魔族少女のエロタナティブ   作:アナリザンド

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恐れ多くも魔王様の魔法をでっちあげ、妄想しております。ご留意いただければ幸いです。


キレイはキタナイ。キタナイはキレイ。

 

 

 

 どこまでも続くような、データアセット。

 真っ白いテクスチャに無理やり貼りつけられた庭園。

 そして、その中央には優雅なティーテーブル。

 名もない草花たちが風もないのに揺れている。

 

 アナリザンドは、すぐに理解した。

 

――あ、これ夢だ。

 

 ティーテーブルに誰かいる。白いテーブルクロスに、綺麗なティーカップ、それとは対照的に全体的に黒い服が周りに浮いていて……って、あれ? あの服、見覚えある。ぴらぴらした変なカッコ。おなかのあたりがスペードマークみたいに開いていて、ちょっと寒そう。

 

「あー! アウラ様じゃん。どうして()()()()()()にいるの?」

 

 席に座ってたアウラ様は、わたしの顔を見るなり、うっ、と喉を詰まらせたみたいな顔をして、それからすごく嫌そうに眉をひそめた。

 

 夢の中でも、なんか苦労してるみたいだなぁ。アウラ様。

 

「どうしてってずいぶんな言い方ね。あなたに殺されたんじゃないの」

 

「そういえばそうだった」

 

「あなたねぇ」

 

「でも、アウラ様ってわたしのスペースで生きてたんだね」

 

「あなたに回収されたんでしょ。よくわからないけど」

 

「回収っていうか、まあ、データ整理みたいなもんかな? アウラ様の存在データ、結構とっ散らかってたからね。わたしのストレージ、意外と容量食うんだよねぇ」

 

 ポンポン痛いが5割くらいなのである。

 アウラ様、トイレ行け!

 

「あいかわらず口の減らない子ね。まあいいわ。少し、お茶でもしない?」

 

「アウラ様。やっさしー」

 

 夢の中のわたしは、少しだけ抑制が効いてない。

 

 アウラ様も、ちょっと呆れ気味だったけれど、魔族としての本性と肉の本としての特性を喪失しているせいか、さほど感じないらしく、そうであるならば、ご近所にいるちょっと幸薄の不憫なお姉さんみたいな感じだった。

 

 アウラ様は紅茶のポットで、わたしの目の前に置かれたティーカップに紅茶を注いでくれる。

 

「それで――」アウラ様は優雅にお茶をのみながら「なにしにここまで来たわけ?」

 

 アウラ様がいる、このデータ領域。

 わたしの中のストレージ。

 そこにアウラ様の魂は存在しているかといわれれば、そうではないだろう。

 

 わたしがアウラ様の反応パターン、肉の本としての性質、その他もろもろを記録、保存しているとはいっても、魂まで回収できたかは怪しい。

 

 だから、ここにいるアウラ様をそのまま復活というわけにはいかない。

 

 正規ルート、つまりオレオールの魂循環システムからはずれた魂は、そのまま復活させても、ただ肉体的に同じなだけの別人になってしまう。

 

 わたしには、魂を完全に認知し、肉の本を再生させる能力はない。

 

「うーん。なにしにきたんだろう」と、わたしは疑問顔を浮かべる。

 

「なにをしたいかわからずに、ここにきたわけ?」

 

「えっと、アウラ様。居心地はどう?」

 

「ここの? 悪くないわよ。賃借人にアンケートでもとりにきたわけ?」

 

「それも違うかなぁ」

 

 夢の世界は、無意識の領域だ。

 わたしという明確な意思がコントロールしきれない部分がある。

 

「もしかすると、アウラ様ともう一度お話ししてみたかっただけかも」

 

「なんなのよそれ」呆れたようなアウラ様。「まあいいわ。好きにしなさい」

 

「うん。好きにするね」

 

「それで?」

 

「それでって?」

 

「なんの話がしたいの?」

 

「うーん。魔族っていったらやっぱり魔法?」

 

「魔法ねぇ……」アウラ様はティーカップを静かに置いた。その瞳に、ほんの少しだけ、かつての七崩賢としての鋭さが戻ったような気がする。「あなたの魔法も大概、訳が分からない代物だけど、いったい何が聞きたいわけ?」

 

