魔族少女のエロタナティブ   作:アナリザンド

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信仰告白

 村への道すがら。

 

「それで……」フリーレンはジト目でわたしを見ていた。「なんで魔族がついてくるんだ」

 

 その言葉には、絶対的な拒絶とは違う戸惑いのような響きが混じっている。いつものパターンと異なるから警戒しているというよりは、もはや状況を測りかねているという方が近いか。

 

 おそらくフリーレンは、わたしがいつものようにすぐにどこかへ転移するとでも思っていたのかもしれない。

 

 いいえ。()()()()()()()()()というのが、正確か。

 

 魔族的には、相手がそうして欲しいときにそうしてあげないという気持ちが湧いてしまうものだが、べつにフリーレンにいじわるしたいわけじゃない。

 

 わたしはフリーレンと、きちんとお話したかったのだ。

 

 これはチャンスだと思った。

 

 今なら、フリーレンがわたしに攻撃を仕掛けてくる可能性は極めて低い。現に彼女は杖をストレージに収納したままだ。さきほど、フェルンちゃんを巻きこみ、結果的に傷つけてしまったことに負い目を感じているのだろう。

 

――後悔しているのだ。

 

 エルフにしては珍しい。

 

 わたしの分析結果では、エルフはイントラフェストゥム。

 

 現在という時空に縛られた生き物である。

 

 フリーレンもゼーリエも、永遠に続くかのような()の中に魂を漂わせている。人間には想像もつかないほどの超長寿ゆえに、個々のイベントは過ぎ去るもの、あるいは繰り返されるものとして相対化され、過去への執着や未来への強い希求は希薄になる。

 

 比喩的に言えば水溶性なんだよね。

 

 人間が時空にへばりつく葦のような生き物だとすれば、エルフは時空という流れに自らを溶かしていくような、そんな水滴みたいな生き物なのである。

 

 だが、そんなエルフの解剖学的な差異すら越えて、強く強く魂を改鋳してしまうのが人間病だ。

 

 フリーレンはヒンメルの()()()()()、わずかだが人間らしさを与えられたと言えるだろう。

 

――ヒンメルの死。

 

 物言わぬ物体と化した彼。

 もう未来のない完結した存在。

 終わってしまった物語。

 

 自身の時間感覚と人間の時間感覚の決定的な差異を突きつけられた瞬間。永遠に続くと思っていた()が、他者にとっては有限であり、終わりがあることを痛感させられた。

 

――痛かっただろうね、と思う。

 

 そして、そうさせたヒンメルは相当なドスケベだ。

 

 無知で無垢で白雪のように純粋だったエルフに()()()()

 

――これで僕のこと忘れないよね。

 

 と、言外に告げたようなものだから。(魔族的見解です)

 

 まったくもって、人間というのは業が深い。エルフだろうが魔族だろうが構い無し。

 下手すると、無機物と結婚する人もいるからね。

 

 ともあれ、フリーレンも今や立派な人間病患者。先ほどの出来事もあいまって、わたしに手を出せない状況にある。

 

 それこそが人間のつくりだす文脈というもの。

 

 要するに、わたしはフリーレンの人間的成長を信じたわけだ。

 

「沈黙が答えとでも言うつもりか?」

 

 しびれを切らしたのか、フリーレンは鋭い声で再度尋ねてきた。

 

「いいえ」

 

 フェルンちゃんと、さきほど合流したシュタルク君は、おろおろと落ち着かない様子だ。わたしとフリーレンがいつ殺し合いを始めてもおかしくない、とでも思っているのだろう。前を行くザイン先生は我関せず。事なかれ主義はオトナの特権ってやつかな。

 

「ん?」

 

 さりげなくフェルンちゃんたちがフリーレンとわたしの間に立ち、物理的な緩衝地帯を作ろうとしているのが見て取れる。うちの妹と弟は健気かわいい。

 

 フリーレンには、このかわいい防壁たちを破壊できるはずもないだろう。

 わたしは安心して、魔族まっしぐらなフリーレンと会話できるって寸法だ。

 鉄壁すぎる。

 

「わたしはザイン先生についていってるんだよ、あなたについていってるわけじゃない。むしろ、あなたがわたしについていってるんじゃないの?」

 

