魔族少女のエロタナティブ   作:アナリザンド

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てとてとて

 

 

 

 なんとなく夢だとわかった。

 その夢は苦しかった。

 息苦しい。胸の奥が苦しい。

 どうしてかはわからない。

 理由もなく。ただ、苦しい。

 

 ああ、たぶん身体を動かせないからだ。

 一言も喋ることができないからだ。

 

 わたしは幽霊みたいなものだった。

 

 そこは、ここではないどこかの家。

 ゼーリエ先生に与えられたお部屋ではない。

 森の中のゼンゼ先生に作ってもらった小屋でもない。

 もしかしたら、前世のお部屋かなとも、ちらりと考えてみたけれど、そうではない。

 

 でも、おそらく現代だろうことはわかった。

 わたしはわたしの身体がない。ただ視点だけの状態で、部屋のなかを観察する。

 四角い立方体のような部屋で。天井は高い。

 日本の家屋ではありえないほどに高く、そこはコンクリートのようにみえた。

 いまいるこの世界ではありえない建築様式。

 

 なぜか、13平米ほどの四角い部屋の上辺と、右辺にはドアがついていて、そのいずれも外につながっているというのが、記憶とも違うところで、感覚的に理解する。

 

 もしかして火事の時とかに、二方向に逃げる道をつくっておかないと建築基準法上問題があるから、そうなってるのかも、と、わけのわからない思考がよぎる。こんなに脱出路が近いとほとんど意味はないのに。

 

 現代だとわかったのは、部屋の一角にカーテンがあり、わたしではないわたしがカーテンを引くと、おそらく前任の賃借人が呑みかけペットボトルを大量に残していたからだ。ちゃんと片づけていかない理不尽さに、虫が這うような不快感が生じる。

 

 窓の向こうには開けた空間。ベランダよりもテラスといったほうがいいか?

 そんな場所があった。

 

 ベランダは、部屋の大きさと同じくらいで、なぜか背の高い植木鉢とかが置かれている。パキラとかウンベラータとかそういうの。フェンスや壁で囲われておらず、もしも落ちれば地面に真っ逆さまだ。

 

 窓は日本建築らしく、引き戸になっていて、ちょっとじゃ乗り越えそうにない高さにあるのだが、ペットボトルが乱立する隙間からは、窓の外が見える。

 

 ここで夢の特性らしく、構造的に矛盾が生じているのだが、窓はペットボトルが置いてある一段高くなったところより、さらに下のところから生えているみたいで、要するに、壁に窓が設置されているわけではなく、外側の世界と部屋の中を窓が囲っているのかもしれない。

 

 ペットボトルの林をなぜか倒すこともなく、身を乗り出すようにして、つまり、うんしょと身体をもちあげて覗きこんでみると、一本の小さなペットボトルがころころとコンクリートの床を転がっていた。

 

 それが風に揺れて、なぜか豪雨という感じで。

 そのペットボトルは、ほんの手のひらほど開いた網戸の隙間から外に落ちそうになっている。

 

 あ、ダメ! って思った。

 誰のかはわからないけど、ペットボトルが外に落ちたら迷惑がかかっちゃう。

 

 わたしは手を伸ばす。

 そしてどうにかこうにか網戸に手がかり、閉めることに成功した。

 

――続きではない続き。

 

 わたしはフェルンちゃんと話している。

 いや話を聞いているといったほうが正確だろうか。

 フェルンちゃんが一方的に話している状態だ。

 フェルンちゃんはすごく困っていて、なぜか年老いて見えた。

 背中が曲がっていて、髪の毛は白髪で、声はしわがれている。

 

 それで言うには遺族年金がまだ入らないという、この世界にはちょっとありえない概念だった。

 遺族年金については、説明するまでもないけれど、配偶者が亡くなった時に、自分の年金に亡くなった配偶者の分が割り引かれてオンされるというものだ。

 

 もちろん、この世界にはそんな気の利いた制度はないし、高齢者は家族に最期まで世話をされて亡くなるということが多い。

 

 フェルンちゃんに夫がいたのか、これからできるのかはわからないけれど、夢の中での遺族年金はそういう概念ではなかった。()()()()()遺族年金がまだ入ってこないと、心配しているようなのだ。亡くなって二か月にもなるのに、まだ遺族年金が口座に入ってこず、この先生きていけるか心配であると、その瞳は唯一の家族である、わたしに頼り切っている。

