(※今回は短めです)
――「天才クラブ」
知恵の星神「ヌース」によって啓示を受けた「知恵の閃き」達によって構成された組織。
彼らは総じて常人以上の知識を有し、そして常人とは違う価値観の下で行動を起こしている。
会員番号1番のザンダー・ワン・クワバラから、最新の会員84番のスティーブン・ロイドまでと幅広く、全員が「天才」の名に恥じない功績を持っているのが、この「天才クラブ」だ。
そして、彼らの中でも「ルアン・メェイ」と呼ばれる女性がいる。
彼女は生物学の分野において凄まじい研究をしており、一部ではファンもいるほど。
しかし、彼女自身は表に出たがらない。
「興味もないし、出る理由もない」からだ。
彼女は「『生命』というものを深く理解したい」だけ。
どんな手を使ってでも、だ。
ならばどうして、自分の研究の妨げになりそうな人前に出る必要があるのだと、彼女の姿を知らない者は多い。
だが、そんな彼女の姿を知り、そして彼女の研究に協力している人物がいる。
「■■■■■■■■■■――!!」
「だぁらっしゃい!!」
宇宙ステーション「ヘルタ」の中でも、一般の職員どころか幹部級の存在であろうと立ち入ることはない場所にて、データで構成されたホログラムの猛攻を前に、ひらりと躱してはカウンターを叩きこむ青年。
彼の名前は「戒」。
最近人間関係に悩みを持ち始めて来た星穹列車の乗員だ。
彼は自身の腕を覆うように装着された籠手で以て、ホログラムの攻撃を真正面から粉砕していく。
いくらデータといえど緻密に再現されたホログラムたちの攻撃は、並の存在なら一撃で再起不能にまで追い込まれるだろう。
そうなっていないのは偏に彼の戦闘経験の豊富さ故にである。
戒はホログラムの軍団を前に一歩も引くことなく、戦力を削り取るかのように各個撃破していき、最後の一体を撃破したところで耳に装着したインカムから女性の声が聞こえた。
『よくやりました戒さん。戻ってきていいですよ』
「……っ! ふひぇ……疲れたぁ……」
帰還指示を出す女性の言葉に従って、よろよろとした足取りながらも部屋の外へと向かっていく戒。
やがてたどり着いた部屋の中央には、見惚れるような美貌の優雅な女性がソファーに腰掛けていた。
「ふふっ、新しい難易度のトレーニングはいかがでしたか?」
「俺の攻撃範囲の狭さが浮き彫りになりましたね……やっぱまだ速さだけに甘えてますわぁ……」
「あなたの拳の打ち込み方は少し特殊ですからね。力を集中させるのが癖になりすぎて、大量の敵性存在と相対したとき不利になる……ホログラムも含めて改善が必要ですね」
「無茶言わないでくださいよ『ルアン・メェイ』様ぁ……」
女性の名は『ルアン・メェイ』。
先程紹介した天才クラブに所属する女性だ。
「以前みたいに『戒律』の力はなんでかほとんど使えないですし、かといってこの宇宙での「力」も今の形に収まっちまってます……あ、これおいしい……」
そんな彼女の隣に腰掛けながら、戒はソファーの前に置かれたテーブルの上に、大量に用意されている菓子類に手を伸ばす。
ルアン・メェイの好物である梅の花が使われたその菓子は、口に入れるとほろりと崩れ、口全体に甘さを伝えてくる。
「それは私のお気に入りの銘菓です。美味しいでしょう?」
「確かに美味しいですね……あ、触診どうぞ」
「ふふっ、察してくれてありがとうございます」
甘味を味わっている戒だったが、あることに気づくとルアン・メェイに向けて首元をさらす。
そんな彼の首に指を添えて、何やら調べていくルアン・メェイ。
彼らの関係性を一言で表すなら、ルアン・メェイを「研究者」、戒を「助手」とするのが正しいだろう。
その割には戒が体を張っている割合が大きすぎるのだが……戒自身が特に気にしていないため割愛することにする。
「………………はい、終わりましたよ。特に異常はないようですね」
「ありがとうございます。無駄に頑丈なのが俺の取り柄なんで、バリバリ使ってもらえると嬉しいっす!」
「それは嬉しいですね。それなら今からでも難易度を調整して再度トレーニングを……」
「すんません冗談です! 流石に休ませてくださぁい……!」
「なら、今は休憩をし続けましょう。お菓子はまだありますので」
微笑みながら鬼畜なことを言い始めるルアン・メェイに対し、失言だったと全力で土下座に移行する戒。
そこに対して冗談といわない辺り、ルアン・メェイ自身割と本気だったのだろう。
