魔族少女のエロタナティブ   作:アナリザンド

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同族嫌悪

 

 

 

「――というわけで、ザインを勧誘しようかと思う」

 

 夜、フリーレンはフェルンとシュタルクを客用の寝室に呼びだして言った。

 ちなみにアナリザンドには、無慈悲に出ろと言って追い出した。

 ヤダと最初は抵抗していたアナリザンドも、シュトラール銀貨を見せびらかされてはたまらない。フェルンあたりに、アナリザンドの弱点でも聞き出していたのだろうか。

 ピンっとフリーレンが飛ばした銀貨がころころと床を転がると、犬のように飛びつくほかなかったのである。この魔族、クソ雑魚につき。

 

――結界を張られた。

 

「なにが、というわけなんですか。唐突すぎますよ」とフェルン。

 

「姉ちゃん追い出す必要あんのかよ」とシュタルク。

 

 ふたりとも、唐突なフリーレンの提案――というよりもはや強引な宣言を前にして、わずかに抗議の声をあげる。

 

「ふたりとも私のパーティだからね。あいつは別枠だ」

 

 そういわれてしまっては、言い返すことはできない。

 

 冒険者のパーティはある種の信頼関係がなければなりたたない。

 フェルンもシュタルクもアナリザンドを姉のように慕ってはいるが、アナリザンドがともに旅をする仲間ではないのも確かだ。

 

 それになんだかんだ言っても、旅の主体はフリーレンであり、フェルンはハイターの遺言にしたがって、シュタルクはアイゼンの導きによって、フリーレンのお供をしているに過ぎない。

 

 フリーレンの言葉に絶対に逆らわないというわけではないが、フリーレンの言葉をまるきり無視するというわけでもないのである。

 

「どういうことなんでしょうか?」フェルンが重ねて聞いた。

 

「同族嫌悪ってやつかな……」

 

 フリーレンは平坦な声だったが、わずかに視線を落とした。

 フェルンからは、フリーレンが少しだけ何かに後悔しているように見える。

 

「わけわかんねえな……。まあ、姉ちゃんのことだから、今ごろ銀貨にほおずりしてるだろうし、別にいいけどよ」とシュタルク。

 

 弟の予想は正しく、アナリザンドは今、

 

――銀貨様ぁ。お星様ぁ。きらきらしてるー。

 

 と、ふしぎなおどりを踊っている。

 

 そんなことはどうでもよく、フリーレンは真面目な顔をして言った。

 

「神父様に頼まれたんだ。ザインの背中を押してほしいって。冒険の旅にでたがってるらしいよ」

 

「……そうですか」

 

「なにか知ってるの? フェルン」

 

「いえ、ザイン様が何をお考えなのかは存じあげませんが、何かをあきらめきれない気持ちと、あきらめきってしまいたい気持ちが激しく衝突しているように見受けられました」

 

「鋭いね。たぶんそれは正しいよ」

 

「なぜそう思うのですか?」

 

「私がそうだからだよ」

 

 根底にあるのは『変わりたい』という願望と『変われない』という諦めの()()ぜ。

 

 後悔に耽溺したいという気持ちと、そこから抜け出したいという気持ちが拮抗している。

 

 だから、同族嫌悪。

 

 自分のことだからよくわかる。

 

 フェルンは痛ましげにフリーレンを見つめた。

 

 千年の時を生きるエルフ。自分の師匠でもあるフリーレンが、こういった弱さともとれる発言をするのは稀で、普段感情を表に出すこともない。

 

 フリーレンが人間を知るということは、毒リンゴを食べる行為に似ているのかもしれない、とフェルンは思う。後悔という名の毒がエルフを殺す。千年を生きたエルフを、いとも容易く殺してしまう。

 

「神父様から聞いたよ。ザインは昔、冒険者になることを夢見てたって。親友と一緒にね。でも、その親友からの冒険の誘いを断ってしまったらしい」

 

「ご自身の選択の結果じゃないですか。それで、あんな自堕落な生活をしてらっしゃるのですか」

 

 フェルンの声には、僅かな非難の色が混じっていた。ハイターに育てられた彼女にとって、聖職者でありながら怠惰に日々を過ごすザインの姿は、受け入れがたいものだったのだろう。

 

 フリーレンにとってのハイターも、実は似たようなものだ。二日酔いでアンデッドになった姿は、フェルンには見せていないが、聖職者としては明らかに失格だった。

 

 ただ、人は人の見たいように見る。

 フェルンはハイターに育てられ、命を救われた過去がある。

 ハイターを敬愛しているフェルンは、ハイターこそが理想の聖職者なのである。

 その意味では、やはりフェルンもハイターという幻想を追っているといえる。

 

