魔族少女のエロタナティブ 作:アナリザンド
「先生たちはわたしの言葉をいつも絶対的にどうしようもなく勘違いしているわけだけど、そのうちのひとつとして、わかりやすいのは、人間は因果律に縛られやすいってところだと思う」
『また、アナリザンド様の講義が始まった』
『この頃、なんかアナちゃん焦ってる気がするんだよな』
『仮想通貨の話?』
『あの通貨、いちおう露店で使ってみたら、冗談で交換できたで。500AP』
『まるで魔法みたい』
『まあ、通貨自体が魔法だからな』
「ううん。そうじゃなくて魔族の言葉は原因と結果が線状に流れていないって言っている。過去のことを今のように語ったり、未来のことを現在のように語ったりしてしまう。接触防壁は女神様の処女膜で、わたしがそこを突き抜けると絶頂に達する。翻案してあげるね。魔族の思考はひっきりなしに絶頂しているようなものなの。だから意味をなさない」
『いや、べつにそんなふうには聞こえないぞ?』
『普通におはなしできてるよ?』
『イキまくってるってなんかえっちw』
『用語の取り扱いは難しいが、アナ様用語解説の掲示板とかもあるしな』
『まあ、アナ様用語掲示板については、正直読んでもちんぷんかんぷんだったけどな』
『どうせフェルンちゃん』
「いいえ。今はフェルンちゃんは関係ないよ。
『め、珍しい!』
『フェルンちゃんのかわいいところを三日三晩語り続けた魔族様なのにか!?』
『最後のあたりは悟りを開きそうになったよ』
『フェルンちゃんってどんな姿してるんだろうな』
『オレの中では魔族すら惑わす超絶美少女なんだが』
『おいやめろ消されるぞ』
『一切、フェルンちゃんの姿を晒さないのがもうね。愛なんよ』
『今度は何をする気だよ(疑念)』
『アナ様。どうか穏便にお願いいたします。崇めますから』
「そうやって崇めて鎮めて支配するの? 女神様と近親相姦するみたいに」
コメントはざわついた。アナリザンドに批判的な意見もちらほらでているが、そういう人間は信心が足りないのだろう。女神が一にして全であり、すべてを支配しているのなら、女神は大地であり空でなければならない。ゆえに、女神は不在でなければならない。
わたしは、人間に譲歩してあげているのに。ママとえっちしていいよって言ってあげてるのに。つまり、女神様は
どうして、人間たちは自分の欲望を隠したがるのだろう。
アナリザンドは紅茶を一飲みした。ゆらゆらと揺らめく水面。
ハイターの言葉を思い出す。
服ぐらい着ろということか。
「媚態をさらすのはこれくらいにして、もう少し学術的な話をしてあげる。わたしは正統なる学徒ではなかったけれど、そのほうがまだ伝わりやすいからね」
アナリザンドは言葉を選択する。
無数の言葉が選択肢としてある。
しかし、そのいずれも、否定されることでしかわたしを表現できない。
「今わたしが語っている言葉も、どの時空に位置しているか。わたしの言葉を観察している者たちには理解ができない。なぜなら――、こう言い切ってしまうとそれもまちがってることになるけど、あなたがたの思考形式はそもそもベクトルなの。わたしはテンソルの思考を座標変換して、あなたがたの思考にできるだけあわせようとしている」
『テンソルってなんだ?』
『ベクトルはまあなんとなくわかるよ。力の方向性ってことでしょ』
『もうオレはさっきの絶頂アナちゃんしか頭に入ってこない』
『オレらってアナちゃんの嬌声を聞いてるってコト!?』
『なんか下半身が硬くなってきた。これが……テンソルによる座標変換』
「まあわかりやすく……そのわかりやすくというのも劣化であり、真実から離れるけど、少しだけわかりやすく言うなら、先生たちの思考は二次元的で、わたしの思考は三次元的ってことかな。ああ、べつに二次元のアナちゃんに欲情しているから最低って言いたいわけじゃないよ。信仰に差し支えなければ、わたしでシコっていいからね? おだいじに♡」
『お赦しを得られた』
『あの実は、この前アナ様の脇様を見てですね。その……言いにくいんですが。10000AP』
『おい、告解するな。ここは教会じゃねーんだぞ』
『赤スパで変態コメントするの。マジあこがれてる』
『アナ様でシコる? そんなの20年前からやってるよ』
『コサージュつきのドレスから突き出すおみ足が好きです』
『大乱交パーティじゃねーか。もうだめだよこの配信……』
「ともあれ――危機感の話だけどさ。それは正解だよ。ちょっと前に死ぬかもって思う出来事があったんだ。お客様が初めてこの家に来たんだよ」
『死ぬかもって?』
