魔族少女のエロタナティブ   作:アナリザンド

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休戦協定

 

 

 

 まだ午前の酒場は、いままでの喧騒が嘘のように静かだった。

 

 カウンターの隅でグラスを磨く店主以外、客はフリーレンとザインだけだ。窓から差し込む光が、テーブルに落ちた埃をきらきらと照らしている。

 

 旅の段取り――北へのルート、立ち寄る街、当面の食料調達。そんな実務的な話は、存外あっさりと片づいた。フリーレンの提示する計画は合理的で、ザインも特に異論はなかった。

 

 問題は、その先だった。

 

「――で、だ。フリーレン」

 

 ザインは半分ほどになったレモン水のグラスを弄びながら、探るような目でフリーレンを見た。

 

「ん、何?」

 

「いや、何ってわけじゃねぇんだが、あのチビ魔族のことだよ」

 

 フリーレンの眉が、ぴくりと動く。

 ザインは、それに気づかないふりをして続けた。

 

「フリーレン、あいつのこと結局どうすんだ? このまま監視を続けるのか?」

 

「そうなるかな。まだ資質を見る試練とやらも終わってないし」

 

 事務的な返事。感情がまったく乗っていない声色だ。

 まるでそうするのが自然な流れと言っているようで、自分の意志が乗っていない。

 

「もういいんじゃねぇか」

 

「なにがもういいの?」

 

「あいつのことを認めてやったらどうだ?」

 

「たった数日で? 私は数週間程度なら人間を殺さずに共存を装う魔族も見てきたよ。それに黄金卿のマハトのような例もある。数年や数十年は人間にとっては長い時間かもしれないけど、魔族にとってはそうでもないんだよ。十分に()()()()()()時間だ」

 

「確かにな」ザインはタバコをふかす。「だが、人が変わるには十分な時間だ。そうだろう?」

 

「あいつのことをザインも人間だと規定するの? なぜ? あいつが欲しい言葉をくれるから?」

 

「オレが欲しい言葉をくれたのはあんただよ、フリーレン」

 

「そうなの?」鈍感エルフだった。

 

 ザインは苦笑しながら、灰皿にタバコをおしつける。

 どうやら、エルフに言葉を伝えるには迂遠な回路が必要らしい。

 

「別に、あいつが人間だなんて思っちゃいねぇよ。どこをどう見ても魔族だろ、ありゃ」

 

「だったら、なんでそんなこと言うんだ?」

 

「人間じゃないから変わらないってわけじゃねーみてぇだからな。現に目の前にいるエルフのお姉さんも、たった数日でずいぶん変わったようにみえる」

 

「私はエルフだ。魔族とは違う」

 

「そりゃそうだ。だが、千年変わらなかったエルフが変われるんなら、魔族だって変わる可能性くらい、あるかもしれねぇだろ。ま、ゼロじゃねぇってくらいの話だがな。悪くない賭けだ」

 

「私はザインみたいなギャンブラーじゃない。不確実なことに命を賭けるほどお人よしでもない」

 

「だろうな」ザインは軽く受け止める。「だがよ。あいつと本気で話してみないことには、あいつが何を考えているかは、結局わからないままなんじゃないか」

 

「あいつにそんな高等な機能があるのかもわからないのに?」

 

「信じるしかねぇだろ」

 

 ザインはこれ以上なく単純で、それゆえに突き崩すことのできない真理を述べた。

 

「簡単に言うね……」

 

「まあな。あんたの千年をオレはわからねぇ。だが、オレの十年もあんたにはわからなかったはずだろ。わからなかったのに、わかろうとした。だったら、魔族にだって手を広げてみるのも悪くないかもしれないぜ」

 

 それは、フリーレンがザインに言った言葉の、ある種の反転だった。

 だからフリーレンは何も言い返せない。

 

「それに――」ザインは続ける。「オレも、あんたに諭されるまでただのガキだったからな。フリーレン、おまえとあのチビ魔族の喧嘩を見てると、なんだか猛烈に恥ずかしくなってくるんだよ。共感性羞恥ってやつか、これ」

 

「失礼だね。私のことをザインは子ども扱いするの?」

 