――ヒンメルもそうだったのだろうか。

 

 イケメンで、光り輝く太陽のような、あるいは突き抜ける青空のような魂をもっていたヒンメルも、心のどこかで闇を抱え、フリーレンに見せないまま、闇の中に消えていったのだろうか。

 

 フリーレンにはわからない。

 でも、フェルンがハイターのことをそう思いたいというのはわかった。

 ヒンメルとの十年の旅ではわからなかったことが、わかるようになっていた。

 

「そう言わないでよ、フェルン」だから言える。「その言葉は私にも刺さるんだから」

 

「失礼いたしました。ですが――、フリーレン様はヒンメル様をきっかけに、こうして前に進もうと努力されてらっしゃいます。ザイン様のように、ただ過去に囚われて現状に甘んじている方とは違うと、私は思います」

 

 フェルンなりの師匠への敬意と、ザインへの厳しい評価だった。

 

「まあ、いいんじゃねぇか」シュタルクは乗り気のようである。「強い僧侶がいるのは、正直助かるしよ。それに――」

 

「なんですかシュタルク様」

 

「いや、男女比率をもう少し均等にしたいっつーか」

 

 シュタルクは、気安い男の仲間が欲しかったのである。べつにびーえるではない。

 

 超然とした感情の読めないエルフと、しっかり者だが時々恐ろしいフェルンを前に、シュタルクは肩身の狭い思いをしていることも多々あるのである。

 

 戦闘後に汗をぬぐうのさえ、一苦労なのだ。

 ちょっと二の腕をまくっただけで怒られる。

 シュタルクにとっては理不尽としか思えない。

 

「シュタルク様のえっち」

 

「なんでだよ!」

 

 フリーレンは、そんな二人のやり取りを横目に、小さく息をついた。

 

「理由はともあれシュタルクは賛成ってことだね。フェルンは反対かな?」

 

「正直に申しあげて、賛成はしかねます」

 

「どうして?」

 

「ザイン様が甘えてらっしゃるからです」

 

 フェルンは少し考えてから言った。

 

「自分に?」

 

「いえ、どちらかといえば女神様にでしょうか」

 

 冒険者になれなかった自分の運命を女神様のせいにした。

 それがフェルンにとっては致命的に嫌なことだったのである。

 

 ハイターに教えを受けた彼女にとって、信仰とは、ただ救いを求める受動的なものではなく、自らの意志で善き行いを積み重ね、女神様の御心に適うよう努める能動的な姿勢そのものだった。

 

「自分の弱さを、女神様の御意志だとすり替えるのは、信仰への冒涜に他なりません。ハイター様は、どんなに苦しい時でも、病に倒れ伏したときでさえも、決して他者や運命のせいにしたりはなさいませんでした」

 

 フェルンの言葉は凍てついた氷のように硬い。

 

 フェルンがハイターから受け継いだのは、女神様の教えや信仰だけでなく、生きるということそのものだったからだ。いのちを受け継いだのだ。フリーレンがヒンメルを穢されるのを極端に嫌うように、フェルンもハイターを穢されることを赦せない。

 

「でも、ハイターのやつだって、いつも完璧だったわけじゃないよ。二日酔いで戦えなくなるのはしょっちゅうだったし、フェルンには、きっとがんばって見せないようにしてた面もあるんだ」

 

 フェルンだからこそ、ハイターは死を恐れている姿を見せたくなかったのだろう。

 いつの日か、フェルンも死ぬ。その冷たい現実を見せたくなかったから――。

 

「そんなことはわかっております」

 

「後悔から抜け出せない気持ちは私にもわかる。ザインは、過去の選択を悔やみ続けて動けなくなってしまったんだろう。それは女神様に甘えているというより、自分自身にかけた魔法に、がんじがらめにされている状態に近いのかもしれない」

 

 フリーレンの言葉は、ザインを擁護しているようでいて、同時に自分自身にも向けられている響きがある。フリーレンは自分自身を省みようとしている。分析しようと試みている。

 

 ヒンメルの死後、人生が一巡りするほどの長い間、人間を知ろうとしなかった自分。

 その裂傷は過去から常にフリーレンを追いかけてくる。

 後悔という名の沼に、沈みかけているのは、ザインだけではない。

 ザインの姿に、フリーレンは過去の自分を重ねていた。

 

「フリーレン様の過去と、ザイン様を一緒にするのは……」

 

 フェルンは言い淀んだ。

 