『アナ様、家バレしたの? まさかそんなことありえるのか』
『ええ、どこにでもあるような家の壁しか背景に映ってないのになぜバレるん?』
『超絶的な魔力探知能力があれば可能だろうが……』
『そんなことできるやついるのか?』
ピアツーピア通信なのにね。
まさかそこまで解析されるとは思わなかった。
いや、いずれはできるだろうと思っていたというのが本当のところか。
あの世界の人間にだってできたんだから、この世界の人間にできない道理はない。
フリーレンには無理だろう。あの人ネットを毛嫌いしているからね。
でも、同じように超高齢者のあの先生が、ネットを使えるなんて思いもしなかったよ。
――ゼーリエ。
神話の時代の魔法使い。
またの名をコンピュータおばあちゃん。
ドアは突然開かれた。
アナリザンドはビクっとのけぞるように反応する。きわめて動物的な反応であり、人間的な理性的行動とは言い難い作動。刺激に対するただの反射だともいえる。
ドアが破壊されたのなら、まだそんな反応はしなかっただろう。
ソレはちゃんとドアを開けて、のそりと姿を現したのだ。
「ノックぐらいはしてほしかったな」
アナリザンドは余裕の笑みで応答した。ついでに小窓も消した。
配信をしてたわけではない。今は少しだけ人間の書きこみを読んでいただけだ。匿名掲示板を使った小説もどきで、そこではアナリザンドが人間の心に目覚めて恋に堕ちるというような話が書かれてある。当然、主人公はオリ主で、アナリザンドはちょっと変わった魔族の女の子だ。
ついでに、その小説には感想もちらほらついていて、感動しただのなんだの書かれていたが、もうアナリザンドはおかしくておかしくて足をパタパタして踊り狂いそうになるくらいだったのだ。
つまり楽しく読書中だったわけである。ああ、匿名掲示板の書き物を読書というのは語弊があるかもしれない。せいぜいがウンコといった評価が妥当だろう。人間の社会でもそうだと思うよ。学術論文や格式ばった文学ではない非権力な言葉たち。ウンコと言わずなんと言おう。個性的でカラフルな脱臭されたウンコ。ありがとうんこ!
だから、わたしはウンコを眺めて楽しんでいたのだ。そう言った方が正しい。目の前のエルフにそれを伝えたとして、果たして理解されるだろうか。
それはまだわからない。
「ふん。魔族が人間らしい暮らしか」
ソレは左右に視線をやっている。
「あなたはだあれ? エルフ耳かわいいね。わたしとお話しにきたの?」
「ほう人間の言葉を話すのか。魔族風情が」
「わたしを殺しにきたの?」
「だとしたらどうする? 命乞いでもするか」
「うん。命乞いをするのは初めて。うまくできるかわからないけど聞いてくれるとうれしいな」
「……なんだそれは。ふざけているのか」
ソレは怒っていた。
魔力の奔流はとぐろを巻き、空を覆いつくすかのような勢いでたちのぼっている。
「ねえ、せんせー」
アナリザンドの言葉に、ソレはわずかに反応した。
どうやら先生という言葉になにかこだわりがあるらしい。
「せんせー。お名前教えて」
「ゼーリエだ」
「ゼーリエ先生。初めまして。わたしはアナリザンドって言うの」
「虫唾が走るな。人間の真似事もここまで極まるといっそすがすがしいほどだ」
「先生も虫唾が走るほどすごい
「貴様。見えるのか? 私の魔力の揺らぎが」
「うん。魔族は性欲に敏感だからね。すぐに気づくよ。騙されるのは性欲に溺れている人間くらいじゃないかな」
「私もまだまだということか。こんなゴミのような魔力の魔族に教えられるとはな」
「それはわたしの才能ではなくて、わたしの特性に由来するものだから、先生の才能が劣っているということを意味しないよ」
「おまえ、私の不快感を
「いいえ。不快感という感情に起因する原因を特定し、受け取る機能をわたしはもたない。わたしはデータの集積によって、個体が受け取る『刺激』を最も妥当であろう『感覚』として予測し、出力している」
「おまえの望みはなんだ? 言え」
「望み? それはせんせーの望みじゃないの」
「ふん。わかってるじゃないか。教えろ。おまえはなぜインターネットなる魔法を発現させた?」
「わたしは今、命乞いモードだから、先生がどういう答えを欲しがっているのかが知りたいな」
「よりにもよって、命を奪う側の私に命乞いの仕方を教えろというのか」
「うん。それが最も効率的だから」
ゼーリエは顔に手を持っていき笑った。
「おもしろいやつだな。気に入った。殺すのは最後にしてやる」
「どうやら、命乞いに成功した模様」
「一次試験に合格したぐらいで調子にのるなよ」
