魔族少女のエロタナティブ   作:アナリザンド

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ゾルトラーク

 森の中。

 フェルンは、HUDを展開した。

 HUD――ヘッドアップディスプレイは人間の視覚野に直接的に情報を投射する。

 これも一種のネットの力。

 人間がアナリザンドの魔法の一端を解析し、それを戦闘に応用したものだ。

 

 戦闘行為においては『速さ』が何よりも求められる。

 

 しかし、生物学的人間にはどうしても、反射神経系やなによりも目という構造物の限界がある。目は対象との距離を測るために焦点を合わせる必要があるが、そのためにシャッターを絞るときのほんのわずかの時間、コンマ数秒の遅延が生じるからだ。

 

 HUDは情報を無限点に結像する。薄い緑色をした情報がフェルンの視界に直接投影される。よって、その遅延をゼロにできる。それだけではない。錯覚や二度見といった人間の脳による事象誘因作用を排し、見たいものを見やすい人間の妄想をコントロールできる。

 

 のは――いいのだけれども。

 

「あの、アナリザンド様。余計な情報を表示するのやめてもらっていいですか……」

 

 ネットにつないで表示しているという特性上、アナリザンドの干渉を許してしまう。

 しかし、この干渉は通常起こりえないことであり、フェルンにだけそんな現象が起こってしまうのだ。なんでだろうね。不思議だね。

 

 フェルンには見えていた。

 

 ◇ MISSION フリーレンを倒せ  ◇

 

 BOSS フリーレン。

 

 生命:貧弱(人間と同じくらいかな。ゾルトラークで十分)

 魔力:膨大(競うな! 持ち味をイカせッッ!)

 敏捷:普通(でもフェルンちゃんも普通だから五分五分かなぁ)

 防御:弱い(不意打ちすれば大丈夫。殺せるよ)

 称号:葬送(魔族絶対殺すウーマン。撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだ)

 弱点:失感情症。情動調律能力の不足。間主観的自己感の欠如。分裂気質。ズボラ。生活破綻者。ペチャパイ。表情筋死んでる。妹泥棒。ウンコババァ。

 

 もうただの悪口なのでは――。

 フェルンはいぶかしんだ。

 

「そもそもこれは防御魔法の特訓です」

 

 ピー、という警告音が発せられ、HUDが点滅する。

 フェルンはハッとして、杖を掲げる。

 一般防御魔法の展開。六角形型の魔力の盾はフリーレンの魔法を防いだ。

 ギリギリだった。あとわずかに遅れていれば、致命傷を負っていただろう。

 

「なに見てるの? 集中しないと殺されるよ」

 

 フリーレンが殺人マシーンのように次々と魔法を繰り出してくる。

 もはやそれは修行ではなく、養育ではなく、ただの()()だった。

 

「いや、変なナレーションいれないでください」

 

 フェルンは防御盾をフリーレンの魔法にあわせようとする。

 

 HUDの情報から適切な角度や距離を測ることができる。反応速度も悪くない。これは単純に選択肢の問題だ。フリーレンはフェルンに対して、一般攻撃魔法と一般防御魔法の二種しか教えていない。とりえる選択肢がそもそも少ないので、反射に近しいレベルで対応できる。

 

 決定の誘導。意志の支配。

 フリーレンはフェルンを殺人マシーンに育てあげようとしている。

 自分の殺意に同化させようとしている。

 

 魔法というのは本来無限の可能性を秘めたものだ。

 それなのに人を殺すことに特化させるなんて虐待ではなくなんだというのだろう。

 

「フリーレン様は防御魔法を教えてくださってます」

 

 それは殺し続けるためのメソッドに過ぎない。

 ほら、すり抜けてくるよ。騙されないで。

 

 蛇のようにうねる光線。

 HUDが予測機動を計算する。

 フェルンは防御魔法を小刻みに動かして、攻撃を霧散させた。

 

「今のは避けきれないと思ったよ」

 

 フリーレンは感心しているようだった。

 

 相手は油断している。反撃だ。ここでフェルンは杖をかまえてゾルトラークを発射!

 ジュバ。

 残念、フリーレンの冒険はここで終わってしまった!

