魔族少女のエロタナティブ 作:アナリザンド
――わたしは罪を犯しました。
アナリザンドのクソ文字日記帳にて、その述懐は見つかった。お世辞にも綺麗とは言えないその文字は、わずかに震えており、内心の動揺を覗かせるものだった。
いったいどんな罪が?
学者が読み進めると、次々に明かされる真実。
歴史のはざまに消えた闇。
アナリザンドは誠に罪深き少女だったのである。
とかなんとか、わたしの日記が後世で解析されそうなくらい、目の前に広がる惨状は筆舌に尽くしがたいものがあった。
目の前に広がるは、わたしの罪の証。
つまり、ヴィルト君のお部屋。
まず、四方の壁という壁には、わたしの写真が張られている。まるで古代の壁画かな?
シュピーゲルがいた零落の王墓がちょうどこんな感じの壁画だったような気がするね。
――わたしが配信で見せた様々な顔。
ドヤ顔ザンド。しょんぼりザンド。ちょっぴりおこザンド。そして、いつかの時に見せたランドセルザンド。振袖ザンド。果ては、超希少な水着ザンドまで!
その写真の下には、『今日のアナさんも天使だった』『やっぱりアナ様しか勝たん』『着崩れた振袖から覗くおみ足が、オレを静かに狂わせる』『魔族にもおへそがあるということは……』といった、ちょっと強火な手書きのキャプションが書き加えられていた。
ベッドには、これまたわたし関連のグッズらしきものが散乱していた。手作りのアナリザンド等身大抱き枕。むりやり引き伸ばされた写真を張りつけてあって、たくましい筋肉で何度も抱きしめられた結果か、わずかにへこみができている。サバ折りされたら死にそう。
机の後ろの壁には、アナリザンド語録カレンダー『今日も快便!』の文字。
そして極めつけは、祭壇のように丁重に飾られた、わたしのデフォルメフィギュア。木製のようで、おそらく削った木のうえにペインティングしたのだろう。誰が創ったんだこれ。
そのカオスな空間の中心で、当の英雄ヴィルト君は、恍惚とした表情でわたし、つまりはリアルアナリザンドを見つめ、今にも抱き着かんばかりの勢いだ。その瞳は潤み、頬は紅潮し、口元は微かに開かれ、何か神聖なものを見るかのような敬虔さすら漂っている。
――オレって天使召喚に成功しちゃいました?
みたいな感じになってるのが、もうね。
ちなみにお部屋の中に入るのは簡単だったよ。ドアをノックして、わたしの声で「ヴィルト君。いるー? 生のアナリザンドが逢いにきたよー」って話しかければ、一発だった。
「え、そ、そんなまさか。嘘だろ。マジで!? あばばばばば」とたぶんマンガみたいに床をころげまわるようにドッタンバッタン大騒ぎして、すぐさま開けてくれた。
まあ、わたしのファンなので、予想できた反応ではあるか。
「姉ちゃん、本当にこいつ大丈夫なのか? 復帰とかいうレベルじゃないだろこれ」
部屋の入り口で、わたしの背後からシュタルク君が小声で囁く。その声には、ドン引きと警戒と、あとほんの少しの憐憫が混じっている。
無理もない。大好きなお姉ちゃんが、こんな濃密なもはや呪詛に近い執着の対象になっているのだ。しかも、その感情を向けているのは、自分と瓜二つの男。複雑な心境だろう。
実際、ここまではなくても、シュタルク君も時折、わたしの配信画面に頬ずりしたり、こっそり「アナ姉ちゃん……今日の衣装も、マジ天使……」って感涙にむせびながら呟いてるの、わたし、HUD越しに知ってるんだからね。人のこと言えないよね、シュタルク君。
「手遅れですね。残念ですが、英雄ヴィルト様は、もう……死んでます」と、いつの間にかわたしの隣にいたフェルンちゃんが、ヴィルト君のオタク部屋を一瞥しただけで、冷静かつ無慈悲に、まるで壊れた魔道具でも鑑定するかのように宣告した。
フェルンちゃんの評価値が、限りなくゼロに近いどころか、マイナスに振り切ってるのがわかる。この子、意外と容赦ないからなぁ。
まあ、それはそれとして、お仕事をしなくちゃならないだろう。オルデン卿からいただく予定のシュトラール金貨12枚は、手を伸ばせば届く距離まできている! フリーレンには「もちろん山分けだよ」と、恩着せがましく言っておいたら、「勝手にしろ」とのことなので、もちろん勝手にするよ。少なくとも半分の6枚は確実にわたしのものになるはずだ! うひひ。
