傘を差すほどまでじゃない小雨が辺りを濡らし、その雨を全身で受けながらも立ち続ける。
「………先生」
私がそう言うと、私の後ろから足音がゆっくりと近づいて、やがて足音は止まると、突然私の体を雨は打ち付けなくなった。
「風邪、ひいちゃうよ」
華奢な体と細い腕に差し伸べられた赤い傘の下、私たちは出会った。
「それで、なんの用?」
「…………」
「……ミサキ?」
不安を煽るようなか細い声が私の脳を満たす。貴方と離れたくない、一生ここに居たいと思わせるような不安げな瞳、思えば思うほど、私は貴方を離したくないと思わせる。
「特に、要はないよ」
そう言いながら、先生に近づく。
そして、覆い被さるように抱きしめる。
「ただ、会いたくなっただけ……」
そう、消えそうな声で発すると、先生は私が濡れているにもかかわらず、抱きしめてくれた。
「だったら、そう言えばいくらでも会うのに」
「それは……先生に悪い」
そう先生の言葉を否定するかのように言い返すと、先生は私の背中をトントンと優しく叩きながら、優しい声で私を肯定してくれた。
「ミサキの為なら、私は何処へだっていくよ」
「…………!」
雨が強くなっていく。それは傘が飛んでいく程に。
「…先生、風邪引くよ」
「私なら、大丈夫」
周りの音も雨に遮られ、雨で包まれているはずなのに、私は到底そうは思えなかった。
消えることの無い幸福、私は離れることができなくなってしまった。
今すぐ壊してでも、私のモノにしたい。だけどそれは先生の望んだような結末じゃない。そんな想いが私を押し潰し、力を強くしていく。
「ちょ……ミサキ……?」
先生の声が聞こえなくなるほど、私の瞳と心は先生のモノになってしまった。絶対に離さない
今、ここで……………。
「ミサキッ!」
「っ!!」
その先生の言葉に、私の耳は先生の放った言霊と、雨の音と……銃声が鳴り響く。
「………え…?」
気づいた時には、私の視界には赤い…血のような球体が飛び散っていた。
理解が追いつかない。私の目には先生がいない。先生はどこに行った?あの聞かない銃声はどこから?
そうこう考えるより、先に体が動いた。
先生の手を引っ張り、遠くへ走っていく。
「み……さき」
「先生!あれは不味い…不意を突かれた。今は武器も持ってないし、逃げるしか……」
その時、ふと先生を引っ張っている手が暖かいことに気がついた。
「え……?先……生?」
振り返ってみると、赤くなっている腹部、口から零れ落ちている赤い液体、そして人の手とは思えなかった白い手は、真っ赤な色で染まっていた。
「先生…?先生…!先生!」
直ぐに手を離し、先生を抱き寄せる。
雨の中でも聞こえるよう、耳の近くで、うるさくないようできるだけ小さな声で、先生の安否を確認する。
「先生…先生、大丈夫?先生…死なないで、お願い」
「だい……じょうぶ…だから……はしって…!」
その言葉を聞いた瞬間、奥からだれかが急いで走ってきている音が聞こえた。
「っ!絶対に…死なせない!」
先生を抱き上げ、お姫様抱っこの状態で走り出す。
雨が視界と音を遮る中、後ろから走ってくる音が聞こえなくなるほど、とにかく夢中で走り続けた。
そして、雨も止んだ頃、誰もいない廃墟へとたどり着いた。
そこで先生を下ろし、改めて状態を見る。
「腹部もかなりのダメージを負ってる、それに腕も…これは…」
「うん……もう、感覚もないや」
その言葉に全身の血が抜けていくような感覚に陥る。
「これは…直ぐに救護騎士団を…!」
「…みさき」
スマホを取り出し、電話をかけようとした瞬間、先生に止められる。
「も……う、だいじょ…うぶ……もう、だめみたい」
「それっ……てどういう……?」
その時、既に先生の目は、とこか遠い、死んだような目をしていた。
「まって…!まだあきらめちゃ……!」
先生の息が浅いことに気づく。その瞬間から、先生の人生はもう無いのだと、死んでしまうのだと、思わせる。
「み…さき…さいご…に…て…」
「て……?手がどうかしたの…?」
「て………だして」
その時から、考えることを辞めて、先生の指示にすぐ従い手を出した。
「……っん……はぁ…」
先生は動くことさえ奇跡な体を動かし、私の手に近づく。
「っはぁ………っ!」
私の手首にある包帯に近づくと、徐に口で包帯を無理やり解いた。
「先生……?」
先生にだけは、見せたくなかった。
ボロボロに刻まれた手首、赤くなり過ぎて、黒に変色してしまった結果、包帯で隠すしかなくなってしまった。私の全ての悲しみと憎しみ、絶望が詰まった傷。
「……最期に、ミサキのこういう弱い所、見れてよかった」
そう言い、先生は私の傷にキスをし、私の腕の中に抱きつく形で入り込んだ。
「先生……?あ……れ?先生?先生」
解かれた包帯と、見るに堪えない手首、そんな苦しい傷に、先生は愛を与えてくれた。
私も、先生に言いたい。好きだって、私に生きる理由をくれた大切な人だって。
なのに、先生の体は冷たくなっていく。
「……………せんせい」
全てを悟り、私も両手で先生をゆっくりと、しっかりと大切に抱きしめ返す。
どこか体ではない、心に大きな…ぽっかりと空いたような気持ちになった。
これを、キズとして受け止めて良いのだろうか。
先生は、死んでしまったのだろうか。
先生、生きてるといいですね