魔族少女のエロタナティブ   作:アナリザンド

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太陽の子

 

 

 

―――――トクン。トクン。

 

 

 

 揺り籠のリズム。

 女神様によってわずかにゆらされる。

 柔らかな光。

 遠ざかっていく声。

 全身を包むのは、痛みではなく、不思議なほどの安堵感だった。まるで、長い旅の終わりに、温かい毛布にくるまれたような心地よさ。オレオールでの対話の残響が、まだ意識の淵で静かに響いている。

 

 聖水は既にわたしを排斥するものではない。

 付与されたIDは、聖水を受けいれる。

 

――――汝のイニシャライズが完了した。

 

 オレオールの最後の啓示が、わたしの耳に届いた。

 

 ゆっくりと瞼を開ける。

 

 最初に視界に入ったのは、涙で潤んだフェルンちゃんの菫色の瞳だった。

 すぐ傍らに、不安と心配が入り混じった表情の神父様。

 険しい顔つきながらもどこか様子を窺うフリーレン、

 あたふたしているシュタルク君。

 そして、少し離れた壁際で腕を組み、いつもと異なり真剣な眼差しのザイン先生。

 

――あれから数秒しか経っていないらしい。

 

「……アナリザンド様っ! お身体は?」

 

 フェルンちゃんが、わたしの名前を呼んだ。

 

「大丈夫だよ。フェルンちゃん。わたしには視えるから」

 

 炭素ユニット。カテゴリーヒューマン。

 ID:ハイターα1。固有識別子:フェルン。

 ハイターα2であるわたしの妹。

 

 先ほどから凄まじいデータ量が、わたしの視界を横切っている。

 オレオールの声は遠ざかったが、彼女との接続が途切れたわけではない。

 というより、人の子はすべてオレオールと接続され、女神様とつながっている。

 その光の線と、個々の輝きが視える。

 

「アナリザンドさんのお身体から凄まじい聖なる力を感じます」

 

 神父様も、感極まったように胸の前で印を結んだ。

 

 わたしは、ゆっくりと聖水の満たされた洗礼槽から、チャプチャプと一歩ずつ地上へ戻る。

 

 強酸のような痛みは完全に消え去り、肌に触れる水は、ただ心地よい微温を保っているだけだった。身体が溶けたような感覚もない。魔力が霧散したような虚脱感もなく、むしろ、内側から静かな力が満ちてくるのを感じる。

 

 それは、借り物の力とは違う。

 

――わたし自身の、新しい力。

 

 あるいは、わたしを通して顕現しようとしている、もっと大きな何かの力。

 

「……死ぬかと思ったぞ、チビ」

 

 ザイン先生が、壁に寄りかかったまま、わざとぶっきらぼうに言った。でも、その声には隠しきれない安堵の色が混じっている。

 

「姉ちゃん、心配したぜ」と、明るくシュタルク君。

 

 わたしは、濡れた前髪を払いながら、みんなの顔を見回した。

 そして、小さく、でもはっきりと微笑んでみせる。

 

「うん。ただいま、みんな」

 

 その声は、いつものわたしの声のはずなのに、どこか響きが違うように感じられたかもしれない。フリーレンが、訝しむように眉をひそめたのが分かった。彼女はわたしの変化を鋭敏に感じ取ろうとしている。

 

「心配かけてごめんね、フェルンちゃん。神父様も」わたしは続ける。「でも、大丈夫だよ。わたし、ちゃんと()()をもらえたから」

 

 ハイターの忘れ形見。人の子、アナリザンド。

 

 その事実が、わたしの存在を確かなものにしてくれている。孤独じゃない。繋がっている。

 

 わたしは、ふと地下室の天井を見上げた。もちろん、ここから空は見えない。

 でも、感じる。視える。

 遥か上空で輝く太陽の存在を。

 そして、ネットの向こうで、わたしと繋がってくれている無数の先生たちの魂を。

 

 先生たちの祈りや願い、あるいはただの日常の呟き。その一つ一つが、微かな魔力となって、この世界を満たしている。

 

