魔族少女のエロタナティブ   作:アナリザンド

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またね!

 

 

 

 突然ですが、ザイン先生とは別れることになりました。

 

 残念。ザインの冒険はここで終わってしまった!

 などというつもりはない。

 単純にザイン先生とは旅の目的が異なるのである。

 

――戦士ゴリラ。

 

 ザイン先生は、親友であったゴリラの後を追い、再会するために旅を続けている。

 

 フリーレンの旅の目的がオレオールに到達すること、そのために短期的な目標としてオイサーストを目指し、一級魔法使いの資格を得ようとしていることは、記憶にあらたしい。

 

 さて、そんなわけで、こうなるに至った経緯をわずかばかり説明しようと思う。

 アナリザンドサービスは、超優秀なのだ。

 

 記憶も感情もすべては正確に記述されている。

 

 ザイン先生の最後の雄姿(最後じゃないけど)。とくと目に焼きつけて見よ!

 

 

 

 

 

 オイサーストまで、あとわずか。

 

 徒歩で一週間ほどのところまで、フリーレン一行はたどりついていた。

 大峡谷の傍らには集落があり、そこでいくつかの道に分岐している。

 

 ザインは、当初の旅の目的のため、ゴリラの目撃情報を集めていたのだが、名前が特徴的なこともあってか、十年以上経った今も覚えられていた。

 

 どうやら、ゴリラと仲が良かった者がいるらしい。

 

――高台に住む頑固婆さん。

 

 彼女の心を開けば、ゴリラの行き先がわかるかもしれない。

 

 そう思って尋ねてみたはいいものの――。

 

「儂は頑固者でのう。そう簡単には教えられん」

 

 片目をつむりながら、頑固婆さんは言った。

 

 おそらく、片目をつむるのは彼女なりの人生経験に基づくものだろう、とアナリザンドは推測する。片方は人物を見定め、もう片方の瞑った目では、心を見ているのかもしれない。

 

 わずかに会話を交わしただけでも、疑り深い性格が見て取れた。

 

「どうすればいい?」

 

 ザインは素直に聞いた。

 

「儂の依頼をいくつかこなしてもらおう」

 

 差し出された手紙を受け取るザイン。

 なんの変哲もない手紙だ。

 

「なにこの……手紙」

 

「まずは隣村の鍛冶屋のナーゲルに、手紙を届けてもらおうかの」

 

「婆さん。ネットはしねえのか? こんなのメールを使えば一瞬だろ?」

 

 と、ザインはわずかに呆れたような声をだす。

 この世界における手紙の意義は、ある種の特別感を出すためにある。

 しかし、鍛冶屋という職業からして、頑固婆さんは単純に仕事の依頼を出しているだけに思えたのだ。だったら合理的に考えて、ネットを使ったらいい。それが現代を生きる人間の標準的な考え方なのである。

 

「フン。儂はネットというものが嫌いでね。そんな訳のわからんもんは使っておらん」

 

「え、お婆さんもそうなの!? そうだよねぇ。訳わかんないよね!」

 

 フリーレンが超うれしそう。

 アナリザンドはエルフ顔になるほかない。

 

「なんじゃ。このエルフ。ずいぶんとなれなれしいのう」

 

 いつものフリーレンへの評価とは真逆の、人慣れしたエルフという評価。

 第一印象としては、まずまずといったところだろうか。

 

「わかったぜ。手紙は届けるよ」

 

 

 

 

 

 フリーレンはこのお使いクエストを楽しんでいるみたいだった。

 

 まるでRPGゲームにありがちな、お使いがお使いを呼び、最後には世界の運命を左右するような事件に発展する。

 

 そういった旅をフリーレンはこなしてきたらしい。

 

 ネット嫌い仲間という新たな友達候補が増えて、フリーレンはまるで少女のようにウキウキした声をだしている。

 

「ねえ。フリーレン。わたしのネットって今でも嫌いなの?」

 

 アナリザンドは抗議の声をあげた。純粋な疑問でもあった。旅を続けるうちに、フリーレンとは、ほんの少しずつではあるが打ち解けてきたがゆえに、聞いてみたかったのだ。

 

「嫌いに決まっているだろ」

 

「ふうんそう。でも、ザイン先生と、もしこれから別れることになったら、メールとかで連絡をとりあったりはしないの?」

 

「伝書バトでも使えばいいでしょ」

 

「無茶苦茶いうなよ……フリーレン」ザインは呆れ顔だ。

 

「フリーレン様がメールしなくても、私を通じて近況を伝え合うことはできます。それにアナリザンド様が時々は逢いにいけばよいのではないでしょうか」

 

 フェルンは現実的な解凍を述べた。

 

「そりゃそうだよな。別に今生の別れってわけでもないんだし」

 

 シュタルクも今時の若者ふうに、話を繋ぐ。

 

「うーん。わたしにお金をせびったりしなきゃ、逢いにいってもいいよ」

 

「釣れないこと言うなよ。アナ公」

 

「だって先生って、キレイなお姉さんが好きなんでしょ。わたしのことロリ扱いするし」

 

「どこからどう見てもロリじゃねーかよ」

 

「むっ。わたしはレディだし! そうだ。ザイン先生。あのときのお金返してよ」

 

「おっと、いつ返すとは言ってないはずだぜ」

 

 ザインはおちょくるような声をだす。

 

「履行期限が定められていない場合、債権者はいつでも金銭を返すように請求できるの!」

 

「オレの村では、そんなルールは知られてなかったがな」

 

「もう。も~~う。先生なんて知らない!」

 

「怒るなよ。死ぬまでには返してやるさ」

 

「だったら、先生が死なないように見守っててあげる!」

 

「……はいはい。わかったよ」

 

 ザインはアナリザンドの頭をぽんぽんと撫でた。

 アナリザンドは頭に手を持っていって防御の姿勢をつくる。

 ただで撫でさせるほど安い女ではない。

 

「とはいえ――あの婆さん手ごわそうだよな」と、シュタルクがいちゃついた空気を元に戻した。

 

「そうだな。オレの見立てでは、婆さんの心を開かせるのには苦労しそうだ」とザイン。

 

「とにかく頑張って、お婆さんの心を開こうか」

 

 

 

 

 