「ヴィルト君。お時間ちょっといいかな?」
「もちろんです。アナさん」
ヴィルト君は、わたししか見ていない。
後ろにはシュタルク君と、心配でついてきたフェルンちゃんがいる。ちなみにザイン先生とフリーレンはいない。
あまり大勢でおしかけてもヴィルト君が落ち着かないだろうということで、ザイン先生はお酒でも飲みにいってしまったし、フリーレンは城の中の図書室へ魔導書でも読みにいっている。
わたしは部屋の中に通された。触れるか触れないかのギリギリのところで背中あたりに手をそえられ、導かれる。ベッドのうえにハンカチを置かれ、そこに座るよう促される。こういうところはシュタルク君とは違って、貴族らしい行動かもしれない。
ヴィルト君はひざまずき、わたしを見上げていた。
その視線は熱っぽく、女神様に出逢った信徒みたいに歓喜にあふれている。
「どうぞ。お話をお聞かせください。オレの女神よ。太陽よ!」
ヴィルト君は、わたしの手をとり――そこに口づけを。
「おい。姉ちゃんに触んな。変態野郎!」
シュタルク君が目を見開いて、ヴィルト君を睨みつけていた。
そこで、ヴィルト君は、すくっと立ち上がり、ようやくシュタルク君の姿を認める。
自分と瓜二つな容姿に、驚いていたようだが、すぐに冷静さを取り戻す。
「君は?」
「オレは戦士シュタルク。姉ちゃんの弟だよ」
「弟か」勝ち誇るヴィルト君。
その言葉には、『所詮は弟』という侮蔑と、優越感のようなものが混ざっている。
「でも、姉ちゃんと旅してるのはオレだ。あんたじゃない。文句あっか、コラ!」
珍しくお口わるわるなシュタルク君だった。
まるで、トラジマの子猫が、がんばって威嚇してるみたいに見える。
「貴様……無礼なやつだな」
険悪な雰囲気。
ヴィルト君の身体から剣気のようなものがたちのぼる。
魔法使いの魔力とは異なるけれど、たぶんそれも身体強化魔法の一種だと思うんだよね。
シュタルク君も対抗してか、同じように気合のこもった目でヴィルト君をにらんでいる。まるで不良同士がメンチ切ってるみたいな古典的な構図だ。
このままだと、かわいい弟たちが喧嘩しちゃいそう。
――わたしのために争わないで。
と、一昔前のヒロインムーブを想起しながら、わたしはふたりを取り成すことにした。
「待って。ふたりとも」
まずはふたりを
悪質魔族タックルで、シュタルク君の身体を押して距離を離した。
「シュタルク君。ここには何をしにきたか思い出して。喧嘩しちゃダメ」
「姉ちゃん……わかったよ」
今度はヴィルト君にも同じようにする。
ふわっとフローラルの香りを漂わせるのがポイントです。
わたしに触ることすら戸惑われるのか、そのままアタフタしながら後退した。
「ヴィルト君。わたしのお話を聞いてくれるんだよね」
「もちろんです。ですが……」
「今日はレアなわたしが逢いにきたんだよ。それなのに、お話、聞いてくれないの?」
わたしは、これ以上ないほどわかりやすく、そしてあざとく、しょんぼりとした表情を作り、潤んだ瞳でヴィルト君を見つめる。いわゆる『捨てられた子猫』作戦だ。これには、どんな屈強な騎士とて、抗うことなどできはしない。
特に精神まで高潔な英雄と呼ばれる者たちならば、当社比3倍は効くね。
ああ、わたしがどんどん悪女になっていくような。
「か、かわ――。わ、わかりました。こちらにどうぞ」
ヴィルト君は、わたしの計算され尽くした鬼謀に、一瞬で陥落したようだ。
ふふふ。弟くんたちを手玉にとるなどたやすいことよ。
「悪い子ですね。アナリザンド様」と、フェルンちゃん。
あとで、ほっぺたふにーってされそう。でも、会話に入りこんでくる気配はないようだ。
もはや、フェルンちゃんにとっては、ヴィルト君の更生などどうでもよいのかもしれない。
わたしは、再びベッドにちょこんと座り、当初の依頼内容を、できるだけ素直に、そしてヴィルト君の心に響くように、言葉を選びながら伝えることにした。いろいろと、策を弄して遠回しに言ったところで、オルデン卿の、あの切実な父親としての気持ちは、決して誤魔化しようのない、そして何よりも尊いものなのだから。
