魔族少女のエロタナティブ   作:アナリザンド

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『フェルンちゃんの誕生日まで、あと七日だよ』

 

 リマインダーアナちゃんはクソしつこかった。

 

 一週間ほど前からみんなが寝入ったあと、フリーレンやザイン、そしてシュタルクの前に小窓が出現し、忘れないように念押しする。まるで催眠効果で刻みこむように囁く。

 

 どうやら、フェルンに対してのみ囁きを向けていないらしく、少女らしく無防備に眠っているままだ。眠り姫かな、と妹のかわいさに感動するアナリザンドである。

 

 そんなわけで、毎日続くリマインド機能。

 

『フェルンちゃんの誕生日まで、あと六日だよ』

 

『フェルンちゃんの誕生日まで、あと五日だよ。そろそろプレゼントは決まった?』

 

 このあたりで、フリーレンから「ウザい」と言われたので、フリーレンに対してはリマインド機能を止めた。

 

『フェルンちゃんの誕生日まで、あと四日だよ。フェルンちゃん、装飾品が好きみたい』

 

『フェルンちゃんの誕生日まで、あと三日だよ。ちょうど街に辿りつく頃かな』

 

 ザイン先生がシュポっとタバコをつけて一言。

 

「アナ公。金貸してくれ。フェルンのプレゼントのためだ」

 

『ヤダ! 先生、神父様に路銀渡されてるでしょ!』

 

 そんな感じで、金をせびるザイン先生とのいつものやりとり。

 

『フェルンちゃんの誕生日まで、あと二日だよ。シュタルク君はプレゼント決まった?』

 

「あ……姉ちゃん……ま、まだだけど、街についたら考えるよ」

 

 どうにも歯切れが悪いシュタルク君。

 

『ん? どうしたのシュタルク君?』

 

「ちゃんと、考えてるから」

 

『そう。お姉ちゃんは期待しています』と、わたしは述べるにとどめた。

 

 なんとなくだけど、シュタルク君のやりたいことがわかったからね。

 

 本当にかわいい弟だな、こいつ。

 

『フェルンちゃんの誕生日まで、あと一日だよ。みんなで祝福してあげようね』

 

 お祝いする。

 

 ずっと前からやってきたことだけど、わたしの人の子としての初めての誕生日お祝いだ。

 

 妹のことだから、とてもうれしい。

 

 生まれてきてくれて、ありがとう。

 

 

 

 

 

『今日はフェルンちゃんの誕生日だよ!』

 

 まあ、これは単なるわたしの宣言だ。

 

 フリーレン一行は目的の街に到着した。それなりに大きな街で活気がある。収穫祭のようなイベントがあるわけではないが、人々は日々の営みに勤しみ、市場には品物が溢れていた。旅の疲れを癒し、物資を補給するにはちょうどいい場所だ。

 

 大きな時計塔が、街のシンボルなのだろう。

 刻んでいる時の重さが、苔むした壁に現れているようだった。

 

 一行は宿をとり、荷物を置いた。

 ちなみにわたしは手ぶらなので、荷物らしい荷物はない。

 理論上、わたしは宿に泊まる必要はないが、ちゃんとお金は払っている。

 

「じゃあ、ここでいったん解散ね。夕食までに宿に戻ってくるように」

 

 フリーレンがリーダーらしく指示を出す。とはいえ、各々が好きに行動するのはいつものことだった。戦士たち(魔法使いもだけど)にはひとりになれる時間と休息が必要なのである。

 

「はーい」とわたしも素直に返事をした。

 

「おまえはべつに帰ってこなくていい」

 

「なんで。おかしいでしょ! 魔族差別反対!」

 

 フリーレンのあまりにも理不尽な言葉に、わたしはムッスゥ顔で怒ってみせる。だが、フリーレンは気にするふうもなく、さっさと魔法店を探しに行ってしまった。

 

 ザイン先生は「じゃあな。晩飯までに酒代稼いでくるわ。今日の晩飯が豪勢になるのを期待しておいてくれ」と、これまたどこかへ消える。十中八九、ギャンブルに向かった。

 

 まあなんだかんだいって、オトナなザイン先生のことだから、そつなくフェルンちゃんへの誕プレ買ってくるんだろうけど。

 

 シュタルク君は、少し視線が下を向いていた。

 フェルンちゃんはその場で動かない。

 フェルンちゃんって、敏いタイプなので、自分の誕生日くらいは気づいている。

 みんなに祝われるであろう期待感ももちろんある。

 