 それからは、お使いクエストの連続だった。

 実った果実の収穫を手伝ったり。

 貴重な薬の資源になる山の岩肌に生えた花を採取したり。

 近郊にあるダンジョンを攻略したり。

 朝食の目玉焼きのためにモンスターの卵を収奪したり。

 近くにいた危険なモンスターを退治したりした。

 

 けれど――。

 

「この婆さん。全然こころ開かねぇぞ……」

 

 ザインたちは、かなりの高難易度のクエストを次々とこなしてきたはずだ。

 

 それでも、頑固婆さんはその名にふさわしく、日のあたるテーブルでお茶を飲みながら、微動だにしない。次もまたあきれるくらい難しいクエストを、言い渡されるに決まっている。

 

「ごめんね。ハイターやヒンメルだったら、半日くらいで打ち解けているはずなのに……」

 

 フリーレンはほんのりエルフ顔。

 

「このパーティ。不器用な人しかいませんからね」

 

 と、フェルンが継いだ。

 

 ある程度、陽キャといえるのはシュタルクだが、彼は口下手なほうだ。シュタルクは行動で誠意を示すタイプ。口では勝てない頑固ババァとは相性が悪かった。

 

 そして、つい――と。フリーレンがアナリザンドを見る。

 

「ん。なに?」

 

「おまえなら……いや、いい」

 

 フリーレンは口に出そうとした言葉を取り消したかった。

 

 アナリザンドがニチャアと笑う。

 

「ふふん。フリーレンもついにわたしのパワーに気づいたか―。気づいちゃったか―」

 

 アナリザンドはその場で、フリーレンの左右に顔をやって、うろちょろする。

 

「ウザい」

 

「ですが、確かにアナリザンド様なら、あの方の心を開かれるかもしれません」

 

 フェルンのアナリザンドに対する評価はうなぎのぼりだ。

 アナリザンドはフェルンの姉なのである。フリーレンよりもずっと頼りになる!

 そう思ってるに違いなかった。

 

――エルフには人の心がわからぬ。

 

 アナリザンドの心は、いままでの経験からおごりにおごっている。

 自信満々の表情で、頑固婆さんに近づき、いつもの定型句を投げかけた。

 

「お婆ちゃん。こんマゾ~。アナリザンドだよ。ちょっとお話しない?」

 

 まるでナンパするような軽い言葉である。

 

 もちろん、いつものアイドル然とした完璧に調和したスマイルで、元気のよい子どもらしい声を出している。これで、たいていの人間はコロっといくはずだった。

 

 特に、年季の入った人間であればあるほど、アナリザンドの幼女パワーは効果を発揮する。

 

 しかし、頑固婆さんはアナリザンドに一瞥すらくれず、静かにお茶をすすっている。

 まるで分厚い雲で覆われているかのように、頑固婆さんの心に言葉が届いていない。

 

「なんじゃ、また来たのか。魔族なのかなんなのか知らんが、お前もなれなれしいのう」

 

「えへへ、そうだよ! わたしね、お婆ちゃんとお友達になりたいなって思って!」

 

 アナリザンドは、さらに距離を詰めようと一歩踏み出す。

 

 が、ダメ。

 

「友達なんぞ、もう何十年も作っておらんわ。必要ない」

 

 バッサリ、たった一言で切り裂かれた。

 

(むむ……手ごわいな。こういう時は、共通の話題だよね?)

 

 もちろん、お天気デッキなどという日和見な選択ではない。

 

 頑固婆さんとの共通の話題。それは――。

 

「お婆ちゃん、ゴリラさんのこと、よく知ってるんでしょ? わたしもね、ゴリラさん、ちょっとだけ知ってるんだ! 強くてカッコイイよね!」

 

 実際には、ザインから話を聞いただけなのだが、アナリザンドにとっては些細な問題だった。

 魔族は嘘ばかりつく生物ゆえ。

 

「ふん。あの朴念仁のことを、お前のような小娘が知っているはずもなかろう」

 

 婆さんは、アナリザンドの言葉を鼻で笑う。

 

(うーん、褒めてもダメか。じゃあ、同情作戦!?)

 

 アナリザンドは哀しそうな顔3を選択する。

 

「でも、ゴリラさん、ずーっと一人で旅してるんでしょ? きっと寂しいと思うんだ。ザイン先生も、心配してるよ。お婆ちゃんも、本当は心配なんじゃない? ゴリラさんの行き先を教えてくれたら、先生はゴリラさんにきっと合流できるし、お婆ちゃんもそのほうが安心でしょ?」

 

「余計なお世話じゃ。あいつが決めた道だ。儂がとやかく言う筋合いはない」

 

 頑固婆さんの態度は、依然として鉄壁だった。

 アナリザンドのうるうる上目遣い攻撃も、全く効果がない。

 むしろ逆効果だったような。

 アナリザンドはやぶれかぶれになった。

 

(こ、こうなったら最終手段だ! わたしの魅力でメロメロ作戦を発動する!)

 

 アナリザンドは、その場でくるりと一回転し、可愛らしいポーズを決めた。

 

 完全に完璧に究極的に調律されたかわいいポーズ。

 

 シュタルクとフェルンが口に手を当てて悶絶している。

 

 フリーレンとザインは呆れ顔だったが、そんな表情は見ない。

 

「お婆ちゃん! わたしね、実は魔法使いなんだよ! すっごい魔法も使えるの。きっとお婆ちゃんもハッピーな気持ちになる究極の魔法なんだから」

 

「騒々しい。静かにお茶くらい飲ませてくれ」

 

「ねえ。魔法! 魔法だよ。ちょっとくらいお試ししてもいいじゃない。ねえ。ねえ」

 

「ああ、うるさい。勝手にするがいい!」

 

「うん。勝手にするね。いくよ。究極魔法」

 

――抱き枕になる魔法。

 

 このごろの実績では、あの大魔法使いゼーリエさえも降した最強の魔法である。

 アナリザンドは、この魔法に絶対の自信を寄せていたのだ。

 

(くらえー!)

