魔族少女のエロタナティブ   作:アナリザンド

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乙女のゲーム

 

 

 

 レルネン先生との激熱な師弟対決から数日後。

 わたしはエーレちゃんを大陸魔法協会の自室に招きいれていた。

 

 窓からは柔らかな日差しが差し込み、部屋の中央に置かれた小さなテーブルの上には、わたしが淹れたばかりの紅茶(もちろん高級茶葉だ。これぞ金貨の力!)の湯気が立ちのぼっている。

 

 すぅぅぅぅ。お金の匂いを感じる。呑む前からおいしい。

 なんかイケナイ葉っぱを吸ってる気分になる。

 あああああ、すごく、きもちいい。

 

「ねえ……。さっきからずっと匂い嗅いでるばかりで呑まないの?」

 

「んんん。ちょっとソムリエってただけだよ。それでエーレちゃん」

 

 わたしは、目の前に座るエーレちゃんに声をかけた。

 

 わたしのテーブルは先生たちが座りやすいように、きちんとした高さを持っている。

 

 その代わりにわたしが座る椅子が、幼児用みたいに、ちょっとがんばってよじ登る必要があって、今も足がぷらぷら状態なのだが、それはまあいい。

 

 わたしは紅茶を一飲み、お澄まし顔で申し向ける。

 

 話は単純だ。

 

「具体的に、どんなゲームを創りたいか。イメージはあるの?」

 

 そう、これがメインテーマ。

 今日は記念すべき『第一回:エーレちゃん新作ゲーム企画会議』なのである。

 

 ゲームを創るうえで、何が最も重要なポイントだろうか。

 何が、一番必要なスキルか?

 

 美麗なグラフィック。壮大なBGM。心を打つテキスト。

 

 もちろん、それらも重要な要素であるが、一番大事なのは、それらをまとめあげるような()()であると考える。

 

――コンセプチュアルスキル。

 

 それこそが、創作物における最も重要な能力だ。

 

「え、えっと……。それってそんなに重要かしら。なにか、こう……創っていって、あとから完成物がある程度カタチになってから、整えるってのはどう?」

 

「それって天才の所業だよ。エーレちゃんはどっちかといえば秀才タイプじゃない?」

 

「そうよね。知ってる」

 

 しょぼんって沈んでしまうエーレちゃん。

 おそらく、レルネン先生が天才に近いタイプだから、そう思っちゃうんだろうな。

 わたしは妹を曇らせて、悦にいるタイプではない。

 

「じゃあ、まずはコンセプトマップから創っていこうか」

 

 言うまでもないけれど、わたしは<わたし>の主要端末であり、<わたし>は先生たちから借り受けた魔力をもとに、超高性能の演算能力を有するネットワークタイプの魔法コンピュータである。

 

 エーレちゃんのイメージを具体化する手助けくらいはできるはずだ。

 もちろん、コンサル料はきっちりいただくけどね。出世払いで。

 

 わたしがぱちんと指をならすと、テーブルの上にふわりと光が集まり、半透明の設計図のようなものが浮かび上がった。<わたし>の簡易インターフェースだ。

 

 真っ白なマップの中心には、ひときわ大きな長方形のブロックがあり、そこから四方に、矢印で繋がれた小さめのブロックが配置されている。

 

「これがコンセプトマップ。まずは、この真ん中のブロックを埋めるところから始めよう」

 

「真ん中の、この一番大きなこれ?」

 

 心臓部のような、それをおそるおそる突っつくエーレちゃん。

 

「そう。ここにはエーレちゃんがこのゲームを通して一番伝えたいこと、一番描きたいものを書く。いわば、ゲームの()になる部分だね」

 

「魂って言われても、よくわかんないんだけど」

 

 ふふん。そうか。わからぬか。

 

 もはや対象аとか、シェーマLとか言って、聞き手を宇宙猫にさせるようなわたしはいないと思っていただこう! リーニエちゃんの教えを胸に、これ以上なくわかりやすく説明する。