 でも、シュタルク君は視線を合わせられなかった。

 何か言おうとしてても、言葉が口元まででかかっても、ぐっとのみこんでしまう。

 

「シュタルク君。もしかして、わたしいないほうがいい?」

 

「……いや、姉ちゃんのせいじゃねえよ。ちょっと買い物行ってくる」

 

 あ~あ。諦めちゃった。

 フェルンちゃんが、ガッカリしているのが、見ないでもわかる。

 

「フェルンちゃん。宿に戻ろうか」

 

 わたしはやさしげに声をかけた。

 傷ついた乙女こころを慰撫するのは姉のつとめだ。

 

「わかりました」

 

 

 

 

 

 フェルンちゃんとわたしはベッドで寄り添うように座っていた。

 さっきのシュタルク君のことが気になるのか、フェルンちゃんは何も言わないままだ。

 じっと壁を見つめ、何かを考えている。

 いくらわたしが魂の輝きが視えるといっても、こころまでは視えない。

 言わなきゃわからないというのは、ゆるぎない事実なのである。

 それは、シュタルク君もそうだったけど。

 

「ねえ、フェルンちゃん」

 

「はい」

 

「少し早いけど、いつもの誕生日プレゼント。いっしょに見ようか」

 

「ありがとうございます。アナリザンド様」

 

 恒例になりつつある、ハイターの生前に撮影した映像である。

 フェルンちゃんの誕生日に合わせて、短いながらもメッセージが流れる。

 あのときハイターとは盛り上がってしまって、何本も撮ったのは良い思い出だ。

 

 今ならわかるんだけど、この映像はもしかすると、わたしにも向けられていたものなのかもしれない。わたしが、ハイターをもうすぐ死ぬ老人に過ぎないと拒絶しなければ、アナリザンドと呼んでもらえたかもしれない。

 

 後悔がないわけじゃない。

 でも、フェルンちゃんといっしょに見ることができる。

 ハイターに逢える。だから、それでいい。

 

 わたしは指を鳴らして、プロジェクターのように小窓を壁に向けて張りつけた。

 瞬間、少しだけいたずら心が湧く。ハイターもけっこういたずら心があったように思う。

 人のこころに寄り添うためのメソッド。サプライズはやっぱり大事だ。

 

『フェルン――』

 

 ハイターが優しげな声をあげ、フェルンちゃんがうっすらと微笑む。

 

()()()()()()()()。おめでとうございます』

 

「ひゃ、ひゃくはちじゅうさん? ですか。ハイター様……」

 

 フェルンちゃんが目を白黒させていた。

 さすがに、そこまで長生きは――なんて言ってる。

 

『はっはっは、さすがに天国で再会してますかね。でも親にとって子は永遠に生きてほしいものなのです。自分よりもずっとずっと長生きしてほしい。幸福に生きてほしいと願うものなのですよ』

 

「幸福に……」

 

『フェルン、この声が届いているかはわかりませんが、道に迷わず前を向いて進むことを願っております。親にとって、子は何歳になっても子どもなのですから。それでは、また』

 

 映像が静かに消える。

 部屋には、夕暮れの光と、ハイターの言葉の余韻だけが残った。

 フェルンちゃんはうつむいたまま動かない。小さな肩が微かに震えている。

 

「……ハイター様……」

 

 ぽつりと、名前を呼ぶ声。

 先ほどの183歳バージョンは少しユーモラスだったけれど、こめられた愛情は本物だった。

 わずかに涙ぐんでいるフェルンちゃん。

 

「ハイターって心配屋さんだよね」

 

「そうですね……。ありがとうございます。今年もハイター様のお気持ち、アナリザンド様のプレゼント、確かに受け取りました」

 

「いまのはちょっとフライング気味だったけどね。今年のもちゃんとあるよ。再生していい?」

 

「はい」

 

 再び小窓が起動する。

 画面の中のハイターが、いつもの優しい笑顔で語りかける。

 

『フェルン。この映像を見ているということは、あなたももう18歳になったのですね。早いものです。私が君と出逢った頃は、あんなに小さかったのに。立派なレディになられたことでしょう』

 

 誇らしげに、そして少し寂しそうな顔のハイター。

 視えないはずの未来のフェルンちゃんと目を合わせ、優しく微笑んでいる。

 

 ハイターは続ける。オトナなのに子どもっぽい笑みを浮かべて。

 

『大人になれば、世界は広がります。新しい出逢いもたくさんあるでしょう。……そうですね、例えば、素敵な男の子との出逢いとか』

 