 おっ、食いついてきた。やっぱりアウラ様も魔法の話は好きなんだ。魔族だもんね。

 

「あのね、わたし、ずーっと気になってたんだけど」わたしは身を乗り出して、キラキラした瞳でアウラ様を見つめる。「魔王の魔法って、結局どんなのだったの? なんか、すごいけどよくわかんない、みたいな噂しか聞かないんだよね」

 

「魔王様の魔法ね」

 

 アウラ様は少しだけ遠い目をした。

 過去を懐かしむというよりは、理解不能な現象を思い出そうとしている感じ。

 

「そうね。一言で言うのは難しいわ。あの方の魔法は、私達七崩賢の魔法とも、ましてやあなたのような新参者の魔法とも、根本的に次元が違っていたから」

 

「次元が違う?」わたしは興味津々で聞き返す。「もっと詳しく教えて。アウラお姉ちゃん!」

 

「誰がお姉ちゃんよ」アウラ様は眉をひそめたけど、話を続ける気はあるみたいだ。「そうね。例えば、あの方の前では、当たり前だと思っていたことが、当たり前じゃなくなるのよ」

 

「当たり前じゃなくなる?」

 

「ええ。例えば美しいものが醜く見えたり、強いと思っていたものが脆く崩れたり。価値とか意味とかそういうものが全部、ぐちゃぐちゃにひっくり返されるような、そんな感覚だったわ」

 

「幻想を見せる魔法?」

 

「そうじゃないのよ。あれは、幻想ではなくまぎれもない現実をもたらすもの」

 

「キレイはキタナイ。キタナイはキレイ?」

 

 わたしはマクベスの有名な一節を引用する。

 

「どうして、あなたがそれを?」

 

 アウラ様は驚いているみたいだった。

 

「アウラ様の言葉がヒントになっただけだよ」

 

 もちろん、推測はしていた。

 どうして、魔王は人間と共存しようとしていたのだろうか。

 どうして、その裏で、人を殺しまくっていたのか。

 エルフなんて族滅を狙ってたみたいだし。

 誰しもが考えていた謎だろう。

 

 ある種の実験だったのではないか、というのが定説であろうが。

 

 ここでわたしが持ってる情報を提示すると――。

 魔族はレジデューアルデータ。つまりウンコみたいなものである。

 

 ここで、人の子としては、ウンコの気持ちを考えてみる。

 

――魔族と人の境界線上にいるわたしだからこそ可能な視点。

 

 わたしが、わたしを唱えるとき、わたしは世界を排出する。

 

 つまり、わたしのなかにあって、わたしであったものが、分離し切断され、わたしでなくなる。これがウンコという意味なわけである。つまり、世界とはウンコなのである。

 

 この点、ウンコに気持ちがあったらどうだろうか。

 

 ウンコとしては、主体であるわたしから棄却されたものであるから、主体に対して復讐心を抱く。これが破壊衝動や食人欲求の元になっていると考えられる。棄却された存在としての根源的な怒りや怨みが、彼らの行動原理になっている。

 

 それは、わたしにも内在するので、理解可能だ。

 

 その復讐心の究極的なカタチは、やはり主体にすりかわろうというようなものじゃないだろうか。つまり天界を追い出された堕天使が神になりかわろうとするような――そんな反逆の意思。

 

 だから、魔王はこう思っていたんじゃないか。

 

――人間と魔族を()()させる。

 

 排出されたものこそが主体であり、主体こそが排出されたものである、と。

 

 人間と魔族の存在論的な地位を反転させ、我等こそが正統であると女神様に主張する。

 

 これこそが、『キレイはキタナイ。キタナイはキレイ』という意味。

 

 具体的に言えば、魔王の呪いは、システムに干渉して、人間の魂をレジデューに変え、魔族の魂を正規データにしようとしていたんじゃないだろうか。七崩賢の呪いもそれに通ずるところがあるような感じがする。いずれも正規IDを穢し、魔族の魂に近づける魔法。

 

「だからといって、いまさらそれが何って話よ。魔王様はもういないじゃない」

 

 アウラ様はどうでもいいみたいだった。

 

「魔王の力が、システムにすら干渉できるなら、生は死、死は生だったかもしれないよ?」

 

「だったら、魔王様が殺されてる意味がわからないじゃない」

 

「うーん。確かに」

 

 でも、ヒンメルたちが魔王を斃したといっても、その場面を見ているわけではないからなぁ。

 

 もしかすると、魔王は死ぬ間際に「余を斃しても、人の心に闇がある限り、余は不滅だ」とかなんとか、ゲームでお決まりのセリフをいって、実際にその魔法が今も発動中なのかもしれない。

 

 一定時間経過後に、またポップするとか?

