死ぬまでの暇潰し   作:たくは

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時系列は原作の大規模侵攻の1年くらい前でざっくりしてます


1.ただ待つには長すぎる

 何かをするには短く、ただ待つには長すぎる。

 僕に残された時間はあと1年もないかもしれないらしい。ちょうど今日で17歳。

 余命宣告された次の日。僕はひとり家の近くの神社に訪れた。滅多に人が出入りすることなく、ひとり静かに綺麗な街並みを堪能できるという理由だけでよくここに足を運ぶ。

 

 心臓の近くに強い痛みを感じ、僕は家族と共に病院へ急行した。原因不明と診断され、両親の強い希望のもといくつかの病院に行った挙句、ボーダーと提携を結ぶ市民病院にて原因がわかった。

 

 お医者さんからは「トリオン器官に異常な反応が見られ、人体に悪影響をもたらしている。もしこのまま放っておけばまた痛みが再発するだろう」とのこと。なんでも、トリオン器官は心臓のすぐ近くにあって、もしトリオン器官が破損してしまえば命に関わるのだとか。

 

 トリオン器官が引き抜かれることで亡くなったケースがあったらしい。3年以上前のネイバー侵攻でのことだ。

 

 僕はそんな危機的な状況に陥っているという。僕はぼんやりと街を眺めた。

 

「残り1年か......」

 

何かをするには短すぎる。プロのスポーツ選手になるにも、芸人として売れるようになるにも、小説家になるにも、画家になるにも。1年ではなにも生み出せないし、実現は困難だ。

 

だけれども、ただ待つにも長すぎる。遠足の前日の夜。遊園地のアトラクション待ちの1時間。カップ麺が出来るまでの3分。そのどれよりも多大な時間で、待った後に良いことが待っているわけでもないのにただ待つしかできなくて。 予告ではなく、宣告だからどうすることもできなくて。こうして僕は残り短いうちの1日を、なんの実りのない1日をただ景色を眺めることだけに費やした。

 

 2日目になって、どうしても外に出る気力も湧かなくて、僕は外出を辞めた。父も母も僕がそう言っても止めはしなかった。やりたいことを出来る限り全力で、とでも言って来ると思ったけど意外にもしおらしい。

 

 そんな僕の意思を1ミリたりとも尊重せずに、チャイムを鳴らした人がいる。来客はお医者さんの関係者だった。

 

「初めまして。私、トリオン研究のチームの代表をしております。田村と申します。君が立花遼君かね」

 

研究室でもないのに白衣を着ていて、髪が白みがかっている。いかにもお医者さんといった格好だけど、それがかえって怪しい人。そうは思いながらもどうせ暇だからと少しだけ話を伺った。

 

 田村さんは僕がトリオン器官に異常があることを知っていた。守秘義務どうしたと思ったけど、関係者なら情報くらい渡っていてもおかしくない。

 

「君を研究対象として我らの被検体にしたいんだ。被検体というと聞こえは悪いが、主にトリオン器官の状態を観察させてもらえるだけでいい。どうか我々に力を貸して頂けないだろうか」

 

最後にお代は弾むぞと小声で付け足して。僕のような未成年を研究の材料とし、ましてやお金で買い取ろうとするとは、なんて汚い大人なんだ。そう言われてもおかしくないはずだ。

でも、僕は1年後には死ぬ爆弾を抱えている。その爆弾が僕が死んだあとにかなりの大金に変わってくれたらどうだろうか。少なくとも、親不孝に終わる生命を、きっと悲しむ両親の心を『お金』で無かったことにできるかもしれない。

 

そう思うと、なんだかこの誘いがいいものに思えてきた。

 

「今日、1日、お試しでその研究室に行かせてもらうことはできますか」

 

だからこそ、こんな強気な返事をできたのだろう。田村さんは心底嬉しそうに僕の両手を掴んだ。

 

「ここがその研究室ですか」

 