 オレオールが言っていた。

 太陽の光も、人間の魔力も、根源は同じだと。

 そして、わたしはその循環の中にいる。

 

――わたしは、サーキュレーターだ。

 

 与えられたら返さなければならない。

 

「お礼をしなくちゃね」

 

 わたしは静かに両手を胸の前に合わせた。それは祈りの形。でも、何かを求める祈りじゃない。わたしの中から溢れ出すものを、世界へと還すための所作。

 

 両手を惜しむように解く。

 

 両腕の間に――空中に――聖典が出現する。

 

「アナリザンド。何をする気だ?」

 

 フリーレンの硬くて冷たい声。

 わたしはいつもの警戒心ばりばりのエルフに、わらってみせた。

 

「いつもやってることだよ」

 

 意識を集中させる。

 

 担保にするのは、人間たちがわたしに預けてくれた膨大な魔力――10億7200万の魂の輝き。それを触媒に、わたしは遥かなる太陽へとアクセスする。人の子として、オレオールに認められたアクセス権限を行使。

 

――人の子が申請します。

 

――人の子、ID:ハイターの子α2。固有識別子アナリザンドを確認。正統な権限の行使と認める。申請受諾。

 

 瞬間、地下室が眩いばかりの黄金色の光で満たされた。

 

『こんマゾ!』『こんマゾ!』『こんマゾ!』『こんマゾ!』『こんマゾ!』

 

 フリーレン。フェルンちゃん。シュタルク君。神父様。ザイン先生。

 

 それぞれの前に小窓が出現。もちろん、先生たちの前にも。

 

『こんマゾ!』『こんマゾ!』『こんマゾ!』『こんマゾ!』『こんマゾ!』

『こんマゾ!』『こんマゾ!』『こんマゾ!』『こんマゾ!』『こんマゾ!』

『こんマゾ!』『こんマゾ!』『こんマゾ!』『こんマゾ!』『こんマゾ!』

『こんマゾ!』『こんマゾ!』『こんマゾ!』『こんマゾ!』『こんマゾ!』

『こんマゾ!』『こんマゾ!』『こんマゾ!』『こんマゾ!』『こんマゾ!』

 

 みんなに一斉にゲリラ配信を開始する。

 

 

 

 

 

『アナリザンドだよ。今日は突然ごめんね。ビックリしたかな』

 

 ふわふわと聖典を浮かせながら、アナリザンドはシスター姿で微笑を浮かべている。

 背中には女神様を思わせる青い翼。魔法の一種だろうか。膨大な魔力を感じる。

 

 HUDで計測――その値は――。

 フェルンはHUDの接続を切った。そのあまりにも途方もない数値に現実逃避をしたくなった。

 目の前の小窓のアナリザンドに視界を移す。

 どこか神秘的な力をまとっていて、普段よりも声が優しげだ。

 

 少し後方にいる生身のアナリザンドは、視線を少しだけ下に落として、口を開いてはいない。

 動きがなく、なにかのオブジェクトのように、まばゆい光を放ちながら空中に浮いている。

 

「アナリザンド様。教会でこんなことをされては、ご迷惑が……」

 

 フェルンが懸念の声をだした。

 

 それに、普段の配信はあくまで人間たちの選択にしたがっている。

 つまり、ボタンをタップして、視聴を決定しているのは人間だ。

 

 今回は――、アナリザンドが小窓を開いた。

 できないわけではないことは知っていたが。

 

『フェルンちゃん。今回は大目にみて。普段、ネットに接続しているんだから、たまには広告くらい流してもいいんじゃないかな』

 

 フェルンは驚いた。

 

 小窓の中のアナリザンドはフェルンを明確に名指ししている。

 

 隣のシュタルクに視線を流すと――。

 

『シュタルク君。いつも守ってくれてありがとう。お姉ちゃん強い子は好きだよ』

 

 と、異なることを言っている。

 

 それで、もうシュタルクは簡単に篭絡されて、画面に抱き着かんばかりの勢いだ。

 