 

 ひとりで生きていこうとしていた娘が、わたしに。

 胸の奥が痛い。おそらく庇護者としての責任感が重かった。

 わたしはたぶん、フェルンちゃんの子どもだったのだ。

 

――大丈夫だよ、と声をかけたかった。

 

 けれど、わたしはそのとき、ベッドに横になっていた。

 だから、フェルンちゃんにそんなふうに声をかけることすらできなかった。

 

 ハイター様は、わたしを助けてくださらないのでしょうか。

 いったいどこにハイター様はおられるのでしょうか。

 天国とは、いったいどこにあるのでしょうか。

 少なくとも、ここにはいません。

 

 いるよ、と言いたかった。

 感じていた。顔は見えないけれど、フェルンちゃんにも見えていなかったけれど。

 ハイターの下半分から胸元までが見えたような気がした。

 

 それで指。

 わたしは身体を動かせなかったから、ハイターのほうが手を差し伸べてくれたのだと思う。

 手だけが視界に入る。あたたかな温もりが、まるで魂全体に伝わるかのように。

 無意識に、強く強くその手を握りしめる。

 

 ハイターだ! ハイターがここにいる!

 お父さんはここにいるよ!

 

 わたしは絶叫する。魂が絶叫する。

 でも、声を出せない。苦しい。ああ、これは夢だ。

 明晰夢というやつかもしれない。だから、そう……起きなければ。

 

 起きれば、伝えられる。

 フェルンちゃんに、大丈夫だよって声をかけられる。

 お父さんは心配しているよって。

 

 真実はわたしのなかに確かにあるのに、それを言葉にして伝えられない。もどかしい。

 金縛り――、実際にそうだったのだろう。

 脳が情報を爆発させて、身体が起きていない状態。

 老体になって、寝たきりになったら、こんな状態になるのだろうか。怖い。

 

 起きろ! 動け!

 わたしは、念じるように何度も何度も身体に働きかける。

 

 起きなきゃ、わたしは死んでしまう。そんな予感すらする。

 

「――――っはぁ!」

 

 わたしは文字通りの意味で飛び起きた。

 息が荒く、寝汗がびっしょり。

 知らないところでものすごくエネルギーを使ったのだろう。

 悪夢というわけではなくて、どこか癒されてる感覚もするのは、夢の不思議なところだ。

 

 しかし――。

 

 なにはともあれ。

 

 夢から脱出することに成功したのであった。

 

 そして、あの暖かな感触の残る手のひらを見つめる。

 もしかしたら、ハイターがそばにいないかなと思って周りを見渡す。

 もちろん普段通りのわたしの部屋だ。なにも異常は見当たらない。

 メトーデがベッドにもぐりこんでるというようなこともない。

 当然のことながら、誰もいなかった。

 

――寂しい。

 

 でも、少し安心する。

 ハイターのお化けがいなくて安心したからじゃない。

 わたしはまだ生きていると実感できたからだ。

 

 

 

 

 

 お昼時の少し前。

 

 わたしはコンタクトをとってきた人物に驚いた。

 天地が逆転しても、ネットを使いそうにない人物。

 魔族嫌いでネット嫌い。

 つまり、わたしのことが役満状態で嫌いな千年エルフ、フリーレンその人だった。

 

『……』

 

 繋がっても無言のまま。

 フリーレンはわたしを睨みつけるふうでもなく、じっと観察するように見ている。

 その透徹したまなざしからは何も感じ取れない。

 あるいは、気配を読み取られないように、あえて心のガードをあげているとか?

 

「こんマゾ?」と、やむなくわたしは話を促す。

 

『…………』

 

「なんで何も言わないの? フリーレンがネットを使ってわたしに話しかけてくるなんて、超珍しい……というか、正規の方法では初めてだよね。なにかあったの?」

 

『……フェルンが、風邪ひいた』

 

「え、フェルンちゃんが?」

 

 ザイン先生と別れたばかり。間が悪い。ずっと旅を続けてきて知らず知らずのうちに疲れがたまっていたのかもしれない。あるいは、フリーレンが識別できる病気は限られる。彼女の使える女神様の魔法は限定的で、病気の識別が正しいか判別できない部分もあるのかもしれない。

 

『熱がある。息苦しそうにしている』

 

「すぐに行くよ。待ってて」

 