 

「いやだから、防御魔法の特訓ですって。そもそも、私がフリーレン様に勝てるわけないじゃないですか」

 

 勝率で言えば確かに低いだろう。正面から戦えば勝率予測は二割を切る。

 しかし非常に遺憾ながら、フリーレンの教育方針は魔族を殺すことに関しては効率的である。

 フェルンの魔法は早撃ちに特化している。

 ゾルトラーク=射精論から言えば、早漏って言ってもいいレベルだ。

 

「私が早漏ってひどくないですか……」

 

 あ、うそうそ。そんなことないよ。

 ともかく、フェルンちゃんは『速さ』でフリーレンに勝てる可能性がある。

 それだけは覚えておいて。

 

「さっきから誰と話しているの?」

 

「フリーレン様には聞こえてないのですか?」

 

「なんのこと? なんか不快な魔力の流れは見えるけど……」

 

 聞こえますか。聞こえますか。アナリザンドです。

 わたしは今、あなたのこころに直接語りかけています。

 

「まさか直接脳内に……?」

 

 うーそ。そこまで深度の高いものではないよ。

 ただ耳小骨を揺らしているだけ。

 

 アナリザンドの説明を受けて、フェルンは小さく嘆息した。

 

「フリーレン様。わたしは今、アナリザンド様と話しています」

 

「おしゃべりな魔族に気を取られていると死ぬよ」

 

「ですが……、私は……それでもアナリザンド様と繋がりたいと思うのです」

 

 フェルンには負い目がある。贈与という観念から見ても、それは相当だ。

 人間は過大な贈り物を受けたときに、恥辱を感じる。

 

 十六歳の誕生日に、フェルンは初めて魔族の命を奪った。

 もちろんそれは対話を切断したに過ぎないけれども、まぎれもなく殺人行為だった。

 死とは二度と話せなくなることを言うのだから。

 つまり、コミュニケーションの断絶こそが死の本質。

 人は人に忘れられた時、本当の意味で死ぬ。

 だから誰かに覚えておいてほしいと願う。

 フェルンはその意味を誰よりも理解している。

 ともすれば、フリーレンよりも。

 

「無意味だよ。そんなこと」フリーレンは冷たく言った。

 

「では、私がフリーレン様に教わり学ぶことも無意味だとおっしゃるんですか?」

 

「どうしてそうなるの。わけがわからない」

 

「フリーレン様は私との会話を打ち切ろうとしてるじゃないですか。私のアナリザンド様に対して抱いている敬愛も親愛も友愛も否定しているじゃないですか」

 

「魔族に心なんてない。フェルンが()()に対してそういった感情を向けているのは知ってる。けど、それは虚空に魔法を打ちこむようなものだ」

 

「私の感情を否定しないでください」

 

「フェルンは勘違いをしている。私だってフェルンが人形や小動物に想いを寄せても怒ったりしないよ。私はフェルンの感情そのものを否定しているわけじゃない。けれど、魔族は害獣だ」

 

「フリーレン様が害獣だと評したシードラットが蒼月草を見つけてくれたじゃないですか」

 

「たまたまそういうことだってあるかもしれない。でも、それは単純に運がよかっただけだよ。シードラットは統計的に人間に害を与える存在だ。だから、排除しなくちゃいけない」

 

「魔族も同じだと言うんですか」

 

「そうだよ。魔族のほうがもっと性質が悪いかな。あれは災害と呼んだほうがいい」

 

「フリーレン様はご存じないんです」

 

「なにを?」

 

「あの花を本当に見つけてくださったのは、アナリザンド様です」

 

「フェルンは、それが魔族の悪意ではないって証明できる?」

 

「いいえ。それはわかりません。ですが、誰も信じないなら誰もいないのと同じです」

 

「私は魔族を信じていないだけだ。フェルンのことは信じているよ」

 

「いいえ。フリーレン様は私を信じていません。私はアナリザンド様を信じている。そう言っているのが何故わからないんですか!」

 

「聞き分けの悪い子だね。話はこれで終わりだ。もう行くよ」

 

「そうやって私のことも殺すんですね」

 

 フリーレンのあとをフェルンがついていく。

 村に到着した後も、ふたりの間に会話はなかった。

 

 

 

 生活破綻者のフリーレンに代わって、旅の用意を整えるのはフェルンの仕事だ。

 フェルンは村の中でわずかながらも食料を調達しようとしていた。

 

 そこで珍しくも失敗に気づいた。路銀を部屋の中に忘れてしまったらしい。

 しかし、いま戻れば、フリーレンと鉢合わせることになる。

 

――きまずい。

 

「あ、あの……」

 

「ん。なんだいお嬢ちゃん」

 

