「遼、鋼、さっさと屋上いくぞ」
影浦は弁当を持ち、そそくさと教室を出て行った。
僕と村上も遅れないように後からついていく。
春の色が薄れる五月の中旬。
あの日以来、こうして昼になると三人で屋上に行き、一緒にご飯を食べるようになっていた。休み時間や放課後にわざわざ一緒に帰ったことはあまりないけれど、少しずつ仲が深まってきている。そんな気がしている。
「影浦はめずらしく弁当か」
「なんだ、わりーか」
「そうじゃない。純粋にめずらしいと思っただけだよ」
影浦は軽く舌打ちをすると弁当の蓋を開けた。開けた瞬間にソースと鰹節の香りがふんわりと広がる。
「焼きそばと……お好み焼き?」
お弁当といえば、幕の内のような白いご飯とおかずがセットになったシンプルなものを思い浮かべる。そうでなくとも、惣菜パンや人に寄るが丼ものを買う人もいるだろう。焼きそばも珍しくはない。ただ、お好み焼きを弁当で食べる人は始めてみた。村上も同じ気持ちらしい。僕らの奇異な視線を不快に思ったのか影浦はその蓋を一度閉じた。
そんな影浦を見かねて村上も弁当の蓋を開いた。
「実はオレ、蕎麦が好きなんだ」
どうやら今日は変な弁当選手権らしい。流れに乗るように。僕も弁当の蓋を開けた。そこから溢れ出した湯気が今日の弁当は一風変わっていることを切に告げている。
「僕はシチューなんだよね」
二つの弁当箱を一瞥して鼻を鳴らすと、影浦は箸を取り出して言った。
「良い弁当じゃねぇかよ」
お好み焼きの良い香りに食欲をかきたてられる。 影浦の機嫌もすっかり元に戻ったみたいで安心し、僕は袋に入っているパンを取り出しそれをシチューに浸した。しばらくして。先に食べ終わった影浦はなんの突拍子もなく話し始めた。
「俺の家、来るか」
「え 」
「二度言わせんな。家来るかって聞いてんだよ」
ちょうど蕎麦をすすっていた村上は喉を詰まらせている。
まさか、粗暴で基本的には自身を語らず干渉もしてこない影浦からそんな誘いを受けるとは思わなかった。
「行ってもいいのか?」
「良いって言ってんだろが」
習い事が忙しかったのとそもそも放課後に家まで行って遊ぶ友達が出来なかったこともあり、こんな誘いを受けたのは初めてだ。
「ぜひ行きたい。行かせて欲しい」
「んじゃ、そういうことで」
だから少しだけ、放課後までが待ち遠しい。
「さっさと準備しねぇと置いてくぞ」
置いてかれたら誰も家までたどり着かないよ影浦くん。急かしながらも待ってくれる影浦に素直でない優しさを感じつつ、身支度を終えると、僕と村上は黙って影浦についていった。
「ここだ」
「え、ここて……」
しばらく歩いて着いた先は、住宅街にひっそりとあるお好み焼き屋だった。看板には大きな文字で『カゲウラ』と書いている。
「まさか影浦の家は、お好み焼き屋なのか」
「まあな」
驚いた。まさか知り合いに店を営む人がいるとは思わず、正直、驚きを隠せない。
「美味いもん食わせてやるから待ってろ」
席に案内され、僕と村上は座ったが、影浦は立ったままだった。 それどころかエプロンを巻き、食材の入ったボウルとヘラを持って何やら今から料理しますよと言いたげだ。
「メニュー選べ。今日は奢りだ」
「悪いよ」
「黙って奢られとけや」
表情がいつにも増して怖いので、素直に頷いておいた。
鉄板が温まり油を塗ると、ついにはキャベツやら海老やらが混ざった具材を鉄板に流し込み、二人分の丸を描いた。その上に、豚肉が乗せられる。
どうやらこの男、出来る男らしい。
手際の良さにやりなれていることが見て取れる。ただ両親が店を経営してるだけではなく、日頃から手伝いを欠かさないのだろう。
影浦はヘラを構え、今か今かとタイミングを見計らっている。額から流れる汗にピクリともせず、それからここぞというタイミングで両手のヘラを巧みに使い、きれいにひっくり返した。もう一枚も、軽々と返している。
仕上げにソースとマヨネーズ、青海苔、鰹節を振り掛けると、いつにも増したテンションで影浦は、
「シーフード玉と豚玉お待ちよお」
と、満足げに笑みを浮かべていた。
「凄いな。まさか影浦にこんな特技があったとは」
「見た目で損してると思うぞ」
「うっせえ。さっさと食えや。冷めるぞ」
やっぱり影浦も良い奴だ。
「いただきます」
冷めないうちにと口に放り込む。 生地はふわふわで、あっつあつ。シンプルな味付けながらとても美味しい。いままで食べたなかで最も美味しいお好み焼きである。 村上も笑みがこぼれていた。人は本当に美味しいものを食べると顔に出てしまうという。まさにその現象が今起きている。堪らない美味しさだ。
「本当に美味しいよ。手が止まらない」
「わかるぞ立花。オレもまったく同じ状況だ」