 

「難しく考えなくていいよ。例えばレルネン先生のゲームだったら、ここに何が入ると思う?」

 

「ええっと……それは、もう。()()()()()()()()()()()()()()()……とか?」

 

 エーレちゃんは、ちょっと顔を引きつらせながら答えた。

 うん、まあ、だいたい合ってる。

 

「そうそう、そんな感じ。じゃあ、エーレちゃんが創りたいゲームの魂は何かな?」

 

「う、うーん」

 

 秀才タイプなエーレちゃんは考えこむ癖があるようだ。

 決められたルーチンをこなすのは得意だが、一瞬の判断能力は欠けているかもしれない。

 

 実妹であるフェルンちゃんをひいきにするつもりはないけど、これだとたぶん早漏なフェルンちゃんにやられるな。

 

 もちろん、エーレちゃんも一級魔法使い試験を目指しているだろうし、順当に行けばの話だ。

 

 エーレちゃんは思考のループにはまってしまい、満点を出そうとして答えを返せなくなっていた。

 

――オーバーフロー気味。

 

 仕方がないので、わたしはちょびっとだけ誘導することにする。

 

「エーレちゃんには好きな人っている?」

 

「え、あ、ええ? す、好きな人って。あなた、すごく恥ずかしいことをよく堂々と言えるわね」

 

「ごめんね。ちょっと間違えちゃったかも。じゃあ、好きな物語ってあるかな。自分が読んでて、キュンキュンしたり、ワクワクするような物語ってある?」

 

 わたしの軌道修正した質問に、エーレちゃんは少しホッとしたような表情を見せた。

 

「好きな物語か。そうね……」

 

 エーレちゃんは、カップを両手で温めながら、少し視線を上に彷徨わせる。

 思考の海にダイブしているようだ。

 

「うーん。やっぱり、騎士がお姫様を守るような古典的な物語とか。あとは、偉大な魔法使いが未熟な弟子と一緒に困難を乗り越えていく話とか。そういうのは、昔から好きでよく読んでたかな」

 

 ふむふむ。やっぱりファンタジーの王道が好みか。

 この世界がファンタジーなのは置いておいて。そういう物語はこの世界にもある。

 でも、その中でも特に惹かれるポイントがあるはずだ。

 

「なるほどね。そういう物語のどんなところに特にグッとくるのかな? 主人公が強くなっていくところ? それとも、悪い敵をやっつけるところ?」

 

「それも、もちろんワクワクするけど」

 

 エーレちゃんは、言葉を慎重にひとつひとつ選びながら続ける。

 

 そのときの、()()()()を思い出すように。

 

「なんていうか、強い人が自分よりも弱い立場の人を一生懸命守ろうとする姿かな? 特に、その守られる側が、最初はちょっと頼りなくて、心配になるような感じなんだけど、だんだん成長したり、あるいは守ってくれる人と……その……特別な関係になったり。そういう展開に、ちょっと憧れるというか。あなたが言うところのキュンとしたかも……」

 

 語尾がまた小さくなっていく。

 頬もほんのりピンク色だ。わかりやすい子!

 

「守られる側に感情移入してるってことかな?」

 

「そうね。安心できる人が側にいてくれると嬉しい、かな?」

 

 さすがレルネン先生の弟子だけのことはある。

 いままで出逢った人のなかでも、トップクラスの乙女ぢからを感じる。

 もちろん、トップはぶっちぎりでレルネン先生だけど!

