魔族少女のエロタナティブ 作:アナリザンド
エーレちゃんはひとり森の中にいた。
正確には、アナちゃん会話サービスを利用して、わたし、アナリザンドが小窓で見守っている状態だったが、生身の肉体としてはひとりである。
一級魔法使いの試験まで残り数か月を切った。
いよいよ、修行の総仕上げという段階で、好きな乙女ゲームを創る作業も一時止めて、憧れの一級魔法使いを目指して、日々、戦闘技能を磨いている。
エーレちゃんは、魔法学校の首席であり、優秀な二級魔法使いである。
そして、レルネン先生の弟子であり孫でもある。
しかし、彼女は魔法学校に通ってたことからもわかるとおり、直接レルネン先生に師事を受けて、修行を受けようとはしなかった。レルネン先生も孫をかわいがるお爺ちゃんではなく、そこでは冷徹にがんばりなさいと声をかけるだけだったのである。
厳しいというより、もはや放任主義に近い。
そんなふうだから、わたしもちょっぴり疑問だったのだ。
『ねえ、エーレちゃん』
「なぁに。アナリザンド。集中が途切れるから話しかけないでほしいんだけど……」
さきほど、イノシシ型の魔物を狩ったばかりで、エーレちゃんは息を切らしている。
だから、少し休憩の意味合いで、足をとめてほしかったのだ。
少々オーバーワーク気味という感じがしたし……。
『あのさ。エーレちゃんはレルネン先生に教えを請うほうがいいんじゃないかな。もしかして一級魔法使いに教えを請うと、カンニング扱いになるからダメとかあるの?』
「いいえ。そんなのないわよ」
エーレちゃんはあっけらかんとして言った。
『じゃあ、縁故採用は嫌とか?』
「それも違うわ。いまのわたしは駆け出しだけど、いっぱしのクリエイターだから。一級魔法使いになりたいのは、より良い作品を創るためよ。試験に合格することが目的じゃないの」
ほんのわずかな
しっかりと将来を見据えて、自分が成長することを強く望み、試験に合格した後のこともちゃんと考えているように見える。
言ってみれば、超有名企業に就職するようなものだ。より魔法を研鑽できるだろうし、俗な言い方になるが一級魔法使いというブランドつきで売り出したほうが、乙女ゲームの売上は上がるだろう。それになにより、エーレちゃんにとってはレルネン先生に資格という意味では並び立てることが誇りになる。
同世代の中では、一級魔法使いになった自分のことを強くイメージできているように思える。
『じゃあ、使えるものは使う……って言ったら、レルネン先生に悪いけど、先生は一級魔法使いのなかでも一番手だって言われているよね。その人に師事するのが一番効率的な修行なんじゃないかな。わたしなんかをお供にするより』
「そうね……。私もそう思うわ」
『え、だったら――』
「でも、お爺ちゃんはそうはしたくないみたいなの」
『どうして?』
「……お爺ちゃんが何を考えてるかはわからないけど、前に、自分は時代遅れの魔法使いだって言ってたわ。戦うことしか能がないって。平和な時代にふさわしくないって」
『レルネン先生、すごいゲームをたくさん創ってるのにね』
ついでに言えば、自律型のゴーレム創りも目指していて、先生の創るゴーレムはわたしの目から見ても、非常に優秀なオートマトンだといえる。
状況に適応する能力を備えた、ほぼロボット的な存在なのである。
戦いだけしか能がないって、他の魔法使いからしたら、どんだけ才能が欲しいんだって話だろう。ただ、レルネン先生がそう思うのは、もしかしなくても、ゼーリエ先生に並び立ちたい、あるいはそういわないまでも、ずっとその背中を追いかけ続けたいって話なのかもしれない。
つまりは、乙女心なのである。
「ともかく、見捨てられた弟子はひとりで黙々と修行しなくちゃいけないってわけ」
『だったら、誰かお友達はいないの? わたしが紹介してあげようか?』