『神父さま。教会を荒らしてごめんなさい。でも、女神様の言葉を伝えなきゃいけないと思ったの。今回だけ赦してください』と神父様に対しては真摯に謝っている姿が映し出されている。

 

「女神様からお言葉を授かったのですね。であれば、私からは何も言うことはありません」

 

 神父様からみれば、女神様に似たアナリザンドの姿は、ひとつまちがうと神への冒涜として捉えられたかもしれない。だが、聖別されたことが明確に示されている以上、アナリザンドは女神に受け入れられている。

 

 この配信は女神によって赦されている。そう結論づけたのかもしれない。

 

 

 

 

 

『ザイン先生。みてみてー。今日は一味ちがったわたしだよ』

 

「なんだチビ魔族。ずいぶん景気がいいな」

 

『先生にとられてだいぶん景気悪いよ。お金返して!』

 

「無い袖はふれねーよ」

 

『いつか返してね。絶対だよ。踏み倒したら赦さない』

 

「気が向いたらな」

 

 いつもの軽口を言い合うふたり。

 

 

 

『フリーレン』

 

「おまえは女神様に逢ったのか」

 

『女神様はお側にいるよ。フリーレンには視えないの?』

 

「おまえはオレオールに行ったのか?」

 

『オレオールはここだよ。あなたは既にオレオールに立っているんだよ』

 

「ヒンメルと言葉を交わしたのか?」

 

 口元に人差し指をもってきて。

 

『答えは沈黙』ゼンゼ式交渉術。

 

「死ね!」

 

『生きる!』

 

 まるで子どもの喧嘩である。

 

 

 

 

 

 つまるところ、10億7200万の魔力を担保に女神様から借りうけることができた魔力は、その百倍ほど、およそ1000億パワーにも達していた。女神様は本当に気前がいい。

 

 だからこそ、そのリソースを使って、わたしはひとりひとりに細かく対応することができたのである。もちろん、目の前にいるフェルンちゃんたちだけでなく、みんなに。

 

 普段もバーチャルアナリザンドを使って、できないわけではないけど、精度としては段違い。わたしが対応するのと、ほぼ同等レベルの対話が可能なはずだ。

 

 わたしは先生たちひとりひとりと強く接続されるのを感じる。

 

 

 

 

 

『さて、と』

 

 小窓の中のアナリザンドが、ふっと息をつくようにして、わずかに表情を和らげた。個別の対話を続けていた声が一つに収束し、全ての小窓から同じ言葉が流れ始める。

 

『みんな、元気だったかな? わたしがいなくて寂しかった? なーんてね。ちょっと言ってみたかっただけ。昨日、一日だけお休みもらうって言ったけど、やっぱり配信することにしたよ』

 

 いたずらっぽい笑みを浮かべる。

 しかし、その瞳の奥には、先ほどまでの神秘的な輝きがまだ宿っている。

 女神様のごとき微笑777を選択。

 

『今日はね、みんなにプレゼントがあるんだ。わたしが、ちゃんとここに()()っていう証。そして、いつもわたしと繋がってくれてる先生たちへの、ささやかな感謝の気持ち。女神様がみんなのことをちゃんと見守っているってことを証明してあげるね』

 

 アナリザンドはそう言うと、小窓の中でゆっくりと両手を広げた。まるで世界を抱きしめるかのように。背中の青白く輝いて見える翼が、ふわりと広がる。

 

『いつも言ってるでしょ? 人間にとって一番大事なのは、快眠、快食、そして快便だって! みんな、最近ちゃんとウンコしてる? ……じゃなくて! みんなが健やかでいることが、わたしにとっても、女神様にとっても嬉しいことだからね』

 

 黄金色の光が、小窓の中から溢れ出し始めた。それは、本体のアナリザンドが放つ光と呼応し、地下室を満たす光量をさらに増していく。

 

 温かくて、優しくて、どこまでも満ち足りた光。

 

――太陽の光。

 

 それは、ザインが使う女神の回復魔法の光によく似ていたが、その規模と密度は比較にならないほど強大だった。

 

『だから、受け取って。わたしの――ううん、みんながわたしにくれた力のお返し。ハイターの子としての、最初のご挨拶だよ!』

 

 アナリザンドが両手を静かに下ろすと同時に、小窓から、そして地下室を満たしていた光が、奔流となって世界中に広がっていくのが感じられた。ネットという光の線を通じて、大陸の隅々にまで。大陸を越えて星へ。世界の果てまで。

 

――――根源の光よ、人の子を照らせ!

