魔族少女のエロタナティブ 作:アナリザンド
「先の魔族との戦いで、息子ヴィルトは死んだ」
重々しい沈黙を破り、オルデン家の当主は、客間に通されたフリーレン一行にそう告げた。
今回は、いつものメンバーに加えて、異物であるところのアナリザンドもちゃっかりこの場にいる。それで、出されたドーナツを小動物のようにもぐもぐ食べている。
――死んだ。
という言葉を聞いたとたん、アナリザンドはピクっと反応したが、その反応も一瞬だけで、それからは何事もなかったかのように、ドーナツを食べ続けた。フェルンも負けじと、ダブルドーナツで対抗して食べ進めていたのだが、このときばかりは手を止めて痛ましげにオルデン卿を見た。
オルデン家とは、魔法都市オイサーストとグラナトの中継都市であるフォーリヒを治める騎士家である。そこは、堅牢な城塞で囲まれた要塞都市でもある。
フリーレンたちが、そこに足を踏み入れた瞬間に、待ってましたとばかりに捕獲され、あれよあれよというまに城に連れてこられたのは、城の外壁まわりを常時見張っていたからであろう。
そうでなくとも、フリーレンは目立つ。
雪のような輝く白い髪と、まばゆいばかりの美貌は、あきらかに周りの風景から浮いている。
そして、フリーレンとフェルン、あるいは戦士シュタルクが北を目指して旅を続けていることは、ネットによって何度も話題になっているのである。アナリザンドが、フェルンの姉であることも、また有名な話だ。
――いわば芋づる式。
フリーレンさえ捕捉すれば、他のみんなも――影の薄いザインを除いて――把握できるというわけだ。この場合、誰を捕まえたかったのかは、すぐに明らかになるだろう。
目の前にいるオルデン卿は、陰のあるイケオジである。
シャープな印象を抱かせる体躯は、静かだが、歴戦の勇士であったことを思わせる。
声の重みも違った。彼の言葉には抱えきれないほどの哀しみのようなものがあった。
悲痛そのものであった。
その憂いを帯びた瞳が、目の前の魔族の少女に向けられている。
だが、アナリザンドは気づいているのか気づいていないのか、そのままドーナツを食べ続けている。食べれば食べるほど、利益になるからにして、やむをえなかったのである。
「オルデン卿。ご子息様のこと、ご愁傷様です」
やがて、フリーレンが、いつものように平坦かつ感情を感じさせない声をだした。
この千年エルフもお悔みの言葉を言えるくらいには成長しているのだ。
しかも、珍しいことに敬語を使っている!
「フリーレン。かたじけない言葉、痛み入る」
「でも、それでどうして、私たちを呼んだの?」
「依頼がある。金なら出す」
足をくんでいるオルデン卿は淡々とビジネスの話をした。
「依頼?」
「一か月前に、魔族との大きな戦いがあってな。その時、ヴィルトは戦死した――――かに思えた。いや、まぎれもなく死んでいたのだ。そこにいるアナリザンド殿が、世界に向けて大回復魔法を放たなければ、命はなかっただろう」
オルデン卿の声には、アナリザンドへの強い敬意と感謝の念が込められていた。居住まいを正し、アナリザンドの紅い瞳を真っ直ぐに見つめ、軽く頭を下げる。貴族としては軽々しくできる行為ではない。
「アナリザンド殿、改めて礼を言う。ヴィルトの命を救っていただき誠に感謝する」
そこにあるのは、誠実な父親としての姿だ。
「初回サービスだし、べつに気にしなくていいよ~」とアナリザンドはなんでもないように言う。
その代わりといってはなんだが、さりげなく、ドーナツのおかわりを白髪の執事さんに要求し、それをストレージに放りこんでいる。あつかましい魔族だった。
「おかしな話じゃねえか。あんたの息子さん死んだんじゃなかったのかよ」とザインは言った。
もっともな疑問である。
「まぎらわしい言い方ですまなかったな。確かに、肉体的に死んではいない。だが、私の知ってる英雄ヴィルトは死んでしまった。騎士にとっては名誉の戦死という概念がある。むしろ、今の事態のほうが深刻であるとも言えるのだ」