変態ロリコンお姉さんとか。(エーレちゃんが"対象"かは微妙どころであるが)
ゼンゼ先生とか。(物凄く優しいオトナの女性って感じだ。でも、試験官なんで忙しいそう)
あるいは、すごい魔球みたいな感じで、ゼーリエ先生その人にズバリお願いするとか。
これは、さすがに見返りがすごそうなので、提案できそうにない。
キレイなアナちゃんは次の日にはいなくなっている予感がする。
というか、ゼーリエ先生が頷く未来がイメージできない。
うーん。なかなか難しいな。
ユーベルちゃん。考えるまでもなく、ちょっと危なそう。
ラントくん。考えるまでもなく、塩対応になりそう。
ダメだダメだ。
純粋な友達って意味では、カンネちゃんやラヴィーネちゃんはどうだろう。
同世代だし、ふたりとも、メトーデに鍛えられて、めきめき力をつけてきているみたいだし、エーレちゃんにとっても良い刺激になるんじゃないだろうか。
「ねえ。あなたって、もしかして私のことぼっちとか思ってるわけ?」
『え、いや、そんなことないよぉ?』小窓の中で目そらし。
「時に優しさは人を傷つけるわ……それにあんたは私の友達じゃなかったのかしら」
確かに、完全に丸い回答なんてものは存在しない。
わたしは、全人類弟妹化計画を推進している立場として、基本的にはフェルンちゃんと同世代、あるいはそれより年下の子たちには甘いらしい。甘くなってるつもりはないけれど、こればかりは自分のことだからよくわからない。
『わたしはエーレちゃんのこと友達だと思ってるよ。でもわたしって生身じゃないと、即応はできないからね。こんな危ないところにひとりで来るのは、よくないんじゃないかな。リスク管理はしたほうがいいよ』
一応は、わたしも索敵はしているつもりだが、小窓での通信だと、精度はどうしても甘くなる。それに、アナちゃん会話サービスは、大部分のプロセスを<わたし>が自動的におこなっている。今回は、気になったんで、わたしそのものが会話しているけれど、事情はそれほど変わらない。半分は無意識で会話しているようなものなのだ。
「自慢するわけじゃないけど、私って魔法学校の首席だったのよね」
『うん、知ってるよ。レルネン先生も自慢してたよ。うちのエーレちゃんはすごいって』
「知ってる? アナリザンド。一番ってのは孤高の存在なの」
『それって、やっぱりぼっち……』
「違うのぉぉぉ! ちゃんと友達はいたのぉぉ! ただ、一級魔法使いの試験を受けるって言ったら、エーレさんはすごいな、がんばってねって……」
もはやかける言葉もない。
でも、エーレちゃんがすごい魔法使いなのは本当だ。
同世代で、エーレちゃんに勝てる存在はちょっと思いつかない。
フェルンちゃんくらいしか――。
だからなのだろうか。
エーレちゃんがちょい悪オヤジみたいなキャラに惹かれるのは。
原則的に言えばであるが、基本的に女の子は年上の男のほうが好みである。
エレクトラコンプレックスといって、要するに、父親のような存在に庇護されたい気持ちが自然と湧く。お姫様みたいに守られたいって言ってたもんなぁ。エーレちゃん。
だからというわけでもないだろうが。
エーレちゃんが、
――出逢ったのはまったくの偶然。
その人は、北部魔法隊隊長――その名をヴィアベルといった。
エーレちゃんの孤独な修行は続いた。
朝早くから、もうそろそろ夕陽が地平線の向こうに隠れようとしている。
細かい休憩は挟んでいたが、ぶっつづけで魔物を狩っている。
『ねえ、エーレちゃん。もうそろそろ帰ったほうがいいよ』
「一級魔法使いの試験が昼間だけとは限らないわ。サバイバル訓練もありえるし、夜間での戦闘もこなさないと……」
完璧主義すぎる優等生気質のエーレちゃん。
一級魔法使いって、いったいなんなのだろう。
まるで、どこかの国の軍人さんみたいだ。
『確かに試験内容を想定して、幅広く履修しようとするのはいいけ……ど』
空中から飛来する気配!