「やはりこの人にはかなわない……」と心の中で独り言をつぶやきながら、戒はテーブルの上の菓子に手を伸ばしていく。
そんな時、ふとルアン・メェイがこんなことを言い出したのだ。
「……なぜ、あなたは私の実験に協力してくれているのですか?」
「? どうしたんすか急に?」
「いえ、以前より気にはなっていたのですが、あなたとの時間が取れずに聞けずじまいだったので……」
「あー、確かに……」
少し俯きながら言うルアン・メェイの姿に、ここ最近のことを思い出しながら戒は思考する。
フォフォからの突然の告白で呆然とした日、ヘルタの怒りのままにめちゃくちゃにされた日、ブローニャとのデートの日は記憶が途中で途切れ……駄目だ、変に思い出そうとすると首を括りたくなる感情に駆られてしまうと、戒は一旦切り替えることにした。
「えっと、なんで実験に協力してくれてるのかについてですよね? えっと…………多分あのままだと、あなたがふとした時に消えてしまいそうだったから、だと思います」
「消えてしまいそう……?」
「はい。ルアン・メェイ様は「■■」になりたいと以前話してくれました。確かに、あれほどの存在に至れるのは一種の栄光。ルアン・メェイ様は栄光とか気にしてはいないでしょうけど、俺はその時思ったんです。『あなたが消えてしまうのは見たくない』と」
「…………」
戒の言葉を聞いて、無言で続きを促すルアン・メェイ。
余計なことだったかと思いながら、それでも自分の選択した結果なのだと、戒は告白するように話していく。
「俺は昔から「誰かが消えるのが怖かった」と思ってたんです。大切な人がいなくなっていく喪失感、それを止められなかった無力感、それらを感じたくなくてお節介を焼いて……だから自分くらいの命で誰かを助けられるなら、って思ってたんです」
「思ってた、ですか……」
「はい。結局のところ、俺は皆が「好き」です。ルアン・メェイ様も、ヘルタ様も、皆が好きで、皆には笑顔でいてほしい。だけど、少し前のルアン・メェイ様は、蝋燭の灯みたいにふっと消えてしまいそうだった……だからあなたを笑顔にしてあげられないかなって、実験に協力し始めたんです」
「…………」
過去を懐かしむような表情でルアン・メェイに語り掛ける彼の姿は、抱きしめるような慈愛に満ち溢れており、「好きである」という感情が真摯に伝わってくるようだ。
どこまで行ってもお人好し、人のために何かできないかと歩み続けるその姿は、人の感情を焼くにはあまりにも強すぎる。
「……嬉しい、ですね。貴方にそう思ってもらえるのは……」
その言葉を聞いたルアン・メェイは、彼の腕を抱くようにして寄りかかる。
彼の体温を……愛しい人の熱を感じ取れるように、と。
「あなたが私のものになってくれたら嬉しかったのですけど、ヘルタには先を越されてしまいましたからね」
「あはは……それはすみませ――待って今なんて言いました?」
ルアン・メェイの告白ともいえる言葉に聞き捨てならないことがあったのか思わず聞き返す戒。
俯いたままであるためか、ルアン・メェイの顔を覗くことはできず、彼女の表情を見ることはできない。
だが、少しずつだが彼女の纏う空気が変わってき始めていることに気づく。
「えぇ。ヘルタには先を越されてしまったと言いました」
「……それって、知り合った時間とかで……」
「あなたの唇を奪われたということに関してですよ?」
「…………」
なんでもないと言いたげに口を開いたルアン・メェイだが、明らかにそれだけではない。
何故だかわからないが、戒は手遅れだと確信してしまう。
命の危機を感じたままに彼女から少しだけ距離を取ろうとするが……突然立ち上がろうとした足から力が抜けてしまった。
「え……な、なにが、おこっ……」
「先程からあなたが口にしている菓子に少し薬を仕込ませてもらいました」
「ら、らんで、そんなこと……」
「ふふっ、先程あなたは「皆が好き」と言ってくれました。その内の一人に私も含まれているとも。でも、私はそれだけでは足りないのです。あなたには私だけを見てもらいたい」
自身の方に倒れこんできた戒を受け留め、ルアン・メェイは笑みを浮かべながらそう言う。
「あなたは全てを愛しているが、私はあなたしか目に入ってない」という告白をしながら。
「大丈夫ですよ戒さん」
「ご褒美はあげますから」
そう言って戒を強く抱きしめ、ルアン・メェイは衝動のままに動き出したのだ。
かいたくしゃは しびれてうごけない!