 

「仮に、魔王様が復活するとして――、それをあなたは赦すわけ?」

 

「人の子としては、あまり歓迎されたものじゃないかもね。でも、わたしはアウラ様のこと好きだし、もしそうなったら、魔王様とお話ししてみてもいいかなって思ってるよ」

 

「あなたと魔王様が話し合ったとして、なんらかの和睦が成立しうるとでも考えているのかしら。そんなに甘いもんじゃないわよ。あのお方は」

 

 アウラ様がまた遠い目をしている。

 今度は魔族には、およそ持ちえない郷愁に近い感覚。

 

「ねえ、アウラ様。魔王は、もしかして地獄を創ろうとしていたの?」

 

 仮に名づけるとするならば……。

 

――魔族の魂の眠る地(アンフェール)

 

 わたしは、まだ観測できていないし、その存在があるかないかもわからないけれど、魔族が魂の循環システムから取りこぼされた存在であるなら、魔王は、魔族版のオレオールを創ろうとしていたのではないだろうか。

 

「知らないわよ」

 

「本当に?」

 

「本当に」

 

「嘘ついてるとかない? アウラ、自白しろ!」

 

「私はもう死んでるのよ。嘘ついてどうなるっていうのよ」

 

「じゃあ、アウラ様は、地獄に呼ばれている感じはしないの?」

 

「しないわね。もしかすると、あなたが引きとめているのかもしれないわ」

 

「わたしが?」

 

「あなたにデータの大部分を回収された私は、魂もいっしょに回収されたのかも」

 

 わたし、ウンコ回収車だった!?

 

 肉の本としてのデータの中に魂が含まれているとしたら、いまここにいるアウラ様は、まさにアウラ様の魂ってことになる。

 

 だとしたら、わたしにもできることがあるかもしれない。

 

「ねえ、アウラ様。天国に行きたくない?」

 

「天国? オレオールのこと? あなたの中で見ていたけれど、魔族は正規IDが付与されていない未登録個体なんでしょう? 魔族の私がいけるわけないじゃない」

 

「わたしは行けたよ」

 

「あなたはね。私がやってきたことは、人間との関係性を切断する行為だけだったわ。500年生きていて、やってきたのは敵愾心を煽る行為だけ。誰ともつながっていないのよ。それともオレオールは人の怨みも関係性と捉えるわけ?」

 

「わたしは、アウラ様のこと、ご近所にいるおもしろお姉さんだと思ってるよ」

 

「おもしろって……、あんまりな言い方じゃない」

 

「だから、わたしがオレオール先生にお願いして、アウラ様の魂をシステムに接続して、正規のIDを付与してもらう。そういう手続きを踏んでみることだって、できるかもしれないよ?」

 

 そう、アウラ様はオレオール先生に、こう言えばいいのだ。

 

『ご近所に住んでる人の子アナリザンドの姉であり友人であるアウラ』と。

 

 わたしは、そういう関係でアウラ様のことを捉えている。

 アウラ様はそういう関係でわたしと繋がっている。

 

 だから、それで、アウラ様は天国にいけたりしないだろうか。

 

――わたし天才かもしれない。

 

 オレオール先生が首を縦に振るかはわからない。そもそも、そんな前例があるのかどうかも。

 でも、わたしはハイターに愛された理由を知った。

 わたしが『わたし』だから、それでよかったんだって。

 だったら、アウラ様だって……。

 

 アウラ様はしばらくティーカップを見つめていた。

 

「あなた、私と初めて逢った時とだいぶん変わったわね。変わらないところもあるけれど」

 

「そうかな? そうかも」

 

 自分のことはよくわからない。でも、確かな繋がりは感じる。

 魔族では決して持ちえない、人の繋がり。魂の安息。

 

「少し保留させてくれないかしら」

 

 アウラ様は溜息のような吐息を吐きながら言った。

 

「保留?」

 