 露店のおじさんに対して、フェルンはおずおずと問いかける。

 

「仮想通貨って使えますでしょうか?」

 

「仮想通貨ぁ……? ああ、()()()()のことね。使えるよ」

 

「よかった……」最近育ってきた胸を撫でおろすフェルン。「お願いします」

 

 アナリザンドはフェルンに莫大な富を与えていたりは()()()

 

 ほんのお小遣い程度を、大好きという言葉とともに贈っただけだ。

 

 アナリザンドは贈与が過大すぎると負い目になることを識っている。そもそも人間にとっては同一化が善であり差異化が悪である。簡単に言えば、金持ちは嫉妬され排斥されてしまう。もしもフェルンに対して1兆APも与えてしまえば、フェルンが人間社会にいられなくなってしまう。

 

 それは魔族に人間の心がなくても統計的に理解しうることだ。

 フリーレンあたりは狡猾だと評しそうだけれども、フェルンはアナリザンドの恩情だと受け取っていた。

 

 それにしても――いつのまに()()が変わったんだろう。

 アナリザンドはふわふわとした思考で考える。

 魔法通貨の話である。

 最初は仮想通貨という話だったはずだ。

 

――模倣による研究開発か。

 

 その萌芽を今まさに目撃しているのかもしれない。

 

 人間たちの特性において魔族にない強みは模倣(コピー)することだろう。

 人間の赤ん坊は母親が笑っている姿を見て、笑うことを学ぶ。

 学ぶの語源は真似ぶからきており、人間は人間を模倣して人間になっていく。

 だから、魔族の魔法を改良するのも人間の特性が活かされた結果だ。

 

 まずは、人間のモノにしようとした。

 だから、名づけがおこなわれたのだ。

 

 いずれにしろ、アナリザンドは魔法通貨に関しては今のところ放置気味だ。勝手に育って野生を身につけろとでも言いたげな態度をとっている。実に魔族らしい態度である。魔族は子育てをしない。あるいは暢気に托卵成功! とでも考えているのかもしれない。人間の魔法として固着するためには人間に育てられなければならないから。

 

 さて、そんなことは()()()()()()

 

 今はかわいい妹を慰撫することが最優先事項である。

 

『フェルンちゃん。喧嘩しちゃったね』

 

「アナリザンド様。私は喧嘩しておりませんよ」

 

 前を向きながら、フェルンは視線を動かさずに答えた。

 ズンズン歩いていく様は、防御魔法を纏いながら突き進んでいってるようだ。

 どこに行こうというのかね? 宿そっちじゃないよ。

 

「わたしは喧嘩()()していないのです」

 

『フェルンちゃんがそう言うんならそうなんだろうね』

 

「会話になっていないのですから当然です。フリーレン様の中には最初から私なんていなかったんですよ。そのことがよーくわかりました」

 

『ものすごく怖い……』

 

「なんですか?」

 

『いえ……なんでもないです。でもさ、フェルンちゃんも薄々気づいているんじゃないかな。あの十六歳の誕生日のとき、フリーレンはフェルンちゃんが魔族を殺せないのではないかって危惧したんだと思うよ。だから、防御魔法を覚えさせて生存率をあげてから、この村に()()()()()()()()()()()()()

 

――腐敗の賢老クヴァール。

 

 80年ほど前に猛威を振るった古き魔族。

 

 そして、人を殺す魔法(ゾルトラーク)を開発した魔法の匠。

 

 人間が研究開発し発展させた人を殺す魔法(ゾルトラーク)で、その魔法の祖を滅する。これ以上ない人間の力のデモンストレーションだ。

 

 フリーレンはフェルンに人間の力を知っておいてもらいたかったのだろう。

 

 いやそれ以上に――。

 

『守りたかったんだと思うよ。フェルンちゃんに傷ついてほしくなかったんだ』

 

「あなた様の言葉は本当にハイター様に似ていますね」

 

『模倣は人間だけの専売特許じゃないからね」

 

 フェルンは歩みを止めた。

 

「わたしだって、それくらいはわかってるんです。フリーレン様は私のことを思って、そうおっしゃってくださったんだって、ちゃんとわかっています。でも、赦せなかったんです」

 

『どうして? 魔族なんて使い終わって丸めたティッシュみたいなものだよ。わたし自身もべつに人間から否定されたからって傷ついたりはしない。情動を交換しないんだから当然だよね。心理学というより物理学のお話だよ』