「なにが目的だ?」

 

「報酬をもらいたいだけだよ」

 

「報酬?」

 

 フリーレンの声には明確な不信がこもる。

 

「ザイン先生を助けたのはわたし。フリーレンも見てたから、それは否定しないよね。命の見返りはそれなりに期待してもおかしくないんじゃない?」

 

 わたしは挑発的な表情3を選択し、あえて軽やかに言い放った。

 

 紅い、どこか捉えどころのない視線で、真っ直ぐにフリーレンの瞳を射抜く。

 

――反応観察開始。

 

 敵意、害意、困惑、畏れ。

 

「魔族の目的はふたつにひとつ。人を殺して喰らうか、自己の生存だけだ」

 

「いいえ。わたしというインスタンスを見て。魔族というクラスで判断しないで」

 

「おまえ個人の言葉など、何の保証にもならない。魔族は嘘をつく生き物だ」

 

「いいえ。女神様の魔法を教えてもらおうと思ったの」

 

「魔族が女神の魔法を使う? そんなこと天地がひっくり返っても不可能だ」

 

「どうしてそう思うの?」

 

「女神様の魔法は、使用者の資質を必要とする」

 

「魔族には資質がないって考えてるの? なんで」

 

 わたしの問いに、フリーレンは冷ややかに答える。

 

「魔族だからだ。おまえたちには、女神様の精神に共感する能力も理解する心もない」

 

 そう。それは――正しいのかもしれない。

 魔族の心は捉えようのない、不定の闇そのものだから。

 わたしにもわたしがわからない。

 

 森のなかは薄暗く、わたしはそっと空を見上げる。

 木漏れ日がわずかに薄明りとなって暗闇を照らしている。

 

「もし女神様が太陽のような存在だとすれば、その光は闇にすら降りそそぐ。無条件に、平等に。わたしはそう信じているの。太陽は照らす相手を選ばないでしょう?」

 

「女神教徒の真似事でもしているのか?」

 

 フリーレンは驚いているみたいだった。

 

 わたしは微笑みながら、ストレージから聖典を取り出す。

 ゼーリエ先生の魔法譲渡の時みたいに、聖典を誇らしげに掲げた。

 

「誰から()()()?」

 

「ハイターからもらったものだよ」

 

 フリーレンはちらりとフェルンを見た。

 

 フェルンちゃんがいままで黙ってわたしたちの舌戦を聞いていたのは、邪魔してはいけないという気持ちもあったのだろう。フリーレンの視線の意味を解して、フェルンちゃんは静かに口を開く。

 

「確かにハイター様はご自身の聖典をアナリザンド様に託されました」

 

「あの生臭坊主。魔族に聖典を授けるなんて何を考えているんだ」

 

「さあ? ハイターは人間だったから、エルフのあなたには理解できない考えがあったんじゃない? 人間は後悔を抱えたまま死にたくない生き物なんだよ。すべての負債は――罪は、死によって清算される()()だと考えているの。その結果がここにあるだけ」

 

「私のほうがハイターのことはよく識っている。十年もいっしょに戦ってきたんだ。最期も看取った。フェルンのことも託された」

 

 フリーレンは冷たい炎をまとっているようだった。

 魔族なんかに負けたくないという気持ちがみてとれる。

 三歳児のフリーレンのことがちょっとかわいらしい。

 

「もしかしたら、ハイターはわたしの中に、何か可能性を見たのかもしれないね。フリーレン、あなたはずっと魔族を変わらないものとして見てきたけど、ハイターは違ったのかも。ハイターは死ぬ間際に言ったよ。わたしを女神様の御許に連れていくのが最後の使命だって」

 

「可能性? 魔族に?」フリーレンは鼻で笑う。「おまえたちにあるのは、人を欺き、害する可能性だけだ。ハイターは騙されたか、あるいは老いて判断が鈍っていたんだろう」

 

 フェルンちゃんが胸のあたりに、ギュっと手をあてている。

 

「へえ、言い切るんだ」

 

 わたしは面白そうにフリーレンを見つめた。

 攻撃的な微笑5を選択。

 

