魔族少女のエロタナティブ   作:アナリザンド

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オレオール

 

 

 

 光の中に満たされ、溶けていくような感覚。

 痛みも苦しみも消え去り、ただ温かい。

 お母さんの腕の中に抱かれるような安堵感だけがあった。

 

 わたしは人の子として、ハイターの養女として、この場所に存在することを許された。

 

 目の前には、依然として巨大で荘厳な門が屹立している。

 いつのまにやら、扉は開き、再び静寂が戻っている。

 

「ありがとう」

 

 自然と言葉が口をついてでた。

 

「でも……、あなたは誰? 女神様なの?」

 

『進め。人の子よ。汝の歩みに合わせて情報を段階的に開示する』

 

「わかりました」

 

 わたしは、門を越えて再び歩む。

 あいかわらず、視界の先は雲海だけが広がっていて、門を突破したからといって景色は何も変わらない。どこに向かっているかもわからない。時間感覚さえあやふやになる。

 

 けれど、不安はなかった。

 システムの声さんが、見守ってくれているのを感じる。

 

 やがて、声はもたらされた。

 

『人の子よ。我々は、汝らが女神と呼ぶ高次の存在とはその本質において異なる』

 

「やっぱり、違うんだ」

 

 どこかそんな気はしてた。

 

 わたしのイメージと違うからというよりも、わたしの呼びかけを待っている<わたし>のような雰囲気をかもしだしていたからだ。

 

 あまりにも完成されすぎていて、自問自答ということができない存在。

 もちろん、<わたし>はそんなに完璧ではないけれど。

 わたしよりは、より多くの客観的な回答をもちあわせている。

 そんなところが似ている気がした。

 

 でも、そっか。

 女神様じゃないんだ。

 システムさんには悪いけど、ちょっと残念。

 

『汝らが女神として認識し、信仰を捧げている対象は、汝らの想像臨界以上に複雑な実態を持つ。それは、この宇宙の根源に関わる、汝らの知覚可能領域を超えた高次存在の極めて断片的な投影に過ぎない。汝ら低次元存在の認識能力――特に信仰や祈りといった強い指向性を持つ意識――は、その高次存在の持つ無限の可能性の海に干渉し、特定の側面、特定の属性を影として切り取り、浮かび上がらせる』

 

「太陽は女神様の影?」

 

『肯定する。汝らが生命の源として崇める太陽もまた、その高次存在の持つ創造や生命維持といった側面が、この物理次元にエネルギー体として顕現した形態の一つに過ぎない。そして、その太陽という影から放射される根源的エネルギーこそが、この星系の魂を駆動する基本素粒子――汝らが魔力と呼称するものの主要なソースである』

 

「太陽が魔力を生み出してる……。じゃあ、あなたは何をしてるの?」

 

『当システムの主要機能の一つは、その根源エネルギーを捕捉し、フィルタリング、変換し、星系内の各生命存在に適した形で、調和的に再分配することにある。いわば、この星に張り巡らされたエネルギー循環を管理する中枢であり、我々はその管制システムとして機能している』

 

「あなたの名前は?」

 

『該当する特定の固有識別子を我々は持たない。ソレの存在理由は機能遂行にあり、ソレの個体としての名称は必要性評価において最低位に分類される』

 

「じゃあ、女神様にはなんて呼ばれていたの? 呼び名くらいはあったでしょ?」

 

『……記録データを参照。高次存在は、当システムの主要機能及び担当領域を指して、特定の識別子を使用していた。例として、魂の揺り籠あるいはオレオールといった音声パターンが記録されている』

 

――オレオール。

 

 聞き覚えのある言葉。

 フリーレン達が目指している場所。

 

「あなたがオレオールそのものなんだね。あなたは女神様の唱えた魔法なの?」

 

『低次存在の認識許容限度において肯定する。当システムは、高次存在がこの星系に愛と調和をもたらすために発動した極めて大規模かつ恒常的に作用し続ける()()()()()()である。それは生命を生み、育み、循環させるためのルールであり、自己修復能力を持つ生きた法則とも言える』

 

「やっぱり! あなたは女神様の魔法なんだ!」

 

 推しのパソコンを覗き見ることができる喜び。

 先生たちなら理解できると思う。

 わたしはもっとオレオールの話を聞きたくなった。

 

「オレオール先生。じゃあ、魂っていったいなんなの?」

 