「!」フェルンちゃんが沈黙のまま、顔を赤くしているのがわかる。

 

 誰を連想したのかは、言わぬが花だ。

 

『おっと、失礼』ハイターは咳払いをする。『べつに無理にとは言いませんよ。ですがフェルン。人との繋がりは、人生を豊かにしてくれます。心を許せる友人、頼りになる仲間、そしていつか、共に人生を歩む特別な誰か。そういった存在は、きっとあなたの支えになるはずです』

 

 ハイターの言葉は、下世話な感じは一切なく、ただ娘の幸せを願う父親としての、温かいメッセージそのものだった。

 

『噛みしめるように生きてください。あなたの時間を抱きしめるように愛してください。人を信じること、頼ることを恐れないでください。そして、時には自分の気持ちを素直に伝えることも大切ですよ。……まあ、私があまり言えたことではありませんがね。はっはっは』

 

 最後の自虐的な笑いに、フェルンちゃんも思わず泣き笑いの表情になった。

 

『フェルン。あなたのこれからの人生が、たくさんの喜びと、温かい繋がりに満ちたものでありますように。離れていても、いつもあなたのことを見守っていますよ。誕生日、本当におめでとう』

 

 わたしにはハイターの努力が見えていた。

 オトナになるにつれて、人は褒められなくなっていく。

 だからこそ死んだあとに女神様に褒めてもらうのだとハイターは言っていた。

 

 映像が途切れたあと、ただ一言。「残念です」と、これ以上生きることができず、フェルンちゃんの成長を見届けられない未来を嘆いていた。

 

 でも、その姿をフェルンちゃんには見せようとはしなかった。

 

 その沈黙が、ハイターのフェルンちゃんに対する最も大きな気遣いだったのかもしれない。それと同時に、彼自身の弱さや無念さを覆い隠すヴェールだったのかもしれない。

 

「……ハイター様は、本当に……最後まで心配性でお節介ですね」

 

 その声には深い愛情がこもっている。だからこそ――。

 

「でも本当に嬉しいです。今年もありがとうございます。最高のプレゼントです」

 

 だからこそ、フェルンちゃんは騙されている。

 魔族の言葉に――棄却された言葉に欺かれている。

 ハイターによって、綺麗に加工された言葉を受け取っている。

 親は子に、自分のキタナイ部分を見せたくないだろうから。

 

――棄却されたのはわたし。

 

「どういたしまして、フェルンちゃん」

 

 わたしは、努めて穏やかな声で答えた。

 でも、胸の奥には、ちくりとした痛みが走る。

 

――後悔。

 

 わたしが、あの時ハイターの弱さごと受け止めていれば、わたしにも「アナリザンド」と呼びかける、こんなメッセージが遺されていたのだろうか。

 

 フェルンちゃんが受け取っている、この()()()()()()()()()()が羨ましいような、そして、ほんの少しだけ物足りないような、そんな気持ち。

 

 それは嘘ではないけれど本当でもない。

 

――不即不離。

 

「アナリザンド様? どうかされましたか?」

 

 フェルンちゃんはわたしの微妙な変化に気づいたのか、不思議そうな顔でわたしを見つめた。

 

 フェルンちゃんは敏い子だ。わたしの嘘なんてすぐに見抜かれてしまうだろう。

 どこぞの鈍感エルフなんかとは比べ物にならないほど、感受性豊かな子だから。

 だから、わたしは素直さを混ぜることにした。

 

「フェルンちゃんが羨ましいなって思って」

 

「羨ましいですか?」

 

「わたしはフェルンちゃんのお姉ちゃんでしょ」

 

「そうですね」フェルンちゃんは疑うことなく真っ直ぐに言ってくれる。

 

「要するに、わたしもフェルンちゃんと同じく、ハイターを育ての親だと思ってるの」

 

「ずいぶん前に連帯保証人とおっしゃっていましたね」

 

「うん。でも、わたしね。本当はハイターの子になるのが怖かったの。自分に愛する機能があるのかなって疑ってたから。だから、フェルンちゃんみたいにハイターに呼びかけられる誕生日プレゼントをもらう機会をのがしちゃった」

 

「アナリザンド様……」

 

「だから少し寂しいなって思ったの」

 

「そうだったのですね……。気づかずにいて、申し訳ありません」

 

