魔族少女のエロタナティブ 作:アナリザンド
幼女♪ 幼女♪ 幼女♪
幼女♪ 幼女♪ ようじょ~♪ 幼女せい~ふ~く♪
知らない人は知らないし、知ってる人は知ってるCМソングを口ずさみながら、わたしはヴィアベル君の到着を待った。勝負服を着ていると、なんとなくそわそわしてしまう。
かわいいとは思う。思うが、実際に相対する人がどう思うかはその人次第だ。
ヴィアベル君は、ぶっきらぼうであるが、案外心の底では優しい。そんな感じがするから、わたしのいまのセーラー姿を見ても、何も言わないか、あるいは変な恰好みたいにからかうのではないだろうか。
でも、実際のところは塩対応かもしれない。ヴィアベル君は、よく考えたら、アナちゃん回復サービスのお得意さんだし、わたしが呼んだらすぐに来てくれることになったが、十中八九、お題は超広域回復魔法についてだろう。
汝、ロリコンなりやなんて聞くまでもなく、ヴィアベル君はわかりやすく力を求めている。
わたしのことも、純粋に戦略的な価値を見出しているのだろうと推測される。
いろいろ考えて、待ち構えるのは大陸魔法協会の自室が良いと考えた。
ここなら防音機能もバッチリだし、森の小屋だと、メトーデ他、カンネちゃんやラヴィーネちゃんなどのお邪魔が入る可能性もあるからね。
密事は、こっそりとおこなわれるべきなのだ。
ただし、エーレちゃんは透明な小窓でこっそり覗いているものとする。
コンコン、と控えめなノックが響いた。
時間ピッタリなのは軍人らしい側面。時間にパンクチュアルな人は好きだ。
わたしは軽く息を吸い込み、できるだけ普段通りの声を心がけて、「どうぞ」と応じる。
ガチャリとドアが開き、現れたのは予想通りの人物。ファー付きの襟が特徴的な、北部魔法隊隊長ヴィアベル君だ。彼は部屋に入るなり、まずわたしの姿を認め、眉間に深い皺を刻んだ。
「なんだその恰好は?」
「んー。この恰好、気になる?」
まっしろい足を無意味に組んでみたり、そこから覗きこめそうで覗きこめなさそうな絶妙なアングルを維持する。足フェチなロリコンお兄さんなら一発で篭絡できるものと自負してる。
「夜仕事してる姉ちゃんの真似事でもしてんのか」
あまりにも辛辣な第一声!
わたしのかわいいセーラー服姿は、ヴィアベル君の目にはただの奇行と映ったらしい。まあ、彼の反応としては予想の範囲内ではあるけれど。
『夜仕事……? アナリザンドをやっぱりそういう対象として見ているの?』
隣の空き室で待機中のエーレちゃんが、そんなことを言っている。
耳小骨を揺らしているから、ヴィアベル君には聞こえない。
「えっと、こんマゾだね。ヴィアベル君。わざわざ来てもらってありがとう」
「へっ。俺にとっても有用な話みてぇだからな」
ドカリ、と。
けっこうガサツな感じで対面の椅子に腰をおろし、足とはこう組むんだと見せつけるようにするヴィアベル君。うん。けっこうサマになってるな。お行儀はよろしくないけれど、品をそこまで失っていない。野性の美しさみたいなものを感じる。ゼーリエ先生も足癖悪いから、ぜんぜん悪い気はしなかった。威圧感も感じない。
「お茶。いる?」と、わたしは立ち上がり聞く。
実は既にポットは温めてます。お茶もあとはいれるだけ。
もちろん高級茶葉ですよ。一杯あたり500APくらいの価値はある。
まるで自分が特別な存在になったかのように感じる一品だ。
「茶はいい。単刀直入に言わせてもらうぜ。おまえのあの馬鹿げた威力と範囲の回復魔法。あれを俺の部隊で使わせろ。北部魔法隊の管轄下で、俺の指揮の下でだ」
やっぱりそれか。
ヴィアベル君の目は真剣そのもので、冗談を言っている雰囲気は微塵もない。もちろん、ロリコンの欲望にまみれた幼女ハンターの視線でもない。
とりあえず、せっかくいれたお茶が冷めたらもったいなかったので、カップをふたつ用意して、お茶を注ぐ。皿ごとテーブルに置いて、わたしは座った。
「はい。呑まなくてもいいよ。雰囲気づくりだと思って」
「ふん。あいかわらず人間の擬態がうまいな。おまえは」
「多年にわたる研究成果です。先生たちのおかげかな」
「ご苦労なこったな」
あ、呑むんだ。一息で呑んだのは、わたしに対してある種の信頼感を抱いているということなのか。それとも会話をスムーズに流れさせようとする、人間たちの政治というやつなのだろうか。
政治については、デンケンお爺ちゃんの件で、少しは学んだつもり。
でも、わたしにとっては苦手分野なのはまちがいない。個と個のインタラクションではなく、政治とは集約と分配機能を主としているからだ。
つまりみんなでつくったパンを、みんなにいきわたるようにできるだけ公平に分配するというのが政治の機能なのである。その機能自体は単純すぎる構造であるが、そこにいたる変数がともかく多い。それは、関税などの仕組みを考えれば容易に推察できるだろう。できるよね?