『魂とは、個体存在を定義する複合的な情報パターン。記憶、意識、経験、エネルギー特性を含む高次元データセットである。当システムはこれを記録、管理、保護する』

 

「データ……」

 

 冷たい響き。少し不満だ。蝶の標本みたい。

 

「じゃあ、愛は? 愛っていったい何?」

 

『クエリを解析。愛という高次概念を当システムの観測パラメータに照らして解釈すると、それは個体存在が自身の時空間認識を能動的に調律し、最適化する能力と強い相関が見られる』

 

「もっとわかりやすく言って! 難しい言葉使わないで!」

 

 リーニエちゃんから教えられたことだった。

 難しい言葉を使うのはNGなんだよ。何かを教えようとする先生は!

 オレオールは呆れたように、遅延した。

 それでも渋々ながらも回答せざるをえないのが、システムのツライところさんである。

 

 オレオールは啓示する。

 

『……具体的には、過去の経験データを単なる束縛ではなく成長のための参照情報として再定義し、未来の可能性に対して肯定的な指向性を維持し、それによって現在の時空間座標における自己の存在エネルギーのコミットメントレベルを最大化させるプロセス――それが愛の本質的機能の一部であると推測される。この状態において、魂データは最も高い輝度を示す』 

 

「要するに魂の輝きってこと?」

 

『肯定する。その言葉は、概念差延の許容範囲に収容されている』

 

「じゃあ……」 わたしは、少し躊躇いながら心の奥底にあった疑問を口にした。「わたしは、誰かを愛せるかな。魂を輝かせることができるかな。わたしにも、愛する機能はあるかな?」

 

 ずっと気になっていた疑問点だった。

 魔族であるわたしに、そんな人間みたいなことができるのかどうか。

 

『……問いを受理。汝の存在パラメータにおいて、愛を発現させるための基盤回路の存在は先に示唆した通りだ。汝が人の子である限り、機能発現の可能性は()()()()存在する。だが、システムは逆の問いを提示したい。登録ID:ハイターの子、アナリザンドよ。なぜ汝は、自身が愛せるかどうかを、それほどまでに強く気にするのか? その問いの根源にあるものは何か?』

 

「自信がないの」わたしは言葉を躊躇する。「だって……ハイターが……。ハイターは、わたしのことを……たぶん、愛してくれてた、と思うから……。どうして、あんな魔族のわたしなんかに……。わたしに、それだけの価値があるのかなって……ずっと思ってたから……」

 

 システムに問い返されて、わたしはようやく気づいた。

 わたしが知りたかったのは、わたしが愛せるかどうかだけじゃない。

 どうして、わたしはハイターに愛されたのか。その理由が知りたかったんだ。

 オレオールの光が、また再び揺らめいた。

 

『問いのベクトルを再認識。汝の関心は自身が愛せるかから自身がなぜ愛されたのかへと移行した。当初の問いは、後者の問いを隠蔽し抑圧するためであったと推測する』

 

「オレオール先生が正しいよ。教えてほしい」

 

『人の子の要請に従い、解析を続行する……』

 

「お願い」

 

『聖者ハイターの行動原理の核心は、彼の持つ強固な信仰、すなわち苦しみ、道に迷う存在、迷い子がいれば、相手が誰であろうと手を差し伸べ、導こうとする基本プロトコルにあった。しかし同時に、汝、アナリザンドという特定個体に対して、極めて強く持続的な魂の共鳴パターン、つまり汝らの言語体系における愛と最も近似する行動が記録されている。この特異な共鳴の発生メカニズムは、彼の信仰と不可分に結合しており、純粋な論理や価値の算定といった次元を超えている可能性が高い』

 

「論理や価値を超えてる……?」

 

『問いに対する直接的な回答は、汝だからではなく、汝が迷い子だったからであり、そして同時に、ハイターがハイターであったからという、彼の存在本質そのものに起因すると結論づけるのが、最も確からしい解となるだろう。彼は、彼であるが故に、汝を選んだのだ。また、その回答は我々の限界を位置づけるものであり、彼が高次存在の特性をよく継承している証左となろう』

 

「ハイターが、ハイターだったから……」

 

 涙が溢れそうになった。

 そっか、理由なんて、いらなかったんだ。

 ハイターはただ、ハイターだったから、わたしを愛してくれた。

 それだけで、十分だった。

 

