沖田かたを語る上で外せない人物は多々あるがその中でも特筆すべきはこの女性《村山たか》である。
彼女は幕府側の間諜であり、幕府側に付いた女性工作員として名が語られる人物である。
なぜ彼女がこのかたを語る上で外せないのか。それは村山たかは、かたを愛し、かたに愛された初めての女性であるからだ。
そんな彼女を始め、桂小五郎、久坂玄瑞、高杉晋作など倒幕派として有名な人物と邂逅することになる。彼らの出会いこそが戦いしか知らない彼女の転換点となる人々であっただろう。
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横浜にたどり着いて数日。彼女は拠点となる長屋の部屋を借りられていた。物取りに教われていた商人が長屋も管理しており御礼としてそこをただで貸してくれると言うのだ。
こうして拠点を得、落ち着いた彼女は龍馬の言っていた時計台に足を運ぶのだった。
「おーい、おまんも着いちょったか」
時計台には既に龍馬がおり、先にこちらを見つけ手を振っていた。
「黒船が来て、港が開いて、まっこと賑やかになったもんじゃ」
機嫌良く話す龍馬も自分と同じで吉田松陰なる人物を探しに来たらしい。
「実は松蔭さんはわしの兄弟子でのお、松蔭さんにはこじゃんと門下生がおるき、おまんに会わせたい!あいつら、もう横浜に着いちょるはずじゃ。まっこと面白い奴らじゃき!」
前を向かずにこちらばかり見て話す龍馬はこちらの制止を聞かずに歩き、女性とぶつかってしまう。
「おまん、しゃんと前向いて歩かんかえ…」
明らかに龍馬が悪いが彼の放った文句はぶつかった人間の顔を見て引っ込んでしまう。
それと同時に落ちた林檎を拾って渡そうとするのは龍馬の人の良さを物語る者だろうが彼が黙ったのには理由がある。
「ま、拾ってくださるなんて。お優しい」
目見麗しい女性は龍馬の拾った林檎を拭くと口づけを落とし、龍馬に渡す。
その動作はまるで美術品の如く洗練され馴れさえ感じる。
「私は村山たか……港崎遊郭で芸者をしています」
彼女の美貌は同姓であるかたでさえ美しいとはこの事かと思うほどであった。
「貴方のような方に遊びに来ていただいたら、嬉しいわ」
このようなら偶然すら商いに利用するとは流石の胆力、恐らくかなりの人気芸者なのだろう。
「お、おお。行くとも、行くとも!わしら、ちょうど遊郭に行きたいち話しよったがよ、のう?」
「あ、あぁ?」
「まぁ、それはそれは」
「ほいじゃあの!」
龍馬に気圧され、思わず頷いてしまうとたかも微笑みながらその場を後にする。
「坂本、私は」
「龍馬じゃ!ほいたら、わしに着いてくるんじゃ。おまんとの再会を祝してパーっとやらんかえ!」
まだ出会って二度目だがこうなったら自分には止められないと悟った彼女はやれやれと港崎遊郭に向けて歩を進める。
一見、華やかに見える横浜の街だが大老《井伊直弼》の強硬な姿勢に異議を唱える者たちの怒声が響き渡っていた。
「騒がしいのも仕方ないかの。井伊の赤鬼が、躍起になって倒幕派を捕まえよるようじゃき」
先代の大老《阿部正弘》の次に就任した彦根藩藩主井伊直弼は広まりつつある倒幕思想を牽制するべく厳しい取締りを実行したがそれは民衆に対して反感を買うこととなり中々、進まないと言う現状であった。
港崎遊郭の道中、土佐藩士による襲撃があったものの難なく退け、港崎遊郭に辿り着いた二人はたかの部屋へと案内されたのだった。
港崎遊郭は豪華絢爛、江戸の吉原遊郭を元にした造りでありその力の入れようが良く分かる。
港崎遊郭は外交的な側面も含まれていたために日本人だけではなく外国人もかなりの数、お客として使われているようだ。
「しかし、私が来て良いのだろうか?遊郭は女が入るところではないと聞くが」
「そうじゃけど。ほれ、おまんは美男子に見えるから大丈夫ぜよ。それにさっきのおなごは芸者じゃき。酒飲んで遊ぶだけじゃ、安心せい!」
小声で話を終えた頃、部屋に辿り着きたかが来るまでの間、他の芸者が相手をしてくれていたが特に言及される様子はない。
「お待たせいたしました。ここからは私がお相手をいたしますわ」
たかが到着し接待を受ける中、龍馬は鼻の下を伸ばしまくり熱中と言った様子。
「ところでお二方、港崎にいらしたのは初めてのご様子。」
「………」
「ん!」
「あ、あぁ。そうぜよ」
龍馬が見惚れて何も発さないのを見て呆れていた、かたは小さく咳払いをすると声を低めにして答える。
先ほどから酒を飲んでいるが黒洲にいた頃は酒など飲まなかった。
助けた村人に勧められて何度か飲んだことはあるがここの酒はそれらとは比べ物にならない程の上物だと言うことは素人の自分でも分かる。
「ここは遊郭、浮世のことは忘れ、楽しんでくださいまし」
酒は強く感じるが特にキツくもなくスルスルと入っていく。龍馬はご機嫌にたかと話しているのを見てこちらはそれを眺めながら美味しい酒とつまみの味噌田楽を頂く。
「そうじゃ、そうじゃ。ちっくと他の座敷に挨拶してくるぜよ。さっき知り合いを見かけての」
「騒ぐなよ」
「分かっとるき。まだ序の口じゃ!」
歌を口ずさみながら他の座敷に消えていく龍馬を見送るとたかはこちらを見つめてくる。
「楽しい方でございますね。二人で一緒に横浜までおい出に?」
「いや、先日会ったばかりだ」
「おや、そうでございますか。ずいぶん、仲がよろしいようにお見受けしましたが。それで、横浜へ何をしにいらっしゃったのですか?」
若干、警戒心を抱くが黒洲の者なら問答無用で斬りかかってくるだろう。それにあの藩はもう無くなっている、ここまで警戒する必要はないと思うが。
「黒船に捕まった者を探しに来た」
「さて、その方と関わりがあるかは存じませんが《黒船に乗ってきた侍》の噂なら聞いたことがありますわ」
虎穴には入らずんば虎児を得ず、思い切って話してみると思わぬ収穫を得ることになった。たかの話を遮らぬように黙る。
「この遊郭には横浜中の噂が行き来しますから。でも、教える前に一つお願いがあります」
「なにか?」
「今流行りの写真機でこの遊郭を撮って欲しいのです」
ほんの少しだけ警戒するがひとまず危険な話ではなさそうなので安堵する。
だが面倒な事を頼まれてしまったと少しだけ億劫になるが5年間、見つからなかった片割れの情報が手に入るかもしれないのだ。ここは苦労のし甲斐があると言うものだ。
「分かった。それは後日だな」
「えぇ、よろしくお願いいたします」
「戻ったぜよ!」
しばらく他愛もない話をしていると龍馬も戻り、またしばらく話した後、遊郭を離れることになった。
ちなみに遊郭の代金はたかのお願いを聞く御礼としてほぼタダ同然にしてくれて龍馬は上機嫌で帰っていったのだった。
「ほいじゃ、おまんの長屋にまた遊びに行くき!」
「あぁ、茶ぐらいは出してやるぞ」
「楽しみにしとるぜよ!」
港崎遊郭で別れたかたは酔いを覚ますためにゆっくりと歩いて長屋に帰るのだった。