わたしもわかるの。父親の愛は偉大なんだって。
「あのね。ヴィルト君。オルデンのオジサマ――ううん、あなたのお父様はね。ヴィルト君のことを、心の底から、本当に本当に心配しているんだよ。わたしと、こうして毎日たくさんお話ししてくれるのは、わたしも、すごく、すごく嬉しいんだけど……。でも、お父様は、ヴィルト君がわたしとのお話に夢中になるあまり、騎士としての大切な誉れを失ってしまっているんじゃないかって、そう、深く悩んで、そして心を痛めているみたいなの。ヴィルト君は、このこと、どう思う?」
「親父が……? そうですか……」
ヴィルト君は、しばらく考えていた。
おそらく、ここに至るまでに、何回かの衝突はあったのだろう。
考え方の違い。そして、わかってくれない父親。
ヴィルト君にも苦悩はあったはずだ。
やがて、ヴィルト君は、わたしをまっすぐな瞳で見た。
じーっと見つめられると、少し照れる。
年下の男の子に、そんなふうに見つめられると、もじもじザンドになってしまう。
「オレは騎士としての誉れを失ってるつもりはありません」
そして、ヴィルト君は、はっきりと主張した。
どこにも恥ずかしいところはない。と、考えているようだ。
「でも、公務がおろそかになってるって思われちゃったんじゃないかな」
「いいえ。そのようなことは断じてありません。日々の公務も、鍛錬も、そして民との対話も、決して怠ってはおりません。ただ……、騎士としての本懐は、女神様をお守りすることにあるのです。アナさんは、オレにとっての女神だった。だからあなたのことをもっとよく知りたいと願ったのです。騎士としての誉れを抱くために、むしろそうするべきだったのです」
「わたしのことを大事に想ってくれてるのはうれしいよ。でも10時間はちょっと……、もう少し、こう、なんというか……。手心というか……」
「オレはアナさんと話がしたい。触れ合いたいだけなんです。ご迷惑だったでしょうか」
ヴィルト君の言葉に、シュタルク君が反応しているのがわかる。
嬉しいことに、内心では賛同している部分もあるのかもしれない。
わたしも内心では、ここまで想われてうれしくないわけではない。
でも、ここはハッキリさせておいたほうがいいだろう。
たとえ、それが残酷なことでも――。
「ヴィルト君は、いまでもわたしと結婚したいって思ってる?」
「もちろんです。それが叶うなら。アナさんが許してくださるのなら」
「その話は一度断ったよね?」
「でしたら、せめて婚約者に……」
ヴィルト君は騎士らしく、恭しく、わたしみたいな幼女に許しを乞うた。
わたしは悩んだ。そして、あえての小悪魔ムーブを選択する。
「じゃあ、小窓の中のわたしと結婚する? ヴィルト君もわかってると思うけど、ここにいる生身のわたしじゃない、バーチャルなわたしは、ヴィルト君のためだけに時間をあげられるよ。お金もいらない。どうする?」
「そ、それは……」
ヴィルト君は、初めてここで逡巡した。
情報量という意味では触覚や嗅覚を刺激する、ナマリザンドのほうが多いのは確かだ。
人間がいかに視覚情報に偏りがあるとはいえ、五感すべてを使って相手を感じたいと願うことも知っている。チュウしたいって思うのが男の子だもんね。
「それも魅力的な提案ですが」ヴィルト君も同じだったようだ。「できれば、生身のアナさんと結婚したいです」
「ヴィルト君もバーチャルなわたしは偽物だと思うの?」
「それは違います!」
違わないのである。
これはべつにわたしが魔族であるからどうこうという話ではない。
ずっと昔から、先生たちに説いてきた、学問的なお話にすぎない。
つまり、リアルもバーチャルも同じというのがわたしの考えだった。
なぜなら、人間は脳というフィルターを通して、その加工された現実を認識しているのだから。このいま見えている現実も、本当の『現実』ではない。
はっきり言えば、
わたしは、ヴィルト君にちょっとだけ失望していたのかもしれない。この子もわたしのことを理解しているわけではないと痛感したから。
とはいえ―――、それはそれとして――――。