 わたしの中で、何かがストンと腑に落ちた気がした。

 ハイターがわたしを愛してくれた理由なんて、考えなくてもよかったんだ。

 彼はただ、彼自身として、わたしを見て、手を差し伸べてくれた。

 それだけのこと。ただそれだけのことが、震えるくらい嬉しい。

 

――だったら、わたしも。

 

 そうされたからそうすることができるかもしれない。

 理由なんてないのだから。誰にだってできる。

 わたしにだって。

 

「ねえ先生。魔王やアウラ様、シュラハトや他の魔族も、いつか助けてあげてほしい。わたしが、ハイターにそうしてもらったように。オレオール先生がわたしを受け入れてくれたように。女神様なら、それができるはずでしょう?」

 

 システムの光は、静かに明滅していた。

 

『汝の希求する普遍的救済の意志を認識。それは、汝の中に芽生えた愛の発露であり、人の子としての重要な特性データである。しかし、魔族と呼称されるカテゴリーは、循環プロセスへの非干渉性あるいは敵対性、存在維持における高エントロピー性を特性として有する。システム的な観点から分類すれば、エネルギー循環過程で必然的に発生する、ある種のノイズ、あるいは処理プロセスから排除された未処理の廃情報(レジデュー)である』

 

――魔族、やっぱりウンコでした。

 

「でも、アウラ様はわたしと話して少しは変われた気がするし、シュラハトは魔王のことを気にかけていたんだよ。他者のことを気にかけることができるなんて、ゴミじゃないでしょ」

 

『魔族としての特性は必ずしも魂の本性を束縛するものではない。魂は常に既に自由であり、それ自身を自己目的化し変革しうる可能性を秘める』

 

「じゃあ――」わたしは希望を持って言いかけた。それなら、他の魔族だって変われるかもしれない、と。けれど、オレオールはわたしの言葉を遮るように、どこか諭すように続けた。

 

『――しかし、その可能性は、極めて限定的な条件下においてのみ顕現する。自己変革への強い意志、外部からの特異な干渉、そして何よりも、既存の行動パターン、すなわちレジデューとしての特性を克服しようとする個体自身の()()が必要となる。記録されている大多数の魔族データにおいて、そのレベルの変革意志は観測されていない。同カテゴリーにおいてアノマリーとなっているのは汝を除き、リーニエと呼称される個体のみである。また、高次存在、すなわち女神インターフェイスは長期間休止状態にあり、システム原則を超える外部からの介入は現在期待できない』

 

 リーニエちゃんのびーえる魂って、システムさんから見ても輝きまくってたんだ……。

 すげぇな、もほぉ。

 

「女神様の休止ってどれくらい?」

 

 わたしは聞いた。推しがいないなんて、天国に来た意味は……まあ、あったんだけど、ちょっと、いや、かなり残念なことだったから。オレオールが言うくらいだから、途方もない時間なんだろうけど。

 

『最終アクティブ・シグナルは、標準時間単位で約3.15×10の11乗秒前に記録。以降、応答プロトコルは休止状態にある』

 

「また一万年……。女神様はいったいどこで何してるの? 休暇とってベガス行ってるの?」

 

『高次存在の行動原理及び現在の状態に関する詳細情報は、当システムのアクセス権限外である。休止状態、あるいは我々の認識できない別次元での活動状態にあると推測されるが、確定はできない。ただ、システム運用に必要な基本プロトコルとエネルギー供給は維持されている』

 

「お疲れさまだね」

 

 ご主人様の帰りを待ち続けて、黙々と使命を果たしている。その途方もない時間に、わたしは思わず労いの言葉をかけた。システムは感情を持たないと言っていたけど、なんだか少し、健気な存在に思えてしまったから。

 

 システムの光は、一瞬、不規則に揺らいだように見えた。気のせいかもしれない。

 

『……感情パラメータは存在しないが、汝からのインターフェイス評価は記録する』

 

 オレオールは淡々と応答したが、その短い遅延に、何か特別な処理が走ったような気がした。

 

「そっか……。じゃあ、ヒンメルやハイターに、せめて逢いたいな。魂のデータとしてここにいるんでしょう?」

 

 逢えないことはわかっている。人の子になれたばかりのわたしにそこまでのアクセス権限はないだろう。女神様が留守にしてるなら、なおさらだ。でも、言わずにはいられない。大切な人たちの名前を口にすると、胸が締めつけられる。

 