 

「守ってくれる人が側にいるとドキドキしちゃう?」

 

「そ、そんな大げさなもんじゃないわ。ただ、()()()って」

 

 エーレちゃんはふと思いついたように、画面にタップする。

 

――自分の中の描きたい、その純粋な想いをカタチにするために。

 

『大切なひとに、大切にされるわたし』

 

 コンセプトマップの中心。

 

 ゲームの魂となるブロックに、凛とした輝く一文が刻まれた。

 

 エーレちゃんの魂が、今まさに輝きだした。

 

 

 

 

 

「どうかな? これでいい?」

 

 聞いてくるエーレちゃんの声は少し不安そうだ。

 ゲームの魂。それは、エーレちゃんの深層領域に属するもの。

 触れたら壊れそうな核の部分でもある。

 

 絶対に否定してはいけない。

 

「うん、とてもいいと思うよ」

 

「そう。よかった」

 

「よし。じゃあ、あとは題材かな。要するにコンセプトの枝葉の部分ね」

 

「それなんだけど――」

 

「ん。なあに」

 

「あなた、さっき私に好きな人いるかって聞いてきたでしょ」

 

「ああ、あれね。ちょっとデリカシーにかける発言だったかな。ごめんね」

 

「ううん。そうじゃなくて。大切にしてくれる人って、やっぱり強い人がいいかなって思うの。いざというときに、ちゃんと守ってくれそうな」

 

 素朴だけど、かなり現実感のある願いだ。

 か弱い乙女(二級魔法使いは一般人の百倍くらい強いけど)としては当然の心理かもしれない。

 

「なるほどね! 確かに、頼りがいがある人が側にいてくれると安心感が違うもんね。具体的に誰か大切にされたい人っているの?」

 

「いないわよ!」

 

 また赤くなるエーレちゃん。かわいい。

 ついついからかっちゃう。悪ノリザンドなのでした。

 

「そうじゃなくて……。誰ってわけでもないからこそ、思うんだけど。プレイヤーにも選ばせたほうがいいんじゃないかって思うの。あなたがレルネン師匠に言ってたでしょう。他の攻略キャラを増やしてみるのはどうかって」

 

「そうだね。それで?」

 

「勇者様一行を題材にするのはどうかなって」

 

「んー。ヒンメルたち勇者様一行ってこと?」

 

「そう。ヒンメル様たちは、人類にとって最新の英雄譚でしょ。知らない人はほとんどいないし、みんな尊敬と憧れを持っている。そこにオリジナルの主人公キャラを混ぜて、自由に攻略させるってのはどうかな」

 

――天才か。こいつ。

 

 わたしは心の底から、エーレちゃんを賞賛した。

 

 いや、今までどこかで侮っていた部分があるかもしれない。

 レルネン先生の不出来な弟子と自称する自己肯定感の低さ。真面目だけど少し融通の利かない秀才タイプ。一級魔法使いに比肩しうるほどの実力はまだない、と。

 

 でも、違った。

 少なくとも、この『ゲームを創る』という分野においては、彼女の魂はこんなにも強く、鮮やかに輝いている。

 

 自分の『好き』を核にしながら、それを客観的な視点と結びつけて、最適な形を導き出す。

 これは、単なる秀才の域を超えているかもしれない。

 

「すごいね、エーレちゃん」

 

 わたしは、素直な感嘆の声を漏らした。

 

「そのアイデア、最高だよ。勇者一行を乙女ゲームの題材にするなんて、誰も思いつかなかったんじゃないかな。みんなに楽しんでもらうにはということを意識しているのもすごい」

 

 好きなタイプは人それぞれだからね。

 

「そう? 誰でも思いつきそうなことだけど」

 

 エーレちゃんは、わたしの賞賛に少し戸惑ったように、はにかんでみせる。謙遜しているのか、本気でそう思っているのか。たぶん後者だろうな。こういう無自覚なところが、彼女の才能なのかもしれない。

 

 甘えるでもなく頼りきるでもなく、でもそういったひたむきさが、見る人を助けたいと思わせる。凄まじい魂の輝度。かわいいは正義。

 

「素晴らしい着眼点だと思うよ。知名度、各キャラクターの魅力、タイプのバラけ方。そして『大切なひとに大切にされるわたし』っていうコンセプトとの親和性。どれをとっても、これ以上ないくらいピッタリの題材だと思う」