 

 ポンという軽い音を立てて、アナぬいは頑固婆さんの懐に収まる。

 

「なんじゃこれは?」

 

 頑固婆さんは、アナぬいを、そのままじっと見つめた。

 アナぬいも物言わぬ顔で、頑固婆さんを見つめる。

 

 どうだ。かわいいだろう。抱きしめたかろう。

 どれだけ心に鎧をまとおうとも、心の弱さは守れないのだ。

 

「……何がしたいんじゃ、お前は。人の家のなかで騒々しい。帰った帰った」

 

 アナぬいはそのまま投げ捨てられ、フェルンの両腕に収まった。

 

「アナリザンド様。か……かわいすぎます。これは反則ですよ!」

 

 フェルンには絶大な効果を発揮したらしく、そのままギュっと抱きしめられる。

 

(むぎゅ。さらに大きくなってるな。フェルンちゃん)

 

 しかし、アナリザンドは不満だ。

 

 初めて、この魔法が負けた。敗北してしまった。

 

(このわたしのキュートネスが通用しないなんて……)

 

 そのまま、ぬいぐるみのまま意気消沈する。

 ぬいぐるみだったので、外部からはわかりようがなかったが。

 

「婆さん。いい加減教えてくれよ。ゴリラはオレの親友なんだ」

 

 ザインが、いつもとは違う焦燥にかられた声をだした。

 頑固婆さんは、片目をつむり、ザインを観察している。

 

「ん」言葉すくなに声を出す婆さん。

 

 片手には桶が握られていた。意味を測りかねながらもザインは桶を受け取った。

 

()()だ。峡谷にある英雄の像を磨くんだ」

 

 頑固婆は立ち上がり、扉の前に向かった。

 

「着いてきな。案内する」

 

 

 

 

 

 そこにあったのは名もなき忘れ去られたふたりの英雄の石像だった。

 

 ひとりはエルフの戦士。もうひとりは人間の僧侶にみえる。

 僧侶のほうはあごひげをはやしており、ザインに似ていた。

 

 まるでお墓のように時の流れによっても完全には風化せず、そこに記念碑のように建っている。

 さすがに表面には苔がはえており、全体的に風雨にさらされ、薄汚れていたが、古い歴史を今に伝えることには成功していた。

 

 フリーレンがエルフの戦士の像を見上げる。

 

 記憶の中にあらたしい姿。

 

「クラフトだ」

 

 雪山で逢ったエルフのモンクである。

 アナリザンドは直接会話したわけではないが、時折チラリと画面の隅に映る姿は捉えている。

 

 いまもフェルンに抱かれたままのアナぬい状態だったが、確かに似ていた。

 エルフの寿命を考えればおかしなことではない。遠い昔にクラフトは英雄だったのだろう。

 

「……ザイン?」

 

 像を見上げたまま、なにやら感傷にふけるザインを、フリーレンが見ていた。

 

「なるほど、この人はクラフトって名前なんだな。こっちは?」

 

「さあね。知らない」

 

「そうか……」

 

『先生。どうしたの?』とアナリザンドが小窓を出現させて聞いた。

 

 少し寂しそうな様子なので、気になったのである。

 

「アナ公。それはズルってもんだろ。大人には秘密ってもんがあるの」

 

 ぬいぐるみが喋るという事態が、ズルなのだろう。

 大切な思い出を喋りたくないというのもわかる。

 特に、ザインにとってはゴリラとの思い出は単純に良い思い出というばかりではない。

 いっしょに旅に出なかったという負い目がある。

 

『ちょっとくらい教えてくれてもいいじゃない』

 

「昔な。オレの村にも似たような像があったんだ」

 

『村に視察に来たハイターにも見せたりした?』

 

「おまえ、本当にハイター様のこと好きすぎだよな」

 

『だってお父さんだもん』

 

 アナリザンドの言葉に対して、フェルンがアナぬいを優しく抱きしめる。

 フェルンにとってもそうなのである。育ての親。あるいはそれ以上の存在。

 

「オレの村でも、この英雄の名前も何を成したかも忘れされれていた。ゴリラはオレはそうはならねえって言ってたな。勇者ヒンメルみたいな忘れられない英雄になるって」

 

 ザインはフリーレンに視線を向ける。

 フリーレンに対するサービスのようなものだったのだろう。

 しかし、フリーレンの表情は揺らがない。

 あるいは内的にはなんらかの処理がなされているのかもしれない。

 

『ねえ。ハイターは~?』

 

「ちょっとは情緒ってもんはねーのか。この魔族は。……ハイター様は言っていたよ。どんな英雄も忘れ去られるものだって。勇者ヒンメルも例外ではないってな」

 

『ハイターらしい言葉だね』どことなく嬉しそうなアナリザンド。

 

「そうかもな。ともかく、ゴリラがゴリラって名乗り始めたのもそれからだ」

 

『なら、ザイン先生は僧侶アゴヒゲだね』

 

「やるじゃねえか。アナ公。ハイター様は確かにそう言ってたぜ」

 

 ザインはアゴヒゲを生やしている。

 いっしょに旅に出なかった後悔を抱えながら、ハイターの言葉をずっとひきずってきたのだ。

 

『つまり、僧侶アゴヒゲ誕生の秘密は、ハイターにあったんだ。そうなると、ザイン先生はわたしの弟ってことになるのかも。ザインくーん』

 

「ならねえよ。オレには兄貴がひとりいる。アナ公はアナ公で十分だ。だいたいこれ以上妹や弟を増やして、おまえどうするつもりなんだよ」

 

『全人類はわたしの弟妹になるべきなのです』

 

 人類弟妹化計画。

 

 魔王もびっくりの大スケールと長スパンの、アナリザンドの野望とも言える計画だった。

 人類側から見ると、ちょっと怖い。

 

「末恐ろしい魔族だぜ」

 

 

 

「無駄話はそれくらいにしな」頑固婆さんはブレなかった。

 

 

 

――みんなで英雄の像をキレイにしました。

 

 

 

 途中で、ザインがアナぬいをスポンジ代わりにしようとしたので、やむをえなく元のアナリザンドに戻って、背の低い細かいところをキレイにする作業に従事したのである。

 

 

 

「やっと終わった……。大変だったぜ」

 

「銅像だったら魔法でなんとかなったのに」とフリーレンが愚痴をこぼすが、手で磨くからこそ、汗をかいたからこそ、頑固婆さんの心を動かすことができたと言えるだろう。

 

「ゴリラにも同じことを頼んだが、あいつは、ここまでうまくはできなかった」

 

「あいつは戦いしか取柄がない」

 

