――仙舟「羅浮」
どこまでも広がる世界を航行する6つの宇宙船、その中の一つに数えられるこの羅浮で、一人の少女が人混みに飲まれていた。
「う、うぅ……こ、ここで待ち合わせしてたはず……なんだけどぉ……」
『ケッ! 待ち合わせつったって時間は有り余ってただろぉ? お前が「明日はデ、デートの日だからお、遅れないようにしないとっ!」……って言いながら目覚ましを早めの時間にして……』
「わぁああああああああああああっ!!?? 静かにしてシッポ!?」
少女の名は「フォフォ」。
羅浮十王司の見習いとして地道ながらも日々精進している……とは彼女自身声高々には言えないが、それでも頑張っていると思いたいと考えている、自己評価の低い狐族の少女だ。
そんな彼女は、自身の尻尾に封印されている霊的存在「シッポ」のからかうような発言の内容を遮るように腕を振り回し、普段の彼女には似合わない大きな声を出して止めようとする。
「はぁ……はぁ……い、いきなり変なこと言わないでよシッポぉ……わ、私はそんなつもりじゃ……」
『……ケッ! あーあ、どんくさいお前はいつになったら「あなたのことが好きなんですぅ!」の一つや二つくらい言えるようになるんだよっての!』
「そ、それ以上言ったら、『戒』さん直伝の術で……!」
自分の秘めてる想いをおちょくられるように言われ続けたためか、流石のフォフォも目じりに涙を溜めながらにわかに光を放ち始めた拳を振り上げてしまう。
流石にからかいすぎたと思ったシッポは、逃げるようにフォフォの尻尾へと戻りつつあることを教えた。
『だーっ! わぁったよ! 黙っといてやるよ! そら、待ちわびてる奴が御登場だぜ』
「えっ」
「あ、いたいた。おーい! フォフォ嬢ー!」
シッポの指摘と共に聞こえてきた自身の名を呼ぶ声の方にフォフォが振り返れば、その視線の先には腕を振りつつこちらに近づいてくる青年の姿が見える。
その青年は、ポニーテールにした茶髪を揺らしながら笑顔を浮かべており、フォフォと出会えたことが心底嬉しいということが伝わってくるようだ。
「か、かかか『戒』さん!? どうしてここに!?」
「どうして……って言われても、フォフォ嬢のことだから早めに来るだろうと思ってたんで、俺も早めに来ただけっすよ? 気合入ってるとドジ踏むのはだいぶ前の時からだったんで、今回もかなと思っただけっす!」
「ば、ばれてた……!? 楽しみにしてたのバレてた……!?」
青年の名は『
この羅浮とはまた違う場所から、ここを訪ねて来た旅行客だ。
そんな戒の言葉に、顔を真っ赤にしていいのか、それとも真っ青にしていいのか分からなくなって目を回すフォフォ。
心なしか彼女の姿も歪み始めているように見えていた。
「フォ、フォフォ嬢~? だ、大丈夫っすか~?」
「ふ、ふふふっ、もうだめだぁ……このまま溶けちゃいたいよぉ……」
「しっかりするっすよフォフォ嬢!? マジで溶けそうになってるっすよ!?」
彼らが出会って数分も経っていないというのに、状況が混乱し始めているが、周りの群衆はさして驚いた様子はない。
驚いていないどころか、むしろ微笑ましいカップルでも見るかのような視線を送るため、なおさらフォフォが溶けていくのに拍車をかけているのだろう。
それもそのはず、戒とフォフォがこのようにしてここで出会う約束をしているのは今回だけではない。
前回は1週間前、その前は3日前、更にその前は……というようにもはや日常の一部になってしまうほど2人は待ち合わせをしているからだ。
「お、またあのお嬢さんと坊主がいるな。どうだ? どっちから想いを告げるか賭けてみるか?」
「そう言って前も無効になっただろ? 結局どっちも言わないどころか、お嬢ちゃんは目を回してぶっ倒れるばかり。坊主の方に至っては気づいてないと見た」
「あらあら、若い子たちの恋って良いわね~」
「クソッ、ソーダ豆汁もう一杯!」
その証拠に、周囲の視線と微かに聞こえてくる会話の内容はどれも生暖かいものである。
それが余計にフォフォの羞恥心をあおるのであった。
『ったく、どんくさい上に心まで貧弱ときた。仕方ねぇ、なっ!』
「わ、わわわわっ! わぷっ!?」
「おっと! 大丈夫っすかいフォフォ嬢!?」
「だ、大丈夫です……。…………? ふぇ!?」
そんな2人がいつまでも動こうとしないことに苛立ちを募らせていたシッポは、フォフォの体を戒に向けて押し出す。
突然のことに、腕をばたつかせながら倒れこみかけたフォフォを抱きとめる戒。
彼のおかげでなんとか顔面を地面に打ち付けることはなかったフォフォだが、戒の腕の中にいることに気が付くと顔を真っ赤にしてまたも目を回し始めてしまった。
(わ、え、腕、ふぇ、あ、え、えぇっ!?)