「で、答えはどうなんだ?」
「うーん、それはちょっと難しい相談かな。わたしは基本的に、特定の勢力に肩入れするつもりはないんだ。中立の立場を貫きたいと思ってる」
「中立? おまえはゼーリエの弟子だろうが」
「大陸魔法協会に所属しながら、特定の国に従事することは可能だよ。例えば、デンケンお爺ちゃんって知ってる?」
「ああ」
「デンケンお爺ちゃんは帝国の宮廷魔法使いだけど、仮に試験に合格して一級魔法使いになったとしても、宮廷魔法使いの地位は失わないよね。要するに、一級魔法使いという肩書は、国という枠組とは異なる資格に過ぎないの」
「軸足がどっちにあるかに過ぎねーよ。あのデンケンとかいう爺さんも、一級魔法使いになったら、閑職に追いやられるに決まってるだろーが」
「……それはそうかも?」
帝国から見た大陸魔法協会は、いわば自治領のようなものだ。国家という枠組においては、大陸魔法協会は、大陸全土に散らばってる魔法使いたちを束ねる一種の協力機構ではあるけれど、なんと言えばいいか……、歴史シミュレーション風に言えば、
もちろん、ゼーリエ先生ラブになっちゃったら、帝国としてはすわ洗脳かと思われてしまうだろうし、政治の中枢から追いやられてしまうというのは、想像に難くない。
「要するに、アナリザンド。おまえが言ってることは、ただの甘えだ」
「うーん。確かにゼーリエ先生に甘えちゃってるってところはあるかも」
グラナト伯爵の使者になるとき、わたしはまだどうしていいかわからない子どもだった。
一度は、ゼーリエ先生に、全部決めてほしい。先生の言う通りにすると言ってしまった。
先生に甘えてた。そんな過去があったのは事実だ。今もそうかもしれない。
「だったら、俺に使われてもいいはずだぜ。俺に甘えろ。アナリザンド」
「甘えろって意味違うでしょ」
ヴィアベル君のいう甘えろというのは、判断を委ねろという意味だ。
『やっぱり幼女に甘えてほしいんだ……』
いや、それは違うよ、エーレちゃん……。
普段の彼女なら、そんな意味ではないことにはすぐ気づきそうなものだが、恋は盲目とはよく言ったもの。エーレちゃんの誤解はますます加速している。
そんなエーレちゃんの誤解を解く時間はない。
「いまのわたしは、ちゃんと自分で決めてるんだよ。人間どうしの争いに不干渉を貫いているのも、そうするべきだとわたしが判断したからなの」
「キレイごとだな」ヴィアベル君の声は愉しそう。「かわいいおべべを着たガキらしい物言いだ」
『確かにアナリザンドはかわいいけど……おべべって言い方イズ何!?』
知らんがな。
「ごめんね。ヴィアベル君。わたし、政治というのがよくわからないの。大規模回復魔法はすごく力があって、多くの人が価値を認めてくれるのはうれしいけど。それをどう扱ったら良いことなのか。わからないんだ。だから、力の使い方には慎重になるべきかなって」
「てめぇには覚悟がねぇだけだ」
「覚悟はあるつもりだよ。わたしには好きと嫌いを切り分ける機能があるし、良いことと悪いことも識ってるから」
「決断するのが怖かっただけだろ。てめぇの選択の結果、誰かが死ぬ。それが怖かっただけなんじゃねぇのか? 要するに保身だ」
「繰り返しになるけど、判断は慎重になるべきだからだよ」
「アナリザンド。てめぇにとって、悪とはなんだ?」
ヴィアベル君の核心ともいえる問い。
正直に言えば、人の子は、悪という概念をふわっとしか捉えきれない。
女神様を絶対善とすれば、女神様の御許を離れる行為といえるかもしれないけれど、それは全部を女神様のせいにしてしまうズルい考え方だと思う。
神さまのことは神さまのもとへ。
人のことは人のことへ。
ごっちゃにしてはいけない。
だから、わたしはわたしの考えを述べる。
「優先順位をまちがえることかな」