「でも名前のインパクトはバッチリだったよ」

 

 初めて頑固婆さんが微笑んだ。

 

 昔を思い出すように、両目をつむり、心の眼で過去の出来事を思い出している。

 

「ゴリラはあんたのことをよく話していたよ。一緒にずっと名を遺すような英雄になるってね」

 

 ザインは無言のままだった。

 失われた十年に思い致していたのだろう。

 

――頑固婆さんと別れ。

 

 ザインはフリーレンたちを外で待たせていた。

 

 あまり長くはかからなかった。

 

「ゴリラの行き先わかった?」と、フリーレンが聞いた。

 

「テューア。北側諸国中部の交易都市だ」

 

「ここから遥か東方。オイサーストとは反対方向だね」

 

「ああ……どうしたもんかね」

 

 ザインはまた、決断を迫られている。

 仲間と別れ、ひとり旅を続けるか。それとも、フリーレン達とともに旅を続けるか。

 

「とりあえず、日も暮れそうですし、結論は明日でもいいんじゃないですか」

 

 フェルンが言った。情緒という意味では薄いが、べつにザインのことが嫌いなわけではない。ハイターとザインを重ねて見ているフェルンにとって、ザインの存在は、ハイターとのギャップがあって、ほんのちょっとだけ嫌悪感のようなものも抱いているのである。

 

 父親をキタナイと評する微妙なお年頃。つまり、思春期なのだ。

 

「集落の小屋、借りてきたぜ。自由に使っていいってよ」

 

 あっというまに、村人の信頼を獲得して小屋を借りてきたのはシュタルクである。

 シュタルクは頑固婆さんでもなければ、人に好かれやすい。

 

「ありがとう」と、フリーレンが言って、みんなで小屋の中で一夜過ごすことになった。

 

 

 

 

 

 冷たい風が吹きすさんでいる。

 つい先日まで感じていた穏やかで澄み切った秋の空気はどこへやら。

 肌を刺すような寒さがフェルンの指先を冷たくしていった。

 買い出しに、少し村のなかを歩くだけで、この有様である。

 

 フリーレンは寒さに弱く、小屋のなかで静かに魔導書を読んでおり、シュタルクも武器の手入れをしていた。ザインは薪をもってきている。

 

 べつにフェルンのことをパシリに使ってるわけではない。お財布を握っているのはフェルンなので、買い出しはフェルンの役割なのだ。

 

 アナリザンドはというと、ほんのちょっとの間だけパーティを抜け、自宅で冬ごもりの準備をしていた。もはや何も言うべきことはないが、メトーデはいまだに家のなかにいる。「まごうことなき冬ですよ~」と言う彼女に対して、もはやアナリザンドはあきらめている。

 

 すぐに取って返し、フェルンを出迎えた。

 

「晩御飯の食材買ってきました」

 

「フェルンちゃんおつかれさま。なんだか寒そう」と、アナリザンド。

 

「手がちべたい……」

 

「すごいひんやりしてる。これは新記録かも」

 

 フリーレンがフェルンの手をとって、少し驚いているようだった。

 あまり長くは握っていられない。

 

「フェルン、手、冷たいのか?」

 

「べつに、平気です」

 

「どれどれ、本当だ。超つめてぇ……」

 

 なんの他意もないであろうシュタルクが、フェルンに近づいて、その白い指先をむんずと掴んだ。そして、笑みを浮かべながら、自分の大きな手で包みこむようにしてあたためている。

 

――純粋な好意。

 

 その無邪気ともいえる仕草に、フェルンは黙って、シュタルクを見つめる。

 甘ったるい雰囲気ではない。ただ――友達のように気安い態度をとってくるシュタルクに対して、ほんのちょっぴりだけ不満の心が湧いた。

 わかってほしい少女の心。理解されたくないのは乙女の気持ち。

 げに玄妙なるは乙女心というやつである。

 

 その心は、具体的な行動としてすぐに現れた。

 フェルンはサッと手をひっこめると、シュタルクのほっぺたに、その冷たい手をあてたのだ。

 

「ちべてっ!」

 

 ムンと手を差し伸べて、さらに冷たさを感じさせようとするフェルン。

 プチムッスゥ顔である。

 

「やめてっ!!」

 

 シュタルクが情けない表情になった。

 フェルンに無碍にされて、わかりやすく、落ちんこでた。

 彼の心はいまだ少年のままな部分が多く残されている。

 

「雪ですね。また冬越えが必要になるのでしょうか」

 

 窓の外を眺めながら、フェルンが言った。

 

「今回は険しい山脈を越えるわけじゃないからね。猛吹雪にでもならない限り大丈夫だよ」

 

 フリーレンがドヤ顔でそんなことを言っていたが、その言葉がフラグになったのか。

 翌日は、猛吹雪が吹き荒れていた。

 

 

 

 

 

 一寸先も視えないホワイトアウト。

 

 フリーレンが吹雪の前に棒立ちになりながら「ザイン、出発する?」とか聞いてたが、もちろん、そんな馬鹿なことをする冒険者はいない。

 

 フェルンもシュタルクも常識的に判断して、このまま進むのは不可能に近いと感じている。

 

 小屋を貸してくれた村人も「一か月は寒波が続く」と述べていた。どうやら寒波が過ぎ去るまでの間、快く小屋を貸してくれるらしい。この世界の住人は基本的に善意の人が多い。

 

 それと、フリーレンにとってはある程度、人間の時間に配慮はしているが、自分の興味があるところにやはり時間を割きたいらしい。うれしそうに言うには。

 

「この集落には怪しい老人がやってる魔法店があるんだよね」

 

 とのことで、そこで伝説級の魔法を漁りたいようだ。

 

 そういった次第で、奇しくも別れの時間は引き伸ばされた。

 

「もうしばらくは一緒にいることになりそうだな」

 

 ザインは時間ができたことで、かえって名残惜しい気持ちが湧いたようだ。

 ふっと力を抜いたような、そんな声だった。

 

 

 

 

 

 ひと月の間、一行の行動パターンはさほど変わるところはなかった。

 

 フリーレンは魔法店にいりびたり、フェルンは魔導書を読んで静かに自己研鑽している。その横でシュタルクは筋トレに励み、アナリザンドはほとんど別のところにいってていなかった。

 

