魔族少女のエロタナティブ 作:アナリザンド
思うに、聖典はZIPファイルだと思うんだよね。
要するに、複合ファイル。
プロダクトキーと認証トークン。暗号とマニュアルが含まれている。
問題なのは、認証される側の主体にも必要な要素があって、それが女神様の魔法を使う資質と呼ばれている。つまり、才覚が必要。
女神様の魔法をインストールするにしても、パソコンのスペックが必要みたいな感じかな。
この才覚というのが、言葉にできない要素で、わたしが持っているかは謎だ。
というか、それ以前に――わたしが女神様に認知されるか。つまり『人間』とみなしてもらえるかという問題もあるんだけど、それは心配していても始まらない。
資質のほうは、もしかしたら努力すればなんとかなるのかなと思って、その内実を理解したかったのである。つまり女神様に好かれる自分になりかったのだ。
「ねえ。ザイン先生。わたしに女神様の魔法を使える資質ってあると思う?」
いつのまにやら、先生の部屋に寝泊りしているわたしだが、それくらいは聞いてもいいだろう。
ちなみに同衾はしておりません。同衾処女は絶対にフェルンちゃんにささげるのだ。いまのわたしは、床でおくるみ状態になって寝ている。
「ん? なんだチビっこ。いまさらそんなことが気になるのか」
ザイン先生はあいかわらずタバコをプカプカふかしていたが、なんだかその顔は憑き物が落ちたっていうのかな、少しだけ穏やかな顔をしていた。
どうやら昼間にフリーレンとなにやらあったらしい。
おそらく、冒険に行くことをザイン先生は決意したのだろう。
それくらいは顔つきをみればわかる。
――後悔を乗り越えて、未知なる冒険に漕ぎ出す。
ザイン先生のこころは、ようやく前に進みだしたといえる。
でも、人間というものは、そういう心持ちでも常に不安を孕んだ存在だといえる。
つまり、いまのわたしと同じ。
「いきなりぶっつけ本番なのは誰だって怖いでしょ」
さっき、携帯小窓を使って、なにやらメールしてたみたいだけど。
そのときの先生の顔は明らかに不安と緊張でいっぱいだった。
たぶん、相手先は神父様――ザイン先生のお兄さんだろう。
神父様はネットを使っていないと言っていた。返事がくるかはわからない。
けれど、なにやら理由があってザイン先生はメールで言いたかったのだろう。
祈るような面持ちだったといえる。
――返信がきたときの弛緩。
瞳がかすかに湿潤を帯びた。
だから、ザイン先生にもわかって当然なのだ。
それが、人間の創り出す文脈というもの。
あるいは、わたしの創り出す空気。
「ガキがこわがってんじゃねーよ。だが、まあ……道理ではあるわな」
タバコを灰皿におしつけて消した。
「でしょう」わたしはしたり顔で述べる。
「まあな。だが、女神様の魔法を使う資質とやらが、具体的にどんなものかはオレにもわからん」
「え、なんで?」ザイン先生も聖職者なのに。
「あのな。オレは酒とタバコとギャンブルと年上の姉ちゃんが好きな破戒僧なんだぜ。兄貴みたいな立派な聖職者というイメージからは、かけ離れているだろうが」
「んぅ~~~道理」
「おいチビ」非難するような声をあげるザイン先生。
「先生が自白しているから、そういっただけだよ。でも、そっか。先生にもわからないのか」
ちょっとガッカリするわたし。
でも事の発端は、わたしがザイン先生を沼から引きずりだしたことにある。
あのとき、ザイン先生はわたしに女神様の魔法を使える資質があるか調べてくれる約束だったはずだ。つまり、ザイン先生はわたしに債務を負っている債務者なのである。
債権者の無慈悲な魔法。
――とりたてーる。
しても、問題はないだろう。
「あれだけ女神様の魔法をうまく使えているのに、本当にぜんぜんわからないの?」
「わからねぇよ。いままで女神様の声なんて聞いたこともねーしな。もし聞こえてたら、オレはギャンブル負けなしで、今ごろ年上の綺麗な姉ちゃんをはべらしているはずだ」
――勝ちまくりモテまくり。
とか言いながら、ザイン先生は手のひらでナニカを揉んじゃってる!
