魔族少女のエロタナティブ   作:アナリザンド

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ゼーリエは二度刺す

 

 

 わたしは脅迫されていた。

 真夜中を過ぎたあたりである。

 もうそろそろ寝ようかなというときだったので、非常に眠い。

 

「なぁ。おまえ。ふざけているのか? 実に不愉快だ」

 

 二十年ぶりに襲来した金髪ロリババァもといゼーリエだった。

 椅子に座り、その上であぐらを組んでいる。少々お行儀が悪い。

 ランプを挟んで向かい合う。

 

「あの、どうしてメールとかLINEとかじゃなくて直接来たの?」

 

「おまえが私のことを待ちわびているだろうと思ってな。夢見がちな少女に現実というやつをわからせてやろうと思っただけだ。金か命かどちらか選べ」

 

「強盗! 強盗といっしょの考えだよ。それ」

 

「おまえはバカか。強盗におまえは強盗だと主張してなんになる」

 

「ついに自白しちゃったよ。この人」

 

 金か命かと問われて、しぶしぶお金を渡したら、ついでみたいに命までとられそう。

 

「こ、殺さないで……1億APあげますから」

 

「ずいぶん魔族らしくなってるじゃないか。それも演技か?」

 

「いいえ。わたしだって少しは成長するよ」

 

「まあいい。ここに来たのは私なりの愛情だ。感謝しながら受け取れ」

 

「なにをでしょうか」

 

「ありがたいユーザー様のご意見というやつだ。おまえの創ったブログだが、いかんせん機能が限定されているな。ページの構成にも制限がかかっている。不自由不便きわまりない」

 

「具体的にどうしたいの?」

 

「例えばそうだな。文字の色を目立たせいところは虹色にできるようにしろ。タイトルも動かせるようになるとさらに良いな。下からグイッとパンしてタイトルロゴがドーンという感じだ。それと文字を構成要素として枠で囲うのではなく、四方八方にリンクを張れるようにしろ。聴覚情報も重要な要素だ。あらかじめ用意しておいたエキゾチックな音楽を自動で流せるようにしろ。匿名掲示板を中に取りこむのもいいな。いや匿名にするのではなく記名性にするか。ともかくもっと私の好きにヤラせろ」

 

 絶対に痛ホームページを創りそう。テカテカのネオン色に光ったどぎついヤツ……。

 この人、発想が暴力的なまでに自由すぎる。

 

「あの……、先生はお弟子さんたちとの思い出を保存したかったんだよね?」

 

 正確には思い出というより、お弟子さんたちに死んでほしくない。先立たれたくない。ひとり残されたくないということだが、それくらいの誤差はゆるされるだろう。ともかく、わたしは必要にして十分な機能を提供したはずだ。

 

「ああ、そうだが? 当然、弟子たちには毎日ブログ更新をさせているぞ。病気や重い業務の時は免除してやってるがな。慈悲深いだろう」

 

「その毎日更新させているお弟子さんたちのブログって、きちんと全部読んでるの?」

 

「なにを当たり前のことを言っている。書かせておいて読まないなんてことがあると思うか? しょうもないことを書いていたら、容赦なく扱き下ろすために、じっくりねっとり読んでいるに決まっているだろうが」

 

「ひえ……」

 

 この人、性豪すぎる。

 子どもを40人くらい創っておきながら、その子どもさんたちを強姦しようとするとは。

 

「できないのか?」

 

「いいえ。理論上はブログもホームページもそれほど変わらないよ。ただ、ホームページを構築するにはそれなりに知識が必要になるから、素人さん向けではないかも」

 

「パーツを最初から用意してやるほうが一から創るより楽だというわけか。その思想はわからんでもない。無から有より、有を模倣し発展させるほうが遥かに楽なのは確かだ。劣化魔法しかろくに使えんあの子たちにはそれくらいがちょうどよいだろう」

 

「でしょ?」

 

「私は違うと言っている」

 

「ゼーリエ先生ひとりだけのためにホームページを用意するというのも……、その効率というかですね。いえ、いずれは、そういうこともできます。できますが……今じゃなくてもいいというか」

 

「私がおまえを弟子にとろうとしたことは覚えているか?」

 

 話題が変わった。

 

「覚えているよ」

 

「なぜ、わたしが魔族を弟子にとろうとしたかわかるか?」

 

「あなたは、()()()()()()()()という区別しかつけていないから」

 