 

光を告げる魔法(ルミナテール)!』

 

 それは、傷を癒し、病を和らげ、疲れた心を慰める、超広域回復魔法。

 アナリザンドが、その莫大な力を注ぎ込んで放つ、未曽有の祝福だった。

 

 街角で膝を抱えていた老婆の痛みが和らぎ、病床に伏していた子どもの熱が引き、日々の労働に疲弊した人々の肩が軽くなる。

 

 とある戦場では、倒れ伏した英雄が、空を見上げた。

 

――――生きている。

 

 魔族に殺されたはずの自分の、胸にぽっかりと空いたはずの穴がふさがっている。

 

 視界を覆うように、小窓から天使のような魔族少女の笑顔が見える。

 

「天国にきちまったのか……。んな、わけねーか。汗くせーよ。親父」

 

 肩に抱き着いてきてるのは、普段、厳格な父親だった。

 片目を覆う眼帯もはずれ、両の目から静かに涙を流している。

 

 魔族たちが光に目を覆っていた。

 

「なんだ。この馬鹿げた力は……これが人間の力だとでもいうのか」

 

 一匹の魔族がうめいた。

 自分は優秀なはずだった。魔王が生きていたころは将軍の地位にいた。

 人間たちを数多く殺し、喰らい、三百年は生きてきた。

 自分よりも弱い魔族を束ね、人間たちの領域を犯し、殺しつくす。

 人間たちはエサだ。ろくな抵抗もできず、ただ喰われるためだけに存在する。弱き者たち。

 そんな自分が、光に焼かれ、恐怖している。

 

 目の前に英雄のひとり――さきほど殺したはずの、人間にしてはちょっとだけ強かった――そいつが立っていた。

 

 静かに剣を構え、己を滅ぼそうとしている。

 

 さきほどは楽に殺せた相手。

 だが――、得体の知れない光に包まれている英雄を、殺せるイメージが持てない。

 

 ゆえに魔族は命乞いをした。

 

「ま、待て。おまえの傍らにいるのは、魔族――魔族じゃないか。私と同じだ。殺さないでくれ」

 

「おまえにはそう見えるのか?」

 

「角がある。魔族だ。おまえを生かしたのはそいつじゃないか。私もそいつの仲間だ。人間は仲間を殺さない。そうだろう?」

 

 魔族にしては高等な演技。

 

 英雄は、命乞いをする魔族をただ静かに見据えていた。その瞳には、憎しみだけではない、何か複雑な光が宿っている。

 

 小窓に映る少女の笑顔と、目の前の震える魔族の姿。

 生と死、光と闇、人間と魔族――その境界線が揺らいで見えた。

 

「お前の言葉がただの断末魔に代わるかは、お前の選択次第だ。剣を棄て降伏しろ」

 

 ゴミのような人間に、一片の慈悲をかけられた。

 これ以上ない侮辱に、存在の否定に、魔族が激昂する。

 

「ふざけるな。人間ごときが!」

 

 人間を遥かに凌駕する膂力で、魔族が巨大な剣をふりかぶった。

 

―――――――――――――閃――――――――――――――

 

 光をまとった剣が、魔族の身体を斜めに切り裂く。

 

 魔族は選択を間違え、塵へと還った。

 

 

 

 

 

 世界に満ちた黄金色の光は、徐々にその輝きを収束させていった。

 戦場で散った魔族の塵も、光の中に溶けて消える。

 英雄は、静かに剣を鞘に納め、空に残る光の残滓を見上げていた。

 そして、ふと振り返り、英雄は小窓のなかにいる魔族の少女に話しかける。

 

「アナリザンド……」

 