人の子としては、わたしのこの思考も防衛機制なのではないかと思ったりもする。
――怖かったのだ。
素直に欺かず誠実に生きていくには、やっぱりわたしをさらけ出す必要があるだろう。
この言葉は、ヴィルト君を傷つける。あるいは、シュタルク君も。
「……ごめんね、ヴィルト君。わたし、ヴィルト君よりお姉さんだと思ってたんだけど。まだ結婚なんて考えられないみたい。自分で思ってるよりわたしってずっと幼いの、かも……」
「そうですか」落胆するヴィルト君。
「でもね」わたしはすぐに明るい声を出した。「ヴィルト君の社交会のダンスパートナーとしてなら参加できるよ。わたしの
魔族といっしょにダンスするのはどうかという意見もあるかもしれないが、オルデン卿の考えとしては、まさに人間たちがいうところの現実へと帰還してほしいという想いがメインだっただろう。
この引きこもり一歩手前の状況から、引きずり出すためには、わたし自身が手を引っ張ってあげる必要がある。
だから、手を差し出す。
「いっしょに踊ろう?」
「わかりました。身命を賭して、あなたのエスコート役を務めさせていただきます」
少しはにかみながら、ヴィルト君は了承してくれた。うーん、この子もかわいいぞ。
姉ごころがうずくというか。
わたしの手をとり、今度こそ―――。
「姉ちゃん!」
シュタルク君が突然大きな声を出した。
わたしの身体が反射的にこわばる。ヴィルト君が後ろを振り返りシュタルク君をにらみつける。
そして、シュタルク君は、わたしのことを懇願するように見ている。
捨てられた子犬作戦を敢行している模様。
「そんなやつと踊る必要なんかねーよ! 路銀ならオレが稼ぐから」
「さきほどから、アナさんに気安いな。おまえ」
「引きこもりのモヤシ野郎には言われたくねーわ」
「侮辱したな。オレを」
「ああ、侮辱したぜ。かかってくるか」
喧嘩はやめてー! わたし、あたふたザンドになる。
そんななか、フェルンちゃんと視線があった。
頭をふりふり。処置なしといったところ。
わかるー。お姉ちゃんとしても、『男』を持ち出されると、うまく機能しない感じがある。
でも、わたしはこのポジショントークしかできない。
「ふたりとも喧嘩しないでって言ったよね」
溜息をつきながら、お姉ちゃんムーブを再開するわたし。
「これは誉れの問題です。いくらアナさんであっても、侮辱されたままとあっては、オレだけにとどまらず、オルデン家の名折れになる」とヴィルト君。
貴族としての誇りと騎士としての矜持がブレンドされた怒り。
あるいは――、わたしが一瞬だけ、ビクって反射的にこわばったのを見て、守らなければとか考えちゃってるのかもしれない。
でもそれ、ただの反射行動だからね。しかし言ったところで煽るだけかな。こころの底のほうで女性を怖がらせたとかなんとか言って。
わたしは内心で、少しため息をついた。
しかたがないので、もうひとりの男の子――シュタルク君を抑えよう。
「シュタルク君。お姉ちゃんは怒るよ!」
わたしのシュトラール金貨6枚が離れていっちゃうじゃん!
せっかくうまくいきそうだったのに。
「これは男の意地の問題だよ、姉ちゃん。女にはわかんねーよ」
「くだらない意地だな。女性を困らせて。ひとり悦にいっている」
「こんな部屋の中で、姉ちゃんと会話ばっか続けてる限界オタク野郎に言われたくねーわ」
「貴様の言葉は、神聖にして不可侵なアナさんをも穢していることになぜ気づかない」それからヴィルト君が挑発するように鼻で哂う。「――それもそうか。姉に甘えるだけの弟風情が、ひとりの女性として守ろうとする気概もない小物が。キャンキャン喚くだけの躾のなってない駄犬が、人間のように礼節をわきまえていると考えたオレのほうが愚かだったな」
「うるせえよ、キモオタ野郎。こんな姉ちゃんの写真をベタベタ張った部屋で、ニヤニヤ笑いながら姉ちゃんと毎日十時間も会話してるとか、普通ならドン引きするどころか恐怖で逃げだすに決まってるだろうが。姉ちゃんは優しいからなんも言わねえけどよ」
「アナさんが優しいのはそのとおりだが、貴様の矮小で身勝手な価値観でオレたちの親密な会話を測らないでもらいたい。アナさんはオレとの会話を楽しんでくれていた。通じ合っていたんだ」