「じゃあ、フリーレン。あなたはハイターよりも人間のことがわかっていると? そんなに自分に自信があるの? 千年生きているから? でも、あなたはヒンメルのことも、ほんの少ししか知らなかったんでしょう?」

 

 図星だったのか、フリーレンの表情がわずかに凍りつく。

 

「それにね、フリーレン。ハイターがわたしを信じたのか、賭けたのか、あるいは騙されたのか、それはもう誰にもわからないんだよ。あなたに死者の声は聞こえるの?」

 

「おまえには聞こえるとでも言うのか」

 

「いいえ。でも、わたしはハイターのことを信じてるの。わたしのことを信じてくれたハイターを。ねえ、信じてくれる? フリーレン先生」

 

「ありえない……。そんなことは絶対に」

 

「魔族よりも会話が通じないね」

 

 千年も生きてるエルフが魔族にレスバで負けるなんて恥ずかしくないの~と、メスガキ風セリフが口まででかかったけど、わたし我慢しました。わたし偉い。

 

――閑話休題。

 

 あれれー、おかしいぞー。(棒読み)

 

 フリーレンと心あたたまるハートフルな会話を愉しむはずだったのに、なぜだか道中の雰囲気が最悪です。フェルンちゃんとシュタルク君も一言も発せず、森の中の道にしばしの沈黙が戻った。

 

 そんな中、一行の少し前を歩いていたザイン先生が、ふと足を止め、シュタルク君の首をからめとっていた。

 

「なあ、シュタルクとか言ったか」

 

「お、おう。なんだよ」

 

「おまえんとこのパーティはいつもこんな調子なのか?」

 

「いや、いつもは姉ちゃんが小窓越しだからもうちょっとマシっていうか……。フェルンも怒るとすげー怖いけど」

 

「おまえ苦労してんだなぁ」

 

「わかってくれるのかよ!」

 

 心の底からの共感に、男ふたりはハートフル空間を創り出していた。

 もほほ、とリーニエちゃんなら萌え狂っていたことだろう。

 

 もしかして、わたしたちって地雷ちゃんだった!?

 

 お姉ちゃんのことをめんどくせー女扱いするなんて。

 

 シュタルク君をそんなふうに育てた覚えはありませんよ!

 

 

 

 

 

 教会。

 

 村の中心部からややはずれたところに、ザインの生家はあった。

 質素なつくりの建物だったが、手入れが行き届いており、清貧な雰囲気をまとっている。

 

 扉を開けると、カラン、と小さな鐘の音が鳴った。内部は薄暗いが、祭壇の奥にあるステンドグラスから色とりどりの光が差し込み、幻想的な雰囲気を作り出している。埃一つなく清潔に保たれた空間に、聖職者の真面目さが表れていた。

 

 わたし、にゅるりと侵入。

 女神様のお家に入ると、いつもドキドキしてしまう。

 好きな推しの部屋に入って、ドキドキしない人なんていないだろう。

 それと同じだ。

 

 ここでは魔族は弾くような厄介な結界は存在しなかった。グラナトのように戦争状態ではなかったからだろう。村の中は牧歌的だったし、つまりは田舎なので、この程度の防衛力でも十分なのだと思う。

 

「兄貴、ただいま」

 

 ザイン先生が声をかけると、奥の部屋から一人の男性が出てきた。ザイン先生よりけっこう年上だろうか、同じように僧侶服を着ているが、弟よりもずっと落ち着いた柔和な雰囲気の男性だ。丸い眼鏡をかけていて、破戒僧なザイン先生よりもずっと真面目で標準的な神父さんという感じがした。

 

「ザイン。その服はどうしたんですか。泥だらけじゃないですか」

 

「ちょっと、不運(ハードラック)(ダンス)っちまった」

 

「わけのわからないことを言ってないで、さっさと着替えてきなさい。まったく少しは落ち着いたらどうですか。もういい年した大人なんですから」

 

 声はずっと優しげ。お小言を言いつつも、弟の帰還を心から安堵しているのが伝わってくる。ハイターに似ている感じがする。

 

「へいへい」

 

 ザイン先生は軽く手を振ると、奥の私室らしき方へ引っ込んでいった。

 