「まあ、似たようなものだよ」フリーレンはあっさりと言った。「私も、ヒンメルが死ぬまで、本気で人間を知ろうとはしなかった。あれだけ時間があったのにね。ザインが親友の誘いを断ったのと、根本は同じかもしれない。私はただ他者と向き合うことから逃げていただけだ」

 

「フリーレン様は、()()向き合おうとされています」

 

「ザインだってそうかもしれないよ。ただ、きっかけがないだけかもしれない。私が背中を押してあげられればいい。そう思ったんだ」

 

 フェルンは言葉を失う。

 他者と時間をまじあわせることのできないエルフが、ここまで他者に寄り添うのは珍しい。

 同族嫌悪とフリーレンは言った。

 つまり、ザインを救うことはフリーレン自身を救う。

 そういう文脈になっている。

 どんな種族よりも文脈を生成する能力に長けている人間は――、フェルンはそんなエルフの儚い願いを聞き取ることができた。

 

「フリーレン様がそうおっしゃるなら、私から反対はいたしません」

 

 ひとまずのパーティ内の合意がなされ、勧誘は明日から始めることになった。

 

 

 

 

 

 一方そのころ。

 寝室を追い出されたアナリザンドはやむをえずにザインの寝室にいた。

 さきほど、ザインを挑発したこともあってか、なんだかとても気まずい。

 もじもじザンドになっている。

 

「なぁ。アナリザンド……」

 

「ん。なにかな。先生」

 

「いいもんもってんじゃねーか」

 

 下卑た視線。

 ザインの視線は、アナリザンドの持つ銀貨に向けられていた。

 

「え、や、ヤダ。これはダメ。わたしの。とらないで!」

 

 アナリザンドは銀貨を胸元で抱きしめるようにして後ずさる。潤んだ瞳で上目遣いにザインを見上げる姿は、小動物のようで庇護欲をそそる。

 

 魔族としては最高レベルといっても過言ではない命乞いの姿勢だ。

 もはやゼーリエとのやりとりで、その仕草は完成されているともいえる。

 普段から強姦魔相手だと、嫌でもレベルは上がるのだろう。

 

「おまえ金持ちなんだろ。ケチケチすんなよ。ちょっと借りるだけだって」ザインは、ベッドに腰掛けたまま、気だるげに手を差し出した。「すぐに返すさ。……勝てばな」

 

「勝てなかったらどうするの?」

 

 アナリザンドは、か細い声で問い返す。

 それは純粋な疑問のようでいて、相手の覚悟を問う鋭い針でもあった。

 踏み倒したら赦さない。紅い目がそう言っている。

 

「そんときは……まあ、そんときだ」

 

 ザインは曖昧に笑って、煙草に火をつけようとポケットを探るが、空だったことを思い出した。

 やれやれと肩をすくめるザイン。

 

「先生は、わたしの銀貨でどうしたいの? またギャンブル?」

 

「ああ。次は勝つさ。いい加減ツキも回ってくるだろ」

 

 根拠のない自信、あるいはただの願望。

 ザインは紫煙の代わりに、ため息を吐き出した。

 

「それとも、おまえが昼間みたいに、また奇跡でも起こしてくれるのか?」

 

「奇跡もタダじゃないよ」

 

 アナリザンドは、銀貨を弄びながら言った。

 小さな指の間で、銀貨がきらりと光る。

 星の光のように愛おしそうに銀貨を愛でるアナリザンド。

 

 正直に言えば、魔力消費量もバカにはならないのだ。

 一秒とはいえ、因果を調律するなんて、莫大な魔力を消費する。

 先生たちから借り受けた力も無限ではない。

 

「それに、わたしが勝っても、それは先生の勝ちじゃないでしょ」

 

「屁理屈こねやがって……」ザインは、面倒くさそうに頭を掻いた。「じゃあ、どうすりゃいいってんだよ。このまま、こんな片田舎の教会で、くすぶってろってか?」

 

 言葉とは裏腹に、その声には甘えにも似た響きがあった。

 誰かに、この停滞した状況から引き上げてほしい、という願望。

 しかし、自分からは決して手を伸ばさない、そんな矛盾した感情。

 

 人間は()()()()()()()()()()存在だが、アナリザンドはさほど綺麗とは感じなかった。

 オトナらしいキタナイ矛盾といったところか。それを自覚しているからこそ性質が悪い。

 ザインは、はっきり言えば故意犯なのである。

 

「別に、わたしは先生にどうこうしろなんて言ってないよ。昼間も言ったでしょ。()()()()()()()()って」

 

 突き放すような言葉。

 しかし、選択の自由を相手に委ねる言葉だった。

 アナリザンドは魔族なりに最大限の譲歩をしている。

 