「まさか、後遺症が?」と、フェルン。
「そうではない。心優しき娘よ」と、オルデン卿。「アナリザンド殿の魔法によって、幸いにも傷ひとつ残っておらぬ。この私も片目を失っていたが、このとおり――いまでは何事もなかったかのように元に戻っておる」
「つまり、どういうこと?」フリーレンは聞いた。
「…………」
オルデン卿は長い沈黙を保つ。
まるで、生きるのに疲れ果てたオジサマといった風情は、庇護欲を誘うようですらある。
「英雄ヴィルトは、その誉れを忘れ、ただひとりの少女に懸想するようになってしまった。ほとんど部屋にひきこもり、必要最低限の公務をこなすのみ。つまり、そなたのことだ。アナリザンド殿。そなたの『アナちゃん会話サービス』とやらに、当家の財も、莫大な時間もつぎこんでおる」
言ったあとに、オルデン卿は顔を覆った。父としての絶望。
よりにもよって仇敵である魔族の少女に懸想しているのだ。いや、それはアナリザンドが例外であるとして、まだしも許せる。だが、アナリザンドは見た目的には十歳児くらいのロリロリした体躯をしている。そんなアナリザンドに鼻息荒く、愛をことほぐドラ息子。正直、見ていられない。
――誉れはアナで死にました。
アナリザンドを責めるわけではない。命を救ってくれた恩人を非難するようなことは、誉れ高い騎士としてはできない。しかし――、父親としては看過しがたい状況なのも確かなのである。
話を聞いたフリーレン一行の反応は様々だ。
「アナ公、おまえ、すさまじい悪女っぷりだな。英雄まで手玉に取るたぁ、大したもんだぜ」と、ザインがおもしろそうに、しかしどこか感心したように口笛を吹いた。
「アナリザンド様。どうしてそんなことになってしまわれたのですか? また、お金が欲しかったのですか?」と、フェルンは子どもを叱る母親のような視線でアナリザンドを見つめる。
「ヴィルトってやつ、姉ちゃんのことが好きなのかよ。姉ちゃんはオレの姉ちゃんなのに!」と、シュタルクは明らかな警戒心と嫉妬を滲ませている。
――軽めにOSS発動。
ちなみに、OSSとは、オレのほうが先に好きだったのにという意味ではなく、お姉ちゃん取られちゃったシンドロームのことを指す。
そしてフリーレンはというと、数理的に導きだされる至極もっともな結論を述べた。
「私たち、ぜんぜん
フリーレンは、そう言うと、さっさと客間の出口へと向かおうとする。
「待ってよ、フリーレン。私たち仲間だよね。見捨てないで」
アナリザンドが命乞いをしている。わずかに涙目になりながら、魔族としては最上級の演技。どこかの誰かに演技指導でもしてもらったのか。ともかくすさまじい擬態。
「誰が仲間だ」と、フリーレンは吐き捨てるように言う。
「おい、チビ。おまえ、このことわかってたんだよな?」とザイン。やはりおもしろがっている。
「ここに呼ばれた時点で、薄々そうかなとは思ってたよ。でも、ヴィルト君もお仕事はきちんとこなしてるって言ってたし、そんなに問題視されてるとは思わなかったの」
「十時間だ」オルデン卿が惨状を詳しく説明する。「ヴィルトは平均して十時間以上、毎日アナちゃん会話サービスを利用している」
「へぇ……そいつは、まるで"呪い"だな。チビ、おまえ呪ってないよな?」
「先生たちは、呪いと祝福を区別できないよね」
「僧侶ならある程度できるぞ」
「普通の人間にはできないよ。わたしはヴィルト君を祝福してあげてるつもり」
「それで金をまきあげてるんだから、すげぇよな。今度金貸してくれよ。悪女さんよ」
「わたし、悪女じゃないですし」
ザインの軽口に、アナリザンドはプイとそっぽを向き、しかしどこか得意げな表情だ。
対話によって、お金を得られる。つまりそれだけ価値を認めてくれるということは、愛されていることと同義であるからである。単純にお金が好きだからというのもあるが。