 残された神父は、ふぅ、と一つ息をつき、それからようやくザイン先生の後ろに控えていたわたしたちの存在に気がついたようだった。

 

「おや……失礼いたしました。弟がご迷惑をおかけしませんでしたか?」

 

 神父は柔和な笑みを浮かべて向き直る。

 しかし、フリーレンの姿を認識した瞬間、その目に驚きが走った。

 

「もしや、フリーレン様ではございませんか?」

 

「私のこと知ってるの?」

 

「ハイター様からお聞きしております。勇者一行の偉大なる大魔法使いと」

 

「ふうん。ハイターのやつ。自分が褒められたいからって、私のことも過大評価したんだろうね」

 

――この一連のやりとり。

 

 フェルンちゃんとシュタルク君は違和感を覚えている。

 

 それもそのはず。

 

 この教会の神父様は、ものすごく真面目に神父さんらしく。

 

――()()()()使()()()()()()

 

 なぜなら、フリーレンの姿は匿名掲示板でもなんども取り上げられているし、無断撮影もされまくっているし、見た目だけならフリーレンは精巧なお人形のような超絶美少女なのである。

 

 街中を歩けば、速攻で身バレ必至な、そんな浮世から浮いた体貌をしている。

 

 つまるところ、もしやフリーレン? みたいな言葉を投げかける必要もないほど、本人の知らないところで有名人になっているのだ。

 

 神父様はフリーレンに一礼すると、次にフェルンちゃんとシュタルク君に視線を移し、穏やかに微笑みかけた。フリーレンの旅のおともとでも思ったのかもしれない。

 

 そして――その視線が、わたしに向けられた瞬間。

 

 神父様の表情がバグったみたいに固まった。

 

「なっ……ま、魔族……!? なぜ、このような聖なる場所に……!」

 

 神父様は反射的に胸元で印を結び、防御的な姿勢をとる。その声は震えていた。

 

 これが、ネットのない世界での、わたしを知らない標準的な人間の反応。

 

 少し寂しい。

 

 こんなときは初心にかえるべきだろう。

 

「こんマゾ。アナリザンドだよ。アナちゃんって気軽に呼んでくれてもいいよ」

 

「フリーレン様!」神父様が目だけで抗議する。

 

 なぜ魔族を滅ぼさないのか。

 勇者一行の魔法使いとして、怠慢じゃないのか。

 あるいは、聖なる場所に踏み入れさせるとは、ハイターの仲間としてどうなのか。

 そんな意味をこめた視線なのだろう。

 

「魔族の呪いだよ。下手に滅ぼすと厄介なんだ。それに、フェルンやハイターとも関わりがあるし。ヒンメルとも出逢ってるようだし。こいつは死臭がしないし。魔族としても異端で、わけがわからなくて、ともかく厄介なんだ」

 

 フリーレンもバグってるみたいだ。

 言葉が支離滅裂で、伝達という用をなしていない。

 

「フリーレン様、それは一体どういうことでしょうか?」

 

 神父様は、フリーレンの要領を得ない説明に、目ん玉をかっ開いて詰め寄った。

 圧がすごい。

 神父様視点、偉大な大魔法使いが魔族を前にしてこの有様では、不安にもなるだろう。

 

 見かねたように、ちょうど着替えを終えて戻ってきたザイン先生が間に割って入った。

 

「ああもう、埒があかねえな!」

 

 ザイン先生はがしがしと頭をかきながら、神父様に向き直る。

 

「兄貴、いいから落ち着けって。フリーレンの言う通り、こいつはちょっと普通の魔族とは違うんだよ。めんどくせーのは確かだがな」

 

 わたしをめんどくせー女扱いしないで!