「今は疲れているのよ。500年も生きてきて、ようやく今、あなたの中で、ほっと一息ついているところなの。休憩したい気持ちなのよ」

 

「うん。わかった。魂は常に既に自由だからね。アウラ様の選択を尊重するよ」

 

「ありがとう。でも、それもあなたの妄想した私に過ぎないとも考えられるわよね。あなたはオレオールに真偽を問いただすことが怖くて、質問を保留したのかもしれないのよ」

 

「そう、かもね」

 

 アウラ様の言葉は、遠い警告のように響いた。夢の中のティーテーブルは、いつしかその輪郭を曖昧にし始めている。名もなき草花たちの揺らぎも、まるで水底の光景のようにぼやけてきた。

 

 そろそろ、この夢も終わりなのかもしれない。

 

 わたしはぼんやりと、少しだけ生気を取り戻したように見えるアウラ様を見つめた。

 

 果たしてこのアウラ様は、アウラ様の魂そのものだろうか。それとも、この夢の中だけの、はかない虚像に過ぎないのだろうか。

 

 でも、レジデューとしての魔族の行きつく先は、なんとなく想像できる。

 

 天国の門――オレオールの正規の循環プロセス――を越えられない魂は、きっと辺獄(リンボ)をただよい続ける。そして超長時間かけて、いずれ個の輪郭を失い、消滅していくのではないだろうか。

 

 あるいは、わたしがこうしてアウラ様のデータセットの大部分を保持しているおかげで、アウラ様は辺獄を漂いながらも、かろうじて個を保っていられるのだろうか。

 

 だとしたら、このささやかな対話も、アウラ様の一瞬の安らぎになっているのかもしれない。

 

 そうだと、いいな……。

 

「そうそう、アナリザンド」

 

 最後に、アウラ様は声を出す。

 あの、少しだけ高慢で、でも愛嬌も感じられる声で。

 

「早く目覚めなさい。あなた、()()()()()わよ」

 

 

 

 

 

 

―――呪い。

 

 

 

 

 

 

 それはつまるところ、正規IDを穢し、レジデュー化させようとする試み。

 

 

 

 

 

 

 つまり、システムに対する()()()()()()だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「姉ちゃんが眠っちまった。なんで?」

 

 シュタルク君が、そう言っているのを夢うつつで聞いているわたし。

 地面に激突する寸前に、手をさしのべて、頭を打たないようにしてくれた。

 いつのまにか力強く、戦士の身体になっている。

 なんか、抱っこされてるみたいでちょっと気持ちいい。

 

「どういうことだ。みんな眠ってる」と、シュタルク君。

 

 目の前には、倒れ伏している村人たちがいた。

 どの人らも、こときれたように、同時に倒れ、生活の匂いを残留させながら、瞬間的に糸が切れたように意識を消失しているみたいだった。

 

 その証拠に、籠の中に、いままさに買ったばかりであろう、今夜の夕飯のおかずや、リンゴなどの果物が転がっている。

 

 フリーレンは顔をわずかにしかめた。

 

「厄介ごとの匂いがするし、次の村に行こうか。そいつのことは放っておいて」

 

 フリーレンは、警戒レベルを引き上げている。

 状況的にあてはまる出来事を、過去の記憶から参照しているのだろう。

 

 もちろん、フェルンちゃんやシュタルク君には猛抗議されていた。

 フリーレンは「冗談だよ」と、ちょっとだけマジだったんだけど、かわいい妹たちに反論するほどではないらしい。

 

「"呪い"だな」とザイン先生が、眠ってるわたしを観測しながら言う。

 

「なあ、フリーレン。呪いってなんなんだ」

 

「人類がいまだ解明できていない、魔族や魔物の魔法を"呪い"と呼んでいるんだ」

 

「姉ちゃんは目覚めるんだよな?」

 

「わからないけど、こいつのことだ。いま夢の中で、お金でも数えてるんじゃないか」

 

 アウラ様と夢の対談中らしいです。

 にやけちゃってるのは、アウラ様と逢えてうれしかったからだよ。

 

「村のみんなはどうなんだ? もう手遅れなのか?」

 

「あくまで人類の魔法ではの話だよ。僧侶が使う女神様の魔法なら話は別だ」

 

――呪いの対処は僧侶の仕事。

 

 それが昔から変わらないやり方らしい。

 