 

「アナリザンド様にとってはそうなのかもしれませんが、ハイター様はアナリザンド様を信じておりました。わたしはハイター様を通じてアナリザンド様を信じておりましたから、アナリザンド様を否定されることは、ハイター様を否定されることになるのです」

 

『ABC殺人事件みたいだ』

 

「なんですかそれ?」

 

『信じてるって言葉で無限に繋がっていくってこと』

 

「ええ、ですからそれを断ち切ったフリーレン様のことが赦せません」

 

『怒った顔もかわいいけど、あんまり生産性はない気がするなぁ」

 

「わたしは怒ってなんかいません!」

 

『はいはい。じゃあ、理性的なフェルンさんはこの緊張状態をどうやって緩和させるのかな』

 

「それは……わかりませんが」

 

『フリーレンが謝ってくるまで待つつもり? 下手したら百年くらいかかると思うんだけど。ギャグじゃなく、わりと本気で』

 

「アナリザンド様は私が謝るべきだと思いますか?」

 

『わたしを鏡にしようとしているね。でも、わたしという鏡は歪んでいるから、よく見定めたほうがいいよ。悪意の証明は悪魔の証明なんだからね』

 

「アナリザンド様がそうだとおっしゃってくだされば、私はその言葉を信じます」

 

『わたしをティッシュみたいに扱わないでね』

 

「それは……申し訳ございませんでした」

 

『そう。偉いね。わたしはフェルンちゃんが謝ることができる良い子だってわかってるよ』

 

「でも、私、フリーレン様に謝るなんてできそうにありません。頭ではわかっていても。いえ、頭でわかっているからこそ謝りたくないんです」

 

『言葉に引っ張られすぎてるんじゃないかな。だったら、行動で示せばいい。引きこもりのわたしが言ってもあまり説得力はないだろうけど、言葉に比べると隠蔽するベクトルが弱いから真実を伝えやすい』

 

「いえ、ありがとうございます。そうですよね……言葉では伝えられなくても行動なら」

 

 フェルンはようやく前を向いた。

 足はフリーレンのいる方へ向かっていた。

 

 

 

「ところでアナリザンド様」

 

 宿の手前で、フェルンは停まり、今一度アナリザンドに問いかけた。

 

『なあに?』

 

「敏いあなた様のことですから、私がやろうとしていることに気づいているでしょうが、私が魔族を殺すことはどう思われるのですか?」

 

『べつになにも?』

 

「同族ですよね?」

 

『いいえ。魔族は常に一人一族だよ。文字通り違う世界を生きているから、生きようが死のうがあんまり関係ないかな』

 

「ですが、私とはお話ししてくださってますよね」

 

『人間だって、世界の裏側で自分と関係ない人間が何億死のうがこころを痛めたりする人は稀でしょう。建前として、かわいそうって顔しなきゃいけないのが人間だけどね』

 

「なぜ、私はアナリザンド様にとって関係のある人間なんでしょうか」

 

『誘導尋問になっていないところは好感がもてるかな。わたしなりの回答をしてあげるけど、フェルンちゃんに執着しているのは――、フェルンちゃんが受け取ってくれる人だからだよ』

 

「言葉をですか」

 

『いいえ。誘導しようとしないで』

 

「では、私は何を受け取るんでしょうか?」

 

『ひみつ』

 

「ひどいです」

 

『じゃあ、逆に聞くけど、フェルンちゃんの中ではアナリザンドは殺したくない対象なんだよね? でも、あのカピカピに乾いたティッシュみたいな魔族……くぱ……くぱぁーる? とか言うのは殺しちゃってもいいの?』

 

「クヴァールです。アナリザンド様」

 

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 フェルンが大きく呼吸するのが聞こえた。

 

「そうですね。正直なところまったく迷いがないと言えば嘘になりますが、結局、人は誰かを真似るしかないのだと思います。そうでなくては自分になれない。私にとって信じるに値する方は、あなた様と……それとフリーレン様もなんです。私はあの方に認めてもらいたい。よくやったって褒められたい。それだけなんです」

 

『もうそこまで言語化できるんだったら、そのまま言葉にしてしまえばいいのに。きっとフリーレンも喜ぶよ』

 

「私もフリーレン様の不器用さが移ってしまったのかもしれませんね」

 

『わたしの主観だとまったく似てないけどね』

 

「あなた様にも似てしまったのかもしれません」

 