「所詮は金の関係だろ。姉ちゃんは優しいから、その優しさをおまえみたいなかわいそうなボッチにも分けてやってんだよ。それをおまえは勘違いしているだけだ」
「貴様。またアナさんを侮辱したな」
いやまあ、わたし自身は侮辱とは感じないけどね。
シュタルク君は、ちょっと不器用なんだよ。
わたしがヴィルト君によって、騙されているとか、傷つくとか思って、お姉ちゃん想いのシュタルク君はそんな発言をしたんだと思う。
でも、まあ、金銭的なつながりだけを求めていたかと言われれば、そうじゃないけどね。
もはや、わたしのことなんて放っておいて、勝手にヒートアップしてるふたりに、わたしにはかける言葉もない。
「もうおふたりは放っておいて、部屋でませんか?」とか、フェルンちゃんも言ってるし。
ああ、シュトラール金貨が……、シュトラール金貨が逃げていく。
「姉ちゃんを侮辱したつもりはねえ。オレは姉ちゃんとずっと昔に出逢って、リアルで触れ合ってきたんだよ。いまもいっしょに旅して、同じ釜の飯食って、誕生日プレゼントだってもらってる。切っても切れねえ絆ってもんがあるんだよ。おまえこそ勝手に侮辱と受け取ってるだけだろうが」
「リアルの絆だと? おまえは、小窓の中のアナさんがリアルより劣るというのか!」
ヴィルト君が激昂した。
「そうじゃねえよ。でも、オレはあんたが知らねえ姉ちゃんを知ってる。姉ちゃんは金にがめついし、時々は嘘みたいなドジも踏む。フェルンみたいに食いしん坊でさっきはドーナツを競いあって食べてた。うまくいかないと子どもっぽく拗ねたりもする。でもな、それでも、誰よりも仲間想いで、いざって時には、命がけで俺たちを守ってくれる、最高の姉ちゃんなんだ!」
……は、恥ずかしいんですけど。
まあ、シュタルク君が幼児の頃に、手を引いて村から脱出した過去があるからね。
シュタルク君の言葉は記憶に裏打ちされたもので、ヴィルト君にとっては衝撃だったようだ。
「黙れ……」
ヴィルト君の顔から表情が急速に消えていく。
怒りを通り越して、透徹した表情になっている。
バーチャルアナリザンドとの絆が、リアルな絆によって引き裂かれたと感じ、虚像のわたしが殺されたように感じたのだろう。どっちも、わたしであり、どっちもわたしじゃないんだけどね。
男の子って本当に単純だよね。そして人間関係って、とてもややこしい。
「シュタルクとか言ったな……。このオレの唯一の女神の名を、これ以上、ただの一言たりとも、その汚らわしい口で、二度と語るな!」
「誰がおまえの言葉なんかに従うかよ」
「いいだろう。ならば、決闘だ。力だけが取柄の冒険者にもわかる道理だろう」
「上等だぜ。ガチ恋ストーカー野郎」
アイエエエエエエエエエエ!
ナンデ!? ケットウ、ナンデ!?
もしかしないでも、痴情のもつれってやつじゃ、これ。
朝一面のスクープで、魔族の少女を巡って刃傷沙汰とか書かれるやつだ。
ふぇ、フェルンちゃん、どうしよう。
「おふたりともまとめて死ねばいいと思います」
ああ、そうですか。
ヴィルト君がどこからか取り出したのか、白い手袋をシュタルク君の顔に叩きつける。
顔に当たる寸前に、シュタルク君がそれをわしづかみにした。
古式ゆかしい、そして騎士道精神にのっとった、正々堂々たる決闘の申し込み。そして、それに対する、男気あふれる、そして一切の迷いもない受理。
ああ、もう、完全に、お互いの退路を断っちゃってるよ、この子たち。
「勝ったほうが、夜会のエスコート役を引き受ける。それでいいな?」
とヴィルト君。
あの? わ、わたしの意思は?
「ああ、いいぜ。死なないように気をつけろよ」
「貴様こそ、オルデン家に伝わる剣技に震えてろ」
わたしのシュトラール金貨は、夜闇の中に消えていく。
なんだか突然、仲の良い兄弟のように喜々として決闘の段取りを決めるふたりを見て、わたしの当初の計画は音もなく崩れ去るのを感じた。
これ、どないせーっちゅうんじゃ。
わたしが悪い子なの? ふたりの英雄を手玉にとる悪女なの?
ああ、もう知らん。本当に知らない!
―――――勝手に戦え!