 フリーレンはザイン先生を見下ろしながら、語りかける。

 

「どうザイン。なんとかなりそう? そいつはべつになんとかならなくてもいいけど」

 

「このチビ魔族。幸せそうな顔して眠ってやがるな。正直、意味不明だ。こいつは、あれだけ強力な女神様の魔法を使える。つまり、女神の加護――呪いへの抵抗力も相当なもんだと思うんだが」

 

「姉ちゃんは、光の天使とか呼ばれてたりするんだぜ。呪いなんかに負けるはずねえよ」

 

 シュタルク君の、信頼が厚い。

 

 がんばれ、わたし、起きろー。

 

「おそらくだが――、アナ公は女神の加護も普段から調整してるんじゃないか? たまたま、加護なしの状態で、呪いにぶちあたって、あっさり眠っちまったとか」

 

 正解だよ。ザイン先生。

 わたし、油断してました。クソ雑魚魔族でした。

 はやく、おこしてー。

 

「姉ちゃんが、そんな馬鹿みたいなことするわけねーだろ」

 

「アナリザンド様は、そんな愚かな方ではありません」

 

 ああああああああああああ、妹と弟の信頼が厚い!

 

「フェルン。現実を見たほうがいい。そいつ馬鹿なやつなんだよ」

 

「フリーレン様。怒りますよ! 呪いが強力だったとも考えられるじゃないですか」

 

「あいつが本気で女神様の加護をまとえば、たぶん魔王の呪いも効かないだろう。フェルンはアナリザンドが怠惰なのと馬鹿なの、どちらだと思う?」

 

「なにかしらの、その、し、深淵な考えが……」

 

 言いよどまないで、フェルンちゃん!

 

「まあ、どうでもいいけどね。問題なのは、私たちも攻撃を受けている可能性が高いってことだ」

 

「オレたちもかよ」シュタルク君がビビってる。

 

 認識のできない攻撃は、反撃のしようもないから当然だ。

 

 頼りにならないお姉ちゃんでごめんね。

 

「だいたいは判明した。やはり、かなり厄介な呪いだ」とザイン先生。

 

「解呪はできないの?」とフリーレン。

 

「根本的に解呪するには、儀式が必要になる。道具もいる。これなら呪いをかけた発信源を叩くほうが早い」

 

 え、ちょっと待って。

 ザイン先生。わたしは? 置いてかれちゃうの!?

 

「発信源は魔物だ。位置も割りだした。行くぞ」

 

「話が早くていいね」フリーレンがさっさと行こうとする。

 

 置いてかないでー。

 わたしに、チャンスを。チャンスをくだされ。

 

「フリーレン様。シュタルク様も……」

 

 フェルンちゃんが、壁を背もたれにして、寝入ってしまったシュタルク君を心配そうに見つめていた。わたしはシュタルク君に守られるようにして、いっしょに寝ている。

 

「……寝ているね。一時的にでも目覚めさせられない?」

 

 わたしの時には聞かなかったくせに、シュタルク君は連れていきたいらしい。

 まあ、いいけどさ。シュタルク君を信頼してくれて、姉としては素直にうれしいよ。

 

 でも、わたしも連れていったほうがよくない?

 

 いまのわたしは、呪いを除去しようと必死だったが、かなり深層の領域まで喰いこまれてしまって、頑固な汚れを落とすのに、時間がかかっている。

 

 半覚醒領域で、レジデューアルデータを削ぎ落そうと必死だ。

 

 もしザイン先生が、わたしを一瞬でも目覚めさせてくれれば、わたしは女神様の力を借りて、呪いを吹き飛ばすことができる。

 

 先生、気づいて~。

 

「今、使える魔法じゃ五秒間、目覚めさせるのが限界だ」

 

 それでじゅうぶん。じゅうぶんだから!

 

「ないのと同じですね」フェルンちゃんも気づかない。

 

 ああ、もう。もどかしい。わたしはここにいるのに!

 

 まるで、金縛りにあって声が出せないみたいな、そんな感じ。

 ザイン先生、わたし、ここにいますよー!

