宣告を受けてから2週間は経過しただろうか。今日も日課である研究室に朝から訪問していた。
あの日以来、未だ那須さんとの対面は果たせていないのだけれど、来なければいけないのだから仕方ない。体調が悪いわけではないし、バス一本で行ける距離なのでそれほど苦でもない。非常時はトリオン体に換装しても良いと言われてるからあまり気負ってないのもある。
三門大学のすぐ近くに建てられた研究室。外観は住宅街にもよくある社屋と遜色なく、街並みに馴染んでいた。
建物には鍵が掛かってないし受付もないので、扉を開けてそのままいつものように田村さんの居る部屋へと入った。ノックをすると、扉の向こうからげんなりとした様子の田村さんが顔を出した。
「おはようございます」
「おお君か。冷えただろう。いま、お茶を出すから座って待っとってくれ」
デスク周りや床に散らばる書類はなく、まとめて整理してあった。掃除をするなんて珍しい。
もしや、と淡い希望を胸に周りを見渡す。すると、ベッドの上にいつかの儚く脆い優美な表情を見た。
「あら、あなたは確か」
「お久しぶりです。立花遼といいます」
あの日、あの表情になんとも言い表しがたい魅力を感じた女性。
「私は那須玲。こちらこそ、また会えてよかったわ」
気を使ったのか那須さんは布団をよけ、立ち上がろうとした。そこを僕は
「無理しなくても大丈夫ですよ」
と、言って手で制した。
「優しいんですね」
「緊張してるだけですよ」
那須さんは膝元まで布団をかけてベッドに座り直した。
田村さんからお茶が配られる。二人でお礼を言うと、準備があると言って田村さんは再び奥に行ってしまった。
「立花さん、だったかしら」
「ええ、はい」
意外にも那須さんの方から話を切り出した。
「高校生ですよね?」
「高校2年です」
「あら、先輩でしたか。すみません」
「大丈夫ですよ。僕も気を使われるのは苦手だし」
敬語は無しでと言おうとも思ったけど、たまに年上には敬語の方が話しやすいという人もいて難しい。僕はどちらでも良かったので、那須さんに任せることにした。
今度は僕の方から質問をする。
「那須さんはここへはあんまり来ないんですね。重たいものではないからですか。ボーダーの活動があるからとか?」
丈夫ではないだろうに、わざわざボーダーに入る理由とはなにか。 那須さんはちっとも嫌な顔をせずに一度マグカップに口をつけてからこちらに向き直った。
「小さい頃から体が弱いんです。だから少し前までは病院のベッドの上でただ検査を繰り返す毎日でした。暇になってやることといえば、窓の外の景色を眺めることくらいで、それも途中で飽きてしまって毎日が苦痛との戦い。病気は治るのかな、いつになったら退院できるかな。ただ待つにはとても長い時間をベッドの上で過ごしました」
今もだけれど、と、冗談めかして那須さんは言う。話を続けた。
「そんなとき、田村さんに、『トリオン体で体が弱い人を元気にすることはできないか』という研究に協力してくれないかって言われたんです。トリオン体は常に健康で、怪我も病気も無くて、君も子どもみたいにはしゃいで走り回れるぞって」
「だから那須さんはここの研究室に入って、ボーダーに入隊したと」
「はい、いまではそのおかげで隊も作って、楽しい日々を送れている。研究室の方には感謝しているんです」
言葉だけでなく、田村さんを見つめる眼差しからもそれは見て取れた。
「私の話はこれで終わりです。その、もし嫌でなければ、立花さんも教えてくれませんか」
話すことで変に気を遣われるかもしれない。そうなってしまったら、会って会話をして仲良くなって、なんて普通のことが出来なくなるかも。それだけは嫌だ。
僕は余命のことだけは隠すことにした。
「トリオン器官に異常が見られるらしいんです。普通の人と作りが違うとか。それで経過を観察するためにここへ来ています」
「だから毎日のように来ていたんですね。ここ数日、田村さんがあなたの話をよくしていたのでずっと気になっていて」
「アサガオの観察日記みたいなもんですよ」
「いいですね、その表現。そう考えたら私もここへ通うのが辛くなくなりそうです」
と、傍まで来ていた田村さんがおどけてみせた。
「いままで辛い思いをさせていたのかい。悪かったのう」
「そんな。冗談です」
ふふ、と可憐に笑った。こんな清純な笑い方をする人がいるんだ、と僕は不覚にも思ってしまった。
「では立花君、そろそろこちらへ」
「わかりました。――それじゃあ、那須さん。またタイミングが合えば」
那須さんはもう行くらしい。短い会話だったが、とても心地よい時間だった。
「お腹空いてるだろう。終わったら大学の食堂でもどうじゃ」
「絶対行きます」
Xデーはまだ遠い。田村さんも那須さんも良い人なので、これからの日々は問題なく過ごせそうだ。