わたしの答えに、ヴィアベル君は意外そうな表情を浮かべた。しかし、すぐにいつものニヒルな笑みに戻り、おもしろがるように言葉を続ける。
「優先順位、ね。そりゃまた、ずいぶんと哲学的というか、小難しい言い回しをするもんだな。で、その
「誰が決める、というよりはその時々で、一番大切にすべきものを見誤ることかな。例えば、目の前で誰かが死にそうになっているのに、自分の夕食の献立を優先して考えてしまうとか。あるいは、大勢の命を救える可能性があるのに、個人的な感情や些細なルールに囚われて行動できないとか。それは悪いことだよ」
「つまり、状況判断のミスが悪だって言いてえのか。そいつは、戦場じゃ日常茶飯事だぜ。一瞬の判断ミスが、自分だけじゃなく、仲間全員の命取りになる。そういう意味じゃ、戦場は悪で満ち溢れてるってことになるな」
「そうだね。そう思うよ。だから、戦争はよくないことだと思う」
「ハッ。てめぇもあのチェリーガールと同じかよ」
「わたしは魔族を殺したことはあるよ。人と同じ思考力を持った存在を」
「そうじゃねえよ。おまえは都合のいい事実をピックアップしているだけだ」
――チェリーピッキング。
事象のなかで、都合のいい事実だけをうまく取り入れて自説を補強しようとする行為。
「知ってるかぁ。戦場では、てめぇみたいなガキが犯されるのも珍しくないんだぜ。地獄なんかじゃねぇ。北の果てでは、ただの
『ついに、犯されるって言っちゃったよ! このロリコン英雄!』
エーレちゃんは少し黙ってて。
ヴィアベル君は、
「なあ、アナリザンド。てめえは知ってるはずだぜ」
「なにを……?」
「物も知らねえガキどもに、洗脳魔法を使って死兵として利用する。そんなクソったれな、戦術ともいえねぇ愚策だ」
知っている。
――
小窓のなかの現実で、わたしは確かにその事実を目撃した。
詳しいことはわからないが、相対する相手――つまりヴィアベル君みたいな大人の兵士たちに子どもを殺させる。そして、心理的な動揺を誘うという胸糞の悪い話だ。
さらに性質の悪いことに、子どもたちにかける洗脳魔法は、ふわりと弱く、その意志を完全に奪うものではないということがあげられる。死への恐怖を一時的に麻痺させ、殺人への忌避感をなくす。その程度だ。
だから、子どもたちはひとたび戦場から帰れば、制限された自由のなかで遊んでいた。つまり、魔法なんかよりももっと強力で根源的な洗脳である
「てめぇの薄っぺらな胸に手をあててよく考えてみな。そいつらは、クソったれな大人たちに歪められた被害者だ」
『薄っぺらな胸って……』
エーレちゃん。もはや揚げ足とりじゃないかな。
確かに、わたしの考え方は、被害者の立場も相対化してしまっている。
不干渉で中立を貫いた結果、ヴィアベル君が考える絶対悪を見逃してしまっているという側面はあるかもしれない。
「わたしがまちがってる可能性はあるよ。悪い子かもしれない。でも、その判断を誰かに委ねることはもっと悪いことだと思う」
「やっぱりおまえも魔族だな。共感ってもんがなんもわかっちゃいねぇ。ガキを好き勝手に利用するなんざ。絶対悪そのものじゃねぇか。ガキらの気持ちになってみろよ。アナリザンドお姉ちゃんはどうして助けてくれないんだろう。そう思ってるかもしれないぜ?」
「……猶予が欲しいの」
「猶予? 殺しのための覚悟の時間か?」
「そうじゃなくて。わたしが一方の勢力に加担すれば、戦いはさらに激化して、もっと多くの子どもたちが、別の形で犠牲になるかもしれない。あるいは、わたしの力に依存しすぎて、人間たちが自分たちで問題を解決する力を失ってしまうかもしれない」
「よくある欺瞞ってやつだな。自分の手は小さくて、腕も足も小さくて、かよわいひとりの女の子に過ぎないから、できる範囲でやろう。それで自分を慰めてる。違うか?」
『二度も小さいって言った!』
エーレちゃん。いや、もう何も言うまい。