フェルンちゃんが聞いてたら、女神様を冒涜しているって、ムッスゥ顔になりそうな発言だ。
「でもさあ、先生。約束は約束だよね?」
わたしは床からむくりと起き上がり、おくるみを脱ぎ捨てて(ベビードールふうの寝間着はちゃんと着ているのでご安心を)、ベッドに座るザイン先生に詰め寄った。
ちんまい身体で、精一杯の圧をかける。
「なんの約束だよ?」
「もう忘れたの。先生がウンコ沼にはまっていた時、助けてあげたでしょ。そのとき先生はわたしに女神様の魔法を使える資質があるか調べてくれるって言ったよね。先生はいま、わたしに借りがある状態なんだよ!」
びしっと人差し指を突きつける。
債務不履行は許さないぞ、という強い意志を込めて。
それに、あのとき奪われた銀色のお星様の件も――。
「銀貨については正当な賃料だろうが。そういや今日の分がまだだぞ」
なん……だと。
「うそでしょ。一泊一銀貨って、ひどすぎない? 三泊分だと思ってたのに」
都会の有名ホテルとかで、朝食つきでも、なかなかない値段だ。
ぼったくりすぎる。
わたし、泣くぞ。ほら、泣くぞ。すぐ、泣くぞ。
「まあ……金のことは置いておいてだ。あのときとは状況は変わったんじゃないか」
「変わったって?」
「うちの兄貴が洗礼の儀をとりしきることになっただろ。聖印をハイター様から与えられた聖職者がおまえの資質を見極めようとしているんだ。これ以上なく正統な様式でな」
「それは、わたしを人間なのか見極めようとしているってことでしょ。わたしは女神様の魔法をただ使いたいってだけじゃなくて、
「欲張りな魔族だな」
「ごうつくばりな神父さんに言われたくないんだけど」
「わかったよ」めんどうくさそうな声。「じゃあ、具体的にどうしたらいいんだ」
ザイン先生は、正直に言ってると思う。
――シェーマL。
つまり、人は鏡に映った自分としてしか、自分という存在を認識できない。
自分どんな存在なのかは、自身には正確にはわからないのである。
「じゃあ、ヒアリングする」
「問答方式か。おまえ本当に魔族かよ」
「わかんない」
わたしが素直に答えると、ザイン先生は本日何度目かわからないため息をついた。
「……まあ、おまえが魔族だろうが人間だろうがどうでもいい。それでオレに何が聞きたいんだ」
「うん。まず先生が女神様の魔法を使うとき、どんな感じがするのか教えてほしいの」
シェーマLに基づけば、他者の語る感覚を通して、わたし自身の内に対応する何かを探るのが近道のはずだ。ミラーニューロン的な? 魔族にそれがあるのかは、よくわからないけど。
「感覚ねぇ」ザイン先生は腕を組み、少し考えこむ。「べつに特別な感じはしねぇな」
「内から何かエネルギーが放出される感覚とか、あるいは女神様の力が流れこんでくるとか」
「もしかすると、どっちもかもな」
「どっちもって」
「女神様に問いかけて応じてもらう。結果として女神様の奇跡が顕現する」
「……それって女神様のお声が聞こえてるってことなんじゃ?」
「具体的な肉声が聞こえるわけじゃない。これも感覚的なもんだ」
客観的なデータになりようがないクオリア方面の話になると、どうにもわたしには分が悪い。
データ解析なら得意なんだけどね。
「じゃあ他に何か感じる? 例えば、色とか、音とか、匂いとかは?」
わたしはベッドに乗って、ザイン先生に迫る。(べつに変な意味はありません)
「色ぉ? 蒼っぽい光が見えるような気もするが、気のせいかもしれん。音や匂いなんかしねぇよ。おまえ、魔法使うときにいちいちそんなもん感じてんのか?」
「うーん、魔族の魔法はちょっと違うから。じゃあ、精神的な変化は? なんかこう、女神様への愛が溢れてくるとか、世界平和を願っちゃうとか、そういう高尚な気分になったりしない?」
「なるか、そんなもん」ザイン先生は即答した。「どっちかっつーと、集中して疲れるだけだ。特に死にかけてるやつを一気に治したりすると、どっと疲労感が来る」
「疲労感……。なるほど、MP的なリソースを消費してる感じはあるんだね」
「えむぴー?」
「一般的に言うところの魔力みたいな」
わたしはなったことないけど、魔法使いにはガス欠という状態がありえるのは識っている。
大魔法を使えば、肉体的にも疲労して動きが鈍くなるのだ。
それでも無理して魔法を使うと、命を削ることになる。赤玉がでちゃう。
要するに、魔力とは性欲なのである。(極めて高度な魔族的見解です)
神父様たちの使う魔法も同じなのかな。
でも、教会によればそれは異なる力とされているんだよね。
「魔力ねぇ」ザイン先生は回答を保留した。
「聖都では確か、聖なる力、あるいは女神様の御力――神聖力とか呼ばれているよね。だから魔力的なナニカなのかなって」
「差別化はかりたいだけだろ」
この神父、ぶっちゃけちゃってる!