「やっぱり行こう。こんなくだらない話につきあってられない。時間の無駄だ」
フリーレンは、もう何度目かわからない小さなため息をつき、今度こそ本当に出口へと向かおうとする。その足取りは、もはや一切の躊躇を含んでいない。
「お待ちください」フェルンが声を出した。「フリーレン様。ひとつ問題が」
それからストレージより、路銀の入った袋を取り出す。
中から出てきたのは銅貨数枚。完全に破産寸前だった。
フェルンが持っているのは、フリーレンとシュタルク、そしてフェルンの三人分の路銀である。ザインは兄より渡された路銀を自分で管理しており、アナリザンドも自分のお金は自分で管理しているのだ。
「なにその銅貨……?」
フリーレンは信じられないものを見たように言った。
手のひらに乗るほどの、ほんのちょっぴりの銅貨だった。
いますぐ路銀を稼がなければ、旅を続けられないレベル。
もちろん、フェルンも金銭管理をするなかで、何度かフリーレンに警告はした。持ち金が危険水域を下回っていると、何度も申し向けたのである。だが、このエルフ、生活破綻者につき。
フェルンの努力もむなしく、稟議は聞き届けられることもなく、いまにいたる。
「ねえ、フリーレン」アナリザンドがねっとり微笑んだ。まるでこうなることを予想していたように同じフレーズを繰り返す。「私たち、
「う……こいつ」
最初から
フェルンはフリーレンと同じくらいアナリザンドのことも慕っている。
路銀がピンチなことくらいは伝えていたのだろう。
「フリーレン。話を聞いていたが、アナリザンド殿とは不思議な関係のようだな」オルデン卿は冷静な反応を見せた。「先ほども言ったとおり、金なら出す。シュトラール金貨十枚だ。貴様たちの旅の路銀には十分な額だろう」
日本円に換算すれば、およそ500万円ほどの価値がある。
三人分の路銀としても申し分ない。
「でも、私たちは関係ないでしょ。いったい何をすればいいの?」
「実をいうと、おぬしたちも依頼内容に、まったく無関係というわけではない」
オルデン卿は、そう言うと、意味ありげにシュタルクへと視線を向けた。
「え、オレ?」
シュタルクは、突然自分に注目が集まったことに戸惑い、思わず自分の顔を指差す。
「おまえの容姿は、ヴィルトに瓜二つだ。家族でもなければ見分けはつかんだろう」
オルデンは小窓を出現させ、ヴィルトの写真を見せた。
確かに寸分たがわぬほど似ていた。
「マジでか……」「そっくりですね」
「オルデン卿は、シュタルクを影武者にでもなさろうとしているのですか?」
フリーレンが、また敬語で聞いた。
もはや魔族の奸計にからめとられつつあるのだ。
フリーレンは魔族の呪いに対して、必死に抵抗しようとしている。
「そうだ。だが、それはあくまで次善の策でしかない」
「次善?」
「あくまでメインの依頼としては、英雄の帰還だ。品行方正とまでは言わん。だが、せめて人前に出しても恥ずかしくないレベルにまで復帰させてほしい」
オルデン卿の言葉には、貴族としての体面と、父親としての切実な願いが複雑に絡み合っていた。英雄ヴィルトの『社会復帰』――それが、彼の偽らざる本心なのだろう。
「それはこいつのせいでしょ。私たちにはどうにもできないよ」
フリーレンは、顎で、アナリザンドを指示する。
「確かにそうかもしれない。だが、会話サービスについては、各々違うアナリザンド殿が、異なる人間と同時に違う会話をしている。言わば、ヴィルトは虚像の少女に恋をしているといえる。だが、驚いたことに実際に目の前には、アナリザンドという少女がいた。共に旅する仲間もな」
「バーチャルアナリザンドを、偽物だと考えているんだね? オルデンのオジサマは」
アナリザンドはいつものように微笑を浮かべている。