「わたしはね、人間たちの可能性を信じたいんだ。時間はかかるかもしれないし、たくさんの過ちを繰り返すかもしれないけれど、いつかきっと、自分たちの手で、そういう悲劇を終わらせることができるって。そのために、わたしができることがあるとすれば、それは直接的な武力介入ではなくて、もっと別の形なんじゃないかなって思うんだ」
「別の形、ねぇ……。そいつは具体的にどんな形なんだ?」
「人を繋ぐこと。ずっと前からやってきたことだよ。ねえ。ヴィアベル君。政治の形態が民主的であれ、専制君主であれ、民は必ずその望みを叶えてきた。そう思わない? だって、党首にしろ王様にしろ、民衆の代表であり、民衆の想いを汲み取る機関なんだから」
世の中はだから少しずつ良くなっている。
「だったら、ガキを戦場に駆り出すのも、民衆の想いってわけだ」
「そのとおりだよ」
「そんなのは一部の狂った王様か、権力を持った馬鹿の仕業に決まってるだろ」
「それでも、みんなは自らの望みを叶えてきた。魔王を討った勇者という概念も同じ。みんなが平和を願ったから、そうなった」
「おまえの語るおためごかしは、今そこで苦しんでるやつらを何も救っちゃくれねえな」
「理想自我を自我理想にするには、時間がかかるから。つまり、権力者たちは暴力を振るいたいのだと思う。そうやって自分のプライドを守っている。でも、いつかはそのプライドが自信へと変わる。わたしが語ってるのは、人という自己組織化する系への総体論だよ」
「理解できねぇな……」
「みんなのことを、ギュっと集めて、ひとりの人間として捉えた場合の話をしてるんだよ」
「つまり、なんだ。今のクソったれな状況も、ガキが大人になるための成長痛みてえなもんで、放っときゃそのうち良くなるって言いてえのか? 随分と気の長い話だな」
「確かにヴィアベル君の言う通り、レジデューになってしまう想いは、できるだけなくしたいよ。ヴィアベル君が、できるだけ子どもたちを助けたいと思ってるのは偉いと思う」
「お前のその気の長い話に付き合ってるほど、俺たちは暇じゃねえんだ」
のそり、と。
ヴィアベル君が立ち上がる。
「アナリザンド。お前のその小難しい理屈は、結局のところ、行動しないための言い訳にしか聞こえねえな。だが、お前のその回復魔法の力は本物だ」
顎クイされちゃった。
無理やり視線を合わせられて、先生たちみたいにかわいがるような感じじゃなかった。その仕草は、親しげというよりは、所有物を確認するような、どこか傲慢な響きを伴っている。
エーレちゃんが息をのむ気配が伝わる。
「いいか、アナリザンド。お前のその総体論とやらが、いつか実を結ぶ日が来るのかもしれねえ。だがな、それまでの間に、どれだけのクソみてえな悲劇が繰り返される? どれだけのガキが、お前の言う成長痛の犠牲になるんだ?」
彼は、わたしが目を逸らすことを許さない。
「わからない」
子どもがいつ大人になるかなんて、わたしにはわからない。
でも、健全な成長のためには必要なプロセスに思える。
わたしという個に、洗脳されてしまうより、ずっといいはずだ。
わたしは、人間の歴史に干渉しない。
「だったら、俺に便利に使われろ。お前のそのちっせえ身体じゃ抱えきれねえような面倒ごとは、全部俺が引き受けてやるからよ」
ヴィアベル君の顔が、ぐっと近づいてくる。
彼の呼気が、わたしの顔にかかるのを感じる。
「そうすりゃ、おまえは難しいことを考えずに済む。ただ、俺の言う通りに、その便利な魔法を使っていればいい。なあ、悪くねえ話だろ? かわいがってやるぜぇ。お前のその身体の隅々まで、たっぷりとな」
ドタドタドタドタ。
廊下のほうから異音がする。
ああ、彼女だ。
ここ、大陸魔法協会北部支部は、魔法使いのエリートたちが集まる学び舎のようなもの。