「自分だけが――、自分の世界だけが正しい。そう思っちまうのはガキじゃねーのか?」

 

「私は千年以上生きてるんだよ? ザインより、あいつよりも、ずっとお姉さんだ」

 

 ぷんすか、と効果音がつきそうな勢いで反論する。

 もちろん、いつものように能面のような表情は変わらない。

 しかしその様子は、まるで意地を張る子供のようにも見えた。

 

「はいはい、わーったよ、お姉さん」ザインは、面白がるように肩をすくめた。「だったら、お姉さんらしく、ガキの面倒見てやるくらいの度量を見せてくれよ。人間になりてぇ魔族のガキの面倒くらい、エルフのお姉さんからしたら楽勝だろ?」

 

「好き勝手言ってくれるね」

 

「好き勝手言われたからな。どこかのお節介なエルフに」

 

 ザインは立ち上がり、出口に向かう。

 ひらひらと手を振って、もう言うことはないとばかりに背中でサヨナラだ。

 

 フリーレンは、じっとその場に座りザインの言葉を考えていた。

 

 目の前の空になったレモン水のグラス。

 徐々に騒がしくなる店内。

 お昼まで、けっこう長く話しこんでしまったようだ。

 

 そして、フリーレンはふと気づく。

 テーブルの上に置かれたままの勘定書き。

 

「やられた……」

 

 ザインは勘定をおしつけてバックレやがったのである。

 

 どうやら走り抜ける風景たちは、生きていてもそうらしい。

 

「あの生臭坊主め。僧侶はどいつもこいつもあんななのか」

 

 でも、不思議と悪くない気分だった。

 ザインはハイターに似ている。もういなくなってしまった仲間に。

 不真面目な言葉で、不完全に寄り添うのが聖職者の流儀なのだろうか。

 

――だとしたら、私も、不完全なのかもしれない。

 

 フリーレンは、ふとそんな考えに至り、かすかに笑った。

 

 千年の時を生き、変わらないはずのエルフである自分が、必死に今を生きる人間たちの目には、どこか欠けた、不完全な存在として映っている。その事実が、妙におかしく感じられたのだ。

 

 あるいは、その不完全さこそが、エルフですら変わることのできる証なのかもしれない。

 

「マスターお勘定」

 

「いいのかい。ザインさんなら知ってるからツケでもいいぞ」

 

「いいよ。私はお姉さんだからね」

 

 フリーレンは答えた。

 

 

 

 

 

 教会に戻りフリーレンは見た。

 

 食堂のテーブルの上に置かれた弾力のある物体。

 完璧な焼き色と、艶やかなカラメル。漂う甘い香り。

 そのうえにたっぷりとかかった赤味がかかったベリー系のソース。

 

 自分の好物が、そこにある。

 

 フリーレンは、無言で椅子に座った。

 他のみんなは既に昼食を終え、いるのは目の前にいるアナリザンドとフェルンだけだ。

 フリーレンの視線が、フェルンに向けられる。

 

「フェルン?」

 

「アナリザンド様といっしょにおつくりしました。毒は入っておりません」

 

「そう……」

 

 それだけでフリーレンは察した。ザインが自分を連れ出したのは、この時間を作るためだったのだろう。フェルンがアナリザンドに協力した理由も、おそらくは似たようなものか。

 

 次々と篭絡されていく人間たち。

 

 いや、これも一種の交換なのかもしれない。アナリザンドは人間の欲しがる何かを与え、その代わりに、アナリザンドも何かを与えられている。

 

 物質的なものではない情動を交換しているように見える。

 

――魔族が? そんなことがありえるのか?

