「待ったか」
「いいや、今来たところだよ」
相手は村上鋼。ようやく、この日が来た。
「でもいいのか。試合前に僕なんかと戦って」
「ありがたいくらいだ。ウォーミングアップは必要だろう」
村上はこの後鈴鳴第一のメンバーとしてランク戦に出場する。その肩慣らしといったところか。
「なるほどな。じゃあ早速始めよう。時間も惜しいし」
ギリギリになっても良くないので、三本先取の五本勝負で終わることにした。
師匠の荒船すらも超え、メキメキと実力を伸ばすこの男の実力は、ボーダー内部でも上位に位置する。個人ポイントは8000に到達し、数少ないマスタークラスの強者だ。
戦う前に、村上は一つ教えてくれたことがあった。
「隠しておくのはフェアじゃないと思ったんだ。特に今回は友達が相手だからな」
話を聞くに、村上にはサイドエフェクトがあるという。サイドエフェクトとは副作用とも呼ばれ、人間の能力の延長戦上にある力のことを指す。
聴力や視力などの五感の強化から未来を視ることの出来るとんでも能力まで、その力の詳細は様々だ。ただし、高いトリオン能力を有していないと先天的にも後天的にも発現しないらしい。僕も一応は高いトリオン能力者に該当すると思うけど、今のところは確認されていない。そもそも、サイドエフェクトは希少性が高いのだ。
村上は『強化睡眠記憶』と呼ばれるサイドエフェクトを持っているという。
このサイドエフェクトは簡単に言えば学習能力が高いというだけの力だ。普通の人でも眠ることで脳が整理し記憶するらしいが、村上はその能力が常人の何倍も優れている。要は、数分眠っただけで学習した内容をすぐに定着させることが出来る力だ。
村上は、人が努力して培ってきた業を一眠りするだけで覚えてしまうことに嫌悪感があったらしい。もう荒船と来馬って人のおかげで払拭したと言っていたが。
そんなこんなで転送開始。体が浮遊感に包まれる。見慣れた住宅街に降り立った。大きな通りを挟み、左右に建物が並んでいる。目視出来る範囲に村上は立っていた。
向こうも同じく弧月を構え、そのままこちらに近づいてくる。
刀片手に文字通りの真剣勝負。と思いきや、村上は盾を装備していた。アタッカー用トリガーのレイガストだ。
ブレード部分はスコーピオンのように自由に変形し、硬度は弧月のように丈夫な優れもの。使用者が少ないのでこれ以上深くは知らないが、これほどまでに圧が凄まじいとは。
腕に装着した半身守るに丁度良い盾に、ベーシックな剣。村上は盾を構え、慎重に間合いを詰めてくる。さながら、フィクションの世界に生きる騎士の様。
対して僕は弧月一本のみ。攻め入る隙は無い。しかし、攻め込まなければ話にならない。
しばらくの睨み合い。沈黙を破ったのは僕のほうだった。小さく踏み込み、盾と反対側の左肩に目掛けて弧月を振り下ろす。しかしブレードはレイガストに阻まれた。ガードされ押し合いになったが、村上が間髪入れずに弧月で斬り上げてきたので一度後ろへ飛び退いた。視線を奥にやるが、今は効果的ではないな。
「さすがに手堅いな」
剣と盾。ボーダーではあまり例の無い組み合わせではあるがやはり強い。基本、防御面はシールドを使えば事足りる場面が多いので、重量の重いレイガストを使う意味はほとんどない。だが、白兵戦においてこれほど脅威となるトリガーセットはないだろう。
仕切り直して再び見合う。さて、どう攻めたものか。そうやって次の手を考えていたところ、村上は盾で半身覆い隠すようにして距離を詰めてきた。
速い。剣速はもちろん、判断が早い。考える暇も与えてくれない。これがマスタークラスか。
僕が弧月を振るえば、村上はそれをレイガストで防ぎカウンターの一撃を加えてくる。徐々に徐々にかすり傷が増えていった。視線を動かす余裕もない。
このまま戦っていては僕が負けるだろう。知識として強者という情報はあったが、まさかこれだけ差があるとは思いもしない。
切り札は残しておきたいし、一本目は仕方ない。僕は村上の堅実なスタイルに成す術がなく一本目を落とした。
続いて二本目も序盤の戦い方は変わらない。打っては打たれの繰り返し。ジリジリと僕だけが削られる展開となった。そして突破口を見つけられないまま二本目も敗れる。
村上はリーチ。次が勝負の分かれ目だ。
「あっぱれだよ。まるで実力が違う」
「もう諦めたのか」
こいつ、わかってて言ってるだろう。いつにも増して挑発的だ。
「もう少し訓練に出て、もう少しだけ模擬戦でもやっておけばよかった。村上と戦ってるとそう思わされたよ。でも、これはただの感想。もちろん答えはいいえだ」
自分を負けず嫌いだと評するつもりはない。けれど。
「負けっぱなしじゃあいられない。次の一本は僕が取らせてもらう」
「面白い。全力で迎え撃つ」
武器は弧月一本。アイデアは出そうと思えばいくらでも。そのうち勝てる見込みのある案は……。