そんな僕らのやり取りにむずがゆさを感じたのか、影浦は仕事をしてくると一言呟くと、厨房のほうに入っていった。
「意外だったな。家の手伝いまでして親孝行な息子だろう」
「話してみると見た目より優しい奴だしね。――これなら毎日食べても飽きないわ」
美味しい美味しい、何度も噛みしめて唸った。
食べながら、村上が話し始める。
「そういえば立花はどうしてボーダーに? 話しづらいなら結構だが、少し気になってさ」
もちろん全ての事情は話せない。僕は出来るだけ隠して伝えることにした。
「実は僕のトリオン器官はちょっと特殊らしくてね。経過を観察するために研究室で手伝いをしているんだ」
「だから学校帰りは決まって用事があると言っていたのか。何かあるかと思ったが、まさか研究だったとはな。それで入隊時期にもずれがあったと」
「そうそう。突然のことで驚いたよ」
「じゃあランク戦はどうするんだ。せっかくB級になったのに隊にだって所属してないだろう」
「今は考え中。誘って貰えたら入るかもってくらい」
「残念だな。立花とは一戦する約束をしていたが、今度のチームランク戦で初めて当たるのも悪くないと思っていた」
「やけに好戦的だよね」
「友達と戦ってみたいだけだぞ。同じ弧月使いだし得るものもあるかもしれん」
あなた、相当な速さで実力伸ばしてるでしょう。恐ろしいったらありゃしない。
時間が経つにつれて少しずつお客さんが増えていく。家族連れや学生のグループなど、夕飯を食べに来たひとたちで賑わってきた。
「いらっしゃい……っておめーか。その辺空いてるから座ってくれ」
それぞれ一人前を平らげ、一休み。次は何にしようか頭を悩ませていると、不意に今さっき店に入った男が話しかけてきた。背が高く、キャップ帽を被っている。
「おまえ、もしかして鋼か?」
「なんだと思ったら荒船じゃないか」
「なんだとはなんだ。てか、おまえもここに目を付けるとは良い趣味してんじゃねーか。どうだ、美味かっただろ」
「ああ。度肝を抜かれたよ」
「そりゃ良かった」
村上とは知り合いらしい。
男は僕に気づくと帽子を取り、自己紹介を始めた。
「荒船哲次。こいつの友達だ。よろしく」
「僕は立花遼。村上とはクラスメイトなんだ」
「鋼から聞いてるぞ。最近出来た友達らしいじゃねえか。俺も誘ってくれたら来たのによ」
荒船は村上の隣に座るとメニュー表を見ることなく影浦を呼び出した。
「いつもの頼む」
「飽きねーもんだな、てめーも」
「何度食ったって美味しいもんは美味しいんだよ。カゲだってボーダーの食堂じゃあいっつも似たような飯食ってるだろ」
「うっせ」
荒船は影浦と気さくに話していた。 影浦がそこまで心を開くとは珍しい。「カゲ」なんてあだ名で呼ぶくらいだから相当仲が深いと思うと、なんだかこちらまで嬉しく思う。
注文を終えると、荒船は影浦との出会いを熱烈に語ってくれた。出会いはボーダーではなくここの店で偶然に。何度か来るうちに少しずつ会話が増えていったんだとか。こうして憎まれ口を叩き合う仲になるまでには実はそんなにかからなかったと。影浦は嫌う奴はとことん嫌い、好きな奴には仲良くする、良くも悪くもはっきりしたやつらしい。
「おめーは自分で焼けよ」
「わかってるって。まあそんな怒るな。落ち着けよ」
荒船はお好み焼きとの孤独な戦いを始め、隣では影浦は僕らのために焼きそばを作ってくれていた。
そんなこんなで食べ終わり、もう一休みしていたところ。
「いやあ美味かった。何度来たって最高だ」
「また今度、次は三人で食べに来よう」
「賛成。今度といわず毎日来たっていい」
それくらい気に入った。後にも先にもここより美味しいお好み焼きは食べることはないだろう。大絶賛の嵐。星五レビュー間違いない。
影浦も鼻を鳴らしていた。
「さっきも言ったが俺の奢りだ。混むからさっさと帰りやがれ」
荒船は常連なので払っていたが、僕ら二人には払わせようとしなかった。そこまで言われればお言葉に甘える。
それから僕らは解散したが、僕だけは影浦に引き留められたので少しだけ話をした。
話が終わった頃にはもう18時を回っていた。
今日は非常に満足だった。美味しいご飯を食べ、荒船と出会い、影浦の意外な一面を見ることが出来た。もうお腹一杯。
田村さんは19時までなら待ってると言っていた。仕事が残ってるという。
そういえば、那須さんと本とDVDを交換する約束をしていた。示し合わせていないので会えた時にと言っていたが、それ以来入れ違いになってしまっている。
「田村さんに頼めばいいな」
僕は鞄の中に本が入っているのを確認すると、研究室へと向かった。
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