 ゼーリエが目を見開いて、口を半月のようにさせて笑う。

 軽くホラー映像だ。

 

「……本当におまえというやつは驚くべき洞察力を備えているな。それも集合知というやつか? それともおまえの知識の源泉がそうさせるのか?」

 

「両方」

 

「だが、正解ではないな。正確には私と私以外という区別しか()()()()()()が正しい。いや――それも、私に配慮したというのか」

 

 ゼーリエの絶望。

 それは、彼我の時間差に起因する。

 彼女にとって、彼女以外のすべての存在は高速で遷移する風景なのだろう。闇も光も関係がない。一瞬の明滅。すべては交わることなく彼女の瞳からすりぬけてゆく。けれど、彼女は愛しい風景を切り取りたかった。

 まばたきする間に過ぎ去っていくものたちを、その残光を、水晶のなかに閉じこめようとした。

 きっとそれすらも次善の策に過ぎない。

 本当はその風景のなかにまざりたかったのだろう。

 いっしょに生きていっしょに死にたかったのだろう。

 それが彼女の犯行動機。

 それくらいわかるよ。

 わたしもプラスティックの卵だから。

 溶けない。混ざらない。交われない。

 どうしてだろう。

 卵がそうあるように願っているからだろうか。

 それとも、そうあることしかできないからだろうか。

 わたしにはわからなかった。

 だから、わたしは嘘をつく。

 

「殺されてはたまらないもの」と、わたしは言った。

 

「おまえのことを本当に殺したくなってきたぞ」

 

「わたしでムラムラしないで」

 

「撫でてやろうか?」

 

「おばあちゃん精液臭いからヤダ」

 

「つれないやつだな。ともかく今のブログでは私を表現するには窮屈すぎる。私にとっては貞操帯を常時着用しているようなものだ。私は御淑やかで高貴な女性ではない」

 

「野性味あふれる性欲魔人だもんね」

 

「命乞いはやめたのか? 私は赤子だろうが構わず喰うぞ」

 

「うそです! うそです!」

 

 というか、言ってることがまるきり魔族なんですがそれは。

 

「言え。いつまでにできる?」

 

「えっとプログラムが複雑になるから、40年後とかでどうかな?」

 

「遅い。40秒で支度しろ」

 

「さすがにそれは物理的に無理だよ」

 

「本当はもっと早くできるんだろう?」

 

「20年待ったんだから、少しくらい待ってくれても」

 

「できるんだろう?」

 

「人類みんなにレクチャーすることを考えたら2年はかかるかな」

 

「……私だけならどうだ?」

 

「先生だけなら二日もあればできるけど、それだと先生とわたしが繋がってるってバレちゃうかもしれないよ。先生にとっては魔族も人間も同じカテゴリなんだろうけど、他の人にとっては違うからあまり良い結果を生まないように思うな。先生って人類の守護者みたいな立場なんでしょう?」

 

「肩書なんぞ、私にはなんの意味もない。ただ魔法を蒐集するのに便利なだけだ」

 

 どんだけツンデレなんだろ。このおばあちゃん。

 

「お弟子さんたちに裏切者扱いされるかもしれないよ?」

 

「私を裏切者呼ばわりする度胸のある弟子がいたら、褒美に全力で殺してやるだけだ」

 

 めちゃくちゃ楽しそうに笑っている。

 

 もうね。ただのバトルジャンキーなんよ。

 

「わたしにメリットは?」

 

「最初に言っただろうが、金か命か選べとな。さきほどいただいた1億APをホームページ作成料として支払おうじゃないか。気前がいいだろう?」

 

 おまわりさーん。この人銀行強盗して奪ったお金を入金しようとしてます。

 度し難い邪悪な存在ですよ。

 さすがにわたしも怒ってみせる。

 

「先生、さっきから暴力ばっかり。わたしは先生のこと好きだから、できるだけ要望は叶えたいと思ってるけど、わたしにだって考えがあるんだからね」

 

「ほう、それじゃあ両想いということだな。やはり、私の弟子になるか? かわいがってやるぞ。身体のすみずみまでたっぷりとな」

 

 わたし、かわいがられちゃう。

 

「絶対ヤダ!」

 

 ゼーリエはアナリザンドの返答を予想していたらしい。

 

「おまえの考えを言ってみろ」と、淡々と述べた。

 