 そして、ザインはというと、酒場でギャンブルと酒という、いつものお決まりの行動にふけり、ほとんどみんなとはいっしょにいなかったのである。

 

 ザインはふと気づく。

 

「……あれ? オレらほとんど一緒にいなくね?」

 

 あとひと月で別れるのに。

 

 なんということだろう。真の仲間じゃなかったのかよ。

 と、思わなくもなかった。思ってもせんないことだった。

 

 フェルンもシュタルクもアナリザンドも子どもだし、フリーレンもなんらな子どもだ。

 

「ザインちょっといい?」

 

 しずしずと、酒場にあらわれたのは珍しい組み合わせ。

 フリーレンとアナリザンドだった。

 しょんぼりダブルエルフ顔を見せるふたり。

 

「なにかあったのか? おまえたちが酒場に来るなんて珍しいな」

 

「シュタルクが」「フェルンちゃんが」ふたり同時に声を出す。

 

 声が重なる。

 

「喧嘩してる」

 

「フリーレンはともかくとして、アナリザンド。おまえはあいつらの姉なんだろ。妹たちの喧嘩を仲裁するのは姉であるおまえの役目なんじゃねーか?」

 

「うん。わたしもふたりを取りもとうとしたんだけど、ダメだった。フェルンちゃんに仲直りしてっていったんだけど、わたしはシュタルク君に甘すぎるって言われて……」

 

「ガキかよ……。で、オレに仲裁してくれって? なんでオレに頼むんだ」

 

「仲裁は僧侶の仕事なんだよ」

 

 フリーレンはこともなげにそう言った。ハイターといっしょに旅をした経験から、自然とそういう結論に至っているのだろう。アナリザンドも、ハイターのことを持ち出されれば、否定しづらい。だから、フリーレンといっしょに頼みにきたのだ。フリーレンはついてこなくていいといったが、喧嘩の空気に耐えられなかったともいえる。

 

「そうなの?」とザインは聞いた。

 

「そうなの」

 

「はいはい。わーったよ」

 

 もはや冗談みたいなエルフの無頓着さに、ザインは呆れながらも付き従うほかなかった。

 彼も、薄々これが最後の大仕事になると思っていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 つーん。めそめそ。

 

 ひどい状況だった。

 フェルンは床に正座し、完全にシュタルクに背を向けている。その様子はまさにつーんとしか言いようがなく、ツンデレであれば、デレが足りなさすぎる状況である。

 

 シュタルクは、めそめそと泣きながら赦しを請うているが、フェルンは聞き入れる様子がない。

 

「おい。何があったんだ?」ザインが聞いた。

 

「シュタルク様が悪いんです」

 

「……はい。オレが全部悪いです」

 

「話にならないな。ひとりずつ部屋にきなさい」

 

 ザインはひとまずのところ、シュタルクをひきずって、自室に呼びこむことにした。

 

 アナリザンドであれば、「あれれどうしたのー」と、メスガキ懺悔室が始まるところだが、残念ながらザインの場合は普通の懺悔室……というより、大人らしいヒアリングである。

 

「先生わたしもついていっていい?」

 

「んー。まあいいだろう」

 

 アナリザンドも、ひょこっとついていき、シュタルクに対する話を聞くことにした。

 ザインはいなくなる。そうなると、喧嘩の仲裁役は必然的にアナリザンドしかいない。

 そう思ってかはわからないが、アナリザンドも入室をゆるすされた。

 

 甘い砂糖たっぷりのミルクティを飲ませ、落ち着かせたところで、ザインが口を開く。

 

「で、何があったんだ?」

 

「この小屋に来たばかりの頃、フェルンがオレのほっぺに、冷たい手を当てたじゃん」

 

「あー、あったな」

 

「今日それをやり返したら、フェルンがキレちゃった……」

 

 めそめそ。

 

「ガキかよぉ……。女の子が顔ベタベタ触られれて、いい気がするはずねぇだろ」

 

 ごもっとも。

 

 シュタルクも反論もせず、そのまま聞き入れている。

 

「シュタルク。おまえはオレと違って根はいいやつなんだから。正直に気持ちを言えばいい。仲直りしたいのなら、相手にちゃんとそう話すんだ」

 

 シュタルクの対面に座るザインの声は優しい。

 このときばかりは破戒僧というより、近所の気の優しいオジサ――いやお兄さんである。

 

「フリーレンは喧嘩の仲裁なんかしてくれないぞ」

 

 開いた扉の向こう側にはフリーレンが様子をうかがっていた。

 

「それに、アナリザンドもな。おまえのこともフェルンのことも大事すぎて、うまく仲裁ができないみたいだ。姉に甘えるだけじゃ、情けないの弟のままだぞ」

 

「わかったよ。ザイン。姉ちゃんもごめんな。フェルンに謝るよ」

 

 シュタルクは、元から素直な性格をしている。好青年なのである。

 こちらの説得は容易かったと言えるだろう。

 ただ、指針を述べて、発奮させる方向性は、アナリザンドには無い要素だった。

 アナリザンドは、基本的には相手を受容してしまう。優しすぎるのが弱点なのだ。

 

 

 

 

 

 次に呼ばれたのは、フェルンだった。

 フェルンの願いを聞いて、アナリザンドは今、ぬいぐるみ状態になって、腕のなかに収まっている。

 

「シュタルクも反省している。あいつガキなんだ。悪気があったわけじゃない」

 

「わかっています。私が意地になってしまったので……。謝りたいです」

 

「元はと言えば、私のせいですし、触られたことも気にしてはいません。ただ肩を押さえた腕の力が強くて、ちょっとだけ怖いと思ってしまったんです」

 

「シュタルクのこと嫌いか?」

 

「なんでそんなことを聞くんですか? そう見えますか?」

 

 フェルン、無自覚につき。

 

「じゃあ、怖かったことをちゃんと話して仲直りだ」

 

 完璧な仲裁である。

 

 ザインという立場だからこそできることかもしれないが、アナリザンドには真似できそうにない。相手の懐にあえて飛びこんでしまうアナリザンドは、対象との距離が近すぎる。

 

 結果として、見守るということができていない。

 

 ギュっとフェルンに抱きしめられながら、アナリザンドは、ザインの優しげな大人の顔を観察していた。

 

 何かを遺そうとする意志を感じる。

 

 

 