『そ、そうかな? えへ、えへへ。お姉さんだもんね。妹は姉に似るものだよね』

 

「ええ、ですから、フリーレン様もあなた様もよく似ておりますよ」

 

 女神様のように微笑むフェルンだった。

 

 なんて憎らしい笑顔なのだろう。

 

 わたしの妹は天使のように狡猾で悪魔のようにかわいらしい。

 

 

 

「フェルン……帰ってきたの?」

 

 フリーレンはベッドに横になっていた。

 髪をおろして、天井を見つめ、死体のような体貌をさらしている。

 HUDは対象が弱っている情報を示している。

 ゾルトラークで一撃すればむなしくなる。

 

――あなたは今ならフリーレンを殺せます。殺しますか?

 

 はい/いいえ

 

「いいえ」フェルンはくすりと笑んで選択した。「なんてかわいらしい善意でしょうか」

 

「どういうこと? あなたはいないのって言われて、いないよって答える子どもみたいだ。今朝は叱りすぎたかな……。フェルン、今日は早く寝よう。睡眠は大事だ」

 

 ごろりとフリーレンが体位を変えながら言う。手足を折りたたんで胎児のように。

 

 まるきり見当はずれなフリーレンの言葉に、それでもとても似ている姉たちの言葉に、フェルンはおなかを抱えて笑った。

 

 フリーレンはその永遠ともいえる命の時間差から、人間の感情の速さについていけていない。千年のうちの一日と、百年のうちの一日では、その濃さもまったく異なるだろう。エルフは惰性で生きている。そうならざるを得ない。だから今もフェルンの速さに翻弄され、呆然と岩のように固まっていた。

 

 フェルンが合わせる。

 

「ただいま戻りました。フリーレン様」

 

 フェルンは今朝ぶりにフリーレンと会話を交わした。

 

「遅いよ。フェルン。何をしていたの」

 

 フェルンの感情が落ち着いたことを見計らって、フリーレンは確かめるように言った。

 うちの妹は気が狂ったんじゃないか、そんなふうに思っているのかもしれない。

 

「買いだしに行っていただけです」

 

「あのさ。フェルン……今朝のことだけど」

 

「フリーレン様。明日も早いのですからもう眠りましょう」

 

 二段ベッドのはしごを登り、フェルンはさっさと眠ってしまった。

 

「最近の子は……わからないな」

 

 

 

 明けて翌朝。

 

 森の開けたところには、クヴァールがモノ言わぬ石像のように鎮座している。

 

「フェルン……今はまだ魔族を殺せなくてもいい。ただ自分の身を守り殺されないように防御魔法の展開はしっかりするんだよ」

 

「はい。フリーレン様」

 

「封印を解くよ。油断しないようにね」

 

 岩が剥がれ落ちるようにクヴァールの封印が解かれてゆく。

 やがてその巨躯がムクリと立ち上がった。

 

 フリーレンを睥睨し、その魔族は圧倒的な威圧感を放っている。

 

「久し――」

 

魔族を殺す魔法(ゾルトラーク)!」

 

 フェルンは撃った。

 フリーレンの反応が一瞬遅れ、クヴァールは反応すらできない。

 その速さは、エルフや魔族には追いつけない心のカタチを利用している。

 

――光の魔法。

 

 哀れ、クヴァールは対話をすることすら赦されず滅ぼされた。

 

「フリーレン様。お言いつけお守りいたしました」

 

「最初は防御魔法って言ったよね?」

 

「いいえ。お言いつけどおりです。私、魔族を殺せましたよ」

 

「そう……だね。確かにそうだ。結果として、フェルンはひとりで魔族を滅ぼすことができたんだ。おめでとうって言うべきなんだろうね」

 

 フリーレンは複雑な表情をしている。

 理解の及ばない範囲にいるフェルンに――未知に不安を感じたからかもしれない。

 けれど、フリーレンがどうであれ、フェルンは待っていてくれるだろう。

 光のその先でずっと。

 だからフリーレンも進んでいける。

 

 逆に闇へと消えていく賢老は最期に何を思ったのだろうか。

 いや、そんな思考は無意味だ。おまえにはもう先はないのだから。

 

 魔族なんて所詮こんなもの。

 

 放置されてカピカピになってしまったティッシュの山はいずれウンコと同じ運命を辿る。

 

 かわいそうに。おまえが卵子だったら生まれてこれたのに。

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