スカートのプリーツは乱さないように、白いセーラーカラーは翻さないように、ゆっくりと歩くのがここでのたしなみ。もちろん、遅刻ギリギリで走り去るなどといった、はしたない生徒など存在していようはずもない。
だが、例外も存在する。
「ちぇすとおおおおおおおお!」
ドアは蹴り破られた。エーレちゃんだった。
息をきらして、猛ダッシュしてきたのがわかる。
「ハァ……ハァ……。そこまでよ、このド変態ロリコンサディスト野郎っ!!」
誤解。とけてないね。
ヴィアベル君。ロリコン判別試験―――失格―――。
「覗き見たぁ趣味がいいな。お嬢ちゃん」
ヴィアベル君は、破壊されたドアを見ても、特に動揺もしていないようだった。
わたしの顎から手を離し、髪の毛をガサツにかきまぜる。
うにゃにゃ。せっかく綺麗にセットしたのに。
今日のわたしは幼さをアピールするツインテールなのに。
でも、頭を撫でられるのは好き。
「だまらっしゃい。純粋なアナリザンドを利用しようとするなんて、ロリコンの風上にも置けないやつ! イエス、ロリータ、ノータッチって言葉を知らないの?」
ロリコン認定なんだ。やっぱり。
「あのね。エーレちゃん。文脈を考えればそういうことじゃないのはわかるよね?」
「アナリザンド。あなたには危機感が足りないのよ。人間のことが好きすぎるから、ロリコンにもホイホイついてっちゃいそうで心配なの」
「うーん。まあ……そういうところはなきにしもあらずだけど、その人がどういう属性持ちかくらいは判別できるよ。ヴィアベル君は、戦争に子どもたちが利用されるのが嫌なんだと思う」
「女子供が好きなんでしょ。だからよ」
わたしの言葉に、エーレちゃんは納得しきれないといった表情でヴィアベル君を睨んでいる。
一方のヴィアベル君は、そんなエーレちゃんの剣幕をどこ吹く風といった様子で受け流し、むしろおもしろがっているようだった。ヴィアベル君の年齢を考えれば、熟成されたこじらせロリコンだと言えなくもない。いや、違うのはわかってるけど。
「ハッ。そいつはどうも。大魔法使いにして零級魔法使いのアナちゃんにそこまで気がけてもらえるとは、光栄の至りだな」
「ぴ、ぴぃ」
ヴィアベル君は、ぶしつけにわたしの鼻をつまみながら、エーレちゃんにねちょついた視線を送る。その態度が、さらにエーレちゃんの神経を逆撫でするのは言うまでもない。
「なっ……! やめなさい! いやがってるでしょ」
エーレちゃんが再び声を荒らげようとした、その時。
「まあ、座れよ。嬢ちゃん」
ヴィアベル君は、三脚めの椅子を、無造作に足で引き寄せエーレちゃんに勧めた。
戦術的な目的のためか、かえってその態度は落ち着いているようだ。
「立ったままじゃ足が痛えだろ。それに、そこのチビ魔族の言う通り、俺がお前らに話しておきたいこともある」
その意外な言葉と態度に、エーレちゃんは一瞬戸惑ったような表情を見せたが、やがて不承不承といった感じで、勧められた椅子に腰を下ろした。ただし、ヴィアベル君への警戒心は解いていないようで、その視線は依然として硬い。
わたしは、そんなふたりを見ながら、新しいカップを用意してお茶を淹れる。破壊されたドアのことは、とりあえず今は見ないふりをしつつ、結界で防音効果を張りなおしておいた。
「それで、ヴィアベル君。話って何?」
わたしが空になったカップにお茶を注ぎなおすと、ヴィアベル君はそれを受け取り、一口飲んでから口を開いた。
「アナリザンド。お前、さっき
「うん。言ったよ」
「フン。おためごかしにも程があると思ったが……まあ、今回のこの騒動も、ある意味、お前が俺とこのお嬢ちゃんを繋げた結果みてえなもんだな」
ヴィアベル君は、意味ありげにわたしを見た。
「おまえ、最初からわかってたんじゃねえのか? 俺がおまえの力を欲しがってること、そして、このお嬢ちゃんが俺に対して何か勘違いしてるってことをよぉ。で、わざと俺をここに呼んで、このお嬢ちゃんを焚きつけた。違うか?」