突然の悪寒に、わたしは声をあげる。
『エーレちゃん。上!』
それは鳥型の巨大な魔物だった。
――
鳥型の魔物は、概してステルス性能が高い。
HUDを使っていても、かなりの集中力がないと存在を感知できずに接近されてしまう。
今回、エーレちゃんは何度も魔法を使って、魔物を倒していた。
その魔力を、ガイゼルに感知された。
そして、エーレちゃんの探知が遅れたのは、連戦によって集中力を欠いていたからだ。
「……!
わたしの声に即座に反応し、杖から魔法で攻撃して応戦しようとする。
しかし、ガイゼルの動きのほうが早い。
魔法使いは、実をいうと火力は高めだが、俊敏さでは魔物に劣る。
ガイゼルは長い尻尾を鞭のようにしならせて、エーレちゃんの杖をはじきとばした。
鞭というのは、物理法則にしたがって、先端速度は音速を超える場合もある。
しかも、魔法使いの牙である杖をはじきとばすなんて、魔物にしては高度な知能。
一瞬、魔物は杖を見、それからエーレちゃんの顔つきをじっと観察した。
エーレちゃんは、恐怖に顔を引きつらせながらも、わずかに右手を前に突き出している。
杖がなくても、魔法使いは魔法を放てる。
それは、魔族が特段、杖をもたなくても魔法が使えることからもわかるだろう。
威力は落ちるが、牙が完全になくなったわけではない。いや、牙が抜かれようが、手足をもがれようが、それでも生き足掻く。
その一瞬の魂のきらめきに、ガイゼルは気圧され、動物的な本能からか攻撃を躊躇した。
――転移。
間に合うか。
瞬間的に座標特定し、エーレちゃんの元に跳ぶ。
――ゾルトラーク。
わたしが放とうとしたのは、速射性能ナンバーワンの魔法。
フェルンちゃんが何度も唱えている魔法を見て覚えた。
わたしにとっても、わりと得意な部類に入る魔法だ。
「とりにくになれー!」
だが、そうはならなかった。
暗闇が支配する森の向こう側から、白い閃光が伸びる。
それはまるで銃撃のマズルフラッシュのように辺りを照らし、一瞬その輝きで、わたしの視界は塞がれる。
ポーン、と。擬音にすればそんな感じだろうか。
ガイゼルがおそらく鳥型の魔物であれば、推定身体枢要部にあたる首から上が、空中に舞っていた。感情を感じさせない生命の廃情報に過ぎない魔物であるが、何が起こったのか、魔物自身にもわかっていないようだった。
やがて、胴体部分と泣き別れした首が、黒い灰のように崩れ、次には、胴体だった部分が、ドスンという大きな音をたてて崩れる。そして塵になる。
「よう。邪魔するぜ」
事態をうまく飲みこめずにいたわたし達の前に現れたのは、年の頃30歳半ばくらいだろうか。
あるいはもう少し若いかもしれないが、少なくともシュタルク君よりは年齢がいってる、男の人だった。うーん。君呼びするか、先生呼びするか。微妙なお年頃だな。<わたし>の歴史が30年であることを考えればギリギリ同世代ともいえるし……。
襟にはファーつき、首にはチョーカー。
まごうことないちょい悪オヤジ(お兄さん?)だ。
「だぁれ?」
「北部魔法隊隊長、ヴィアベル、よ」
エーレちゃんが息を整えながら言った。
「ん、俺のこと知っているのか。まさか俺のファンとかいうんじゃないだろうな」
「一級魔法使いを目指す魔法使いで、あなたのことを知らない人はいないわ」
「へぇ。おまえもか……おもしれー」
お、おもしれー女枠にされちゃってますよ!?
けれど、エーレちゃんはなんだかうれしそう?
表情は変わらないけど、胸の鼓動が20パーセントくらいアップしている。
ときめいちゃってる、とか?
あるいは単に、魔物に襲われて命の危機を感じたからかもしれない。
「二級魔法使い。エーレよ」
「女子供には興味ねーな。おまえが誰だろうと俺には関係ねぇ」
ガラの悪いセリフ。
若者ぶりたいお年頃なんだろうか。
「でも、ヴィアベル君は、わたしたちを助けてくれたよね? あ、こんマゾ。アナリザンドだよ。アナちゃんって気軽に呼んでくれてもいいよ」
「ああん……?」ヴィアベル君はわたしを見た。「女子供に目の前で死なれちゃ気分が悪いからな。自分のためだよ。てか、アナリザンド。おまえちっせーな」
うーん。根は優しいタイプ?