 フェルンちゃんはわたしの手を取り、ぎゅっと握りしめた。

 小さくて、でもわたしより大きくて温かい手。

 フェルンちゃんの魂の輝き、根本にある優しさが伝わってくる。

 

「ううん、フェルンちゃんが謝ることじゃないよ。わたしが勝手に拗ねてただけだから」

 

「いいえ」フェルンちゃんは首を横に振る。「アナリザンド様が寂しいと感じていらっしゃる時に、私がお祝いされてばかりでは、不公平です」

 

 その真剣な眼差しに、わたしは少し気圧される。

 

「ですから、次は、わたしにアナリザンド様のお誕生日をお祝いさせてください」

 

「えっ……?」

 

 予想外の提案に、わたしは素っ頓狂な声をあげてしまった。

 

「わたしの誕生日?」

 

「はい。アナリザンド様が、この世界に生まれてきてくださった大切な日です」

 

 まっすぐに言われると、なんだかすごく照れくさい。魔族としての誕生日は、それこそ何十年も前の、もはや記憶もおぼろげな日だ。わたしがわたしとして覚醒する前は、ほとんどにおいて本能的に動いていたように思う。

 

 でも、フェルンちゃんが言っているのは、そういうことじゃないんだろう。

 

「誕生日、かぁ……」わたしは少し視線を泳がせる。「魔族としての誕生日は忘れちゃったな」

 

「洗礼を受けた日が、アナリザンド様の誕生日だと思います」

 

「なるほど、わたしが人の子として認められた日だからね。名実ともにフェルンちゃんのお姉ちゃんとして認められた日か」

 

 妹ではないよ。

 たとえ神様だろうが、その主張は通さないのでよろしく。

 

「アナリザンドお姉様。お誕生日をお祝いさせてください」

 

 久しぶりのお姉様呼び。わたしは心の底からうれしくなって、顔がほころぶ。

 

「うん。お願いするね。一年後くらいかな」

 

 つい先日に洗礼を受けたばかりなので、わたしの誕生日はまだずっと先だ。

 

「いいえ、遅すぎることはありません。今からでも」

 

「今からって……でも、プレゼントとか、準備が……」

 

「お祝いの気持ちが一番大切です。形は後からでもついてきます」

 

 フェルンちゃんはそう言うと、少し改まったように姿勢を正した。

 

「それで、アナリザンド様。何か、欲しいものはございませんか? 私にできることでしたら、何でも……とはいきませんが、精一杯努めさせていただきます」

 

 欲しいもの。

 急にそう言われても、すぐには思いつかない。

 装飾品や魔法の道具は、わたしにはあまり意味がないし。

 わたしが本当に欲しているのは、もっと形のない、温かいものだ。

 さっき、ハイターのメッセージを見て、胸の奥で疼いた寂しさ。

 それを埋めてくれるような……。

 わたしは、無意識のうちにフェルンちゃんの手を握り返していた。

 温かい。この温もりが、もっと欲しい。

 考えがまとまると、少し顔が熱くなるのを感じた。

 

 でも、ここで正直に言わなければ、また後悔するかもしれない。

 

 ハイターのメッセージにもあった。

 

――時には自分の気持ちを素直に伝えることも大切ですよ、って。

 

「あのね、フェルンちゃん」

 

「はい」

 

 わたしは意を決して、少し小さな声で言った。

 

「フェルンちゃんと、いっしょに寝たいな……って」

 

「……え?」

 

 予想通り、フェルンちゃんはぽかんとした顔でわたしを見つめた。

 紫色の瞳が大きく見開かれている。

 

「い、一緒に、ですか……? ベッドで……?」

 

「う、うん……。それで、ぎゅーってしてもらえると優勝できるかも、わたし」

 

 言いながら、ますます恥ずかしくなって声が小さくなる。変な意味じゃないんだ、と心の中で必死に弁解する。ただ、この安心する温もりに、もっと包まれていたいだけなんだ。

 

 フェルンちゃんは、わたしの言葉の意味を探るように、じっとわたしを見つめていた。その沈黙が少し怖い。拒絶されたらどうしよう、なんて考えてしまう。

 

 けれど、数秒の後、フェルンちゃんの表情がふわりと和らいだ。それは呆れでも困惑でもなく、とても優しい、女神様のような微笑みだった。

 

「……ふふっ」

 

 小さな笑い声が漏れる。

 

「わかりました。アナリザンドお姉様の、最初のお誕生日プレゼント。謹んでお受けいたします」

 

「……! ほんとに?」

 

 ぱあっと顔が明るくなるのが自分でもわかった。

 