 

 フリーレンは、プリンの型を静かに引き寄せた。

 スプーンを手に取り、滑らかな表面をすくう。

 そして、ゆっくりと口に運んだ。

 

 変わらない完璧な味。舌が喜んでいるのがわかる。

 

 フェルンの手作りでもある。ワインの中に泥水が一滴入っているようなものだが、それをワインではないというほどフリーレンは狭量ではない。おおざっぱなところがないと、長大な時を生きてはいけない。

 

 だが――魔族は別。

 人生における染みのようなもので、それを無視できるほどおおらかではない。

 

 結果として、フリーレンは無言でそれを食べ始めた。

 

 半分ほどになったところでスプーンを置いた。

 そして、テーブルの向かいのアナリザンドを真っ直ぐに見据えた。

 

「なんのつもりだ。アナリザンド」

 

「なにが?」アナリザンドは、小さく首を傾げた。

 

「これは私の好物だ」フリーレンは、型に残ったプリンを示しながら続けた。「なぜ、これをつくった? 私の機嫌を取るためか? それとも、何かを誤魔化すためか?」

 

「わたしを責任回避のためのドレーンにしないで」

 

「ドレーン?」

 

「排出路。あなたはわたしに責任をおしつけようとしてる。自分のいきどころを無くした感情を、わたしに流しこもうとしているだけ」

 

「じゃあ、なにが理由だ?」

 

「フリーレンが、食べたいかなって思ったから」

 

「どうしてそう思った?」

 

「フリーレンはわたしのことが嫌いだよね。嫌いなわたしを監視しててストレスが溜まってるかなって。ストレス解消には好きなものを食べるのが一番だよ。フェルンちゃんもそう言ってる」

 

 アナリザンドは、淡々と、まるで教科書を読むかのように言った。その言葉には、フリーレンを気遣う温かみのようなものは感じられない。ただ、観察と分析に基づいた事実を述べているかのような響きだ。

 

「おまえもフェルンを責任回避に使っている」

 

「もちろん、あなたと違って、合意のうえね」

 

「お前は」フリーレンは、低く唸るように言った。「人を不快にさせるのが本当に得意なようだ」

 

「そう?」アナリザンドは、不思議そうに首を傾げる。「わたしは合理的に状況を分析して、最適な行動を提案しただけだけど。フリーレンは魔族のことになると少し感情的すぎるんじゃないかな。もっと冷静になったほうがいいよ。あなたもフェルンちゃんのお姉さんなんでしょ」

 

 また、お姉さんという言葉。

 

 ザインに言われたばかりの言葉を、今度は魔族に言われる。

 フリーレンのこめかみが、ぴくりと動いた。

 

 ガキ。

 子どもか……。

 アナリザンドは姉らしい対抗心を燃やしているというふうにも解釈できなくもない。

 

「もういい。プリンの礼は言っておく。美味しかった」

 

 そういわなければ、フェルンに怒られる。

 

「どういたしまして」

 

 アナリザンドは、満足げに頷いた。

 少し胸をそらして誇らしげだ。

 

「それで?」とフリーレン。

 

「少しは文脈がないとわかりにくいよ。フリーレン」

 

「ヒンメルの遺言のことだ。おまえが私から譲歩を引き出したいなら、真っ先に切るべきカードだろう。こんなただ消費するだけの食べ物で、私がおまえに対する殺意を収める理由にならないのはわかりきってるはずだ」

 

「それで、わたしがヒンメルの遺言を教えたら、瞬間的にゾルトラークされるって寸法?」

 

「私はおまえたち魔族と違って嘘はつかない」

 

「魔力を制限しているくせに? それも一種の嘘だよね」

 

「人間たちから何も言わずに魔力を奪っているおまえに言われたくはない」

 

「黙示の合意だよ、フリーレン」

 

「黙示の合意?」

 

「そう」アナリザンドは微笑する。「わたしはネットという()を提供している。人間たちは、その場で情報を交換し、繋がり、娯楽を得て、時には救いを求めている。その対価として、彼らの意識の一部――魔力と言い換えてもいいかな――が、わたしに流れる。これは、明確な言葉での契約はなくとも、互いの利益に基づいた、暗黙の了解の上になりたっている関係」

 

 アナリザンドは、まるで法律家か哲学者のように、自身のシステムの正当性を主張する。

 

 たかだか千年程度しか生きていないエルフには、神代の時代から生き伸び続けている()()の理を理解できるはずもないという意味をこめて。

 

「彼らは、わたしが提供する利便性や繋がりを享受することによって、その対価を支払うことに()()している。何も言わずに奪っているわけじゃない。これはフェアな交換だよ。フリーレンが食べ物の対価としてお金を払うのと本質的には同じこと」

 