「ふぅ、大丈夫みたいっすねフォフォ嬢。怪我はないっすか?」
「あのそのえとはい大丈夫です大丈夫なんですけど大丈夫じゃないというかっ!?」
「本当に大丈夫っすか!?」
わたわたと、2人して人目をはばからずに慌て始めてしまう。
そんなフォフォと戒のデートは、賑やかな観衆に見守られながら始まったのだ。
「本当に大丈夫っすかフォフォ嬢……? すっげぇ動きがぎこちないっすけど……」
「だ、大丈夫、ですっ……! い、行けます……!」
「う、うーん……無理はしないでくださいっすよ……?」
デート開始直後の羞恥心が爆発しそうな状況から何とか抜け出せた2人は、一先ず街中を散策することにした。
デートというのならアトラクションの多いテーマパークなどが候補に上がりそうだが、今回はフォフォの願いもあって普段から人混みの多い商店街などを回ることにしたのである。
戒からしてみれば、「人一倍臆病なフォフォが勇気を出し、自身に頼ってきてくれたのだ。男として応えないわけがない」と燃え上りかけていた気合を、いつも以上に慌てているフォフォの様子で少し削がれ、心配の気持ちが勝りかけていた。
フォフォとそれなりに親しいと思っている戒からしてみれば、彼女が慌てているのはいつものことだと思っていたが、いつもと比べると彼女はこちらの様子をうかがっているように感じられる。
――突然だが、『戒』は宇宙を駆ける「星穹列車」の乗員だ。
星穹列車とは「開拓」の意志の下、様々な星々を巡る「宇宙一のお節介焼き」。
その功績は数琥珀紀前から続いており、仙舟にも彼らの偉業は残っている。
仙舟側のある程度事情を知っている者達から言ってしまえば、星穹列車の乗員達は「仙舟の恩人達」といっても過言ではない。
その一人が今、心配そうにフォフォの手を取りエスコートしている『戒』なのだ。
さらに言えば、戒はある事情から星穹列車に乗る以前より仙舟に手を貸したことがある。
そのため、仙舟の上層部からしてみれば星穹列車のメンバーの中でも戒は特別な存在である。
そんな彼と、こうして休日に遊びに行くほどの交友関係を持っているのがフォフォなのだ。
(…………大きな手…………あったかい……)
自身の手を握ってくれる大きな掌の温かさを感じながら、フォフォは戒のことを見上げる。
二の腕が見えるほど袖の短い上着を通して晒される腕には、誰かにやってもらったのか全体を覆うように綺麗な包帯が巻かれており、一見すれば大けがでも負ったかのような姿をしている。
(……包帯増えてる……まただ……)
彼自身はこのことを「ただのファッションだ」といって軽く笑っていたが、あることを経験したフォフォにとってはその傷は自身の力不足と、不甲斐なさを実感させるものでもあった。
フォフォと戒の出会いについては数か月ほど前に遡る。
当時、シッポに憑りつかれたこともあって十王司に保護されていた時のことだ。
シッポに憑りつかれたことで「貞凶の命」と呼ばれる、邪を引き寄せる体質になってしまったフォフォ。
そんな彼女の護衛を自ら申し出てくる『変人』がいた。
『ん? っとっとっと、大丈夫っすかお嬢さん。貴方みたいな可愛い子に暗い顔は似合わないですぜ?』
――それが『戒』だ。
フォフォを保護した判官「寒鴉」曰く、「この羅浮にふらりと訪れた文字通りの変人。本人は遊客を自称していますけど、本当にそうなのでしょうか……」と評されるほどの人物であった戒。
当時、十王司を見学するために来ていた彼が言い出した突然すぎる提案だったが、なんと羅浮の将軍自身が許可を出したことで許可されてしまったのである。
いきなり声をかけて来た人に突然護衛を提案され、とんとん拍子に話が進んでいく様は、今と比べてまだ未熟だったフォフォにとって、少し怖いものだった。
そんなことがあったとはいえ、しばらくすると戒自身の人の好さもあって、フォフォは打ち解けることができ、「自身は一人だけではない」と余裕を持つことができたのである。