「はい。では、どうぞこちらへ」

 

 フェルンちゃんはそう言って、ベッドの上で少し体をずらし、わたしが入るためのスペースを作ってくれた。わたしは、喜びと少しの緊張を感じながら、そろそろとベッドに上がり、フェルンちゃんの隣に横になる。

 

 すぐに、フェルンちゃんの腕が、優しくわたしの体を包み込んだ。

 

 思ったよりも力強い、しっかりとした抱擁。でも、決して苦しくはなく、ただただ温かい。フェルンちゃんの匂いと、規則正しい心臓の音がすぐ近くで聞こえる。

 

「温かい……」

 

 ついでに言えば、すごく大きい。

 

 いつのまに育ったんだろう。

 

 思わず声が漏れた。さっきまで感じていた、胸の奥の寂しさや、ほんの少しの羨望が、この温もりの中にゆっくりと溶けていくのを感じる。

 

「アナリザンドお姉様も、温かいです」

 

 耳元で囁かれたフェルンちゃんの声が、くすぐったいような、心地よいような不思議な感覚をもたらす。

 

――これが、誰かに受け入れられるってことなのかな。

 

 うまく言葉にはできないけれど、心が満たされていくのを感じる。

 わたしは、安心感に満たされながら、フェルンちゃんの腕の中でそっと目を閉じた。

 人の子としての、初めての誕生日。

 最高のプレゼントをもらった気がした。

 

 この温もりを、ずっと覚えていたい。

 そう、強く思った。

 

 

 

 

 

 フェルンちゃんの温もりに包まれて、わたしは束の間の幸福な眠りに落ちていた。

 

 どれくらい時間が経っただろうか。

 

 太陽が斜めに降りてきて、オレンジ色に変わっている。

 

「アナリザンド様、そろそろ夕食の時間です」

 

 いつも、フリーレンにしているように、わたしを優しく揺り起こすフェルンちゃん。

 なにこのご褒美タイム。フリーレンがなかなか起きない理由がわかっちゃった。

 

「あと五分……」甘えてみたり。

 

「まったく、フリーレン様と同じことをおっしゃるのですから」

 

「うーそ。わたしは良い子だから、ちゃんと起きられるよ」

 

 パチリと目を開き、わたしはいつもの()()を身にまとう。

 

 わたしがわたしとバレないための予防策。

 ほんのちょっと前は、魔族だ殺せとなるかもしれないって思って、外套を身にまとっていたけど、いまは、わっしょいわっしょいされそうなので着ている。ゼーリエ先生がそうしとけと言ったのもあるけど、わたしは合理的で計算高い女なので、そうしているのだ。

 

 宿の食堂には、すでにフリーレンとザイン先生、そしてシュタルク君が席についていた。テーブルの上には、この街の名物料理だろうか、湯気を立てるご馳走が並んでいる。

 

――シュタルク君の顔が浮かない。

 

 あー、これって失敗したな。

 

 でもまあ、それは置いておこう。

 

 お祝いの空気を殺してしまうのも忍びないし。

 

「お、来たか。ようやく主役の登場だな」

 

 ザイン先生がニヤリと笑う。その手元には、さっきよりも膨らんだ財布が見えた。どうやら宣言通り、ギャンブルで稼いできたらしい。だったらお金返して! とは思うものの、今の空気感で言い出すほど、わたしも空気が読めない女ではない。

 

「お待たせしました」「お待たせー」

 

 わたしとフェルンちゃんが席に着くと、まずは乾杯となった。

 

 ザイン先生が奮発したのか、上等そうな果実酒だ。少しオトナって感じがして、フェルンちゃんの年齢にちょうどあってるチョイスだ。さすがザイン先生。やっぱりそつがない。

 

「フェルン、誕生日おめでとう」フリーレンがいつも通りの抑揚のない声で言う。

「おめでとう、な。フェルン」ザイン先生も続く。

「おめでとう、フェルンちゃん!」わたしも笑顔で祝福する。

「……おめでとう、フェルン」小さな声のシュタルク君。

 

「ありがとうございます」フェルンちゃんは少し照れたように微笑んだ。

 

 食事が始まり、和やかな時間が流れる。旅の話や、街で見かけたものの話で盛り上がる中、ザイン先生がソロリと話をきりだした。

 

「さて、フェルン。誕生日といえばプレゼントだろ? オレからだ」

 

 そう言って取り出したのは、小さなお財布かな。蝶が舞うような繊細な刺繍が施されている。革の手触りも良く、作りもしっかりしていそうだ。

 