 連れてきてもらった研究室は思っていたところとは少し違って、ただの文化系の部室のようなところだった。奥を覗くと 不思議な機械がそこにはあって、あれがきっとトリオンを診断する事ができるなんらかの装置だろう。部屋の隅にはベッドがふたつ。保健室のような湿布の匂いが鼻を刺激する。

 

そこにひとりの女の子が横たわっていた。

 

「那須さん。気分はどうですか。少し落ち着きましたか」

「ええ、はい。もうほとんど良くなりました。ありがとうございます」

 

 儚く脆いガラスのような人、僕はその女の人を見てそう思った。

 良くなったとは言ってもまだどこか調子が悪そうで、そのか細い白い肌はそれを示しているようである。

那須さんはベッドから立ち上がろうと、まずは身体を起き上がらせるも目眩でもしたのか頭を押さえ苦しみ始めた。思わず僕も、誰かも知らない人に声をかけてしまった。

 

「体調が悪いなら素直に寝ていたほうがいいと思いますよ」

「ありがとう。でも、本当に大丈夫なのよ」

 

 柔らかでしなやかな髪が窓から吹く風に揺れた。すると那須さんは冷たい風に身体を揺らした。大丈夫なわけがないだろう。きっと薬品などを使うことがあり、よく換気をするからたまたま窓が開いていただけだろうけれど。

田村さんに一言添えてから僕は窓の戸を閉めた。

 

「病人がいるのにこんな寒い季節に窓を開けっ放しにしておくのはどうかと思いますよ」

「いいのよ。換気中と言ってたもの」

 

 けれど田村さんは意外にも頭を下げて謝罪した。

 ところで、少し気になることがある。

 

「もし嫌だったら答えなくて全然大丈夫なんですが、ひょっとしてあなたも被検体なんですか」

 

僕がそう尋ねると那須さんは「そんなところ」と、濁して答えた。田村さんもそれ以上は言わなかったし、触れすぎるのはよくないかもしれない。

 

「それでは、私はここで失礼します。あなたも、気を使ってくれてありがとう」

「いえ、紳士ですから」

「うふふ、つぎ会うときはもう少しお話しましょうね」

 

穏やかにと微笑む那須さんの表情は綺麗とか可愛いなんて簡単な言葉で表せるものではなくて、なんというかこれは……。

僕の語彙ではどんなに頭を捻っても思い浮かばない。美人さんとはこんな人のための言葉なんだろう。

 

「では、気を取り直して施設の案内をしよう」

「あ、はい、よろしくお願いします」

 

 彼女にもう一度会えるかもしれない。

 それだけでここに来る意味はあるのかもしれない。――いやいや、もうすぐ死んでしまう人間が何を言ってるんだ。忘れよう。

 

 両親には『僕が研究室に参加することで今後このような病気にかかっても治せるようになるかもしれない』と、それらしいことをつらつらと述べて研究室への参加を認めてもらった。 田村さんが言うには、痛みはないし労力もないという。僕が自発的に何かをせねばならないわけではないなら問題はないだろう。

そして2日目が過ぎ、3日目になった。そんな僕にとある縁談が持ち出される。

 

「君、ボーダーに入るつもりはないか 」

「一体僕に何をさせようというんだ」

 

なにも危険なことはないという約束なのに。

軍人になれと田村さんは確かにそういった。 断ろうと思ったけれど、那須さんも、とある研究をかねてボーダーに入隊したと聞いてすぐに入隊を決意した。許して欲しい。実際、この街に住んでる以上は少しは興味を持っていた。

 

 経過を見つつ安静にともあったが、田村さんたち研究チームの仮説を検証も早期にしたかったらしく、僕のボーダー本部行きは間もなくだった。

 

 本当は正式入隊日と呼ばれるその名のとおり入隊を認められる日があって、僕も同じ手順で入隊すると思っていたんだけれど。

 

「今日から君もボーダーの一員だ。病人だと事情は聞いているから無理の無いように訓練に励みたまえ」

 