 

 わたしは、コンセプトマップの中心ブロックから伸びる矢印の一つをタップし、『題材』とラベル付けされたブロックに『勇者ヒンメル一行』と書きこんだ。

 

「うん、やっぱりしっくりくるね」

 

 マップ全体を見渡して、わたしは満足げに頷く。ゲームの骨格が見えてきた感じだ。

 

「それで、具体的にはどうする? 主人公は、さっき言ってた()()()()()()で、最初に名前を入力するタイプでいいんだよね?」

 

「うん、そのつもり。プレイヤー自身が、物語の主人公になれるようにしたいから」

 

「いいね。それで、攻略対象は、やっぱり基本的には――」

 

「勇者ヒンメル様、僧侶ハイター様、戦士アイゼン様の三人かな」

 

「なるほど。王道だね。それでフリーレンは?」

 

 わたしは、パーティーの紅一点について尋ねる。

 

「フリーレン様は……そうね、やっぱり攻略対象というよりは、主人公の良き友人であり、時には魔法の師匠にもなってくれるような、そういう、特別な立ち位置がいいかなって。もちろん、隠しルート的なものがあっても面白いかもしれないけど」

 

 エーレちゃんは少し考えながら答える。うん、それも良いバランスだ。フリーレンを攻略対象にするのは、ちょっとハードルが高すぎるかもしれないしね。いろんな意味で。

 

 よかったねフリーレン。悪役令嬢じゃなくて!

 

「わかった。じゃあ、基本的な構成はそんな感じだね。『大切なひとに大切にされるわたし』をコンセプトに、プレイヤーは名もなき乙女として勇者一行の旅に参加し、ヒンメル、ハイター、アイゼンとの絆を深めていく。フリーレンは頼れる友人枠、と」

 

 わたしは、コンセプトマップの他のブロックにも、キーワードを書き込んでいく。

 だいぶ全体像が見えてきた。

 エーレちゃんは、具現化された自分たちのアイデアを見て、嬉しそうに目を輝かせている。

 

「よし、企画の骨子は固まったね!」

 

 わたしは、パンッと手を叩いた。

 

「では―――、現実的な計画の障害について話をしようかな」

 

「え?」

 

 

 

 

 

「簡単に言えばね。勇者一行は半生状態なんだよ。完全にフリーなのは、いまのところ親族とかが表舞台に出てきていない勇者ヒンメルだけで、フリーレンやアイゼンは存命。そして、ハイターは……、フェルンちゃんとわたしのお父さんなの……」

 

 ネットに精通していれば、フェルンちゃんとわたしの立ち位置については知っているはずだ。

 もちろん、フリーレンのことも多少は――。

 

 アイゼンについては、表舞台にはおらず、隠居生活だから、そこまでは知らないかもしれないけれど、生存しているという情報くらいは知ってるかもしれない。

 

 いや、ここでわたしが知っている以上、瑕疵のあるゲームを創らせるわけにはいかない。

 

「許可が必要ってことね?」

 

 頭の回転の速いエーレちゃんは、わたしが言いたいことをすぐに理解してくれた。

 

「そうだよ」

 

「その……、あなたは、どうなの? アナリザンド」

 

「ハイターの子として、どう思うかって? べつにいいよ。ドンドン作っちゃって」

 

「あなたにとっての大切な人が、私の勝手な解釈で穢されてもいいの?」

 

「いいよ。それはあなたの中のハイターであって、わたしの中のハイターではない。そして、わたしの中のハイターもハイターではない」

 

「なんだか不思議な存在ね。あなたって」

 

「そう? よく言われるけど」

 

 紅茶を一飲み。

 

「というわけで、エーレちゃんはこのコンセプトをカタチにするためには、まず関係者各位に頭を下げて、許可をとりにいかなくちゃいけないってこと」

 