 実用性と可愛らしさを兼ね備えた、なかなかのセンス。

 姉としてほめてつかわす。

 

「まあ、今日の稼ぎで買ったんだがな。どうだ?」

 

 ザイン先生はドヤ顔だ。台無しすぎる。

 

「ザイン様……ギャンブルで得たお金で買ったものですか?」

 

 フェルンちゃんが少しだけ、プチムス顔になる。

 

「おいおい。金に色はねーんだぜ。嬢ちゃんにはまだ早かったか」

 

「いえ、ありがとうございます。ザイン様のお気持ちうれしいです」

 

 素直にお礼を述べるフェルンちゃん。

 

 ザイン先生も少し照れがあるのかもしれない。仲間に加わったばかりの状況で、何が相手にウケるかわからない。そんな状況で、フェルンちゃんが蝶々のことを好きなんじゃないかと考えて選んできている。

 

 そういうところが、女慣れしてるようで嫌とも思ってそうだが――。

 

 乙女心は複雑なのである。

 

「次は私ね」

 

 フリーレンが、ごそごそとなにやら一冊の古い本を取り出す。

 

「じゃーん。魔法店でたまたま見つけたんだけど、これはすごい魔法だよ」

 

 むしろ自分が欲しいんじゃと思ったが、魔法についてはフェルンちゃんにとっても役に立つだろうから、有用な一品だといえる。フリーレンの魂が輝いているのが視える。

 

 とても自信ありげな表情だ。

 

「それには何の魔法が書かれてるのですか」

 

「ふっふっふー。これはね。パンを常に最高のサクふわ状態にする魔法だよ! これを習得すれば、もうパンを焼きすぎて焦がしたり、買ってきたパンが湿気て残念な食感になったりする心配は一切ない。いつでも、まるで焼きたてのような、外はサクッ、中はふわっ、の理想的な状態を完璧に再現できるんだ。すごくない?」

 

――す、すげぇ。欲しい。

 

 あとでフェルンちゃんに読ませてもらいたい。

 

「ありがとうございます、フリーレン様」

 

 フェルンちゃんは、ザイン先生の時とは違い、素直に嬉しそうな顔で本を受け取った。

 

 通常運転ってところかな。

 

 さて、あとは――。言うまでもないがシュタルク君だ。わたしはさらりと、もうさっきプレゼントは渡したと伝え、シュタルク君の顔を観察する。

 

 みんなの視線が自然とシュタルク君に向いた。

 

 下を向いたままのシュタルク君は、一言も言葉を発しない。

 

 まるで判決を待つ被告人みたいな面持ち。

 

 でも、言わない。言わなければわからない。

 

 フェルンちゃんの視線が不安そうに揺れる。

 期待と不安が入り混じったフェルンちゃんの視線が、シュタルク君に突き刺さった。

 

 シュタルク君は、ますます顔を俯かせ、自分の膝の上あたりをじっと見つめている。

 

「…………」

 

 重たい沈黙。

 

「シュタルク様……。プレゼントは、ないのでしょうか?」

 

 ド直球。火の玉ストレートの言葉が飛来する。

 シュタルク君はかわいそうなくらい、ビクっと身体を震わせた。

 

「あ……いや、その……」

 

 シュタルク君は視線を彷徨わせ、言葉を探した。

 

「……街を、見たんだけど……その、なんていうか……気に入ったのが、なくて……」

 

 ぼそぼそと、消え入りそうな声で呟く。

 

 その言葉を聞いた瞬間、フェルンちゃんの表情からふっと温度が消えた。さっきまでの柔らかな雰囲気が嘘のように、静かな怒りがその瞳に宿る。

 

「そうですか。シュタルク様にとっての私は、その程度の存在ということですね」

 

 食堂の時間が凍った。

 

「フェルン。言い過ぎじゃない?」とフリーレンがとりなした。

 

「そうだぜ。シュタルクは慎重派だからな。本当に気に入ったもんがなかったんだろう」

 

 ザイン先生が続ける。

 

「どんなものでも……よかったのに」とフェルンちゃんは消え入りそうな声で言った。

 

「ごめん……あの、明日――」シュタルク君が謝る。

 

 でも、それは隠蔽されている。

 

「もう結構です」

 

 フェルンちゃんはとりあわない。

 期待を裏切られたことに傷ついたみたいだ。

 フェルンちゃんはシュタルク君に失望している。

 