 

 

 さて、喧嘩の結末はどうなったかというと。

 どうということもないことだった。

 

 フェルンが「もっと優しくして」と言えば、

 シュタルクが「ごめんよぉ……」と答える。

 

 ただそれだけの、たった二言で、仲直りは達成された。

 

 子どもどうしの喧嘩なんて、そんなものなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 酒場にて。

 ドンとビールの入ったミニ酒樽がテーブルに叩きつけられる。

 ザインは、酔っぱらっていた。

 

「もう付きあっちゃえよ!!」

 

 フリーレンはよくわからなかったみたいだが、アナリザンドにはよくわかる。

 フェルンとシュタルクの仲が良いのは誰の目からみても明らかでだった。

 

 いわゆる男女の仲になっちゃえよと言っているのだ。

 

 でも、アナリザンドにとって、それはほんの僅かだが、寂しいという気持ちにもなる。

 妹と弟の仲がよいのはうれしいのだが、どこか置いてけぼりをくった気分になる。

 

「なんだアナ公。いっちょまえに嫉妬か? 出逢いもあれば別れもあるさ。心の距離という意味でもな。長い人生なんだ。普通なんだよ。これくらい」

 

「先生は寂しくないの? わたしは先生と離れ離れになるの寂しい」

 

 既にアナリザンドの瞳には涙がいまにも零れ落ちそうなほどうるうるとしている。

 

 溜息ひとつ。でも、悪い意味での溜息じゃない。

 

「オレは大人だからな」

 

 ザインのその言葉は、アナリザンドの心に小さな棘のように刺さった。

 大人だから、寂しくないの? 大人だから、別れも平気なの?

 わたしは、まだ子どもだから、こんなに胸がチクチクするのかな。

 

 その夜、アナリザンドはなかなか寝つけなかった。

 

 フェルンとシュタルクは、もうすっかり仲直りして、隣で小さな寝息を立てている。その穏やかな寝顔を見ていると、嬉しい気持ちと、やっぱり少しだけ仲間外れにされたような寂しい気持ちが、交互に押し寄せてきた。

 

(先生とも、いつかお別れするんだよね……あと、ちょびっとで)

 

 ゴリラの行った先は、フリーレンたちの目指すオイサーストとは全く違う方向だ。ザイン先生が親友の元へ行くことを、誰も止められないし、止めるべきでもない。それは分かっている。でも、頭でわかっていても、心がついてこない。

 

(このまま、なんとなくお別れしちゃうのは、やだな……)

 

 アナリザンドは、むくりと起き上がった。

 

 何かできないだろうか。このモヤモヤした気持ちを、少しでも晴れやかにできるような、そして、ザインとの思い出を、もっともっとキラキラしたものにできるような。

 

 そうだ!

 

 アナリザンドの頭の中で、一つのアイデアが電球のようにピコーンと灯った。

 

――乱れ雪月花。

 

 というわけではなく。

 

「お別れ会だよ! 人生の節目には、そういうイベントが大事!」

 

 翌朝。

 アナリザンドは、ザインがおもむろに酒場に向かったのを見計らい、高らかに宣言した。

 

「え、お別れ会?」

 

 最初に反応したのは、筋トレしていたシュタルクだった。

 

「うん! ザイン先生、もうすぐゴリラさんのところに行っちゃうでしょ? だから、その前にみんなでパーっと楽しいことするの! 美味しいものいっぱい食べて、歌って踊って、ザイン先生を笑顔で送り出すの! どうかな?」

 

「良い考えかもしれませんね」

 

 フェルンが、意外にも肯定的な言葉を口にした。昨日の喧嘩のこともあってか、少しだけシュタルクと気まずそうにしていた彼女も、アナリザンドの提案には賛同のようだ。もしかしたら、彼女もザインとの別れを寂しく思っているのかもしれない。

 

 あるいは彼という仲裁役がいなくなることを、不安に思っているのかも。

 

「いいんじゃね? なんか楽しそうだしな!」

 

 シュタルクも、フェルンの言葉に後押しされるように、元気よく賛成した。美味しいもの、という言葉に釣られた可能性も否定できない。

 

「フリーレンはどう思う? わたし、ザイン先生のために、何かしたいんだけど」

 

 アナリザンドは、一番の難関であるフリーレンにお伺いを立てる。

 

 フリーレンは、いつものように無表情で、淹れたての薬草茶を一口すすった。

 そして、ぽつりと呟いた。

 

「好きにすればいい。私は別に構わないよ。ザインには、まあ、色々世話になったしね」

 

 フリーレンとも手をとりあうことができた。

 

 もはや障害はない。

 

 こうして、わたし、アナリザンドは先生と別れる覚悟を決めたのである。

 

 

 

 

 

 冬は唐突に終わりを告げた。

 一か月ほどの寒波は過ぎ去り、もはやいつでも旅立てる。

 ザインとの別れの前日。

 

 その日の夕暮れ時。

 集落の広場には温かい灯がともっていた。

 アナリザンドが中心となって開催したザインお別れ会の開催だ。

 

 庭先のように地面にテーブルがいくつも並べられ、アナリザンドが財力とそのキュートさをもって篭絡し、手に入れたであろう、いくつもの御馳走が並んでいる。焼きたてのパン、香ばしい肉料理、色とりどりの野菜、そして何種類もの果物。もちろん、フェルンの大好物である甘いお菓子も山盛りだ。さらには、ザインの好物であるお酒も、村中からかきあつめられれいる。

 

「さあさあ、ザイン先生! 主役なんだから、一番良い席に座って!」

 

 アナリザンドは、ザインの手を引っ張り、テーブルの中央に用意された、少しだけ立派な椅子へと案内する。ザインは、少し照れくさそうに、しかし満更でもないといった表情でその椅子に腰を降ろした降ろした。

 

「なんだか、大袈裟だな、アナ公」

 

「いいのいいの! 今日はわたしがプロデュースする、最高のパーティーなんだから!」

 

 アナリザンドは、胸を張って宣言する。

 

 フリーレンは、いつも通りマイペースに、テーブルの隅で興味深そうに料理を眺めている。フェルンとシュタルクは、少しぎこちないながらも、隣同士に座り、小声で何かを話していた。あの日の喧嘩のわだかまりは、雪解け水のように、もうすっかり解けているようだ。