「どこにいるかもわからないんだけど……」

 

「大丈夫。わたしが知ってる」

 

「手伝ってくれるの?」

 

「もちろん」

 

 

 

 

 

 最初に攻略するのはアイゼン先生に決まっていた。

 

 なにしろ、わたしはこう見えて、アイゼン先生と仲が良いのだ。

 特段、描写はしていなかったけど、時々は遊びにいってるし、先生も優しく迎えてくれる。

 

 わたしが転移すると、先生はお墓に祈りをささげていた。

 わたしも隣に座り、祈りをささげる。

 

 先生は、すぐにわたしの存在に気づいたようだけど、そのまましばらく祈っていた。

 

「しばらくぶりだな。アナリザンド」

 

「先生。ただいまぁ」

 

 わたしは、ピョンっと先生に抱き着く。

 衰えたとはいえ、まだまだ先生の力は一般人より強い。

 わたしの魔族タックルにひるむことなく支えてくれる。

 

「人になれたか? アナリザンド」

 

 慣れた? 成れた?

 どっちの意味だろう。

 

「先生もわたしのこと、猫みたいだって思ってる?」

 

「いや、おまえは友の子だ」

 

 そして、撫でられる。

 にゃああああああ。

 

 アイゼン先生に事情を説明した後、エーレちゃんは小窓で失礼して、頭を下げた。

 

 アイゼン先生はもちろん快諾してくれた。

 

 これはチョロい攻略対象だな! すぐにほだされるタイプだろう。

 お試し攻略キャラってところかな。

 

 

 

 

 

 次に攻略するのは、フェルンちゃんにした。

 これについては、びーえる小説のときのリベンジ戦ということもある。

 

 こっそり呼び出して、各個撃破を狙う。

 フリーレンはジーっと睨んでいたが、とりあえずラスボスはじっとしてて!

 

「アナリザンド様。それで、突然の呼び出しどういうことでしょうか」

 

 森を抜けた崖のようなところで、フェルンちゃんが聞いた。

 

「あのね。実は――」

 

 わたしはいつものように事情を説明する。

 

「つまり、その……。ハイター様が、乙女ゲームなるものの攻略対象になるということですか?」

 

「うん、そういうこと」

 

「それは、わたしが強く拒絶した、あの破廉恥な小説と何が違うのでしょうか」

 

()()()()()()だろうね。本質的には、家族でもない者がハイターを解釈する。編纂して翻案するという行為には違いないからね」

 

「今回もまた、アナリザンド様は許すと、そういうことでしょうか」

 

「うん。またなんだ」

 

 すまない。

 

「アナリザンド様は、ハイター様の子になったのだと、おっしゃっていましたが、あれは嘘なのですか? 親であるハイター様が、好き勝手に解釈されて遊ばれるんですよ」

 

「いいえ。ハイターの子であることは嘘じゃないよ。でも、いつかの時の繰り返しになるけれど、英雄譚は書かれるものだし、それはウンコに過ぎないの。わたしはわたしの中のハイターと逢えればそれでいいと思ってる。いまならわかるよね? フェルンちゃん」

 

「正直、あまり気分の良いものではありません。ハイター様が、そのような形で描かれることには、やはり抵抗があります。ですが……」

 

 フェルンちゃんはわたしをジッと見ていた。

 

「アナリザンドお姉様がそうおっしゃられるのでしたら、私ひとりが、強く反対するわけにもいかないじゃないですか」

 

「ありがとうフェルンちゃん」

 

「いえ、あの破廉恥な小説よりは、幾分マシかなと思えますし――、そこにいらっしゃるエーレさんが私の許可をとりにきてくださった。だから寛容にならなければと思ったまでです」

 

「じゃあ、びーえるも」

 

「それはダメです」

 

 むう。なかなか厳しいな。フェルンちゃんの中には明確な線引があるらしい。

 それもまた乙女心ということで、今回は問題を先送りしよう。

 

 