彼の言葉に、エーレちゃんが固まっている。図星だったからだ。
わたしは、にっこりと微笑んで答える。
「さあ、どうだろうね? でも、結果的に、エーレちゃんはヴィアベル君と直接話す機会ができたし、わたしの使者としての役割も半ば果たされたんじゃないかな」
「……ハッ。どこまでも食えねえ魔族だな、おまえは」
ヴィアベル君は、呆れたように言いながらも、その口元には確かな笑みが浮かんでいた。どうやら、わたしのささやかなお節介の意図には気づいていたらしい。
「まあいい。ロリコンだの変態だの言われるのは、正直言って気分がいいもんじゃねえが……この際、面倒くせえから否定もしねえ。お嬢ちゃんがそう思いたいなら、好きにさせておくさ」
「なんですって!?」
エーレちゃんが再び立ち上がろうとするのを、わたしは手で制する。
「エーレちゃん、落ち着いて。ヴィアベル君は、そういう意味で言ってるんじゃないと思うよ。たぶん、もう弁明するのが面倒くさくなっちゃっただけだから」
「そうそう。そこのチビの言う通りだ」ヴィアベル君は続ける。「それよりも、だ。おまえはなんで俺に協力させたい? 魔法もろくに使えねぇヒヨッコだとばかり思っていたが、魔法学校の首席なんだろ。俺の戦い方は薄汚ぇ戦場で培われたもんだ。あんたのお行儀のいい魔法とは違う」
ヴィアベル君は、エーレちゃんのこともちゃんと調べたんだ。
そのうえで、エーレちゃんの魔法を否定している。
「私は幼い頃に、あなたに救われたことがあるの……」
エーレちゃんは胸のあたりで手を握り、せつなそうに声を出す。
自分の戦い方が、戦場では役に立たないことを薄々感じながらも、ヴィアベル君に並び立ちたい。
それが、エーレちゃんの動機だった。
「覚えちゃいねえな。おまえはこれまでに食ったパンの数を覚えているのか?」
「そんなの覚えてるわけないじゃない!」
「同じだ。偶然戦っていたら時折、人を救うことがあった。それだけのことだ。優しさなんかじゃねえし、感謝される言われもねえ」
「それでも、ありがとうって伝えたかったの」
「そうかい。べつに感謝されるのが嫌ってわけじゃねえぜ。だが、おまえのそれはただの依存だ」
「……わかってるわよ。それくらい」
「わかってねぇな。守られて当然って顔してやがる。アナリザンドが俺を呼んだのは、おまえのためだろ。迷惑だとは考えなかったのか?」
「……そうね。それは確かにそう。ごめんなさい。アナリザンド」
「それはべつにいいよ。エーレちゃんはわたしの初めてのお友達だし」
エーレちゃんに手を伸ばすわたし。
そうしたら、エーレちゃんも握り返してくれた。
「美しき友情ってやつか。べつにおまえらガキどうしが友情を育もうがどうでもいいんだがな。アナリザンド。はっきり言うぜ。俺に協力しろ。そうすれば、俺もこの嬢ちゃんに協力してやる」
「んむむ……」
なかなか悩ましい問いかけだ。
わたしの信念としては不干渉主義なのだが、友情のために思想を捨てるべきか。
わたしが懊悩していると、それまで俯き加減だったエーレちゃんが顔を上げた。
「アナリザンド。あなたは悩まなくていいわ」
彼女は、きっぱりとした声で言った。
そして、ヴィアベル君に向き直る。
「ヴィアベル。あなたの言う通り、私はまだ未熟で、あなたの経験したような戦場の厳しさを知らないのかもしれない。でもね、私には私の戦い方があるの」
「なんだ? 言ってみろ」
エーレちゃんはその場で立ち上がり、まるで演説でもするように、高らかに宣言した。
「ペンは魔法よりも強し! 私の創る物語が、人々の心を変えるのよ! 子どもたちが戦場に駆り出されるのは、一部の権力者たちのせいでしょう。そして、それを許容してしまう社会の空気のほうにも問題があるの。私はそんな空気を入れかえてみせるわ」
「まるで夢物語だな。絵空事で腹は膨れねえし、物語で