人をボロクソに誹謗中傷しておいても、最後に「根はいいやつなんだよな」と言っておけば、誹謗中傷にならない魔法というのが世の中にはある。
さすがに本人に向かって言うのははばかられるので黙っていたが、ヴィアベル君の心理構造がよくわからない。
「ねえ。ヴィアベル……」と、エーレちゃん。
「ん。なんだ?」
「その……ありがとう」
乙女心成分混ざってる?
なんか声が普段より少し高いような。
それはかわいく見られたいという無意識的な乙女機能でもある。
「ああ、べつにいいぜ。さっきも言ったとおり俺自身のためだ」
「ここにきたのはなぜ?」
「決まってるだろ。試験会場の下見ってやつだ」
「下見? どんな試験なのかもわからないのに?」
「おまえは馬鹿か。一級魔法使いのなかで試験監督になるやつはだいたい決まっている。持ち回りで誰がやるかも予想できるだろ」
「ゲナウ。ゼンゼ。レルネン師匠の三人ね」
「ちったぁ頭も使えるみてーだな。そのとおりだ。で、ゲナウが鳥好きなのは有名だよな?」
まあ、一級魔法使いのプロフィールは、大なり小なり流出しちゃってるからね。
なんなら、大陸魔法協会のホームページに載ってたりもする。
ゲナウ先生が自己紹介的な感じで、好きなもの欄に載せているのは『鳥』の一言。
ヒッチコックの映画かよと、わたしは内心でつっこんだことを覚えている。
あまりにも渋すぎる表現。だが、だからこそ、その言葉は真実味を帯びる。
「
エーレちゃんは呟く。
シュティレというのは、ちっちゃな小鳥の姿をしている。野生の魔法生物である。
検索してみると、どうやらこの周辺を生息域としているらしい。
魔法を使い、その飛行速度は音速に達するといわれている。
エーレちゃんがこの森に来たのは偶然だろうけど、ヴィアベル君は、意図して来たらしい。北部魔法隊の隊長をやってるみたいだし、軍人としては当たり前のルーチンなのかもしれない。
「ライバルに情報をやっちまったか」
なぜだか少しうれしそうにヴィアベル君は言った。
何度も言われている女子供という言葉。
彼のなかでは女子供は庇護すべき対象で、エーレちゃんのこともそうみなしているのかも。
「でも、そんなの数ある可能性のうちのひとつに過ぎないじゃない!」
「全部まわればいい。予想できるところは全部潰す。ただそれだけだぜ。簡単だろ」
「あんた馬鹿なの? 魔法に関係ある鳥がどれだけいるのか、わかってるの」
「オイサーストから近い場所っていう情報もあるぜ。たいして難しくねぇ話だ」
試験会場がオイサーストからそれほど離れていない場所になるというのは、考えれば当たり前のことだった。もちろん、ここでは言っていない情報もあるのだろう。
けれど、エーレちゃんにはその言葉だけで十分だったらしく、優秀な頭脳ですぐさま、情報を組み合わせて、解答を提示する。
「なるほど……確かにそうね」
「納得したみてぇだな。じゃあ、俺はもう行くぜ」
「待って!」
エーレちゃんが引き留めた。
「ん? なんだ?」
「ねえ、ヴィアベル。協力しない?」
「協力? なにをだ」
「決まってるでしょ。一級魔法使いの試験合格に向けてよ。べつに受験者たちが事前に協力関係を結ぶなとは言われていないわ。合格条件次第では、協力関係があれば有利になる」
「ふぅん……。ただの女子供ってわけでもなさそうだな」
エーレちゃんの言葉がヴィアベル君の興味を引いているようだ。
これまでの会話から考えて、ヴィアベル君は現実主義者としての側面が強い。
利があれば動くというのは考えられた。ヴィアベル君はわずかに考える。
「ん~。どうすっかな」
「考えるまでもないことでしょ」
「物事には裏表ってもんがあるんだぜ。おまえが裏切らねぇ保証はどこにある?」
「こ、こう見えて、わたしはレルネン先生の弟子よ。ゼーリエ様の一番弟子の名にかけて、そんな魔法使いの風上にも置けない卑怯な真似はしないわ!」
「へぇ、そうかい」
ヴィアベル君はおどけたような声を出した。
あ、この声は――――落胆?
