーは、魔族の身体を豆腐のように切り裂いてしまうだろう。

 

「さあ、アナリザンドさん。最終試練ですよ。いままでの加点減点も関係ありません。剣を抜けさえすればあなたは勇者様です」

 

 加点減点関係ないのかよ。

 まるでクイズの最終問題で、一発逆転できる番組みたいだ。

 

 でも、実際そうなんだろうな。里長ちゃんの立場からは、勇者であることより、剣をしかるべき人物へ渡すということが大事なのだろう。

 

 わたしは剣を見つめた。一見するとくすんだ錆びた剣だが、内在する光り輝くその姿は、まるで自らを拒むかのように、圧倒的な存在感を放っている。この剣を抜けば、わたしは勇者として認められる。だが、それが簡単ではないことは、剣を目にした瞬間から感じていた。

 

「よし……やるぞー」

 

 剣の柄に手を伸ばすと、冷たく硬い感触が指先に伝わってきた。内心の緊張を押し殺し、わたしは集中力を研ぎ澄ました。ここで失敗すれば、勇者としての資格を手に入れるチャンスは失われる。しかし、それ以上に、この剣を抜けるかどうかは、わたしの存在そのものが試されているような気がしてならなかった。

 

――女神様に認知されるかどうか。

 

 もちろん、そんなものはただの演劇の一幕に過ぎないのかもしれない。人類の視点で見れば、茶番に過ぎないだろう。それほどに、魔族という存在は、人間の視点からすれば異質で歪んでいる。女神様の系譜とは根本的に異なる存在だ。

 

 しかし、そんなことはどうでもいい。わたしは女神様の養子になりたいのだ。

 

 少し前に、ゼーリエ先生に問われたことがある。

 

「ネットが、人間の魔法――つまり劣化魔法だとすれば、そのオリジンは一体何なのか?」

 

 その問いに、わたしは答えた。

 

「ネットのオリジンは、痴愚神礼賛(エンコウミアム・モリエ)だよ」

 

 そのまなざしが因果を逆流させ、その腕が魔力を無化する。わたしの魔法『クレイジーアイズ』は、ほんの一秒だけ、未来を選び取ることができる。今この瞬間に、剣を抜くという未来を選び取れば、それが実現するはずだ。

 

 わたしは全身の力を集中させ、その一秒を選ぶ準備を整えた。

 

 時間が止まったように感じる。無数の未来がわたしの前に広がり、その中に確かに、剣が抜ける未来が見えた。わたしはその未来を選び取ろうと手を伸ばす――。その瞬間、全身に力をこめて剣を引き上げようとした。

 

 だが――剣はびくとも動かなかった。

 

 まるで全ての力が無効化されたかのように、わたしの手元には何も変化が起こらなかった。剣は動かず、未来はその場で閉ざされていた。

 

「うそでしょ……」

 

 わたしの選んだ未来が、まるで剣によって()()()されていたかのようだ。掴みかけた未来は、剣の力によって打ち消され消え去った。目の前に広がるのは、剣が決して抜けないという確定した未来だった。

 

 その事実に、わたしは愕然とした。

 この剣は、わたしの因果を逆流させる魔法(クレイジー・アイズ)すら超越している!

 

「んぅぅぅぅぅぅぅぅ……!」

 

 再び力をこめ、剣を引き抜こうと試みるが、全ては無駄だった。剣は因果そのものを制御し、わたしの力を受けつけない。

 

 抜けないという固定化された未来を、()()()()()()()()()()

 

 これが女神様の力。

 

「どうやら、わたしではダメみたい」

 

 わたしは剣の柄から手を離し、深く息をついた。

 里長ちゃんを見ると、安心とも心配ともとれる、なんともいえない表情をしていた。

 

「やはりアナリザンドさんでも抜けませんでしたか」

 

「うん。ちょっとガッカリ」

 

「でも、お顔が少しだけ嬉しそうですよ」

 

「女神様は本当にいるって証に触れられたからね。あとは逢いにいけばいいだけ」

 

「わりとあっさりしてるんですね」

 

 里長ちゃんの言葉に、わたしは少し微笑んだ。確かに、あっさりとした反応かもしれない。でも、それはわたしが諦めたわけではなく、むしろ新たな目標が見つかったからだ。剣を抜くことができなかった今、女神様に直接逢うことで、自分の存在と運命をあらためて確認したいという想いが強くなっている。

 

「里長ちゃん。もし剣を抜ける人が見つかったら、わたしにこっそり教えてよ」

 

「個人情報保護の観点から誰が抜いたかは教えられませんが、剣が抜けたということはお教えできますよ。でも、アナリザンドさんがそこまで興味を持つとは思いませんでした」

 

「どうして?」

 

「だって抜けない剣に意味なんてないでしょう。剣を抜けなかった英雄たちはほとんどの場合、ガッカリして……あるいはひどいときには悪態すらついて、去っていったといいます」

 

「悔しいって想いはあるよ?」

 

「伝承に残っている中では、嬉しそうな顔をした人は初めてなんです」

 

「だってね、里長ちゃん。抜けないってことは女神様の意志がそこにあるってことじゃない? つまり、わたしはまだ、女神様に試されているってことなんだよ」

 

 試験は終わっていない。まだ合格か不合格かは決まっていないのだ。

 わたしは無い胸を張って言った。ドヤ顔も忘れません。

 

「私達人間も女神様に試されているのかもしれませんね」

 

 洞窟を出て、わたしは魔法の翼を広げて空を飛翔する。

 わたしに向かって手を振る里長ちゃん。

 やっぱりかわいらしい。

 

「ねえ。里長ちゃんー」わたしは声を張り上げる。

 

「なんですー?」

 

「剣が抜けなかったのは、里長ちゃんのせいかもー」

 

「ええ!? なんでですかー」

 

「だってかわいすぎて力抜けちゃったんだもんー」

 

「マジいいがかりですー」

 

「イエスロリータ。ノータッチだからねー」

 

 ロリで抜いちゃダメなのである。

 

「マジ意味不明ですー」

 

「やっぱり里長ちゃんが全部悪いんだよー!」

 

「なーぜーでーすーかー!」

 

 里長ちゃんの叫び声が、風に乗ってわたしの耳に届く。わたしは笑いながら、翼の風切り音を聞きつつ、空高く舞い上がった。青い空の下、雲をすり抜けていくと、胸の中に広がるのは不思議と晴れやかな気持ち。

 

 剣を抜くことができなかった悔しさは確かにある。でも、それ以上に、女神様がわたしにまだ何かを期待している、そう感じられることが嬉しかったのだ。

 

 里長ちゃんの姿が次第に小さくなっていくのを見下ろしながら、わたしはもう一度大きな声で叫んだ。

 

「次は絶対に抜いてみせるからねー!」

 

 里長ちゃんがどう反応しているのかはもう見えなかったけど、きっと驚いているに違いない。そんなことを考えながら、わたしはさらに高く飛び、次の試練へと向かっていった。

 

 今度こそ、わたし自身の力で女神様に認められる時が来るだろう。

 

 叡智を授かり、賢者へ至れ。




ここまで読んでくれてマゾマジ感謝
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