「あのね。ザイン先生。人間には建前っていうのがあるんだよ」
「魔族がそれ言うか、普通」
「先生のこと心配して言ってるのに」
「ありがとうな。魔族さんよ」
どうやら、聖職者特有の神秘的な体験、みたいなものはあまりないらしい。ザイン先生が破戒僧だからなのか、それとも女神様の魔法自体がそういうドライなものなのか。
科学のように――それすらも解析しうるものなのか。
わたしは問いかけを続ける。
「成功するときと失敗するときの違いは? コンディションとか、信仰心の篤さとか、そういうので効果が変わったりする?」
「失敗はほとんどないな。回復魔法なら、相手のケガの状態を見極めればたいていうまくいく。ただ、たまにうまくいかない相手がいるのも確かだ」
「効きにくい相手?」
「ああ。なんていうか……こころが、こう、頑なに閉じちまってるような? 自分で治ることを拒んでるようなやつには、回復魔法も減衰するような感覚がある」
興味深いデータだった。
女神様の魔法は、対象の精神状態にも影響される?
だとすると、魔族には回復魔法が効かなかったりするんだろうか。
少なくともn1として、わたしが人間の精神状態からはずれているのはわかる。
「女神様の魔法が効くためには、もしかすると受け入れる側の
「あるいはもっと単純な話かもな。回復魔法も相手に対する
「そうか。女神様の愛も
その瞬間、ザイン先生がわたしの言葉に反応したのがわかった。
ヤバいと、内心思った。
地雷を意図せず踏んでしまったときのようなアラートが脳内に鳴る。
まだ爆発してはいないが、回避しなければ極めて危険な状態だ。
いくつかの情報断片をつなぎあわせ、わたしはそのように判断する。
<わたし>の統計的解析によれば。
――自然な話題変換。修復確率89%。
――肯定的な意味の付与。修復確率65%。
――きまずい沈黙。修復確率23%。
――意味の深堀。修復確率14%
最も確率の高い選択肢は『自然な話題変換』。
しかし、わたしはそれを選択したくなかった。
なぜなら、それは根本的な解決にはならないからだ。
地雷はそこにあり続ける。いつかまた、誰かが踏んでしまうかもしれない。それに、目の前のザイン先生の心の傷に、見て見ぬふりをするのは、なんだか違う気がした。
――あなたは、後悔を越えたんじゃないの?
そう言いたかった。
女神様に好かれたいなら、こういう時にこそ、誠実であるべきではないかだろうか。
たとえ、それが最も修復確率の低い選択肢だとしても。
「ごめんなさい。先生」
だから、わたしは素直に謝った。
「なにがだ」
また、タバコに火をつけて吸い始めるザイン先生。
ベッドから離れ、窓際に移動する。
距離も離れちゃった。
「ブロックって言葉、気にしてるよね」
わたしは顔を上げ、まっすぐ彼の背中に問いかけた。
修復確率14%の『意味の深堀』を選択する。
これはまるで――
「魔族にしては人間の心を理解してるじゃねーか。いちおう
遠い目をするザイン先生。
でも、その言葉は自分自身に問いかけてもいるようだ。
「だが、ガキのやり方だ。大人ならもう少しうまくやる」
「先生なら、わたしが謝れば赦してくれるって思ったから」
「赦すも赦さないもねーよ。オレ自身の問題だからな」
そして、彼は魔族少女に手を伸ばす。
ポンと頭に手を乗せて、わたしは軽く撫でられてた。
「なにするの先生。セクハラ? ロリコン?」
「ばかやろう。オレにそんな趣味はねーよ。鏡見てみろ」
わたしは立てかけられている鏡を見てみた。
いつもと変わらない魔族なわたし。
人形めいた綺麗な顔だ。
「ん? あ……」
ほんのわずかな変化があった。
さっき、賃料を召しあげられそうになった時の、あるいは先生にごめんなさいした時の。
――
「先生、これって……」
「どうやら女神様の慈悲は魔族にも届くらしいな」
「うれしいよ。先生。とてもうれしい」
「おいチビ。奇跡の証を消そうとするな」
「先生のいじわる……」
終局――、あなたは頭を垂れるでしょう。
あなたがあなたであることに疑いを抱かず。
愛される準備をしておきなさい。
女神様の御声が聞こえた。