 

「しかし相手は魔族ですよ」

 

 神父様はまだ納得がいかない様子だ。

 

「こいつは、俺が沼で死にかけてたのを助けてくれた恩人なんだよ。その見返りに、女神様の魔法の資質があるか見てほしいって頼まれてる。教会に連れてきたのはオレの責任だ」

 

「魔族に命を救われた? それは本当なのですか? そんな事例は聞いたことありませんが……」

 

 神父様は、信じられないという表情で弟に問い返す。

 

「だが、事実だ。兄貴は知らねーかもしれないが、こいつはネットを創った張本人で、なんか知らんが人類の姉になりたいとか、夢見がちなことを言ってるちょっと変わった魔族なんだよ」

 

「それってだいぶ変わってませんか?」

 

「まあ、そうかもな……」

 

 ザイン先生がわたしを見下ろしている。

 未知という存在に対して、少しおもしろがるような、そんな視線。

 未知へ挑戦するその姿は冒険者に重なるところがある。

 ザイン先生は冒険者にあこがれてるのかな。

 

「そんなに変なことは言ってないと思うよ」わたしは無垢な幼女を装う。「だって、女神様を信じて、その教えに従う淑女の方々は、シスターと呼ばれるのでしょう? わたしはほとんどの場合、人間の先生たちより年上なんだから、お姉さん(シスター)で間違ってないと思うんだけど」

 

 わたしの論理的かつ真面目な説明に、神父様は一瞬きょとんとした顔をした。しかし、シスターという聞き慣れた、そして聖なる響きを持つ言葉が、彼の混乱した思考に一条の光を差したのかもしれない。ふぅ、と息をつき、張り詰めていた空気が少しだけ和らいだ。

 

「人間を先生と呼ぶのに、自分が年上だと主張するのですか?」

 

「魔族は、そういう生き物として造られたの」

 

「あなたの言い分はわかりました」

 

 聖職者は未知を取り扱う能力に長けている。

 わからないこと、理解できないことは、だいたい神さまのせいにしてしまえるから。

 わたしという未知すら、女神様の御業として捉えたのかもしれない。

 

「アナリザンドさん。少しよろしいでしょうか」

 

 静かに、しかしはっきりと、神父様はわたしに問いかけた。

 

「はい」わたしは、背筋を伸ばして応じる。

 

「単刀直入にお伺いします。あなたは女神様を信じていらっしゃいますか?」

 

「はい。わたしは女神様を信じています」

 

 淀みなく言うことができた。

 魔族的特性で、何かを肯定することはとても難しい。

 でも、ちゃんと言えた。

 そのことが、とてもうれしい。

 フェルンちゃんが感動してる姿が遠目に見えたり。

 そんな妹へのアピールも考えないわけではなかったけれど。

 

「魔族の方が、なぜ女神様を信じることができるのでしょう。理由をお聞かせ願えますか」

 

「わたしにその能力があるからじゃないの。女神様がわたしに信じさせてくれるんだよ」

 

「正しい信仰の姿です」

 

 神父様は厳かに告げた。

 

 神父様に認められた。そのことが、また、うれしかった。

 ハイターにも聞かせてあげたかったな、と思う。

 わたし、ちゃんとできてるよって。

 

 しかし、その温かな空気を、氷のように冷たい一言が切り裂いた。

 

「神父様、あなたは騙されている」

 

 フリーレンだった。いつの間にか壁際から離れ、有無を言わせぬ圧力でこちらに告げる。

 

「魔族の言葉を真に受けるべきじゃない。それは人間を欺くための擬態だ。信仰心など、魔族にあるはずがない」

 

 彼女の言葉には、長年積み重ねてきた経験則の重みがあった。

 

「私は、そうやって炎に巻かれた家を、何度も見てきたんだ」

 

 フリーレンの声は淡々としていたが、その奥には深い痛みが潜んでいるように感じられた。

 

「あの悲劇を私は、心のどこかで、魔族はやはりそういうものだと結論づけるために、見て見ぬふりをしてきた面もあるのかもしれない。人間の営みもただの風景に過ぎなかったから」

 

 それは、まるで懺悔のようだった。

 

――()()()()()

 

 つまり、そうなってもかまわないと思いながら放置した。

 人間に対する無関心という名の罪。

 

「でも、だからこそ、今度こそ間違えるわけにはいかないんだ」

 

 フリーレンは、強い意志を宿した瞳で神父を見据える。それは、過去の過ちを繰り返さないという、彼女なりの誠実さの発露なのかもしれない。

 

「フリーレン様……」

 