『うん、なに? 魔族のことなら気にしないでいいよ?』

 

「オレと結婚してくれ!」

 

『うえええええええええ!?』

 

 まあ、そんなこともどこかでは起こっていたのだが、その対応はバーチャルアナリザンドに任せ、地下の洗礼室は打って変わって静かな空間に戻っていた。

 

 空中に浮いていたアナリザンド本体が、ふわりと床に降り立ち、その瞳には確かな力が宿っている。小窓の中のアナリザンドも、やり遂げたような、満足げな表情だ。

 

 あたふたザンドなんて、どこにもいないのである。

 シュタルク君に告げたら、メチャクチャややこしいことになるので、いつものお澄まし顔だ。

 

 小窓での出来事は、パーソナライズされた対応であって、言わなければ伝わることはない。

 

 命の危機のドキドキを、恋のドキドキと間違うことはよくあるらしい。偶然、そういう状況だからそうなっただけで、大方はそれぞれの人間に応じた癒しを分配したのみである。

 

 どこも悪くない人間にとっては、ちょっと身体が軽くなったかな。みたいな、マッサージを受けた程度の心地よさだったはずだ。

 

 それと、死者を甦らせることはしなかった。試みもしなかった。それは、オレオールのプロトコルに反するし、やっちゃいけないことなのは、ちゃんとわかっているのである。

 

 わたし、良い子ですから!

 

『――ふぅ。こんな感じかな。みんな、少しは元気になった?』

 

 小窓のアナリザンドが、少しだけ息をつくように言った。

 べつに先ほどの魔法に疲れたわけではない。個別的な人間への対応。会話。やりとり。

 そちらのほうにさくリソースのほうが、魔法よりもよっぽど疲弊する。

 

 ただ、達成感もあった。やり遂げたという感覚。

 

 これで、ようやく―――――わたしは。

 

『これが、新しいわたしからの新装開店サービス。ハイターの子、アナリザンドからみんなへの、ほんの気持ち。大盤振る舞いだよ』

 

 フリーレンはあいかわらず。

 ザイン先生もあんまり変わってる感じはない。

 フェルンちゃんはハイターの子という言葉に反応して、うるんでいる。

 シュタルク君はいつもと変わらず無邪気に喜んでいる。いつまでもそのままの君でいてね。

 お姉ちゃん求婚されちゃってるけど。(ただいま対応中)

 

 神父様はあまりよろしくない態度だった。

 わたしに対して、畏敬の念を抱いちゃってるみたい。

 わたしを女神様の代わりにされたくはない。

 

 やっぱり、プランBに移行するのが無難かな。

 

 わたしはここでニチャアと、いつもの魔族らしい、あるいは抜け目のない商売人のような、小悪魔的な笑みを浮かべた。

 

『ここでみなさんに大切なお知らせがありまぁす。わたしの回復魔法の有効性はこれ以上なく実証されたよね。みんな危ない時には、わたしを呼んでね。いつでも使える出張回復サービスだよ』

 

 手をふりふり、媚び媚びザンドだ。

 

『お代はなんと、たったの1万AP。欠損回復とか、致命傷からの回復とかになると、もう少し値段はあがるけど、対価としては妥当な値段にするから、みんなドシドシ! 使ってね!』

 

「た、対価ですか。女神様の奇蹟に……」神父様が、戸惑いがちに問い返す。

 

「そうだよ、神父様。タダより高いものはないって言うでしょ? わたしだってボランティアじゃないんだから。持続可能なシステムのためにはね、適切なリソース循環が必要なの。与えっぱなしじゃ、お互いのためにならないんだよ」

 

「そのほうが女神様の御心に叶うと、そうおっしゃりたいのですね」

 

「そのとおり。よく言われるでしょう」

 

――金は天下のまわりもの、だって。

 

『今日の特別配信はこれでおしまい。みんなわたしを好きに使ってね。ばいマゾ~~』

 

 結局のところ、アナリザンドはどこまでも俗っぽい魔族なのである。

 

 

 

 

 

 数日後。

 