もはや説明するまでもないが、バーチャルアナリザンドも、リアルアナリザンドも、いずれも本物のアナリザンドなのである。いや、あるいはいずれも偽物のアナリザンドともいえるかもしれない。それでも切り分けようとするのは、呪いと祝福を区別できない人間の特性だろう。
「私は、古い人間に過ぎない。剣の手触り、馬の嘶き、戦場の鉄の匂い。そういった五感で直接感じられるものの中で生きてきた。それ故、おぬしの言う『バーチャル』なるものが、ヴィルトにとってどれほどの『現実』を持ちうるのか、正直なところ、測りかねておるのだ」
要するに、オルデン卿の絶望とは、新しい時代に対する戸惑いでもあったのだ。
いままで生きてきた騎士としての生き方。
それとはまったく異なる道を進もうとしている息子。
息子のことをわかってやれない無力感。
ロリ魔族ガチ恋勢と化す限界オタの息子。
やっぱ、そりゃねえよと思う親父。
いろいろと脳内がグチャグチャ丸になってもいたしかたないところなのである。
「うーん。ヴィルト君が必ずしもまちがってるわけじゃないと思うけど、オジサマの懸念もわかるよ。要するに、リアルな触れ合いのほうが人間にとっては大事なんじゃないかって、心配しているんだよね」
「……そのとおりだ。アナリザンド殿」
わずかに言葉を交わしただけでも、絆されそうになる。
幼女らしい無垢な笑顔。ふにふにとした愛くるしい動き。そしてなによりもこちらが求めている言葉を、適切なタイミングで放ってくる。
オルデン卿は、アナリザンドに対して、親しみと同時に恐怖すら覚えた。
「オジサマは、私たちのリアルな絆を見せつけて、ヴィルト君の幻想を――バーチャルなわたしを殺そうとしているわけだね」
「まさに、そのとおりだ。本人に頼むのは忍びないが……、だからこそ効果的かもしれないと考えている。アナリザンド殿に心酔しているのは、他ならぬヴィルト自身なのだから」
「わたしにわたしを殺させるなんて、オジサマも人が悪いな」
「人が悪いのはわかっている。しかし、英雄とは民草の希望でなければならんのだ。幻にうつつを抜かす英雄など、死んだも同然だ」
ガックリと肩を落としているオルデン卿。
いったいヴィルトの何を見たのか。その真相は、当の本人と、その父親しか与り知れないところである。だが、相当に追い詰められているのは、アナリザンドでなくとも理解した。
「ふふ。いいよ。アナリザンドはけっして危ないおクスリじゃないってこと、証明してあげる」
「頼む。父としての切なる願いだ。不肖の息子を救ってやってくれ」
「シュトラール金貨、二枚上乗せ」ぼそっと呟くアナリザンド。
「……よかろう」
「それじゃあ、オレはなにをすればいいんだ。影武者だっけか?」と、シュタルク。
「数か月後、大規模な社交会がある。このたびの戦勝会であり――、結婚適齢期のヴィルトの婚約者を探すものだ。だが、ヴィルトはアナリザンド殿を嫁にするといって聞かん。社交会の参加も拒否している状態だ。アナリザンド殿の説得がもし間に合わなかった場合、英雄ここにありと宣言するのは、貴様の役割ということになる」
「うぇ。マジか。オレがそいつの代わりに婚活パーティに参加するのかよ」
「可能性を匂わせるだけでよい。魔族の少女と添い遂げようとする馬鹿げた願望ではなく、貴族としての務めをまっとうに果たそうとしている姿を見せられれば、領民も納得するだろう」
「何が悪いんだよ……それの」
シュタルクは、ちょっとだけ納得できなかった。
「そうか、おまえもか……。いや、よい。カタチだけでも従ってもらいたい。それが依頼内容だ」
「シュタルク様。路銀のためです」と、フェルン。
「わかったよ。でも、それはあくまで姉ちゃんの説得が間に合わなかった場合だろ! 姉ちゃんも説得してくれるんだよな。そいつを」
「まあ、やってみるよ」
だが、人間は視たい現実を視る。
バーチャルかリアルか、どちらを選ぶかはヴィルト次第だ。
家を継がせる予定の長男がロリ魔族のガチ恋勢になって限界オタになってる父親の気持ちを表現してみました。うーん、文学。