「詭弁だね」フリーレンは、冷ややかに言い放った。「人間たちは、自分が魔力を奪われているなんて、ほとんど意識していないはずだ。それを()()だなんて言いくるめるのは、それこそ魔族の得意な嘘に過ぎない」

 

「意識していないことと、合意がないことはイコールじゃないよ」

 

 アナリザンドは、即座に反論した。

 

「人間だって、社会のルールや権力、法律、空気、つまるところ見えない力に従って生きているでしょう? 税金だって、国家というシステムから保護やサービスを受ける対価として、半ば強制的に徴収される。でも、多くの人はそれを受け入れている。なぜなら、そのシステムが自分たちに利益をもたらすと暗黙のうちに理解し合意しているから。わたしのネットも、それと同じだよ」

 

 アナリザンドの論理は、一見すると筋が通っているようにも聞こえる。だが、フリーレンにとって、それは人間を都合よく利用するための魔族の理屈に過ぎなかった。

 

 この小さな魔族は魔王よりも恐ろしい。

 

「お前の理屈はわかった」フリーレンは、話を打ち切るように言った。「でも、それは私がヒンメルの遺言を聞くこととは関係ない」

 

「関係ならあるよ。わたしはフリーレンを()()()()()()の」

 

「心配?」

 

 魔族らしからぬ言葉に、フリーレンはゾッとした。

 次々と繰り出される言葉の弾幕。

 ゾルトラークよりも恐ろしい呪いの言葉が、アナリザンドから放たれているように見える。

 

「そう。わたしはあなたを心配している。そして、その心配が黙示の合意とつながっている」

 

「理解できない」

 

「説明してあげる。ヒンメルの遺言は、フリーレンにとって、とても大きな意味を持つ情報だよね? それは、フリーレンの心を大きく揺さぶる可能性がある。もしかしたら、フリーレンという存在の根幹に関わるかもしれないほどのトラウマになるかもしれない」

 

「ヒンメルが私を壊すようなことを言うはずがない」

 

「あなたとの最後の冒険で、ヒンメルがあなたに最後の言葉を、直接伝えなかった意味を考えたことある? 人間を理解できていないから、そんなことが言えるんだよ」

 

「おまえが勝手にヒンメルの遺志をねじまげてるだけだ」

 

「論理的におかしいことを言っているよ。あなたはディスクリプタが改鋳されている可能性を考えながら、それを受け取れないことに苛立っている。わたしの心配は募るばかり。だって、ヒンメルとの黙示の合意は、あなたにきちんと遺言を伝えることだったのだから」

 

「私の責任だと言いたいのか」

 

「いいえ」アナリザンドは女神様のような微笑を浮かべた。「ヒンメルが悪いんだよ」

 

 その言葉は、フリーレンの心の最も深い部分を、鋭利な刃物で抉るような響きを持っていた。

 ヒンメルが、悪い? あの、誰よりも優しく、気高く、勇者であったヒンメルが?

 ありえない。断じて。

 

「……っ、お前……!」

 

 フリーレンの全身から、殺意にも似た冷たい魔力が溢れ出す。千年以上の時の中で、ヒンメルを侮辱する者を、フリーレンは決して許さなかった。目の前の魔族が、今、その一線を越えようとしている。

 

「フリーレン様」焦ったような声をあげるフェルン。

 

 しかし、アナリザンドはその殺気にも怯むことなく静かに続けた。

 

「ヒンメルは、フリーレンが傷つくかもしれないとわかっていながら、それでも伝えたい言葉を遺した。そして、それを直接ではなく、わたしという不安定な媒体に託した。それは、優しさなんかじゃない。ヒンメル自身の願いを優先した、人間なら誰しもが持つありふれた()()だよ。フリーレンを信じていた、とも言えるけどね。あなたにそれを受け取る覚悟はあるの?」

 

 アナリザンドの言葉は、フリーレンの怒りをさらに煽る。

 だが、同時に、その言葉の持つ奇妙な説得力が、フリーレンの心を蝕んだ。

 

――ヒンメルは、なぜ直接言ってくれなかったのか?