「それでも。私は私の信じる力で世界を変えてみせるわ」
「……結構なこった」
ふたりの主張は、どこまでも平行線だ。
わたしが、どうしたものかと見守っていると、不意に、部屋の入口だった場所から、穏やかだが威厳のある声が響いた。
「――その意気や、よし。若いというのは素晴らしいものですな」
声の主は、いつの間にかそこに立っていたふたりの老魔法使いだった。
一人は大陸魔法協会が誇る一級魔法使いの高弟、レルネン先生。
もうひとりは、厳格な佇まいながらも、その瞳の奥に深い叡智を宿すデンケンお爺ちゃんだ。
なんだか仲がよさそう。
おふたりはどんなお関係で? ああ、旧友だったのね。
そういえば、デンケンお爺ちゃんが、黄金卿に故郷が飲みこまれたのを旧友に教えてもらっていたと言ってたけど、旧友ってレルネン先生のことだったんだ。
レルネン先生は、穏やかに微笑みながら部屋に入ってくる。
わたしの結界を、まるで紙か何かでできてるように、さりげなく通過する。
さすがは一級魔法使い。
「レルネンお爺ちゃん。どうしてここに?」エーレちゃんが聞いた。
「いやはや、なにやら騒がしい気配がしたのでな。少しばかり様子を窺わせてもらっていたのだが……実に興味深い議論がなされていたようだ」
デンケンお爺ちゃんも、ゆっくりと頷く。
「うむ。『恐るべき子どもたち』については、我々も以前から憂慮しておった問題だ。若いおぬしたちが、そこまで真剣に考えているとは、頼もしい限りよ」
その言葉に、ヴィアベル君が苦虫を噛み潰したような顔をした。
「……なんだ、あんたらも知ってたのかよ。だったら、なんで今まで放置してたんだ」
「放置というわけではない」デンケン先生は静かに首を振る。「事は複雑で、一朝一夕に解決できるものではない。だが、水面下では様々な手が打たれておる。ヴィアベルよ、おぬしの焦る気持ちも分かるが、時には大人の知恵と経験に任せることも必要だ。君はまだ若い。もっと大局を見る目を養いなさい」
その言葉は、まるで出来の悪い子供を諭すかのようで、ヴィアベル君の眉間の皺がさらに深くなる。彼からすれば、自分も『大人』のつもりだろうに、このふたりの老魔法使いの前では、どうしても若輩扱いされてしまうようだ。
レルネン先生が、優しく言葉を継ぐ。
「エーレよ。すまなかったな」
「え?」
「おまえには私のようになってほしくはなかった」
「でも、お爺ちゃんは私の師匠よ」
レルネン先生は首を振り、言葉を受け止めた。
「汚い世界を見せたくなかった。私は不器用な男なのだ。ゼーリエ先輩にもよく叱られる」
あ、その設定、気に入ったんだ。
「私はお爺ちゃんにもっと魔法を教えてほしかったわ。いまもそう思ってる」
「その役割は私ではなく、今を知る有望な若者に任せよう。ヴィアベル君、いいかな?」
「そっちこそいいのか? あんたの大事な孫にきたねえやり方を教えちまうかもしれねえぜ」
「かまわんとも。もとより一級魔法使いとは、のっぴきならぬ現実に魔法で対抗しようとする者たちのことだ。今を生きる君のほうが現実というやつを知っているだろう。それで、よいかね?」
いいよな。やるよな? って感じで迫るレルネン先生。
大事な孫を預けるんだから、絶対守れよと言ってるようにも思える。
孫推しするのは、爺の基本属性とはいえ、かなりグイグイいっている。
「儂からも頼もう。これは取引というやつだ。ヴィアベルよ。おぬしが達成したい政治的目標は儂ら
「ちっ。一級魔法使い様と、宮廷魔法使い様に頭を下げられちゃ、断り切れるわけねーだろ」
そんなわけで、仲良しお爺ちゃんズに政治的恫喝をされて、ヴィアベル君はエーレちゃんと協力関係を築くことになったのでした。
今回、ロリコン扱いされたり恫喝されたり、いろいろ大変だな。ヴィアベル君。
お爺ちゃんズが嵐のように去ったあと。
残されたわたし達は、静かにお茶を呑んでいる。