 なにしろ、わたしは女神様の回復魔法が使える。

 

 普通の魔法だと病気や欠損まで治せるかは怪しい、というか僧侶の力量に左右されるところだろうけれど、わたしには先生たちの10億パワーがある。オレオール先生に力を借りれば、その力は100倍に、つまり1000億パワーに達する。

 

 この世界はイメージの力で、現実界(ファーサイド)象徴界(ニアサイド)の境界を曖昧にさせて、神話の世界をこの世に顕現させるものだから、イメージできるかぎり、本当はなんでもできると思っている。

 

 ただし、象徴界とは、つまり言葉の世界なんだけど、言葉は境界すら切り裂いて秩序を構築しようとする。だから、内在的に魔法には一定の限度が生じてしまう。

 

 人を生き返らせるとかできないのは、それが理由だ。

 でも風邪を治すくらいは、赦される範囲だろう。

 

 細かいことは抜きにして、ともかくわたしならなんとかできそう。

 そして、フリーレンもそう思ったらしい。少しうれしかった。

 

『いや、やっぱりおまえは来なくていい』

 

「なんで! フェルンちゃんが苦しんでるのにおかしいでしょ」

 

『私でも解決できる問題だからだ。風邪によく効く薬草も知っている。氷柱桜といって――』

 

 つらつらと、氷柱桜の姿かたち。薬草の所在や効能、などをいつもどおりの口調で淡々と述べだす。魔法で治すよりも自然治癒のほうが身体には優しい、なんてことも言っていた。だったら、致命傷から回復してるのはなんでやって話になるわけで。時間があるときはそっちのほうがいいって、もはや意味がわからない。

 

 フリーレンの論理的ではない言い訳に、わたしはイラっとした。

 

「矛盾しているじゃん。このわたしに連絡してきたのは、フリーレンでしょ」

 

 そう、シュタルク君に連絡をとらせることもなく、フリーレンが自らわたしにコンタクトをとってきたのは、他ならぬフリーレンがそうしたかったからだ。

 

 なのに、そのフリーレンが自らの案を蹴るなんて、矛盾としか言いようがない。

 わたしを都合のいいドレーン扱いしている。

 

『一時の気の迷いだ。フェルンがあんまり苦しそうだったから、安易な方法に飛びついてしまった。おまえなんかの世話にならなくても、どうにでもできる」

 

「フリーレンは、わたしにフェルンちゃんがとられそうって思っちゃったの? 心配しなくても、フリーレンはフェルンちゃんの師匠(せんせい)だよ」

 

 フリーレンの思考が一瞬、遅延する。

 その処理がどのように行われたか、わたしに知る術はない。

 

 だけど、

 

『そうだね……。私はフェルンの師匠(せんせい)だ』

 

 と、フリーレンは言葉を出力した。

 

『フェルンが苦しんでる姿は見たくない。だから、おまえに()()しに来た』

 

「うーん。お願いされなくても行くけど、フリーレンの気持ちもわかるよ」

 

『おまえは私より女神様の魔法をうまく使える……』

 

「要するに!」わたしはフリーレンの言葉を打ち切った。「わたしをフェルンちゃんのお姉さんとしてではなく、高名なる僧侶としてお願いしたいってことでしょ!」

 

 胸をそりかえらんばかりに張るわたし。

 女神様の魔法を使えるというのは、わたしにとって、女神様の子であると同時に人の子であることの証明方法でもある。つまり、わたしにとっての誉れだ。

 

 誉れを頼られて嫌な気分にはならない。

 

 まあ、フェルンちゃんの姉であることは認めんぞっていうフリーレンの気持ちは、ちょっともの悲しくもあるけれど、わからなくもないので黙っておいた。

 

 そんなことより、フリーレンと言い合ってる時間が惜しい。

 

『おまえが高名かは知らないが、いますぐに跳んでこれるのはおまえくらいだろう』

 

「まあね。じゃあこうしようか」わたしは魔族的な笑い2をこぼす。「フリーレンはオルデン家で得た金貨3枚をまだへそくりとして持ってるでしょ。それをわたしに報酬として渡すの」

 

『魔族とは、やっぱり話が通じない。フェルンはなんでこんなやつを慕ってるんだろう……』

 

 こう見えても、フリーレンの心が納得できるようにバランスをとってるつもりなんだけどね。

 フリーレンにはちょっと難しい概念だっただろうか。

 

「じゃあ、わたしは姉として妹であるフェルンちゃんを無償で治すよ。それでいい? フリーレン先生?」ニチャアと笑うわたし。

 

『お金は、もう使ってしまった。金貨一枚くらいしか残っていない』

 

 魔導書買うって言ってたもんね。

 

「じゃあ、それでいいよ。どうする?」

 

『………』

 

 フリーレンの選択は?