「……好きに、ね」ザインは、アナリザンドの言葉を反芻するように呟いた。そして、自嘲的な笑みを浮かべる。「それができりゃあ、苦労はしねぇんだがな」

 

 彼は立ち上がり窓辺に歩み寄った。窓の外は、もうすっかり夜の闇に包まれている。遠くで、まだ収穫祭の喧騒が微かに聞こえてくる。

 

「なあ、アナリザンド」ザインは窓の外を見つめたまま言った。「お前は魔族なんだろ? 人間のことなんて、どうでもいいはずじゃないか? なんで、オレなんかに構うんだ?」

 

 相手が人間でないからこそ、本音を漏らすことができる。

 それは、ザインがずっと抱いていた疑問だったのかもしれない。

 

 得体の知れない魔族の少女。人間の感情を弄ぶように見えて、時折、核心を突くような言葉を投げかけてくる。その目的が、ザインにはまるで読めなかった。

 

 アナリザンドは、ザインの背中を見つめた。その問いに、どう答えるべきか。魔族としての本能に従うなら、「人間観察が趣味だから」とでも言うべきだろうか。

 

 あるいは、フェルンやハイターの影響を語る?

 

 いや、今はもっとシンプルでいい。

 

「女神様の子どもになりたいからだよ」

 

「……そうかい。試されているのはどっちなのかわかったもんじゃないな」

 

 ザインは、それ以上何も言わず、再び沈黙した。

 

 部屋には声のない静けさが流れる。銀貨をめぐる緊張感は薄れ、代わりに、二人の間に横たわる種族の違いと、それぞれの抱える内面が、夜の闇の中に沈んでは消えていく。

 

「まあ、それはそれとして――、賃料は払うべきじゃないか」

 

 ザインがポツリと述べた。

 

「こんなタバコ臭い部屋に銀貨一枚!? ぼったくりだよそれ!」

 

「だったら野宿でもすればいいだろ。ここはオレの部屋だぞ」

 

「絶対ヤダ!」

 

 フリーレンたちが動き出す明日の朝まで、夜はまだ長い。

 

 

 

 

 

 日はまた昇り、調和の光が村の隅々まで照らしだす。

 

 収穫祭はまだ終わらない。アナリザンドはいつものように神父様の教導を受け、ザインは朝早くからサボってどこかに行ってしまった。

 

 光に追い出されるようにして日陰者たちの集まる場所へ。

 

「ザインがどこに行ったか、こころあたりない?」

 

 フリーレンがフェルン達に聞いた。

 ふたりは顔を見合わせ、なんとも言えない顔になる。

 

「まあ、たぶん……」

 

「あそこしかありませんよね」

 

 フェルンたちの予想は的中した。

 

 昨日と同じ酒場の扉を開けると、昼間だというのに薄暗い店内の隅で、ザインは一人、タバコをくゆらせ、安酒のグラスを傾けていた。テーブルの上にはカードもチップもなく、ただ時間を持て余しているように見える。

 

 物静かに、何かを考えている。

 

 べつにアナリザンドから徴収した銀貨一枚では勝負にならなかった――ということだけが理由ではないだろう。ザインは何かを待っていたのかもしれない。

 

「やっぱりここにいました」フェルンは呆れ気味だ。

 

「なんだおまえたち。ガキどもがつるんでオレに何か用か」

 

「勧誘だよザイン」

 

 フリーレンが言葉を装飾せずに言う。

 エルフらしい単刀直入さだ。

 魔族ほどではないにしろ、エルフも人間の文脈を必要としない。

 

「勧誘?」

 

 ザインは哂った。

 

 その言葉だけで、一瞬ですべてを理解したからだ。

 アナリザンドの創りだした因果に、フリーレンは乗せられている。

 あれだけ魔族を嫌っておきながら、魔族の手のひらの上で踊っているように見えた。

 

「オレたち僧侶を探しているんだ。仲間にならないか」

 

 シュタルクが続けて言った。

 少年らしい素直な物言いは、場の空気をわずかになごませる効果がある。

 けれど、ここは空気が悪い。

 

「仲間ねぇ……」

 

 ザインは、タバコの煙をゆっくりと吐き出しながら、面白がるようにフリーレンを見た。

 

「ずいぶんとまあ熱心なこった。あのチビ魔族にでも唆されたか? 大魔法使いのエルフ様ともあろうお方が、魔族の筋書き通りに動くってのも、皮肉な話だよな」

 

「ザイン様!」フェルンが怒りの声をあげる。

 

 ザインはただ肩をすくめ、フェルンの怒りをいなす。

 

「オレに怒ってもしかたないだろう」

 