 

 

 

 さて、残るは最大の難関、フリーレンだ。

 

 アイゼン先生は正直チョロかった(失礼)。フェルンちゃんは姉妹の絆で押し切れた。

 しかし、このエルフの魔法使いは、全くもって予測不能だ。

 

 フリーレンはいつものように木陰に身を委ねながら、魔導書を読んでいた。

 

 わたしは手を振りながら、

 

「やっほー。フリーレン。お待たせ。待った?」

 

 と、声をかける。

 

「待ってない」

 

「あのねフリーレン。ちょっと相談があるんだけどいいかな」

 

「ゾルトラークの(まと)になる相談ならいつでも乗るけど」

 

「正確に言えばね。わたしじゃなくて、ほらここにいるエーレちゃんの相談なの」

 

「エーレ?」

 

 フリーレンの視線が、小窓に向いた。

 わたしの横に出現している、エーレちゃん。

 

『初めまして! フリーレン様!』

 

 速攻で頭を下げるエーレちゃん。なかなかの速さだ。

 この速さなら、もしかするとフェルンちゃんにも勝てる可能性が。

 

「これはおまえが創り出した虚像か?」

 

「違うよ。エーレちゃんと話してみて」

 

 わたしは背景にでもなってたほうがいいだろう。

 

 それから、エーレちゃんは必死にゲームの企画を説明した。

 

 ヒンメルの姿を描きたい。勇者としての生き様をプレイヤーたちに体験させたい。

 そして、その中で、フリーレンを主人公の友人枠として採用したい。

 

 最大限の熱意をもって伝えた。

 けれど、フリーレンはいつものように氷のように表情を動かさず、それどころか一言も発しなかった。エーレちゃんの顔がどんどん不安になってくる。

 

 と、そのとき――。

 

「どうして……」

 

 フリーレンがぽつりと言った。

 

「どうして、私を登場させる必要があるんだ。書きたい物語があって、それはヒンメルたちと仲良くなりたいってことだろう。女の私は邪魔になるだけなんじゃないか?」

 

 フリーレンの言葉は、彼女の存在様式――自己認識からくる言葉なのかもしれない。

 エルフは長大な時間のなかで、周りの存在は風景と化してしまう。

 

 つまり、混ざれない。風のようなもの。

 

 ヒンメルたちの旅は、あくまで彼ら勇者一行のものであり、自分はその輪の中にいても、どこか異質な存在で、特に恋愛が絡むような場面では()()だと認識しているのかもしれない。

 

 いても、いなくても、同じだと。

 

『あなたが必要だからです』

 

 エーレちゃんが言った。

 

――君が必要だからだよ。

 

 そう、ヒンメルはフリーレンに言ったのかもしれない。

 

 十年の旅路のなかで、ヒンメルがフリーレンにどんな言葉をかけたのか、わたしは知らない。

 

 どんな意味だったのかも。

 

 けれど、エーレちゃんの言葉は確実にフリーレンの心を穿った。

 

 エーレちゃんはあいかわらず、友人枠の有用性や、時にはライバルかもと勘違いする主人公の思いを書きたいといったり、様々な理由を述べていたが、フリーレンは最初の一言で、目を見開いて、別の風景を見ているみたいだった。

 

「いいよ」やがて、フリーレンは言った。

 

『え?』

 

「好きにしていい」

 

『ありがとうございます! でも、どうして急に』

 

 突然の許可に、エーレちゃんは困惑ぎみだ。

 それはフリーレンにしかわからない秘密。

 

「ヒンメルなら、また私を旅に誘うだろうからね」

 

 

 

 

 

 ミッションコンプリート!