 

 その疑問は、ずっとフリーレンの中にあった。

 

 なぜ星をいっしょに眺めて「綺麗だ」と一言述べて同じく星のように散っていったのか。

 

 痛い。胸のあたりがズキズキする。これが魔族の呪い。

 

「だから、心配なんだよ、フリーレン」

 

 アナリザンドは、再び()()という言葉を使う。

 

「そんなヒンメルのエゴともいえる言葉を、今のフリーレンが受け止めたら、本当に壊れてしまうかもしれない。ヒンメルを憎んでしまうかもしれない。それは、ヒンメルも望んでいないはず。わたしはリスクを正当に評価している。あなたには準備ができていないと判断する」

 

 魔族の口から語られる、ヒンメルへの歪んだ配慮。

 

 フリーレンは、溢れ出しかけた魔力を――魔族に対する敵愾心を、必死に抑えこんだ。

 

 この魔族の言うことは、何もかもが気に喰わない。腹立たしい。だが、無視できない何かがある。今、感情に任せてこの魔族を排除すれば、ヒンメルの遺言は永遠に失われるかもしれない。

 

 そして、もしかしたら、この魔族の言う通り、今の自分はまだ――。

 

「お前の戯言は、もう聞き飽きた」フリーレンは冷たく言った。

 

「ふうん。じゃあ会話は終わり? プリン食べるだけ食べて終了のお知らせ?」

 

「遺言の話は、今はしないだけだ」

 

「ふむぅ?」今度はアナリザンドが、少し意外そうな顔をした。

 

 少し拍子抜けしたような、そんな表情だ。

 擬態として見れば、かなり高度で完成している。

 まるで、仲良くなろうとしたら、なぜか言い合いに発展してしまった幼子が、相手方が思いがけず刃を収めたので、ポカーンと放心しているように見えるのである。

 

 凄まじい擬態だ。もはや人間の幼子と見分けがつかない。

 

「お前の言う準備とやらが、私に必要だというならそうなんだろう」

 

 フリーレンは続けた。

 

「そして、おまえも――。女神様の子になりたいというのなら、私もお前の()()を見極める必要がある。お前がヒンメルの言葉を捻じ曲げずいられるか」

 

「要するに、フリーレンはわたしに妥協したんだね」

 

 ニチャアと笑うアナリザンド。

 

 本当にこの魔族は女神様の子になりたいのか。

 どこからどう見ても邪悪な存在である。

 

「好きに解釈すればいい」

 

 フリーレンは、抑揚のない声で答えた。

 

「わかった。好きに解釈するね。フリーレンはわたしと休戦協定を結びました。まる」

 

「死ね」

 

 フリーレンのあんまりな言葉に、アナリザンドはわらった。

 

 なぜなら、フリーレンが魔族を殺すときには、わざわざ死ねなんて言葉は使わないからだ。

 

 どうしようもなく、アナリザンドの人格を認めているのである。

 

 アナリザンドは、満足そうに再びテーブルの上のプリンに目を向けた。

 

「じゃあ残りのプリン、冷めないうちに食べて。せっかく美味しくできたんだから。フェルンちゃんもがんばってくれたんだよ。妹の努力を無駄にしちゃ姉失格だよね」

 

「言われなくても食べる」

 

 フリーレンは、ぶっきらぼうに答え、再びスプーンを手に取る。先ほどまで感じていたプリンの甘美な味は、今の舌にはどこか複雑な味に感じられた。

 

 隣を見ると、フェルンが心配そうな、それでいて少しだけ安堵したような、微妙な表情でこちらを見ていた。彼女も、この奇妙な休戦協定の成立を、複雑な思いで見守っていたのだろう。

 

 食堂には、プリンの甘い香りと、言葉にならない緊張感が奇妙に同居していた。

 

 ヒンメルの遺言という核心は、厚い氷の下に一時的に封じこめられた。

 

 だが、その氷がいつか必ず溶けるであろうこと、そして、その時には今以上の激しいぶつかり合いが待っているであろうことを、フリーレンも、そしておそらくアナリザンドも、予感せずにはいられなかった。

 

 今はただ、目の前のプリンを味わうしかない。

 フリーレンは、黙々とスプーンを口に運んだ。

 

 甘くて、少しだけ、苦い味がした。




もう(ザイン編)ゴールしてもいいよね……?
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