 

『わかった。それでいい』

 

 長い思考(エルフにしては短めかもしれない)の後、フリーレンは絞り出すようにして言った。

 

 ふふん。また、勝ってしまった。

 

 

 

 

 

 小屋の中に、フェルンちゃんはいた。どうやら親切な人がベッドを貸してくれたらしい。

 おそらく、シュタルク君がいつものように人好きのする交渉術で、獲得したのだろう。

 

 わたしは転移すると、シュタルク君は「姉ちゃん」と短く言った。

 心配そうな声なのは、フェルンちゃんの今の状態に向けられたものだろう。

 

 フェルンちゃんは厚着をして、フェルンちゃんは熱い吐息を吐いていた。

 呼吸するのも苦しそうで、見ているだけで、胸の奥が痛くなってくる。

 

「アナリザンド、様……来てくれたんですね」

 

「うん。きたよ。フェルンちゃんが風邪ひくなんて珍しいね」

 

「自己管理ができてなくて申し訳ございません。もう子どもじゃないのに……」

 

「喋らなくていいよ」

 

 喋るのもつらそうだ。

 わたしは、フェルンちゃんが寝ているベッドに近づき、その手を握った。

 女神様の魔法で、フェルンちゃんの病気を解析し始める。

 

「あ……。アナリザンド様も、そうして、くださるのですね……」

 

 力なく微笑むフェルンちゃん。わかりやすいキーワードは『も』。

 

 おそらく、同じことをしたのはフリーレン。

 

 わたしが手を握ったまま、ちらりと視線を後ろにやると、フリーレンは不機嫌そうな顔をしていた。魔族ごときが、同じ行為をしたことに腹が立っているのか。それとも、まだフェルンちゃんをとられるかもって思って心配な師匠ごころなのかはわからない。

 

「フェルンは風邪をひいたとき。手を握ってあげると安心するんだよ。小さい頃からそうなんだ」

 

 わたしがそのポジションを奪ったように見えて、不満だったのだろう。

 いつもと声の調子は変わらないけど、ちょっとだけ寂しそうに目を伏せている。

 でも、わたしもフリーレンに対して、モヤっとした気持ちが湧いた。

 フリーレンはわたしと違って、フェルンちゃんが小さい頃から、こうして手を握りあっている。

 肉体的に接触することができている。

 

 わたしがフェルンちゃんに肉体的な意味で接触したのは、ほんの数年前のことだ。

 フェルンちゃんがまだ十にも満たないとき、わたしはフェルンちゃんと接触できなかった。

 

 それをフリーレンのせいにするつもりはない。

 魔族殺しの前で生身をさらすのは危ないという、合理的な思考がなかったわけではないが。

 わたしに根本的な問題があった。

 わたしは、人と話すのが怖かったんだ。

 わかってくれるかもしれない人と、本音で語り合うのが怖かった。

 だから、小窓のなかから飛び出して出逢うことができなかった。

 

――解析終了。

 

「うん。まちがいなくただの風邪だね。じゃあ回復するよ」

 

「はい……」

 

 女神様の魔法があたりを照らしだす。

 黄金色の柔らかい光に包まれて、フェルンちゃんは確実に病魔を払いのけつつある。

 呼吸が軽く、そして熱が引いていく。

 フェルンちゃんは風邪の状態から健康体に戻ってはいる。

 けれど、落ちた体力はすぐには戻らない。

 なにより、わたしのイメージは、お薬を飲んで、じんわり回復するという現代的なイメージに引きずられてしまったというのもある。

 今回は、鎮痛と解熱。それが、わたしにできた限界だったみたいだ。

 

「かなり楽に、なりました……」

 

 安心しきった子どものようにフェルンちゃんが言った。

 

「うん」

 

「あの……アナリザンド様、手を……」

 

 わたしはフェルンちゃんの手を離さなかった。離せなかった。

 