 その入隊日はもう過ぎてしまったらしいから特別に本日付での入隊となった。なんでも、ほんの数日前に終わってしまったんだとか。

 忍田本部長のありがたい話を聞き終わるといよいよ本題に。

 

「君はどのトリガーをメインに据えようと思っているんだ」

 

ポジションの種類はとても豊富である。大きな括りでわけると、攻撃手、銃手、射手、狙撃手の4つに区分される。ガンナーとシューターは似通った部分が多く、ひとまとめにしてもいいかもと本部長は言っていた。これに加えて、それらを組み合わせた万能手や特殊工作兵などもあるらしい。入隊したばかりの僕には必要ないと思い、深くは聞かなかった。各ポジションの説明をきいたうえで、各トリガーの説明もしてくれたわけだが、いまは悩みに悩んでいるところだ。

 

「ちなみに本部長が一番楽しいと思うポジションはなんですか」

 

 軍人になるのに楽しいもなにもないだろうとは、言われなかった。本部長は若かりしころを思い出すように語る。

 

「私はやはりアタッカーだな。男児たるもの一本の刀を握って戦うことがロマンだと思わないか」

 

そんな目を輝かせられても困りますよね。弧月の魅力をそれはもう熱く語られること数十分。気づけば僕は弧月を握り、訓練室に立たされていた。

 

「私がお手本を見せよう」

 

 本部長はトリオン体に換装し、腰にぶら下がった二本の弧月を抜刀した。刀一本は嘘だし、どこの隊でもないのに黒のロングコートなんて羽織ってるし、なんなのこの人。

 

 そんなお茶目な本部長は自分の体よりはるかに大きいトリオン兵、訓練用モールモッドを一瞥したかと思えば瞬く間に目に加速し、僕が気づいたときにはモールモッドは二本の傷を残して倒していた。まさに読んで字の如く一瞬の出来事だ。

 

「こんな感じでやってみてくれ」

「いや無理でしょ」

 

 思わず敬語を忘れてしまったことは許して欲しい。なんて言ったって、この人が規格外のお手本を見せるのが悪いのだから。

そうはいってもやるしかない。 なに食わぬ顔で、さらには無傷の状態で起き上がるモールモッドに身構えながら、僕はひとまず弧月をセットし、抜刀した。

 

「制限時間は3分もある。最初は焦らずゆっくり戦うといい」

「はい。わかりました」

「では、始める」

 

本部長の『訓練開始』の合図でモールモッドは動き出した。

おそるおそる近寄りながら、先ほどの本部長の残した斬撃の痕を思い出す。

 

「たしか……光る目、コアの部分を斬りつけていたような」

 

なにせ、めちゃくちゃな剣速だったためにどこをどういう手順で弧月を振るったのかがわからない。唯一、かろうじてわかったのは本部長でも硬くて鋭そうな足には傷を入れていなかったということ。効率よく倒すためだったかもしれないがもしそれなら足ごと全てを斬ってしまえばいい。つまり、あの硬い爪は実力者でも斬るのは難しいということだ。

 

 そうとわかると、まずはサッカーのスライディングの要領で懐にもぐりこむ。訓練用は攻撃してはこない。これくらいは簡単なことだ。

 そして、目の前にはモールモッドの真正面。僕は下から突き上げるように力いっぱいに弧月を振り上げた。しかし、硬い爪に阻まれ、少ししか傷がつけられない。

 

 いったん距離をとり、息を整える。

 

息が整うと次はルートを変え、サイドから駆け上がり、死角に入ったところをまた懐に入り込む。今度は防御されないように、最速でコアを串刺しに。そして、浅く刺さったところをさらに力をこめれば……トリオンが噴出し動きが止まるまで深く刺した。

 

『そこまで。記録、45,23秒。見事な動きだった』

 