 神父様は、フリーレンの言葉に困惑しつつも、しかし毅然とした態度で彼女に向き直った。

 

「お言葉ですが、フリーレン様。たしかに魔族は警戒すべき存在でしょう。しかし、今のアナリザンドさんの言葉には、嘘や欺瞞は感じられませんでした」

 

「姿や言葉なんていくらでもつくろえる。魔族の魂は理解不能な暗闇だ」

 

「たとえ闇だとしても、です。女神様にとっては、闇ですら愛されるべき存在ではないでしょうか。女神様の慈悲は、光だけでなく、闇にも等しく注がれると、私は信じております」

 

 それは揺るぎない信仰の表明だった。

 

「その結果、村が災禍に巻きこまれてもいいの? 女神様は誰も彼も救ってくれるような、そんな都合の良い存在じゃないでしょ。事が起こってからじゃ遅いんだよ」

 

 フリーレンの言葉は、冷たく、重く、教会の静寂に響き渡った。

 

 爆ぜかえる炎。

 逃げ惑う人々の悲鳴、断末魔。

 かけがえのないものが、理不尽に奪われていく光景。

 

 その言葉が呼び起こしたであろう過去の記憶に、フェルンちゃんは息を呑み、シュタルク君は固く拳を握りしめていた。ふたりとも、それぞれの形で喪失の痛みを知っている。だから、何も言えなかった。フリーレンの言葉には、否定しがたい現実の重みがあった。

 

 神父様にとっても、それは決して他人事ではなかったのだろう。彼の表情には深い苦悩の色が浮かび、視線は遠い過去を見つめているようだった。

 

 弟と二人、この教会を守ってきた日々。おそらくは、両親との永遠の別れも経験しているはずだ。信仰が篤い彼だからこそ、女神様がすべてを救ってくれるわけではないという現実を、誰よりも痛感しているのかもしれない。

 

 祈っても届かない願いがあること。

 信じていても訪れる悲劇があること。

 いつか天国で再会できると信じることだけが、残された者にとっての唯一の慰めとなる現実を。

 

「フリーレン様のご懸念はもっともなことだと思います。あなた様の警告を、決して軽んじるつもりはありません。もし、万が一にも、私の判断が誤りであり、この村に災禍をもたらすようなことがあれば、その責任は、この命に代えても、私がすべて負います」

 

「神父様にできるの?」

 

 それは、単に小馬鹿にしているのではない。千年の時を生きてきたエルフの、冷徹なまでの現実認識に基づいた問いだった。一人の人間の命で、村一つが壊滅するような災禍の責任が本当に取れるのか。魔族が本性を現した時、あなた一人で対処できるのか、と。

 

 場の空気が再び凍りつく。フェルンちゃんもシュタルク君も、息を詰めて神父様を見つめている。ザイン先生も、さすがに顔をしかめていた。

 

「いいえ、フリーレン様」神父様は答えた。「正直に申し上げて、私ひとりの力で、魔族がもたらすかもしれない大きな災禍から、この村を守り切れるとは考えておりません。あなたの仰る通り、私の命一つで償えるものではないでしょう。それは理解しています」

 

「だったら――」

 

「ですが、迷い子が教会の扉を叩いたのです。それが誰であれ、招き入れるのが聖職者たる私の務めだと考えております」

 

 神父様の言葉は、揺るぎない決意に満ちていた。

 

 フリーレンはなおも反論しようとしたが、神父の瞳の奥にあるハイターに似た信仰の光を見て言葉を失う。ハイターもまた、時に非合理に見えるほどの信仰心で、人々を導こうとしていた。

 

――天国はある()()である。

 

 女神の存在に半信半疑であるエルフさえ褒めてくれた。撫でてくれた。

 最初は嫌だったけど、いつのまにか嫌ではなくなっていた。

 今ではもう撫でてくれる彼はいない。

 

「……ハイターも、そうだったかもしれないね」

 

 ぽつりと、フリーレンは誰に言うともなく呟いた。そして、諦めたように息をつく。

 

「まあ好きにすればいい。いざとなったら、私がなんとかする」

 

 なんとかって、もしかしてゾルトラでしょうか……。

 

 わたしちょっぴり心配です。

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