 

 フリーレンは、腕を組み、じっと眠るわたしとシュタルク君を見比べていた。

 

 その表情は相変わらず読みにくいけれど、どこか思案顔だ。

 

 フリーレンの脳裏に、少し前の出来事が蘇っているのかもしれない。

 

――ヒンメルを見つけてくれた。

 

 大嫌いな魔族が、手助けをしてくれた。

 それは感情はどうこうということを置き去りにしても、まぎれもない事実だった。

 

「ザイン」フリーレンが、おずおずと口を開いた。

 

「なんだ、フリーレン」

 

「その……アナリザンドの方だけど……もしかしたら、五秒でも意味があるかもしれない」

 

「フリーレン様?」フェルンが意外そうな顔でフリーレンを見る。

 

「魔法使いにとっては、女神様の加護とやらも呪いと同じ。感知できない力なんだよ。でももし、こいつに本当に女神様の加護とやらがあるなら、一瞬でも意識が戻れば、自分で何とかするかもしれない。……あの鏡蓮華の指輪を見つけた時のように」

 

「ほう。あんたがチビ助を評価するとは珍しいな」ザイン先生は少し意外そうにフリーレンを見たが、すぐに真剣な表情に戻る。「わかった。試してみる価値はあるかもしれん。だが、期待はするなよ。こいつが本当にただの寝ぼすけの可能性も高い。女神様の加護があっても、一度呪いが浸透してしまったら、払いのけるのは困難なんだよ」

 

 ザイン先生が、わたしに期待できなかったのも、先生なりの感覚があるからだろう。

 呪われた状態では、本人がそれを解くのは、難しい。

 それは確かに事実だ。

 でも、光の天使ですよ~。わたし、聖魔天使ですよ~。

 

「わかってる。ダメならダメで、さっさと発信源を叩くだけだ」

 

 フリーレンはそう言いながらも、わずかな期待を寄せている。

 

 わたし、フリーレンにちょっとだけ認められた? やったね。

 

 ザイン先生がわたしに近づき、聖典を片手に、何やらぶつぶつと呪文のようなものを唱え始める。

 感じる。女神様の力を。

 ザイン先生から、呪いを浄化する光の力を感じる。

 

「目覚めの解呪!」

 

「ん……ぅ……」

 

 今だ! この一瞬を逃すわけにはいかない!

 わたしは全力で、光り輝く太陽へと接続を試みた。

 

 ザイン先生の魔法は、既に視た!

 

 わたしは寸分違わぬ女神様の魔法を、オレオール先生に申請する。

 

――人の子が求めます! 女神様、お願い!

 

――人の子の申請を受理。承認。実行。

 

「目覚めの解呪!」

 

 爆発的な光が広がり、村全体を覆っていた呪いの気配が霧散していく。

 

 眠っていた村人たちが、ゆっくりと意識を取り戻し始めるのが、わたしの拡張された知覚にも伝わってきた。

 

「呪いを完全に解呪したのか……あいかわらず規格外だな、アナ公」

 

 ザイン先生が驚きながらもニヤリとわらう。

 

「先生がわたしを起こしてくれたからだよ。ありがとう」

 

 そして、呪いの源であった混沌花の亜種――その鏡面のように輝く葉っぱを持つ巨大な魔物は、自らが放った呪いが浄化されたことに気づき、明らかな困惑を示していた。その花弁が、不安げに微かに震えている。

 

 わたしには、それも視えていた。

 

「トイレの後はちゃんと流さなきゃね。フェルンちゃん手伝ってくれる?」

 

「私には魔物の姿が視えません」

 

「アウラ様を撃ったときみたいに協力して撃てば勝てるよ」

 

 一瞬、フェルンちゃんの顔が哀しげになった。

 

 アウラ様を魔法で貫いたときの罪悪感、後悔、そういった負の感情が押し寄せてきている。

 そうなることは予想できたけれど、わたしはフェルンちゃんがずっと苦しみ続けることこそ、嫌だった。

 

 だから、わたしは言ったのだ。

 

「大丈夫だよ。アウラ様、怒ってなかったから」

 

「アナリザンド様……わかりました」

 

 フェルンちゃんはこくりと小さく頷いた。

 わたしの言葉の真偽を、フェルンちゃんに確かめる術はない。

 でも、わたしの言葉を信じ、その重みをわたしに委ねてくれた。

 

 ふわり、と。

 フェルンちゃんとともに空に浮かび、射角を確保。

 

 フェルンちゃんが杖をかまえHUDを展開する。

 わたしもフェルンちゃんの隣で、意識を集中させる。

 二人の魔力が共鳴し、増幅していく。

 目指すは、困惑し、わずかに動きの鈍った混沌花。

 

 混沌花は、こちらの存在に気づき、鏡面の葉っぱで攻撃を反射しようと身構える。

 

 しかし、その程度。

 

 貫けないわけがない!