 息を吐き、その場に座り込む。もしかしたらこの45秒の間中ずっと息を止めてたのかなと呑気にも考えていた。

 

「君はなにかスポーツをやっていたのか」

「軽くサッカーをしていましたよ」

「あの軽いフットワークはそのおかげか。素晴らしかったよ」

 

こう褒められると嬉しいものだ。 流れで決まったトリガーだけれど、本部長の動きを見たおかげか、こうしっくりくる。決めた。これにしよう。

 それと気になったことが合ったので僕は残骸を指差しながら本部長に尋ねた。

 

「まさかあれは斬れませんよね。硬そうですし」

 

こんなこと訊かなければよかった。本部長は弧月を抜くと、片手でまるで豆腐でも切るかのように硬い爪を一刀両断した。

 

まったく、恐れ多い。さも当然のようにやるもんだからこんな芸当をできる隊員は何人もいるだろうと予想ができて、目指す先への心配が増えてしまった。まあ、のんびりいこう。どうせ暇つぶしなんだ。

 

次はあっちだと本部長が言ったかと思えば「あ」とぽくない声をあげた。

 

「失礼でなければひとつ訊きたいんだがいいか 」

 

失礼かどうかは聞いてみないとわからないでしょう。なんて野暮なことは言わずに、「どうぞ」と、本部長に耳を傾けた。

 

「君は、どうして研究を受け入れ、ボーダーの入隊の誘いも承諾したんだ。トリオン器官の病ともなれば、こうしてトリガーを扱うのも怖いと思うはずなんだが」

 

本部長は僕の余命について、知っているようだった。知らされたのか、知ってしまったのかはわからないけれど、事情を聞いているのなら隠す必要もないだろう。

 

「一年って、なにかを成すには短すぎるとは思いませんか。 大学に受かるにもそれくらいの時間が必要ですし、仕事を覚え、ある程度慣れるにもそれくらいかかると聞いたことがあります。僕の場合は、そんなことをしていたら人生おしまいです。 短すぎるでしょう」

 

 年上の人にこうやって長く話すのは初めてだ。うまく伝えられているか不安になるも、本部長が真摯に向き合ってくれている気がして緊張はしなかった。

 

「そして、ただ黙って死を待つには長すぎる。宣告を受けたその日に何時間も黙って景色を眺めていましたがもう飽きてしまいました。そこで、この誘いです。毎日研究室に通い、検査を受けるだけで逆にこっちがお金をもらえると聞いてすぐに了承しました。両親も助かると思うので。なぜボーダーに入ることにしたのかは……」

 

 言い淀んで、いってもいいものかと悩むもなんだか暗い雰囲気になってしまったから言うことにした。

 

「研究室にここの隊員がいまして、その方も病気を患ってるのに研究に協力してたみたいで」

「那須隊員か。確かに彼女の気丈な振舞いを見ているとこちらまで勇気をもらえる」

「まだほとんど話をしたことはありませんけど、あの人が頑張ってるなら、と思ってしまいました」

「良い心掛けだと私は思うぞ」

 

 もう聞きたかったことは済んだようで、本部長はどこか嬉しそうに、それでいて影っぽくもありながら次の訓練所へ案内してくれたのだった。

 立花遼の人生は残り一年もない。気が遠くなるようだけれど、ほんの少しの楽しみも増えて、なんとか死ぬまで飽きずにもってくれるような気がした。ちなみに、あの日、宣告を受けた日以来はじめて心臓に痛みがあった。 あらためて、死期が近づいているのだと意識させられた。 ほんの少し、食べようとしたミニトマトが床に落ちた時と同じくらい、辛く思った。

 




 
 
主人公の病気については、トリオンの数値が日に日に上昇している。その結果、人体に悪影響を与えている。このままいくと一年後には危険な状態になる。

くらいの感覚でお願いします。

トリオン器官についてはまだ不明なことも多く、これから先の話で触れていくことは独自解釈、オリジナル設定の域かもしれません。ご注意ください。
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