 フェルンちゃんはフェルンちゃんだ。

 わたしの妹で庇護すべき存在だ。

 しかも、フェルンちゃんは弱ってる。

 しっかりしろ、アナリザンド。って、自分を律する声も聞こえるけど。

 

 ほんのちょっとだけ。この温かみにすがりつきたい気分。

 

「ごめん。フェルンちゃん。もう少しだけ、こうしてていいかな」

 

「はい……どうぞ……。少し恥ずかしいですが……安心できます」

 

 わたしは、フェルンちゃんを安心させるためじゃなくて、わたしが安心するためにフェルンちゃんの手を握った。

 

 わたしは悪い子だった。

 

 これじゃあ、ハイターに叱られちゃうかな……。

 

 沈黙が少しだけ続いた後、わたしはずっと胸の内に秘めていた言葉を紡ぎだした。

 

「わたし、悪いお姉ちゃんなんだよ。フェルンちゃん」

 

「どこがでしょうか……? アナリザンド様はずっと優しい……お姉様です」

 

「あのね。ずっとずっと後悔してることがあってね。わたし、ハイターに手をつないでもらってない。小窓で話してただけだったでしょ。フェルンちゃんががんばって修行しているときとかに、こっそり話したりはしてたけど、生身で逢ったりはしてないんだよ」

 

 理解されるのが怖かったから。

 だから、安全な場所から、本音を隠してやりとりすることしかできなかった。

 

「そう、ですか……」

 

「もう、手を握れない。ハイターはいなくなっちゃったから……」

 

「そう、ですね……」

 

「だからね。わたし、フェルンちゃんのことが羨ましいって思っちゃったの。今こうしてフェルンちゃんの手を握っているのも、ハイターの代わりにしているのかもしれない」

 

「私でよければ、いつでも代わりに……」

 

「でも、わたしはフェルンちゃんのお姉さんだよ。ハイターにもそう言われたし、わたし自身もそう思ってるの。そうするべきなのに」

 

「姉が妹に頼ってはならない、なんて女神様はおっしゃっておりません……。助け合いなさいと……そう、聖典には書かれています……」

 

 聖典の言葉。女神様の言葉。

 女神様の言葉は正しいと思う。でも。

 

「わたしはフェルンちゃんを利用しているんだよ」

 

 自分のポジションを確認するためのベンチマークとして利用している。

 

 わたしは、それでもフェルンちゃんの手を離せず、ただ俯いていた。

 わたしの手は、少し震えていたかもしれない。

 こんなひどいお姉ちゃんが存在していいのだろうか。

 

 すると、フェルンちゃんがゆっくりと身を起こそうとする気配がした。

 

「フェルンちゃん、無理しないで……」

 

 言いかけたわたしの言葉を遮るように、フェルンちゃんは弱々しいながらも上半身を起こし、そして、わたしの手を、彼女の小さな両手でそっと包み込んだ。

 

 あたたかい。何が?

 手が。まなざしが。声が。

 

「アナリザンド様……。ハイター様は、亡くなる少し前、私にこうおっしゃいました……」

 

 フェルンちゃんが語る。ハイターの姿が重なる。

 まるでそこにいるみたいに。

 

 

 

――フェルン。あなたにはアナリザンドという素晴らしい姉がいます。

 

――あの子は、少し不器用で自分の気持ちを素直に話すのが難しいかもしれません。

 

――ですが、誰よりも優しく、あなたのことも大切に思っています。

 

――だから、彼女が困っていることがあれば、あなたが助けてあげなさい。

 

――あなたが手を差し伸べてあげなさい。

 

 

 

「だから、アナリザンド様……。この手は、ハイター様の手です」

 

「うん。うん……」

 

 わたしは、もう何も言うことができなかった。

 堪えていたものが、堰を切ったように溢れ出す。

 熱い雫が、次から次へと頬を伝い、握られた手の上に落ちた。

 

 フェルンちゃんの前では泣かないようにしてきたのに。

 姉として、ちょっと恥ずかしい。

 

「おそろいですね」

 

 見ると、フェルンちゃんも涙を流していた。

 

 結局のところ、わたしは――私たちは、ハイターの手のひらの中に包まれている。

 

 

 

 

 

 その日、わたしは夢を見た。

 ハイターの顔がしっかり見える。

 わたしに微笑みかけてくれている。

 両の腕は開かれていた。

 

 

 

 

 

 わたしは駆けだしていって――――。

 

 

 

 

 

 

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