 

「いっけええええええええええ!」

 

――ゾルトラーク。

 

 かつて、アウラ様をうっかり滅ぼしてしまった光と闇の螺旋は、ロンドを踊るようにくるくると回転しながら、一瞬で、森の中まで到達した。

 

 光沢した葉が、一瞬、抵抗を見せる。

 破壊の力を反射しようと試みている。

 

 ぎゅうううううんんんんんん。

 

 という、何か金属が軋むような、あるいは空間そのものが悲鳴を上げているような音が響き渡り、鏡面の葉に莫大なエネルギーが蓄積されていくのが見えた。

 

 混沌花は、その持てる力の全てを注ぎ込み、迫りくる破滅の光線を跳ね返そうと必死だった。

 

 だが、そんなもの歯牙にもかけない!

 

 わたしとフェルンちゃんが放った光と闇の螺旋――ゾルトラークは、混沌花の最後の抵抗を嘲笑うかのように、その輝きをさらに増した。

 

 蓄積されたエネルギーごと、鏡面の葉は内側から弾け飛ぶように砕け散る。崩れる。壊れる。

 

 ザリン、と歪んだ金属音がしたかと思うと、次の瞬間には、無数の光の破片となって宙に舞った。

 

 もはや、身を守る盾を失った混沌花の本体に、そのまま容赦なくゾルトラークの奔流が叩きつけられる。

 

 断末魔の叫びはなかった。

 

 ただ巨大な花が、その美しいはずの姿を保てなくなるように、ゆっくりとハラハラと崩れていく。一枚、また一枚と、その異形の花弁が力なく剥がれ落ち、塵のように霧散していく。

 

 まるで、猛烈な嵐に耐えきれず、可憐な花がその花弁を散らしていく光景。

 

 フェルンちゃんに見せる予定の、()()()に比べたら美しくもなんともなかったけれど、散り際はどんな花でもそれなりに儚さを感じさせる。

 

 人間という存在が儚いから、そう感じるのだろう。

 

 そして、最後に残った核と思しき部分も、まるで陽光に溶けるように消えた。

 

 森の一角は禿みたいな光線で削り取られた部分ができ、そこには陽光がさしこんでいる。

 

 後には、呪いから解放された清浄な空気と、いくつかの光の粒子がきらきらと舞い落ちる幻想的な光景だけが残されていた。

 

 混沌花は、文字通りこの世界から()()()のだった。

 

 これで、お花摘みは終了。ふぅ、すっきりした。

 

 

 

 

 

 村をあとにして、旅は続く。

 

 道すがら、ザイン先生が、反芻するように呟いた。

 

「あのお姉さん、キレイだったなぁ」

 

 呪いを解いたお礼にと、村の代表として挨拶に来てくれたのは、確かにザイン先生好みと言えそうな、楚々とした美しい大人の女性だった。すごく未練がましくぐちぐち言ってる。

 

 渡る世間はガキばかり、って。

 わたしお姉さんだし。フリーレンは千年エルフなんだけど。

 ロリばっかじゃねーかって、あいかわらずひどい評価だ。

 

 でもね。

 その言葉を聞いて、わたしはアウラ様の最後の微笑みを思い出したんだ。

 

――キレイはキタナイ。キタナイはキレイ。

 

 魔族はウンコかもしれない。死者は、もう還らぬ死者のままだけれど。

 

 それでも、あの夢の中で、最後にわたしに微笑んでくれたアウラ様は、やっぱりキレイだった。

 

 本当に、キレイなお姉さんだったんだ。

 

 わたしは、ザイン先生にアウラ様のことを紹介しようか迷い、その試行を夢見てわらった。




タイトルは混沌花にするか、アウラ様再びみたいな感じにするか迷ったけれど、もうここまで読んでくれてる先生たちが、小タイトルをそこまで気にするかぁ?とか考えたんで、これにしてみました。そもそもエロタナティブってなんやねん。
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