 ザインの言葉は、明らかに挑発的だった。

 昨日の、アナリザンドに提示された愚者のカードが、脳内にちらつく。

 本当の道化師は自分だとわかっているからこそ、フリーレンを挑発したのである。

 

 つまりは、同族嫌悪。

 

 フリーレンは、しかし表情を変えなかった。

 

「私が決めたことだ」フリーレンは静かに答えた。「アナリザンドは関係ない」

 

 フリーレンの言葉は平坦で、感情の起伏は読み取れない。

 きっぱりとした言葉は、力強くも聞こえる。

 だが、エルフといっしょの時をほとんど過ごしたことのないザインには、フリーレンの心がどこにあるのかわからなかった。

 

――白々しい。

 

 と思った。

 

「関係ないっておまえは言うがな」ザインは苛立ちを隠さずに続けた。「そこにいる嬢ちゃんは教えてくれなかったのか? 昨日、あのチビはオレを焚きつけてきたんだぜ? ポーカーでのイカサマまがいの奇跡も、オレに対するあからさまな挑発も、全部そうだろ。そして今度は千年エルフが直々に勧誘だ。まるで、あの魔族に先を越されまいとしてるみたいじゃねぇか」

 

 ザインの苛立ちの理由は明確だった。

 

 酒の()()にするように、フリーレンとアナリザンドの対立の道具にされている感覚。

 かけがえのない仲間としてではなく、ただの薬草代わりとして求められているような。

 いつか要らなくなったら、いくらでも切り捨てられてしまう駒のような。

 

――代替可能な存在。

 

 虫唾が走る。

 

「オレをおまえらの喧嘩にまきこむな」

 

「違う。そうじゃない」

 

 フリーレンはあいもかわらず口調は整然としていたが、若干の動揺がみられた。

 やはりアナリザンドの呪いは強力で、言葉がすぐに空転してしまう。

 

 頭脳のひらめきが、コンピュータのように正確なフリーレンは、すぐにザインの勘違いに気づいたが、どのように言葉を尽くせば、疑心暗鬼にとらわれている目の前の人間を説得できるのか、まったくイメージが湧かなかった。

 

――救いの手は、いつも他者から伸ばされる。

 

「アナリザンド様は関係ありません」とフェルン。「フリーレン様はザイン様のお兄様から頼まれて、ザイン様を勧誘しようと思い立ったのです」

 

「へえ。兄貴がね。そいつは悪かったな。オレの勘違いだったみたいだ」

 

 あいかわらずザインはへらへらしている。まるで他人事のように、あっさりと自分の非を認める。だが、その態度は明らかに壁を作っている証拠だった。核心に触れられるのを避け、表面的な会話でやり過ごそうとしている。

 

 フェルンは、明らかにムッスゥ顔になった。そして、シュタルクはそんなフェルンをなだめようと必死だ。これ以上、会話がこじれては勧誘も何もない。

 

 しかしフリーレンは違った。

 

「何を怖がっているんだ?」

 

「オレが怖がってる、だって?」

 

 ザインは、思わず素の声で聞き返した。虚を突かれ、動揺しているのが明らかだった。即座にいつもの皮肉っぽい口調に戻ろうとするが、フリーレンの真っ直ぐな視線がそれを許さない。

 

「そうだよ」フリーレンは頷く。「ザインは何かをひどく怖がっているように見える。だから、壁を作って、本心を見せようとしない」

 

「……勝手な憶測だな」ザインは、視線を逸らしながら悪態をつく。「オレが何を考えてようが、あんたには関係ないだろ」

 

「関係はあるよ。私はザインを仲間にしたいと考えている。仲間のことは知っておく必要がある」

 

「あんたにとって、仲間ってのは、そんなに軽いもんなのかよ。昨日今日会ったばかりの、こんな自堕落な僧侶のことまで、仲間に誘うなんてな」

 

「軽くはない」フリーレンは即座に否定した。「冒険者が自分の背中を預ける相手を簡単に選ぶことなんて()()()ありえない」

 

「あんた相当頑固だな」

 

 白いモヤが吐き出され、ザインが遠くを見る。

 すぐ近くには酒場の壁があって、ただの木の板しか見えなかったが。

 

「今更なんだよ。兄貴から聞いてるんだろ、フリーレン」

 

「私はザインからは何も聞いていない」

 

「……エルフにはブラフって概念はないのかよ」

 

 観念したようにザインは言った。

 そして、ぽつりぽつりと語りだす。

 

 幼馴染の親友――ゴリラと名乗る少年と夢を語り合った日々を。




うまく接続できるかは神の味噌汁なんだよね……。
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