ヴィアベル君の思考をエミュレートすれば、おそらくエーレちゃんの甘えを嗅ぎ取った?
甘えというのは、厳しい評価かもしれない。
ただ、エーレちゃんは魔法学校という学び舎でヌクヌクと育ってきた、いわば温室育ちのお嬢様なのだ。そして、レルネン先生という超有名人を師匠に持つエーレちゃんはいわばサラブレッドにあたる。
対して、ヴィアベル君は北部魔法隊の隊長をしていたことから、戦場にずっと身を浸してきたのだろう。いわば叩き上げの存在だ。
――価値観の相違、というやつだろうか。
「なあ、おまえ。エーレとかいったか?」
「ええ」
「おまえ、人を殺したことはあるか?」
「あるわけないでしょ」
エーレちゃんはムッスゥ顔を習得していないが、不満げだ。
「やっぱりチェリーガールかよ。俺はあるぜ。数えるのも野暮なくらいにたくさんな」
チェリーガール?
チェリーボーイの少女版みたいな意味か。
殺人童貞みたいな意味なんだろうなぁ。
「私がそんなことであなたを怖がるとでも思ってるの?」
「ちげぇな。おまえは魔法使いなんてもんが何故存在するのか、なにもわかっちゃいねぇ」
「魔法を使って、人類の発展に寄与する者たち――そんなの一年生でも知ってるわ」
ヴィアベル君はわかりやすく溜息をつく。
ああ、彼には理想論は通じない。むしろ逆効果だ。
エーレちゃんはおそらく、ヴィアベル君に憧れみたいな感情を抱いているんだと思うけど、その憧れの彼は、ヴィアベル君の実像とはかけ離れている。
「魔法使いってのはな、
「あなたは魔族を殺してきたのかもしれないけど、魔法の効能はそれだけじゃないわ。みんなを楽しませたり、笑顔にさせたりもできるの」
エーレちゃんの理論は単純明快。
それが、乙女のゲーム。
エーレちゃんの魂の輝き。
「勘違いしてるようだな。俺は
「……時々はそういうこともあるかもしれないわね。悪人はいるもの」
「へっ。俺を笑わせにでもきてんのか?」
ヴィアベル君はエーレちゃんのナイーブな理想論を哂った。彼にとって、戦場では英雄も悪人も紙一重であり、生き残るためには綺麗事だけでは済まされないことを、身をもって識っているのだろう。
「なにがおかしいのよ。あなた英雄でしょう!」
「あのな。人が人を殺すのに理由なんていらねえんだよ」
「そんなの殺人狂じゃない」
「そう受け取っちまったか? べつにいいが……。俺が言ってるのは、人間ってのは大なり小なり欲望を抱えているってことだ。おまえが言う悪人も、英雄もその意味では同じ人間だぜ」
「だったら、あなたはどうなのよ」
「少なくとも殺人狂ではないつもりだぜ。殺しなんか好き好んでやるやつはどこか頭のネジがはずれてやがるからな」
「あなたが殺人狂でないならそれでいい。あなたにはあなたの欲望があるんでしょうけど、私から見れば、やっぱりあなたは英雄よ。あなたに救われた人はたくさんいるはず」
「くだらねえな。俺は英雄なんて肩書に一片の価値も感じちゃいねえよ。英雄なんてのは、死んだやつか、何も知らねえガキが夢見るおとぎ話だ」