 

「それじゃあ、みんな! ザイン先生の新しい門出と、感謝をこめて。かんぱーい!」

 

 アナリザンドが、子ども用の甘い果実水を高々と掲げると、他のメンバーもそれぞれの飲み物で乾杯した。ザインは、大きなジョッキに注がれたエールをごくりと飲み干し、「ぷはーっ」と満足げな息を吐く。

 

「悪くない気分だ」

 

 宴は、和やかに始まった。

 シュタルクがどこで覚えてきたのか、薪割りダイナミックとばかりに、十本ほどの薪を縦に積んで、それを一気に割ったり、フェルンがサビトレールで、集落中の金物の錆をとったり。

 

 フリーレンは、ヒンメルの雄姿をみんなに述べ伝えたりして、拍手喝采をうけた。

 

 アナリザンドとはいうと、もろちんみんなに負けていない。シュタルクが作ってくれた木箱をお立ち台として、元気いっぱいに不思議な踊りを披露する。

 

 歌詞はメチャクチャで、踊りはぎこちなかったが、それがみんなの笑いを誘った。

 

「ザイン先生、どう? わたしのスペシャルステージ!」

 

 息を切らしながら、アナリザンドは得意げにザインに尋ねる。

 

「ああ、まあ……。なかなか見応えがあったぜ、アナ公」

 

 ザインは、苦笑しながらも、その言葉には確かな温かさがこもっていた。

 

――宴もたけなわ。

 

 美味しい料理とお酒(アナリザンドはまだ子ども用のジュースだが)が進み、みんなの顔もほんのりと赤らんでいる。

 

 ザインは、普段よりも饒舌になり、ゴリラとの昔話や、今後の旅の展望などに話を咲かせていた。

 

(よかった。先生。楽しそう)

 

 でも、楽しければ楽しいほど、すごく寂しくなってしまう。

 

 アナリザンドは、ハイターとの別れを経験している。人との別れがわからないわけではない。

 でも、どうしようもなく寂しい。

 

 ふと――。視界に テーブルの隅に置かれた、ザインが飲んでいたのと同じエールの入ったミニ樽が留まった。それは、琥珀色に輝き、なんとも言えず美味しそうに見えた。

 

(大人だから寂しくないって言ってたよね。わたしもちょっとだけ……)

 

――大人の気分を味わってみたいな。

 

 べつに法律に触れるわけではない。アナリザンドはこう見えて、60年以上の時を生きている。

 

 好奇心と、ほんの少しの背伸びしたい気持ち。

 そして、ザインと同じ気持ちを共有したいという、子どもじみた憧れ。れ。

 

 アナリザンドは、誰も見ていないことを確認すると、そーっとそのミニ樽に近づき、小さなカップにほんの少しだけ、琥珀色の液体を注いだ。

 

(ほんのちょっとだけなら、大丈夫だよね?)

 

 ドキドキしながら、アナリザンドはその液体を一口、ごくりと飲んでみた。

 

 苦い。途端に喉の奥が熱くなる。でも、かすかにフルーティな香りが漂ってくる。

 

「果物っぽいのがいいかもぉ」

 

 そして、次に目についたのは、いわゆるストロングスタイルのチューハイだった。何をどうやってかはわからないが、魔法的なあれこれで、どうにかしたのだろう。

 

 ものすごく飲みやすく、そしてものすごい酔いやすい。ソンナ一品。

 

「あー、これおいしー、かもー」

 

 世界がぐるぐるしてるみたい。でもなんだかたのしー。

 

 アナリザンドののの頭の中では、楽しかった今日の出来事や、ザイン先生への感謝の気持ち、そしてちょっぴりの寂しさが、ふわふわとした感覚の中で混ざり合い始めていた。

 

 そして、この時の記憶と感情を、彼女の『アナリザンドサービス』は、いつも通り正確に記述し始めていた。時間の記述など無意味だ。そー、無意味なの。

 

 わたしはそう思うのです!

 

 

 

 

 

 じかんなんてただのすうじだー。

 きじゅつなんてただのことばだー。

 うおおおおお。なんか知らんが言葉が空転しているぞ。

 

 おおおおおおおお。お?

 

「あななりざんどさま。だいじょうぶですか」

 

 ふぇるんちゃんがー、すごくなんかすごい。

 こんなでっかいもんぶらさげてて、優しいとか、もうチートだろこれ。

 かわいすぎるだろう。このやろう。ふざけやがって。

 今宵の月は、余を狂わせる。

 ダイブするー。ダイブトゥおっぱいザンド。

 

「むひゅん。大丈夫にきまってるでしょ。わたしレディなんだから、さぁっ!」

 

 突然キレ芸ザンド。

 

 ぐぴゅる。

 

「ああ……もうのんじゃら――め――ですって」

 

「んー。聞こえんぞ。赦されんマジでキタコレ!」

 

 うむ。冷静に考えると、だ。

 

 キタコレとは、何が来たというのだろうか。これが問題の核心的部分である。

 

 いや、そもそも『来る』という概念自体が、時間に規定された線形的な認識に過ぎないのではないだろうか。過去、現在、未来。それは人間が勝手に作り出した便宜上の区分であり……。

 

 真の『存在(ザイン)』は、すべての時間軸に同時に遍在する、一種の確率的波動関数として記述されるべきなのでは?

 

 つまり、ザイン先生との『別れ』も、突き詰めれば、異なる時空連続体における『存在確率の位相シフト』に過ぎず、観測者たる『わたし』の認識フレームが変化しただけとも言える。

 

 あれ? 何言ってるんだっけ? なんか悟りを開いちゃったような。

 

 とにかく、ドーナツは美味しい。

 これは真理である。Q.E.D。

 

 アナリザンドは、まるで世紀の大発見でもしたかのように、一人うんうんと頷いている。その顔は真っ赤で、瞳は虚ろ。完全に出来上がってしまっていた。出来上がってる? そんなわけないでしょ。

 

 周りでは、フリーレンが相変わらず我関せずとばかりに何かを口に運び、フェルンは呆れたような、でもどこか心配そうな顔でアナリザンドを見つめ、シュタルクは「姉ちゃん、すげえこと言ってんな」と感心したような、困惑したような表情を浮かべていた。

 