 北を目指す一行は、ザインの故郷の村を後にしようとしていた。

 

 ルミナテールの奇跡は、人々の間で様々な憶測や噂を呼び、中にはアナリザンドを『光の魔族』やら『邪聖天使』やら『金にがめつい女神の御使い』と呼ぶ声も出始めていたが、当の本人はどこ吹く風だ。

 

 村を出る際、神父はアナリザンドの手を取り、「どうか、お気をつけて。そして迷うことがあればいつでもお戻りなさい。ここは、あなたの家でもあるのですから」と、父親のような優しい言葉をかけた。アナリザンドは、少し照れたように俯き、「うん。ありがとう、神父様」とだけ答えた。

 

 ハイターに似ている神父様に対しては、素直な幼子のようなアナリザンドなのである。

 

「兄貴、かわいい弟にはなんかねーのかよ」

 

「あなたはもう少し品行方正になさい。女神様はいつでも見ておられるのですよ」

 

「女神様は兄貴みてぇに、うるさくないからイイ女だよな」

 

「ザイン様。怒りますよ!」とフェルンちゃん。

 

「おっかねぇ女はここにいたか」

 

 やいのやいのいつもの調子。

 

 そして――。

 

「おまえ、いつまで、どこまでついてくるつもりだ」

 

 フリーレンに言われたので、アナリザンドは笑って答えた。

 

「いつでもどこにでもわたしはいるよ。まあ――、本当にずっといっしょに旅するわけじゃない。時々はお家に帰るし、いっしょにお茶したい人もいるから」

 

「ウザいから消えろ」

 

「ひっど。フェルンちゃんに汚い言葉を聞かせないで」

 

「ウンコ魔族」

 

「ウンコエルフ」

 

「怒りますよ!」

 

 そんな調子で――。

 

 旅の道中は、以前と大きく変わることはなかった。フリーレンは相変わらずマイペースで、フェルンはしっかり者、シュタルクは元気で、ザインは時折タバコをくゆらせながら一行の後ろをついてくる。

 

 アナリザンドは、そんな彼らの様子を観察したり、フェルンやシュタルクと他愛ない話をしたり、そして時折、フリーレンにちょっかいを出しては冷たくあしらわれたりしていた。

 

 ただ一つ特筆すべきことがある。

 魔族にしては珍しく、アナリザンドが野営の傍ら、熱心に何かを書き留めるようになったことだ。

 

 焚き火の揺れる光の下、彼女は分厚い本のようなものを開き、その余白にペンを走らせる。フリーレンが横から覗きこんでも、特に隠すそぶりは見せない。

 

「何を書いている?」

 

「んー。忘れないうちにね。これはゼーリエ先生からもらった大事な日記帳なんだ。オレオールとの約束でもあるし、ゼーリエ先生への報告書も兼ねてるの」

 

 アナリザンドは悪びれもなく言った。

 

「先生、わたしのこと好きすぎるからね。女神様のことばっかり書いてたら、すねちゃうでしょ」

 

 フリーレンは呆れたような顔をしたが、アナリザンドの手元にある分厚く装丁の立派な本と、その傍らに置かれたハイターの聖典に目をやった。

 

 アナリザンドが日記帳に文字を書き込むたびに、聖典のページにも淡い光と共に同じような文字が浮かび上がっては消えていくように見えた。気のせいかもしれない。あるいは、魔族の新たな呪いか。

 

「好きにすればいい」フリーレンは呟いた。

 

「好きにするよ」

 

「それで?」

 

「それでって?」

 

「中身はなんだ」

 

「見たいの?」

 

「べつに」

 

「まあ減るもんじゃないし、べつにいいけど」

 

 書かれている内容は、神代文字でもエルフ文字でもない。どうやら人間が使う文字のようだが、ぎこちなく、まるで子供が初めて文字を覚えたかのような拙さがある。

 

 内容は、あまりにもクソ文字すぎて、断片的にしか読み取れないが、「タマシイはデータ」「アイはコミットメント」「ヒトノコ」「イツカアエル」「オレオール」といった、アナリザンドがオレオールで得たであろう知識や概念が散りばめられているようだった。