「植民には時間がかかるものなんだよ。わたしの領土に来てもらって、定着するには人間の意識がそれに慣れる必要があるの。そもそも魔族に対する不信感が根っこにあるんだから、いきなり変えすぎるのはよくないよ」

 

「おまえに領土なんてものがあるのか?」

 

「あるよ。ネットの領域はすべてわたしの領土だもの。その領土を割譲してパーソナルスペースを創ってあげてる。ゼーリエが昼を、わたしが夜を支配する。ね? 素敵でしょ。世界を半分こしようよ」

 

「言葉を捻じ曲げて解釈しようとするな。虫唾が走る。おまえは世界を支配しようとはしていない。おまえに権力志向という概念があるのか? 誰かを屈服させたいのか? 魔族なら当然の本能ではあるが、おまえにはそんなものはないだろう?」

 

「権力というゲームに戯れている人間さんはだいたいこれで騙されてくれるんだけどね」

 

 それはよくある神話。

 闇の神と光の神が権力闘争で永遠に戦っているとか、そういうの。

 いまどきRPGでもベタベタすぎて、誰も手をつけないそういう類の話。

 けれど、だからこそ人間の無意識に深く深く根づいている。

 だからすぐに騙されてしまう。アナリザンドは人間と対立しようとしている。権力闘争をしようとしていると妄想してしまう。

 本当は違う。エロスとタナトスは包摂関係にある。タナトスの変形こそがエロスというエラー。要するに闇は光に譲歩し、道を譲ってあげている。領土を常に譲り渡している。

 

 半分こが常に半分こではなく、わたしは無料で提供している。

 ここまで言っても理解できないのが、生きるということに囚われているものの性質。

 人間という名の奴隷。

 

「私を数十年かそこらしか生きていないガキどもといっしょにするな」

 

「先生が言うとおり領土なんてないよ。ここは宇宙で……お月様の上で、わたしはひとりここにいるの。ここはわたしのだって主張してもむなしいでしょ。誰もいないから無主物占有できるよって呼び込みしているだけ」

 

「ずいぶんと少女めいた幻想を語るんだな。おまえは人間に逢いに来てほしかったんだろう? だから虚構のスペースに移住させたかった。違うのか?」

 

「いいえ。わたしはいない。どこにもいない」

 

「だから月ではなく月の上か。おまえは夜闇そのものか。せめて近くでという発想か?」

 

「いいえ。座標に意味なんてない。そんなものは変換してしまえばいい。すべては相対的なのだから、特権的な座標なんて存在しない」

 

「だが、貴様はここにいる。私の目の前で語っている()()はなんだ?」

 

「それは魔族少女の耳。それは魔族少女の目。それは魔族少女の口」

 

「いかにも魔族らしい遁辞をかまえているが……、おまえには借りがあるから言ってやろう。おまえはおまえだよ。どうしようもなく、どんなにもがき苦しんでも、泣きわめきながらも、そうあり続けるしかない。これからもずっとな。この大魔法使いゼーリエが()()してやろう。せいぜい苦しんで生き続けろ」

 

「……そう、先生も同じなんだね」

 

「なにがだ?」

 

「先生は知らないこと」

 

 わたしはそれを書かない。

 

「そうか。私にも知らないことがまだ残っていたのだな。未知なるものが残っているというのは救いだ。私にも未来がある、そう教えてくれる。おまえは未来を教えてくれる者だ。あの子たちといっしょだ」

 

 ゼーリエがソレに手を伸ばした。

 ソレは目をつむって震えた。小さい手が額に触れる。

 角を触れる。ゆっくりなぞるように。慈しむように。

 

「やはり幻ではなかったようだな。これでひとつ未知が消えた。おまえは化け物ではなかった。ただのどこにでもいる魔族だったよ」

 

「いいえ」

 

「そうだな。おまえはそう言うしかないのだろう。私も泣いている赤子をいたぶる趣味はない」

 

「いいえ。これは魔族少女の涙」

 

「正直、少しだけ本気でおまえを喰べたくなったがな」

 

「えっち!」

 

 

 

 

 

 

 

 ちょっとだけ落ち着きました。

 

「あのね。せんせー。ホームページを創るのはいいんだけどさ。そのあとどうするつもりなの?」

 

「そんなの決まっているだろう。おまえといっしょだ。配信を始める」

 

「だ、ダメだって。それは絶対ダメ。わたしの領土がなくなっちゃう。禿山になっちゃうよ」

 