 シュタルク君は完全に言葉を失い、ただただ青ざめた顔で俯くばかりだ。フリーレンは彫像のように動かず、ザイン先生は「青春だねぇ」とか軽口を叩いている。

 

 あてにならないオトナたちだ。

 

 しかたない。ここはお姉ちゃんが助け船を出すしかないだろう。

 

「フェルンちゃん。シュタルク君のお話を少し聞いてあげたらどうかな」

 

「言い訳なんて聞きたくありません」

 

「聞かなきゃわからないんだよ。ハイターも人の話に耳を傾けられる素直な良い子に育ってほしいって願っていたでしょう」

 

「……」

 

 フェルンちゃんが沈黙した。

 わたしはすかさずシュタルク君に向きなおる。

 

「シュタルク君も、言わなきゃわからないよ」

 

「でも、フェルンはオレの話、聞いてくれないし……」

 

 シュタルク君が弱々しく反論する。

 

「だから聞いてもらえるように、ちゃんと話すの!」

 

 わたしは少し語気を強めた。姉なる者の説教は少し痛いぞ。

 

「いい? シュタルク君。フェルンちゃんが怒ってるのは、プレゼントがないことだけじゃない。あなたが自分の気持ちをちゃんと伝えてくれないことにも、がっかりしてるんだよ。違う?」

 

 わたしはフェルンちゃんに視線を送る。

 フェルンちゃんは黙って俯いているが、否定はしない。

 

「フェルンちゃんも、シュタルク君が何を考えてるか、本当は知りたいんでしょ? 知らないまま、勝手に私はどうでもいい存在なんだ、なんて決めつけちゃって、後で後悔しない?」

 

 ハイターの名前を出した時と同じように、今度は二人の関係性の核心に触れる言葉を選ぶ。

 

「……」

「……」

 

 二人とも、ぐうの音も出ない、といった感じで黙り込んでいる。

 

「ほら、シュタルク君。チャンスだよ」

 

 わたしが背中を押すと、シュタルク君はようやく意を決したように顔を上げた。そして、まだ少し不安そうな、しかし真剣な眼差しでフェルンちゃんを見つめる。

 

「……フェルン……ごめん」

 

 まずは謝罪から。よしよし。

 

「プレゼント……本当は、フェルンと一緒に選びたかったんだ」

 

 シュタルク君は、さっきよりもずっとはっきりとした声で言った。

 グッと手を握り締めてる。

 

「一人で選んでみようかとも思ったんだ。でもオレ、センスなくて、何がフェルンに似合うかとか、よくわかんなくて……。だから、街で一緒に見て、フェルンが本当に欲しいって思ったものを、プレゼントしたかった。フェルンはオレの誕生日プレゼントを一緒に選んでくれたから」

 

 正直な気持ちが、言葉に乗っているのがわかる。

 

「それで、さっき宿に戻ってきたんだけど。部屋で、姉ちゃんとフェルンが話してる声が聞こえて……」

 

 シュタルク君は、少し言いよどむ。

 なぜか言語化しにくい、その真実を――伝えようとしている。

 

「……なんか、その、()()()()()()()()()、邪魔しちゃ悪いかなって。それに、なんか、ノックするの、すごく緊張しちゃって。結局、声かけられなかったんだ。本当にごめん……」

 

 理由を正直に打ち明けたシュタルク君の顔は、後悔と申し訳なさでいっぱいだった。

 

 というか――。

 もしかすると、わたしがシュタルク君のチャンスを奪っちゃってたの!?

 ごめん、シュタルク君! かわいい弟のチャンスをつぶすなんて姉失格だ。

 ムンクのようになりながら、フェルンちゃんの裁定を待つわたし。

 

「そう……だったのですね」

 

 静かな呟きのような声だった。

 

 先ほどまでの冷たい声と違い、声に温かみが宿っている。

 

 フェルンちゃんの瞳に急速に理解の灯がともる。

 

「シュタルク様――すみませんでした」

 

 頭を下げて、フェルンちゃんは謝った。

 

 シュタルク君は、頭をかきながら。

 

「いやオレが悪いんだ。勇気がなかったから、フェルンから逃げちまってたわけだし」

 

「いいえ。私が悪いんです。シュタルク様の言葉をちゃんと聞こうとしませんでした」

 

「フェルンは悪くねーよ……。それに、結局プレゼント買うの失敗しちまってるし、さっきすぐに言い出せればよかったんだ。もう夜だ。遅れちまった。せっかくの誕生日なのに――」