「おとぎ話にしようとしているのはあなたでしょう!」
乙女ゲームを否定されたようで、エーレちゃんは激昂している。
でも、エーレちゃんも乙女ゲームというフィルターを通してヴィアベル君を見ている。
まずは、英雄という枠組からはずして考えないと、説得は難しそうだ。
「戦場で生き残る奴は英雄じゃねえ。ただの汚ねえ犬死にを避けてきただけの、運のいい馬鹿か。手を汚す覚悟のあるクソ野郎だけだ」
「あんたはクソ野郎だって、自分で認めるのね」
「ああ。そうだぜ」
ニチャっと笑うヴィアベルさんじゅうごさい。
「わかったら、さっさとお家に帰って寝てな。じゃなきゃ死ぬぞ。おまえ」
エーレちゃんは拳を握り締めて何も言えなくなる。
今まさに、命の危険が迫っていたから否定しづらかったのだろう。
それに、レルネン先生との関係のこともある。
レルネン先生が、エーレちゃんに修行をつけなかったのは、平和な時代の魔法使いにしたかったからだ。頭の良いエーレちゃんのことだ。すぐに頭脳を回転させ、レルネン先生を始めとした旧世代の一級魔法使いたちが、兵器であるという可能性に思い至ったんじゃないだろうか。
レルネン先生がわたしに魔法を突然ブッパしてきたことを考えれば、たぶん、そうなんだろうなぁということは予想がつく。わたしが魔族だからというより、
エーレちゃんが一級魔法使いになるということは、そんな殺伐とした世界に参入することを意味している。ゼーリエ先生は、魔族や強力な魔物の討伐任務を課すこともある、厳しいお方なのである。まあ、ヤダって言ったら拒否できるみたいだけど。
うーん。これは黙っておくべきなのだろうか。
ヴィアベル君の忠告のようなものは、確かにまちがっていない部分もある。
「ねえ、ヴィアベル君」
わたしはおずおずと声を出した。
「なんだ。アナリザンド」
「ヴィアベル君はエーレちゃんのことが心配だったんだよね? だから警告した」
「女子供に目の前で死なれちゃ寝覚めが悪ぃからな。俺の趣味ってやつだ」
「だったら、エーレちゃんのことを少しだけ助けてほしいな」
「あいかわらず、人間とお友達ごっこか? おめでてぇやつだな」
「うん。わたしはおめでたい存在なの」
わたしは、花が綻ぶような無邪気な笑顔2でヴィアベル君の皮肉を受け流す。
その笑顔は、ヴィアベル君の皮肉屋精神を、いともたやすく無力化してしまう。
――笑顔の魔法。
ヴィアベル君は、チッと舌打ちを一つすると、ファー付きの襟元を少し緩め、どこか面白がるような、それでいて品定めするような目で、改めてわたしを見据えた。
「で、俺に何をしろってんだ? そこのチェリーガールのお守りでもしろってか? 言っとくが、俺はベビーシッターの趣味はねぇぜ」
その言葉には、まだ悪態が含まれているものの、先ほどまでの明確な拒絶の色は薄れている。
もしかしてだけど、わたしのこと、ちょっとは好きとか?