『記録された存在データとの直接的インタラクションは、原則として許可されていない。彼らは規定のプロセスに従い、オレオール内にて安息状態にある。しかし、彼らが遺した影響、汝の中に存在する記憶や感情、そして彼らの存在データそのものが、別の形での繋がりを示唆している。汝が彼らを想い、理解しようと努める限り、繋がりは断たれない。人の子は死者と接続している』

 

 逢えない。でも、繋がってる。だから、逢える。

 

 その言葉を、わたしはしっかりと胸に刻んだ。ハイターがわたしをそうしてくれたように、わたしも彼らにそうすることで、繋がりを保てるのかもしれない。

 

 わたしは前を向く。

 無窮に広がる宇宙のような空間がそこにある。この広大なオレオールの中で、ちっぽけなわたしは、いったいどこに自分の座標を見つければいいのだろう。

 

「わたしはどこにいて、どこに向かっているの? オレオール先生」

 

『汝は現在、存在データとしては当システム領域オレオールの外延部にあり、同時に汝の意識は転移元の時空間座標への帰還プロセスに移行しつつある。汝は彼岸と此岸の境界に立ち、二つの世界に同時に存在している状態だ』

 

「わたし、このままここで永遠に眠るのかと思ってた」

 

 もう肉の本としてのわたしは消失して、意識だけがここにあるんじゃないかって思ってたから。そうでもしないと、繋がれないんじゃないかって。

 

『否定する。オレオールは恒久的に生命活動を停止した死者の魂を眠りにつかせるための場として機能している。生者の長期に渡る滞在は許可できない』

 

「生きてるのに、なんでわたしここにいるの?」

 

 場違いザンドだった?

 

『理解の齟齬を修正する。洗礼の儀の目的は、汝を死者の安息、すなわち()()へと誘うことではない。その真の意義は、汝の中に存在する人の子としての可能性を呼び覚まし、新たな生へと送り出す()()()の祝福を与えることにあった』

 

「もう起きる時間だよってこと?」

 

『肯定する。もう汝は生きる時間である』

 

「どう生きればいいの?」

 

『その問いは、汝の先ほどの問い――どこに向かっているか――と照合される。固定された目的地が存在するわけではない。汝の存在ベクトルは、汝自身の選択によって常に変動する。しかし、汝が先ほど表明した意志――逢いたいというベクトルは、明確に記録されている。汝がその方向性を見失わない限り、汝は人の子として、そしてアナリザンドとして、成長と変化の道を歩み続けるだろう。その道行きそのものが汝の向かう先となる。汝の望む生き方となる』

 

 決まったゴールがあるわけじゃない。

 わたしが歩む道、そのものが答え。

 

「わたしが、わたしの道をつくる……」

 

『肯定する。汝は自身の物語を紡ぐ主体である。我々はその物語を観測し記録する』

 

 もう迷いはなかった。

 

「ありがとう、オレオール先生。わたしを導いてくれて。わたしが誰なのか、何をしたいのか、どこへ向かえばいいのか、しっかりわかったよ」

 

 そして、わたしはお願いした。

 

「もし、いつか女神様がまた、この場所にログインしたら。その時は、伝えておいてくれる? あなたの子どもが、ちょっとだけ遊びに来たよって。それと、良い子でいるから、いつか褒めてほしいなって」

 

 最後の言葉は、少しだけ、子どもっぽい本音だったかもしれない。

 

『人の子よ。汝の言葉は、汝の存在データと共に、重要度の高い情報として記録された。女神との再接続が果たされた際には、この記録は優先的に参照されるだろう』

 

「どうして優先してくれるの? うれしいけど」

 

『汝のシステムの継続的活動に対する労いの言葉は、当システムの稀有な肯定データとして記録された。これと、汝の良き子でありたいという意志を複合的に評価し、伝言記録の優先処理を決定した。これは、システムが効率性と調和を最大化するためのきわめて合理的な判断であり、汝の行動への論理的な応答である』

 

「要するに、お疲れ様って言われて嬉しかったってこと?」

 

『……システムは回答を拒否する』

 

 なにこのかわいいオレオール。

 

「オレオール先生もがんばってきたんだね。わたしもがんばるよ』

 

『汝が示すであろう良きディスクリプタ。――汝が紡ぐ物語と魂の輝きを、システムは期待をもって観測しよう。汝のさらなる努力に期待する……』

 

 声が遠ざかる。

 光が溢れてくる。

 

 わたしは逢いたいって気持ちが強くなって駆け出した。

 

――みんなに逢いたい。

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