 無為である。むいむいー。ああああああ。すごいぴょんぴょんしたい。

 意味もなくぴょんぴょんしたい。

 

「ザイン先生。見て見てー。ぴょんぴょんザンドー」

 

「おい、アナ公。大丈夫か? さすがに飲みすぎなんじゃねえの。顔、真っ赤だぞ」

 

 ザインの声には、呆れと、ほんの少しの心配が滲んででででで。カーン! デデデデ。

 

「ざいん、せんせー。わたしらいじょうぶれす。もしかしての大発見なんだけど、お酒に酔っぱらってるときと、ウンコを我慢してるときって似てるかも。波があるんだよ! 悟りザンド!」

 

「完全に酔っぱらってやがる……」

 

「そう、完全体になりさえすればー!」

 

「もう、お開きにした方が良さそうだな。おまえ、完全に酔っぱらってるぞ」

 

 ザインは、ふらつくアナリザンドの肩を、そっと支えようとす。

 

「あのね。せんせい。わたし大丈夫だよ」

 

「いやその言い分は無理があるだろ」

 

「だって、わたしは大丈夫だから! だから大丈夫なの!」

 

 とてつもなくトートロジー。

 びっくりするほどユートピア。

 

「いや、どう見ても大丈夫じゃねえだろ……」

 

「あのね。先生。あのね……」

 

「なんだよ」

 

「わたし、先生とお別れするの、やっぱりさみしい」

 

「そうかよ……」

 

 アナリザンドは、まるで電池が切れたおもちゃのように、かくんとこときれました。そして、次の瞬間には、すーすーと小さな寝息を立て始めたのだである。

 

 その寝顔は、先ほどの奇行が嘘のように、穏やかで、そしてどこまでも無邪気だったった。

 

 暗転。

 

 

 

 

 

 翌朝。

 昨日のカオスな様相とは打って変わって、すがすがしい朝だった。

 どうやら魔族は二日酔いにはならないらしい。

 頭の中はスッキリしていて、特段、普段と変わった様子はない。

 

 昨夜の喧噪がまるで遠い夢のようだ。

 いや、本当に夢だったのかもしれない。

 ところどころ記憶が曖昧で、何をやったかはっきりとは覚えていない。

 

 大きく伸びをして、周りを見渡してみると、既にフェルンちゃんたちが旅支度を終えている。

 

「あ、アナリザンド様、おはようございます。よく眠れましたか?」

 

 若干の意味深な言葉だった。

 心配げではあるけれど、観察するような視線でもある。

 わたし、なにかやらかしちゃいましたか?

 

「あ……。うん。わたしは大丈夫だよ」

 

「姉ちゃん。大丈夫か。昨日はスゲェはしゃいでいたみたいだけど……」

 

 シュタルク君も心配げ。

 

 いったい、わたしは何をやらしかてしまったんですかー!?

 

「おはよう。シュタルク君。フェルンちゃんも。あのさ……昨日は」

 

「さあ、そろそろ出発の準備が整ったな!」

 

 シュタルク君が話題を変えるように声を出した。

 

 やっぱり……。なにかしちゃったんだ。

 

 意味ありげな微笑みが、このときばかりはちょっぴり痛い。

 

 傷心ザンド。

 

 フリーレンはなにやらザイン先生と餞別をとりかわしている。

 ザイン先生はネットをしないフリーレンのためにわざわざ日記帳みたいなものを渡している。

 僧侶としての知識を記した手記。あるいは、誰かが喧嘩したときの対処法なんかが書いているのかもしれない。フリーレンは、短く感謝の言葉を述べ、ザイン先生の頭を撫でている。

 

 先生を子ども扱いできたのは、やはりフリーレンだけだったらしい。思いっきり背を伸ばして頭を撫でている。されるがままになっている。まんざらでもなさそう。

 

 そして、ザイン先生がわたしに近づいてきた。

 

「ようアナ公。昨日はすごかったな」

 

「そうなの? よく覚えてないけど……」

 

「酒、あんまり呑みすぎるなよ」

 

「うー。善処します」

 

 ザイン先生は、わたしの頭をくしゃっと一度だけ撫でて、からかうように笑った。

 その手つきは、なんだかいつもより少しだけ優しくて、胸の奥がきゅんとなる。

 

「ザイン先生。わたし、次に逢った時は、フリーレンと仲直りしてるね」

 

「ああ。期待してるぜ」

 

 それからは、なにごともなく、分かたれた道をザイン先生は歩み始めた。

 

「じゃあ、元気で」

 

「またね」

 

 フリーレンがフェアエルを唱える。

 

 さよならではなくて、ずっと未来でもう一度逢えることを願う言葉だ。

 

 シュタルク君も「またな」と言って、フェルンちゃんは綺麗な礼をした。

 

 どんどん遠くなっていく姿。

 

「先生。ありがとうー! 先生との冒険楽しかったよ。またね!」

 

 ザイン先生は、軽く手をあげて、背中で応えてくれた。

 

 わたしは、先生の姿が小さくなって、道の向こうに見えなくなるまで、手を振り続けた。

 

 太陽がすっかり高く昇り、暖かい光がわたしたちを包みこむ。

 

「さて、私達もそろそろ行こうか」

 

 フリーレンが長い橋へと視線を移し、その先のゼーリエ先生が待つオイサーストを望む。

 

 出逢いもあれば別れもある。

 

 でも、その思い出を総括するなら、楽しかった!

 

 ザイン先生との旅はここで一つの区切りを迎えたけれど、寂しさだけではない。

 

 胸の中には、たくさんの温かい思い出と、未来への小さな希望が灯っている。

 それぞれの道は分かれても、きっとまたどこかで人は再会する。

 

 そんな予感を抱きながら、フリーレン一行は再び、オイサーストを目指して歩き出すのだった。




いつも読んでくれてありがとうんこ!

そしてこの作品、毎度ながら何人もの先生に誤字報告してもらってる、不甲斐ないわたしなのです。見直しはしてるつもりなんだけど、なかなか減らなくて、いつもごめんなさいとありがとうでいっぱいです。

そこで考えました。

逆に考えるんだ。
誤字を誤字じゃなくしちゃえばいいんだ、と。

もしかすると、本当のうっかり誤字も混ざってるかもしれないけど、今回だけは笑って赦してください。

改めまして、いつもありがとう。
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