もう、お茶も残り少ない。
「……おい」
ふと、ヴィアベル君が声を出した。
かけられた声の向かう先は、何事かを考え、沈黙を保っていたエーレちゃんだ。
「いいか、よく聞けよ。お嬢ちゃん――いや、」
ヴィアベル君は、まるで新しい覚えたての呪文のように、ぎこちなく唱える。
「――エーレ」
その響きは、どこか不慣れで、少しだけぎこちない。
けれど、そこには確かに、エーレちゃんを現実を知らない女子供ではなく、彼女を一人の魔法使いとして、一人の人間として認めようとする意志が感じられた。
エーレちゃんは、自分の名前を呼ばれたことに目を丸くした。そして、次の瞬間には、頬がぽっと赤く染まり、戸惑いと、喜びと、緊張が入り混じった、何とも言えない表情を浮かべる。
――乙女の恋顔。
「お前のそのお花畑みてえな、なんの役にもたたねぇクソみたいな理想論には、反吐が出そうだ」
「ひど!」
「だがな。正直悪くない気分だったぜ」
ヴィアベル君は手枕を空中に作り、遠い昔に思いを馳せている。
「故郷に好きなやつがいたんだよ。今からちょうど29年前。北側諸国の魔族の動きが活発化して、そいつは一家揃って中央に逃げていっちまった。俺は馬鹿なガキでな。カッコつけちまった」
――クソったれな魔族どもは俺が全部ぶっ殺してやる。
――だから、そん時は、この村に帰ってこい。
「4つか5つのガキの頃の話だ。もう顔も名前も覚えちゃいねえ」
つまり、ヴィアベル君が強くなりたいと願うのは、その故郷の女の子のためってことだ。
エーレちゃんの淡い恋心に対する最大の障害は――おそらく同じくらいの年齢だと考えれば、4、5歳くらいだったはずの『過去の女』ということに!?
エーレちゃんの恋が成就するためには、過去の女を乗り越えなければならないわけだ。
大変だな(他人事)。
わたしがそんなことを考えている間にも、エーレちゃんはヴィアベル君の衝撃的な告白を反芻していたようだ。彼女の表情は、先ほどの乙女の恋顔から一転、驚愕と、混乱と、そして何やら新しい疑惑が渦巻いているような、非常に複雑なものへと変化している。
ヴィアベル君は、そんなエーレちゃんの様子には気づかず、どこか遠い目をしたまま、ぽつりと言った。
「……思えばずいぶん遠くまできちまった。最初は馬鹿みたいに単純で、理想ばっかは頭の中で暴走しているクソガキだったんだがな」
エーレちゃんの世界を変えて子どもたちを救うという理想論が、ヴィアベル君に初心を思い出させたのだろう。それは遠い昔の、純粋な想いだ。
けれど、当のエーレちゃんと言えば、なぜかわなわなと震えていた。
過去の女を打倒せんと、武者震いをしているのではなく――。
あ、これはマズイ。
「よ……4つか、5つの……女の子……?」
その声は、か細く、そしてどこか絶望の色を帯びていた。
ヴィアベル君は、ようやくエーレちゃんの異様な雰囲気に気づき、「あ? なんだよ」と怪訝な顔をする。
エーレちゃんは、さっと立ち上がり、わたしの身体を抱きすくめるようにして数メートルほど下がった。まるで、大人が子どもを守るような仕草だ。
上を向いてみると、エーレちゃんの眼差しは不審者を見る目つきそのもの!
「まさか、あなた……。アナリザンドみたいな、ギリギリ少女と言える年齢の女の子だけじゃなくて、そんな赤ん坊みたいな、本当の幼女を追い求めていたなんて!」
「んなわけねぇだろ!」
エーレちゃんの中で、ヴィアベル君がロリコンからさらに罪深い存在にランクアップを果たそうとしている。ヴィアベル君は猛烈に進化キャンセルボタンを押した。
――ああ、今日もいい天気だなぁ。
ヴィアベル君とエーレちゃんの協力関係は、まず誤解を解くことから始まりそうだ。
いつの日か、エーレちゃんの恋が世界を救うと信じて――。
こたびは筆を置くことにしよう。
恋は魔法よりも強し。
ロートです。え、知らない? またまた~。