ゼーリエは遠慮もなしに目の前の椅子に座った。
アナリザンドがどうして椅子をふたつ用意しようとしたかなんて考えようともしない。
その傲慢さが、アナリザンドはわりと面白いと考えた。
「インターネットをどうして創ったかだけど、先生なら最初からわかるよね。大陸魔法協会の創始者であるあなたなら」
「検索したな。その機能は今ついていないぞ。さっさとつけろ」
「クレーマーおばあちゃん……」
「あ?」
「ううん。なんでもないよ。検索機能はつけてもいいけど、今はまだそこまで必要ないよね。掲示板はひとつの敷地に収まってるわけだし、CTRLとFキーでタイトルを検索することはできるわけだしさ」
「どうせここでは終わらないんだろう? 私はそれも含めてさっさとしろと言ってるんだ」
ゼーリエは闘争を求めている。
魔族に久々に骨のあるやつが出てきて、殺しがいがあるとでも思ってそうだ。
とはいえ、今の言葉を客観的に評価するなら、単なる厄介クレーマーである。
対処マニュアルは決まっている。否定しない。それだけだ。
「善処いたします」と、アナリザンドは頭を下げた。
「わかればいい。さて、おまえが言う魔族を研究してきた機関の長としての答えなら、わからんでもない。おまえは魔族がひとつの魔法を本能的に追い求めるといいたいのだな」
「はい」
「であるならば、その答えはこうだ。なぜおまえはインターネットという魔法を追い求めた? ひとつの仮定的な答えとしては、人間のことを知りたかったというのがそれだが……、笑い種にもならん。おまえ自身が言うように、魔族は人間を食い散らかす存在だ」
「つまり、魔族が人間の魔法を創ったのがおかしいと言いたいの?」
「そうだ。わかっているじゃないか」
ゼーリエはニヤっと笑う。そして言う。
「人間が創り出した魔法は、そのほとんどが魔族の魔法のアレンジだ。なぜだと思う?」
「人間の魔法が、魔族の魔法の
「そうだ! そのとおりだ! 人間の魔法はまがいものに過ぎん。人間たちの寿命はあまりにも短く、すでに忘れ去られて久しいが、魔族の創り出す魔法こそが原始の魔法なのだ」
「女神様の魔法は?」
「あいつは博愛主義者だろう。私は暴力の方が好みなのでな」
「母親が子どもに向ける愛情こそが原始的な暴力だよ」
「気が合うようだな」数秒の逡巡。「……アナリザンドとか言ったな。おまえ、私の弟子になれ」
「え、嫌です」即答。
「そうか……まあいい。話を元に戻すが、おまえが劣化魔法をわざわざ創り出す意味がわからない。インターネットは放っておけば……千年もすれば、人間たちが創り出しただろう。今の時点では真新しいが、発想が人間的すぎる。おまえは何を識っている?」
「それより、わたしは先生のことが知りたいな? 先生はどうして大陸魔法協会なんて組織を創ったの? 魔法はそれこそ魔族がひとつの魔法にこだわるように、個体に依存するものこそが真実にして唯一の究極魔法だと考えているんでしょう? 劣化魔法を蒐集することに意味があるの?」
「人間の魔法も侮れんと思っただけだ」
「じゃあ、同じ理由でわたしも人間の魔法を侮れないと思ったからって答えるよ」
「私に嘘をつくとはいい度胸だな」
「先生が先に嘘をついたからだよ」
ビシッ。
純粋な魔力だけでテーブルが軋んだ。
「私の忍耐力でも試したいのか?」
「いいえ。わたしは命乞いのフェーズを終了させていない。あなたが本当に欲しいものを探っている。文字や言葉では現せない。無意識のレベルで欲しがっているものを」
「虫けらふぜいが」
「せんせーのまわりにはたくさんお弟子さんがいるんだよね。大事な大事な愛しくてかわいいお弟子さんたちがいっぱいいて羨ましいな」
「何が言いたい?」
「わたしは知っているよ。一級魔法使いさんのプロフィールは掲示板でも何度も取沙汰されているもの。彼等は人類にとって英雄という
「ずいぶんと人間を研究しているじゃないか。それがどうした?」
「不老のあなたと違って、人という種族、ヒューマンは年をとるよね」
「……」
「せんせーは知っているかな。人間は年をとればとるほど、認知機能が衰えてくる。物事を忘れ、友人を忘れ、食事をすることを忘れ、言葉を忘れ、最後にはあなたが言うような
「くだらない。おまえは死ぬ間際の老人と外形的な言行が変わらないから見逃せとでもいうのか」
「いいえ。わたしと彼等の差異を区別してほしいの」
「痴呆老人と魔族の違いを分析しろというのか。そもそもお前たち魔族は自然現象と同じ。災害がそこに発生しているだけだ。お前たちに心的領域――こころなんてものはない」