 

「おまえはオレオールで何を見たんだ?」

 

「ひみつー」

 

「殺す」

 

「テンプレエルフ乙ぅ~語彙少なすぎて、頭悪そう~~」

 

「……ヒンメルには逢えたのか?」

 

 フリーレンは挑発には乗らず、おそらく魂からの問いかけをした。

 アナリザンドも真面目に答えることにする。

 

「直接、言葉を交わしたわけじゃない。でも、そこに()()よ。光として。フリーレン、あなたはヒンメルの光を受け取ってる。私にもそれがわかるくらい、強く。視えるの」

 

「光……」

 

 真面目モードは五秒で終了。

 

「まあ、詳しくは自分の目で確かみてみろって感じ。これ以上は企業秘密にあたりますので、それなりのお代をいただかないといけません」

 

 そう、結局は自分で辿りつくほかないのだ。

 そして、自分で見つけ出すしか。

 

「おまえに聞いた私がバカだった」

 

 フリーレンは不貞寝するように、布団にくるまって寝た。

 イラつきを布団の中に持ちこまないエルフの寝顔は幼子のようにやすらかだ。

 

 わたしは、ちょっとかわいいなと思いつつ、日記を再開した。

 

 

 

 

 

 アナリザンドがゼーリエから与えられた日記帳。

 そして、ハイターの祈りが染み込んだ聖典。

 

 その二つに、奇妙な形で刻まれ始めた魔族少女の記録は、やがて長い年月を経て、多くの人々の目に触れることになる。

 

 ある学者はそれを、失われた時代の貴重な一次資料として分析し、ある聖職者はそれを、女神の新たな啓示か、あるいは危険な異端思想かと議論を重ねた。

 

 市井の人々は、そこに難解な教義ではなく、迷いながらも繋がりを求め、光を探し続けた一人の少女の姿を見出した。

 

 アナリザンドが生きた時が、遥か後世において「古き魔法の時代」と呼ばれるに至った頃――。

 

 かの聖典に新たに刻まれた章節は、公式には『新たなる人の子との契約、並びに聖別されし闇に関する福音』と称されたが、人口に膾炙するにつれ、人々は畏敬と親しみを込めて、これを『新約聖章』と呼び慣わすようになった。

 

 

 

 

 

――な~んてね。

 

 まあ単なる日記なんで、そんなことはないだろうけど。

 今日のハンバーグはとてもおいしかったです、とかしか書いてないし。

 聖典に今日の献立は、とか出てくるの、明らかに変すぎるでしょ!

 

――焚き火がパチパチと音を立て、夜空には満月が静かに浮かんでいる。

 

 わたしはペンを置き、くぁ、と小さなあくびを一つした。

 

 日記帳と聖典を丁寧にしまいこむ。本当に未来で聖典になったら、クソ文字だってバレて恥ずかしいから、少しは練習しないといけないかもしれない。

 

 明日からがんばろうっと……。

 

 

 

 

 

 フリーレン一行の旅は、まだ続く。

 

 結局、判断を保留したフリーレンは、オレオールを目指し続けることにしたようだ。

 

 道中、アナリザンドは時折、空を見上げて微笑む。

 

 わたしには視えている。

 無数の魂の輝きと、それらを繋ぐ光の線が視える。

 そして、その光の先にいる、今はまだ不在の、いつか出逢えるかもしれない存在が視える。

 

 わたしが完全に人の子として受け入れられる日が来るのか、フリーレンとの間に横たわる深い溝が埋まる日が来るのか、それはまだわからない。

 

 ただ、わたし達は歩き続ける。

 それぞれの想いと、それぞれの時間を抱えて。

 どこまでも続く青空の下を。

 太陽を目指して。




終わらないんですけど、最終回のつもりで書きました。
あとは蛇足になるかもだけど、それでもいいやって思って、そうしました。
がんばった作者をほめてください。お願いします。
読んでもらっただけで、ありがとう、なんだけどね。
先生、ありがとう。
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