 

 シュタルク君は窓の外に視線をやって、うなだれた。

 

――店は閉まってる。

 

 誕生日は終わる。

 

「遅くなんてありません」

 

 凛とした、しかし優しい響きを持った声が、シュタルク君の沈んだ言葉を遮った。

 フェルンちゃんだった。

 女神様を思わせる慈愛の表情で、シュタルク君を見守っている。

 

「シュタルク様が、私のことを想って、一緒にプレゼントを選びたいと考えてくださった。そのお気持ちだけで、私はもう、最高のプレゼントをいただいたようなものですから」

 

 ふわりと、花が綻ぶような笑顔。

 その破壊力は凄まじく、シュタルク君は一瞬で顔を真っ赤にして固まってしまった。

 

「フェ、フェルン……」

 

「ですから、遅くなんてないんです。明日でも、明後日でも、私はシュタルク様と一緒にプレゼントを選びたいと思います。シュタルク様がお声がけくださるまで、お待ちしております」

 

 健気で、そしてシュタルク君への信頼に満ちた言葉。

 これには、さすがのザイン先生も果実酒をあおりながら「甘酸っぱすぎるだろこれ」とか言ってるし、フリーレンも心なしか満足そうだ。

 

――わたしの失敗疑惑もこれでチャラにしてほしい。

 

 なんてね。

 

 このわたしが、この程度のこと予想してないとでも思ったか!

 ここで満を持して、真打ち登場!

 わたしはニヤリと笑い、立ち上がると例の予備動作に入る。

 

「ふっふーん。シュタルク君。フェルンちゃん」

 

「はい?」「なんだ、姉ちゃん?」

 

 バッサァァーーー!!

 

 不審者がよくするようなイメージの両開き状態。

 

 わたしは外套を開き、中に飾られている装飾品類を見せびらかした。

 

 腕輪やら、指輪、そしてブレスレットなどの小物がびっしりと縫いつけられている。隠匿の魔法で音と重さを消していたのだが、外部的にバレなかったのは、フェルンちゃんが動揺していたせいもあるだろう。

 

 みんなが困惑して固まっている。

 

 わたしは商人の顔をして言った。

 

「いっひっひ。うぇるかーむ!」

 

 アナリザンド臨時装飾店のお目見えである。

 

「姉ちゃんこれって」

 

「シュタルク君。わたしは準備は念入りにするタイプなんだよ」

 

「わたしのためにご準備くださってたんですか」

 

「それもある。だけど、フェルンちゃんにはいつも一番いいプレゼントをあげようと思ってるから、毎回勝てなかったんだよね。ハイターの言葉には勝てるわけがなかった。でも、この文脈なら役に立つかなって思って出したの」

 

「ありがとうございます」とフェルンちゃん。

 

「勘違いしちゃダメ。今年のプレゼントはもうあげたでしょ。これはシュタルク君のプレゼントなの。さぁ、ふたりして選ぶがいい。もちろん、お代は少し割り引いてあげる。あ、ちなみに一番高いのは、上についてる、そう、それね」

 

 時間も閉店も関係ない。

 アナリザンド特設会場にて、心ゆくまで選ぶことができる。

 

――オンラインショップだ!

 

 わたしが芝居がかった口上で締めくくると、シュタルク君とフェルンちゃんは、顔を見合わせて、今度こそ本当に幸せそうに笑い合った。

 

「……ありがとう、姉ちゃん」

「……ありがとうございます、アナリザンド様」

 

「どういたしまして! さあ、存分に悩むがいい!」

 

 わたしはドヤ顔で二人の様子を見守る。

 

「シュタルク君には男の甲斐性ってやつを見せてほしいな!」

 

「姉ちゃん!!」

 

 シュタルク君の悲鳴に近いツッコミを聞きながら、わたしは満足げに頷いた。

 

 外套の内側でキラキラと輝くアクセサリーと、それを楽しそうに選ぶ二人。

 食堂の温かい灯りと、仲間たちの笑顔。

 

 人の子の誕生祝いというのは、なんとも賑やかで、温かくて、そして少しだけ面倒くさくて……でも、やっぱりいいものだ。

 

 フェルンちゃん、改めて誕生日おめでとう。

 

 そして、シュタルク君、しっかり稼いで、ちゃんとお代は払ってね。

 借金するようなキタナイ大人になっちゃダメだよ。

 

 わたしは、心の中でそう呟きながら、最高に幸せな誕生日の夜が更けていくのを感じていた。

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