まあ、北部魔法隊のみなさんも例に漏れず、わたしの回復サービスを使ってるからね。
わたしは心の中でガッツポーズを決めた。やはり、このちょい悪オヤジは、根っこの部分では人がいいのだ。そして、どうやら、おめでたい存在であるわたしにも、悪い感情は抱いていないらしい。
この感情をうまく形にできれば……。
「お守りっていうか、まあ、修行のお手伝いみたいな感じかな? エーレちゃん、すごく真面目で頑張り屋さんなんだけど、ちょっと一人で突っ走りすぎちゃうところがあるみたいでさ。ヴィアベル君みたいな経験豊富な人が、時々アドバイスしてあげたり、危ない時には助けてあげたりしたら、エーレちゃんももっと安心して修行に集中できると思うんだよね」
わたしは、できるだけヴィアベルの自尊心をくすぐるように言った。
彼の欲望がどんなものかはわからないが、少なくとも表面的には女子供を助ける、英雄と同じ行動をとっているのである。
どうせ仲良くなれば、無意識にでもエーレちゃんを助けちゃうんじゃないか。
そんな気がする。
ヴィアベル君は、しばらくの間、腕を組んでアナリザンドの言葉を吟味していたが、やがて、ふいと視線をエーレちゃんに向けた。エーレちゃんは、期待と不安が入り混じったような表情で、ヴィアベルの言葉を待っている。
なにその、告白を待つ乙女な表情。無意識に手を組んでるし。
じっとうるうるした瞳で見つめる様は、まるで祈りの乙女だ。
「まあいいぜ。どうせ俺も、しばらくはこの森でシュティレを探すつもりだったしな。片手間に、お嬢ちゃんの稽古を見てやるくれぇなら、造作もねぇ」
その言葉に、エーレの表情がぱあっと明るくなる。
「ほ、本当!? ありがとう、ヴィアベル!」
「勘違いすんな。これは、そこにいるクソチビ魔族への貸しだ。おまえのためじゃねぇ」
ヴィアベルは、ぶっきらぼうにそう言い放つと、アナリザンドの方へ向き直った。その瞳には、先ほどよりも明確な興味の色が浮かんでいる。
「おい、アナリザンド。おまえ、あのわけのわかんねぇ回復魔法、また使えるのか?」
「アナちゃん回復サービスじゃなくて?」
「ったりめぇだろ。大規模回復魔法のことだ」
ヴィアベルがアナリザンド――つまりわたし――に興味を持っている。それは、ある程度予想できたことではあった。彼の軍人としての立場を考えれば、あの超広域回復魔法は、戦略的に計り知れない価値を持つ。喉から手が出るほど欲しい能力のはずだ。
でも、まさかこんなにストレートに聞いてくるとは。
しかも、エーレちゃんへの態度の豹変ぶり。
さっきまで「女子供には興味ねーな」とか言ってたのはどこの誰だったのか。
「うん、まあ使えるけど。でも、あれって燃費悪いんだよね。そんなにホイホイ使えるもんじゃないよ。それに、女神様の力をお借りしてるから、わたしの気分次第ってわけにもいかないし」
「気分次第じゃねえなら、どうすりゃ使えるんだ? まさか、お祈りでもすりゃいいのか?」
ヴィアベルは、アナリザンドの言葉を真剣に受け止め、さらに食い下がってくる。その目は、まるで希少な獲物を見つけた狩人のようだ。
わたしは、そのあまりにも率直な興味の示し方に、少しだけ警戒心を抱く。
そして、隣でそのやり取りを見ていたエーレちゃんの表情が、みるみるうちに曇っていくのが視界の端に映った。
――あ、まず。
さっきまでヴィアベル君からの協力の申し出に喜んでいたエーレちゃんが、今度はヴィアベル君が自分ではなくアナリザンドに強い興味を示していることに、ショックを受けている。レルネン先生がブッパしてきたときと同じように黒いオーラをまとっている。
まこと、乙女心は複雑怪奇。
「ヴィアベル、あなた……」
エーレちゃんの声が、震えている。
「もしかして……、私のことなんかどうでもよくて、本当は、アナリザンドみたいな、ちっちゃな女の子のことが、目当てだったの……?」
――え、なにこの昼ドラ展開!?
わたしは、エーレちゃんの突拍子もない誤解に思わず固まってしまう。
いや、確かにヴィアベル君はわたしに興味津々だけど、それはそういう意味じゃない!
断じて!
たぶん。
「はあ? 何言ってんだ、おまえ」
ヴィアベル君も、エーレの言葉の意味がわからず、怪訝な表情を浮かべている。
「だって、だって……!」エーレちゃんの声が上ずる。「さっきまで、あんなに私のこと、女子供だって馬鹿にしてたのに! アナリザンドと話すときと、態度が全然違うじゃない! やっぱり、貴方もそうなのね! 幼い姿態にしか興味が持てない。そういう……欲望!」
「エーレちゃん?」
「英雄ヴィアベルがロリコンだったー!!」
エーレちゃんの悲痛な叫びと、その言葉に含まれたパワーワードに、わたしとヴィアベル君は、同時に絶句した。
森の静寂の中に、エーレちゃんのしゃくりあげる声だけが、哀しく響きわたった。