……だからなのだろうか。
彼が目の前で自身を庇い、血溜まりに沈む姿を目にしてしまうことになったのは。
『じゃ、邪を、は、はらっ、はらわっ、ひっ』
『おいしっかりしろ! 護衛がくたばってんじゃねぇ!』
「貞凶の命」によって引き寄せられた妖魔の不意打ちから、まだ抵抗する力を持たない未熟なフォフォを庇い、心臓を貫かれたためか零れ落ち続ける血潮に沈む戒の姿は、家族のように親しかった当時のフォフォにとって、今までで一番といってもいいほど取り乱す出来事だった。
『か、かい、かいさっ』
『お―――――し―! ―――てん――! ――封――――! 早――ろ!』
なんとか傷口を抑えようとしても、恐怖のあまり手が震え、彼の体温はみるみる下がっていく。
シッポが何かを叫んでいるがそれすら耳に入らないほどだった。
妖魔はその間にも自身達へ凶刃を向けようと近づいてくる。
そして、振り上げられた刃がフォフォもろとも戒を両断しようとして――
『なにしてんだてめぇ』
――起き上がった戒によって受け止められたのだ。
『か、戒さ、ん……』
『ちょっと待っててくださいフォフォ嬢。こいつら片付けるんで』
それからは早かった。
反撃に出た戒によって妖魔はあっという間に掃滅され、瀕死だった彼も救援要請を受けて現場に着いた十王司によって病院に運ばれ、残されたフォフォは自責の念に駆られていた。
お前のせいだ、お前のせいで彼は傷ついたのだ。
そんな幻聴が聞こえてくるほど、彼の病室の前で自身を追い詰めていたフォフォ。
だが、そんな彼女の思いを晴らしてくれたのは、自身を庇った『戒』なのである。
『俺は気にしてないっす。俺は誰かを守れるならこの命だって惜しくはない。……流石に、自分が死んだせいで誰かが悲しむっていうなら、なにがなんでも死んでたまるかって思ってるっすけどね』
『…………でも……』
『……フォフォ嬢自身が自分のことを許せないっていうなら、俺が許すことができるようになるまで一緒にいるっすよ』
『え……』
『自分が好きになった人には笑顔でいてほしいっすからね!』
初めてだった。
こんなにも甘く、こんなにも溶かしてくれそうなほど熱い想いが自分の中で沸き起こったのは。
初めてだった。
こんなにも嬉しすぎて涙が出そうになったのは。
初めてだった。
誰かの胸で泣いたのは。
……初めてだった。
こんなにも誰かのことを好きだと思ったのは。
その時からだ。
フォフォが戒という一人の存在に恋をしたのは。
「……ありがとうございます、戒さん。色々と大変な一日だったけど、楽しかったです!」
「俺もっすよフォフォ嬢! また次の機会があったら一緒に遊ぶっすよ!」
いつの間にか楽しい時間も終わりを迎えようとしていた。
互いに隣り合うようにして帰路につきながら、2人は夕暮れに照らされる。
「……すぅ……ふぅ……あ、あの! 戒さん!」
「おろ? どうしたんすかフォフォ嬢?」
「え、えっと……少し、しゃがんでもらえますか……?」
「? いいっすけど?」
もう今日はここまでなのだと思うと寂しい気持ちが湧き上がってくる。
まだ彼と私は友人でしかないと思うと自分が意気地なしに思えてくる。
だからこそ、今日は、今日だけでもと、彼女は勇気を振り絞って――
「…………め、目を閉じてもらえますか?」
「目? いいっすけど何を――」
「……!」
――その時、2人の影が重なった。
「…………え?」
「! そ、それじゃあ、ま、また今度に!」
「え」
突然のことに呆然として言葉も出なかった彼の理解が追い付く前に、フォフォは全力でその場を後にした。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……!」
走り続けていたフォフォは、彼の姿が見えないところまで来ると、息を整えて自身の口元に触れてみる。
「っ……!」
そこには、まるで夢のように甘い感覚が残っていた。
かいたくしゃ に こうかばつぐん だ !