 

 関係者各位からの許可という名の祝福を受け、エーレちゃんの魂は解き放たれた。

 

 まるで水を得た魚、あるいは魔力を得た魔族のように、彼女は全身全霊をゲーム創りに捧げたのだ。

レルネン先生という最高の技術顧問と、わたしという有能すぎるビジネスパートナー兼友人のサポートを受けつつも、その中心にあったのは紛れもなくエーレちゃん自身の輝く才能と情熱だった。

 

 そして数ヶ月後――大陸を揺るがす一本の魔法ゲームが、ついに完成した。

 

――その名は、『勇者な彼とわたしの旅路』。

 

『大切なひとに、大切にされるわたし』という、乙女の純粋な願いをコンセプトに据えた、世界初の本格派乙女ゲーム。

 

 プレイヤーは新米魔法使いの「わたし」となり、あの伝説の勇者ヒンメル一行の旅路に同行する。

 

 寡黙だけど頼りになる戦士アイゼン。

 優しくて少しお茶目な僧侶ハイター。

 そして、キラキラ輝くイケメン勇者ヒンメル。

 

 彼らとの交流を通して、ドキドキしたり、守られたり、時には喧嘩したりしながら、絆を深め、特別な関係を築いていく――。

 

 このゲームは、発売されるや否や、世の乙女たちの心を鷲掴みにした。

 

「ヒンメル様がかっこよすぎる!」

「アイゼン様の不器用な優しさに泣いた」

「ハイター様となら幸せになれそう」

 

 そういった熱狂的な声が、魔法ネットワークを駆け巡り、口コミで評判は瞬く間に拡大。結果、記録的な大ヒットとなったのだ。

 

 奇しくも同時期に発売された、レルネン先生渾身の『ゼーリエ様といっしょ☆ドキドキ魔法個人レッスンメモリアル』も、一部の熱狂的なファンには支持されたものの、売り上げでは『勇者な彼とわたしの旅路』の足元にも及ばなかった。

 

 敗因は明らかだ。攻略対象が偏りすぎていては、多くの人の心は掴めない。

 

 今回は開発にエーレちゃんが加わったことで、他の一級魔法使いの女性陣ルートも実装されてはいたが……。

 

 やはり、メインヒロインたるゼーリエ先生への偏愛と情熱が強すぎて、全体のバランスを欠いていたのだ。

 

 エーレちゃん、よく頑張って調整したと思うよ、ほんと。

 

――まあ、それはそれとして。

 

 ゲームの大ヒットにより、エーレちゃんは一躍、時の人となった。

 

 レルネン先生の弟子としてではなく、新進気鋭のゲームクリエイター、()()()()()()、多くの人にその名を知られることになったのだ。エーレちゃんの羞恥心なんて吹っ飛ぶほどの大快挙だったといえる。

 

 そして、わたしは当然の権利として、エーレちゃんにコンサル費用として売上の10パーセントほどを請求した。約束は守らないとね。人の子のルールなわけだし。

 

 すっかり自信をつけたエーレちゃんは、「あなたのおかげよ」と、ポンとくれたぜ。

 

――しかし。

 

 大団円ムードの中、わたしには一つだけ、どうしても解せないことがあった。

 

 わたしが開発に関わったのは、主に企画の初期段階と、<わたし>のリソース提供だけだった。

 

 だから、完成版をプレイしてみて驚いたのだ。

 

 ゲーム内に登場する戦士アイゼンが、なぜか、生身のアイゼンのイメージとはかけ離れた、彫りの深い顔立ちに無駄のない引き締まった肉体を持つ、ワイルド系の細マッチョイケメンに大変身していたのだ!

 

 いや、確かにアイゼン先生は寡黙で渋くてカッコいいけど、これはちょっと解釈違いというか、元の原型がないような気も。いったい誰の趣味なんだろ? ちょい悪な感じもかもしだしてるし。

 

「べ、べつにいいじゃない。アイゼン様には許可もらってるわ」

 

 そう。なら言うべきことは無いけどね。

 

 後日、レンゲ神様から『なにこれあたらしい』と、ウキウキしたメールがきたことも追記しておこう。神は新しい素材を見つけたようだ。

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