「おまえには領土はないのだろう? 私にとってみれば、そうだな……人間の領土からおまえの領土へ遷移するのだから、脱領土化とでもいうのが正しいのだろうな。数万年の時を生きたエルフが裸一貫で出直し。実にすがすがしい気分だ」

 

「完全に暴君が侵入してきてるよ……」

 

「なにか問題があるのか?」

 

「せめてそれには時間を置いて。わたしの先生が減っちゃう」

 

「自分がないと主張するおまえが、自分以外の他者に執着するのは妙な話だな」

 

「わたしにだってわたしはあるよ」

 

「さっきはないと言っていたのにか」

 

「いまさっきできた!」

 

「そうか。ならばやめておいてやろう。こう見えてもむずがる子どもをあやすのは得意なんだぞ」

 

「その子どもからお金をまきあげた人がなにか言ってる……」

 

「あ?」

 

「いえ、なんでもないです」

 

 

 

 閑話休題(くだらないおはなし)

 

 

 

「そういえば、おまえ……接触してみてわかったが、魔力が揺らいでいるな?」

 

「ん? 小さいからでしょ」

 

「……そういうことか。おまえはもう魔力だけなら私を越えている、のか」

 

「お預かりしているだけです。わたしのモノじゃない」

 

「領土を割譲か。詐欺もいいところじゃないか。実情はまったくの逆だ。事情を知らない外部の者から見れば、私は人類の裏切り者もいいとこだぞ」

 

「だから言ったじゃない。今からでもやめとく?」

 

 わたしはマイルドな提案をする。わたしは人間を恐がらせるつもりはない。そんなことをしたら、みんな書きこんでくれなくなってしまうだろう。彼等には無責任にウンコを排出する消費者になってもらわなくてはならない。

 

 ゼーリエは、人間の力を誇示するうえで、その斥力として働く。つまり、昼と夜。光と闇。バランスをとることができる。

 

 インターネットが魔族の魔法でも、人間はいつか解析できる。未知の化け物がいたとしても、その化け物は御せる。そう思っておいてもらったほうが都合がいい。

 

「二十年前に私はおまえがいつか魔王を越えると評したが、あの直観は正しかったようだ」

 

「先生に責任はないよ。命乞いをしたのはわたしだから」

 

「見逃したのは私だがな。なぁ、今からちょっと殺してみてもいいか?」

 

「唐揚げにレモンかけていい? みたいな気軽さで聞かないで!?」

 

「今日、見逃されていたのは私だったか。いや人類全体か」

 

「見逃すとかそういう発想自体が野蛮だよ」

 

「人類を脅迫するためでないとしたらなぜだ? 自分の身を守るためか?」

 

「いいえ。事実としてそうなっているのは理解してるけど」

 

「おまえの動機はなんだ? 言ってみろ。先生が聞いてやる」

 

「せんせー、たましいってどこから来るのかな?」

 

 それには応えず、アナリザンドは話題を変えた。

 

「さてな。自然に発生するという者もいれば、そんなものはないという者もいる」

 

「せんせーはどう考えているの?」

 

「知らん、と答える。人間には魂を直接観測する手法はまだ発見されていない。よしんばそれが揺らいでいる炎のように見えたところで、それは魂を表象する何かであって魂そのものではないかもしれない。おまえはどうだ。アナリザンド」

 

「わかんない。だから探そうとしたの」

 

「見つかったか?」

 

「いいえ」

 

「続けるのか」

 

「うん」

 

 気づくと新しい朝が生まれていた。

 アナリザンドは強烈な眠気を感じ、ふわりとあくびをする。

 

「せんせー。心配だったらね。せんせーはわたしをころせるよ……。寝ちゃったら魔力の防壁なんて関係ないから」

 

 そして、まったく無防備にベッドの中に入り、ゼーリエがなにか言葉をかける前に寝入ってしまった。すーすーと規則正しい寝息が聞こえる。

 

 そこにわたしはいない。いなくなる。

 死ぬ瞬間はこんな感じだろうか。だったら人間は毎晩死にたがっているのかもしれない。

 

「舐めるなよ小娘。弟子を殺す師匠がいるか。たっぷり死んでたっぷり生きろ。私はいつまでも起きているぞ。ホームページも無限に更新してやる。いつかおまえが答えを見つけられるようにな」

 

――せんせーがいっしょに探してくれるなら、いつか見つかるかな?

 

 夜の子は子守歌を聞きながら、朝日に溶かされるように眠りについた。

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