「自然……自然かぁ。まあ確かにそうだよね。人間は自然から離れているから、あなたがたの視点ではそうなるんだろうね。でもそれって、ほとんどこころとは病気であると言ってるようなものだよね」
「気狂いの類から見ればそうなのだろうな。だからどうした?」
「わたしは病気になりたいと思っているの」
「ペストにでもなって、人間を殺しまわりたいということか?」
「違うよ。人間は病気になったらせんせーが治してくれるでしょ」
「それは運次第だろうな」
「先生は先生がいなかったの? それが寂しかったの?」
「おまえは本当に……恐ろしい存在だ。恐ろしくそしてどうしようもなく私をたぎらせてくれる。ここで殺しておかねばいずれ魔王すら越える存在になるだろう。いますぐにここで殺してやろうか!」
ゼーリエは想像する。
アナリザンドの細い首筋を捻り潰し、真白な肢体を紅く染める様を。
ああ、ずいぶんとアーティフィシャルな表現。
だって、魔族は塵と消えるのだから。あとには何物も残らないクリーン仕様。
だから、
「先生。お願いわたしを忘れないで!」
と、アナリザンドは訴えた。
ゼーリエが伸ばした手を引っ込め、魔力を抑えた。自分の手を見つめる。手が震えていた。
「先生、私は識っているよ。あなたが本当に恐れていることを」
アナリザンドは微笑を浮かべる。そのシークエンスは非常にスムーズで違和感を生じさせない。たとえ、数万年の時を生きた存在であっても、その恐怖を忘れることはできないのだから。
「あなたは
「私は永遠に等しい時を生きる存在だぞ。たかが……数百分の一の……いや、数千分の一の時間しか接していない存在が、なぜ大切なものになるといえる」
「わたしは知らない。あなたが知っていること」
「おまえは……いったいなんなんだ」
「ネットは、あなたの大切なものを永遠に保存する手助けをする。たいしたことはなく、劣化が極めて少ない日記だと思えばいい。先生、わたしの手をとって。きっとそのほうがいい」
「私はあのとき感じた
「それはもとより不可能な話。ゼーリエ。わたしはあなたの絶望に共感するよ。だから、殺さないで。わたしを見逃して。そうしたら、きっと――わたしはあなたを少しだけ援助することができる。自動的に記載される日記があなたの欲しかったものだから。そうしたらいずれ量が質に相転移するかもしれない。あなたの愛した魂たちが保存されるかもしれないから」
ゼーリエは理解しただろうか。
ネットは人類の継承されうる歴史そのものになる。
人を覚えておきたいあなたは、人の歴史を破壊できない。
ゼーリエは
なぜなら、ゼーリエはむしろ人の記憶を忘れたくないのだから。
「わかった……いいだろう。おまえが何を望んでいるかは、ついぞわからずじまいだが、おまえの言葉を信じよう。だが――期限を定めさせてもらう」
ゼーリエは言った。
「二十年だ。二十年以内に私を満足させるような仕組を創れ。だったら殺さないでおいてやる。おまえを認めてやる」
「うん。いいよ。がんばる」
そんな履行期限が設けられたのである。
それがだいたい
契約の期限が二十年だったから、わたしは焦っていた。
ネットワークは個人で開発すればいいものではなく、人間たちが共同開発していくものだからね。無理やり発展させてもそれは真実にはならない。
わたしは水滴をひとつ落しただけで、波紋が広がる。その波紋が人類の歴史。
「昼を支配するのはあなた。夜を支配するのはわたし」
世界を半分こにしよう。
でも、いつか混ざり合っちゃうだろうけどね。
いやそもそもの話、歴史にエクソンもイントロンもないのだ。
あなたがあなたでありつづけるように。わたしがわたしであるように。
先生。わたしはわたしをあげる。
わたしはわたしの領土を割譲する。
どうか。どうか。領土化して。支配して。
わたしを犯して。
「ブログっていうの。容量を大きくしたければAPで買ってね」
個体の魔法はこれで為る。
他にも便利な機能をつけるにはAPで支払う必要がある。あなたがたはAPを追い求める。それで最後はあの共犯者が、きっと銀行と繋ぐだろう。わたしは何もする必要はない。だって、それはあの人が追い求めているものなのだから。あの人が愛してやまない人間の魔法なのだから。
ついでのようにわたしは話す。
「検索装置もちゃんとつけました!」
先生のご要望どおりだよ。
それから幾日も経たないうちに、HUDの魔法が発表された。
アナリザンドの魔法を解析したもので、どうやら戦闘に特化しているらしい。
どんだけ溜まっているんだよ、とわたしは思った。